In case of E cline Celeste
おかあさんは、いつものように振り返らない。
「…じゃあ、いってくる」
「はい」
祐一さんは挨拶してくれたのに、おかあさんはそんなことしない。
「…あたりまえです。おかあさんは、わたしのことが嫌いなんです」
閉じた扉にそう語り掛ける。灰色の気持ちをがまんする。
「…わたしも、おかあさんが嫌いです」
どこまでも、どこまでも灰色の世界に、セラは取り残されている。
「…あれで、いいのか」
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「いいのよ」
祐一は、少し前を行く『母親失格の女』を見る。
「そうか」
「ええ」
だが、祐一には『セラの母親』の声が、震えているように感じた。
――君は、ここでも戦っているのか…
途中隊商で花を買い、しばらく歩くと古びた教会についた。裏手に周り、墓地の中の一つの墓石の前で止まる。
「……夫よ」
墓標には、《ウォルター・D・クライン》と刻まれている。
≪[雪さんのお墓に花が咲いたから、見に来てほしい]、だとさ≫
祐一はミラーシェードを外し、『戦友』の隣に立った。
気分を変えようとして、買い物にいった。
「おう、セラちゃん」
「こんにちは。いいお天気ですね」
顔なじみの隊商のおじさんの店に行く。野菜を主として扱っている店だ。
「はは、まったくだ。おっとそれは少し痛んでるよ、こっちにしときな」
そう言って、セラがなんとなく選んだタマネギを、別のものと交換する。
「ありがとうございます」
「いやぁ、セラちゃんには新鮮なものを食べてほしいんだがなあ。ポートが塞がっちまって、しばらくはここで足止めだ」
「ちょっとアンタ、あたしたちはどうなってもいいってのかい」
近くにいたおばさんが、冗談混じりに声をかける。
「おう、悪いなご婦人。そのキャベツ半額にしとくよ」
隊商は、どんな天気でも賑やかな場所だ。お店の人たちはみんなやさしいし、売り物はなんでもある。
野菜や肉などを買って、
――そういえば、卵がなかったです。
「いらっしゃい」
物静かなおばあちゃんが店を構えているここは、唯一卵を売っているお店だ。
「あぁ、セラちゃん。ようきたねえ」
「こんにちは。卵ください」
「はいはい。あぁ、セラちゃん、こんなのが売れ残ってるんだけどね」
そう言っておばあちゃんが卵の隣にだしたのは、カレー粉だった。
「余り物だから、ただでいいよ。いるかい?」
「あ、はい!あの、卵もう1パック買います!」
「あぁ、そうかい…ありがとうねえ」
店をあとにしたセラは、ほくほく顔だ。
――今日は、いい日です。祐一さんにも、カレー作ってあげなきゃ。
ずいぶんと重くなってしまった買い物袋をおとさないようにしながら、帰路につく。
と。道の途中で、奇妙な人を見つけた。
黒のズボンと白のブレザーを着たその人は、手に持った携帯端末を必死に操作している。
ふと、顔を上げて、周囲の家を見る。頭の後ろでまとめた銀髪がさらさらと動く。
きれいな顔です…
一瞬みとれてしまった。そのお兄さんは、こちらには気がついていないようだ。
この辺にはセラと同世代の子供がいない。
声をかけようかと考えてみる。だが、自分の中でなにかひっかかるものがあった。
なんだろう…?
他にくらべて小奇麗な一角だ、いままで通ってきた場所との差に驚いているのだろうか。微笑が浮かんでいる。
あぁ…、『上』の人…かも。にぶそうです。
とりあえず『不審者』に変わりは無いので、そばにいって声をかけることにした。
「なにしてるんですか?」
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