■■デクノボー様■■

 蒼穹の天、真紅の地〜〜



 その少年は、人として生きることを許されなかった。
 その少年は、魔法士として戦うことを許されなかった。
 その少年は、負けることを許されなかった。
 自分が何者であるかを知り、自分の力が何かを知り。
 それすら受け入れて、人ではない自分を人として扱ってきた。
 でも、それももう終わりにしようと思う。
 たとえそれで、世界中から忌み嫌われようと、
 たとえそれで、信じた人々に裏切られようと、
 自分の全てを、伝えるときが来たのだ。
 フリーナ・エンデュランスという、僕にとって何物にも換え難い少女を助け出しに行く。
 もう賢人会議にいることは出来ない。
 僕は、行かなければならない。


++++++++++++


「真昼、ありがとう」
 ゆっくりと頭を下げて、ゼフィロスは礼を言った。
「……どうしたの? こんなところに呼び出して。……って、大体分かるけどね」
 真昼は、軽口でそれに答える。
「……まず、真昼に言っておくべきだと、そう思ってね」
 ゼフィロスは、頭を上げて、真昼に向き直った。
「知りたいでしょ? 僕が死んでいない理由」
 真昼の答えを聞くまでも無く、ゼフィロスは一つため息をついた。
「単刀直入に。……僕はね」
 ゼフィロスは唇をかんで、言葉にするのをためらって、それからもう一度口を開いた。
「肉体の……95%以上を『演算素子と記憶素子を遺伝子的に合成させた細胞』で作られてるんだ。言わば『全身T・ブレイン』
 真昼は全く驚かずに、一つ頷いた。
「だから、僕の『脳のT・ブレイン』は言わば飾り物。I−ブレインだけをやられててよかったよ。脳までやられてたら、かなり危なかった。I−ブレインならすでに再構築は済んでるし」
 ふぅとため息をついて、真昼を見上げる。
「僕は人でも、魔法士でもないんだ。……ただの、機械人形さ」
 それに、とゼフィロスは付け加えた。
「僕がここに来た理由はね、賢人会議と目的が一致したとか、そんなのじゃなくて、単純に君に会う為だったんだよ」
 真昼は、少しだけ怪訝そうな顔をして、尋ねた。
「何で……僕なのかな?」
 その問いにゼフィロスはふふん、と小さく笑って、少し誇らしげにそう告げた。

「僕が、『天樹真昼』の遺伝子を元に創られたからだよ」

 今度こそ、真昼は目を丸くした。
「そんな……一体いつ僕の遺伝子を」
「僕の親はアルフレッド・ウィッテンの友人。で、研究資料や結果は全てウィッテンに回していたから、ウィッテンにとっては恩人に値するのかな? それでね、僕の親はウィッテンに、『最後に一人、私の手で魔法士を作ろうと思う。ベースとなる遺伝子を私にくれないか』って言ったらしいんだ。それでウィッテンが渡した遺伝子が、君のものだったというわけ」
 真昼は、なんだか決まりが悪そうに頬を掻いている。
「えっと……そしたら君は……僕の、弟、になるの……かな?」
「そうだよ、真昼」
 ゼフィロスが即答する。
「……あ、そしたら呼び捨てじゃダメだね、真昼兄」
 『真昼兄』という呼称に反応して、真昼の視線が遠くを向く。
「……だったら、僕はフリーナを助けには行かせない。弟をむざむざ死なせるなんて僕には出来ない」
 一瞬、ゼフィロスの目が曇る。
「そう……だよ、ね。僕も同じ立場なら……そう言うと思う」
 でもね、と、決然とした意思をこめて、ゼフィロスは真昼を見上げた。
「僕は……僕は、フリーナを助けに行くよ」
 『頑なに』と言った表現を思わせる、ゼフィロスの一声。
 殺意に似た眼光が、こちらを鋭く射抜く。
 それ以外は至って普通、柔らかな笑みを浮かべる少年。
 血の繋がりって怖いなぁ、と真昼は思った。
「何度も言わせないでね。君をフリーナを助けには行かせない……でも」
 勿体つけて、こう言った。
「モスクワのマザーコアを助ける、っていうんなら、話は早い」
 賢人会議の出番だよ、と言って、真昼はゼフィロスの頭を撫でた。
 ゼフィロスの目が潤んでいることに、真昼は気付かないフリをした。


++++++++++++



 信じていた。
 その少年を、その少女を。
 たった一ヶ月しかたっていなくとも、心から信じきっていた。
 だけど、真実は違った。
 少年たちは敵であり、賢人としての暮らしの中での、楽しかった日々は全て、作り物だったと。
 全ては自分を捕らえ、マザーコアを確保するためだったのだと。
 昔の自分の、あの殺伐とした警戒心は、ほんの少しの幸せな時間に掻き消されてしまっていた。
 ゼフィロスは心配しているだろうなと、そう考えた。

