シティ・ロンドンの研究練の廊下を、リチャード・ペンウッドは歩いていた。
その目的は、お姫様にお食事を届けるため…最も、今日ばかりは状況が違い、厳密には「お姫様達」になっているのだが。
で、食事配達人となったリチャードがコツコツと音を立てて廊下を歩いている。というのが現状である。
針金を幾重にも組み合わせて作られた、スーパーの買い物籠を入れるようなローラーつきの箱には二人分の食事が入っている。
この箱がかなり小さめのために、二人分の食事を入れるのが限界だったのだ。さらに追い討ちをかけるように、これ以外は全て出払っていたのも痛かった。
そして廊下を歩く事約三分、リチャードは目的の部屋に到達した。
右手でドアの下の部分をノックする。すると向こうから「は〜い」と小さな声がして、数秒の間を置いて、がちゃりとドアが開かれた。
ドアの隙間からひょっこりと顔を出す三つ編みお下げ。
顔だけでなく体全体的に褐色の肌の色をした少女――リ・ファンメイ。
「も〜、リチャード先生遅〜い。待ちくたびれるかと思ったよ〜」
いまや、この部屋の主と言っても差し支えの無い人物だ。
「まあそう言うな。
運べそうなトレーラーなんかは全て使われていたから、これを探すのに時間がかかったんだ」
「ふ〜ん、そうだったんだ。
じゃあ、さっきの遅いは取り消しにして『ご苦労様』っていうべきなのかな?」
「そういってもらえると助かる。
因みに、今日はデザートにクッキーがついてるぞ」
「やった〜っ!!」
リチャード経由で食事が届いた瞬間にあがる、ファンメイの第一声。『えいえいおー』をするように右手を上げて、とびきりの笑顔を浮かべている。
大好物のクッキーがあると聞いて一気に元気になったのだろう。現金極まりないがそれもまたファンメイらしいとリチャードは思った。
「……」
因みにその隣では、白い髪の先端から肩口までに僅かにウェーブをかけた髪形をした一人の白人の少女が座っていた。
少女の名前はアルティミス・プレフィーリング。
今日の夕方近くにヘイズから送られてきた謎の少女であり、事前に告げられたヘイズからの連絡は『ちょっとした贈り物をする』というたった一言だけで詳細は何もなし。しかも箱詰めにされて送られてきたから尚の事驚きである。
その時の気持ちを言い表そうとしても、あまりにもイレギュラーすぎる出来事だったためにうまく言い表せない。
絶対に何かが間違っていると脳が告げているのだが、何が間違っているのかと問われてもうまく説明できない。何もかもが間違いすぎていてどこから突っ込めばいいのかすら、その糸口すら見えないのだ。
見通しの目処がたたなすぎるので、とりあえずはアルティミスを普通の人間として扱ってみる事にした。
やってみると意外と簡単に事が進んでしまったので、少々拍子抜けではあったのだが。
おそらくそれは、アルティミスの内気な性格によるところが大きいだろう。
一般的にタカビーだったり活発だったりすると手に負えないのだが、その心配がなかったのが幸いだった。
その後は軽く自己紹介を終えて、洋服を着替えさせて、そして晩ご飯の時間という訳である。
因みに、いつもなら食事は自分で取りに行くファンメイなのだが、今日はいつもと状況が違う為に部屋に残ったのだ。
確かに、本日付けでここに来た少女を一人きりにするわけにもいかないだろうし、外見年齢が近い子同士が一緒に居たほうが精神的に安定するだろうと思った為に、リチャードが食事を取りに行ったのだ。
それにしても、と思う。
たとえ相手が外の人間であっても疑うことなく他者を信じるという点が、ファンメイの天真爛漫さをよく表している。
かつて『島』に居た時も、外部からの来訪者であるヘイズを疑わなかったほどだ。
よく言えばお人よし、悪く言えば汚れを知らない。
だが、それでいいのだろう。
少なくとも今のファンメイには『裏』など知ってほしくないと、リチャードは心の底から思う。
ファンメイにとって切り離そうにも切り離せない『黒の水』との戦いに専念して欲しい。
汚れをしってしまったら、きっと、ファンメイは今みたいな天真爛漫少女ではいられなくなる。
この暗闇しかない世界で、ファンメイのように純真で居られるものがどれだけ居るだろうか。
