■■デクノボー様■■

 蒼穹の天、真紅の地〜自分を消すための旅〜



 トレーラーから逃げ出して二週間、少年は小さな発電プラントの周囲に作られた町で、静かに暮らしていた。
 少年の生活にはこれと言って不便も無く、またむやみにT・ブレインを使わなくて済んだため、少年はゆっくりと休むことが出来た。町の人にも温かく迎えられて、満足満足といった様子だった。
 それも今日までだと、少年はなんとなしに気がついていた。見て見ぬふりが出来そうにないこともわかっていた。
「・・・・・・神様は僕に休みをくれないのかな?」
 なんとなくそう呟いた。
 少年は、欠伸を一つすると、町の外へ出てみた。昨日、隊商が到着した、と聞いたからだ。なにかいいものでもないかなぁ、と呟いて、静かな町を歩いた。今日は何かあるとの予想は、隊商が来るとの情報が影響しているのかもしれない。

 隊商のコンテナと、町の賑わいが見えてきたと思ったら、町で一番大きな広場は、何かのお祭りのようになっていた。新鮮な肉や魚の匂いにつられて集まってきた人、服や靴などの生活用品を探す人など、さまざまな目的で人々が群れている。
「・・・・・・理由も無しにふらっと来ただけの人間が言えることじゃないか」
 その呟きも賑わいに飲み込まれて、少年はコンテナを巡り始めた。
 まず食品売り場。新鮮な食べ物を幾つか売っている場所。どうしたものかと、色々な商品に目を通していて、隊商の女性にいきなり呼び止められた。それで、新鮮な豚肉をほぼ押し付け気味に渡された。悪い物ではなかったのでもらっておいた。近所の人に「かっこいい」とうざったいくらいに言われ続けてきたが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。他にも、キャベツに人参にピーマンに、ただで色々手に入った。これだけあれば酢豚が作れるなぁと、そんなことを考えつつ、そのコンテナを出た。
 次に向かったのは衣類売り場で、もともと服の数が三着しかなかったため、そろそろ買い足すつもりだった。だから実を言うと狙いはここにあった。
「いいのがあるといいんだけど・・・・・・」
 ここのコンテナには女性がいなかったため、いろいろな物を無理矢理押し付けられることは無かった。おかげでゆっくりと服を選ぶことが出来た。
「あ・・・・・・これいいなぁ・・・・・・」
 少年の目に留まったのは、今着ている服と同じ、白基調に黒のアクセントが入ったスラックスだった。お世辞にも安いとはいえない値段だったが、迷わずそれを買った。当然ながらそれほど懐が広いわけではない彼にとって、中々の痛手だったが、
「まぁ他に買うものないし、差し支えないよね」
 といって、気にも留めなかった。
 次に入ったところで終わりにしよう、そう決めて入ったコンテナは、植物を取り扱っていた。色とりどりの花が、きれいに咲き誇っていて、どこかの花畑のようだった。
 しかし、そのコンテナで花を売っていた人が女性だったため、やっぱりここでも花束を押し付けられた。
 さっきの食品売り場でかなりの数を押し付けられた彼にとって、これ以上荷物が増えるのは避けたかったが、それほど大きくなかったし、その花がとても綺麗だったから、喜んでもらっておいた。
 帰り道を行く少年はとても上機嫌で、特にその花を見ているときは、とても嬉しそうに笑っていた。
 隊商の賑わいが見えなくなって、少年は一人の少女――といっても17歳ぐらい――を見つけた。なにやらつまらなそうな顔をして、うつむいているその少女が、なんとなく気になって、声をかけてみた。
「何してるんですか?」
「・・・・・・暇つぶし、というのが妥当だろう」
 少女の外見とは全然違う言葉遣いにはいささか驚いたが、そんなそぶりはおくびにも出さず、
「だったら隊商でも見に行けばいいですよ。色々置いてありますし」
 しかし少女は怪訝そうな顔で、ほとんど呟くのと同じに言った。
「騒がしいのは・・・・・・嫌いだ・・・・・・」
 そうですか、と言えればそうした。でも、少年はどうしても一言、言ってやりたくなった。

 陰る少女の顔が、酷く悲しそうだったから。
 楽しいことを知らなかった自分にそっくりで、もどかしかったから。
 いや、単にその少女の笑顔が見たかっただけかもしれない。

