少女達は明日へと歩む
〜It doesn't cry indefinitely〜






















ファンメイとエドと思う存分歌った後に、アルティミスは自分の部屋へと、厳密には自分達の部屋へと戻ってきた。

アルティミスはふわふわとしてやわらかいソファに腰掛ける。

ファンメイも腰掛けようとしたが、「あ、もうこんな時間、ご飯頼んでくるね」と言い残し、立ち上がった。

アルティミスも脳内時計を起動してみたところ『午後5時25分17秒』という反応が返ってきた。

その間にも、ファンメイは入り口近くにあった白い端末を掴んでスイッチらしきものを押し、サービスセンターへのコールを鳴らす。

ちなみにその後、連絡が繋がると同時に『えーとね、今日の御飯についてなんだけど…え?既に決まってる!?ちょっとちょっとそんなの聞いてないわよ!!…いいから変更して!!だーかーらー、ちょっとやりたい事があるの!!』などと、コールセンターの向こうの担当と口先勝負を開始していた。

そんなファンメイの様子を、アルティミスは後ろから黙って見つめる。どっちかというとあまりよろしくない事をやっているという事は理解できるのだが、アルティミスにはそれを指摘する勇気なんてなかった。

それと同時に、脳内ではいろんな感想が飛び交っていた。














―――嬉しい。





                                                ―――気持ちいい。



                                  ―――面白い。



  ―――幸せ。



                    ―――楽しい。




                                          ―――ここに居たい。



                                               









片言ではあるが、主に飛び交っていたのはそれらの単語。

長時間歌い通したために喉が痛かったものの、アルティミスの心の中にあったのはとても晴れやかな気持ちだった。

これほど歌ったのは…というよりも、歌った事自体が生まれて初めての事だった。

歌う事すら与えられなかった今までの生活では、歌というものに全くと言っていいほど縁が無かった。

テーブルの上に置いてあった、ハムスターの描かれた白いカップを手に取る。つい先ほど、ファンメイが準備してくれたものだ。

中身を口に含み、こくんこくんとゆっくりと飲んでいく。

何の変哲も無い蒸留水だったが、それでも、歌い疲れた喉にはとてもおいしいものに感じられた。

カップの中身を全て飲み干し、再びテーブルの上に置く。

見れば、ファンメイは未だにコールセンターと何かを相談している。

「ええっとね〜、シューマイとラーメンと〜」

…その単語から、夕御飯のリクエストだということが聞いて取れた。

どちらも中国料理だが、ファンメイが中国系の人間だという事を考えれば当然ともいえるメニュー選択だった。

ちなみに、ファンメイが中国系の人間だという事をアルティミスに教えてくれたのは…今遠く、シティ・マサチューセッツに居る筈の『彼』だ。

アルティミスの為に、危険を省みずにこの計画を立ててくれた『彼』。

『彼』の事を思い出すと、とても感謝しきれない思いが心の中を包み込む。

今のアルティミスがあるのは『彼』のお陰に他ならないのだ。

―――この事を思い出すと涙が出そうになるが、我慢する。

いつまでもぐずぐずと泣いてなんていられないと、昨日、寝る前に心の中で決意したのだから。今まで何度も、泣いてばかりじゃなにも変わらないって分かっていても変わることが出来なかったけど、でも、今は変わらなければならない時だと思ったのだから。

今のアルティミスは、あそこに居た時とは違うのだから。

「アルティミスちゃーん!わたしのメニューは決まったよ〜!
 で、アルティミスちゃんは、何か食べたいのある?」

「…え?」

―――考え事をしている最中に、突然、ファンメイから声がかけられた。

アルティミスが顔を上げてファンメイの顔を見ると、ファンメイの顔はとっても嬉々としている。きっと、自分の要求が通ってとても嬉しいのだろう。

それを理解した時点から今のファンメイの質問の意味を考え始めたので、理解するのに時間を要した。

で、アルティミスが脳内思考を用いて結論に至る70パーセントのあたりでファンメイが痺れを切らしたらしく、再び口を開いた。

「だから〜、アルティミスちゃんの好きな物を頼んでもいいって事。はい!これメニューね。一品だけ好きな物頼んでいいって。
 …って、よく考えたらメニューはこれしかないんだから、アルティミスちゃんがメニューを分かるわけが無いんだよね…わたしったら何やってるんだろ〜」