 なぜだかは分からない。
 でも、ゼフィロスは生きている気がする。
 ゼフィロスの体は機械同然。
 だとしても、脳という器官は重要な物のはずだ。
 それでも、生きていそうな気がする。
 私がゼフィロスの全てを知っているなんて、到底思えない。
 ゼフィロスに、私に教えていない秘密があることは知っている。
 ゼフィロス自身分からないことがあることも知っている。
 だから、安心できる。
 ゼフィロスは何があっても死なないと、そう信じている自分がいる。
 自分の知らないゼフィロスがまだあるのだから、『実はゼフィロスは死ねない体でした』なんて事が無いわけではない。
 そう信じて、思い込んで、今やっと自分を支えている。
 でなきゃ、自分はとっくに自殺している。
 ゼフィロスがいない世界に、私が生きる意味など無い。
 それは、変えようの無い真実だから。

 ――ゼフィロス。
 私は、ここにいる。

「入るで」
 訛りの強い少年の声で、意識が現実に引き戻される。
 ドアを開けずに、体を透過させて、幻影が姿を現す。
「なんやその目は、人がせっかく飯持ってきてやったのに」
 軽口を叩く少年を、フリーナは無視して目を閉じる。
「そうしとっとやっぱ別嬪さんやな」
 がたりと音がして、机に食事が置かれる。
 幻影も椅子に腰を下ろし、大きく欠伸を一つ。
「……なぁ、少しは話してくれへんか? こっちがむなしくなってくんねん」
 フリーナは目を開けて、目の前に置かれた食事に手をつけ始める。
 食事は二人分。フリーナと、なぜか幻影の分。
 フリーナがここにきてから、ずっとそうだ。
 毎回幻影はここに来て、ここで食事を取って、軽く何か言い残してどこかへ消える。
「……さて、明日は仕事や。今回はお前もくんねんで」
 ついに来たか、とフリーナは反射的に身をすくませる。
「あーちゃうちゃう。お前がマザーコアになんのは、まだ先の話や」
 なら何の仕事だ、とフリーナが口を開きかけて、
「お前のT・ブレインでな、開けて欲しいプロテクトがあんねや」
 幻影は、深々と椅子にもたれ込み、事の説明を始めた。


++++++++++++


 ゼフィロスが全てを話し終えたときには、夜の1時を過ぎていた。
「全く……人道を外れた傑作だな、貴方は」
 サクラが、皮肉たっぷりにそういった。
「それは僕も同感だね」
 真昼が、珍しくサクラに賛同する。
「あ、真昼、君まで僕を裏切るの?」
 ゼフィロスが、兄の裏切り行為を批判する。
「え……ええと、じゃあゼフィロスさんは真昼さんの弟で、ゼフィロスさんの体は機械みたいなもので、それで……えぇ?」
 いっぺんに色々なことを幾つも聞かされて、頭の中が混乱しているセラ。
「……ゼフィロスさんは、ここには戻ってこないんですね?」
 ディーも驚愕の色を隠せていないが、それでも冷静であるところがディーらしい。
「そのつもり。……兄には迷惑かけたくないしね」
 横目で真昼を見やりつつ、ゼフィロスが答える。
「貴方ほどの戦力が、こちらにとって迷惑になるはずが無いのだが」
 と、サクラ。
「大きすぎる力は、時に味方も傷つけるものだよ、サクラ」
 と、ゼフィロス。
「フリーナさんともお別れですか……さようならくらい言いたかったです」
 これはセラ。
「なんにせよ、きつい戦いになると思うから、その辺の覚悟はよろしく」
 軽口で重要なことを述べたのは真昼。
「ゼフィロスさん……」
 心配そうな顔でゼフィロスを覗き込むディー。
 皆、それぞれの表情で最後の時間を惜しむ。
「……あ、重要なことを忘れてた」
 何? と真昼以外の全員が、声をそろえて尋ねる。

「僕らがここにいること、あっちに全部筒抜けだから」

「なっ……そんなことは早く言え!」
「いやだって、普通に考えたらあの子達がスパイである時点で居場所は丸分かりでしょ? だからさっさと逃げないと、そろそろ軍が群れを成して来るかもね」
「こっちは次の隠れ家すら決めてないのだぞ――!」
 のらりくらりと、怒り狂うサクラをやり過ごし、ゼフィロスは意味ありげに真昼の方を見た。それを受けて真昼は、携帯端末を取り出し、
「大丈夫だよサクラ。もう決めてあるから」
 呆けたように、真昼の方を見やるサクラ。
「あの二人がスパイだった時点で、すでに決めておいたんだ。こうなることは分かってたからね」
 言い終えて、真昼が端末を三度叩く。すると、真昼の端末から立体ディスプレイの世界地図が映され、その一点に赤い印がつく。
「ここ……昔のケープタウンあたり。広さもあるし、設備がいい」
 真昼は端末を机の上に置き、
「ほら皆、荷物をまとめて。今からフリーナ救出と引越しをするんだから」
「今すぐ、ですか!?」
 セラが素っ頓狂な声を上げる。
「時間の問題でしょ? フリーナがマザーコアにされるのも、僕らの拠点が総攻撃を受けるのも。だったら、ぐずぐずしている暇なんて無いよ」
 やんわりと、真昼が言う。
「さ、皆急ごう」
 真昼の一声で、サクラたちは散り散りに部屋へ戻っていった。
 ――ゼフィロス
 声が聞こえた気がして、ゼフィロスは振り向いた。
 ――私は、ここにいる
 聞き間違いようの無い、あの声。
 厳しくも儚い、聞き慣れた声。
「フリーナ……」
 すぐに、助けに行くよ。
 声にならないほどの小ささで、ゼフィロスは呟いた。


