■■デクノボー様■■

 蒼穹の天、真紅の地〜蒼く煌めく涙〜



 サクラは、ディーとセラと多数の子供たちをフライヤーに乗せて、、目的地へと急いでいた。
「人員の搬送に成功した。これより離脱する。そっちはどうだ、真昼」
『……フリーナとゼフィロスが来てない。軍の動きからすると、そっちに向かってるみたいだけど……」
 サクラは、ゼフィロスがイルと戦っていること、製造機関の破壊に失敗したことを、簡単に説明した。
『そう……とりあえず戻ってきて。子供たちを抱えてたら動きにくいでしょ」
「了解」
 フライヤーのアクセルを、強めに踏んだ。


++++++++++++


 フリーナは、ゼフィロスを追って、製造機関までの道程を一気に駆けた。
 途中、数人の兵士たちと出くわしたが、無視だった。銃弾が飛んできた気がしたが、気にも止まらなかった。
 嫌な胸騒ぎがする。
 あの剣は、使用者を破滅させる剣だと、聞いたことがあった。
 早く見つけて、あの剣をどうにかしないと。
「……ゼフィロス」
 無意識に呟いた。

 ゼフィロスは、壁にもたれかかって、倒れるようにして座り込んでいた。
「あ……フリーナ」
 考えるより早く、体が勝手に駆け出して、ゼフィロスの傍で膝をついた。顔、腕、胴、足。どこにも傷は見当たらなくて、それで緊張の紐が解けた。崩れる感じで床にへたり込んで、汗がどっと噴き出した。ゼフィロスはそんな私の、華奢な手を手繰り寄せて、優しく抱きしめてくれた。
「ありがとう」
 ――頭の中で我慢していた何かが、鎖を解かれて表に出てきた。
 喉の奥から、何か熱い物がこみ上げてきて、涙と嗚咽が止まらなくなった。ゼフィロスの背中に手を回して、ゼフィロスの胸に顔を押し当てて、うずもれる感じになって、頬をすりよせて泣いた。
「ゼフィロス……私……は、私は……貴方が……!」
 その先は、言葉にならなかった。

 こういうのを『一目惚れ』というのだろう。
 初めて出会ったとき、いや初めてその人の資料を見たとき、その笑顔に心を奪われてしまった。
 きっと、この人を探そうと思ったのも、そんな不純な動機だからなのだと薄々感じていた。
 一緒に旅を続ける中で、戦いを続ける中で、安息の時を過ごす中で、今まで一度も感じたことのなかった葛藤は、日に日に増していった。
 ゼフィロスのことが好きで。
 ゼフィロスの笑顔を見ていたくて。
 多分、ただそれだけで、私はここにいる。
 それで十分だった。
 たとえ全てを知らされても、その想いは揺るがなかった。

 どれくらいそうしていただろう。
 唐突に、ゼフィロスは立ち上がった。
「行こう。みんな心配してるよ、きっと」
 私の方がよほど心配している、と叫びたかったが、うまく声にならなかった。それでも、何か伝わったらしくて、ゼフィロスは頭を撫でてくれた。
「さ、フリーナ」
 差し伸べられた手を、弱々しく握り返した。
 自分の手よりもずっと大きくて、自分のと同じくらい透き通っていてはかなくて、なんでも消してしまえる手。
 もしかしたら消えてたかもしれない、優しい温もり。
「……フリーナ?」
 ゼフィロスに言われて初めて、手を握ったまま放してなかったことに気づいた。


++++++++++++


「来た来た。ほら、早く逃げるよ」
 真昼が急かす。フリーナとしては、ずっとああしていたかったのだけど、さすがにそれはまずいと分かっていた。
「ディー、セラを連れて自己領域で先に行って。サクラは真昼と一緒にフライヤーでシティから出て。僕は……」
 そこでちらりとフリーナを見て、
「フリーナをつれて自己領域で船にいくよ」
「ゼフィロスさん、自己領域なんて使えるようになったんですか!?」
 ディーが素っ頓狂な声を上げる。
「説明は後。行動が先。さ、行って」
 言うなり、腰から刀を引き抜いて、フリーナを抱きかかえた。
「――! ぜっゼフィロス!?」
 顔を真っ赤にして身をよじるフリーナと、刀を構えたゼフィロスは、次の瞬間、揺らぎとともに消えた。
「……えーと、じゃ、じゃあセラ、行こうか」
「は、はい」
 こっちもこっちで顔が赤い。恐る恐るといった感じでディーに歩み寄り、そんなセラをディーは抱きしめる感じで抱え上げた。セラの顔が、いっそう赤くなる。
 二人の姿も掻き消えて、後には、真昼とサクラが残された。
「サクラ、運転お願い」
「……なんで私が」
「僕は運転苦手だからね……それに」
 後ろの端末を指差して、
「フライヤー相手ならこっちにも分があるし」
 サクラは、盛大なため息をついた。


