青髪長髪の少女は、この場所に来てからの記憶が無かった。
何かがすっぽりと自分の頭から抜け落ちたような、そんな間隔。
空虚なる脳内。何かボーっとしているように、まるで脳にもやがかかっているような、そんな感覚。とりあえず脳内のメディカルチェックを行って、異常と思われる部分を正常に治す。
…脳内のメディカルチェック?
自らも初めて聞く言葉に疑問を覚える。
まるでこの行動を行う事を脳が当たり前に覚えていたような、そんな感覚。
脳内を走る、機械的な不思議な感覚。
何故だ。
自分にそんな能力があったか?
そもそも能力って何だ?
自分はただの人間。それ以上でもそれ以下でもなかったはず。
思考回路は疑問符の嵐。
今すぐ思い出したい。
泣きたくなるような心境。
とりあえず両手で頭を押さえて記憶の海を遡ろうとして、
「っ!!!」
何か大事なものを思い出そうとして「ズキン」という痛みに顔をしかめた。
まるで触れてはいけない記憶のように、思い出そうとすると頭痛が走る。
そうこうしている内に、状況が掴めた。
見渡すと視界に入るのは、辺り一面の白い壁。
入り口と思しきドア以外は窓もクローゼットもテレビも何もかも無い。全てから隔離されたかのようなこの空間において存在するのは彼女自身のみ。
そして今、その白いドアが開いた。
「お目覚めかな?」
姿を現したのは、橙色の髪の男だった。
目の前の橙色の髪の男から話を聞いて、自分の事情を理解した。
自分に家族はいないものだと、彼女はここ『
それと、目の前の橙色の髪の男はこの組織『
だた、橙色の髪の男以外に聞いても、『自分に家族はいないものだと、彼女はここ『
だから、彼女自身、それが真実だと思っていた。…正直、皆して同じ回答を言うものだから、一人くらいは違う回答を言ってくれる事を期待していた彼女にとってはちょっとつまらなかったが。
皆が言うから、正しいと思っていた。
順調に発育した十三歳の身体。
頭の中で能力を書き換えられる(但し、元から脳内に埋め込まれた能力の係数を書き換えるだけなので、完全に新たな能力を作る事は出来ない)『
そして実年齢はまだ一歳にも至っていないと、教えられた。だから当初は、外見上は年下だが、実際の年齢が彼女より上の人に対しては、敬語を使わなくてはならなくてもどかしかった。
自分はここ『
自分の任務は、この『
シティの奴らの中に、本当の意味での魔法士の味方なんて誰もいない。誰も彼も、魔法士の事を便利な道具としてしか思ってない。自分達の手で遺伝子を合成して自分達の手で発生させたから、自分達の好きなように使っていいと思っているやつらばかりだと、彼女はそう教えられた。
朝起きて食事をとって、特殊な訓練場で訓練して、昼飯の後はまた訓練を行ったり、戦闘知識を詰め込む時間となっていた。で、夕食後は完全に自由行動。ただし就寝時間は厳守。これを守らないと明日の朝食が抜きにされるために、これだけは否応無しに守らなければいけなかった。
毎日の戦闘訓練に明確な目的を持って挑む彼女の身体能力を初めとした戦闘能力は、みるみるうちにめきめきと上達していった。それこそ、同じ組織に所属していて彼女より先に生まれてきた魔法士よりも、だ。
彼女は武器を使う事をよしとしなかった。頼れるのはまさに己の肉体のみという彼女の考えは、当初、世界中に存在する魔法士のほぼ全てが武器を使うこの世界においては異端な考えあるいは突飛な考えとしてしか認識されなかった。当然、周囲からの嘲笑や嘲りもあった。遠距離攻撃を得意とする『人形使い』との戦いでは、無数のコンクリートで作られた『巨大な腕』の牽制のせいで近づけないで負けることもしばしばあった。
だが、いくら自分の戦い方を否定されても、いくら嘲られても、いくらぶたれても、それでも彼女は諦めなかった。
ただただひたすらに、己を鍛えた。
三度の食事と決められた就寝時間と休憩時間以外では、彼女はひたすら訓練を繰り返した。自分よりも遥かにガタイのいい大男と挑んで返り討ちにされたり、相変わらず遠距離攻撃を得意とする魔法士相手では負け続けたが、自分と大して背格好が変わらず、かつ『騎士』などの近距離戦に特化した相手ならば、戦闘経験の差もなんのその、相手の攻撃を瞬時に見切り、わずかに生じた致命的な隙を的確に突いて一撃必殺の元に仕留めるその正確さと殺傷力、そして何より魔法士としての戦闘能力は、次第に遠距離相手でも苦戦しないほどに上昇していった。『
何より、負ける度に彼女は考えた。
一度負けたあの相手にはどうすれば隙を作らせられるか、どうやったらこっちのペースに持ち込めるかなどといった戦略面の思考に始まり、しまいには今まで負けた分をいかにして返すかという恨み晴らしの方法まで考えるほどだった。
元より頭の回る彼女の事、もしかしたら自分は最前線で戦うよりも後方支援に回ったほうがいいんじゃないかと一時期は考えた事もあったが、やはり彼女は最前線で戦う道を選んだ。どうしてかは分からないが、一番近い理由が『身体を動かすほうが好き』になるだろうか。
そしてある日、今まで勝てなかった『人形使い』の一瞬だけ存在した隙を華麗に見事に突いて、通常ではありえないと言われる状況下すら覆した。思考を練り、常に状況を把握し、あくまでも冷静に、そして攻める時には思い切って攻める。少しでも不安要素があるならその瞬間の攻撃は控えて、さらにチャンスを待つ。
唯一つ、相手を一撃の元に沈められるチャンスを。
無数のコンクリートで作られた『巨大な腕』が、彼女に攻撃する時にだけ、ほんの一瞬だけだが、人一人が通れる間隔が空く瞬間がある。
彼女はその瞬間をひたすら待ち続け、そして時が来た。
(『
その後にクラウが繰り出す攻撃が「必中」を示す確認の証が告げられた。
『