最初こそ威勢のいい口調だったが、途中から己のやらかしていた事に気がついた為、ファンメイの勢いが急に衰えた。

左手を後頭部に回し、えへへ、と小さく舌を出して頬を赤くしたファンメイは、透明なプラスチックの板みたいなものを持ってきて、アルティミスに差し出した。

はぁ、という声を上げて、アルティミスは渡されたメニューをまじまじと見つめる。

その中には様々な料理が映っており、どの料理もとてもおいしそうなものに見えた。

お肉をメインとした料理も、野菜をメインとした料理も、麺類をメインとした料理も、みんながみんな『私を食べて』と言っているように聞こえる気すらした。

思わず口の中に涎が溜まってきたが、それを飲み下す。ましてや、口元から涎をたらすなんてレディ失格だ、という言葉の元、我慢する。

――因みにそれは『彼』の弁だったりする。

「ど、どれにしよう…」

メニューを見ただけで襲ってくる『私を食べて』という言葉を何とか無視し、目の前にあるメニューの中でどれを選ぶのかという事に頭を集中させる。

「…いや、そこまで見入らなくてもいいと思うんだけど…」

メニューを選ぶという初めての事で気合が入ってしまい、あんまりにも真面目にメニューに見入っていたためか、ファンメイからややあきれた口調で指摘がとんだ。

一瞬頬が赤くなって我に返る。心を落ち着かせて、再び、ゆっくりとメニューを見回していく。

お肉類はあまり食べる気がしないので、それなりに野菜を使っていそうなものを頼む事にした。

五目御飯、五目うどん…何故か日本食が異常に多いが、それはこの際気にしないことにする。きっと、世界の様々な料理を取り揃えていると、そう思う事にした。

そして悩む事三分、アルティミスは決意を決めて、一つのメニューを指差した。

「じゃ、じゃあ、これ…」

アルティミスが指差したのは、白い器に入っている、マカロニやにんじんなどが混ざっている、白くて柔らかそうな料理。

そのメニュー欄には『グラタン』と書かれていた。

「へぇ〜、やっぱりそういうおとなしめなお料理を選ぶんだね」

顎に手を当てたファンメイが、ふんふんと頷いた。

「…や、やっぱり、って?」

「あ、ううん。なんでもないの。
 アルティミスちゃんらしいなって思っただけなの」

…アルティミスらしい、という事の意味を理解するのに少々の時間を要した。

思考を重ねた結果、ファンメイは『アルティミスの性格がそのまま料理を選ぶ基準になっている』と言いたいのだろうという結論に達する。

…で、それと同時に、ファンメイが最初に言った事を思い出した。

『一品だけ好きな物頼んでいい』――つまり、グラタン以外のものは頼めなくなると言う事だ。

そして今、アルティミスの目の前で開かれているメニューのページは『食後のデザート』というところ。

で、アルティミスの目線の先には、きつね色に焼けていて、バターと蜂蜜がたっぷりとかけられたおいしそうなホットケーキの姿があった。

…もちろん『食べたい』と思った。だけど、そうなるとグラタンとの二者択一になってしまう。

メニューを見つめて、頭の中で『どっちにすればいいの』と考えていると、その様子を不思議に思ったらしいファンメイからの声がかかる。

「んー?どうしたのアルティミスちゃん。なんだか、凄く考え込んじゃって」

顔を上げると、そこには、口元に左手の人差し指を持ってきて、不思議そうにアルティミスの姿を見つめるファンメイの姿。

へんに疑問を持たせては拙いと判断したアルティミスは、正直に告げる事にした。

「…ほ、ホットケーキの事、どうしようかなって思ってたの。
 でも、一つだけだから、我慢しようかなって…」

だが、それと同時に喉の奥から涎がせりあがってくる。やはり体は正直なようだ。

で、それを聞いたファンメイが『なーんだ』と一声。

「だったら、デザートって形で頼めばいいのよ。
 食後のデザートって言う形なら、余裕で通る欲求だって!」

「ほ、本当にいいの?」

思わぬファンメイの助言に、はじかれた様に声をあげるアルティミス。

「いいのいいの!シティのエネルギーを使えば簡単に作れるんだから、遠慮しないで!
 それに、まだアルティミスちゃんの歓迎会もしてないじゃない!だから、こういうのもたまには許されるって、わたしは思うの!」

「え?か、歓迎会?」

聞きなれない単語に、ますます混乱するアルティミス。

脳内のデータベースにアクセスして調べてみたところ、『歓迎会…組織に新しく加わった人を歓迎する、という名目で開催される集まり』という答えが返ってきた。

つまりがお祝いの一種なんだという事を、脳内で理解した。

―――お祝いなんて、初めての事だった。












「じゃあ、頼んでくるねー!」

言うが否や、ファンメイは先ほどのコールセンターへの連絡用端末へと向かって即座に駆け出した。

(ファンメイさん…ありがとう…)

その背中を見送りながら、アルティミスは心の中だけで感謝の気持ちを送る。

そう―――ファンメイは、優しい。

仲介をしてくれた人が居るとはいえ、会ってからまだ三日しかたっていないアルティミスを信じてくれている。そして、歓迎会なるものまで開いてくれるというのだ。

(でも…アルティミスは…)