++++++++++++


 賢人会議の黒い船は、偏光迷彩を起動しつつ、雲海へと浮上した。
「……『紅覇』か、聞いたことはあるね」
 メインコクピットの中で、ゼフィロスたちは今日のことについて色々と話し合っていた。
「まさかマサチューセッツが持ってたなんてね」
「驚くべきなのはそこではないだろう」
 サクラが、豪華な鞘に納められた刀を持ち上げ、
「この剣が、『虚無の支配者』専用の攻撃デバイスだったとはな」
 少し刀身を引き抜くと、血をすすって染め上げたかのような刀は、妖しく、紅く輝いた。
「本当に元型をベースにしているな」
 この剣には、サクラのT・ブレインの能力『合成』、そして真昼の弟の錬という少年の『並列』をベースに、仮想的ではない能力が五つ、眠っている。
 炎使いの『分子運動制御』。
 人形使いの『仮想精神体制御』。
 光使いの『空間曲率制御』。
 騎士の『身体能力制御』『自己領域』。
 『情報解体』がプログラムされていないのは、虚無の支配者にとって不必要な能力だからだろう。
 起動方法も納得がいく。かなりの演算速度を持った虚無の支配者のT・ブレインなら、オーバーフローになることも無い。
 ただ、弱点が一つ。
 この剣は、確かに五つの能力を秘めている。
 ただ、こいつは『内蔵された物を組み合わせて使う』ということが出来ないらしい。
 すなわち、もともとT・ブレインに備わっている能力に、この中のどれかを掛け合わせることで、能力を生み出すものらしいのだ。
「だから、ディーみたいに自己領域と身体強化を並列で……ってのは無理。並列にせよ合成にせよ、一つは『虚無の支配』でなきゃならない。身体強化なら30倍ぐらいにしとけば他にも一つくらいは使えるけど、それでも並列だけ。合成を使うなら、僕は減速した状態でないと、大技は使えない」
 雲海脱出、と呟いて、こちらを振り向いた。
「もともとは元型専用として作られたんだけど、僕の生みの親が懇願して、ウィッテンからもらったんだって」
 その言葉に、サクラが少しだけ顔を引きつらせた。
「あ、サクラはウィッテンが生みの親だっけ? 僕にとってウィッテンは伯父に当たるんだよ」
「……じゃあ君を作った人は、ウィッテンの弟なの?」
 真昼が興味を示す。
「いや、ウィッテンの弟子だとか言ってたけど、よくわかんない。でも、その人はウィッテンと親しくて、よくウィッテンと一緒に研究なり開発なりをしてたらしいよ」
 そこで操縦を自動にして、有機コードを引き抜いた。
「ただ、名を残すとかそういうことに無頓着だったらしいから、その人がウィッテンと共同でやった研究は、基本的に闇の中か、ウィッテンのものとして広まったんだって」
「ゼフィロスさん、紅茶できました」
「ありがとー」
 セラが入れてくれた紅茶を受け取り、一すすりして、机に置いた。
「で、かくいう僕の生みの親も、規格外の魔法士だったんだ」
 今度はディーが反応する。この人たちを見てると、なんだか面白くてしょうがない。
「……僕は父親を『神』と呼んだ」
「『神』だと?」
 そ、と頷いて、ここだけの話といわんばかりの目で、
「『未来予測特化型T・ブレイン』。デバイスとして分子運動制御を仕込まれた槍を持ってた」そこで紅茶をすすって「相手の能力、思考、判断、感情、行動……全てを完全に予測して、そこから相手の次の行動を予測する。それで、どう動いても必ず致命傷になるように、氷の銃弾を撒き散らして瞬殺。最小限頭を貫ける程度の威力で急所を突けば、誰だって無事じゃすまないし、相手が何するかが分かるなら、その前にいくらでも手を打てる。『強さとは力と技ではなく頭と心だ』っていっつも言っててね。僕だって勝てたことがないくらい、強かった」
 紅茶を一気に飲み干して、机に置くと、あくびを一つして、操縦室のドアを開いて、
「やろうと思えば、それこそ人類の滅ぶ瞬間だって見れたんだって。……ま、それやったらフリーズアウトするらしいから、一度もそんな長期予測はしなかったけどね」
 セラの体が、びくりと引きつったが、あえて気付かないフリをしておいた。
 フリーズアウトとは、T・ブレインの情報の過負荷に耐え切れず、脳細胞が壊死していく現象である。セラの母親は、この病気によって命を落とした。
「船が止まったら起こしてね、それまで僕は寝るよ」
 そう言って部屋を出た。
 セラには可哀想なことしたかな。
 あくびをしながら、そう考えた。