結果は…最大値――――百パーセント。
そして彼女はチャンスを逃すことなく加速した。Iーブレインの力を借りれば『身体能力制御』により、通常の四十五倍に至る速度を出す事が可能。結果、無数のコンクリートで作られた『巨大な腕』は、まさに首の皮一枚ほどの隙間で彼女のそばをすり抜けていき、無傷で無数のコンクリートで作られた『巨大な腕』による攻撃を避けた彼女は、今まで散々嘲ってきた『人形使い』の顔面を思いっきりぶん殴ってやった。
―――正直、もっと手加減すれば良かったかな。と、彼女は後に少しだけ思った。
『人形使い』の顔面を殴った瞬間、物凄く嫌な手ごたえを感じた。
刹那、『人形使い』は口元から血にまみれた折れた白い歯を飛ばしながらオーバーアクションみたいに遥か彼方に吹っ飛んでいき、そのまま凍っていない海へと落っこちていって、濡れ鼠になってやっと思いで陸に這い上がってきた時には、下半身を鮫に食われかけていた。
その後、『
だが、『人形使い』の腹に残った鮫の歯の傷跡は、一生ものの傷になった。
ちょっとやりすぎたかな、と思った反面、いい気味だ。とも思った。
―――確かそいつの名は………ワイス・ゲシュタルトだった気がする。
『
他者を見下ろすしか出来ない下衆。
完全無欠に存在してはいけない存在。
存在そのものが間違い。
その命はパンくず以下と言われるほど。
そして、クラウを馬鹿にした第一人者。
だから、当然の報いといえばそうだったのだろう。
ただ、彼女には不思議な気持ちになる時があった。
たまに任務で遠出する時に、家族と一緒に楽しそうに遊んでいる子供を見ると、何か胸の奥によく分からない感情が広まるのと共に、頭の中がぐるぐるしてきてなんか変な感じになる。
この気持ちが何なのかを近くにいた魔法士に聞いてみたところ「俺達には親がいないから、そう感じるんだろ。よくあることだ」と言われた。
だが、彼女はどうしても腑に落ちなかった。
違うのだ。
何が如何違うのか知らないけれど、違うのだ。
胸の中に残るわだかまり。
言いようのない不安を感じることすらしばしばあった。
まるで自分が、何か大切な事を忘れている気がして。だ。
だが、そんな気がするたびに「つまらない感傷」でごまかしていた。
私は『
他の人間みたいな生き方は出来ない。そもそも、魔法士である時点で他の人間とは違う。
敵を排除する際につまらない情など無用の長物。
私に感情はあっても、情けという名の『情』なんていらない。
そう思うことで、このわだかまりをごまかせるのなら安いもの。
世界を見下ろしながら、彼女は思った。
そして数年後、彼女は一流クラスの魔法士として認められた。
それは確か、彼女の外見年齢が十九歳の時だった。
それと同時に、彼女にはとある任務が課された。
内容は、先日、『
彼の者達の名は、
ノーテュエル・クライアント。
ゼイネスト・サーバ。
シャロン・ベルセリウス。
最初に出会ったのは、シティ・ベルリン付近。
ノーテュエルとゼイネストが喧嘩していて、シャロンがそれを止めようとしているのだが状況がちっとも変わっていないという、見ていて妙に微笑ましくも面白い光景だった。
「お前が最初に仕掛けてきたんだろうが!!」
「何よ――!!!時間になっても起きないゼイネストが悪いんでしょうが―――!!」
「だからってI−ブレインで身体能力を強化して頭を蹴飛ばして起こすな!!お前は俺を殺す気か!!!」
「この前昼寝していた私の額に『馬鹿』って書いたのはどこの誰よ!!」
「それはお前が中々起きなかったからで…」
「お互い様じゃない!!」
「起こし方のレベルが違うだろうが!!!」
…ちっとも微笑ましくなかった。
両者、一歩も譲らない口喧嘩。
二人の口調はまさに同じ。柔と剛のその関係とは程遠く、お互いがお互いの気持ちをぶつけあう(ちとニュアンスが違うかもしれないが)本音からの喧嘩。
「…あ〜、う〜」
で、いつも通りにあっちをオロオロ、こっちをオロオロと困り果てているシャロンの姿。
この二人が一度喧嘩を始めると、シャロンは成す術がない。
戦闘能力では圧倒的にシャロンが劣るし、かといって二人をうまく言いなだめる術を持っているわけではない。
『
しかもたちの悪い事に、二人の喧嘩を邪魔したらしたらで、照らし合わせたかのように二人同時にシャロンに攻撃してくる。もちろん本気で攻撃してくるわけではない。二人は二人なりにシャロンを巻き込まないようにと考えて行動を起こして、結果、シャロンがノーテュエルの攻撃を避けたところにタイミング悪くゼイネストの攻撃が来るという、最も嫌なパターン。
それならどっちも行動を起こさなければいいのにとシャロンは思うが、起こさなければ起こさないでその時はまた別の問題が起こったりと、にっちもさっちもいかない。
一見仲が悪そうで仲がよくて、でもやっぱり仲がよさそうで悪かったりとどっちつかずな関係。
それが、この二人。
「…相も変わらずああ言えばこう言うで返してくるわね…一発だけぶん殴って厚生させてやろうかしら?」
「ぬかせあーぱー女、俺を厚生させるなど三年早いし、むしろお前が厚生されてしまえ」
「言ったわね――――!!!」
両者、自分のIーブレインを前置き無しで起動し―――ようとして、近くにシャロンがいたのを思い出してやめる。こんなところで『炎使い』や『騎士』の能力なんて使ったら、少なくとも『炎使い』の場合、その広範囲攻撃により間違いなくシャロンを傷つけてしまう。
故に、能力無しの肉弾戦という回答が、二人の脳裏に同時に上がった。
ゼイネストが右腕を動かす。
同時に、ゼイネストの心の中が読めているわけでもないのに、まるでゼイネストの心の中を読んだかのように、ノーテュエルが左腕を動かしてその拳を繰り出して――――、
ばきゃ!!!
