後から追加されたヘイズからの贈り物に気を取られ過ぎていて、ファンメイの部屋にファンメイとアルティミスの二人を待たせてしまっていた事に気づいたリチャードは廊下を早歩きで駆け抜けていた。
間違っても走ったりなんかしてはいけない。この階にはファンメイ以外にも少しだが病人が居たりするので、廊下で足音を立てたりなんてしたら、そういった人達の眠りの妨げになってしまうからだ。
こうなると分かっていれば自分の部屋に長居などしなかったのだが、現実はそうもいかず、調べ物をしておく為にリチャードは部屋に長居せざるを得なかった。
本来ならアルティミスが着替え終わるのを待ってからすぐに部屋に戻るはずだったのだが、そこに現れた新たな事柄により予定が狂った為である。
ヘイズから送られてきた物に追加があった事が判明した為、それを確認するのに時間を回す羽目になり、結果、ファンメイの部屋を出てからもう十五分も経っている。
最も、ファンメイは着替えが終わる明確な時間など口にはしなかったし、着替えが終わってない時に入ったらどうなるかは火を見るより明らかなのだが、彼女の正確からして、遅れたら遅れたで文句を言うのは確実だろう。
早く行っても駄目、遅く行っても駄目と、まさに『どうすればいいんだ』な状態なのだ。
だが、言ってしまえばそんなのは些細な事だ。
それよりも、早足で駆けている間にも消える事のないリチャードの疑問の方が遥かに重要である。
其れは未だに頭の中で問答を続ける、明確な答えの出せない命題。
あまりに謎が多いせいか、知らずのうちに、リチャードはその問いの根本たる事柄を小声で口にする。
「…しかし分からん。ヘイズの奴は一体何を考えている?
何故、あんなものを送りつけてきたんだ?
連絡さえ取れれば何とかなるんだが、今はそうもいかないしな…」
追加で送られてきた(厳密には運送業者がちょっとしたミスで送り損ねていたものを後から渡される形になった)あの荷物の中身を見た時、リチャードは驚愕を隠し切れなかった。
その箱の中にあった『それ』が何の為に存在しているのかを理解するのは、今のリチャードにとっては至極簡単なことだった。
何故ならそれは、ここ最近ずっと関わりあってきた事件に関係しているものと言っても全く持って差支えが無い。だからこそ、ヘイズはアルティミスを此方に送ってきたのだろう。
だが、最大の問題点はもっともっと別のところにある。
それは、昔から隠し事なんてしない性質だった筈のヘイズが、どうしてこうも回りくどい真似をするのか。という点にある。
十年前からヘイズと一緒に居たリチャードには、ヘイズの性格が良く分かっている。だからこそ、今回のこの事態に、ヘイズの取った行動に納得がいかないのだ。
本来なら、ヘイズは回りくどい真似などせずに、あらゆる物事において常に真っ正直に自分の意見や理由を言うタイプの人間で、例えそれが周囲の意見と合っていようが居まいが、なりふり構わず言ってのける。
昔から『正しさ』を求め、何よりも『人の情』に触れて行動する事を第一とする男。
それ故に『龍使い』の件―――厳密には『島』の時も、自分の借金の事よりも『龍使い』達の命を優先した。
あらゆる物事に於いていつも損ばかりする選択肢を選ぶという、この世界に於いては珍しいくらいのお人よし。だが、リチャードはそれこそがヘイズの本質だと信じている。
恐らく、今回の事も通信では伝えられないような内容だったが為に回りくどい真似をしなくてはならない理由があったのだろう。
その内訳として、通信の盗聴を恐れてという可能性が七十五パーセント程だとリチャードは予測する。あくまでも予測は予測の域を出ないが、現状、世界情勢、科学力などの様々な面から考慮すれば、これが最も可能性の高いものとなる。
そして今、生憎と当のヘイズはアメリカ地方に向かっていて連絡が取れない。
胸のうちに
研究に詰まった時、どうしても分からない問いが目の前に立ちはだかった時などの様々な要因において生まれるそれは、その人物が悩んでいる何よりの証拠である。
それほどまでに、リチャードは悩んでいた。
ただでさえファンメイの容態やエドワード・ザインの件で忙しいところに、第三の更なる問題が転がり込んできたのだから無理も無い。
だが、愚痴など言っていられない。此れは他ならぬヘイズの頼みだからだ。
思考が目まぐるしく回転する。
人間が生きている以上、常に纏わりつく悩みというものと決別するのは最早不可能。
だから人は悩む。
回答を見つけるために。
胸のうちに広がるわだかまりから開放される為に。
「…っと、いかんいかん」
我に返ったリチャードは急ブレーキをかけて減速する。
悩みすぎて、危うくファンメイの部屋を通り過ぎるところだったのだ。すんでのところでその事実に気がついて、足を止める事が出来た。
ドアをノックする前に、散々待たせた為にファンメイに怒られるのは覚悟の上だと心の中で割り切る。既に賽は投げられたのだから。