ぱくぱく、もぐもぐと、ファンメイは次々とご飯を口に運んでいく。
決して早食いという訳ではないが、女の子なんだから少しは落ち着いて食べるべきなのでは…と、リチャードはどうでもいい事を考えていた。
リチャードの心情を全く理解する事無くファンメイは食事を続ける。
本日のメニューはエビピラフとスープとコロッケと千切りキャベツという、取り合わせ的にもメニュー的にもかなりロンドンっぽくない組み合わせだが、便宜上、療養中の身となっているファンメイの立場を考えれば、ある種の病院食という意味に取れなくもない。
そもそも『島』に居た頃は、ファンメイは中国系であるにも関わらずクッキーを良く食べていた訳だから、この世界においての食文化とやらの概念がいかに薄れているものなのかがよく分かる。
というよりファンメイの場合は『食べられるならいい』という思考が大半を占めているのかもしれないけれど。
「んー、今日のは少し味が薄いかな」
食事中であるにも関わらず、口元に食べかすがくっついているにも関わらず、ファンメイは普通に口を開いて夕ご飯の感想を言う。
「食事中に喋るな。それと、お前は何処の料理鑑定人なんだ」
小さく溜息を吐きながらリチャードが注意を促した。最も、何度も見慣れた光景だけに適当に注意している感が強いのは否めないが。
「リチャード先生、こういうのはノリでやる事だよ〜。はふはふ…」
とかいいながら、ファンメイはスプーンで切り分けたコロッケを箸でつまんで口に入れる。
ほくほくしたじゃがいもの食感と、じゃがいもの中に含まれているピーターコーンの甘みが見事にマッチし、素敵な味を生み出してくれる。
因みに、ファンメイは中国系の人間ではあるのだが、基本的に食べ物の好き嫌いはない。和食洋食なんでもござれだ。
食事をしながらリチャードと会話する事十秒が経過した時、隣から物音一つ聞こえてこないのが気になった。
ふと、アルティミスの方を振り向いてみると、両手を膝の上に置いたままのアルティミスが、お皿を凝視したまま微塵も動いていない。
ただただ目の前のエビピラフとスープとコロッケと千切りキャベツとクッキーをじ―――っ、と見つめているだけだ。
「…アルティミスちゃん?どうしたの?」
アルティミスのある意味では予測のつかない行動に対し、ファンメイは頭に疑問符を浮かべる。
ファンメイでなくても、普通の人間ならその行動を不思議に思うだろう。
それからたっぷり五秒の時をえて、やっとアルティミスが口を開いた。
「…え、ええと、これ、どれから食べたらいいの?
やっぱり、このエビさんが入ってるご飯から?」
「…ふぇ?」
一瞬、何を聞かれたのかと思った。
「え…と、アルティミスちゃん?
もしかして、順番どおりに食べないといけないとか思ってたりする?」
不安を感じたファンメイの問いに、アルティミスは無言で小さくこくんと頷いた。
その反応を見たファンメイとしては、苦笑い以外に取るべき選択肢がなかった。
ご飯の後にデザートを食べるというのならまだ分かるが、主食オンリーのこの組み合わせで食べる順番が存在するなんてのはいくらなんでも初耳である。
アルティミスがどうしてそういう考えを持っているかなんて分からないけど、それでも、そんな間違った考えは取り除いてあげなくちゃと思ったファンメイは即座に行動を起こした。
「そうだね…じゃあ、そこの白いお皿に乗っているコロッケから食べてみたらいいんじゃないかな?」
本来ならエビピラフを真っ先に進めるべきなのだが、コロッケは冷めると一気に味が落ちる。よって、一番美味しいと思うものから薦めてみたのだ。
「う、うん……」
返事と同時にアルティミスがスプーンに手をかけたのを見届けてから、食事を再会すべくスプーンを手に取ったファンメイがエビピラフにスプーンを近づけた刹那の事だった。
―――かん、と、金属同士がぶつかるような音が響いた。
「え!?」
その音に驚いたファンメイが隣を見ると、手をグーにしてスプーンを握り締めているアルティミスの姿があった。
スプーンの先端はコロッケの中ほどに深く突き刺さっている。
続けて、アルティミスはスプーンを握り締めたまま手を上に上げた。当然、スプーンはフォークと用途がかなり違うのだから、コロッケはその中央部に穴を開けたまま、持ち上がるわけも無く皿の上に鎮座している。
