■■デクノボー様■■

 蒼穹の天、真紅の地〜始まりはゆっくりと〜


「壊す」ことは簡単

「作る」のも簡単

人は知らない

何よりも難しいのは「残す」事だと―













こういうのを「虚無」というのだろう。
 ほとんど白に近い緑色の髪の少女は無意識にその言葉を呟いた。
 少女は便利屋で、この日は研究所のデータ採取の依頼を受けて、ここに来た。渡された地図の通りにここへ来て、地下へ入って、目当ての研究区画へたどり着いたところまでは順調だった。
 しかし、その研究室は、すでに研究室と呼べる場所ではなくなっていた。球状に抉れた床と天井、穴のあいた壁。かすかに残る羊水が、そこに培養槽があったことを示している。戦闘があったというより、一方的な破壊活動があったと言った方が適切だと感じた。少女は、小さく呟いた。

「何があったんだ・・・・・・?」





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 シティ神戸跡地。
 マザーコアの暴走により消滅した、かつての七大都市。
 その少年はそこに辿りついた。
 何を思うも知れず。
 そんな少年の後ろに、軽装の男が一人。
「お前が・・・・・・『虚無の支配者』だな?」
 少年は振り向いた。
「そうですよ。・・・・・・あなたが殺さなければいけない、『虚無の支配者』です」
 淡々とそう告げた。口元に優しい微笑みを浮かべて。
「俺は・・・・・・お前みたいな子供を殺したくない。・・・・・・出来ない話だが、おとなしく捕まっては・・・・・・くれないか?」
 男は何かを渋るようにそう言って、武器――どうやら騎士剣――を握った。しかし、
「いいですよ」
 少年は淡々とそう告げた。男は驚きに目を見開いて、危うく騎士剣を取り落とすところだった。
「なっ・・・・・・お前、捕まったら実験動物にされて殺されるんだぞ?それで・・・・・・」
「そろそろこの土地にも飽き飽きしましたし」
 男の言葉をさえぎるように少年が言った。
「・・・・・・乗り物は・・・・・・どうせ途中で置いてきたんですよね。連れて行ってください」
「・・・・・・分かった」
 観念したように、男が呟いた。少年はにっこりと微笑み、早くしてください、と男を急かした。


 少年は透けるような白い肌に、白基調に黒でアクセントをつけた服を着ていた。肌の色と対照的に、眼と髪の色は漆黒で、肌の色と相まって見事なコントラストになっていた。髪は黒色と白色のバランスが取れるように、きれいに切られていて、かつ無造作に伸びていた。肩まで伸びている後ろ髪が、風になびいてはためくたびに、その少年の端正な顔つきをよりいっそう目立たせた。こういうのを美少年というのだろう、と男は思った。
 男の乗り物は飛行艇で、適当な塗装がなされたそれは普通の物と同じ銀色だった。
「本当にいいのか?お前・・・・・・」
「・・・・・・あなたはどこの人ですか?」
「・・・・・・は?」
 いきなりの質問に男は少々戸惑っているようだった。
「モスクワ・・・・・・ってことになるのかな?」
「・・・・・・そうですか」
 なぜか少年はつまらなそうにため息をついて、椅子に腰掛けた。
「呼び止めてすみません。さ、早く行きましょう」
 少年に振り回されっぱなしの男は、一応念のためだ、と言って少年の首にノイズメーカーを取り付けた。確か三日前だったと思う。

世界は情報で出来ている。
世界は二重写しになっている。
私たちが五感で物を感じる『現実』。
全てが情報として存在する『情報の海』。
その二つの世界は互いに干渉しあう。
たとえば木の枝を折ったとしたらその木の枝には『折れている』という情報が書き込まれる。
 裏を返せば、『木の枝は折れている』と情報を書き換えれば木の枝は折れるのだ。『情報制御理論』はこれを概念としている。そのためには、時間の中で絶えず変化する情報を書き換えるだけの演算速度をもったコンピューターを要する。
そして随時変更される情報を書き換えられるだけの演算速度を持った生体コンピューター、T・ブレインを持ち、物理法則すら捻じ曲げる人間を『魔法士』と呼ぶ。
そして今語られるのは、歴史から消えた『究極の』魔法士の物語。