その後、呼吸を落ち着かせた後にドアの前に立ちはだかり、一応念の為にコンコン、とドアをノックしてみる。
それからたっぷり五秒の時を数えて、白い扉が開かれる。
「はーい、どなた―?」
ドアの隙間から器用に顔を覗かせたのは、リチャードが見慣れた少女の顔。
「…あー、リチャード先生おそーい!何やってたの〜!」
リチャードの姿を確認するや否や、ドアを開けた直後から頬を膨らませたのは、他ならぬファンメイだった。
あまりにも予想通りな彼女の行動に、リチャードは苦笑を禁じえなかった。
「すまないな。ちょっと手洗いに行ってきたんだ」
ファンメイが『どうしてこんなに遅れたの』と問いただすと、リチャードは笑顔でそう答えた。
ただ、ファンメイの行動ももっともな物だろう。何せ、アルティミスの着替えが終わってもリチャードは姿を現さなかったのだ。
まあ、ファンメイとしても、その間にアルティミスとお話をする事が出来たので、一概にリチャードが悪いと決め付ける事なんて出来ないのだが。
「ところで、すんなりと通してくれたという事は、アルティミスの着替えは終わったんだな?」
「うん…じゃあ、今から呼ぶね。
…アルティミスちゃーん!リチャード先生が来たよー!」
『着替え室・入るな!』という文字がでかでかと書かれたプレートが吊り下げられたドアに向かって、ファンメイは少しだけ大きめの声でそう告げる。
思いっきり叫んでしまうと、またアルティミスが泣き出してしまう可能性があるから、その点を考慮しての事である。
「…う…うん、」
かちゃ、という音と共に扉が開かれて、扉の影から顔を半分だけ見せるアルティミス。
ドアを掴んでいるその手がふるふると震えている。おそらく、言い知れぬ恐怖心がまだ取れないのだろう。
無理も無いかもしれない。アルティミスにとっては未知の場所に放り込まれたも当然のこの状態で、明るく振舞えという方が無茶な話だ。
最も、この過剰なまでの引っ込み事案は、アルティミスが持つ個性と言うべき物なのだろうけれど。
「…もう、着替え終わったんだから出てきていいのに、アルティミスちゃん、一体何してるの?」
「で、でも…。やっぱりこんな服、アルティミスには似合わないかも…しれないから」
ドアに隠れたまま、おどおどしながら口を開くアルティミス。半開きのドアに添えられた左手もふるふると震えている。
「そんな事は無いと思うぞ。お前さんは元がいいからな」
「そうそう、同じ女の子のわたしから見ても、アルティミスちゃんは可愛いと思うもん!
だから、臆する事無くその服を着た姿を見せればいいの!!!」
リチャードは普段より少しばかり柔らかい口調で、ファンメイはいつもどおりの元気な口調ではっきりと言い切った。
厳密にはアルティミスにとっては『いつもどおり』なんて分かる訳ないのだけれど、実際、これがファンメイの『普段』なんだから『いつもどおり』でいいのだろう。
「…ふぁ、ファンメイさんがそういうなら…」
その言葉に励まされたのか、ドアに隠れていたアルティミスもまた、姿を現す事を決意したらしく、ゆっくりと扉を開きながら一歩ずつ歩み、その姿を二人の前に見せる事が出来た。
「これは―――」
リチャードがほう、と息を漏らす声が、ファンメイの耳にはしっかり入った。
今のアルティミスは、両手をスカートの前で重ねたポーズで、真紅色の大きな瞳で目の前の二人を見つめている。いざ姿を現したものの、何を言っていいのかすら思いつかないのだろう。実際、こうやって姿を現すのだって、めいっぱいの勇気が必要だったはずだ。
紫色を基調としたケープの下に水色をした防寒着。黄色のスカートは二箇所にリボンのついた大き目のものというコーディネイトを施されたアルティミスの外見は、先ほどとは打って変わって愛らしいものになっていた。
元々アルティミスが童顔なのも手伝ってか、まるで何処かのアンティーク人形を連想させる。だが、アルティミスはれっきとした『命』であり、人形のそれが放つ冷淡さや威厳は存在しない。
「―――ほう、これは見事な着こなしだ。そして、実に良く似合っている」
ぱちぱち、と、リチャードは軽い拍手を送る。それは心の底からの意見であり。嘘偽りなど一欠けらも混じっていない。
ファンメイもその台詞に関しては何も言わない。それはファンメインがリチャード・ペンウッドという人物を良く理解しているからである。こういう時のリチャードの台詞には冗談も何も混じらないという事を、この数ヶ月間でファンメイはすっかり理解してしまった。
「そうでしょ―。コーディネイトはわたしがやったんだから―。
才能は無いかもしれないけれど、自分では結構いい出来かなって思ってるんだもーん」
両手を腰に当てて、胸を反らせてえへん、と、ちょっと威張ったようなポーズをとるファンメイ。
「……」
二人の言葉を聞いたアルティミスは、それだけで顔をほんのりと赤くして俯いてしまった。
「あれ?アルティミスちゃん、どうしたの?