―――なんていうか、例えて言うならば、暗殺者が獲物の急所を突いて一撃で仕留めた後にナイフを抜き取るさまにとてもよく似ている、というシチュエーションがファンメイの脳内で展開された。
…最も、その後、食事時という場にとってはかなり嫌な例えだったために、ファンメイは一瞬の不快感に襲われたわけだが。
で、ファンメイがそんな事を考えている間にも、アルティミスは動いていた。
なんでこうなるのか分からない、という目でスプーンの先端を見て、首をかしげた後に一言。
「…これ、刺さらない」
「…当たり前でしょっ!なにやってるの!」
アルティミスの予想外の行動に、気がつけばファンメイは叫んでいた。
「!」
怒鳴り声に対してびくっ、と反応した後に、ふるふる、と震えるアルティミス。因みにこの反応、本日三度目である。
また泣き出すのか、と思ったが、今度は泣き出す直前で止まったようだ。
そんなアルティミスの顔を見ていると、口元にちょっとした笑みが張り付くのと同時に、自然と溜息が零れる。
簡単に言うなら苦笑というやつなのだろう。
(はぁ…まるで子供みたい…まあ、わたしがアルティミスちゃんの事『子供』って言える立場じゃないかもしれないけど)
食事の仕方を教えてあげようかな。と思ったファンメイは、アルティミスの持つスプーンに右手を近づけようとして
(…ん、待って、まさか…)
同時に、一つの疑問が脳裏に浮かんだ。
魔法士の場合、外見年齢と実年齢が大きくかけ離れている事はよくあるケースだ。故に、体が大人でも頭の中が子供なケースもよくある。
それと、リチャードの話から、アルティミスが魔法士だという事は知っている。その能力自体は分からないけど、特に知ろうという気にもなれなかったから気にしてなんていなかったのだが。
さらに、エドのように『はい』『いいえ』『エリザ』以外の言葉を知らない子…厳密には知らなかった子だって居る。
もしかしたらアルティミスもその類の子かもしれないと思ったファンメイは、その疑問を質問にして口にした。
「ねー、一つ聞きたいんだけど、いいかな?」
アルティミスは無言でこくん、と頷く。どうやら、さっき怒られたのがまた尾を引いているらしい。よく見ると、ちょっぴり涙目にもなっている。
ちょっとした罪悪感に駆られたが、一応了承は得られたということでファンメイは言葉を続ける。
「…もしかしてアルティミスちゃん、ナイフもフォークもスプーンも使い方を知らなかったりするの?」
そこから一秒ほどの間を置いて、アルティミスが口を開いた。
「な、ナイフとフォークなら使った事あるけど…これ、ど、どうやって使っていいのか分からない…」
アルティミスのその発言に、一瞬だけだが空気が凍った。
ナイフとフォークの使い方を知っていてスプーンの使い方を知らないとはどういうことか、という疑問が真っ先に浮かんだが、今ここでアルティミスに怒っちゃうとまた泣き出してしまうのが目に見えているので、ここは大人しく使い方を教えてあげる事にした。
きっとこの子も、エドと同じような子なんだな。と思いながら。
「…そうだね、スプーンの持ち方も、基本的にはフォークと変わらないんだよ。
だからこうやって持って…」
手取り足取り教えてあげるのが一番かな。と判断したファンメイは、握り方から教えてあげる事にした。
「…こ、こう?」
少し震える右手で、フォークと同じ要領でスプーンの柄の部分を持つアルティミス。その持ち方はどこからどう見ても普通の持ち方である。案外、やれば出来る子なのかもしれない。
「そうそう、やれば出来るじゃない!」
「…そ、そう?」
上機嫌な声で告げるファンメイとは対照的に、スプーンを持つことが出来たアルティミスの表情はそれほど明るくない。
だけど、その顔は間違いなく微笑みと呼べるものである。
(やっぱり、感情を表に出すのが苦手なのかな)
そんなアルティミスの顔を見て、真っ先にファンメイが思った事はそれだった。
同時に一つの疑問が浮かび、ファンメイはすぐさまそれを口にする。
「でもさ、ナイフとフォークを知ってたのに、どうしてスプーンだけあんな持ち方をしたの?
