■■デクノボー様■■

 蒼穹の天、真紅の地〜銃と剣、休みと戦い〜



 フリーナは目の前の騎士が視線を逸らしたのを確認して、兵士たちへの真ん前へ飛び出した。
(速射型銃弾、四発使用。残数・4:4)
 二人の騎士がその体を加速させて、こちらへ突っ込んでくる。一人の方へ両の銃口を向け、立て続けに二回ずつ、計四発の弾丸を、ほぼ同時に打ち出す。一瞬、相手の顔が驚きに変わるのを、視界の端で確認し、そのまま接近してきた騎士の顔面へと、回し蹴りを放つ。
 騎士剣にブーツの先が触れ、その騎士剣を弾き飛ばす。情報強化を施したブーツは、そう簡単に情報解体されはしない。
(残数・2:2)
 T・ブレインの忠告を聞くより早く、外套の裏から銃弾を十二個、真上に放り投げ、蹴りで体制を崩した騎士の、手首に照準、射出。しかし放たれた弾丸は騎士剣に弾き飛ばされ、金属音とともに地に落ちる。構わず残りの三つを連射。二発は騎士剣によって阻まれるが、一発は命中、相手の右足首を正確に打ち抜く。
 銃のリボルバーに銃弾を込めるために、銃身を開く。くず折れる騎士の顔面を、今度はしっかりと蹴りつける。騎士は横っ飛びに吹っ飛んで、砂埃を上げて地面をすべる。
 体を大きく捻り、双銃を振り回して、投げ上げた銃弾をリボルバーへときれいに滑り込ませる。寸分違わずリボルバーに収まった弾丸に一瞬目を通して、接近していたもう一人の騎士へと回し蹴りを放つ。狙い通り相手は騎士剣で受ける。 相手が騎士剣を引き戻す前に、躊躇なく弾丸を放つ。騎士剣を固定された相手は、成す術なく両の手首と足首を打ち抜かれる。
 片足で着地して、まだ残る遠心力で体を回転させる。残りの銃弾全てを一度に放つ感じで、超高速での連射。それは螺旋を描く銃の軌跡を現し、立ち上がった騎士の左足首と両手首、それから後ろの一般兵の短機関銃を破壊する。同時にもう片方の銃で後ろへ高速ラッシュをかける。ほぼ同時に機械の壊れる音が響いて、兵士が後ろへ引く。その間にも銃弾をフル装填し、油断なく構える。後ろから出てきた二人も、おそらく魔法士。
「そろそろ、切り札を見せるかな」


++++++++++++


 ディーとセラとサクラは、目の前で繰り広げられる『舞踏』を、呆然と見つめた。
「なんなんだ・・・・・・この・・・・・・」
 そこから先は言葉にならず、サクラは口をパクパクさせている。
「フリーナの銃技のこと? あれね、T・ブレインを一切使ってないんだよ」
「そうなんですか!?」
 叫んだのはディー。確かに、運動係数制御を使えば、通常の人間でも鍛錬さえ積めば出来る業だ。しかし肉体的な強化も無しに、あの流れるような銃技を体得するのは、並の男でも数十年はかかるだろう。
「彼女は銃技の天才だよ。さっきの、一回の銃声で数発銃弾が放たれたのだって、早撃ちを極限まで突き詰めた、多分フリーナだけの技。肉体の限界を知り尽くし、感覚的な照準と計算しつくした動きは、一流の騎士ですら近寄らせないほど、強い」
 そこまで言い切れるほどの強さをあの少女が持っていることに、誰もが気付かなかっただろう。
「・・・・・・確かにあの銃技は、すでに神の域に達しているだろう。しかし、魔法士を相手にするならば、それだけではどうにもならない物があるのではないのか?」
 サクラの問いかけに、ゼフィロスは笑って、確かにね、と答えた。
「あの銃技だけじゃ、魔法士を、特に人形使いや炎使いを相手にするには、あれだけじゃ足りない。・・・・・・でも、彼女はそんな魔法士を幾人も打ち抜いてきた」
 そこで「お?」と呟きを入れて、
「そろそろ来るみたいだね、フリーナの、対魔法士専用能力」
 そこにいた三人は、次に起こる出来事にもう一度感慨を覚えることとなる。

++++++++++++



(特定空間内へのアクセス開始・・・・・・成功。プロテクトの展開・・・・・・完了。『絶対魔法禁止空間』展開準備・・・・・・完了)
 気を緩ませず、一対の銃を両方の魔法士に向ける。騎士剣を持っていないから、おそらく炎使いか人形使いだろう。
 片方の相手が壁に手を当て、もう片方は手を差し伸べて、周囲の情報を書き換えようとする。
(『絶対魔法禁止空間』展開)
 人形使いが送り込もうとした仮想精神体を、強化チタンの壁は一切受け付けず、炎使いが操作しようとした空気中の窒素分子は、密度をそのままに空中を漂う。
 対象の空間に解除不可能な『鍵』をかけ、情報の書き換えを不可能にするフリーナが戦闘中に使える唯一のT・ブレインによる能力。
 空間へのアクセスを拒絶するため、相手はゴーストハックも使えないし窒素分子の槍も作れない。騎士の『身体能力制御』は、空間へのアクセスを必要としないため、防ぐことは出来ないが、情報解体も自己領域も使用不可。騎士にとって最強を支える能力を二つも剥ぎ取られたのでは、フリーナの銃技を止めるには足りなさ過ぎる。
 このプロテクトを解除できるのは、雲の中でも平然と魔法を使えるくらいの演算速度を持った魔法士。それか――
「ゼフィロスだけ、か」
 呆然と自分たちの手を見つめる魔法士二人の、両肩と両足へと銃弾を放つ。気付いた時にはすでに遅く、銃弾は二人の肉体に深く食い込み、貫通して強化チタンの床に穴を開けた。
 くず折れる相手を視界の端にとらえ、一つ息を吐く。銃弾を放り上げてトリガーを引き、残りの兵士たちの掃討にかかる。
 短機関銃から乱射される銃弾の数々。フリーナはそれを完璧に見極め、飛来する弾丸に三発発砲。同時に自分に当たる位置にある銃弾を銃身で打ち落とし、放った弾丸が弾丸に当たって起動を逸らし、その連鎖反応で空いた安全地帯に身を滑り込ませ、先程放り上げた銃弾を、リボルバーへと装填。目を見開く兵士たちに照準を定めて、ゆっくりと構える。
 引き金にかかった指に力を込めて、T・ブレインに空間の解除を命じ、その身を宙に躍らせた瞬間、