刹那の間を置いて、コンマ一秒のズレ無く二人の頬に見事にヒットする拳と拳のカウンタークロス。
そのまま、全く同じタイミングで二人は仰向けに倒れた。
両者とも、どこか満足げな笑みを浮かべながら。
……………何、コレ?
青髪の少女(この時点では外見年齢は十九歳の為に、『少女』のカテゴリに入ると思うので)―――クラウ・ソラスは軽いめまいを覚えた。
FWeyeなど使わなくても、ただ気配を消して物陰に潜むだけで、距離的にはたったの十メートルも離れていなくとも、目の前の三人がこちらに気づく様子は無い。喧嘩のせいでこっちに気づいていないのか、あるいはほんとに気がついていないのか―――いずれにしても、緊張感の無い連中だな。というのが、クラウ・ソラス―――クラウにとってのノーテュエル・ゼイネスト・シャロンの第一印象だった。
だが、こうしていても始まらない。
とりあえず、三人の前に姿を出してみるとしよう。物陰から不意打ちなんて真似はしたくもないし、そんな事で勝っても嬉しくない。勝負は正々堂々が彼女のポリシーだ。
…最も、必ずしも相手もそうだとは限らないのが悲しいところだが。
特にワイスとかワイスとかワイスとか。
数年前にぶっとばした『人形使い』の哀れな姿を思い出し、知らずの内にクラウは苦笑した。
数分に渡る喧嘩が終ったのを確認した上で、ゼイネストとノーテュエルの頬が赤く腫れていた事を確認したシャロンが二人に近づいて、左手でゼイネストの頬を、右手でノーテュエルの頬にそっと触れて、目を閉じた。
シャロンの背中からは、金色の光の束が広がった。ゼイネストとノーテュエルには、それが『
それはまさに、天使の翼のようだった。
翼はゼイネストとノーテュエルを包み込み、情報を書き換える、というより、人間が本来持っている新陳代謝能力を一時的に大幅に高める。
そして、シャロンの新陳代謝能力が一時的に大幅に上昇する。そのままゼイネストとノーテュエルをシャロンの情報に『同調』させる。
不思議な事ではない。シャロンは『
見る見るうちにゼイネストとノーテュエルの頬が負った傷が治っていく。そうしてシャロンと同じレベルまで身体が回復し、シャロンの情報構造とゼイネストとノーテュエルの情報構造が完全に一致した。
現実時間にして約五秒で、ゼイネストとノーテュエルの頬の痣は消えた。
「…サンキュ」
「どういたしまして」
ゼイネストからの感謝の返事。それを聞いて、知らずの内にシャロンの頬が紅潮する。
「かーっ!!たまらないわねこのピュアっ娘は!!!これだけでご飯三杯は行けそうだわ!!」
横からノーテュエルの茶々が入った。
「ノーテュエル、下品」
びしり、と音のしそうな突っ込みがシャロンから返ってきた。
…面白い人たち。
クラウは口元に手を当てる。
くすくす、と笑いがこみ上げてくる。
…だけど、倒さなくてはいけない。
同時に使命を思い出し、クラウの表情が凛とした表情へと変わる。
そろそろ、行かねばならない。
臆することなく、クラウは堂々と三人の前に姿を表した。
「貴方達が、『
「!!」
「…ち」
「あらー、私達って意外と有名人?サインならあげるわよー。色紙頂戴」
シャロン、ゼイネスト、ノーテュエルの反応はそれそれ違ったが、その態度がクラウの言っている事の正しさを証明していた。
「…随分と早く追っ手が来たな…まあ、予測された範囲内ではあるんだが…あんた、名前は?」
紅い髪の少年―――ゼイネストが騎士剣『天王百七十二式』を抜き、正眼に構えてからそれを発言する。同時に、ゼイネストの脳内では既にI-ブレインが起動している。
「クラウ・ソラス…クラウ、でいいわ。それとサインもいらないし、色紙も持ってきてないわ」
「むき〜!!なんで〜!!」
唇を尖らせて腕を振り上げて憤慨し、不満をありありと態度に表すノーテュエル。
「…ならば容赦は無用という事か」
隣で憤慨するノーテュエルを無視して続けざまにそれだけを言ったゼイネストの気配が、今までゼイネストがいた位置から消えた。
刹那、周囲の空気が、ほんの少し動いたと思ったときには、もう遅かった。
刹那、何の前触れも無く、背中に走る激しすぎる衝撃と振動。
なすすべなく吹きとぶ細い肢体。しかし、ふき飛ばされている間にも、脳内はきちんと活動をしている。
(I-ブレイン起動。並列処理を開始。『身体能力制御』発動。運動速度、知覚速度を七十倍で定義。並列処理を開始。『痛覚遮断』発動)
戦い慣れたクラウにとって瞬時にI−ブレインを起動する事など、何てことは無い。
クラウは武器こそ持たないが、その能力は明らかに『騎士』のものである。『騎士』の能力である『身体能力制御』と『痛覚遮断』のプロセス係数とプログラムナンバーを独学で解析し、自らの脳にコマンドを叩き込んで起動させただけだが、それが出来るだけでも特筆モノであると言えるだろう。そもそも、クラウのI−ブレインが普通のI−ブレインではないからこそ出来る業でもある。