――故に、それと同時にちょっとした罪悪感に襲われる。

そう――――今の今までアルティミスは、自分の口から『アルティミスが魔法士である事』を一度たりとも口にしていないのだ。

そして、ファンメイやリチャードはきっとその事を知らないんだと、アルティミスは思っている。

だから、アルティミスはファンメイやリチャードを騙してしまっている…そう考えると、自然に顔がうつむいてしまう。

「お待たせー!
 …って、アルティミスちゃん?どうしたの?急に俯いたりなんかして」

が、俯くのも時と場合による。

目の前にファンメイが戻ってきていた事を、ついうっかり忘れていた。

「あ、あ、な、なんでもないの…そ、それでお願いっ」

思わず慌ててしまい、わたわたと両腕を上下に振ってしまう。

その為、今の発言が明らかに的外れなものであったと気づくのに、二秒ほどの時を必要とした。

心拍数が高なり、恥ずかしさで頬が一気に赤くなるのが、アルティミス自身にも実感できた。

「あはは、そんなに慌てなくてももう頼んだし、夕御飯は逃げないってば。
 だから、落ち着いて、ね?」

無邪気な笑みを浮かべたファンメイの顔。

そんなファンメイとは正反対に、心の中が恥ずかしさでいっぱいになってしまったアルティミスは「はぅ…」と小さく唸りながら俯くしかなかった。

もちろん涙目になってしまっていたが、この時ばかりはそれに構っていられる余裕も無かった。














【 + + + + + + + 】














「じゃあアルティミスちゃん、夕御飯の方は頼み終わったから、何かお話でもしよっか?」

コールセンターとの連絡を終えたファンメイは、アルティミスと一緒にソファに座って、アルティミスに笑顔を向けている。

何とか気持ちを落ち着かせて普段の調子に戻れたアルティミスも、ファンメイの顔を見返した。

「で、でもファンメイさん、お話って…な、何を話せばいいの?」

そういう質問をされると、アルティミスは困ってしまう。

この数日間でわかった事だが、アルティミスには他人に話せそうな事が殆ど無いのだ。

何より、アルティミスには、自分の過去を他人に話す気には、どう頑張ってもなれそうになかった。

それは、思い出すだけで辛い事なのだから。

「うーん、そうだね〜。
 じゃあ、わたしからお話しするから、ゆっくり聞いてね」

「う、うん」

小さく頷くアルティミス。

ファンメイはどこか遠くを見るような目で、ゆっくりと語り始めた。











「―――わたし、アルティミスちゃんが来てくれて、本当にうれしいんだ」











「…ふぇ?」

いきなり過ぎて、何を言われたのかの理解が一瞬遅れた。

アルティミスの顔を見ながらも、ファンメイは続ける。

「わたしの病気の事は知ってるよね。
 その内容までは明かせないけど、それでも、わたしは病気を持ってるんだ。それも、一生治りそうに無い病気。
 つまり、今のわたしの体は、いつ壊れてもおかしくないの」

そんなとんでもない内容を、ファンメイは笑顔で告げた。

もちろん、その笑顔は周りを心配させないための偽りのものだって事を察するのは容易だった。

「…」

アルティミスは何も言えない。否、とても何かを言えるような雰囲気では無かった。

ファンメイが過去を語っている―――それはつまり、誰かにその思いを聞いてほしいという事――そして、ファンメイがアルティミスを信頼していてくれているという事なのかもしれない。信頼している相手でなければ、そのような大切な事を口に出したりなんてしないからだ。

…実は、ファンメイの病気の内容をアルティミスは知っている。だけど、ファンメイはその事実を知らないだろうし、ましてや、それを口に出すなんてこと、出来る訳が無い。

だから、アルティミスに出来る事は、黙って話を聞くことだけだ。

「なんでこうなったのかなんて、かみさまがこんな風にわたしを生み出した理由なんて、今になっても分からないんだ。
 いつ来るか分からない『終わりの時』を前にしたら、わたしはどうなるのかなんて予測もつかないし、考えたくも無い。
 だから決めたの。たとえ、わたしの体が病気に負けちゃったりしても、その時に悔いの無いように生きようって」

いつものお転婆なファンメイからは想像もつかないような、静かな声。

否、きっとこっちがファンメイの内面なのだろう。

いつもお転婆にしているのは周囲に迷惑をかけたくない為――それはまさに、ヘイズが言っていたとおりだった。

「わたしの周りにはね、私と気軽に話せそうな子がエドしか居なかったんだ。
 他にもお友達は居るけど、今、何処に行ってるかわからないから、実質的にはエドしかいないの。
 だから、二人で歌を歌っている時とか、物凄く楽しかった。一人じゃないって事を実感できる、とても幸せな時だった」

目を瞑って、ファンメイは心のうちを語る。

「…」

知らずのうちに、アルティミスは俯いていた。

ファンメイの気持ちが、アルティミスには分かってしまったから。

一日のうちに少ししかない『一人ではなくなる時』―――以前のアルティミスもまた、故あってそれの体験者だったのだから。

そして、近くで話を聞いていたアルティミスには、ファンメイの口調の違いが聞いて取れた。

―――すなわち、その声に悲しみが彩られていくという事に。

「でも、エドは遊べる時間が限られているから、エドとの楽しい時間が終わったら、わたしは一人ぼっちに戻っちゃうんだ…だから、寂しかったの。
 もちろんリチャード先生だって居てくれるけど、リチャード先生は研究で忙しくてなかなか会えないの」

ここでファンメイは一呼吸を置く。

そして、次の瞬間、今まで暗かったはずの口調がかなり明るくなった。

「…でも、今はもう違うんだ。だって、アルティミスちゃんが居てくれるんだもの」

「…あ、アルティミス…が?」

――そこで自分の名前が出てくる事が、アルティミスにとってはとても意外だった。故に、思わずきょとんとしてしまう。

「だからわたし、もう。一人ぼっちじゃない。
 だって、アルティミスちゃんが居るんだから。
 今なら、ヘイズがアルティミスちゃんを送ってきてくれた理由がそこにあるって分かる」