「フリーナ、君の番は終わり」
 少年に肩を捕まれて、踏み出した足が止まる。銃口を油断なく敵方に向け、
「・・・・・・そうか」
「一通り説明はしといたから、僕のことはよろしくね」
 フリーナは銃を下ろし、腰に納めた。
「仕方ないな」
 ゼフィロスは一つ踏み出して、フリーナに囁いた。
「あの事だけは・・・・・・内密にね」
「・・・・・・分かった」
 フリーナは、呆然とした顔でこちらを見ている三人の方へ、ゆっくり歩き出した。
「死ぬなよ?」
 ゼフィロスは振り返って、柔らかく一言。
「心配御無用」
 立ち上がり剣を再び手に取った騎士が、兵士の前方へと動く。その兵士たちの方へと駆け出して、右手を手刀の形に構えた。
「・・・・・・皆殺しは嫌いなんだけどなぁ」
 何も知らない兵士たちの視界を、黒い何かが躍った。


++++++++++++


 安全圏へと引き返したフリーナを待っていたのは、驚愕と歓喜の声だった。
「凄いですフリーナさん! ただの銃だけで魔法士の人たちを倒しちゃうなんて!」
 セラが真っ先に声を上げて、息一つ乱していないフリーナへと駆け寄った。
「凄くなど無い。貴方たちのように攻撃のできるT・ブレインを持たない以上、戦うためには武器が必要だ。そして私が銃器の扱いに秀でていただけの話だ。第一、この銃はただの銃ではない」
 ただの銃ではない、という一言に引っかかりを覚えたのか、サクラが少し考えるそぶりを見せて、
「ただの銃ではない、というのはどういうことだ? 銃弾の加速は表面の論理回路によるものではないのか?」
 その問いに、フリーナは顔をしかめて、兵士たちの動きを牽制して、というよりもてあそんでいるゼフィロスを睨んだ。
「ゼフィロスはそのことを話さなかったのか」
 大きくため息をついて、三人に向き直る。
「この銃はな、ゼフィロスが私に押し付けたものだ。任務の最中にどこからか論理回路の研究資料を持ち出して、どこからか強度の高い鉱物を買いあさり、どこからか研究資材を集めてきて、私には何も言わずに勝手に作って、無理矢理私に押し付けた品だ」
 フリーナが二丁の銃を眼前に掲げると、発光素子の光に照らされて、やっとその銃を見ることが出来た。
 白銀に輝く銃身に、蒼色のラインが引かれている。昔に使われていたリボルバー式にしてあるのは、「こうすると論理回路でかなり強化できるらしいから」だそうだ。グリップはフリーナの手にぴったり合うサイズで、底には蒼色の結晶体が、綺麗に象眼されている。フリーナが左手で握る方は若干銃身が短く出来ていて、これを構えているフリーナを想像すると、とてもかっこよい女性が浮かぶ。
「数え切れないほどの論理回路とそれを制御する演算素子で構成されていて、プロテクトを全て外せば銃弾の速度は光速の85%に達する。ただ、私の手首にもかなりの負荷がかかって危険だから、普段は20%未満の速度で使用するよう、ゼフィロスに固く言われている。実際私も最大で50%ぐらいしか引き出したことは無い。そのときは体ごと吹き飛ばされた」
 楽しそうに語るフリーナに、首を傾げながらセラが尋ねた。
「その銃って、ゼフィロスさんがフリーナさんのために作ったんですか?」
「そうだが」
「どのくらい時間をかけて作ってくれたんですか?」
「・・・・・・二年前の、まだ軍への隠蔽工作と逃亡の連続で忙しかった頃だったな・・・・・・『作るのに一ヶ月はかけたんだから、大事に使ってね』と笑って言ったゼフィロスを殴り飛ばしたことがあったから、一ヶ月だと思うが、それが何か」
「・・・・・・質量から考えてみると、白金をベースにレアメタルを複雑に合成させたもので、論理回路と結晶体の、プログラム、ですか? で質量を二分の一ぐらいに減らしてます。これ、すごいがんばっても作るのに五年はかかります・・・・・・ってT・ブレインが言ってます」
 サクラが少し目を細めて、ふふふ、と笑った。
「それはどう考えても、貴方へのプレゼントだな」
 フリーナの顔がみるみる赤くなっていくのが、薄明かりの中でもはっきりと分かった。
「ち、違う! ぜっゼフィロスがそんな、私に・・・・・・こんな手の込んだ物を・・・・・・作る・・・・・・わけ・・・・・・」
 始めは凄い剣幕だったフリーナも、時間がたつにつれて言葉が途切れ途切れになって、しまいには言葉にならなくなる。どうやら言葉遣いはサクラと似ているが、さすがに中身までは似ないらしい。
「・・・・・・この場合、どっどう受け取るべきなのだ?」
 フリーナは顔を耳まで真っ赤にして、顔を俯かせながら尋ねた。サクラは、何かを渋るように視線を逸らし、ディーは本気で首をかしげ、
「好きな人へのプレゼントです」
 ――セラが言い切った。
「こんなに手の込んだつくりで、こんなに綺麗な物、普通は自分で使うか、大事にとっておくかです。フリーナさんに、それも二つも渡すなんて、好きな人へのプレゼントに違いありません」
 いつものセラより早口で、熱のこもった口調に、ディーは少し対応に戸惑った。
 フリーナは耳まで真っ赤だったのが、髪の毛まで真っ赤になりそうな勢いで、セラに詰め寄った。離れていても、心臓が高鳴っているのが分かるほどだった。
「そ、そうなのか?」
「はい」
「本当にそうなのか!?」
「間違いないです」
 断固として言い切るセラ。いつもより少しだけ輝いているセラの目を見て、ディーはなぜか物悲しくなってしまった。
「セレスティ、なぜそう言い切れる?」
 当たり前とも言えるサクラの問いかけに、セラはいつもの数倍強い目で、一言で言い切った。

「女のカンです」
 ――セラが暴走気味であることに、ディーとサクラだけが気付いていた。

「じゃあその『女のカン』で、今戦ってるゼフィロスの能力、当ててみて」
 いままで影薄かった、賢人会議の参謀が、ゆっくりと口を開いた。
「え・・・・・・」
 さっきまでは猛然とした勢いだったセラも、さすがに分からないらしく、声がだんだんいつもの物に戻ってきた。
(真昼さん、すごいです・・・・・・)
 ディーが心の中でそう呟くと、未だ顔の赤いフリーナが、どうにか平静を装って、口を開いた。
「今から教えよう、ゼフィランサスの能力を」
 さっきまでの平和なムードはどこへやら、四人の注意が兵士たちをもてあそぶ少年のほうへ向く。
「ゼフィロスの能力は、すなわち『虚無空間の生成』」
 フリーナの声に同調するかのように、ゼフィロスが戦闘態勢に入った。


