DESTINY TIME RIMIX
〜明かされる真実〜






























気づいてしまえばすぐだった。

近くにありすぎて、気づく事が出来なかった。

明かされるのはただ真実のみ。

暗躍した者達の、描いた軌跡。


















―――【 単 純 明 快 な 偽 装 】―――
〜FARANKUS〜















 『賢人会議Seer's Guild)』。
 最初にその組織に目をつけたのは、とある一人の男性だった。
 彼の名はファランクス・マブイエグリ。三十代後半のアメリカ人で、軍部とシティが支配するこの世界に嫌気が差した人間の一人だった。
 元より、戦争で両親と四人の兄弟全てを失った彼は戦争を人一倍嫌っていたし、今のこの世界の情勢が、かつてルイ十六世の起こした絶対王政に等しき体制であることに、かなりの怒りと憎しみを持っていた。
 そして今、人類は生き残る為に殺し合い、奪い合い、憎しみ合っている。
 さらに、本来なら平和利用に使用する事も出来るであろう魔法士を、戦争の道具として使った事も、彼の怒りに油を注いでいた。
 人間は、第二次世界大戦のあの惨劇から、何一つ学んではいなかったのだ。いや、学んでいたとしても、あれから二世紀もの時が経っている。第三次世界大戦開始前の平和ボケした人類の頭に、第二次世界大戦のあの惨劇の事を覚えておけと言っても実感が無いだろうし、人間が戦う生き物だと言われてしまえばそこまでである。
 そしてついに、大気衛星の暴走を皮切りに、第三次世界大戦が勃発した。
 まるで全てが、用意されたシナリオのようだった。
 まさに全ての人類が、何者かの掌の上で踊らされているかのような、そんな世界。
 だから彼は、この世界が許せなかった。
 こんな愚かな事をするために、人類という種は登場したのだろうか。
 ファランクスの怒りは、狂気に変わった。
 そんな矢先に、『賢人会議Seer's Guild)』という組織の存在が、噂レベルではあるが辺りに広まった。
 当時、殆どの人間は、『賢人会議Seer's Guild)』に対して殆ど危機感というものを抱かなかった。たかが噂でしかない組織に、誰が興味を向けようか。どうせどこかの三流企業よろしく、気がついたら消えているに決まっている。
 誰もがそう思っていた。
 だが、ファランクスは違った。
 今のこの世の中だからこそ、こういった組織は伸びるかもしれない。あくまでも可能性の域を出ないこの予測だが、その時ファランクスは何かを確信していた。
 まるで、これからの計画が成功する事をあらかじめ知っているかのように。
 だから、彼は行動を起こした。
 だから、彼は名乗った。











 
自分の作った『賢人会議Seer's Guild)』とは
全く関係ない組織に、『賢人会議Seer's Guild)』と。











 そう、

















 ファランクスの生み出した『賢人会議Seer's Guild)』は、
その名を借りた全くの偽者。

















 もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)

