++++++++++++


 ごく最近調査された、地下深くにまで根を張る大規模地熱発電プラント。
 そこには、開けられないくらい厳重なプロテクトが何十にも重ねられた、二つの部屋があった。
 一つは、扉ごと消し去られていて、中は一つの研究所となっていた。培養槽が一つ、休憩に抉られて残されていた。
 もう一つは手付かずで、しかし片方の部屋の様子からこちらも研究室になっているのだろうと判断された。
 そして、その中には培養槽が、そして一つの魔法士が、眠っているはずだった。
 最下層、地熱発電プラントの大部分の電力を吸い上げるその端末に残された、一番厳重なデータ。
 魔法士を超越し道徳を無視し人類に希望と絶望をもたらし、全知全能であり森羅万象を知りあらゆる者の運命を司り、全ての頂点に立つ存在。

 すなわち、『神』が。

「まさか……またここに来ることになるとはな」
 フリーナが呟く。
 ここはゼフィロスが生まれた場所。
 ここには、『神』と呼ばれるそれが存在すると。
 しかし、それはゼフィロスではない。だとすれば、ゼフィロスはあの『虚無の支配』以外にも能力を持っていることになる。『紅覇』を使わずにそんなことをやってのけるゼフィロスを、フリーナは一度も見ていない。
 だとすると、ここに眠るのは、
「神、か」
 大層な名をつけたものだ。
 ……そういえば、ゼフィロスの親は『神』と自称していたな。
 もしかすると、ここに眠るのも『未来予測特化型T−ブレイン』所有者なのかもしれない。
「着いたで」
 幻影の声で、意識がそちらに向く。
 青白く光る大きな紋章に、細かなプロテクト系統の論理回路の集団が、ざっとみても数億刻まれている。
 ただ、片方には大きく穴が開いていて、中にはこれと言ったものは無い。
 後ろで、兵士が銃を構える。幻影は、嘲笑にも似た何かを浮かべ、早くしろとこちらを見る。
 そして、裏切り者の二人は、幻影に何事かを言付かりどこかへ消える。
 盛大にため息を一つ。
「……神を飼い馴らすのは、いささか苦労がいるだろう」
 光る壁面に、指を這わす。
(対象に対するリンクを確立。プロテクトを強制解除……完了)
 ひときわ強く壁面が輝き、そしてゆっくりと扉が開く。
 開ききるとそこには、培養槽が一つ。
 培養槽の中にゆれる少年は、フリーナが見慣れた顔。
「ゼフィ……」
 少年は、ゼフィロスの顔をもっていた。