どこか痛いの?」
すかさずアルティミスに近づいたファンメイは、少女の小さな方を優しく掴む。
「…ち、違うの。
そんな風に褒められた事なんて無かったから…嬉しかっただけ…」
顔を上げたアルティミスの真紅色の瞳が潤み、その端から一滴の雫が零れ落ちる。
「もう、また泣くんだから…」
(まるで子供みたい…って、わたしがアルティミスちゃんの事を子供って言える立場じゃないかもしれないけど…)
心の中で呟いた後に、ポケットから取り出した清潔なハンカチを取り出したファンメイは軽くアルティミスの涙を拭う。
「はぅ」
本日二度目、ハンカチで涙が拭われる事により頭に訪れた振動感に耐え切れず、やっぱりアルティミスは間の抜けた声をあげた。
「ふぅ…よーし、これで大丈夫」
右手にハンカチを持って、まるで一仕事終わって汗を拭う農夫のようなポーズで、ファンメイは安堵の息を吐く。
つい一時間も経たないうちに繰り返される行動だったが、それについて文句を言う者は誰も居なかった。
寧ろリチャードは、その様子を微笑ましく見守っていたほどである。
「…しかしファンメイ、洋服というのは組み合わせさえ間違わなければ、それくらい誰だって出来ると思うのだが」
「リチャード先生、折角いい気分だったのに水を差さないでよ〜」
ぶー、と頬を膨らませて、ファンメイは不満をそのまんま表に出した。
その反応が実にファンメイらしいと思ったリチャードは、苦笑を禁じえなかった。
「っと、失礼したな。
いつもの癖で、つい口が滑ってしまったよ」
「そーいうのはヘイズだけにして〜」
「次回から善処するよ」
「ほんとに〜?…まあ、いいけどね」
さっき膨れたかと思ったらすぐに元通りになったファンメイは、再びアルティミスの方へと向きなおり、
「…ところでリチャード先生…さっきから聞こうと思っていたんだけど、何で今までこんなおしゃれなお洋服を閉まっていたの?」
その直後にくるり、と再びリチャードの方へと振り向いたファンメイの顔には、能面のような笑みが浮かんでいた。
その顔を見たリチャードの頬を冷や汗が一筋伝う。その様子は、例えるならば、ちょっとした悪戯がばれてしまった子供…といえばいいのだろうか。
そう、実は、今アルティミスが身に着けている洋服は、ファンメイのタンスの中に入っていたものではない。
ファンメイの着替え室にいつの間にか置いてあった紙袋の中にさりげなく入っていたもので、ファンメイが手にした覚えも無ければ、見た覚えも無かった代物だった。
そうなると、そんな服を誰が買ってきたのかという疑問にぶちあたる。
ヘイズのセンスに任せると、なんとなくだけど、完璧に真っ赤っかな服を選んでいそうな予感がするので、選択肢の中から除外される。
で、当然ながら残るはリチャード先生のみである。
「ああ、その服なんだが、ずっと前に買っていたんだ…まあ、詳しく言うと同じ研究室の女性スタッフに勝ってきてもらったんだけどな。
だが、つい最近まで出さないままにしておいたのを今更思い出して、適当な所に置いて置けば気づくだろうと思っていたんだが…まさかアルティミスがその服を着ることになるとは、いくらなんでも予測してなかったんだ」
「わたしが言ってるのはそういう事じゃないの。
なんでこんな事を黙っていたのかが気になっていたの」
「何でって…そりゃ、いきなりその服を見つけたお前さんが驚く顔も見たかったしな。軽いドッキリくらい、あったって構わんだろう?」
「じゃあ、なんで今まで忘れていたの」
疑いの眼でリチャードをねめつけるファンメイ。こんな綺麗なスカートがあったならどうしてわたしに教えてくれなかったの、という不満がありありと見て取れた。
そんなファンメイとは正反対に、実にいつもどおりの笑顔を浮かべたリチャードは、実にあっさりと答える。
「世界樹の事とか色々あったからに決まっているだろうが。私やヘイズがどれだけ忙しかったと思っている」