++++++++++++


 「何をやっているんだ、私は」
 ベッドに潜り込んで、頭から布団をかぶって、フリーナは呟いた。
 いつもこうだ。
 ゼフィロスがちょっとでもおかしくなると、頭の中がそれで一杯になって、まともな判断が出来なくなる。その後無事に戻ってくるゼフィロスを見て、何度泣きそうになったことか。
「私は……何で……」
 こんなにも脆いのか。
 ゼフィロスの悲しい顔を見るたびに、胸が締め付けられて、息をすることすらままならなくなる。ゼフィロスが人を殺すたびに、心がずたずたになって、頭が痛くなる。
 私のために、
 あの人は、人を殺し続ける。
 本能が血を求めて、体を乗っ取られて。
 気付いたときには、血の海が、屍の山が。
 望んでいないのに。
 『本能』と言う名の化け物に心を明け渡し、温厚な人間を捨て殺戮兵器へと成り下がり、それでも私のためと言い続ける。
 それでないと戦えないから。
 感情消去でもしないと、血なんて見れない人だから。
 あの人に、人なんて殺せないから。
 だから、戦うために悪魔に体を売る。
「全部……私のせいだ……」
 私がいるから。
 私がいなければ、あの人は人を殺さなくて済む。
 無意識にベッドの隣の引き出しを開けて、二丁の銃のかたわれを取り出し、
「私が……いなければっ……!」
 こめかみに押し当てた。
 私がいなければ、あの人は悲しまずに済む。
 ゼフィロスは、ゼフィロスのまま生きられる。
 指に力がこもっていき、トリガーがゆっくりと引かれていく。
 ――ダメだ。
 もし、仮に私が死んだとして、あの人は悲しむだろう。
 多分、あの人は自分を見失うだろう。
 多分、あの人は兵器になる事もいとわなくなるだろう。
 多分、あの人は人を殺し続けるだろう。
 それでも、残った感情が悲しみを訴えるだろう。
 蒼と銀の輝きが、強化チタンの床に落ちて、金属音を響かせた。
 無機質なライトが、フリーナを冷たく照らし出した。
 何も出来ない。
 結局、私は縛られたまま。
「ゼフィロス……助けて……」
 耳を澄ませても聞こえないくらい、かすれた声で泣いた。
 届いてくれと、涙に祈った。


++++++++++++


 ゼフィロスたちは船を止めて、地下道を奪った軍のフライヤーで進んでいた。
 あたり一面を闇が覆い、時々流れていく発光素子の淡い光が、ゼフィロスたちを照らした。
 ゼフィロスが、虚無の目を使っての運転をしているため、発光素子が見えるのは本当に真上に来てからで、まるで天井で作られているかのようだった。
 なぜか皆無言で到着を待ち、なぜか皆立ったまま、何も見えない前方を見据え続けた。
「……着いたよ」
 ゼフィロスがそう告げてから少しの間があって、視界が開けた。
 最初、目の前が真っ白になって、それから少しづつ色が塗られていった。
 絵の具でキャンバスを塗りつぶすみたいだ、とディーは思った。
 それからはまた肉体労働だった。培養槽の中の子供たちを、運び出しては服を着せ、ベッドに寝かせ、また運ぶ。フライヤーを出来るだけ部屋には近づけて、子供たちも総動員したかいもあり、見る見るうちに培養槽の中は空になっていき、最後には二人の少年少女が残された。

「新型、なんだっけ?」
 フライヤーへと歩を進める、ゼフィロスとディー。セラやフリーナたちは、目覚めた子供たちの世話をしたりしている。『最後の二人がまだ残っているから、連れて来て欲しい』とサクラに言われて、手の空いていて体力のあるゼフィロスとディーが選ばれたわけだ。
 ちなみに、真昼は先程から姿を消しており、そのことについてサクラは『見つけたら適当に殴り倒して連れて来い』と子供たちから何から全員にそう言って、頭のてっぺんが爆発しそうなくらいの怒り顔で真昼を探し回っているのであった。
「なんだか、斧と杖のデバイスを持ってました。僕の知らないタイプみたいです……ゼフィロスさん?」
「え? あ、あぁ」
 なんだか難しそうな顔で考え込んでいたゼフィロスは、いきなりディーに呼ばれてちょっとびっくりしたのか、いつもより少し高い声であいまいに返事をして、また考え込んでしまった。
「どうかしましたか?」
「え……っと、いや、まだ分からない」
 何が分からないんだろう、と首をかしげるディーだったが、真剣に考え込むゼフィロスの顔を見て、あまり聞かないほうがいいかな、と思って、これ以上は声をかけなかった。
 と。
「……あれ?」
 ディーがフライヤーを凝視する。今、確かにフライヤーが鳴動した。
「誰かが、暴れてるみたいだね」
 その誰か、とは明白な物なのだが、何で暴れているのか見当もつかない。
 とにかく、分かっていることは一つ。
「……ディー、騎士剣は?」
「あります」
 無意識に、剣の柄を握った。
「よし、気をつけてね。傷つけちゃダメ。柄か何かで気絶させて、運ぼう」
 なんだかとても嫌な予感がするのだが、そんなことは考えないようにした。
 フライヤーに入ると、凄い剣幕で暴れている、元気そうな少年の声が轟いた。
「出せっ! こっから出しやがれ!」
 少年は褐色の髪で、十五歳相当の身長と体格をしていた。
 握りこぶしを強化ガラスに叩きつけて、必死に培養槽から逃げ出そうともがいている。
「……僕が開けるから、ディーは手早く気絶させて。でないと面倒なことになりそうだ」
 騒ぎ立てる少年に気付かれないよう、ゼフィロスは操作端末に歩み寄り、キーを叩いた。
「デバイス、ですか?」
「そ」
 見ると、培養槽の横には大きな斧が一振り置いてある。あんなのを手に取られたら、手抜きで相手できるレベルを超えるだろう。そうなる前に、出来るだけ傷を負わせずにと言うならば、
「一瞬で、一撃で」
(『身体能力制御』発動)
 培養槽が開き、少年が出てきたのを確認して、ディーは跳んだ。
 まだ少年は気付いていない。
 天井を蹴り、剣を引いて、少年の首筋に狙いをつけて、切りつけるときと同じように柄を叩き付けて、