スプーンもフォークも、基本的な持ち方は同じはずだよ」
「…え、ええと…。
スプーンなんて見るの初めてだったから、もしかしたら違う持ち方かも知れないって思って…。
ナイフやフォークは、教えてもらったから分かるけど…」
アルティミスのその発言を聞いた時、ファンメイの中に一つの予測が浮かび上がり、
「…もしかして、初めてフォーク持った時も同じ事したでしょ?」
「はぅ!」
刹那、アルティミスの顔色がHunterPigeonの船体の色を通り越して真っ赤になった。
そのすぐ後に顔を俯かせたあたり、どうやら真っ赤な図星だったらしい。
(すっごく分かりやすい子…)
アルティミスのあまりにも分かりやすい反応によりお腹からこみ上げる笑いを必死に堪えて、ファンメイはもう一つほど聞いてみる事にした。
「…あれ?じゃあお箸は?」
「…おはし?そ、それなあに?」
返ってきた答えも、悪い意味でファンメイとリチャードの期待を裏切らないものだった。
「ナイフとフォークは知ってるのに、スプーンと箸は知らない…か。
お前さん、一体何を食べてたんだ?」
テーブルの上で腕を組み、溜息と共に疑問を吐き出すリチャード。
たっぷりと五秒ほどの沈黙が流れた時、やっとアルティミスが口を開いた。
「…ホットケーキ…とか」
その単語を聞いた瞬間、ファンメイの目がきらきらと光る。
ホットケーキ…それは、ふんわりした記事にたくさんの蜂蜜とバターをかけて食べるととっても美味しい食べ物である。
基本的に水玉とパンダとクッキーが好きなファンメイだが、基本的に甘いものなら何でも好きなのである。
「三食ホットケーキ!?うらやましいなぁ〜」
脳裏にホットケーキの山に囲まれた自分を想像したファンメイの口の端からよだれがこぼれる。
で、それにすぐに気づいたファンメイは、ナプキンでよだれをふき取った。
「ち、ちがうの!」
わたわたと慌てふためくアルティミス。
「違う?違うって?」
アルティミスの発言で我に返るファンメイ。違う、とは一体どういうことだろうか?
「え、ええと…アルティミス、いつもは普通にご飯を食べてたの。そ、その時もフォークとナイフを使っていたけど」
「…なるほど。アメリカ方面なら、フォークで米を食べても不思議ではないな。
というよりは、そもそも白人なら箸を使わんしな」
顎に手を当てて、ふむ、と頷くリチャード。
「あ、そっか。
アルティミスちゃん、確かアメリカ地方の生まれだったんだ。
そんな基本的な事を忘れるなんて、わたし何してんだろー」
「ふぁ、ファンメイさんが気にする事なんてない…と思います。
最初に言わなかったアルティミスが悪かったの…」
で、当のアルティミスはたちまちのうちに泣きそうになる。
「あ、その事ならわたしは別に気にしてないし大丈夫だよ。だから、ちゃんとご飯を食べてね」
話が暗くならないうちに、ファンメイはアルティミスにご飯を食べるように促す。
これまでの会話から判断したところ、どうにもアルティミスには自分が悪いんだと思う傾向があるようだと理解した。で、流石にそれは拙いと思ったので、こうやっておだてないといけないの、とファンメイは思ったわけである。
「…う、うん!!」
ファンメイのその言葉が支えになったらしく、アルティミスの顔にぱぁっと花が咲いた。
その直後に、ファンメイに教えられたのと同じようにスプーンを持って、エビピラフをすくって口元に持っていく。
小さな口でエビピラフを頬張って、咀嚼して飲み込んだ後に一言。
「…おいしい」
ファンメイの方を向いて、小さく微笑んだ。
(…か、かわいい!!)
刹那的に、ファンメイの心の中にそんな言葉が強く浮かび上がる。
くすぐられた母性本能が、パンダのぬいぐるみを抱きしめるのと同じ要領でアルティミスを抱きしめたいと思ったのだが、今は食事中なので流石に自粛した。
「でしょ!でしょ!おいしいでしょ!!
…あれ?ところで、リチャード先生のご飯は?
