蒼穹の天、真紅の地



西風ゼフィロス清き愛ゼフィランサス




























 ――悲しい  つらい  苦しい  

 なぜ

 なぜ彼女が死ななければならなかったのか

 なぜこの世はこんなにも無情なのか

 なぜ神は彼女を助けてはくれなかったのか

 この世に神などいないのか

 彼女は死ぬ定めだったのか

 生きたいと 僕と一緒にいたいと

 ただそれだけの小さな願いを なぜ世界は拒むのか

 そんな物を 僕は認めない

 そんな世界 僕は許さない

 世界は 僕が支配する

 汚れきった 腐りきった 醜く生き抗うだけの世界など

 小さな願いの一つも受け入れない世界など

 僕がこの手で 消し去ってやる――












(『世界の理』ファイル展開。情報の海最深部へのアクセスを完了。『理の部屋』へアクセス)
 大きく息を吸い込む。左手をかざして、目を閉じる。意識の奥深くから這い上がってきたもう一つの心と、体を繋げてやる。
(『理なる創造』発動。分子運動の理に則り、指定空間の分子運動を制御、および核融合の理に則り、指定位置のウラン原子を操作。核爆発を敢行)
 息を吐いて、目を開く。
「『先ずは小手調べ』」
 自分の周囲に大気の壁を生成。少年たちの周囲にウラン原子を集中、強制的に核融合を起こす。
 敵の周囲を、熱波と放射能と衝撃波とが包む。
 作り出した大気の壁が、ぎりぎりの所で放射能を拡散する。
 耳をつんざく、轟音。
 部屋の一角は跡形も無く吹き飛び、融け、しかし少年は立っていた。
「『まあ当たり前だね』」
 あちらは物質の分子配列を変換し続けることで、熱と放射能が内部に到達するのを防いでいたのだろう。盾に使ったと思しき融けかかった鉄の残骸が見える。
「『次はどう?』」
(『理なる消去』発動。指定空間の可視光を消去。『理なる創生』発動。電磁気学の理に則り、高密度電磁場を発生。および分子運動の理に則り、銀の不安定同素体を生成)
 少年の周囲が、黒く染まる。可視光を失った少年に照準、電磁場の銃身を生成。そして、手元に銀色のナイフを生成する。形は、サクラのそれが一番頭に残っていたためそれにした。
 サクラの能力を、今の自分で再現した。もっとも、発生した電磁場はサクラの『魔弾の射手』をはるかに上回る高密度だし、ナイフだってそれに耐えうるように調整した。
 かるくスナップを利かせて、砲身に投げ入れる。ナイフは一瞬にして光速と同等の速度を得て、少年のいるべき場所へ打ち出される。
「『へぇ、防いだのか』」
 少年の周囲の可視光が元に戻る。
 情報強化された鉄の盾が、ナイフを受け止めていた。
「っくそ、いきなり強くなりやがった!」
 少年が叫ぶ。
「『次はもっと厄介だよ?』」
(『理の創生』発動。物質の運動係数を通常の五倍へと上昇)
 刹那、少年が加速する。今、少年の知覚速度は、運動速度の五分の一。
(第三手『紅覇』、身体能力制御を発動。知覚速度のみを五倍に設定)
 混乱する少年目掛け、跳躍する。こうして同速度で見てみると、少年の動きはとてもおかしい。
 一歩踏み出し、刀を一閃。『三つ目の手』として知覚されている刀は、本当に自分の体の一部のように動く。
 二太刀、三太刀と重ねていくに連れて、少年の動きに無駄がなくなってきた。どうやら慣れてきたらしい。
「『なら、次』」
(『理なる創生』発動)


ここで、一つの疑問が出てくる。
 ゼフィロスが発動している『世界の理』とは、どのような能力なのか。
 それは『世界法則――世界の理――を自由に操り、時には完全に無視する能力』すなわち『世界制御』
 世界法則とは、『死者は甦らない』『光は最速の情報である』などの『常識』を差す。
 魔法士とは違う。
 物理法則のみしか書き換えることの出来ない、ただの『量産品』とは違う。
 死者は死者で無くなり光は音より遅くなり世界の時間は過去へと向かい――そんな事を軽くやってのける、それが『世界制御』。
 プログラムは、七つ。
 世界法則を「破らずに」書き換え、状態、物質を変化させる、『理なる創生』。
 同じように世界法則を破らずに、情報、物質を消去する、『理なる消去』。
 できることは情報制御の範疇に収まるので、『元型なる悪魔使い』の強化能力と言っていいだろう。
 ここから先は、
 世界法則を「創生」する『理の創生』。
 世界法則を「消去」する『理の消去』。
 たとえば、『光は最速の情報である』これを『光は音の次に最速の情報である』と書き換えるプログラム。
 世界中の物質に効果が及ぶところが、この能力の利点であり欠点である。
 世界法則を無視して変化、創生を行う『理なき創生』。
 世界法則を無視して消去を行う『理なき消去』。
 死者の復活、ありえない物理構造の物質の作成、光を超える攻撃――そういったことを行う能力。
 そして、世界法則から物質を隔離する『理からの乖離』。
 選択された情報は問答無用で消去され、『その情報があったこと、その情報がもたらした結果』をも洗いざらい消し去る。つまり『いなかったことにする』能力。
 魔法士の能力の一環の物が多い。確かにそれはそうだ。発動形式を変えただけで、魔法士に実現できる能力は多々ある。