 ――少年に、避けられた。
「え……?」
 少年の手が斧に伸びる。させじともう一度柄で殴りつけるが、今度も避けられて、少年が斧を掴んで、そのまま一気に振り抜いた。
(高密度情報制御を感知)
 刹那、ディーの運動速度をはるかに越えた速度で、鉄の刃が耳元を掠めていった。

「ディー!」
 ゼフィロスは、砕け散る天井を視界の端にとらえつつ、ディーのもとに走り寄った。
(情報完全消去準備完了。虚無刀『紅覇』同調率100%。作動効率20%、感情消去否定)
 腰に差した刀を引き抜き、同調率を限界まで引き上げる。虚無の支配では傷つける恐れがあるため、攻撃方法を紅覇の能力に限定。感情を消してしまったら問答無用で殲滅を開始してしまうから、否定のスイッチを頭で押す。油断なく剣を構えて、ディーの前に躍り出る。
 少年は、上段に斧を構えて一直線に突っ込んでくる。
(高密度情報制御感知。飛来物質感知。判断・危険対象。『虚無の支配・盾』自動発動。選択・展開空間消去。『身体能力制御』発動。運動速度、知覚速度、65倍)
 少年が斧を振り下ろすと同時に、斧の軌跡は鉄の刃へと姿を変え、こちらへ放たれた。オートで虚無の盾が展開、鉄の塊を打ち消す。盾が消えた瞬間、少年目掛けて一気に跳躍、相手の斧に一撃当てて相手の体勢を崩す。よろめいた少年に蹴りを加え、大きく吹き飛ばす。さらに跳躍して、気絶させるために手刀を作って、振りかぶる。
 しかし、少年の周囲を覆うように鉄の盾が展開され、ゼフィロスは慌てて手刀を引き戻す。
(『空間曲率制御』発動、固定発動形式設定。名称『歪みの魔鏡』)
 もう一度鉄の盾に殴りかかり、同時に空間曲率制御を発動。鉄の盾に空間の穴を開けて、中の少年を一発ぶん殴り、すぐに腕を引き戻して、その場から飛びのく。半瞬遅れて鉄の盾が爆ぜて、数十本もの細い槍を突き出す。自分に当たる針を切り飛ばし、着地。その間に鉄の針を尖らせる楯状のそれは、鋭い針を幾本も光らせた鉄球に変化して、こちら目掛けて打ち出される。しかしそれは空間の網に捕らえられ視界から消失、少年の背後に出現。
(情報消去)
 先についていた無数の針を消去して、少年に当たっても怪我を負わないようにする。少年がその場から飛びのいたその先に、ゼフィロスは移動。相手の首筋を狙って、手刀を振るう。しかしそれは少年の腕に阻まれて、後ろへ流される。勢い余ってたたらを踏み、その間に斧を振りかぶる少年は、しかしディーに腹を殴られ、再三よろめく。
「チェックメイト」
 ゼフィロスはいつの間にか後ろへ回り、紅く光る刀を少年の首筋に押し当てていた。
「さ、ついてきて」
 自分の羽織っているコートを着せ、刀は押し当てたまま、少年に向き直った。
「ディー、そっちの女の子、よろしくね」
「え……!」
 顔を赤らめるディーをよそに、フライヤーを降りる。少年はおとなしく歩いている。
 しばらく歩いて、誰もいない通りに差し掛かったところで、刀を下ろして、少年に向き直る。
「……不意打ち狙ってたでしょ?」
 少年は答えない。ただ、その手に握られたままの斧が、握り締められて震えるのを、ゼフィロスは見た。
「まぁ、君じゃ僕は殺せないけど……僕は君を殺す気は無いんだから、いい加減降参したら?」
 しかし少年は無言。
 そんな少年が、さっきから後ろのほうをちらちら見ていることに、今更気付いた。
 ふと、面白い事を思いついた。
 声をにやつかせて、少年に一番有効であろう一言を、わざと途中で止めて言った。
「もしかして君、さっきの女の子のことが……」
 やっぱり、これには劇的な反応があった。
「ち、違っ……!」
 顔を真っ赤にして、ぶんぶんと首を振る。これではあからさまに「あの子のことが大好きでーす」と言っているようなものだ。
「じゃ、後ろのほうをちらちら見るのやめたら? 好きな子の裸が見――」
 言い終えないうちに、握り拳大の鉄の塊が、耳元を掠めていった。
「違うって言ってんだろっ!」
 髪まで赤色に染まりそうなほど赤面して、大きく叫んだ。
 そんな少年を見て、ゼフィロスは意地悪く笑って、最後のとどめ。
「じゃ、あの子がどーなっても、君は大丈夫だね?」
 へ? と少年が首をかしげる。
「あの子が、あーんなことやこーんなことをされても、大丈夫なんだよね?」
 刹那、少年は走り出した。耳まで顔を真っ赤にして、とっても必死なご様子で。
「ぷっ……くくく……」
 こみ上げる笑いを抑えつつ、少年の後を追った。
 ちなみに、あーんなことやこーんなこと、というのはご想像にお任せする。