I−ブレインが戦闘起動し、システムメッセージが脳内を駆け巡る。六十倍という非常に長い時間にまで引きのばされたストップモーションの世界。あらゆるものが硬直した無音の視界に動くものはただ二つ。
――――自分と、相手。
地面に叩きつけられる直前で、体を空中で回転させて頭を上に持ってきて、足から着地。
背中が激しく痛む。今の一撃だけであばら骨の三・四本は持っていかれたかもしれない。『痛覚遮断』で痛みを消しているからすんでいるものの、そうでなかったら、まともに立つことすら難しかっただろう。
そして着地したままのポーズで、相手に対峙することになる。
「いきなりの不意打ちなんてやるじゃない」
「名乗った時点から勝負は始まっている。あんたも『騎士』なら分かるだろう」
「え!?この人『騎士』なの!?」
ゼイネストの的を得た発言に、さも意外そうにシャロンが問う。
「ああ…聞いたことがある…『
「あら、意外に人気者なのね。私」
「…しかも出てるとこ出てやがるのよね…むかつくわ…」
いつの間にか起き上がり、ジト目でクラウを睨むノーテュエルの姿があった。
「あら、貴女はノーテュエル・クライアント…熱き意思を込めた炎使い…そしてその外見には発育不足がありありと浮かぶ証拠にナイム…」
「それ以上言ったら殺す!!」
怒気を孕んだ声で、ノーテュエルは叫んだ。
「いいでしょう。私とて貴方達を撃破しに来た身。宣戦布告は喜んで承りましょう。そこのナイチチ」
「―――――っか―――――っ!!」
殆ど言葉になってない言葉を発し、額に青筋を浮かべたノーテュエルはポケットから銀色のナイフを取り出す。同時に脳内でI−ブレインを戦闘起動させて、
(I−ブレイン起動『
その手に持つ銀色のナイフに橙色の炎を具現化させる。さしずめそれは、炎の剣と形容するにふさわしい。
そしてこれは、まさしく『炎使い』の能力。
炎を纏いし剣を思いっきり振り下ろし、飛び道具と化した炎が圧倒的な速度でクラウを襲う。炎の周囲には陽炎による揺らぎが発生している事から、その炎が余程の熱量を持っていることが見て取れる。
「…見えています!!」
だが、クラウにとってはその速度は酷く遅い…というほどではないが、見切れる範囲の速度だった。
故に、さらり、と、ノーテュエルが放った炎はあっさりと回避される。炎はあらぬ方向へとそのまま飛翔していき、結局適当な岩場にぶつかって霧散した。
「むき〜!!なんで〜!!」
腕を振り上げて憤慨するノーテュエル。
何でと言われても困る。あんなもの喰らったらクラウとしてもただでは済まないから回避した。それだけの事でしかないのだが。
「前!!」
驚愕した顔でシャロンが叫んだ。
だが、遅い!!
クラウは一瞬の内にノーテュエルとの間合いを詰めていた。
(『
告げられた命中率は『九十八パーセント』。
その拳が、腕を振り上げたまま驚いていて身動きが取れないでいるノーテュエルの顔面を殴り飛ばそうとした刹那、
(真横、攻撃感知)
クラウのI−ブレインが危険を告げる。一瞬だけ横を振り向くと、そこには騎士剣『天王百七十二式』を構えて突っ込んでくるゼイネストの姿。
ノーテュエルを殴った後では、回避行動が間に合わない!!
そう判断したクラウは、その拳を途中で止めて一旦退く。
一瞬の後に、ゼイネストの騎士剣『天王百七十二式』の切っ先が、つい一瞬前までクラウがいた場所を正確に貫いていた。もちろん手ごたえがあるはずはない。
「…凄い判断力…まるで全てを先読みしているみたい…」
「武器を使わない以上、頼りになるのは私自身の判断力と戦闘経験と直感のみです。生半可な武器に頼るから、人は堕落する」
唖然とするシャロンに、クラウは言い放つ。
「…物凄い自信家だな…いや、実力があるからこその自信なのか。あの場面でも最良の選択をするあたり、あんたの強さは本物みたいだな」
「お褒めに預かり光栄だわ、ゼイネスト」
「…あー、すっっごくむかつく!!ぶっ飛ばす!その無駄にでかい胸をサンドバッグにしてやる!!!」
「あら、やっぱり気にしていたのね…いい事教えてあげる。とりあえず、合成ミルクに女性ホルモン混ぜて飲んだら何とかなるかもしれないわよ」
「余計なお世話だ――――――――――ッ!!!!!」
がるるるるる!!!とでも言っているかのように歯をむき出しにして怒りを露にしたノーテュエルは、ポケットの近くのナイフ入れに入れてある特殊製造のナイフを五本ほどその手に握り、クラウに狙いを定めて投擲する。I−ブレインによって通常の三十倍くらいにまで速度強化されたナイフは華麗な放物線と軌跡を描いてクラウに襲い掛かる。
が!!