 だから、残りの二つがある。
『神殺しの咎』『新しき世界』。
 いまだプロテクトを外されないその二つのファイルに、世界制御の全てがある。

 さぁ、物語を始めよう。
 世界が震え、人々が奮え、一人の『神』が揮え、
 導かれる運命の扉を、今、ノックしよう。


++++++++++++


 それは現実にして、一分と少しの時間だった。
 少年は、両腕をボロボロにされ、冷たい床に倒れ伏していた。
 少女は、無傷ながら少年の血を浴びて、真っ赤に染まっていた。
「『がんばったね、僕相手に』」
 ゼフィロスが、もう一つの何かが言う。
「『賞賛に値することだよ、誇っていい』」
「っふざ……けんな……」
 どこまでもおどけた口調に怒りを覚えたのか、少年が必死に体をよじる。
「イオン! もうやめて! 死んじゃうよ!」
 少女が、倒れる少年の傍へと駆け寄る。
「俺が……ここで倒れちまったら……」
「イオン!」
「レイは……死んじまうだろうが」
「『罪人の最後の願いなら聞いてあげるよ? その少女を殺して欲しくないんだろう?』」
 ゼフィロスの問いにかぶりを振ることもせず、大声でイオンは告げた。
「レイは……俺のかわりに……マザーコアになっちまうだろうがぁ――!!!」
 イオンは吼えた。
 動くはずの無い右腕に斧を握り締め、走れるはずの無い足で暗闇を駆けた。
「……なるほどね」
『……罪人の、最後の懺悔は聞いてやらねばな』
 響く声は、二つ。
「『マザーコアを無くせば、君は安らかに死ねるね?』」
 閃く斬撃は、四つ。
「かっ……はぁ」
 一瞬にして両手首を貫かれ、膝を砕かれ、少年は、再び地に伏した。
「僕らは君の、最後の願いを聞き取った」
『そなたが願う少女の道、我らが切り開いてやろう』
 ゼフィロスの後ろには、いつの間にか人が一人。
 死体と化した筈の、ゼフィロスの弟プロトタイプだった。
「おはよう、オーディン」
『この体でいいんだな? ゼフィランサス』
 ゼフィロスの意識の底にいた二つ目の意思は、ゼフィロスと同じである弟の体へと乗り移っていた。
「普段は僕の中にいればいいよ、いざとなったら出てきてね」
『承知した、神よ』
「それは君も、でしょ、神様」
 オーディンT−ブレインの人格の鋭い眼光が、倒れ伏す少年へ向く。
『……我ら、死せしそなたの命に誓う』
「ゼフィランサス・オーディンの名において」
「『青空を取り戻し、マザーコアを無に返す』」
 オーディンが、少年の胸をナイフで貫く。
『死した命に、我らは誓う』
 イオンは、死んだ。
「これは、フリーナを殺した罰だからね」
 吐き捨てるように言った。
 後ろで、誰かが膝をつく音が聞こえた。

「そして君に、ささやかな贈り物だ」
(『抗いの創生』発動。『死者の復活リビングデッド』)
 イオンが、目を開いた。
「……レイの命まで背負いたくないからね、その子は君が守ってあげて」
『代わりに、我らはマザーコアを』
 言い終える前に、レイがイオンを抱きしめた。
『……無に介す。これでいいのだろう』
「イオン! これで私たちは」
「分かってるよ……ずっと一緒だ!」
 きゃいきゃい騒ぐ二人。
『やれやれだな……ゼフィロス。我は戻らせてもらうぞ』
「うん、ありがとね」
 すっと、心の奥に何かが入っていった。


