■■天海連理様■■

風唄の行方
【間章  接点なき魔法使い】



優に五〇を超える培養槽が立ち並ぶ研究室の中で、その少年は薄紅色の羊水越しに、外の世界を見つめていた。
十才手前まで成長した身体と、生理作用で伸びた朱金色の髪、そして実験用に作られたI―ブレインと膨大な量の知識。
これらが、少年が持つ、すべてのものだった。

名もなく、己の命すら、温かな羊水と身体に繋がれた無数のチューブに頼るしかない状態。
何一つ、自分のものとして自由にできない状態。
コポリと吐き出される空気の泡を見て、少年はゆっくりとまぶたを下ろす。
外へと出る日を夢見ながら……


早く、俺をここから出せ。
早く、俺に力を使わせろ。
早く、俺を『俺』にしろ。


†  †  †  †  †


少女はかなり大変な状況に巻き込まれていると気づいた。
培養槽に中で浮いていることは変わっていない。
しかし、本来なら自分を護るはずの羊水が、自分に牙を向いていた。
温かなはずの培養液が、重く、冷たい。

(酸素濃度低下、意識レベルダウン。生命維持危険レベル到達まで二四〇分)

頭の中にゆっくりと靄がかかる。
周囲に置かれた十四もの培養槽が次々と機能不全を引き起こす。
中に取り残された人が、呼吸を奪われ、物言わぬ肉塊になるのを、少女はずっと見つめていた。
目の前の培養槽の中でもがいてた少年が、小さな泡を吐き出して動かなくなる。
醜く引きつった顔、にごった色の瞳が少女の無機質に見つめる。
漠然と、自分もこうなるんだろうなぁ、と少女は霞がかった頭で思った。

同時に思った。


死にたくない、と。
まだ生きていたい、と。
まだ、やることがある、と。

それが、少女が持った最後の意志だった。

(意識レベル、限界値突破。危険)
(I―ブレイン起動状態を覚醒モード≠ヨ移行。脳内エラー……再試行。稼働率五〇パーセントに固定)
(エントロピー制御開始。生命維持及び全細胞への酸素供給を最優先。I―ブレイン領域の三〇パーセントを破棄)
(エラー……再試行……)

少女の意識が深い眠りについてもなお、少女の意志に基づき、少女の力は働き続けた。


†  †  †  †  †


少年が、解放を待ち望んでいた頃。
少女が、死の淵で足掻いていた頃。

―― シャンッ……

シティ・東京の地下の一室で、涼やかな音が鳴り響いた。
その音を聴き、物思いにふけっていた星海沙枝―― 先見の魔法士―― は部屋の片隅に立てかけていた棒状の武器、錫杖を手にした。

―― シャンッ……

「はじまる……」
沙枝は錫杖に身を預け、世界に自分の『目』を向けた。
未来読の、未来を垣間見る『目』を。
「世界が、変革する……。裏切り、共謀、混乱がこの星のすべてのものに迫る……。幾人もの魔法士が巻き込まれ、消えぬ傷を負う……」
現実から乖離した世界を見通しながら、垣間見た未来の断片をとぎれとぎれに口にする。

唐突に、沙枝の双眸から一筋の涙がこぼれた。

―― シャンッ……


「この未来が進めば、私は……私は、あの子に逢える」


†  †  †  †  †


二一八六年三月。
これら三つの出来事は、世界の片隅でひっそりと、誰にも知られないまま進んだ。

少年の願いも
少女の意志も
そして、沙枝の言葉も

決して交わることなく、それぞれの運命に向かって歩き出した。

交わるのは遥かな未来。
すべてが終わりかけた世界でのお話。



<作者様コメント>

だいぶ……では済まされないぐらい期間開きました(濁汗)
しかも間章です。
第二章を書くつもりだったんですけど、
話がなかなかまとまらず間章と言う手を使ってしまいました。
次はきちんと二章を書き上げる予定……また間が空きそうです。

この作品の副題は〜No Link No Freedom〜
本当の意味での間埋めです。

<作者様サイト>
Seiren Media

◆とじる◆