もしかして最近お腹が出てきたから断食でもしてるの?ダメだよ〜、お酒の飲みすぎは。すぐに中年太りしちゃうんだからねー」
「勝手に人様の腹のサイズを決め付けるな。それに、私の分ならこれから取りにいくところだ」
言いたい事を勝手気ままに言ってのけるファンメイに対し、リチャードはいつもと変わらない切り替えしを行う。
ちなみに、もし今のファンメイの言葉がヘイズに向けられた場合、十中八九、ヘイズが拗ねてそっぽを向くのがいいオチだろう。と、ファンメイはどうでもいい事を考える。
「あーそっか、その小さなローラーつきの箱じゃ二人分しか入らなかったんだっけ?」
「…そ、それってもしかして、アルティミスのせいで…リチャード先生の分を持ってこれなかったの?」
とても心配そうな顔でリチャードを見上げるアルティミス。どうやら、自分のせいでリチャードの分のご飯が無くなってしまったのだと思ってしまったらしい。
その顔からは『ごめんなさい』という雰囲気が見て取れる。気のせいか、大きな真紅の瞳もうるうるしている。これはどう見ても泣き出す兆候だ。
思わず、ファンメイは人差し指で額を押さえた。
さっき笑顔になったと思えばすぐにこれである。本当に子供だ。
同時に、アルティミスを安心させないといけない、と、リチャードも思ったらしい。
「ああ、それは無いから安心したまえ。
それよりも、お前さんは自分の分をきちんと食べる事だ」
と、アルティミスを気遣う言葉を選んで発したようだ。
「…良かった」
ほっ、と胸をなでおろすアルティミスの姿。
「それでは、行ってくる」
そんなアルティミスの姿を見た後に、リチャードは踵を返した。おそらく、これならもう大丈夫と踏んだのだろう。
「いってらっしゃーい」
「あ…いってらっしゃい」
ファンメイとアルティミスの声援を背中に受けて、リチャードが部屋を後にした。
「…さあ、まだまだあるからたっぷり食べてね」
「…うん!」
部屋に残された二人の少女。
片方は笑顔で、片方は小さく微笑んで向き合っていた。
(…やはり、そういう事なのか?)
二人の居る部屋を後にして、廊下を歩きながらリチャードは考えていた。
一つは、アルティミスがフォークとナイフを使えてどうしてスプーンを使えないのか。という点について。
もう一つは、アルティミスは一体どんな生活を送ってきたのかについて。だ。
それらの記述は、ヘイズからの手紙にも書いていなかった。
(――いや)
そこまで考えて、リチャードは感づいた。
ヘイズはそれらの記述を書いてないのではなく、書けなかったのだろう。
おそらく、仮に、というかあの状況下ではあの手紙はファンメイに読まれる事を前提として書かれたに違いない。
で、いざファンメイに読まれた際に、その裏に隠されている『何か』に気づかないようにする為に、こんな面倒な事をやってのけたのだろう。
だが、ファンメイが手紙を読まずに済んだというのが、さまざまな偶然と状況によって導き出された今の状態だ。
…となると、あの手紙は、元々からファンメイも読む事を前提に書かれたのではないだろうか。今のこの状態は、ヘイズの想定したものとは違うものになってしまっているのではないのか、という懸念を感じる。
(読ませるべきだったのか…ファンメイに)
今更ながら、リチャードは考える。
状況が状況だったとはいえ、やはり、あの手紙の内容は少なからずしてファンメイに関係することだ。
ちなみに手紙自体が偽者であるという可能性も一瞬考えたのだが、あの手紙にはヘイズ直筆のサインが書いてあったために、あの手紙が正真正銘ヘイズの元から届けられたものと見て間違いは無い。
…だが、今、ファンメイにあの手紙を読ませて本当にいいものなのだろうか。
もしかしたら、このまま真実を知らずにずっと平和に過ごせるのではないのか――リチャードの脳内にはそんな考えが展開された。
(…駄目だ。甘すぎる考えになど走れん!)
しかし、その考えは頭を振ったリチャードによってすぐに打ち消された。
なんとも言えない嫌な予感がする。
やはり、ファンメイには『あの事』だけについてでも知ってもらわなくてはという思い。
しかしながら、今、説明したところで返って混乱を招くだけだ。
(そうなると…タイミングを見はからなくてはいけないな。そして、それは今ではない。
だが、いつかは絶対に口にせねばならん)
軽く息を吐いて、その系列の思考をカットした後に、少しでも気分を紛らわせるためにポケットから煙草を取り出し、食事の前に喫煙所へと向かった。
―――コメント―――
こんにちは。『少女達は明日へと歩む』の三話目をお送りいたしました。
今まで一介の書き手の癖にまともな食事シーンを書いたことがないのに気づいて、それが結構致命的だと思ったんです。
WBにおいて食事のシーンは大事だと七祈さんも言ってた事ですし。
という訳で、今回はお食事のシーンがメインです。
そんなシーンの筈がちょっとした事件になっちゃってますけど、まあその辺はご愛嬌で。
本編でもファンメイが嫌いな食べ物を口にしなかったっていう描写が無かったために、好き嫌い云々の話は出さない事にしました。
ちなみに、アルティミスの嫌いな食べ物はたまねぎだったりします。
でもにんじんは大丈夫です。と、どうでもいい事を言ってみたり。
現実問題、にんじんが嫌いって子は意外と多いらしいですがなんでなんだろうかと思う私。(にんじん大好き)
それでは、また次回に。
画龍点せー異