「そう? 僕は嫌いじゃないな。・・・・・・みんなが楽しそうに笑っていられるって、相当凄いことじゃない?」
 出会ったばかりの少女に言うことじゃない。こんなことを話したくなるのは、生まれて初めてな気がする。
 その言葉に反応して、少女が顔を上げた。
「そうかも・・・・・・しれないな・・・・・・」
 それを告げるのと同時に、少女は驚いた顔で目を丸くして、悲鳴に似た叫び声をあげた。
「! ・・・・・・貴方は・・・・・・!!」
 少女は一歩詰め寄ると、足先から頭のてっぺんまで、探し物を見つけたときのように、まじまじと見つめた。
「・・・・・・僕のことを知ってる、のかな?」
 少女の驚きように戸惑いつつも、落ち着いた様子で答える。こういうときに、女性との付き合い方を知らないのは困る。なにせ、培養槽と研究室と訓練室を行き来する生活をずっと続けていた少年にとって、それは結構な痛手だった。
 しかし、状況が状況だ。相手が女性である前に、敵かもしれないのだ。
「・・・・・・というと、君はもしかすると・・・・・・僕を捕まえに来たのかな?」
 笑顔は絶やさず、柔らかな言葉で、重要なことをさらりと言ってのけた。相手の出方次第では、またトレーラー送りになるかもしれない。しかし少女は、髪を振り乱してそれを否定した。
「断じて違う! 貴方を探してはいたが、捕まえようなどとは・・・・・・」
「じゃあ、僕のいた研究所に入ったんだね? そして、あのデータを見たんだね?」
 嵐のように質問を浴びせかける少年に、少女は、何から答えればいいのか分からないと、少年の声を遮った。
「まずは自己紹介・・・・・・だな。私はフリーナ。フリーナ・エンデュランス。貴方は?」
 少女の問いに、少年は当惑して、視線を泳がせた。
「僕は・・・・・・その・・・・・・」
「大丈夫、私は敵ではない・・・・・・どうかしたのか?」
 とうとうごまかせなくなって、観念したように少年が言った。
「ぼ、僕には・・・・・・名前が・・・・・・その・・・・・・無いんだ」

 少女の顔に、驚きの色が浮かんだ。
「なっ、馬鹿を言え! いくら研究体とはいえ、名前ぐらいはあるだろう!!」
 声を荒げる少女に背を向けて、少年は吐き捨てた。
「僕に名前なんて要らない・・・・・・殺しの道具には・・・・・・名前なんて要らないんだよ・・・・・・」
 その一言には、先ほどの少年の面影は無かった。その言葉を聞いた少女、フリーナは、決まりが悪そうに口ごもると、目を伏せてしまった。
「その・・・・・すまない」
 しかし少年は振り向いて、にっこりと笑って、とりあえず、と手を打った。
「聞きたいこと色々あるからさ、僕の家に来てよ」
 少年のあまりの豹変振りを、呆けたように見つめる少女は、問いかけの意味を理解するのにちょっと時間を要した。

 フリーナの外見は優しいお嬢様みたいな感じで、限りなく白に近い緑の髪と、銀白のつり目に、透き通るような白の肌、可愛らしい輪郭。しかもいわゆる『ないすばでぃー』というやつで、そこいらの男なら誰でも振り向くだろう。
 話し出すとそこにいるのは軍の女性で、礼儀正しい、少年に言わせれば「堅苦しい話し方」で、とにかく外見とのギャップが凄い。唯一合うとすればつり目で、話し方と相まって厳しい女性らしさが浮き出てくる。それでも綺麗さが薄れないところが凄いと、少年は言った。
「貴方のような美青年に言われると、少し嬉しい気もするな」
 フリーナは無所属の便利屋で、最近は隊商に乗せてもらって、町から町を転々としているらしい。
 ある依頼で、研究所のデータ採取の依頼を受けて、向かった先が少年のいた研究所だったのだという。
 データに目を通したフリーナは、この依頼を降りて、すぐさま少年を探しにかかった。といっても、そんなに大々的には呼びかけられないから、一人で探すことにした。
 それからしばらくして、この町に来たと思ったら、少年がそこにいた、ということらしい。
 そこまでの経緯を、花瓶に花を生けながら聞いていた少年は、花瓶を机に置くと、フリーナに尋ねた。
「・・・・・・で、僕を探してどうするの?」
「とりあえず・・・・・・ついてきてもらいたい。貴方の存在は危険すぎる。そんな大きな力が、もしもこの先大量生産されたら、それこそ世界の終わりだ。だから、貴方のいた経歴を全て消す。この先、貴方のような人が作られないように」
「そこまで大げさに言わなくても・・・・・・まぁ確かに僕の力は危険だけどね」
 少年は真剣そうに少し考えて、一つ頷くと、
「いいよ、一緒に行こう。僕としても、これが終わったら追っ手が来ることも減るだろうし、うまくいけば静かに暮らせるかも知れないしね」
 悪びれた風も無く、ただ単純に自分のためを考えている少年のその楽観思想に呆れたフリーナは、全く、とため息をついて、皮肉を言った。
「そんな不純な動機で・・・・・・ほかの人間のことを考えないのか、貴方は」
「ほかの人って、たとえば?」
 当たり前のように尋ねる少年に、フリーナは少し腹を立てて、バンと机を叩いた。。
「この町に住む人々やこの先出会う人々のことだ!」そこで一息置いて、今度は怒りを込めて「貴方の力で未来を奪われる人々のことを考えろと言っているのだ!!!」
 しかし少年は少しも動じず、倒れかけた花瓶を手で受け止めて、一言放った。
「そんなことを考えてたら、僕は今ここで死ななきゃならないよ?」
 返す言葉が見つからず、フリーナは顔をしかめた。そんな少女に飲み物――先ほどこっそり買った本物の紅茶――をカップに注いで渡して、少年は頬杖をついた。
「そしたらさ、僕に名前をつけてよ」
 少年のあまりに唐突な一言に、フリーナは危うく紅茶を吹き出すところだった。
「な・・・・・・何をいきなり・・・・・・名前をつけろなどと・・・・・・」
 すんでのところでカップを置いて、少女が言う。名の無い少年は、紅茶をすすると、笑顔で言った。
「そ。ずっと『貴方』なんて呼ばれ方、嫌だしね。」
「だったら貴方がつければ良いだろう!」
 なんで否定しているのか、よく分からなかったが、フリーナはとりあえず否定しないといけないと感じた。
「僕はネーミングセンスないし。自分の名前を自分でつけるってのもおかしいし。いいでしょ?」
「・・・・・・仕方ない、な・・・・・・」
 邪気の欠片もないその笑顔で頼まれたら、さすがに断りきれない。観念したフリーナは、肩にかかった髪を後ろに流して、考え込み始めた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「あの・・・・・・まだ?」
 かれこれ一時間、少年の名前は未だ決まらなかった。
「人の名前を決めろ、といわれて、適当に決められるはずが無いだろう」
 少女は髪を撫でながら、必死に考え続けた。少年はその様子を、面白そうに見ている。少女がやっと顔を上げたのは、それからさらに30分が過ぎた頃だった。
「どう?決まった?」
 少年が楽しそうに尋ねてくるのを、フリーナは疲れた目で見ると、
「・・・・・・全然決まらない」