「―――ファンメイ、さ…」

ん、と続けようとして、入り口付近で何か音がした。

その音は呼び鈴のそれであり、ドアの向こうからは『夕食が出来たぞ』という、聞きなれた声。

言わなくても分かるであろう、リチャード・ペンウッドの声。

「――あれ?もう来たんだ」

先ほどまでのしおらしさもどこへやら、ファンメイはすくっと立ち上がり、扉へと早足で駆けていった。

数秒間のやり取りの後、ドアが開かれ、見慣れた人物が姿を現した。

トレイには二人分の食事が乗せられており、そのどれもが作りたての証拠である湯気を立てている。

「うわーい。おいしそー!
 でもでも、なんでこんなに早いの?」

上目遣いにリチャードを見上げるファンメイ。

「客人が居るならば、遅れるわけにはいかないからな。
 しかしまあ、お前もまた無茶な要求をしてくれるものだ…私の権限なしでは、こんな事は到底実現不可能だぞ」

ふう、と軽く溜息を吐くリチャード。おそらく『お姫様』の頼みとはいえ、職権乱用をしている事を気にしているのだろう。

「権限は乱用するものなの!」

で、リチャードの苦悩なんてなんも分かってないのが一人。

「お前が言うか。
 まったく、ファンメイにもこっちのお姫様のおしとやかさを少しは見習ってもらいたいものだ」

当然ながらリチャードは鋭く切り返す。しかも何気にアルティミスの事を話題に出して、だ。

「…えっ?」

アルティミスは自分でも気づかない内に、驚きの声をあげていた。

他人に話題にされた事の無かったアルティミスにとっては、それはとても新鮮な事だった為だ。

で、気がつけば、ちょっとだけ高鳴る心臓を押さえながら、赤く染まるほほを押さえてしまっていたのであった。













「うーん、おいしそ――っ!!」

ラーメンシュウマイを目の前にし、と右手に箸を、左手にれんげを持って、ファンメイはばんざいをするようなポーズで喜びを体現する。とびっきりの笑顔は間違いなく心の底からのもので、見ていて癒されるものであることは間違いない。

アルティミスの目の前にもグラタンが運ばれてきた。ホットケーキはデザートとして後から届くらしい。

目の前でトレイの上に置かれたグラタンを見た瞬間、アルティミスのお腹が『くるるるる…』という小さな音をたてた。

「はぅ」

言いようのない恥ずかしさとともに、思わず赤面して俯いてしまう。お腹の音はどうがんばっても消す事なんて出来ないって分かってはいるけれど、それでも、やっぱり恥ずかしいものである事には変わりは無い。

「……」

四秒ほどの時間を空けて恐る恐る顔を上げると、ファンメイは何も言わず、そんなアルティミスをにこにことした笑顔で見ている。おそらく、この三日間で『その事』が分かってしまったのだろう。

アルティミスの心の中には、ファンメイが自分の事を理解してくれたという嬉しさが半分、後の半分は恥ずかしいと思う気持ちでいっぱいだった。

「さ、食べて食べて」

そういいながらも、ファンメイはシュウマイをお箸でつまんで口に入れた。

「う、うん」

フォークを手にとって、グラタンのマカロニ部分に突き刺す。

フォークを持ち上げると、湯気と共に白いとろみを含んだふわふわしたものがくっついてきた。

そのまままっすぐに口元へと運び、一口。

それを見たファンメイが「あ」と口を開けたが、時既に遅く、アルティミスは口の中にグラタンを含んでいた。

で、出来たてのグラタンがとっても熱いものだなんて、この時のアルティミスが知る由も無く、

「〜っ!!はふ、あふ、はふ〜っ」

ふわふわした口どけと同時に口の中には予想以上の熱さが広がり、口をしきりに動かす羽目になった。

心のそこからおいしいと思える味と、口に中に広がった熱さの為に、アルティミスの目じりに涙が浮かぶ。

「わわっ、やっぱり〜」

驚きの声は、無論ファンメイによるものだ。

「もう、グラタンは逃げないんだから落ち着いて食べていいんだよ〜。
 …まあ、説明しなかったわたしも悪いかもしれないけど」

そう言って、ラーメンを食べていた真っ最中のファンメイは、カップに入ったお水をアルティミスへと差し出す。

アルティミスは無言で…というより喋るどころではない状態でコップを受け取り、そのまま水を一気に飲み干す。

ぷう、と軽く、安堵の息を吐く。

「どうだった?おいしかった?」

笑顔で感想を聞いてくるファンメイ。なんというか、感想を聞きたくてうずうずしてしょうがない…というのが見て取れた。

無論アルティミスからすれば、この状況下で嘘なんてつけるわけがなく、ただ正直に答えるのみ。

お口がちょっとだけひりひりするけど、それでも答えた。

「―――あ、熱かった…けど、おいしい…」

ファンメイの顔に、ぱぁっと花が咲いた。







フォークにとってグラタンにふーふーと息を吹きかけて少し冷ます事により、ちょうどいい熱さで食べる事が出来るとファンメイに教えてもらった事により、その後は先ほどの失敗を繰り返すことなく食を進める事が出来た。

ちなみに、ファンメイはラーメンを食べている都合上『早く食べちゃわないと麺が伸びちゃうの』との事らしく、かなり急ぎのペースラーメンを食していた。その代わりという訳か、伸びる心配の無いシュウマイとやらはかなり味わって食べていた。それも、とてもおいしそうに、一口一口ごとの味をかみ締めるように。

そういうわけで、自然と食事の進行にスピードの差が出るのは仕方の無い事だと言えただろう。ファンメイが食事を終えた時には、アルティミスのグラタンがまだ三分の一ほど残っていた。

しかし、ファンメイは急ぐでもなく、アルティミスがグラタンを食べるところをじ〜っと見つめていた。それも、凄く嬉しそうに。

―――正直な話、凄く恥ずかしい気持ちになる。

耐え切れなくなり、つい食事の手を止めて口を開いてしまった。

「あ、あの、ファンメイさん…」

「ん?なぁに?お水?」

「う、ううん…み、見られていると恥ずかしくて食べれないの…」

小さな声で、上目遣いに告げる。

その言葉を聞いたファンメイははっと顔を上げて、

「あ、ご、ごめんね!
 わ、わたしお水汲んでくるから!」

即座に立ち上がり、部屋の中の給水所へと駆け出した。

ちょっと悪い気もしたが、あのままでは思うように食が進まなかったかもしれない。

(ファンメイさん、ごめんね…)