「あ、馬鹿、まずい!!」
ゼイネストがノーテュエルを静止しようとして手を伸ばしたが、もう遅い。
「見えてるわ!!」
(『
告げられた命中率は『必中』。
そしてクラウのI−ブレインが、ナイフがぎりぎりで当たらない道標というべきものをきらきらを光を這わせて示す。その道筋が示すとおりにクラウはナイフの隙間をうまいこと掻い潜り、一瞬の間にノーテュエルとの距離を詰める。
「げ」という言葉を漏らしたノーテュエルの顔面目掛けてクラウが拳を突き出した。
ばきっ、といういい音と共に、ノーテュエルの身体が数メートルほど後方に吹っ飛ぶ。
地面に身体を打ち付ける寸前で何とか体制を整えなおして怪我することなく着地するノーテュエル。
「…んー!!お、おのれぇ〜〜〜!!」
赤くなった鼻を左手で押さえて涙目のノーテュエル。どうやら、クラウの拳がノーテュエルの鼻っ柱を直撃したらしい。
「…だから待てって言ったんだよ…ったく」
刹那の間を置いて、騎士剣『天王百七十二式』を構えたゼイネストが駆ける。『身体能力制御』によって通常の四十一倍ほどに強化された肉体が躍動し、足は数百もの歩数をゆうに駆けているにもかかわらずに、たった一つの足音がしているようにしか聞こえない。
底無しに近い脳内容量を持つ、新種にして最強型魔法士の種類の一つ『
一人の魔法士に二つ以上の能力を持たせることは、不可能ではない。現に天樹錬という『二つ以上の能力を同時に使う悪魔使い』が確認されている。
瞬く間にクラウとの距離を詰めたゼイネストは、迷うことなく騎士剣『天王百七十二式』を振り下ろした。
だが、その一撃が当たる前には、既にクラウは移動を終えている。
同時に、クラウは脳内へと命令を送り込む。
(『
そして、さらに能力を起動する。
一撃の元にあらゆる物を破壊する攻撃能力――――『
騎士の『自己領域』に酷似した能力――――『
さらに『身体能力制御』などといった、魔法士が戦闘において必ずと言っていいほど必要とする能力。
そして『
これで既に、四つの能力を並列処理していることになる。が、クラウ・ソラスのI−ブレインは警告どころか注意報すら出さない。
しかし、それはしごく当然のこと。
クラウもまた、最強型魔法士の種類の一つ『
そしてクラウは考える。
誰から倒すべきかを考える。
一番狙いやすいのは、戦闘用の能力を持っていないシャロン・ベルセリウスだろう。しかし、抵抗する術を持たない弱者をいたぶる趣味はクラウには存在しないし、できる事なら強い者と戦いたい。
故に、最初の相手はゼイネストに決定した。
「見誤ったわね!!」
刹那の速度でゼイネストに駆け寄り、、『
「チィ!!」
ゼイネストはすかさず右方向へと回避する。視界が流れるように左方向へとスライドし、結果、回避はぎりぎりで成功し、クラウの、『
当然、クラウの拳にダメージなどあるわけが無い。。『
ちなみに、先ほどのクラウの攻撃でノーテュエルが鼻を痛めた程度で済んだのは、ノーテュエルが無意識の内に身体をそらしており、そのせいでノーテュエルに攻撃が命中する前にクラウの腕が伸びきったために破壊力が大幅に落ちたところにある。もし直撃していたら…そのIFの考えを想像するだけで背筋が凍りそうだ。
「ってちょっと!!何その破壊力!?」
「ノーテュエル!!あれがクラウの能力だ!!全てを一撃の元に内部から粉砕する!!あれを喰らったら、いくら俺達と言えども無事では済まない!!!
…出来れば使いたくなかったが、こうも強力な相手が出てきたんじゃ使わざるを得ないだろうな…俺の能力をな」
「ああ、例の『人間……』ね」
ゼイネストの叫びに、わざと言葉を濁して会話を繋げるノーテュエル。それは手の内を隠すための手段であり、了解を告げる返答でもあった。
「何の能力があるか知らないけど、何をしても無駄よ!!」
姿勢を立て直し、再びゼイネストへと向かっていくクラウ。
刹那、それを確認したゼイネストの口元がつりあがった。
(Iーブレイン起動。『
周囲に特殊な電磁阻害場が展開される。周囲にノイズメーカーをつけた時の様な電磁配列を再現するこの能力は、対魔法士戦において絶大な効力を発揮する。
だが!!
「お見通し!!」
ノイズメーカーの展開されている中でも、クラウの速度は衰えない。
「やはり対策を練っていたか、まあ、そう来なくては面白くない」
すらり、と再び騎士剣『天王百七十二式』を構えなおしてゼイネストはクラウと対峙する。
一瞬の静寂の後、行動を開始。
神速で駆け出したゼイネストの目に写るものは、流れるようなスピードのせいで次々と後ろに流れていくような景色。灰色の空も凍りついた岩も冷たい空気も流れぬ雲も、それら全てがジェットコースターのように後ろへと後ろへと流れていく。
「先ほどかわされたでしょうに」
余裕の笑みを浮かべ、再度、クラウは横に飛ぶ。
ゼイネストの一撃を回避するにはそれで十分。
…だがそれは『ゼイネストの一撃だけなら』―――だ。
(攻撃感知)
「!!」
咄嗟に背後を振り向くと、そこには異常に高い熱量と共に迫りくる灼熱の炎。
その独特の揺らぎが蜃気楼と陽炎を同時に発生させ、あらゆるものを包み込んで溶かす紅蓮の滅亡者の姿!!!