++++++++++++


 すやすやと寝息を立てる少女を抱えて、ディーはもと来た道を急いでいた。
 時折、思い出したように寝返りを打つたびに、とりあえず、とかぶせた毛布が滑り落ちそうになって、慌てて巻き直す。
「いくら寝てるからって……」
 こんなことならセラやサクラに行ってもらえば良かった、と今になって後悔するディーであった。
 透けるような白い肌、長い金の髪。背は少し小さめで、顔つきは若干大人びている。
 セラが十五になったらこんな感じなんだろうな、と知らぬ間に考えていて、つい少女に見とれてしまった。慌てて視線を上に向けると、そこには。
 鈍く光る、握り拳ぐらいの鉄球。
 ごいん、とひどくいい音がして、ディーは仰向けに倒れた。
 薄れゆく意識の中で、少女に駆け寄る少年と、後ろのほうで笑いをこらえるゼフィロスの姿を認めた。
 ……ゼフィロスさん、またですか……
 怨みに似た感情とともに、ディーは意識の闇に沈んだ。


++++++++++++


 部屋に帰り着いて早速、予想したとおりの心配顔で、セラが駆け寄ってきた。後ろには、サクラもついてきている。
「ディーくん? 返事してください! ディーくん!」
 ゼフィロスの腕の中で、ぐったりとうなだれているディーに、必死で語りかけるセラ。
「ゼフィロスさん! ディーくんは大丈夫なんですか!?」
「あー……脳震盪を起こしただけ、だと思う」
 とりあえずあいまいに返事をしておく。
「よかった……」
 安堵の息をつくセラを見てると、なんだか罪悪感で一杯だったのだが、そこはどうにか誤魔化して、
「……で、君の名前は? 寝てるその子の名前も一緒に、ね」
 デバイスを渡されていた、ということは、即ち戦闘訓練を経験した、ということになる。あの武器の扱いからも、それは容易に想像できた。
 マサチューセッツのファクトリーで作られた、ということは、エージェントとなる時に、能力に応じて何らかの名前を渡される、はずだ。
 ディーなら『二重デュアル』。クレアなら『千里眼クレアヴォイアンス』。イルなら『幻影イリュージョン』。
 名前があるのはいいことだ、とゼフィロスは思う。
「……俺は『変換コンバーションNo.61』。こっちは『再生リバイバルNo.62』」
 少年は抱えている少女を指して、軽く自己紹介した。
 ひとつ頷いて、意味ありげにサクラを振り返り、
「……だそうですが、議長」
 サクラは、すでに頭を抱えて考え込んでいた。
「Conversion……Revival……うーん……」
「ありゃ、もう始まったか」
 ゼフィロスは勝手に頷き、
「とりあえず、ここを案内するよ。あの様子だとかなりかかると思うから」
 ドアを開けて、少年を手招きした。


++++++++++++


 一通り案内を終えると、部屋の中では、未だサクラがうんうん唸っていた。
「……すごいな、新記録だよ」
 かれこれ一時間半、サクラは頭を悩ませている。これまでにも名前のある子供たちはたくさんいたが、ここまで悩むことは無かった。
 ……ま、確かに略称をつけにくい名前だよね。
 ちょっと現実に帰ってきてもらおうかな、と考えたとき、唐突にもサクラが立ち上がった。
「決まったぞ!」
「おぉ」
 内心でため息。どうやら、こっちがどれだけ待たされたのか分かっていないらしい。
「……で、どんな名前?」
 サクラは、なんだかもったいぶった表情で小さく笑い、
「そちらから、イオンionレイRei。どうだ?」
 少年は、少し考えてから頷いて、少女を振り返った。
 すやすやと、安らかな寝息を立てて、ベッドの上で丸まって寝ている。
「や、まぁ……俺はいいけど……こっちに聞いて」
 と言って、少女の肩を揺すった。
 しかし、少女に変化は見られない。
 もう一度、今度は強く揺さぶる。
 少女の頭がぐらぐら揺れて、それでも少女は目覚めない。
「あ、そういや……戦闘訓練やったばっかだっけ」
 少女が、気持ちよさそうに寝返りを打つ。
「こりゃしばらく起きそうにねぇな……どうしよ」
 諦めた様子で少女の肩から手を離し、ゼフィロスのほうに向き直って、
「っつーわけで、名前決めんのは後回しってことで頼むわ」
「じゃ、君とその子の能力を、教えて欲しいな」
 待ちかねたように、ゼフィロスが口を開く。
「あ、あとなんでその子が眠りっぱなしなのか、その辺もよろしく」
 一つ息をついて、少年は椅子に座りなおした。