一秒ほど考えて、アルティミスは心の中だけでファンメイに対して謝っておく事にした。







それから五分間の時をかけて、アルティミスはグラタンを完全に食す事が出来た。

それと同時に、デザートである追加オーダーのホットケーキが届く。

ナプキンで口の周りを拭いてから、いよいよデザートであるホットケーキにとりかかる。

アルティミスにはこのホットケーキに対しかなりの思い入れがある。

『外』に出た時、初めて食べたのがこのお料理だった。

今まで自由に外に出ることなんて叶わなかったアルティミスにとっての、初めての外出。

そして、アルティミスを外に連れて行ってくれたのは、他ならぬ――ルーウェン・ファインディスアという人物。

シティ・マサチューセッツでの、アルティミスにとっての唯一の味方だったといえる人。

旗から見るととっても冷静な人だけど、その内面はとても優しい人。

因みに、その時ルーウェンに言われた言葉が『ホットケーキは卵と適量の水または牛乳を入れ、混ぜることで、生地がすぐに出来上がるようになっている便利な料理だ。また、このときバニラエッセンスを数滴加えることで香りもよくなるらしい』である。

また、多くの国・地域では朝食として食されることも多いとか。

普段はとても冷静なのに、ちょっと照れながらそんな事を説明するルーウェンの姿が、とても意外であったが故に印象に残った。

尚、お供としてバター・マーガリンやメープルシロップ・キャラメルソース・蜂蜜・ホイップクリームなどをかけて食べることが多いらしい。

が、ルーウェンはバターと蜂蜜の組み合わせを選んだ。その組み合わせは正解で、それ以来、絶対に忘れられない味だと思った事は、絶対に忘れない。

もちろん、アルティミスとしてはそれ以外の組み合わせも試して見たいと思っている。が、ここはやはりルーウェンに教えてもらった組み合わせを再現した。

そしていざ、ホットケーキの一切れを口に含むと―――、














(あの時の…味)













目を瞑り、思いと感慨にふける。

涙が出そうになったが、何とか堪える。

自由に街を歩く事の出来たあの日に、ルーウェンが教えてくれた味と、何一つ変わらない味―――。

「ああもう、お口にはちみつ付いてるよ〜」

感動に浸っていると、横からそんな声。

ファンメイに指摘して初めて、アルティミスは口元に蜂蜜がついていることに気がついた。

「拭いてあげるね」

そう言ってファンメイはナプキンを手に取り、アルティミスの口の周りについた蜂蜜をごしごしとふき取る。

「ふぁぅ」

口元を拭われた為に「はぅ」が変な発音になってしまったが、別段気にはならなかった。

心の中が幸せでいっぱいだった今のアルティミスなら、尚の事だった。












【 + + + + + + + 】












そして、就寝時間が訪れた。

昨日と同じく、ファンメイが下に、アルティミスが上のベッドに寝る。

ファンメイ曰く『わたしそんなに寝相悪いのかなぁ』だそうだ。つまりが、リチャードがファンメイを下のベッドにした理由はそこにある。

リチャード曰く『二段ベッドの上のベッドにファンメイを寝かせたりなんかしたら、いつ落っこちてくるか分からない』とぼやいていた。

当然ながらファンメイは憤慨したが、その後リチャードに『前にソファで寝て寝返りを打ってソファから落ちて、テーブルに体をぶつけて、テーブルに乗っていたコップを倒してびしょ濡れになったのはどこの誰だ』と鋭い指摘を喰らい、流石のファンメイも対抗手段を失った。

そして今、ファンメイは下のベッドに寝付こうとして

「…あ、そうだ!」

布団に入る直前に独り言のようにそんな事をぼやいたファンメイだったが、何かを思いついたようにぽん、と右手の拳で左手をたたく。

そのリアクションには、頭の上に豆電球が浮かんだという比喩が最もしっくり来るだろう。

―――その次の瞬間、とんでもない事をあっさりと言ってのけた。













「―――アルティミスちゃん!一緒に寝よう!!」














「…え、え、えええっ?」

一瞬、ファンメイの言った事が理解できず、アルティミスはただ戸惑うばかりだった。












「…ふ、二人とも入れた」

「へぇー、このベッド、意外と大きいんだ」

案ずるより生むが安し。やたらと考えるよりも、行動したほうがうまくいくケースもあるという諺である。

元々は一人で寝るために作られたベッドだったのだが、ファンメイもアルティミスも小柄なほうだったせいか、二人で一緒の布団に入ってもまだ十分に隙間があった。

こうしていると、お布団で眠る事の出来ないエドが可哀想だと思う。思ってもしょうがないことだって分かってはいるのだが、それでも思わずにはいられなかった。

上から見てファンメイが左側に、アルティミスが右側に横になる。

因みに、枕はアルティミスにあてがわれたのを持参してきた。枕一つでは流石に小さすぎる。

「ねえアルティミスちゃん…前からひとつ聞きたいことがあったんだけど…」

布団に入ってから三分が経過した時、ファンメイから話しかけられた。

「うん、な、なぁに…?」









「―――アルティミスちゃんに、お友達って居たの?」









「―――っ!!」

予測だにしていなかった質問。それ故に、アルティミスは反射的に息を呑んでしまう。

少しばかり目を見開いた驚きの表情を隠す事が出来ない。

心臓がどくどくと高なり、動悸もちょっと荒くなる。

だが、ここで黙っていてはファンメイにいらぬ疑問を持たれかねない。

すうっ、と小さく息を吸って、覚悟を決める。何も悪戯がばれて怒られる子供ではないのだ。思うがままを、でも、ある程度の匿名性を持たせた言葉を使えばいい。

『彼』――ルーウェンの名前を明かすのには抵抗があった。

だけど、大丈夫なはずだと脳内で決め付け、アルティミスは口を開く。

「う、うん…一人の、男の人がいたの」

敢えて本名は明かさなかった。

ルーウェンからも自分の事は明かすなとは言われていないし、それにルーウェンは『危なくなったら絶対に駆けつけてやる』と、そう約束してくれた。

だけど、それでも、そうそう簡単にルーウェンの名前を明かすわけにはいかなかった。もしかしたら、このシティ・ロンドン内部には、その名前を知っている人が居ないとも限らない。そこから情報がばれたら、きっととんでもないことになる。

