In case of Dual
No.33
コポ
コポ…
けだるげな感覚が全身を包む中、ゆっくりと、目を開ける。
光が、溢れる。
周囲がぼやけている―ー焦点が合わさってきた。
<No.33、目を覚ましました>
ブース内に響くオペレーターの声。それが、少年が生まれて初めて聞いた声だった。
<羊水、排出します>
少しずつ、少年を包んでいた桃色の溶液が生命維持槽から吸い出されていく。
ふわふわとゆれる感じがなくなり、少年はずるずると体が下がって行くのを感じた。
ブシュウ、と音をたてて目の前のガラスカバーが開いた。
出る。外へ。――立つ。
ふいに頭に浮かんだその言葉の通りに、体全体、特に腰に力をいれて上半身を持ち上げようとして――
ベシャリ
失敗した。初めて感じる衝撃に驚いて、気絶した。
少年が次に目を覚ましたのは、病室のベッドの上だった。身を起こしてぼーっとしていると、看護婦がきて書類の束を置いていった。
「これを読んでおいてください。いま面会人を呼んできます」
看護婦が部屋から出ていった。少年は書類を見もせず、身動き一つしない。やがて、ドアが開いて2人の人間が入ってきた。
1人は先ほどの看護婦、もう1人は白地に青を縁取った制服のようなものを着ていた。なにやら嬉しそうに少年の前にたつと、腰に手をあてて
「初めまして。あたしはクレアNo.7。まぁ、あんたのお姉さんみたいなものかな……」
これは自己紹介をしている、と少年は思った。
――ふと、少年は疑問を感じた。
『これは自己紹介をしている』?それはなんだ。
『それはなんだ』とは、なんだ。
『とは、なんだ』とは………
わけがわからなくなり停止した思考の片隅で、初めましてのお姉さんみたいなもののクレアNo.7が少し強い口調でなにか言っている。
光を感じて。ふと、視線をよこに動かす。そこには、薄青色の空があった。
なにかやわらかい気持ちになったので窓から外を見ていると、顔になにかがあたった。
そこで、先ほどから鳴っていた音が途切れた。窓から視線を外して、音源を、始めましてのお姉さんみたいなもののクレアNo.7を見る。
白い布に覆われた目が、じっとこっちを見ている。
きれいだな、と思った。
(「身体能力制御」発動。運動速度、知覚速度を53倍で定義)
手近な赤い光点めがけて両手にもった剣のうちの片方を叩きつける。
同時に、もう片方の剣で別の光点を薙ぐ。
3歩進み、1歩左へ、ターン、左上に飛び、壁をけって反対側の壁に着地。
2本の騎士剣が銀色の光りを残して闇を舞う。次々と現れる光点を、確実に消して行く。
後方に跳躍、振り向きざまに一閃。
それで、最後だった。
――訓練プログラム『B−2』終了。
明るくなった部屋で立体ディスプレイの前に立っているのは、2本の剣を持った、銀髪の少年。
――総合評価 S
だが、少年は喜びもせず、静かにその文字を見つめる。とりあえず、訓練中は他のことを考えるのはよそうと思った。
「…でも、」
久しぶりに思い出した。初めてクレアと会った日。
「懐かしいな…」
あれから二年。クレアは、いつでも、守ってくれた。今も、守ってくれている。今度、花でもプレゼントしようかと思う。もっとも、自分が知っている花は一種類だけだが。
ヴー、ヴー、ヴー、
携帯端末が振動する。軍とファクトリーからの要請。第3階層第8ポートに非常事態発生。
軍とファクトリーから、ということは共同作戦なのだろう。自分のせいで作戦に支障が出ては申し訳ないと思い、急いで訓練室から出る。
第3階層のエレベーターホールから出ると、軍の制服を着た兵士がディーに寄って来て、フライヤーで現地まで移送する旨を告げた。
案内された軍用フライヤーに乗りこみ、騎士剣を隣席に無造作に置く。
フライヤーを発進させた運転席の兵士が状況を報告し、ディーが確認して、兵士が応答する。
「まもなく到着します」
「わかりました」
ディーは、I-ブレインの状態を確認する。右脳、左脳、共に良好。
――クレア、いるかな…?
|