 少年の能力は、分子配列変換であり、少女の能力は物質状態再生である。
 少年は、情報制御によって空気中の水素に炭素、酸素や窒素、土中の金属分子を、頭で描いた設計図どおりに並べていくことで、任意の場所に任意の物質を任意の形で生成することが出来る、というもの。
 先程の鉄の塊や鉄の刃は、フライヤーの金属分子を少しずつ削り取って作っていたらしい。
「あ、削りとるっつてもほん0.001nmぐらいかそれ以下だから、たいした支障はきたさないと思う。ただ、培養槽のヤツはすっげー盗ってったから、多分正常起動は無理」
 で、少女の能力は、中々面白い物だった。
 物質や情報構造体は、自身に損傷をきたして、状態を変化させられても、『元々存在した物質と情報、およびその構造』が分かるように出来ている、らしい。
 たとえば、手のひらを銃弾が突き抜けていったとする。
 当然だがそこには、一つの穴が開く。
 そしてそこには、手のひらの一部があった、と容易に想像できるだろう。それと同じことらしい。
 そして、情報構造体は、物質構造にもよるが基本的に、失った形を埋め合わせようと、周囲の物質を取り込みつつ変化し始める。
 それはとてもゆっくりだが確実に進行し、ある程度ではあるが修復しようとする。
 この少女は、情報構造体の再生を促し同時に『元々の情報』を読み取り、あるいは違和感を減算することで、完全な物へと導く物らしい。
 ただ、もとの形が分からないほどの損傷を受けた物質は再生不能だし、人の腕のように突き出した物質を再生しようとした場合、末端の形状や再生部分の長さは元通りには出来ないし、とても複雑な存在で、絶えず思考を繰り返す物質――つまり人などの脳――は再生できないのだという。
 すなわち、この少女がいれば、致命傷を負わない限りどんな傷も修復され、破壊された物質もすぐさま元通りになるという、かなりの代物だった。
「……変換で必要な物質を補い、再生で完全に元通りにする、か。それならコスト削減にもなるし、戦闘でも役立つね」
 一通り話を聞き終わって、ゼフィロスは満足そうに息を吐いた。
「人間は基本的に必要な養分を体内に含んでいることが多いから、それを吸い上げて再生すれば俺無しでも元通り、なんだってよ。ただ、治療後には食事を十分に取らせないとダメらしいぜ」
 そこでゼフィロスが、「あれ?」と呟いて、
「君たちはファクトリーの『規格外』なんだよね? なのにこんな偶然みたいな組み合わせが生まれるものなの?」
 その問いに、少年は笑って、
「俺たちは『規格外』じゃなくて、普通に開発されたんだ。だから、こんな都合のいい能力の組み合わせなわけ」
「……なるほどね」
 少年が、あくびを一つ。
「……こいつのがうつったかなぁ」
 苦笑して、ずり落ちかけていた毛布をかけなおしてやる。
「やっぱりね」
 くすくすと、ゼフィロスが笑う。
「……なんだよ」
「いやいや、なんでもないよ〜」
 不思議そうに首を傾げる少年に、ひらひらと手を振って答える。
 多分、本当の事言ったら鉄球が飛んでくるな。
 そんなことを考えていられる、この時間を嬉しく思った。


++++++++++++


 サクラさんに、「フリーナを呼んできて欲しい」と言われて、セラは廊下を歩いていた。
 時々、部屋から出てきた子供たちを見かける。おどおどきょろきょろしてる子は、多分さっき助けてきた子だろう。
 しばらく歩いて、突き当りの部屋に着いた。ドアには『ORPEN』のプレートが出ている。
 一応、ドアをノックする。最低限のルールという物だ。
「……フリーナさん」
 しかし、返答は無い。
 いや、何かすすり泣きに近い声が聞こえた気がした。
 ……フリーナさん?
 意を決して、ドアノブを回す。カチャリと音を立てて、ゆっくりとドアが開く。
 そこにいたのは、いつもの強さを感じるフリーナではなく、弱々しくうずもれる一人の少女だった。