++++++++++++


 ――辺り一面に、花の絨毯。
 蒼い天井からは、太陽からの光があって。
 フリーナは、その中にいた。
 フリーナの母、フローラもまた、その中にいた。
 二人して、幸せな時間を過ごしていた。
 何分も、何時間も、何日も、何月も、何年も。
 そして、今日があった。
「おかあさん?」
「なーに?」
 フリーナが、おずおずと花冠を差し出した。
 色とりどりの花が、輪を成して咲き乱れていた。
「誕生日、プレゼント……」
 ぼそぼそと、フリーナが言う。
「……一度も、こんな物渡したこと、なかったから……」
 フローラは、そんな娘を抱きしめた。
「ありがと……ね」
 抱きしめて、涙をこぼした。
「おかあ、さん」
 でもね、と、涙をすりつぶしながらフローラが言う。
「渡す相手が違うわよ……ほら、迎えに来てくれた」
 だれが? 思って振り向くと、そこには、大きな黒い穴が。
 無意識に、後ずさった。
「い、やだ」
「フリーナ?」
 そっちに行ったら、おかあさんと離れなきゃならなくなると、何かが告げた。
「おかあさんと、離れたく、ない……」
 それだけ、言った。

 ――頬を、強くはたかれた。
「!? おかあ」
「フリーナ、あなたには、私なんかよりずっとずっと、大切な人がいるはずよ」
 フリーナは首を横に振った。
「そんな人、いない。私の大切な人は、おかあさん」
「違う。もっとずっと、大好きな人がいるの。私は、知ってる。ずっと、ここから見てたんだから」
 違う、とフリーナが大きく首を振る。
「違う、違う私の好きな人はおかあさん! おかあさんしか、いない!」
 ダダをこねる子供のように、フリーナが叫ぶ。
 もう一回、強く頬をはたかれた。

「……フリーナ」
 母親の真剣な目つきに、体がたじろいだ。
「あなたは、本当に忘れたの? 一度見たときからずっと好きで、その人が悲しむのなんて見たくないって、あれほど泣いてたのに、忘れるの? あなたが想うよりずっとずっと、あっちはあなたを愛してるのよ?」
 フリーナの頭の中に、何かが蘇る。
 柔らかくて、優しくて、人をからかうのが好きで。
 人を殺すのが嫌いで、それでも私のためだと割り切ってくれて。
 わたしのことを、だきしめてくれて――
「私は分かる。あなたは、その人の事を好きすぎるの。あっちもそれと同じくらい、あなたを好きすぎるの。だから尚更、あなたは行かなくちゃ」
 母の真剣な目つきは、もうない。
 優しくて、柔らかい、小さくて大きな笑み。
 誰か、違う人のそれに、よく似ていた。
「私――」
「さ、行きなさい。大丈夫よ、私は、」
 フリーナを振り向かせ、黒い闇をまっすぐに見据えさせる。
「あなたのこと、いつだって見てるんだから」
 その言葉で、体が勝手に動いた。
 真っ暗闇のその先に、誰かがいる。
 それを見失わないように視界の中心で捕らえて、闇の中へ歩を進める。
「――行ってきます、おかあさん」
 誰かが差し伸べた、細いけど頼りがいのある手。
 その手をとって、そっと、導かれていった。
「ありがとう、おかあさん」

 血の臭いの立ち込める薄暗がりの中へと、意識が引き戻された。


++++++++++++


 ゼフィロスは、喧騒の響く通路を一心に駆けた。フリーナは、自分の腕の中ですやすやと寝息を立てている。自分がしたことと分かっていても、フリーナが甦ってから少し、泣きそうになってしまうほど嬉しかった。
 ずっと奥からイオンたちの足音が聞こえるが、もう助けてやる義理はない。
 自分が今するべきことは、
「とっとと逃げないとね」
『そういうことだ』
 心の声が頷く。
 と、通路の一角から、いきなり兵士が飛び出してきた。その奥からは、兵士たちの怒号が聞こえる。こちらへ向かっているらしい。
「ごめんね」
(『理なる創生』)
 兵士に聞こえるように耳元で囁いて、首を切断。返す刀で通路をせり上げ、強化チタンの壁を形成する。
 崩れる死体に一瞥もくれず、走り出す。
 階段を駆け上がると、ナイフが一つ通路の奥から飛んできた。
「……サクラ……」
 壁に突き立ったナイフを引き抜き、ポケットに納める。
「これ、もらってくよ」
 大きく跳躍して、さらに通路を走る。
 大広間に出ると、そこは血の滝だった。
 瞬時に数十の剣戟が閃き、光の槍が薄暗がりを穿ち。
 散りゆく命は、百を超え。
 二人の少年と少女は、広いその部屋を血で彩っていた。
「ゼフィロスさん! フリーナさんは!?」
 セラが、こちらへ飛んでくる。それを横目で見やり、立ち止まる。ノイズメーカーの残骸を蹴飛ばして、正面の兵士を吹き飛ばす。
「寝てるだけ。大丈夫だよ」
「よかった……」
 セラの様子に気付いたのか、ディーもこちらへ来た。
「フリーナさんは……生きてますね。ゼフィロスさん、ここは、僕らが死んでも抑えます。早く逃げてください――!」
 飛来する数百発の弾丸を、ディーは全て打ち落とす。
 続いてセラが、周囲に荷電粒子の槍を放つ。
「さぁ、早く!」
 現れた騎士を弾き飛ばし、ディーの姿がかすむ。
 セラも、宙を舞って、Lanceを精一杯乱射する。
「ゼフィロスさん! フリーナさんによろしくお願いします!」
 セラのリボンが外れて、ゼフィロスの手に落ちる。
 騎士が放った剣閃が、一房だけ伸ばしたディーの髪を切り落とす。
 ディーの髪飾りを、ゼフィロスは掴み取り、
「――ありがとう! ディー! セラ!」
 二人がこっちを向いて、笑ってくれた気がした。
 ゼフィロスは、駆け出した。