そういった考えがあったが為に、アルティミスはこう言わざるを得なかった。

で、その結果、ファンメイはアルティミスが予想しえなかった行動に躍り出てくれた。

「男の人!?
 ねえねえ!それってアルティミスちゃんの恋人さん!?
 どんな人?かっこいいの?年上?年下?」

大きな目をきらきらさせて、まるでマシンガンのように質問の雨嵐を振りまく。

それと同時に、布団から両手を出して、アルティミスの両肩をつかんで振動を起こす。

「あ、うぁ、や、やめて…」

これぞまさしくマシンガントーク。相手に反撃の隙を与えない絶対攻撃。

が、やっぱりアルティミスはそういう行動に出られると本当に弱いわけで、加えて、体全体が軽くシェイクされる感覚に耐え切れず、やっぱり涙が出そうになる。

ファンメイの方でも今までの経験を思い出したのか、ぴたっ、とその手を止めた。

「あ、ごめん…そうだったね」

たちまちのうちにばつが悪そうな顔をするファンメイ。

だが、今のアルティミスは違った。

心の中では、泣かない、泣いちゃったらまた繰り返しになる…そんな思いが渦巻いていた。

故に、凛とした表情で告げた。

「あ、アルティミスがいつも泣いてたら、その度にファンメイさんに迷惑が掛かっちゃうの…。
 だ、だから、アルティミス、なるべく泣かない…の」

ぽかんとした感じの表情で、ファンメイはアルティミスの顔を見つめた。

「…ど、どうしたの?ファンメイさん?」

その言葉で、ファンメイが我に返る。

「ううん。
 アルティミスちゃんの口からそんな言葉が聞けて、ちょっとびっくりしたの。
 アルティミスちゃん、此処に来てからいろんなところで泣いちゃってるじゃない。
 わたしのせいもあるかもしれないけど…」

ここで、ファンメイは一旦言葉を切る。

そして、深呼吸の後に再び口を開いた。

「…でも、それ以外にも、きっと、色々とつらい事があったんでしょ?
 わたし、知ってるんだ。
 ――アルティミスちゃんが、人前じゃないところで泣いてるって」

「っ!」

どきり、と心臓が高鳴る。図星だった。

確信を突いた、ファンメイの言葉。

ファンメイの言うとおり、アルティミスは人前ではないところで泣いていた。

トイレに隠れたり、洗面所で顔を洗う時、誰も居ないのを確認してから泣いていた。

だけど、みんな、それを知っていた。けれど、誰もそれを言ってくれる人は居なかった。みんな、アルティミスを気遣ってくれていたのだ。












「それにね…アルティミスちゃんは黙ってたみたいだけど…わたし、ううん、わたし達は知ってるんだ。
 ―――アルティミスちゃん『魔法士』なんでしょ?」










今度こそ、アルティミスは息を飲んだ。

アルティミスが何とか秘密にしてきた事が、実は、ファンメイ達にはとっくにばれていたのだという衝撃。

それと同時に、『ファンメイ達がアルティミスの事をどこまで知っているのか』という疑問が心の中から湧き上がる。

だが、その疑問は次の瞬間に氷解。

「…でも、わたしはそれ以上は知らないよ。これは、本当に本当だからね。
 ヘイズから言付けられた手紙には、アルティミスちゃんが魔法士だって書かれてた。それだけだから」

「…」

安堵感と同時に、なんだかよく分からないもやもやが心の中に残る。

アルティミス自身、そのもやもやの正体は分かっていた。

『ファンメイやリチャードに隠し事をしている』―――その罪悪感が、尾を引いているのだから。

「敢えてその事を言わなかったよ。だって、アルティミスちゃんに無理強いなんてさせたくなかったから。
 ううん、わたしだけじゃない。リチャード先生もそれを分かってる。
 …ねぇ、お願いだから、正直に答えて。
 言いたくない事があるなら言わなくてもいいよ。けど、ここに来る為にはどういう事があったのかって事だけ、聞かせてほしいの」

ファンメイの真剣な目つきが語る、真摯な思い。

そうこられては、アルティミスにはそれを断る理由も術も何も無い。

だから答えた。素直に答えた。

ここまで自分を気遣ってくれる人に、今の今まで一人しか出会ったことがなかった。

この人達なら、信じられる―――その思いと共に、アルティミスは口を開いた。

「…アルティミス、は…」

ここで一呼吸置く。

思い出すだけで涙が出そうになるが、心の中で抑えて言葉をつむぐ。

泣かないって、決めたんだから―――その思いがアルティミスを奮い立たせる。

「…ば、場所はいえないけど、研究所に居たの。
 …ふぁ、ファンメイさんにも、リチャードさんにも、アルティミスが魔法士だって事を喋らなかったのは、ファンメイさんもリチャードさんも巻き込みたく…ば、なかったから…」