+++++++++++


 飛来する銃弾をしかと見据え、一歩踏み出す。
(感情消去完了。情報完全消去準備完了。作動効率15%。飛来物質感知。判断・危険対象。『虚無の支配・盾』自動発動)
 対象の空間、物質の情報を一度に消去、『何も無い空間』を生み出す。
 同時に跳躍、地面と体を水平にして、発生した盾状の虚無空間で銃弾を消し、着地。
(選択・空間消去/空間維持・媒介設定)
 空間消去のスイッチを頭の中で叩き、視界が開ける。虚無空間は放置すると数千分の一秒足らずで掻き消えてしまう事を利用した、虚無空間の唯一の消去方法。なにせ光すら遮断するその空間は相手だけでなく自分の視界も遮るため、使い終わったらすぐに消去しなくてはならない。
(『虚無の支配・剣』発動、媒介・両肘先、状態維持)
 肘から先の辺りが黒い空間に包まれる。虚無空間は媒介を設定すると、格段に維持できる時間が向上する。目の前の銃弾を切り落とし、道を作る。虚無空間を薄く伸ばして維持したその空間は、全ての物質を容赦なく切り裂く刃と化す。
 相手が銃弾のリロードに必要とする時間が三秒。殲滅完了までの時間を導き出す。
(演算完了、所要殲滅時間・二秒半。『虚無の支配・罠』発動、可視光透過処理付加。座標固定、発動時間・一秒後。剣形空間・形状変更。)
 手刀の周りを覆う黒い空間が、兵士たちとの距離三メートルの分だけ伸びて、横に薙ぎ払われる。兵士たちが次々に断末魔の叫びを上げて、地に倒れ付す。生き残った者たちも、先程精製するよう命じた空間に阻まれて消え、すぐにその空間も掻き消える。
 ここまでの一秒間で、兵士の数は半分に減った。
(分子運動条件、適正状態確認。『虚無の支配・槍』発動、報告・容量不足。『虚無の支配・剣』解除)
 右側にいた兵士たちが、床下から発生した幾つもの黒い槍に貫かれ、叫び声を上げる。即座に左腕を残った兵士たちに向けて、脳内のスイッチを叩く。
(演算効率・15%上昇。『虚無の魔物』生成。構造維持時間・二秒)
 兵士たちの眼前を、黒い悪魔が覆った。
「――さよなら」
 黒い悪魔が兵士たちの間を駆け抜けたかと思うと、そこにいたはずの兵士たちの姿は次々に消え、恐怖の顔すら見せずに、最後の一人が消えた。
 悪魔の姿が消え去り、少年は天井を見上げた。
「恨むべきは汝らの不運なり、天へと掻き消え、永劫に眠れ」
(殲滅完了。使用時間・三秒。感情復帰)
 少年は呟き、同時に脳内にはメッセージが駆け巡った。
 走り来る人影を、おぼろげに見つめた。

 ――これで清い愛なんて、よく出来た冗談だよ。
 ゼフィロスは笑って、白髪の少女を迎えた。


++++++++++++


 虚無空間の生成。
 それは、量子力学的制御と同じぐらいに高度な能力。
 全ての攻撃を打ち消し、全ての防御を通過し、触れただけで全ての物質を削除する。
 虚無空間とは、名の通り『何も無い空間』なのだが、この空間は厄介な性質を持っている。
 一つは、数千分の一秒足らずで消えてしまうこと。
 もう一つは、作るだけで動かせないため、普通に使ったのでは必然的に防御と陽動にしか使えないこと。
 それを乗り越えたのが、T・ブレインの演算速度だった。
 その空間がその空間の周囲を、常に同じ形で存在するように制御する。それが『虚無の支配』。
 何も設定しない場合、空気中の分子を自動で媒介にし、与えられた形状を保つ。その分子に大きな推進力がかかっていない限り、その空間は動けない。
 逆を言えば、大きな推進力を与えてやれば、それは刃となり銃弾となり槍となる。
 そしてそれは、媒介をこちらで設定したときも同じこと。
 かくして『虚無の支配者』の能力は完成し、すぐさまフレームワークが組まれた。
 プログラムの作動効率を自在に変更できるようにし、使える能力を制限。必要に応じて効率を上げていき、必要なくなれば効率を落とす。こうすれば、脳にかかる余分な負担はなくなるし、余った分を他の演算に回すことができる。
 かなりの時間をかけられて完成した実験体は、一度も日の目を見ることなく歴史の闇に消えた。
 それがばれて軍に追われたから軍のデータを消し、ついでに事を知っている軍部の人間、それ以外の人間を次々に抹殺し続けた、というのが、フリーナとゼフィロスの説明だった。
「戦力的にも申し分ないし、第一こっちの保護対象の一人だし。いいんじゃない?」
 一通り説明を受けた真昼は、仲間として快く受け入れてくれた。
 すぐさま二人の部屋があてがわれ、簡素なベッドが一つ運ばれてきた。ゼフィロスは「少し大きめの部屋にしてくれないかな、フリーナの銃の修理用の機材を運び入れたいから」と言って、ここで一番大きい部屋を取った。
 数日後、どこからともなく大きな演算機関と多種多様な機械が運び込まれて、ゼフィロスの部屋はベッドとトイレと洗面所が、辛うじて残されるだけとなった。
 ある日、「もうちょいクレジットが溜まったら船でも買うかな」とゼフィロスが言った。それを聞いたサクラは、「ここにそんな金はないし第一格納庫が無い」と言った。ゼフィロスが立体映像の預金残高を映して、「船を買う金はあるけど格納庫を作る分の金が少し足りない」と言ってのけたため、それからしばらくそのことについて議論が交わされることとなった。