 時折響く爆音と、かすかに聞こえる断末魔の声。
 それは悪魔のように、ゼフィロスを糾弾する。
 禁忌の力にふれたことを、人を甦らせるという暴挙を、世界を意のままにする事を、許すわけにはいかないと。
 人は決して神の領域に踏み入れてはいけないと、そう叫ぶ。
 ぶちまけられた赤のペンキが、ゼフィロスの足を奪う。まともに滑って転びそうになるのを、右の足を踏み出して強引に抑える。
 お前はこの先にはいけないと、ここで死んで世界にわびろと、力の代償を払えと、道を塞ぎ、ゼフィロスを紅く映す。
 その全てを、ひとえに飛び越える。
 この力が禁忌に触れるのなら、その禁忌を消し去ってやろう。
 自分の存在を世界が許さないというのなら、その世界を打ち砕いてやろう。
 他の理屈なんて、存在なんて生き方なんて命なんて、自分には何の関係もない。
「君たちが羨ましいよ。僕は、とても羨ましい」
 結局自分に与えられた力は、根本にはたった二つなのだ。
「作ることと、壊すこと。それしか、僕には出来ない。でも」
 自分の力の代償なら、生まれたときから払ったのだ。
 壊すだけの存在。そこから、作ることを与えられて、それでも与えられてない物がある。
 自分がもっとも欲しいと思う、何よりも凄い力。
「残すことを、君たちは出来る。現にこの世界は生きている。一歩踏み外せば、強風に煽られれば終わりの世界で、君たちは世界を生かし続けている」
 血にまみれ、死の叫びを聞き、それしかしてこれなかった自分。
 好きな人の母親すら救ってやれない、無力な力。
「僕は君たちにとって強風でしかないのかもしれない。君たちを、滅びの道へと誘うだけかもしれない」
 それでも、人々が願うように。
 イオンが願うように、レイが願うように、サクラが願うように、セラが願うように、ディーが願うように、真昼が願うように。
「――それでも、フリーナが願うように、僕は生きなきゃいけないんだ!」
 それが、生きる意味。
 誰かが自分に託してくれた、小さな小さな、繋がり。
 それだけで、僕は生きる。
 それだけで、僕は殺す。
 それだけで……
「僕は、前へ進めるんだ」
 最後の扉を、蹴り飛ばすように開け
『ゼフィロス』
 る前に、襟元の通信素子が声を発する。
「真昼……」
『本当に、行くんだね?』
 真昼が問う。
「うん。僕は、フリーナと一緒に」
『そっか……残念だけど、しょうがないね。……君も、何かしでかすつもりでしょ? 僕らよりもっと大きな事を』
 真昼に見透かされて、ちょっとたじろぐ。
「……ばれた?」
『当たり前だよ、兄なんだから』
 かすかに笑いを含んだ、真昼の声。
『一つ、お願いだよ』
「なに?」
 兵士の声が、遠くで響く。
『僕の弟の錬、「天樹錬」をお願い』
 一瞬、静寂が降りる。
「……いいよ。そのお願い、確かに受けた」
『……ありがと。それと、』
 ゼフィロスは、扉を押し開けた。
『いってらっしゃい。ゼフィロス』
 それを皮切りに、通信は途絶えた。

「……ゼフィロス」
「あれ、フリーナおきてたの?」
 ゼフィロスが、腕の中を見やる。
 弟との戦闘で左半身はボロボロ。乱れた髪が、頬に張り付いている。
「……おはよう」
「……おはよー、フリーナ」
 静かに、フリーナを地に下ろした。
「寒いな」
「うん」
 雪を孕んだ西風が、二人の髪をなびかせる。
「……綺麗だな」
「……うん」
 ふと、足元に視線を移した。
 フリーナもそれに気付いて、視線を移す。
「……綺麗だね」
「……そうだな」
 雪風に揺れる一輪の花ゼフィランサスが、そこには確かに咲いていた。
「「……いこうか」」
 二人して言って、二人して顔を見合わせて、






二人して、笑った。























































Episode end of The "GOD"