ファンメイの事について触れないのは、アルティミスの前で『龍使い』系の話題は出さないと言ったからだろう。アルティミスの正体が掴めるまでは『龍使い』の事は黙っていろと、リチャードは確かにそう言っていたからだ。
「そうだったんだ…あれ?でもちょっとだけおかしくない?」
そこまで話を聞いたところ、ファンメイはふとした違和感を覚える。
「どうした?まだ何かあるのか?」
先ほどからの質問攻めに飽き飽きしてきたのか、リチャードの声にちょっとした呆れが混じっていた。
因みに、話についていけないアルティミスは、無言のまま一言も発せずに、真紅色の大きな瞳でじ――――っと二人のやり取りを見つめている。
「んー、じゃあこれで最後。
今アルティミスちゃんが着てる服って、ずっと前に買ってきたって言ったよね。
じゃあさ、どうしてわたしが来た時に、何にも言ってくれなかったの?
最初に言ってくれていたら、今まで忘れずにすんだのかもしれないのに」
刹那、リチャードの顔に苦笑いが浮かんだのを、ファンメイは見逃さなかった。
「ん〜、どうしてかな〜?
にこにこ、と、能面のような笑みを浮かべなおしてリチャードに詰めよるファンメイ。当然ながら、こめかみの辺りに青筋が立っております。
流石のリチャードもこれを誤魔化しきるのは不可能だと観念したらしく、先ほどと同様に実にあっさりと答える。
「いやなに。
以前、お前が此処に来る前にヘイズの話を聞いた時、女の子が来ると聞いて用意しておいたんでな。
で、本当ならお前にあげようと思っていたんだが…実際にお前に会ったら私の予想を遥かに超えるはねっかえり娘だったもので、止めておいたという訳だ。折角のスカートを汚されては敵わんからな」
「…要するに、わたしがスカートを履いて暴れまわるような女の子だって思っていたわけね?」
「1ミリの狂いすらない正解だ」
「うわ―ん!!リチャード先生、酷い〜!!
ねぇアルティミスちゃん、酷いと思わない?」
助けを求めるべく、くるり、とファンメイはアルティミスの方へと振り向いた。
「何を言う。こんなはねっかえりに綺麗な服を着せて汚される方がよっぽど酷いと思うんだが?」
「…ええ……と、えと、えと…」
二人から同時に話を振られた為に困惑を隠せない様子のアルティミスは、大きく開いた口元に(といっても元々の口が小さいので、大きいと言えるかどうかは微妙なのだが)右手を持ってきて、ふるふると首を振って二人の顔を交互に見渡すという行動を繰り返している。
その顔には『アルティミスはファンメイさんとリチャードさん、どちらの味方をすればいいの?』という思いがありありと表れている。
おろおろと、心の底から困ったようにファンメイとリチャードを見比べるばかりで、ちっとも答えを出さない…否、出せないのだろう。どちらかに味方すればどちらかが悪い事になってしまうからだ。
そして、アルティミスはその事に対して異常なまでに気遣っている。だから、答えを出せないのだ。
「…おい、アルティミスが困ってるぞ」
それを察知して見かねたリチャードが、ため息と共に助け船を出す。ここは年長者としてこの状況を打破できる行動を取るべきだと判断したが故の行動だ。
「あ!ごめんねアルティミスちゃん…」
はっ、と我に返り慌てふためくファンメイ。
「…いいの、アルティミス、いつもこうだか…」
――――アルティミスの発言が途中で途切れて、次の瞬間には沈黙が訪れた。
脳内時計を起動すると『午後五時二分』を告げていた。
お昼をちゃんと食べたファンメイやリチャードはお腹が空く訳が無い。多少の空腹感こそ感じるものの、お腹が鳴る事は滅多に無いはずだ。
となると、必然的に今の音の主は限定される…というより、その人物は既に顔を真っ赤にして無言で俯いている為に『自分が犯人です』と体現しているようなものである。
お腹がなるという事は生きている事の何よりの証だから別に恥じるような事ではないのだが、人前でお腹が鳴るのは流石に恥ずかしい事でもある。
…思い返してみれば、郵送されてきた彼女がお昼を口にする時間はあったのだろうか?