「軍に動きをトレースされたらどうするつもりだ!」
 と、サクラ。
「だから僕の演算速度とこれぐらいの金があれば、雲上航行艦だって買えるって。そしたら僕らの動きも迅速になるしトレースされる心配もないよって何度言ったら分かるの?」
 これはゼフィロス。
 それもそうだな、とサクラは頷いて、椅子に腰を下ろす。その横で、未だ勝ち目の無い戦いを続ける白髪の少女が一人。
「ゼフィロス! 大体貴方は私にかなりの額の借金を負わせて、それで今度は雲上航行艦だと? ふざけたことを言うな! 私がどれだけ時間をかけて返済したと思っている!!!」
 髪を振り乱して怒るフリーナ。
「や、君が借金負う事は無いでしょ」
 ゼフィロスと口調の似た、真昼のゆるい声。
「皆さん落ち着いて、とりあえずハーブティーでも飲んで落ち着いてください」
 この事態をどうにかしないと、という意思が伺えるセラの声と、後ろからいそいそと紅茶を運ぶディー。しかし二人の頑張りもむなしく、議論はさらに白熱していく。
「大体格納庫はどうするつもりだ! ここにはそんな場所は無いぞ!」
 フリーナの声が部屋中に響き渡って、運ばれた紅茶に波紋を作る。
「それはゼフィロスが虚無空間で地下にトンネルを作って、違う島に繋いでそこで格納庫を作る方法で解消されたよね?」
 冷静に真昼が言い返すと、一瞬フリーナが言葉に詰まる。しかしすぐに勢いを取り戻し、ディスプレイを引っ張ってきて、さっきの二倍声を張り上げて、
「千里眼No.7はどうするのだ! 嗅ぎつけられたら終わりだぞ!!」
「それは論理回路でどうにか誤魔化せるな」
 先程まで船を買うことに反対していたサクラが、ここに来て肯定の発言をしたことで、少女はサクラを強く睨みつけた。フリーナはさらに声を張り上げて、というかもうすでに泣きそうな状態に達して、机を強く叩いた。
「とにかく私は船を買うことに断じて反対だ!!」
 握りこぶしをわなわなさせて、若干涙声になって、最後に一言叫んだフリーナは、依然として立ち上がったまま賛成派を睨みつけている。
 と。
「フリーナ・・・・・・もしかして・・・・・・・・・・・・まだトラウマなの?」
 フリーナの顔が一気に青ざめるのを、この場にいる全員が見た。
「・・・・・・フリーナ?」
 サクラが顔を覗き込む。
「船・・・・・・ですか?」
 セラの失望したような声。
「・・・・・・当たりみたいだね」
 真昼が呟いた。俯いたままのフリーナをじっと見つめていたゼフィロスは、なるほど、と一つ頷いて、フリーナのそばに寄った。
「・・・・・・フリーナ、そうだったね・・・・・・トラウマにならないはず無いよね」
「それを言うなっ!!」
 さっきとは比較にならないほど強く、かすれた声で叫んだ。
「それを・・・・・・私に思い出させるな!!」
 ゼフィロスは、そんなフリーナの頭を撫でた。
「フリーナは・・・・・・」
「やめろっ!!!」
 ゼフィロスの腕を無理矢理振り払い、部屋を飛び出そうとしたフリーナの肩を、ゼフィロスは掴んだ。
「放せ! 私は、私は!!!」
「・・・・・・フリーナはね、一度殺されかけてるんだ。悲痛にも自分の生みの親に」
 フリーナの瞳から、涙が零れ落ちた。
「その人は自分の遺伝子をベースにフリーナを作った。そして、軍に牙を向くフリーナに銃を向けた。フリーナは、自分の命を守るために、生みの親を殺した」
 淡々と語るゼフィロスの言葉に、その場にいた全員が息を呑んだ。
「フリーナは、自分の生みの親を打ち抜いた。その銃で、その手で。僕には分からないけど、フリーナはそれがトラウマになってる」
 大切な人を撃ちたくない。
 ゼフィロスにとっても、それは同じだった。
 だけど、それでも。
「フリーナ、僕は君に、これ以上人を撃つなと言った。君はそれでも人を傷つけることを選んだ。その手を血に染める道を選んだ」
 目に見えるほど震えている、その小さな肩から手を放した。
「だから、君は誰を殺しても悲しんではいけない。好き勝手に人の命を奪うのに、大切な人の死だけを悲しむなんて、そんなことは許されない」
 フリーナを向き直らせて、その白い目を見て、その白い肌を手にとって、
「君は、目的のために全てを捨てるんだ。たとえ、それがどんなに大きな物であったとしても」
 フリーナが崩れ落ちた。漏れ出る嗚咽をかみ殺すこともせず、流れる涙をぬぐうこともせず、ただ泣いていた。
 そんなフリーナを、ゼフィロスは抱きしめた。

 神様、どうかこの子が、何一つ我慢しないでいられる場所をください。
 この子が二度と泣かない世界をください。

 ――フリーナの生みの親が死んだとき、僕はこんな世界を作ってみせる、と決めた。

++++++++++++


 それから一ヶ月が過ぎて、賢人会議は雲上航行艦を手中に収めた。
 賢人たちの動きが格段に早くなった、とシティの人間たちは焦った。
 そうして時間が過ぎた、ある日のことだった。

「ゼフィロス、起きてる?」
「・・・・・・一応は」
 ここは、戦前にアフリカのケープタウンがあった場所に程近い、直径一キロも無い小さな島。
 今は夜中の二時で、発光素子と立体映像のディスプレイの光が、部屋を淡く照らしていた。
 ゼフィロスと真昼は、昨日辺りから眠っていない。何しろ、「次の作戦は慎重を極めないと、かなりの損害を出しかねない」といって、昨日辺りから情報工作に作戦の設定に人員にその他もろもろに・・・・・・と色々なことをやっている。
 シティ・マサチューセッツのW・B・Fからマザーコアの予備品を奪取、シティのマザーコア作成機関に攻撃を加え、可能なら破壊し、離脱。
 普通ならなんともない今回の作戦には、失敗が許されない理由があった。
「僕らが寝なければディーもセラも救われるんだったら、こんなの安いもんさ」
 とか何とかいっているゼフィロスも、本当なら寝ていないといけない。
 ゼフィロスはフリーナと共に施設を急襲し、相手の兵力を根こそぎ削り取る、という重大な役目があるのだ。
 ゼフィロスの能力は意識の四分の三をT・ブレインに移行した状態で無いと制御できないため、肉体的な運動はT・ブレインの演算だけで動かしているに等しい。眠気に負けているようでは、能力などまともに使えるわけがない。
「ゼフィロス、貴方も眠るべきだ」
 植木鉢が並べられた机の奥で、サクラがキーを叩く。
「貴方がまともに戦えないのでは、結局セレスティやディーの身が危ない。少しでも仮眠をとって、状態を万全にしておいて欲しい」
 その言葉を待っていたかのように、ゼフィロスはディスプレイを休止させて、
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ・・・・・・二時間したら起こしてね」
 と言って机に突っ伏して、三分後には安らかな寝息が聞こえ始めた。
「参謀役というのは大変な仕事だな」
「・・・・・・少しは分かってくれた?」
「今、身をもって感じている」
 ディーとセラを危険な目に合わせないように、不測の事態が起こっても対応できるように、およそ考えうる限りの手を打って、およそ考えうる事態への作戦まで考える。いつもの数倍の負担を、真昼一人で背負うには少し荷が重かった。
「でもゼフィロスがいて助かったよ。僕ほど電子戦に強いわけじゃないけど、それでも凄い戦力だ。・・・・・・彼がいなかったら出来なかったことも幾つかあるしね」
 ゼフィロスのT・ブレインは元来『情報消去』に特化しているため、プロテクトを削除するとか必要ない情報を消去するだとかアクセス記録やら改ざんした跡やらを消し去るなど容易い事。
「貴方を真似たような男だから、それぐらいは当然だろう」
 皮肉めいた一言に、真昼の顔が少し笑う。
「誉め言葉として受け取っとくよ」
 よどみなく、てきぱきと手を動かしつつ、軽口で応じる。
 そんな光景が数時間続き、日が昇り始めた。結局ゼフィロスは眠らせたままにしておくことにした。