今の言葉は、八割がたが真実。

ファンメイやリチャードを巻き込みたくないのも、研究所に居たのも事実。

だからこそ『こんな事なんて言えない』という思いが、アルティミスの発言にリミッターをかかる。

何より、ファンメイは、言いたくないなら無理しなくてもいいと言ってくれた。だから、その言葉に甘えさせてもらおうと思う。

「…」

ファンメイは何も言わない。ただ、黙ってアルティミスの話を聞くだけ。

「…アルティミスはそこで、実験を受けていたの。
 暗くて、辛くて、寂しかったの。
 で、でも、泣いても誰も助けてくれなかった。冷たい目で見られて、ただの実験動物としてしか扱われなかったの…」

「…」

それを聞いても尚、ファンメイは何も言わない。

アルティミスの心の中では、あの時の辛い気持ちが蘇る。

心の中では『泣かないもん』という感情を奮い立たせるが、それでも、やっぱり本当の気持ちには勝てない。

「だ、だけど、そんな時に、ルーウェンさんがアルティミスを助けてくれたの」

―――ルーウェン。

その名前を、今、初めて他人に対して口にした。

ファンメイが信じられると思ったからこそ、口にした。

そして、その名前をいざ口にしてみると、胸のうちに何か熱いものがこみ上げる。

この感覚はきっと…特別な思いを抱く人の事を思うと起こる…。

「…ねぇ、考え事している最中に悪いんだけど、そのルーウェンってどんな人なの?」

「ふぇっ!?」

アルティミスがルーウェンの事を思い出していると、ファンメイが横から口を出してきた。

自分の思いに熱中していたアルティミスは、突然の声に驚いてしまう。

「あ、ご、ごめんね!
 アルティミスちゃんがぼうっとしているから、どうしたのかなと思って!」

ファンメイの弁明により、アルティミスは今の自分がどんな顔をしていたのかを悟る事が出来た。どうやら、ルーウェンの事を考えていてぼうっとしてしまっていたようだ。

頭を振って仕切りなおした後に、告げる。

「ルーウェンはアルティミスよりずっと背が高くて、かっこいい人なの。
 す、すごく大人って感じの人…」

「大人って?リチャード先生やヘイズみたいに?」

「ヘイズさんよりちょっと下くらい…だと思う。確か、21歳って言ってた」

「あ、じゃあヘイズより一つ下だね。ヘイズはあれで22歳だから」

ファンメイは『あれで』の部分を強調していた。

「そ、そうだったんですか…ヘイズさん、22歳だったんですか…。
 き、聞かされてなかったから、知らなかったの」

「…まあ、今はヘイズの話よりさ、アルティミスちゃんの話をしようよ。
 じゃあ、そのルーウェンって人が、アルティミスちゃんをこのシティ・ロンドンに送ろうって事を考えたの?」

「う、うん…そういうことになるの。
 今、アルティミスがここに居るのは、ルーウェンのおかげ」

言葉一つ告げるたびに、目頭が熱くなる。

涙腺がかろうじて涙を抑えていたが、それも限界を迎えていた。

「そして、そのお陰で、ふぁ、ファンメイさんとも会えた…」

その一言が引き金となったかのように、涙が一粒、少女の白い頬を伝った。

それに続くかのように、ぽつりぽつりと雫がこぼれ落ちた。

「ふぇ…あ…ま、また、涙が…」

すっ、とナプキンが差し出され、涙を拭ってくれる手があった。

「はぅ」

「よしよし」

涙でぼやけてファンメイの顔が良く見えないが、きっと、笑顔なんだろう。

…思えば、今まで何回泣いただろうか。

ルーウェンと出会ったばかりのときも、そして今でも、アルティミスは泣きっぱなしだ。

だからこそ泣き虫を治したいと思っているのだが、それでも、今までの環境からの泣き虫はちっとも治る兆しを見せない。

「ご、ごめんなさい…」

喉からは謝罪の言葉が飛び出した。

だが、それを聞いたファンメイは、とても穏やかな笑顔で口を開いた。

「謝る必要なんて無いよ。少なくともわたしは、今のアルティミスちゃんは今までとは違ってるって思うよ。
 だって、自分で変わろうって思ってる―――それって、なかなか出来ない事なんだと思う」

アルティミスの胸に、ファンメイの言葉が突き刺さる。

アルティミス自身、今までは流されてばかりだった。だから、こうやって自分から何かを変えようと思ったのは初めての事だった。

でも、やっぱりそれを完全に実行しきれる自信なんてまだ無いわけである。

「う、うん…。
 だけどアルティミス、これからも、ま、また泣いちゃうかもしれない…」

故に、少し小さな声でそう告げた。

「…泣きたかったら、泣いていいんだよ。
 だって、一人ぼっちでここに来て、まだたったの三日じゃない。
 慣れない事だっていっぱいあるし、不安だっていっぱいあるでしょ。
 だから、甘えてもいいんだよ」

だけど、ファンメイはそれを咎めようとはしなかった。寧ろ、励ましの言葉を送ってくれた。

「う…うん――あっ」

次の瞬間には、ファンメイの胸の中に抱きしめられていた。

首元と背中にまわされる、ファンメイの手。

「どう?気持ちいい―――かな?」

アルティミスの答えなんて、最初から決まっていた。

「…うん!」

「よかった…。
 わたしもね、辛かった時に、こうやって抱きしめてくれた人が居たんだ。
 そして、今度は、わたしが誰かを守る番なんだって思う。
 だから、悲しくなったり、泣きたくなったりしたらいつでも来てちょうだい。