「イル! こちらへ!」
 なんやなんや、と幻影が走る。
「これを」
 兵士が端末を叩いて、一つウィンドウを開く。
「えらい代物やな……こりゃ」
 といって、幻影が少年を見る。
 兵士が傍らの端末を叩き、培養槽から降りてくる少年。
 未だ意識は無いが、しかしそろそろ目覚める頃だ。
「なんかあったときのためや……持っとき。逃げようなんて考えへんほうがええで」
 二丁の銃が、こちらに投げてよこされる。それを両手で掴み取り、少年を見据えるフリーナ。
 その目には、明らかに警戒の色が浮かんでいる。
「なんや、そんなにピリピリせんでも、こいつはお前を襲ったり――!」
 淡青色な窒素結晶の槍が、幻影の体をすり抜けた。
「……全く」
 少年は氷の槍を従え、無表情に立っていた。
 穂先はしっかりとこちらに向けられていて、発光素子の光に当たり煌めく。次の瞬間、無数の槍は一斉に、かなりの速度で打ち出された。
 こちらへ飛来する氷の槍を見やり、次いで驚きを隠せない幻影を見やり、銃身で全ての攻撃を受け流す。その動きに、一つの無駄も無い。
「あかん……!」
 幻影が走り出す。フリーナは銃弾を持っていない。あるのは、弾倉に入っている十二発だけだ。
「心なき人形にあるのは、純粋な殺戮衝動だけだ。特に……先天性の魔法士はな」
 フリーナのその言葉を聞いて、幻影が何事かを叫ぶ。
 そんなことは気にも留めず、フリーナは撒き散らされる氷の弾丸を片っ端から打ち落とし、一気に間合いを詰める。
 繰り出される、十二の打撃。
 それをすんでのところでかわした敵は、大きく後ろへ跳躍、壁に手を触れ、ゴーストハック。生え出した無数の螺子を見据え、
(『世界封陣・守護之型』)
 動きを、止めた。
 動かない螺子の脇をすり抜け、無表情な少年の目の前まで来る。
 少年は拳を握り締め、通常の50倍の速度で回し蹴りを放った。フリーナは体を屈ませ、同じように回し蹴りを入れる。少年は衝撃を殺すべく左方に流れる。
(『世界封陣・磔之型』)
 少年の胴体が、ぴたりと宙に静止する。心の中で、一瞬のためらい。しかし肉体は一瞬のためらいも無く、トリガーを引く。銃弾が少年の額目掛けて高速で撃ち出され、少年の眼前で窒素結晶の盾にひびを入れ、静止。ここでやっと幻影が出現、間髪いれずに頭へと突きを繰り出す。少年は首の動きでそれをよけ、窒素結晶の槍を打ちまくる。
 フリーナはそれを辛うじてかわし、再度少年の額に照準したところで、
(空間歪曲を感知)
 左肩を、氷の槍に撃ち抜かれた。
「かっは……ぁ」
 だらりと、腕が垂れ下がる。
 空間歪曲によって軌道を修正された窒素結晶の槍。
 まさしく、これは合成起動。
 ……強い。
 少年は、表情一つ変えずに、幻影と戯れている。
「ならば……!」
 左の銃を右の銃にかち合わせ、T−ブレインの動作状態を変更する。
(双銃『蒼閃』プロテクト解除。形状変更)
 かちりと音がして、二つの銃が、表面を彩る紋様に従って割れる。
 そのまま力を込めて、ふたつの銃の柄の部分を、差しこんで捻る。それを引き金として、自動的に形状が組み変わっていく。銃口は二つ。リボルバーも二つ。銃身は元の三倍になり、グリップには二つの結晶体。論理回路が組み変わる。重さをある程度増してでも、反動軽減率を大幅に上昇させ――
(弾速を光速度の40%に設定。反動軽減)
 一発撃った。
 現れた窒素結晶の槍を、盾を打ち砕き、少年の右肩を吹き飛ばす。通常なら大きく吹き飛ばされているはずの、フリーナのその華奢な体は、銃に刻まれた無数の論理回路によって衝撃を殺されて平然と立っていた。肉体的な痛みも無い。ちぎれとんだ右腕が、壁に当たってごろごろと転がった。
 幻影が、兵士が、名も無き少年までが、一瞬、思考を停止した。
 それを見逃すフリーナではない。さらにもう一回、右の銃口が火を噴く。右側のリボルバーだけが独立回転し、次弾の装填を完了する。
 光速度の40%という、下手な騎士の自己領域に匹敵する速度の銃弾は、ぎりぎりで空間の網に絡め取られ、先の無い右肩を撃ちぬく。
 肩の骨など一瞬で破砕し、貫通して、それでも壁に大穴が開いた。
 幻影が「ほんまかいな……」と呆れたようにその穴を見つめる。
 少年はというと、苦痛に顔をしかめながら、窒素結晶の槍をばら撒いて距離をとる。
 それを銃身で打ち落とし、接近。本来なら距離をとって銃撃戦に持ち込むのが上策なのだが、生憎予備の銃弾を持ってきていないため、弾丸は節約しなければならない。すでに三発使って、残りは九発。
(『絶対魔法禁止空間』展開)
 氷の槍の雨が、唐突に止む。少年は顔をしかめ、仕方無し、というように首を振り、
(エラー。リンクを強制確立。I−ブレインの制御系等をリンク先へ移行。『絶対魔法禁止空間』解除)
 同調支配だと!
 フリーナは顔を歪ませて、舌打ちを一つ漏らした。フリーナ自身に対して絶対魔法禁止空間を展開していないことに目をつけて、少年は同調支配を発動、強制的に絶対魔法禁止空間を解除させたのだ。
 だが、それは今だけの話。同調支配が解けた瞬間に、自分自身も含めて絶対魔法禁止空間を展開すれば、それで片はつく。
 しかし少年は、全く予想外の行動に出た。
「――っぐ!」
 突然、右肩を猛烈な痛みが襲った。反射的に左手で痛む箇所を押さえようとして、すでに使い物にならなくなっていることを思い出す。
 少年も同じように苦痛に顔を歪め、左手を垂れ下げている。
 右肩を貫く、鋭い氷の刃。
 やられた――!
 先程まで少年は、痛覚遮断を使っていたのだろう。同調状態では、相手を傷つけると自分もダメージを負う。逆もまた然り、自分のダメージも相手に近くされる。それを知って少年は、自分から痛覚遮断を解除。自分も焼け付くような痛みを浴びて、フリーナに対して間接的な攻撃を始めた。
 さらに少年は、窒素結晶の槍で自分の両足を貫く。次いで小さな弾丸が、波のように少年の体を打ち据える。
「っくぅ!」
 ダメージがフィードバックされ、フリーナのか細い体が仰け反る。
 ……埒があかない……!
「ならば!」
 銃声。
 少年の左膝が跡形も無く砕け散り、少年がバランスを崩す。
 同時に、左膝が吹き飛んだかのような痛み。
「まだだ!」
 耐え切れずに体制を崩しながらも、もう一発。今度はどてっぱらに大穴が開く。
 痛みごときで、フリーナは止まらない。
 左足をたれ下げて、右足で跳躍。大きく重く変形した長銃が、少年の側頭部を打ち据える。
 躊躇無く、銃口を少年の額に押し当てる。
「……私が」
 外傷こそ無いものの、フリーナはすでに満身創痍。銃弾だって七発は残っているが、これ以上戦闘を続けるとなれば、こちらの不利は目に見えている。
「私が痛みを負うことで、貴方の兄が救われるのなら、私は喜んで痛みを負おう」
 引き金を引く人差し指に、力が一層こもる。