「忘れたの…こっちは二人なのよ!!」
その炎の後ろから、得意げに成長していない胸を張るノーテュエルの声が聞こえた。
「小娘!!」
再度、回避を試みるが、既にその先にはゼイネストが待ち構えていた。
(I−ブレイン、機能低下)
「な!!」
クラウの速度が、目に見えて急激に落ちる。彼女の脳内で展開されるエラーの通知と不穏ノイズの検出がI−ブレインによって確認された次の瞬間、脳内にめまぐるしいほどのノイズと激痛が走る。
たまらずに、頭を抑える。
「そんな!!抵抗デバイスはあるのに!!」
「ゼイネストの能力に、そんなもの関係ないわよ!!!…それより、いいの?このままじゃあんた丸焦げよ」
ノーテュエルのその言葉にはっとして振り向くクラウ。
気がつけば、すぐ目の前まで炎が迫っている。
「しまった!!」
あの時、エラーの通知と不穏ノイズの検出の為に、一瞬だけだがクラウの速度が大幅に落ちた。
クラウは知らないことだが、『
そしてクラウは今更ながらに思い出す。
ゼイネストの別名が『人間ノイズメーカー』であった事に。
一瞬だけだがクラウの速度が大幅に落ちた、クラウは炎の射程範囲内から脱出することが出来なかった。加えてゼイネストが足止めしていたから尚の事。
先ほどまで喧嘩していたとは思えないほどの、何て素敵な連携攻撃。
「―――なら!、『
思うように動かない脳に無理矢理命令を送り込み、超振動と超高速を同時に持つ拳の一撃が繰り出される。但し、、『
瞬間、ぶつかり合う灼熱の炎と神速の拳。
一刹那の後に、灼熱の炎が神速の拳によって見事に霧散する!!
「負けた!?」
驚愕するノーテュエル。
「…成程、そうか…」
顎に手を当てて納得するゼイネスト。
神速で拳を繰り出すとなれば、その空気抵抗も相当なものとなる。
だが、その空気抵抗は、考えようによっては神速の拳を守る強固なる空気の壁にもなる!!!
空気抵抗と空気摩擦と空気の壁の三要素を同時に利用した、緊急事態からの脱出。
「…こんのぉぉぉぉ!!!」
得意とする炎の攻撃が破られ、憤慨するノーテュエル。
最も、アレが最高の威力の炎というわけではない。
あくまでも、あれはただの小手調べの程度の炎でしかない。ゼイネストが近くにいる以上、あまり大きな炎は作れなかったのだ。
だが、たとえ本気でなかったとしても、ノーテュエルにとって『負ける』ということは、どんなに小さな負けでも屈辱的な惨敗のようなものだった。
が、もちろんクラウとて無傷というわけではない。何故なら、炎自体は消せても後に残るものとして熱風がある。そして熱風はどうしても防げないために、身体のあちこちに本当に小さな火傷を負ってしまっている。
Iーブレインに痛覚を任せて、一旦距離を置く。
「…思ったよりやるわね貴方達…だけど、次はこうはいかないわよ」
ここは一度引き返すべきだと考えたクラウは、それだけを告げて去っていく。
三人は、それを止めようとしなかった。
追っ手も無駄な事が分かっていたし、それよりも、今回の戦いを生かして反省する事の方が大事だと判断したが故に。
それからというもの、クラウとノーテュエル達三人は、色んな所で出会った。
ある時は、あるシティ付近のプラントにて、
「むき〜!!なんであんたがここにいる〜!!…げほげほ」
ラーメンを食べている最中に叫んだために、ラーメンが気管に入って間抜けにもむせるノーテュエル。
「それはこっちの台詞よ!!なんで人の食事中に貴方達が現れるのよ!!…う!!」
クラウはクラウでシュウマイを喉に詰まらせた。右手でコップを掴んで一気に水を飲み干す。
…で、戦闘して店に被害を出して、両者共にとんずらする羽目になった。
…店側からしてみればなんという嫌な客だろうか。
またある時は、シティ・ニューデリーのショッピングモールにて、
「あ」
「あ」
試着を終えて出てきたシャロンとクラウが、隣り合わせた試着室から同時に出てきた。
…しかも同じ服を選んでいた。
ちなみに、フリルつきの夏用のワンピースで、色は黄色だった。
相違点はサイズが違うだけ。
またある時は、
「あ〜、お腹すいた…って、三人組!!」
「むき〜、なんで料理中に来るのよ!!クラウ!…げほげほ」
で、お約束どおりに気管にシチューが入ってむせ返るノーテュエル。
「あ、食べます?」
構わずに食器を差し出すシャロン。その皿の中には、美味しそうなシチューが湯気をたてて食欲を誘っている。
「何で敵に塩を送るのよ!?」
ツッコミを入れるノーテュエル。
「…多く作りすぎて余りそうだったからだが」
ゼイネスト、即答。
「…ありがたく受けとるわ…一時休戦ね」
クラウは素直に頷いた。
「しかも受け取ってるし…」
で、ノーテュエルの憤慨は見事にスルーされていた。
それ以外にも、買い物中に出会って戦闘になって、ノーテュエルとクラウの拳がクロスカウンターになって両者とも灰色の野原にねっころがることになったり、とあるシティの大食い大会ににて両者とも出ていて競う羽目になったり、外れのメニュー選んでしまってトイレに駆け込んだところにばったりと出会ったりと、偶然とは思えない珍妙な出会いの数々があった。