++++++++++++


 ディーとセラに基本の作戦が教えられて、夜明け前に出航。この前、ゼフィロスが自腹を切って作らせた150メートル級高速起動艦『ブラック・ウィング』に乗り込み、ある程度進んだところで天へと上昇。電磁ノイズを発する遮光性の雲を避けるために、船の周囲を黒い空間が覆う。外界から隔離された空間には、電磁ノイズは届かない。ゼフィロスの演算を補い、虚無空間をより広範囲に展開出来るように作られた、世界でただ一つ、ゼフィロスのみが操作できる船。
 起動時に虚無の羽を纏う、漆黒の船。
 雲の上に出ると、そこには、
「青空、です・・・・・・」
 セラが感嘆の声をもらす。ディーは一度だけ乗ったことがあるが、セラが乗るのは今回が初めてだ。
「凄いです・・・・・・お日様も・・・・・・本物のお日様もあります・・・・・・」
「そうだね・・・・・・シティの・・・・・・偽物とは全然違うね・・・・・・」
 二人して空を見上げるディーとセラ。これから作戦開始だというのに、とサクラが憤慨するが、そこはフリーナが止める。もう少しそっとしてあげよう、とフリーナに言い聞かされて、サクラは渋々メインコックピットに戻った。
 メインコックピットでは、真昼が操作盤で何かをいじくっており、ゼフィロスはうなじに繋がれた有機コードを介して、船を動かしている。
「目標地点に到達。降下を開始・・・・・・っと」
 ゼフィロスが呟くと、船は眼下に広がる鉛色の雲へ向かって降下を始めた。
「隔離空間の展開を開始」
 船の視界が黒く染まる。かわりに、ゼフィロス特有の知覚方法を補正した周囲の空間の状況が表示される。
 虚無空間は、維持制御を行っていても十秒で消えてしまう。それは、周囲の『普通の空間』が虚無空間を受け付けないからだ。そのため普通の空間は虚無空間を侵食し、瞬く間に飲み込んでしまう。
 たとえ制御を行っても、侵食は続く。
 それを利用して、虚無空間の侵食状況を逆算。周囲の空間にある物質の数や質量などを知覚する、ゼフィロスの『虚無の目』。
 この船はそれを大幅に増幅し、通常の知覚能力と同等かそれ以上まで引き上げる。
「雲海、脱出成功」
 周囲の視界が開け始める。いつもの鉛色の空に、眼下には巨大なドーム型の建造物が一つ。
「偏光迷彩を起動、着陸」
 ずずん、と船が揺れて、大地に降り立つ。
「五分後に浮上、偏光迷彩を起動しつつ自動で雲海直前まで浮上し、待機。四十五分後に再着陸」
 うなじの有機コードを引き抜いて、いくよ、と合図をする。ディーとセラが呼ばれて、六人は船を下りる。
「はい、君たちの偽造ID。かなり精密に作っておいたから。ディーとセラは税関通れないから第二階層へはこの通路を使って。僕らは税関通れるようにしてあるから、それ使って上に行くよ。集合ポイントまでなるべく早く来ること。OK?」
「はい」
「分かりました、です」
「じゃ、気をつけてね」
 第一階層に入ったところで、ディーとセラから離れ、一行は税関を障害なく素通りし、第二階層の集合ポイントにたどり着いた。
「遅いです、真昼さん、サクラさん」
 嬉しいような悲しいような、といった顔つきでセラが言った。
 集合ポイントというのは、未だ空き家であった、セラの家だった。

「作戦の概要はこんな感じ。あとは随時報告するから、よろしく」
 真昼の説明が終わると、セラがどこからともなく紅茶を入れてきた。
「せっかく来たんですから、お茶でも飲んでください」
 セラの懐かしむような声。
「セレスティ、私たちは遊びに来たんじゃ――」
「それもそうだな」
 若干怒り気味なサクラの言葉をフリーナが遮る。この二人を見ていると、なんだか姉妹みたいだな、とどうしてもゼフィロスはそう思ってしまう。
「じゃ、お言葉に甘えて」
 ゼフィロスは紅茶を一すすりして、おいしい、と目を丸くした。セラが嬉しそうに笑うと、よかったです、といって、ディーの横に座った。
「でもあんまりゆっくりしてるとすぐに軍の人間が来るよ」
 真昼の鋭い一言に、全員に緊張が走る。
「そんなに・・・・・・簡単に嗅ぎつけられるはずは」
 ディーが、端正な顔を少しこわばらせて、尋ねた。
「君が一番知ってるでしょ? クレアヴォイアンス」
 あ、とディーの顔から血の気が引く。
「多分、僕らの動きは全部ばれてるね」
 ゼフィロスは追い討ちをかけて、紅茶を一すすり。
「じゃあ早くここから・・・・・・!」
「僕らがそんなに手ぬるいと思う? 千里眼は任務でいないよ。ちゃんと調べたんだから」
 フリーナが、椅子から立ち上がった瞬間に、真昼が言った。
「でも安心は出来ないさ。軍の人間が来ても、僕らは簡単に勝てるけど、体力使うし面倒だし、なにより時間を食う。・・・・・・さ、行こうかみんな」
 残った紅茶を一気に飲み干して、ゼフィロスが立ち上がる。
「そうですね、行きましょう」
 ディーも立ち上がる。
「セラ、食器、もって帰る?」
「・・・・・・いいです。誰かがこれを見たら、私たちがいたのばれちゃいますから、ゼフィロスさん、消しちゃってください」
「OK」
 ゼフィロスは手をかざして、食器を全部消し飛ばした。
「行くぞ、もう五分も無駄にした」
「サクラ、そんなに怒る事でもないだろう。感傷に浸るぐらいのことはさせてやるものだ」
 フリーナがご機嫌斜めのサクラをなだめて、ゼフィロスたちは階層間エレベータに乗り込んだ。

 程なく、第十階層にたどり着いて、ほぼディーの案内で先へ進むことなった。色々な区画を、慎重に、かつ迅速に進み、コア・センターと呼ばれる場所の手前で、一行は二手に分かれた。
 軍の基地を内部から襲い、兵士たちの目をこちらにひきつけるための囮として、フリーナ、ゼフィロス。それについていき、適当なところに身を潜め、ナビゲートやその他を行う真昼。
 コアの予備品たちを奪取し、ファクトリーのコア製造機関に損害を与えて、可能なら破壊し、軍用フライヤーを使用して離脱する、ディー、セラ、サクラ。
 一通り動きの確認を済ませて、二班は一斉に動いた。


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「こんなにあっけなく入れるとは、真昼は凄いね」
 ゼフィロスたちが軍の本部に潜入してから二分。サクラたちは、こっちの動きを待っているだろう。
「・・・・・・そろそろか」
(双銃『蒼閃』とのリンクを確立)
 フリーナが銃を抜く。
「始めようか」
 ゼフィロスは立ち止まり、適当な壁に手刀を叩き付けた。
(情報完全消去準備完了。作動効率15%。『虚無の支配・剣』発動)
 銃声が轟き、壁が切り裂かれる。
 銃声を聞いて駆けつけてきた兵士が、こちらに気付いて銃を構える。
「皆殺しは嫌いなんだけどなぁ」
 苦笑。
「同感だ」
 嘲笑。
 二人は、現れた兵士を、次々に血で染め上げた。