 ――瞬間。
 轟音とともに、部屋が揺れた。
「なんや! 何があった!」
 イルが、襟元の通信素子に呼びかける。
『……緊急事態! 緊急事態! 賢人会議による強襲! 総員、全力で掃討に当たれ! 繰り返す……!』
「くそったれ!」
 ノイズだらけの警報を発する通信素子をかなぐり捨てて、イルは部屋の外へと走り出す。
「ゼフィロス……!」
 きて、くれた。
 体中を駆け巡っていた痛みが、すうっと引いていった。
 後ろで着地音。
 フリーナが我に返ったときには、少年はとっくに距離をとり。
 無数の螺子と穂先をそろえた窒素結晶の槍を、こちらへ向けていた。
 しまった――!
 またゼロからのやりなおし。
「……悪いが、貴方と遊んでいる暇は無い」
 口に出した途端、左膝に痛みではない異常。
 同調支配により、ダメージだけでなく外傷までフィードバックされはじめた。
 舌打ちを一つ、銃口を少年に向ける。
「行くべきところができたのでな!」
 フリーナが跳躍し、螺子と槍が打ち出された。

 同刻。
「ディー! セラ! 早く!」
 ゼフィロスは、後ろで兵士をなぎ倒していくディーに叫んだ。
 しかし、ディーは返事をしない。
「ゼフィロスさん、ディーくんから伝言です」
 横でセラの声。
「『兵士たちは僕が足止めします。だから早くフリーナさんを』……早く行ってください、ゼフィロスさん!」
「……ディー! セラ! ありがとう!」
(『虚無の支配・槌』)
 床に大穴を開けて、一息に飛び降りる。サクラと真昼もそれに習う。
 下で群れる兵士たちを一気に消し飛ばし、最下層、ゼフィロスの部屋へ。
 通路を駆けぬけ、床から飛び降り、そして、
「……ここまでや」
 ゆらりと、人影。
「これ以上、好き勝手はよしてくれへんか」
 幻影が、三人の前に立ちはだかった。
「……ここは、私に任せてもらおう」
 サクラが、一歩進み出る。
「貴方はフリーナを頼む」
 外套の裏からナイフを掴み取り、投擲体制に構える。
「……実を言うと、親のように思っていた。一人だった私に、親のように接してくれた」
 一息。
「だから、フリーナを頼む」
 その言葉とともに、サクラは跳んだ。
「分かった。絶対、助けてみせる」
 その言葉とともに、ゼフィロスは真昼を連れて下の階層へと降りていった。
 しばらく走って、大きな演算機関のある一室にたどり着いた。
「じゃ、僕はここで」
 真昼が言う。
「とりあえずここは情報強化されてるから、扉閉めればどうにかなると思う」
「うん、頑張ってきてね、ゼフィ……いや、僕の弟」
 真昼が、にっと笑う。
 ゼフィロスが、一つ息をつく。
「行ってくるよ、兄さん」
 にっと笑って、背を向ける。
 ゼフィロスは、薄暗い闇の中を再び駆けた。

 そして、ゼフィロスはたどり着いた。
 自分の生まれた部屋に。
 自分の生きた部屋に。
 僅かな時を、親と過ごした部屋に。
 大きく壁を抉られ、端末を壊され、何もかもが半球状に抉れた部屋。
 その一角に、二人はいた。
「……久しぶりだね、イオン、レイ」
 発光素子の出力が上がり、部屋が照らし出される。
 少年は斧を構え、少女は杖を持ち。
 敵対しつつも恐怖に怯えるその目で、ゼフィロスを睨みつけていた。
「戦闘開始、といこうか」
(『身体能力制御』運動速度、知覚速度・65倍)
 ゼフィロスは、宙へと身を躍らせた。

 強化チタンの螺子をかいくぐり、窒素結晶の槍を受け流し。
 少年の体を打ち据え、蹴り飛ばし。
 フリーナは、ゆっくりと少年を見据えた。
 ……ここで、けりをつける。
(『世界封陣・守護之型』)
 生え出した螺子の動きを止め、少年へと一直線に突き進む。
(『守護之型』解除。『磔之型』発動)
 横へ流れる少年の四肢を空間に繋ぎとめ、胴体へと銃弾を放つ。
 窒素結晶の盾を五枚打ち破り、生え出した螺子を弾き、少年の体に深々と食い込む。
 威力を殺されたか。
(『磔之型』強制解除)
 世界封陣は、T・ブレインにかなりの負荷を要する。そのためT・ブレインの処理オチを防ぐために、どうしても制限時間が要る。
 左腕はぼろきれか何かに変わり果てていて、
 ……あと少し。
 もう一度、少年へと駆け出した。