…つーかどういう巡り会わせをしているんだ。こいつら。
しかし、それによって、三人とクラウの間に、妙な友情のようなものが生まれてきていたのもまた事実だった。証拠に、出会うたびに最初のような関係は無くなり、手の内を知るライバル同士という言葉がぴったりなくらいの仲へと進展していた。
もちろん、当人達にその自覚は無かったのだろうが。
だが、最後にマーボーカレーを一緒に食べてから、それ以降、クラウがゼイネスト・ノーテュエルの二名と出会う機会は失われた。
何故なら、二人は死んだから。
『
二人の脳内にそれぞれ強制インストールされていた、この二つの能力によって。
そして知る真実。
突如目の前に現れたイントルーダーと名乗る青年により、クラウは本当の敵を知る。
何かを失った感覚と、そして何かを経た感覚が同時に来る。
外見年齢と実年齢が違うとか、それらは全く持って嘘。
クラウは本当は―――――。
シュベール・エルステードは部屋の中で震えていた。
「これは…まさか…」
ぞくりぞくり。
がたがたがた。
身体が震える。
寒気がする。
まるで麻薬の禁断症状みたいな感じ。
そして次に来るのは、胸の内から唸りをあげる殺戮衝動。
シュベールは頭を抑えてうずくまる。
どくん、と高鳴る心臓。
心が叫んでいる。
何かを殺せと叫んでいる。
殺戮衝動に耐え切れずに胸を押さえて体を前のめりに思いっきり倒して、
「うああああああ!!!」
そして叫ぶ。叫ぶ事で殺戮衝動を発散させる。
あの子がいないから―――!!
どうして逃げれた!!
貴女がいなければ、私が――――!!
…仕方なしに、強化カーボンの壁を思いっきり殴った。
強化カーボンの壁には亀裂と凹みが同時に出来る。当然、強化カーボンの壁を殴ったシュベールの拳もただでは済まず、皮が破れて血が流れた。
だが、今のシュベールにそれを気にしている余裕などなかった。
現状の問題の方が、重要度と優先度が遥かに高いことを知っていたから。
…そして否応ながら理解する。
『症状』が、どうやら最終段階に入った事に。
早く。
早くあの子を取り戻さないといけない。
取り戻してもこの疼きが、この殺戮衝動が収まるかどうかなんて分からない。
だけど、このまま死んでいくのは全力で御免こうむる。
運命のクソ女神が与えた運命を拒絶すべし。
神はもう死んでいる。
五分後、シュベールは小型フライヤーに乗って出撃した。
痛めつけるために、彼女を取り戻しに行くために。
自分の自我を保てる唯一のキーパーソンを。
その者の名は―――――。
クラウ
「今回は、私の生い立ち、そして、私がどうしてノーテュエル達と敵対していたかを説明する話だったわね…。今まで私があの三人を追っている理由が明確に書かれていなかったから、『なんでこいつはノーテュエル達を追っているんだ?』って思った人もいるかもしれないし」
イントルーダー
「作者の力不足が目に見えて分かるな。当初は早い段階で説明するつもりだったんだが、もう少し後でいいとか考えていたらいつの間にかヒナとか論とか出てきて書く余裕が無くなって、今みたいな形になったわけだ。
読者の皆さんも、やるべきことは真っ先に片付けて、後回しにするんじゃないぞ」
クラウ
「…くすっ、教育パパみたい」
イントルーダー
「悪かったな…さて、次は俺のストーリーかな?」
クラウ
「ええ、そのつもりみたいよ。…と言っても、貴方がどうして『
イントルーダー
「作者自身、ヒナに関しては結構前から考えていたみたいだからな。
しかし俺たちもまたこれでも主要キャラなんだがどうも扱いが違う気がするのは気のせいなのか?
しかもヒナより先に作られていたっていうのに…まあいいか」
クラウ
「いいの!?
…それに、最初の頃はこんな役割じゃなくて、もっとこう…裏方で動く存在のような、そんな役割だったのよね私達。それが表舞台に出てきて動いている…設定って如何変わるか分かったもんじゃないわ。この辺も詳しく書いたほうがいいと思うんだけど」
イントルーダー
「同感だ。
…けど、俺たちのあまり事細かく書かれても読者の皆様の読む気を削いでしまいそうだから、完結にまとめたほうがいいだろうと思ったんじゃないのか?」
クラウ
「…あんなに分厚いWB本編を読んでいる皆様が、この程度で根をあげるわけが無いと思うけどね」
イントルーダー
「はは…違いない」
クラウ
「それにしても、私の名前の元ネタが魔剣クラウ・ソラスだったとはね―――。
あ…ついでだから、このコーナー使って魔剣クラウ・ソラスの説明でもしましょうよ」
イントルーダー
「いいなそれ。どうせネタも尽きてきた頃だし」
クラウ
「それ言わないの…じゃ、スタート」
分類………神剣
語意・語源………「光の剣」「炎の剣」「sword of light」など。
系統………トゥアハ・デ・ダナン神話
守護者………ウスキアス(Uscias)
所有者………ヌァザ・アーケツラーヴ
主な出典………『アイルランド来寇の書』(Lebor Gabala Erenn)?