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『ゼフィロスたちが始めたよ。そっちの戦力が薄れるまで、もうちょっと待ってね』
 ノイズ越しに、真昼の声が響く。
「了解、待機状態を維持」
 堅苦しくサクラが答えて、通信素子を切る。
 軍の人間が慌ただしく動いているのが、排気口の格子の奥で見える。
 ・・・・・・きっと、だいぶ派手にやってるのだろうな。
 一瞬笑みがこぼれて、すぐにもとの厳しい顔つきに戻る。
「・・・・・・サクラさん」
 後ろから、小さなセラの声が聞こえる。
「何だ?」
「フリーナさんたち、大丈夫でしょうか・・・・・・」
 サクラは、その言葉を笑い飛ばして、セラに向けて笑顔を作った。
「あの二人は、そう簡単には死なないだろう。・・・・・・とくにゼフィロスは」
「それもそうですね」
 なんだか可笑しくなって、二人はぷっと吹き出してしまった。
『サクラ、動いていいよ。ディーが軍用フライヤーを一つ持っていくから、さっさと済まして攻撃開始してね。離脱した方がいいと判断したら、迷わず逃げて。いいね?」
「・・・・・・だそうだ、行くぞ、セレスティ」
「はい」
 真昼との通信回線を強引に切断し、行動を開始する。
 排気ダクトから飛び降りて、油断なく投擲ナイフを構える。誰も居ないことを確認して、セラと共に走り出す。
 結局、兵士たちと出会わないまま、目的の部屋にたどり着いた。
 部屋にはかなり厳重なロックがかかっているはずだったが、真昼が開けておいてくれたために、すんなりと中に入ることが出来た。
 中に入って見えたのは、生命維持槽の森。そして、作業を始めている銀髪の少年と、大きな軍用フライヤー。
 こっちに気付いたディーが、駆け寄ってくる。おおかたセラのことだろうと、サクラは思った。
「セラ、大丈夫だった?」
「ディーくんも、無事みたいでよかったです」
 ・・・・・・分かりやすいな。
 培養槽の中の子供たちを、サクラはゆっくりと見回して、
「多少時間がかかるようだ、急ごう」
 手短な生命維持槽の蓋を開けて、羊水の中から十二歳ぐらいの少女を抱きかかえて、フライヤーに運ぶ。セラはD3を呼び出して、何人もの子を重力制御で運んでいる。楽でいいな、とサクラは愚痴をこぼしそうになって、一つため息をつく。
 あらかた運び終わって、どこの生命維持槽にも人影が無いのを確認して、
「よし、早く脱出してこの子たちを置いてくるぞ」
 フライヤーに乗り込むと、セラがじっと部屋の奥のほうを見据えていた。
「・・・・・・どうした?」
「奥に、一つ部屋があります・・・・・・分かりにくいんですけど、誰かいるみたいです」
「・・・・・・一応、確認するぞ」
 一見、何もないように見えるその壁も、よく見ると継ぎ目があるのが分かる。ディーが近寄って、短い騎士剣の片方だけ引き抜き、刃先を継ぎ目にあわせる。サクラも近寄って、投擲ナイフを構える。中の人間がいきなり襲ってこないとは限らない。
 ディーが情報解体を発動すると、強化チタンの壁が砂のように崩れ落ち、暗い部屋が現れた。
 奥には、生命維持槽が二つ。
「・・・・・・大丈夫です、その人たち以外には、誰もいません」
 セラの声に安心して、ナイフを降ろす。
 ディーを先頭に中に入ると、生命維持槽の中の人間が、はっきりと見えてきた。
 一人は、褐色の髪の、十五歳ぐらいの少年。
 もう一人は、プラチナブロンドの髪の、こちらも十五歳ぐらいの少女。
「・・・・・・この子たち・・・・・・」
 規格外、とディーが呟いて、少し歩み寄る。ディーにとっては兄弟に当たるのだから、当然といえば当然だ。
 ふと、目線を下にやると、生命維持槽の横に、何か武器のような物が置いてあるのが分かる。
 少年のほうには大きな斧が、少女のほうには長めの杖が。二人のデバイスなんだろうか。
「とにかく、連れて・・・・・・」
 帰るぞ、と言うはずだったその言葉はしかし、こちらを見つめる少女と目が合って、途切れた。

 あの日、必ず助けると約束した少女に、とても似ていた。
 無意識にまぶたの裏が熱くなって、慌てて目を擦る。
「・・・・・・行くぞ」
 そういって、二人を生命維持槽から連れ出して、セットで置かれていた武器も持って行った。


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 次々に湧き出る兵士たちを、紙切れのように切り裂いていくゼフィロス。
 双銃を唸らせて、次々に兵士を打ち抜くフリーナ。
 囮役として戦闘を開始して、すでに十五分。未だに、兵の数は衰えない。
「・・・・・・フリーナ」
「・・・・・・何だ」
 こちらの呼びかけに、近くにいた兵士を蹴り飛ばしつつ、フリーナが答える。
「ちょっと引く?」
 手刀を振り払って、至近距離にいた兵の脳天を寸断する。
「何を馬鹿な」
 フリーナが銃弾を乱射して、手前から次々と兵士が倒れていく。その光景は、ドミノ倒しを連想させた。
「いや、少し疲れたかな、と思って」
 その問いに、フリーナ少し考えて、
「・・・・・・それもそうだな、さっきから指が痺れ始めてきたところだ」
 銃弾を投げ上げ、同時に兵士に回し蹴りを放つ。
「決まりだね。・・・・・・ついてきて」
(『虚無の悪魔』生成、維持時間、十秒)
 フリーナがゼフィロスの傍によると、先程までフリーナがいた場所に、大きな悪魔が姿を現した。
「さ、いくよ」
 フリーナの手を引いて、血にまみれた通路を走り出す。
「ゼフィロス」
「なに?」
 虚無の悪魔を脳内で動かしつつ、相槌を打つ。
「・・・・・・どうかしたか?」
「え?」少しだけ視線を上に向けて「いや、別に」
「・・・・・・だといいがな」
 嘘。
(特定情報構成物質感知。固有記録一致。距離・50m)
 迫り来る銃弾をことごとく打ち消し、兵士たちのわきをすり抜けるようにして進む。
 ――この情報構成、それに固有記録との一致。間違いない。
 少し走って、目的の部屋を見つける。
(『虚無の目』発動)
 虚無空間の侵食状況を逆算して、その部屋に人間がいないことを確認する。
(情報消去)
 後ろの区間を遮るように虚無空間を生成、追っ手の目から逃れる。
 部屋に飛び込んで、ドアにプロテクトをかけて、
「・・・・・・あった」
 真っ暗な部屋の奥、多種多様なコードにつながれた、その先。紅に煌めく、鋭い刃。厳重なロックとともに横に置いてあるものは、おそらく鞘。
 ゼフィロスはそれに一歩近づき、邪魔なコードを引きちぎる。後ろで計器が文句を並べ立てるが、構わずに機械やら何やらを掻き分ける。
 紅色の刀身。完全な直線の刃。みねもまた同様に、刃と平行に伸びている。剣先は丸みを帯びていて、美しく仕上げられている。鍔はまさしく日本刀のそれで、柄に象眼された結晶体は、血のように紅い。
「ゼフィロス、やはり・・・・・・」
 フリーナが抗議の声を上げている気がする。しかし、そんなことはどうでもよい。繋がれているコードを無造作に引き剥がしていき、全て引き剥がし終えたところで、愛おしそうにその剣を撫でる。ゆっくり息を吸い込んで、柄に象眼された結晶体に、手を当てる。
(虚無刀『紅覇』確認。起動開始)
 T・ブレインが、自分の相棒をやっと認める。認識パスワードを入力し、剣との同調率を上げていく。
(虚無刀『紅覇』、認識完了。同調率50%、記憶領域干渉、解析終了)
 紅い剣が、ほんのりと光りだす。柄を強く握り、鞘のプロテクトを削除。
 同時に、フリーナが駆け寄ってくる。ゼフィロスはそれを手で制し、剣を構え、鞘を引っ掴み、プロテクトごとドアを消し飛ばす。
 眼前で火を噴く短機関銃と、かなりの数の兵士がいた。
(感情消去完了。『紅覇』記憶領域起動。発動、『身体能力制御』。知覚速度、運動速度・30倍)
 少年の体が、一瞬で掻き消える。
(『紅覇』並列処理開始。発動『分子運動制御』。分子状態変更・適正状態。発動『虚無の支配・槍』)
 空気中の分子の中からいくつか選び、亜光速で垂直に運動させる。その分子を媒介に、虚無空間を生成。それは全てを貫く槍となり、兵士たちの真下から頭上にかけてを突き抜ける。血が飛び散る前にその場から飛びのき、次の指令を叩き込む。
(『紅覇』合成処理開始。合成『虚無の悪魔』、『仮想精神体制御』。固有発動形式設定。発動『イービルアイ』)
 虚無の悪魔を生成、その中に仮想精神体を送り込む。自発的に制御を行うその空間は、作り出しさえすれば自動的に動く。いちいち一時記憶領域を使わなくても済むため、大幅に負担を軽減できる。