 振るわれる重い斬撃を受け止め、受け流し、鉄の塊を凍らせ、砕き、打ち返し、ゼフィロスは踊るような動きを見せている。
 だが。
「っ!」
 受け流しきれなかった鉄球が、ゼフィロスの脇腹を殴る。
 横へ吹き飛ばされ、一挙動で体制を整える。
「……二対一は、ちょっときついなぁ」
 すでに、ゼフィロスには重傷と呼べるものが五つ。
 大してあちらは無傷。
 虚無の支配に至っては、言うまでも無い。
 それより、ゼフィロスには気になることが二つ。
 まずは、相手。
 なんというか、戦うのを渋っているというか、いやいや戦わされている、というのが目に見えて感じられる。
 ……なんだか知らないけど、ラッキーだね。
「いくよ」
 強く床を蹴り、天井に足をつける。飛来する鉄の塊を寸前で避け、まだ宙にあるそれを足場に宙を駆ける。
 少年の真横に着地、右手の刀を振りぬく。斧身に防がれるのを確認する間も無く、返す刀でLanceを射出。少年はこれを奇跡的に回避、斧を振り薙ぐ。真上に跳躍することでこれをやり過ごし、体を捻る。窒素結晶の槍をばら撒いて、少年の動きを牽制。上下逆さのまま、大きく捻った体をばねのように元に戻し、勢いで少年の頭目掛け斬りつける。鉄の盾が刀の行く手を阻み、弾く。一挙動で間を空けて、床に手をつく。
 ……だめか。
 さっきからずっとこの調子。何度斬りつけても、何度穿っても、相手には傷一つつかない。
 ……虚無の支配に、頼りすぎてたんだね、僕は。
 防御不能の攻撃。絶対無敵の防御。
 魔法士たちの中でも指折り数えるほどしか持つことを許されない能力を、二つ。
 それを失えば自分がどんなに無力なのかなんて、考えもしなかった。
 強い力は人を惑わす。それが、表面的なのか深層的なのかは別。
「それでも」
 刀を握りなおし、正眼に構える。
「勝たなきゃいけないことを、僕は知ってるんだ!」
(『自己領域』)
 ゼフィロスは飛んだ。

「なんだとっ!」
 フリーナは、衝撃に大きく吹き飛ばされた。
 床を転がり、壁に激突して、痛みに顔をしかめる。
 肺が苦しい。
 少年は、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
 少年が、辛うじて動く左手を突き出す。
「ちっ!」
 空間が、きりきりと音を立てるかのように、大きくたわむ。
 フリーナは、横へ転げるように飛んだ。
 たわんでいた空間が、一気に弾けた。
 まるで引っ張っていたゴムが元に戻るときのように、絶大な衝撃が、部屋一体を大きく揺らした。
 半瞬遅れて、壁が吹き飛ぶ。
 衝撃波が、津波のようにフリーナを打ち据える。
 がらがらと、轟音を響かせ崩れ落ちる壁面。
 その、先には

 いきなりのことで、対応が間に合わなかった。
 弾け飛んだ瓦礫が三つほど、ゼフィロスの体を横殴りに吹き飛ばした。
 痛みで意識が覚醒し、空間を歪ませて残りの瓦礫を受け流す。
「痛っ!」
 今ので肋骨の二本はいった。
 だが、それは相手も同じようで。
 砕け散った瓦礫によって反対側の壁にまで穴が開き、奥のほうまで、少年と少女は吹き飛ばされていた。
 少女は無傷だったが、それをかばうように背を向ける少年は、すでにボロボロだった。
 少女の顔が、泣きそうに歪む。
 ……チャンス!
 刀を構え走り出そうとして、視界の端に、それを捕らえる。
「……フリー、ナ……?」
 自分の名付け親にして、最愛の少女。
 自分に生きる意味と戦うための勇気をくれた少女。
「――フリーナッ!」
 有無を言わさず、駆け出した。

「っ危ない!」
 こちらへ向けて走り来るゼフィロス。しかし眼前には、あの少年。
 少年が、左手をかざす。
 ゼフィロスは、刀を腰溜めに構えて、さらに加速する。
 空間が大きくたわむ。
 ゼフィロスは、そのたわみに向けて二歩ステップを刻み、
 たわんだ空間が、弾けた。
 龍の咆哮にも似た衝撃波が、ゼフィロスの体を襲
「邪魔だ!」
 う寸前で、跳ね返された。
 ゼフィロスの周囲の空間が捻じ曲げられ、衝撃波が少年の体を飲み込む。
「ゼフィロス――!」
 ゆっくりと立ち上がろうとして、失敗する。どうやら先ほど衝撃波を避けたとき、足をくじいたらしい。
 壁を支えにして立ち上がったときには、ゼフィロスは目の前。

 あっと思ったときには、フリーナはゼフィロスに抱き込まれていた。
 ボロボロの左腕が、左足が、力なく垂れ下がる。
 鮮血で染まった袖が、スカートの裾が、ふわりと揺れる。
「ゼフィロス……」
 最愛の人のその目には、はっきりと涙が溢れていた。
「フリーナ……大丈夫……だった? 辛くなかった? 苦しくなかった? ごめん、僕がもっと強ければ、誰にも負けないくらい強ければ……こんなことには……」
 嗚咽交じりに呟くゼフィロス。その手が、フリーナの髪を撫でる。
「私は……大丈夫。貴方に心配されるようなことは、何一つ、無いから。だから、泣かないで欲しい。……貴方が泣くところを、私は見たくない。貴方と同じ理由で」
 はやる鼓動をどうにか抑えて、冷静に、そう言った。
 その言葉に、やっとゼフィロスは涙を拭い、いつもの柔らかい笑みを作って、すぐにそれは崩れた。