『侵略の書』・『レボル・ガバーラ』とも表記される、今では失われた、幾らあるかも不確かな写本に伝えられている口承を記録したもの。話の多くはエド・マクリンテイン編『レンスターの書』の中に残るが、アイルランドの歴史家Michael O'Cleirighの著作にも収められており、こちらから引かれるのが一般的らしい。内容は主にトゥアハ・デ・ダナーン(女神ダナの一族)に関する神話である。
(ちなみに作者はアイルランド来寇の書やトゥアハ・デ・ダナーンについては殆ど知らない…)
魔剣クラウ・ソラス
クラウ・ソラスはアイルランドの神々トゥアハ・デ・ダナーン(Tuatha De Danaan)の王ヌァザ・アーケツラーヴ(Nuadha Aiget-lamh)の持つ輝く剣。その名は「光の剣、炎の剣」を意味する。これは「呪文が刻んである魔剣で、一度鞘から抜かれたら、その一撃から逃れるものはいない不敗の剣である」と伝えられる。また、「抜けば光を放って敵を眩惑する」ともいわれる。エリン四秘宝の一つで、ヌァザの所有となる以前は、北方のフィンジアスの都でウスキアスによって守られていたという。
資料によれば、ヌァダは「不敗の剣」、もしくはフィンディアスの町からもたらされた「ひとふりで敵を倒し何者にも破れぬ『魔剣』」を持つとされているが、その名称は明らかではない。同様に、四つの宝物のうちの一つとして、ヌァザの剣を挙げている文献は多い。ただし、どれも剣の名称は明らかになっていない。
尚、クラウ・ソラスの剣の効果としては、以下のように伝えられている。
「第三の宝はヌアドゥ神の剣で、どんな敵も逃れることができなかった」
「誰も逃れることの出来ないヌアザの剣」
「抜けば光を放って敵を眩惑する/三番目の宝はヌアドゥ神の剣で、一度鞘から抜かれると、どんな敵もけっしてそれから逃れることができなかった」
「誰も抗することのできないヌアザの剣」
「戦いの神ヌアダの剣」
「必ず敵を倒す剣」
「相手に致命的な一撃を加えることのできる、偉大な指揮官ヌアザの魔法の剣」
「誰ひとり逃れることも隠れることもできない、どんな敵も探しだして皆殺しにしてしまう剣」
「一度も負けたことがないという剣」
等。
しかし、別の問題もある。マルカルの『ケルト文化事典』は「トゥアタ・デ・ダナンの魔法の剣で、ヌアドゥ王の持っていた」剣として、クラウ.ソラスではなく、「カラドボルグ(Caladborg)」を挙げているのである。
しかも、この剣について「トゥアタ・デー・ダナンが、世界の北方の群島から持ち帰った4つの魔法の品の1つである」と明言している。
この「カラドボルグ」、アルスター伝説群に登場する英雄フェルグスの剣とされるのがより一般的なようだが、ヌァザ(ヌアドゥ)の所持していた剣が、のちにフェルグスの手に渡ったのだとしても矛盾はない。
しかし、James MacKillop, Dictionary of Celtic Mythology,には、"Claidheamh Soluis, Claiomh Solais"という項目があるのだが、ここには逆に神ヌァザの名前が登場しないらしい。
つまり、クラウ.ソラスは「アイルランドのシンボルであって、口承ではクーフーリンのものとされる」といった意味である(と思う)。つまり、クラウ.ソラスという剣は確かに存在するようだが、その所持者がヌァザであったかどうかは確かめられないのである。
しかし、ヌァザの剣の名称だが、おそらく主要な写本資料には記載されていなかったものと思われる。そうでなければ、多くの文献がその名を記さない理由が説明できない。では、「クラウ.ソラス」という名称は何なのか、という問題だが、残念ながら何を直接の典拠としたのかは未だ判明していない。
しかし、根拠がゼロというわけではないと思われる。実は「光の剣」というアイテムは、ケルトの民話の中にしばしば登場するのである。よって、ヌァザの剣を「光の剣(クラウ.ソラス)」とする場合があったことは十分に考えられる。
それは、「カラドボルグ」の場合も同様であって、おそらく何れか一方が「正しい」などと結論づけるべき問題ではないのだろう。どちらが古いのか、典拠は何かなど不明点も数多く、現状で分かっているのはここまでらしい。
…尚、エリン四秘宝などに関係するなどという話もあるようだが、この辺は作者もよく知らないので省略させていただく。
クラウ
「…なんとも複雑かつ曰くありげな剣みたいね…しかも結論は謎のままという…これを最初に調べあげた人は凄いわよ」
イントルーダー
「作者本人も魔剣クラウ・ソラスに関しては、資料を読んでもちんぷんかんぷんらしいからな。まあ、トリビアとして頭の片隅にでも置いておけばいいんじゃないのか?」
クラウ
「ところでイントルーダーって、名前の元ネタってあるの?」
イントルーダー
「英単語で『侵略者』という意味らしい…全く、俺の役割に違わぬ名前だよ」
クラウ
「ふーん…そうなんだ…確かに『
…あ、ちょうどよく埋まったわね…じゃあ、今回はこれで終わりにしましょう」
<作者様コメント>
クラウ・ソラスについての説明ですが、アレはちゃんとした『説明』になっていたのだろうか?
なんというか、正直、アレは文献を読んでもよく分かりません。
ああ、頭が痛い。
本作が何話目で終るのかは、ちょっと見通しがついてません。
いや、長いというよりは、無駄に入れ忘れたエピソードとかあるし、
何よりもっとキャラ同士の関係も複雑にしてみたいというものがあったり。
…最近絵ばっかり描いてるから、こっちの進みが遅いです。
まあ、管理人様も忙しくて中々更新できないみたいですから、焦る必要はどこにもないんですけどね。
以上、今回はここまで。
<作者様サイト>
無し
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