 ―――だって、わたし達、友達でしょ」

「!!」

アルティミスが息を呑む。

『友達』――――その単語を聞いたとき、泣いてはいけないと思っていても、あふれ出る涙と感情をどうしても抑える事が出来ず、ついには瞳の端から涙がこぼれた。

「と、友達…なの?アルティミスが、友達なの?」

「うん、そうだよ!友達だよ!!」

「…うん、と、友…だち」

泣き笑いの顔で、アルティミスは答えた。

心の中に押し寄せる感情の波紋はどんどん大きくなっていく。

友達が、出来た。

とても嬉しいという感情が、アルティミスの心の中を縦横無尽に駆け巡る。

それと同時に、アルティミスを包み込む腕の力が少し和らいだ。

「いいよ、アルティミスちゃんの気の済むまで、めいっぱい泣いて。
 アルティミスちゃんにも言いたくない事はあるから、何があったかは聞かないよ。
 でも、一人で泣かないで。わたしが傍に居てあげるから。
 わたしにも、誰かを、友達を守る事が出来るってこと、証明したいんだから」

「…うん」

次の瞬間、アルティミスは、声をあげずにしゃくりあげるように泣き始めた。

その声はだんだんと大きくなっていき、ついには、大きな声で泣き出してしまった。

涙が、後から後から流れ出てきて止まらなかった。

少女の胸の中で、ずっと泣き続けた。

頭の上から小さな泣き声が聞こえてきたけど、それを気にしていられる余裕なんて無かった。
















…一体、どれほど泣いたであろうか。

泣きつかれてきて、眠気が襲い掛かってきた。

だけど、アルティミスは一人などではない…すぐそばに『友達』が居る。だから、安心できる。

『友達』―――その言葉を思い浮かべるたび、心の中いっぱいに、安らかな気持ちがたゆたうように広まっていく。

気がつけば、アルティミスの意識は夢の中へと落ちていった。

自分より僅かに背の高い少女の腕の中は、とても気持ちが良かった。

すぐに寝入ってしまったアルティミス自身では分からない事であったが、その寝息は、凄く穏やかなものだった。
















【 続 く 】











簡単なキャラクタープロフィール(一部暫定)


 アルティミス・プレフィーリング
 年齢:外見年齢15歳(実年齢?歳)(ネタバレを防ぐ為にまだ伏せます)
 性別:女
 身長:145cm(但し暫定的なもの。実際はファンメイより少し背が低いという設定)
 体重:37kg(此方も暫定的なもの。但し、軽めの体重)
 スリーサイズ:81-54-80
 (生年月日はまだ伏せます)
 カテゴリ:「???」
 一人称:「アルティミス」(名前呼び)
 血液型:A
 好物:ホットケーキ・グラタン。
 嫌いなもの:シティ・マサチューセッツの研究所・過去の思い出・怖い人。
 容姿:西洋系。真紅の瞳。ちょっとウェーブかかってる白い髪。
 イメージCV:???






シティ・マサチューセッツで生み出された魔法士。

とことん内気で泣き虫な性格で、おどおどした言葉使い。但し、エドよりは喋る。

口癖は「はぅ」であり、一時期は「あぅ」になったりもしたが、先行者さんの強い要望により「はぅ」に決定した。

第一話からローゼンメイデンのような登場シーンを果たすという、ある意味で異例のキャラクター。

アメリカ方面の、厳密にはマサチューセッツに居たであろう彼女が、どうしてシティ・ロンドンまで送られてきたのかという明確な理由は現段階では不明だが、それでも、今回の話を見る限り、『研究所』ではいい扱いを受けてないのは間違いない。

内気になってしまったのは、『研究』による自由の無い生活の為だと言っておきましょう―――現状では。




ついでに、彼女がシティ・ロンドンに送られてきた際の手紙や方法のせいで、ヘイズが鬼畜外道扱いを受けてしまったりw

また、余談ですけど、先行者さんやキジマさんに結構気に入られている模様らしいです。









―――コメント―――














ここまで来て、やっと『友達』発言が出せました。

本当はもっと早く出したかったんですが、流石にいきなり『友達』発言を出してもしらけるでしょう(当たり前)。

二巻でのヘイズの時だって、そうそうすぐには『友達』として言い出しませんでしたし。

この物語ではそれまでのエピソードを経た上で『友達』と呼べる展開に持って行きたかったのですから。








四巻終了時から、考えてた事があります――ファンメイはさみしいんじゃないか。と。

エドは一日の自由時間が制限されていますし、シティ・ロンドン内部にファンメイと同世代の子供が居るというのも考えがたいです。

となると、エドとの時間が終わったら、ファンメイはひとりぼっちになっちゃう訳です。

ヘイズも居ませんしね。




で、以前も述べましたが、この物語を書くに至ったきっかけは、ファンメイスキーであるということ、ファンメイにお友達を作ってあげたいという思いからなんです。

レクイエムさんのLGOみたいに世界を巻き込む戦いだとか、七祈さんのような『賢人会議』を主題とした『大きすぎる』物語を書くのではなく、あくまでもファンメイとその周囲に焦点を絞って書いております。

ていうか、『そういうの』はFJの役目ですし。






アルティミスは確かに泣き虫ですが、今回の話で展開されたとおりに、アルティミスは少しずつ変わろうとしています。

そして、そんな彼女の成長を書く為に、キーボードの前で頑張ってます。



それでは。






画龍点せー異




HP↓

Moonlight Butterfly