「フリーナ……その怪我、誰に……」
 言いかけてゼフィロスは振り向く。
 冷静になって気付いた、フリーナのボロボロな姿。左腕と左足はボロ雑巾のようになっていて、とてもじゃないが人のものとは思えない。服だって十二分に血まみれで、ところどころは裂けて肌や傷を露出している。
 そして、先ほどの少年。
 空間をたわませ、そのリバウンドを破壊力に変えるあの攻撃。強化チタンの壁を破り、おそらくはフリーナにこれだけの傷を負わせた、敵。
 倒れた体をゆっくり立ち上げさせ、悠然と、いや呆然と立っている少年。
 ――僕の、顔――
 それで、全てを理解した。
「……OK。久しぶり、名も無き僕の弟君」
 抱擁をとき、ゆっくりと弟へ歩み寄る。
「だけど、フリーナを傷つけたのはいささか許せないね」
 刀を握りなおし、歩を刻む。
「選択権をあげるよ。……死ぬか、生きるか」
 少年は無言。
「……そう、か。なら――」
 ゼフィロスは、目を閉じて、一つ息を吐く。
「行くよ、試作品・・・

 ゼフィロスの頭の中で、何かが音も無く切れた。
 それが『真なる力』であることに、ゼフィロスは気付かなかった。

 淡青色な槍が、強化チタンの螺子と刃が、荷電粒子の光線が、たわんだ空間の衝撃波が、漆黒の刃が、槍が、銃弾が、高速で駆ける二つの人影が、世界を揺るがす。
 ナノセカントの間に数十回、数百回の攻防が繰り広げられる。
 誰もが干渉しようとせず、否干渉できず、ただ成り行きを見守っている。
(『虚無の支配・剣』『身体能力制御』『空間曲率制御』『仮想精神体制御』)
 刀の周囲、および左手に形作った手刀を、黒い空間が包む。そのまま跳躍、空気結晶の槍を打ち消し、少年目掛けて振り下ろす。少年はそれを紙一重でかわし、螺子を飛ばしてくる。隙間を縫ってそれをやり過ごしつつ、Lanceを射出、回避軌道に乗った少年を天井から刃が襲い、頬を浅く掠める。
 弾かれるように距離を置いて、一息。
(『虚無の支配・槍』『虚無の支配・銃』『空間曲率制御』『自己領域』)
 少年の真下から黒い槍が出現、さらに少年目掛け虚無の銃弾をばら撒く。少年は空間を歪めて距離をごまかし、5mの距離を零にする。そのタイミングで再度Lanceを穿ち、寸前で回避した少年の背後へと、自己領域で移動。
(『身体能力制御』)
 前方には荷電粒子の槍、側方には虚無の銃弾、後方から上方にかけては、ゼフィロスの刀が牙をむく。
 絶対に回避不可能なタイミングで、ゼフィロスは少年を切りつけた。
 鮮血。
(合成処理『仮想精神体制御』『虚無の支配・槍』。発動『導線ヒューズ』)
 虚無の針が出現。少年の体を細い針が貫き、地面に突き立つ。
 攻撃は、ここでは終わらない。
 地面からさらに、無数の針が出現。針山になった床が、勢いよくせり上がって来る。
 少年はなんとか頭だけは守り、しかし主要な筋肉を全て貫かれ、成す術なく地に落ちた。
「……これが、『試作品・・・』と『完成系・・・』の違いだよ」
 そう、吐き捨てたところで、新たな敵が。
「っと、忘れてた」
 振り払われる斧を、指先で払い、後ろへ一歩下がる。
 裏切り者の少年と少女。
 怪我はすでに全回復していて、決然とこちらを睨みつけている。
「俺らだって、負けられないんだ」
 ただそれだけを告げて、少年は斧を振りかぶった。

 どれだけ時間を置いても、ゼフィロスの不利に変わりは無かった。
 どれだけ攻撃を加えても、致命傷になったとしても、傷はすぐさま修復を始めてしまう。加えて、こちらは手の内を一つ封じられている。これでは戦いようが無いのが事実だ。
 フリーナの『絶対魔法禁止空間』を発動すれば、確かに少女の『超再生』は封じることが出来る。だが、それではゼフィロスも魔法を使えなくなる。ゼフィロスは、『既存の虚無の支配によってその空間を一度消し、何もされていない状態の空間で再度虚無の支配を発動』というプロセスを経ないと虚無の支配は使えない。つまり、最初から虚無の支配が発動していないとゼフィロスは能力を使えない。
 ゼフィロスが、少年の肩に傷を入れる。
 少女が、すぐさま回復を開始する。
 そこへ、フリーナが発砲。少年の右腕が千切れ飛ぶ。
「とどめ!」
 鋭い呼気とともにゼフィロスが振りぬいた刀は、少年の斧に辛うじて受け流され、少年の鼻を浅く掠める。
 少年はその間にも右腕を回収して跳躍。無理矢理少女に繋ぎなおしてもらうと、また走り出す。
 そういったサイクルが、十三回目を告げたところだった。
 ゼフィロスが大きく後退して、空気結晶の槍をばら撒く。少年が打ち落としにかかったところで生成を中止、床にゴーストを送り込む。ゴーストが少年の体を縛り、空気結晶の槍のうちが少年の体に突き立ち、残りは鉄の盾に阻まれる。
 前進しようと、身を乗り出したときだった。
「なっ――!」
 先ほど打ち倒したはずの少年が、氷の鎖を足に巻きつけてきた。
 少年はふらふらと走りより、氷の刃を手に、ゼフィロスの頭目掛けて叩き付けた。
 だが、ゼフィロスの頭からは血の一滴もこぼれない。
 かわりに、少年の頭から血が
「っフリーナ!」
 空になった銃を構え、呆然と立ちすくむフリーナがいた。
 わなわなと、小刻みに体が震えている。
 その目には、過去の恐怖が描かれている。
 無意識に、少年を撃ち殺したフリーナは今、母親が死んだあのときのことを鮮明に思い出していた。


