In case of Ren Amagi
カシャカシャカシャ…
照明の明るい部屋で、少年が一人端末に向かっている。
ふいに、ポーン、と端末から音が鳴る。
仕事用のメールポストにメールが着いた音だ。いそいで中身を確認する。
「…! す、すごい!」
着いたばかりのメールの内容に、少年は目を見張る。
…これなら、月姉と真昼兄を、元の生活に戻して上げられる。自分のせいで変わる前の、自分が知らない生活に。
「シティの永住パス3つ…条件は、軍艦からサンプルを奪うこと、1週間保持して依頼人にわたすこと」
いつも姉がしているように、報酬と仕事を言ってみる。言葉にすると実感が涌くよ、と兄も言っていた。
「これだけなら、僕一人でもできる。いつも月姉がやってること見てるし…だから、この場合はまず軍のデータベースに…」
ぶつぶつと呟きながら、端末を操る。
…数十分後。
『錬――!ごはんよ―!』
突然聞こえた大声にビクリとして、言葉の内容を確認し、あわててI−ブレインの時計を見る。
「うわ、もうこんな時間!?」
『錬――!?』
「はーい!今行く!」
そして急いで端末の履歴を消す。もちろんI−ブレインにデータを写すことを忘れていない。
この任務は、ばれたら意味がないのだ。自分だけでシティの永住パスを手に入れて、それで2人に見せる。そう、決めたから。
もちろん無理はしないつもりだ。でも、できるところまで自分一人でやってみたい。依頼主にとってはたまったものではないが。
錬が部屋を出ると、姉が食卓についていた。兄は台所から料理を運んでいる。
「錬、メール見てたでしょ?なにか着てた?」
う、さすが月姉…
「ううん、特に新しい依頼はなかったよ。広告ばっかり」
「そう。ごめん、醤油とって」
なんとかごまかせたみたいだ…ふぅ。
「どうしたの、錬?心配そうな顔してるよ」
う、さすが真昼兄…
「戦闘シュミレーションでちょっとね。でも、もう解決したから」
「ならいいけど。あ、これヴィドさんが負けてくれたじゃがいもね」
ほんとにすごいな、月姉も真昼兄も…。隠せるかどうか自身なくなってきた…。
数日後の早朝、2人が部屋からでてこないのを確認してから、錬は家の外に出た。
街のはずれまできて、錬は普段着を脱ぎ隠す。
防刃スーツに身を包み、腰に論理ナイフを下げている格好をご近所に見せるのは、好ましくない。
というか、恥ずかしい。
「書置きもしてきたし…行こう!」
(I-ブレイン起動。空間曲率制御デーモン「アインシュタイン」常駐。重力制御開始)
まだ暗い空にふわりと浮かびあがる。
「…。き、緊張する…」
白い雪原を越えて、錬が降りたのはシティ・神戸の壁である。
静かに着壁した錬が壁を撫でると、穴が空いた。瞬時に中に入り、伏せる。人がいないことは手で触ったときに確かめた。
錬はその場で一息ついてから、壁にそって歩き出した。見たところ、ここは資材の運搬道のようだ。
暗い道に灯る非常灯から、階層を読み取る。事前に下調べをしておいたポートのすぐ近くだ。
急がないと、戦艦に乗り遅れてしまう。もっとも、無賃乗船だが。
「…見つけた」
シティ・神戸軍所属大型輸送艦『桜花』。今は荷の積み込み作業中だが、あと数時間もすれば旧ロシア上空へと飛び立つ。
(運動係数制御デーモン「ラグランジュ」常駐。身体能力制御発動。運動能力を5に設定)
錬は通路から飛び出し、物資の影から影へと通常の5倍の速度で移動する。
そして、搬入待ちのコンテナの影まで来ると、コンテナを撫でて穴をあけ、中に入る。
穴を閉じた瞬間、コンテナが中に浮いたのが解った。間一髪だったようだ。しばらく浮いたあと、ドスンと落ちて、安定する。
脳内時計は午後2時30分を指している。
ここまで来れば一安心だ。少し寝ておこう。
(簡易科学反応制御デーモン「マグナス」起動。「睡心」発動。「空間支配」オートスタート)
「空間支配」で濃度管理をしつつ、「睡心」で睡眠性の気体を5秒間発生。
(状況報告デーモン「コーション」常駐。起床予定時間を午前1時に設定)
「ふわぁぁぁ…」
あくびの後には、すー、すー、という寝息だけが聞こえていた。
そして、数時間後。
騎士と天使と悪魔使いが出会う。
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