そう考えたリチャードが、アルティミスが入っていた箱の上蓋を調べてみたところ、こう書かれていた。
『2198年11月6日 午前十時二分』
…箱に入ったのがこの時間帯では、お腹が空くのは無理も無い話である。
一応睡眠を取っていたために空腹の進行速度は遅くなってはいただろうが、それでもお腹が空く音が鳴ったという事は、おそらくお昼ご飯を食べる余裕が無かったのだろう。
アルティミスがどうしてこのシティ・ロンドンに送られてきたのか。という真意は分からないが、とりあえずその問題は後回しだ。
すくっ、とリチャードは立ち上がり、ドアの方へと歩きながら口を開く。
「…メシにしようか。
アルティミスの件については、私がうまく言いつくろっておくから、ファンメイ、アルティミスと一緒にここで待っててくれ」
「はーい!りょーかーい!!
じゃあ、戻ってくるまでアルティミスちゃんと話してるね」
笑顔を浮かべたファンメイが『らじゃー!』という感じで右手を額の上にもってきてびしっと敬礼のようなポーズを取ったのを見届けた後、リチャードは部屋を後にした。
部屋を出て行こうとした時にアルティミスが「あ…」と何かを口にしようとしていたようだが、すぐに黙り込んでしまった為に、無理に聞き出すのはやめておこうとリチャードは判断した。
(アルティミスは確かに魔法士だ。それは間違いない)
だが、そうなると未だにファンメイが何も言ってこないのが気になる。魔法士といっても一口に色々あり、中にはとてつもなく低い確率で誕生する『規格外』の魔法士だって存在する。
そうであれば、相手が魔法士だと分かった上で話を付き合わせる事が出来るが、心の中では警戒をするはずだ。
だが、相手が人間だろうが魔法士だろうが、どんな相手であろうともファンメイは至って普通に接する。
周りに魔法士ばかりがいた生活のせいで感覚がちょっとズレているのか、女の子同士で気が合うと言うべきなのか。
――しかし、真の問題はそこではない。
ファンメイは手紙を読んでいない、否、読まされていないのだから、アルティミスが魔法士としてどのような能力を持っているかを知らない。
リチャードはアルティミスの持つ能力の事を知っているが、ファンメイは知らない。
本来ならばファンメイにすぐに知らせるべきなのだが、それが出来れば最初からそうしている。此れは、そう簡単にファンメイに教えてはならない事だとリチャードが判断したのだ。
今、ファンメイは戦いも何もない世界で、やっと手に入れた小さな平和の中で生きている。
ファンメイ自身の中にある宿命と戦う事で、絶望ばかりが漂うこの世界であっても尚前向きに生きている。
それはとても難しくて、とても凄い事だと言えるだろう。『島』の一件で仲間を、友達を全て失ってしまっても尚、彼らの、彼女らの意思をその小さな体に受け継いで、一歩一歩を踏み出しているのだから。
しかし、若しファンメイがアルティミスの事情を、アルティミスの正体を知れば、おそらく、その小さな平和の中から、一転して戦いの場へと赴かなければいけない可能性も十二分にありうる。
そればかりは、起こさせる訳にはいかないのだから。
(懸念であってくれればいいのだがな…)
頭を振って嫌な考えを打ち消したはずのリチャードの足は、自然と早足になっていた。
―――コメント―――
どうもこんにちは。
『少女達は明日へと歩む』の二話目、如何だったでしょうか?
…えーと、恐らくですが『短い』と思った方が多かったのではないでしょうか。
まあ、これ短編の予定ですし―――或いはDTRやFJが長い…と言われたら其処までなんですけど^^;
たまにはこういうゆったりしたものもいいんじゃないかなと思ったので。
今回は…まあ、まだ序幕って事でこういう展開になりました。
ファンメイがメインの話の筈が、どーしてかリチャードがメインのお話になってるのは仕様だと思ってくださいませ。本当に;;
次以降は、ホントにファンメイのお話にしたいです…。
あ、お着替えシーンの詳細は、次のお話あたりで明かそうかなと思っております。
…といっても、もったいぶるような内容でもないと思うのですけどね。
―――其処の貴方、間違っても変な想像はしないように。
それにしても―――本家キャラとオリキャラの絡みの楽しさというものは、このようなものだったのですね。
DTRやFJはもう完全にアレな出来ですから…ううむ^^;
…でも、後悔なんてしていないですけどね。
DTRやFJは、もうあの路線で進むしかないでしょうから。
それでは、また次回に。