++++++++++++


 ――フリーナ……。
 ――フローラ!
 カランと音を鳴らして、空薬莢が床にはねる。
 ――……あぁ、これは重傷ね。
 あっけらかんと、母が言う。
 ――いいから黙って! 死んでしまうぞ!
 頭を打ちぬかれて、死んでしまうぞも何も無い。それくらい、フリーナには分かっていた。
 ――私は、あなたを幸せに……できたかしら? 覚えてる? 私が、あなたと、フリーナと一緒に暮らしてたときのこと。
 ゆっくりと、フローラ・エンデュランスは、母は語り始めた。
 実験体としての生き方なんてさせない。人として生かしてあげたい。たとえそれがどんなに傲慢な考えでも、この子だけは幸せにしたい……
 全てを話し終えた母は、とても満ち足りた顔をしていた。
 フリーナがマザーコアに適していることを知っていて、それだけは母はフリーナには語らなかった。
 ――フリーナ……私の可愛いフリーナ……あなただけは、ずっと、幸せにね……。
 ――お母さん! おかあさん!
 ――こんな……酷い私、を……おかあさん、なん、て……呼んで、く、れるの……?
 ――おかあさん!
 最後の叫びは、もはや懇願するものだった。
 ――あなたには……きっと、つ、らいことが……たく、さんある、と……おもう、の……。でも……でも、ね……いきて。いきつ、づけて……い、つかは……きれい、な、およめさ、んにな、って、しあわ、せに、なって、それ、から――……
 それっきり、おかあさんはしゃべらなかった。
 ――う、そ……だ……。
 涙がこぼれた。
 ――うそだ……こんなの……うそだ……うそだ、うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ――っ
 ゆめであって、ほしかった
 うそといって、ほしかった
 いっしょにいて、ほしかった
 ――いやああああああああぁぁぁああああああああああアアアアああああああああああああぁあああああああああああァあああああぁあああああああああああああぁああああああぁあああアああアああぁああああああああああああアあああああアあああああぁああああああァぁああああああぁぁああああああアああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 それは、慟哭




 そこまでおもいだして、しかいがゆらいだ。

 なんだろう、からだがたおれてるかんじ。

 へんだなぁ、ぜふぃろす。なんでそんなかおしてるの?

 なんで、わたしのむねからちがでてるの?


 ――おかあさん。ひさしぶり。

 いっしょに、くらそう――・・・・・・ 


++++++++++++


 遅かった。
 何もかも、遅かった。
 少年、イオンが放った鉄の槍は、正確にフリーナの心臓を貫いた。
 窒素結晶の盾も、間に合わなかった。
 ゴーストハックも、間に合わなかった。
 空間曲率制御も、間に合わなかった。
 身体能力制御も、自己領域も、間に合わなかった。
 虚無の支配も、できなかった――

 フリーナは、倒れた。

「あっ……あぁ」
 ゼフィロスの中で封を切られた『それ』が、ついに動き出した。
(『第一キー、プロトタイプの死亡』感知。第一施錠、開錠)
「あぁぁ、あぁっ」
 それは三つのプロテクトに守られて、眠っていたはずだった。
(『第二キー、感情の窮みを超えた悲しみ』感知。第二施錠、開錠)
「きさまら……」
 ゼフィロスの口調が変わる。声色も変わる。
(『最終キー、力を欲する心』感知)

 世界が打ち震えるのを、世界中の生物が感じ取った。

「きさまら……きさまら……貴様らっ……!」

(最終施錠、開錠。T−ブレイン内の全ての能力を消去)

「許さない……何があろうと……貴様らを……僕は許さない……!」

(肉体内の全演算素子を開放。虚無刀『紅覇』を肉体と認識)

「フリーナを返せ……さもなくば……いやさもあろうと」

(新プログラムの生成を開始。――基盤生成……知覚能力生成……能力生成……完了。『世界の理』『神殺しの咎』『新しき世界』)

「貴様ら……生きていられると思うな」

(T−ブレイン、名称変更。『オーディン』と銘々)

「貴様らの道は唯一つ! 終着点まで送ってやろう!!!」

(『Brain Of The God』起動)

「『朽ち果てよ! 我、世界を揺るがす者也!!!!!!』」



世界が、恐怖にくずおれた。



<作者様コメント>

 愛する少女を失い、少年が欲したものは『力』

 憎しみ、怒り、悲しみ、それらが敵を殺せと叫ぶ。

 少年は、その先に何を望むのか。



 ……思ったんですけど、展示室には『神』って呼ばれたりそれに類似する能力を持つオリキャラが多いですよね。

 『最強』『究極』の代名詞として、その名を冠する。

 けど、それをした以上、その名に恥じない物語がないとダメですよね。

 書いててふと思いました。

 次はクライマックス、ゼフィロスのその力が発現します。

 少年がその先に見据えたものは――

<作者様サイト>
http://plaza.rakuten.co.jp/tyeins/

◆とじる◆