 虚無刀『紅覇』。
 騎士の『自己領域』『身体能力制御』、人形使いの『仮想精神体制御』、炎使いの『分子運動制御』、光使いの『空間曲率制御』、そして元型の『並列』と『合成』を記憶領域に刻まれ、使用者に無限の選択肢を与える剣。
 『虚無の支配者』のために作られた、騎士剣とは一線を画す存在。
 演算素子を全く搭載しない代わりに、T・ブレイン五つ分の記憶領域を与えられ、使用者が必要としたときに、使用者のT・ブレインを介して能力を起動する、『元型剣』。
 しかし使用者は必ずと言っていいほどT・ブレインがオーバーヒートし、長時間の戦闘を続ければ脳が壊死を始めるという、まさしく妖刀。
 それは、もともとゼフィロスのもののはずだった。

(『身体能力制御』終了。合成処理開始。合成『空間曲率制御』、『虚無の支配・盾』。発動『ブラックホール』)
 空間の一点に虚無の盾を生成する。そして飛来した銃弾を重力の盾で絡めとり、虚無の盾へ受け流す。
 それは周囲にいた人間をも絡めとり、次々に飲み込んでいく。
 二つの盾が織り成す、自動的な殲滅。
 本質的には違えども、全てを飲み込む点では一緒。
 ブラックホールは兵士たちだけを飲み込み、そのまま掻き消えた。
「・・・・・・ゼフィロス・・・・・・それは・・・・・・」
 フリーナの、驚きと悲しみの入り混じった声が、頭の中で響いた。

 常人が振るえば待っているのは死。
 しかし、ゼフィロスなら。
 物質の情報全てを消去できるだけの演算速度を持った、虚無の支配者なら。
 鮮血と見まごう程の紅色は、深淵の奥に潜む闇と交わるために、作られた。

「たとえ貴方だとしても……その負担は大きすぎる……ゼフィロス!」
 ゼフィロスは走り出した。
 フリーナの声なんか、聞こえてこなかった。
 T・ブレインが、体を勝手に動かしていた。


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(呼:銃身)
 右手に掴んだ投擲ナイフを、一挙動に放つ。
 それは電磁気の銃身に捕らわれ、光速度の80%の速度を与えられて、打ち出される。
 しかし、目の前の機関には、刺さることはおろか傷一つつかず、ナイフは衝撃に耐えられずに根元で折れる。
 これで十五本目。サクラは、離脱の準備をするべきか、と考えた。
 いくら攻撃を加えてもコア生産機関はびくともしない。ディーの『万象の剣』はこういった機械を破壊するのには向かない。セラのLanceでもダメ。
「さて・・・・・・どうしたものか・・・・・・」
 情報強化されたこの機関はそう簡単には破壊されない。そんなことは承知の上だ。
 これを壊せば、シティは子供たちを作れなくなる。
 奴らは生き長らえるために、子供たちを作れなくなる。
 なんとしても破壊せねば。
「セレスティ、離脱の用意は?」
「出来てます・・・・・・だけど」
 分かっている。
 私を置いていく気は無いのだろう。
「次辺りでダメなら、離脱する・・・・・・できれば、そうしたくは無いが」
 目の前に、巨大な電磁波の銃身を生成する。
(呼:魔弾の射手)
 ナイフを五本、まとめて銃身に放り込む。巨大な電磁場のローレンツ力によって極限まで加速されたナイフは、構造を維持しきれなくなり、細かな破片に砕け散る。そして、相対論に従って質量を数百倍に増加され、数百もの銀の銃弾となって放たれる。
 一人のときと違い、今回はセレスティもディーも、救い出した同志たちもいる。そのために、運動ベクトルを精密に制御して、後ろのほうへ危害が及ばないようにする。
 轟音とともに、土煙が上がる。
「終わったな・・・・・・」
 途端に、神経が焼き切れそうな痛みに襲われ、頭を抑えて呻く。もともとT・ブレインを限界まで稼動させた大技なのに、余計な付加がかかって、痛みは通常とは比べ物にならない。
「サクラさん!」
 セラが駆け寄ってきて、倒れそうになった体を支える。血でも吐き出しそうなほどの痛みの中で、やっと意識を保つ。
「あ、ありがとう……セレスティ」
 フライヤーの壁に身を預け、破壊した目標をしかと見据えたその先に、
「馬鹿な……!」
 形を残す、巨大な演算機関。
 装甲や計器こそ破壊されているものの、その製造機関は未だ稼動を続けていた。
「あーあーあ、こんなんしてくれよって、全く」
 聞き覚えのある、おどけた声。
「多分これ直すんに相当時間かかんなぁ・・・・・・どうしてくれんのや、賢人会議」
「やはり貴方か……幻影No.17」
 会話の内容こそ敵対しているが、声も表情も、旧友とばったり出会った、といった感じである。
「私を追ってきたのか?」
 きりきりと痛む頭を抑えつつ、ゆっくりと立ち上がる。
「あーちゃうちゃう、任務やて。『新型の魔法士二人を、モスクワに護送しろ』て言われて、来て見てみたらお前らや」
 あの二人のことか。
「なんや? あの格好のええ二人は。何人殺しゃ気が済むねん、来る途中ぜんぶ血まみれ、見渡す限りの死屍累々や」
 サクラは、ふっと笑って、
「……今ここで、貴方と遊ぶ時間はなさそうだ、幻影No.17」
 セラたちにフライヤーへ乗るよう指示し、
「ここは、退かせてもらう」
 両手からナイフを六つ放ち、銃身を展開する。
 同時に地を蹴り、フライヤーへ走る。しかし、
「んなもん効かへんのは分かっとるやろ?」
 ナイフはイルの体をすり抜け、後ろの壁に突き立つ。イルはさらに五メートルほどもあった距離を一瞬にして零にし、サクラの肩に向けて掌の一突き。サクラはそれをナイフで受け、反動で大きく後ろへ跳ぶ。
「逃がすか!」
 しかしその距離も無視して、イルは体を大きく捻り、回し蹴りを放つ。
(警告:回避不能)
 サクラのT・ブレインが、抑揚の無い警告を発し、セラがサクラの名前を叫んで、ディーがこっちに走り寄ってくるのが見えて、