 少年は、ベッドから降りた。眠気をどうにかしようと、洗面台へと歩を進める。蛇口から水を出して、そのまま顔を洗う。ひんやりとした感覚と共に眠気が取れていく。タオルを取り出して、顔を拭いて、伸びをする。三日間変わらない日常。
 それも今日で終わり。
 ここはモスクワのすぐ近く。といっても、昨日男がそういっていたから、そう言えるのだが。
 男とは昨日別れた。今僕がいるのは搬送中のトレーラーの中だ。・・・・・・ノイズメーカーが壊れていることも知らずに、モスクワの軍の人達は任務完了したと決め付けている。
 全部計算通り。
「さて・・・・・・そろそろ、いいかな」
 少年は、トレーラーの壁に手を当てて、目を閉じた。
(T・ブレイン戦闘起動・『虚無の支配・剣』発動)
 少年は壁に向けて三度手を振った。
 少年はここまでを全て計算しつくしていた。少年のその力で誰にも分からないようにノイズメーカーを壊し、男にはやすやすと捕まったフリをしておき、軍のトレーラーから抜け出すことで、自分は何もせずに場所を移動する。モスクワには何度も来た為に、ちょっと残念ではあったが、文句は言えなかった。
 トレーラーの壁は三角に切り抜かれ、少年はできた穴から飛び降りた。何もなかったかのように走り去るトレーラーを見送って、やれやれとひとつため息をついた。
「あっけなく終わるんだなぁ・・・・・・」
 適当に町を見つけないと。さすがにこの寒さはこたえるし。
 少年は、吹き荒ぶ吹雪の中に姿を消した。


++++++++++++


 薄緑の髪の少女は、消去された研究所の中から、辛うじて起動する端末を見つけた。
「何だ・・・・・・この魔法士は・・・・・・!!!」
 少女が見つけたのは、この研究所で放置されていたはずの魔法士の研究記録だった。驚きと恐怖に駆られつつもそのデータをT・ブレインにコピーして、初めて自分の足が震えているのに気がついた。
「こんな・・・・・・こんなことが・・・・・・」
 その実験体は、自分がここに来る一ヶ月前までこの無人研究所で実験と戦闘訓練を続けていたらしい。何があったのかは分からないが、その実験体はこの研究所から逃げ出した、というところまでデータは教えてくれた。
 そしてそのデータの一番奥のファイル、何重もの厳重なロックのかけられたファイルを、少女は見つけた。そのときは、さしずめ好奇心ぐらいしか感じていなかった。
 ファイルを開けるには2000桁のパスワードを入力しなければならない、とのことだったが、少女にとってそれは大して問題にはならなかった。
 彼女のT・ブレインは情報の『鍵を開ける』事と情報に『鍵をかける』ことに特化している。なぜそんなものを持っているのか少女は知らなかったが、どうやら何かのバグで出来たらしいというのは分かった。
 その力は、なんと人のT・ブレインにまで及ぶ。相手のT・ブレインの記憶領域に『鍵をかける』というものだ。これにより、相手は自分の能力を封じられてしまう。
 これは、『記憶領域は書き換え不能』という点を有効活用したものだ。絶えず変化する人の情報は干渉しにくいが、変化しない記憶領域は別なのだ。
 無論、弱点はある。相手が記憶領域を使用している、つまり魔法を使っているときは、『鍵をかける』ことはできない。相手が記憶領域に干渉していないときだけなのだ。そのため戦闘には極力不向きで、戦闘は何が何でも避けなければいけない。
 しかし、妨害工作では、とてつもないほどの効果を発揮する。T・ブレインの使えない魔法士などただの人間。戦いにおいて魔法士の数は、この上ないほど優劣を決める。
 そんな彼女のT・ブレインは、どんな厳重なロックでも数分で解除する。そして彼女の脳裏に浮かび上がった物は――・・・・・・
「情報消去特化型T・ブレイン・・・・・・開発名『虚無の支配者』・・・・・・」
(空間内の情報を一度に消去することで、無の空間を作り上げる。一定時間内の空間の維持によって、触れた物質の情報を消去する・・・・・・? 無茶苦茶だ、しかしこの研究結果は・・・・・・)
 データの最後には、その無茶苦茶を現実にする数式が、事細かに記されていた。そして、その実験体は、まちがいなく究極の魔法士であることと、その実験体が完成していることも書かれていた。
 隅に小さく「実験体NO.1」と記載された画像を見つけて、これがその実験体だな、と一つ頷いた。
 少女は、一刻も早くこの実験体を見つけなければならないと、ワケもなくそう考えた。ついでにこの依頼も降りる事にした。



<作者様コメント>

えっと、お初にお目にかかります、デクノボーです。

初めての投稿なので、ちゃんと出来てるか緊張気味です(^_^;)

だれも自己紹介をしないという異例の事態で始まったわけですが、

主要なキャラクターは次辺りで名前を出すと思います。

これからもよろしくお願いしますとしか言えない僕をお許しください。

<作者様サイト>
http://plaza.rakuten.co.jp/tyeins/

◆とじる◆