「フリーナさん……!」
 なんだか、見てはいけないものを見てしまった気がする。とにかくここから離れようと、足に動けと命じるのだが、足がセメントで塗り固められたように硬くなって、動こうとしてくれない。『足が棒になる』というのはこういうことなのだろう。
 しばらくそうしていると、フリーナが机の引き出しを開けた。
 取り出したのは、青と銀の銃。
 T・ブレインでもなんでもなく、頭の中でフリーナしようとしている事が分かった。
「ダメです――!」
 無我夢中で、フリーナの手から銃を叩き落とす。
 目の前の少女が、びくりと震えて、こちらを見る。
 気付いたときには、セラはフリーナに抱きつく感じになっていた。
「……セラ……?」
 目を丸くして、こちらを見つめるフリーナ。
「え……あ、えっと……その……えぇ……あ、あの……」
 何が言いたいのか、自分でもさっぱり分からなくて、頭の中がグルグル回っている。
「……ありがとう」
 フリーナは優しい笑顔で、混乱しているセラを胸の中に抱きしめ、金髪のポニーテールを撫でてくれた。
「あ……」
 ごちゃごちゃだった頭の中が、どんどん整理されていく。
 謝らなきゃ。
「その、ごめんなさい、です」
 しどろもどろに謝ると、フリーナはか弱く笑って、
「気にするな……それより、何か用があるのか?」
 それを聞いて、思い出したようにセラが顔を上げて、
「サクラさんが呼んでこいって」
「そうか」
 いつもより、なんと言うか厳しさが足りない、というか言葉に覇気が無い、というか、とにかくいつもの強くて厳しそうなフリーナがどこにもいなくて、セラは少し心配になった。
「あの、大丈夫ですか?」
 それしか言えない自分に腹が立った。「元気ないですよ」とか「疲れてますか?」とか、いくらでも言い様はあるだろうに。
「いや、大丈夫だが……どうした?」
 当然とも言うべき質問に対して、セラは答えを用意するのに手間取った。
「……なんだか、フリーナさんがフリーナさんらしくなくて……私」
「心配してくれたのか?」
 無言で首を縦に振る。
「……セラは優しいな」
 フリーナが、セラの頭を撫でる。なんだか優しさがにじみ出てくる感じで、やっぱりいつもの気強さが感じられない。
「どうして、そう思ったんだ?」
 ふんわりとした声で、セラに尋ねる。
「いつもは、もっと強くてきりっとしてて……かっこいいフリーナさんが、はかなくて、優しくて……それで」
 本当はもっと続ける言葉があったのだろうが、うまく頭に浮かんでこない。
「優しい私、は似合わないか?」
「違います!」
 自嘲にも似た微笑みに、セラは強く言い返した。
「そうじゃないんです……違うんです……うまく言えないけど……違うんです」
 今にも泣き出しそうなセラを、フリーナはもう一度優しく抱きしめる。
「私が強い、か」
「本当にそうなら、よかったのにな……」
「……え……」
 何か遠い物を見るように、目を細めて、少しうつむき加減で、
「私は、セラが思うほど強い人間ではないし、かっこいい、なんて言われるような人間ではない」
 抱きしめた手に、いっそう力がこもる。それは、弱い自分を抱きしめるようで、セラは少し悲しくなった。
「私は……弱くて、脆くて、臆病で……」
 セラの抱擁を解き、ベッドに倒れ伏して、酷く悲しそうな声で、
「大切な人の苦しみに、何もしてやれない愚か者だ」
 心を縛り付けていた、一番重い真実。
 大切な人がどれだけ私を想ってくれようと、私のために傷つこうと、
 それを傍で見ていることしか出来ない、愚か者。
「そんなこと……ありません」
 ベッドに突っ伏したままの顔をセラに向けて、視線であいづちを打った。
「だって、フリーナさんは私とディーくんのためにずっと戦ってくれてました。……自分だって危ないのに、私たちのことを考えてくれました」
 セラがひぅっと息を吸い込んで、そこで初めてセラが涙声になっているのに気付く。
「そんな人が……弱いわけありません」
 それだけ言うと、セラは勢いよくうつむいて、ベッドに顔を伏せてしまった。
 体を起こし、セラに向き直る。
 ――この子になら、話してしまえる。
「……私が、血の繋がった親を殺したのは知っているだろう」
 セラが顔を上げる。
「私は、あの時本当は死ぬつもりだった」
 もう、耐えられなかった。
 抱え込んでいられるのも、これまでだった。
「私の母親は、私のT・ブレインの能力を決めたとき、自分の遺伝子を使って私を作った。
 そして、私をずっと子供のように育てるつもりだったらしい。
 でも、私は軍の実験台にされて、毎日虐待同然の実験をさせられた。母は、とうとう見るに耐えなくなって、私をどこか安全なところで暮らせるように、必死に策を練り始めた」
 セラの瞳が、大きく見開かれる。
「ちょうどそのとき、当時はまだ多かった空賊が、私を乗せた軍の船を襲った。私の母は、これをチャンスと見て、私を明け渡した。
 そのときの軍の船には、確かマザーコアの検体が乗せられていた。母は「マザーコアを守るため」といって、私を明け渡したことを不問にさせた。