 一瞬の沈黙。

「・・・・・・へぇー」
「へぇーとはなんだへぇーとは!!こっちは頭を抱えて考え込んでいたというのに!!」
「あぁー、ごめんごめん。あまりにも予想通りだったから、つい」
「馬鹿にしているのか貴方はぁ――!!!」
 まるでどこぞの黒髪の少女みたいに顔を真っ赤にして怒るフリーナ。
「まぁまぁ落ち着いて。花瓶が倒れそうだから机叩くのやめてくれないかな?」
 あくまでマイペース。目の前の少女がどれだけ怒ろうとも、少年は柔らかな視線を少しも濁さず、紅茶をすする。
「・・・・・・貴方には何を言っても無駄なようだ・・・・・・」
 がっくりとうなだれたフリーナは、少年のことを疲れた目で見て、その後少年が撫でている花を見つめて、首を傾げて考え込んで、何か閃いたように目を輝かせた。
「・・・・・・ゼフィランサス・・・・・・うん、これがいい」
 少年はそんなフリーナの様子を見て、
「僕の名前?」
 と尋ねた。目の前の少女は満面の笑みを浮かべて、嬉しそうに言った。
「そうだ。ゼフィランサス、縮めてゼフィロス、とでも言おうか。いい名だろう?」
 心の底から嬉しそうに笑うその少女に、少年は一つ問いかけた。
「どんな意味なの?」
 その質問を待っていたかのように、先程の数倍目を輝かせたフリーナは、得意満面な笑顔を作った。
「この花の名前だ。花言葉は『清い愛』。どうだ?貴方にぴったりだと思うのだが」
 その答えを聞いて、少年は、ぷっと吹き出した。
「僕が・・・・・・き、清い愛・・・・・・ぷっ・・・・・・くくく・・・・・・」
「・・・・・・何がおかしい」
 先程の目の輝きはどこへやら、厳しい目つきでフリーナは少年を睨みつけた。
「僕なんかより・・・・・・君の方がずっと似合うと思うんだけど・・・・・・」
 それに、と口を開きかけて、少年は口をつぐんだ。
「まぁいいや・・・・・・君が必死に考えてくれたんだしね」
 そこで一つ大きく頷いて、改めて少女に向き直った。

「僕はゼフィロス。君は?」
 少年の意図を察して、少女は髪を後ろへ払うと、少年をしかと見据えて、一礼をした。
「私はフリーナ。フリーナ・エンデュランス。よろしく願えるだろうか」
 少女がその細くて白い手を差し出した。
「もちろん、これからよろしくね」
 少年はそれを握り返して、優しい笑顔で少女を見つめた。

 それが、少年の始まり。
 ただの人形だった少年に、命が吹き込まれた日。
 少年は歩き出した。
 その先にある真実へ向かって。

 真紅に染まる大地を踏みしめて。

 誰もが望む遠い青空に向かって。



<作者様コメント>

どうも、デクノボーです。

プロローグとか物語のはじめが苦手なので、

こんななんだか良く分からない展開ですが、

一応頑張ってますので応援願います。

自分自身まだダメなところが数え切れないくらいあるので、

どうにか改善できるよう努力します。

文の組み立てが似てたり同じ単語ばかり使ったり言い回しが思いつかなかったり・・・・・・

・・・・・・とっとにかく皆さんの希望にそえるよう頑張りますのでよろしくお願いします!

<作者様サイト>
http://plaza.rakuten.co.jp/tyeins/

◆とじる◆