 黒髪の美少年が、イルの蹴りを片手で受けていた。
「女の子に暴力はダメだよね」
 イルの足を軽く払い、サングラスの奥の瞳を見据えて、ゼフィロスは立っていた。
「間に合った……かな?」
「ゼフィロス……」
 ゼフィロスは、倒れそうなサクラの体を押して、「さ、逃げて」とフライヤーへ走らせた。
「なんやねん、お前は……」
 イルが疑問を投げ掛ける。
「賢人会議、としかいえないね。それ以上を聞きたいなら……」
 ゼフィロスはそこで口を切り、挑むように笑った。
「力ずく、って事やな」
 イルが先手を取って、掌を放つ。右手でそれを受け流し、左手を手刀に構えて、首筋を狙う。イルはそれを体勢を低くして避けて、そのまま足をすくう回し蹴り。飛び上がって少し距離を置いたゼフィロスは、油断なく両手を構えて、目の前の相手を見た。
 獣のような構えを取り、薬指と小指を握ったその奇妙な構えで、一気に突撃してくる。相手が一突き繰り出すのを合図に、ゼフィロスは跳んだ。
 サクラたちを乗せたフライヤーが、ポートを出て擬似的な空を舞う。
「なんやお前、能力使わへんのか?」
「そっちこそ、出し惜しみは無しにしようよ」
 挑むような目つきで、目の前の少年に笑いかける。
 沈黙と緊張が、周囲の空間を満たす。
 ふと、イルの姿が消えた。
 一瞬の気配を感じ取って、後ろへ蹴りつける。
「おっと」
 突き出した足は、少年の体を透けて貫通した。ためしに足をぶらぶらさせても、そこに何も無いかのように、少年の体を流れる。驚きに目を見開いて、大きく後ろに跳ぶ。
「量子力学的制御、か」
「当たりや」
 瞬間、少年は二メートルの距離を一瞬で移動し、突きを繰り出す構えにいた。
 ゼフィロスの目を貫くべく放たれた突きの軌道に、虚無空間を生成。爪先が黒いそれに触れた瞬間、刹那で少年はその場から飛びのいた。
「目には目を、絶対防御には絶対防御を、ってね」
 あくまでやんわりとした笑顔は崩さず、しかし気迫は表に出ている笑顔とはかけ離れていて、死神か何かのようだった。
 その笑顔に、幻影No.17は恐怖した。

 量子力学的制御を使う少年がいる、というのは聞いたことがあった。
 モスクワ軍所属、実験体『幻影No.17』。
 モスクワで一仕事したときに、兵士たちが『イリュージョン」』を呼ぶ声を聞いた。
 今こうして戦って、今こうして言葉を交わすと、その少年のポテンシャルが、ひしひしと伝わってくる。

 もっと他のことが分からないのか、僕の頭は。
 なんで会話して感じるのが戦闘能力とかなんだ、といつも思う。
 基本的に当たる、その察知能力。
 T・ブレインの能力ではない、単純な『生き物のカン』。
 そんな物、持つ資格なんてどこにも無い。
 いっそ、精密な人形として生まれればよかった。
 いつも思う。
 でも、思うだけ。形にはしないし、そんなそぶりおくびにも出さない。
 僕には、誰かを殺す資格なんてないし、生かす資格も無い。
 誰にもかかわらず、一人で死ねばよかった。
 ちらりと、フリーナの笑顔が脳裏をよぎった。

 ――彼女のために。
 彼女のために、彼女が悲しまずにすむ場所を作る。
 そのためなら、腕が吹き飛ぼうが足がもげようが首が刎ねられようが、
 僕は、生きていられる。
 フリーナが好き。
 生きるのに、他の理由なんていらなかった。
 戦うのに、他の理由なんていらなかった。

「お前……なんや、その力……」
 目の前の少年が、驚愕に目を見開く。
 当然といえば当然かな。
 たとえ存在情報を改ざんして、現実にいないことにしても、情報としてはいることになる。
 なぜか。答えは簡単だ。
「君は情報構造体。複雑多様な情報に支えられ、その姿を保つ、素粒子や分子の塊。そして、その分子や素粒子も、情報によって作られている。たとえ存在情報を消しても、情報としては存在し続ける。
 そこで、君の情報を消せば、あるいは情報の存在できない空間に侵入すれば、その体は消えてなくなる」
 それが、虚無の空間。
 『今の僕』の、唯一無二の能力。
「そんな空間を……お前は作れる言うんかい」
「そーゆーこと」
 さらりと答える。こうゆう時にいちいち話を伸ばしても、いいことは無い。
「光、重力、大気圧、分子、原子、素粒子……それら全ての情報を消去した何一つ存在しない空間、『虚無の空間』によって万象を滅する、究極の魔法士」
 一息置いて、決然と、高らかに。
「我は神の子、神の手により作り出された、『虚無の支配者』」
(感情消去。全制御機構解除。作動効率・100%。『虚無の羽』展開)
 腰に差した刀を、ゆっくりと引き抜く。
「その名において、汝を滅さん」
(殲滅開始)

 ――出し惜しみ、するべきだったかなぁ。

 後日、幻影No.17に話を聞くと、「生きとったのが不思議なくらいぼっこぼこにされたわ」と一言述べた。



<作者様コメント>

どうも、デクノボーです。

今回は長いですねぇー。

読むのに疲れちゃった人、ごめんなさい。

なんだか『ここで区切ればよかったんじゃないの?』的な場所が随所に見当たりますね……。

スミマセンでした。

次からは善処します。

それでは、また後日。

<作者様サイト>
http://plaza.rakuten.co.jp/tyeins/

◆とじる◆