 そして私はゼフィロスと出会い、ゼフィロスに関する軍のデータを洗いざらい削除する、という無謀な計画を立てて、それを実行した。
 そんな私たちを、軍は敵とみなした」
 空賊に明け渡した検体が、軍のデータを消している。そんなことになれば、検体を逃がした人間は、当然責任を負うことになる。
「母は私を殺すことで、処刑されずに済むことになった。母は、深く悩んだ」
 愛する娘を殺し自分が助かるか、愛する娘のために自分が死ぬか。
 当然、母親は私を助ける方を選んだ。
「しかし、私は母に生きていて欲しかった。作り物の娘なんかを理由に死んで欲しくなかった。だから、私はあの時、銃を自分に向けた」
 それでゼフィロスがどんなに悲しむか、私はそのとき考えなかった。
「私の母親は、私よりも優れた銃技を持っていた。私の母親は、周りの兵士に敵を殺そうとしている、と見せかけて、私に向けて銃を撃った。
 その弾丸は、正確に私の銃を撃ち抜いた」
 セラの顔が、いつの間にか青ざめている。
「銃弾は床に当たって跳ね返り、壁にも当たって跳ね返り、そして、」
 声が震えるのを、抑えられなかった。
「正確に、母の心臓を撃ち抜いた」
 まぶたの裏が熱くなって、視界が霞み始めた。
「死ぬ間際、母は私の頭を撫でてくれた。私は、涙すら流せずに、ただされるがままにしていた。母は私を、最高の娘だと言った。母は私に、ずっと一緒にいたかったと言った。私は――」
 感情を抑えられなくなって、涙が止まらなくなって、どんどん早口になっていく。
「母の傍で、死を見届けるしか……出来なかった……」
 すでに視界は涙でにじみ、声はかすれて、それでも、フリーナは話すのをやめなかった。
「ゼフィロスは……私を突き放そうとした……これ以上、自分のために傷ついて欲しくないと……ゼフィロスは言ってくれた……」
 それがどんなに嬉しくて、それがどんなに嫌だったか。
「ゼフィロスは……いつも、いつも私のために傷ついて、いつも私のために罪を背負って……支えてやることすら出来ない自分が……嫌いだった……」
 ゼフィロスのために。
 そう考えたって、私に出来ることなんか何も無い。
 ただ、傍にいるだけ。
「ゼフィロスは……私が傍にいればそれでいい……そう言ってやまない……でも」
 私は。
「私は……私は……ゼフィロスが……人を殺すことに怯えているのを……知っている……知っていて、それでもゼフィロスを……とめてあげられない」
 あの人は、人を殺すことにとてつもない恐怖を抱いている。
 それでも人を殺させるなんて、それは拷問と呼んでもいいほどだ。
「なにもできない……してあげられない……ゼフィロスは……わたしを……わ、わたしは……わたしは……ゼフィロスが……!」
 大好きで、
 そう、言いたかったのだろう。
「――なら、やっぱりフリーナさんは強いです」
 唐突に、セラが言った。
「私だって……同じです……ディーくんが一人で戦ってるのに、私は傍にいるだけで、ディーくんがお母さんを殺したのに、ディーくんが好きで……でも、ディーくんが許せなくて……」
 ひぅっと息を吸い込み、ゆっくり吐き出して、
「それで、ディーくんとまともに話せないこともあって……でも、フリーナさんは違います」
 泣き濡れた顔をセラに向けて、かすむ視界の中でどうにか金色のポニーテールをとらえた。
「フリーナさんは、私みたいに怯えてばかりじゃありません。フリーナさんは、ちゃんとゼフィロスさんの傍にいて、ゼフィロスさんとお話ししてます。どんなに辛くても、どんなに臆病でも、それを表に出さずにいるなんて、私にはできません」
 セラの声が、いっそう強くなる。
「だから、フリーナさんは強いです」
 かすむ視界の中にまともに見えるものなんて無いはずなのに、セラの決然とした顔が、妙にはっきりと見えた。
「うぅ……うわぁ……あっ……ひぁっ……」
 体に力が入らなくなって、涙はいっそう流れ出て、セラの胸に倒れこむ感じになって、声を上げて泣いた。
「フリーナさん……」
 そんなフリーナを、セラは優しく抱きしめた。

「……セラ」
「なんですか?」
 フリーナは顔を上げて、目の辺りを手でごしごしと擦って、
「……ありがとう」
 心から、大きく笑った。



<作者様コメント>

はい。

今回も長いですが、そんなことはお気になさらず。

どうでしょうか、今回のお話は。

フリーナがメインになってて、新キャラ二人が追加されました。

フリーナの過去ってこんな感じで、嬉しいことより悲しいことのほうがずっと多かったのです。

ちょっと心にぐっとくるモノがあったら幸いです。

……すみませんでした。
しゃしゃり出てすみませんでした。
気に触った方は画龍点せー異さんやレクイエムさんのや先行者さんや七祈さんの小説を呼んで気を直してください。

さて、次のお話でまたお会いしましょう。

それでは、お元気で。

<作者様サイト>
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◆とじる◆