 それが、ファランクスの作った組織の本当の名前。






















―――【 賢 人 の 終 焉 へ 】―――
〜SHARON&CURAU&INTLUDER〜



















 培養層の中から見る世界は、つまらなそうだった。
 忙しそうに動いている科学者達も、見ていて面白みが無かった。
 世界が退屈だという事など、生み出されて、培養層の中で勉強したために知っていた。
 だけど、それはあくまでも『見ているだけだから』ということにも気がついていた。
 だから、殺した。
 自分を覚醒させた瞬間に瞬殺した。
 自分が束縛されずに自由に生きるために。
 『冥衣』をほんの少し動かしただけで、風を切り裂くような鋭い音と共に科学者達の首が飛んだ。
 尚。『冥衣』は自分の意思によって自由自在に動くマントの形状をした武器だ。
 ぶしゃあっ!!という音と共に、紅い返り血が返ってきた。
 後に続くのは、既に動かないヒトだったものがその身体を支えきれなくなり、ばたばたと倒れていく音。床に七つの死体が転がるのを、自分はつまらなそうに見下ろした。せめて他の生き方をしていれば、少しは長生きできたものを…と思いながら。
 生まれつき『大人』として生み出されたから、その考えも外見に違わずに大人のものだった。容赦などという甘ったれた言葉はこいつらには不要だ。
 ちなみに、科学者の内の一人が歌っていたジーン・Dの『パーフェクト・ワールド』は、自分にとっては『つまらない幻想の世界の歌』にしか聞こえなかった覚えがある。現実は直視してこそ意味があるものだということを、自分は生まれた時から知っていた。
 そして『冥衣』の動かし方もあらかじめ決めてあった。
 それはすなわち『冥衣』という能力を自分が所持している事を、最初から知っていたということだ。
 そう、自分は…イントルーダーは自分の全てを知っている。
 自分は『賢人会議』の手先となるべく生み出されたということも。
 生まれつき知能・知識などが総じて高いのは、培養層の中にいた頃からの英才教育の賜物と、作成時の基礎能力の高さのせいだということも。この点に関してだけは『賢人会議』に感謝する。
(I−ブレインを起動していなくとも、一流大学に入れるほどの頭脳を持ち、普通の大人の二倍くらいの腕力を持つし、百メートルを十秒で走ることが可能であるなど、あらかじめ知力や筋力などが強化されているということである)
 ちなみに、イントルーダーのIQは軽く170を越しているとか何とか。












「ふう…さて、と」
 研究区は血の匂いで満たされた。最も、そいつらを殺ったのは自分自身だが…早いところ、この匂いから遠ざかりたいところだ。
 『冥衣』にこびりついた汚らわしい返り血は放置する事にした。どこかで洗えばいいだろう。
 いずれにしろばれるだろうから、死体処理をする必要は無いだろう。
 それよりも、今の自分にはやることがある。
 今の世界情勢をより詳しく知っておかなければならない。培養層の中で得た知識などほんの少しにしか過ぎない。
 どうやら自分は探究心旺盛な人間なんだなと、彼自身の事ながらイントルーダーは苦笑した。
 こつこつこつ…と、無人となった研究区に響く一人の人間の足音。
 あちこちを見渡して、巨大なディスプレイと端末を発見。つかつかと近づいて、端子から伸びた有機コードのリーダーをうなじにつないでデータを脳内に転送する。この出順も培養層の中で既に知っていた。
 目を閉じて、このコンピュータに内蔵されたデータの中身を知るために。
 少しの間を置いて、脳内に流れてくるデータの山。
 そして表示される文字の羅列の数々…。
 だがその内容は、イントルーダーが殆ど知っていることばかりだった。
 …つまらん。
 ふう、とため息を一つ衝いて、このコンピュータからは碌な情報が無いだろうな…と思って、うなじにつないでいる有機コードのリーダーに手を伸ばす。
「ん?」
 そして有機コードの端のリーダーを掴もうとして、脳内に転送されてきたデータの中に、妙に厳重にプロテクトがかけられた記述の存在を確認した。
「こいつは…とりあえずビンゴってところかな…」
 知らずのうちに口元に浮かんでくる笑みをかみ殺し、イントルーダーは妙に厳重にプロテクトがかけられた記述のプロテクト解除の命令を脳内のI−ブレインに下す。一秒未満でI−ブレインが了承の返事を出し、即座に作業を開始する。
 その間にも現実のイントルーダーはコンピュータからどんどんデータを転送したが、後にも先にも、ビンゴといえるのはその一つだけだった。
 ちょうとデータを調べ終わったと同時に、妙に厳重にプロテクトがかけられた記述のプロテクト解除も完成した。
 そしていざ、その内容を脳内に展開し――――――。





















「―――――――何」






















 知られざるその内容に、イントルーダーは言葉を失った。
 始めは何のことかよく分からなかった。
『『賢人会議』に必要な動力源すなわちマザーコア用魔法士作成について』
 そうタイトルが記されたファイルを、イントルーダーは速読で読み進めていった。
「…なんだよ、これ…」
 あやうくリーダーを取り落としようになる。膝に力が入らなくなり、床にがくりと膝を付く。
 額から冷や汗がとめどなく流れる。
 おそるおそる目を開けて、目の前のコンピュータを凝視する。唇が戦慄き、心臓が激しく脈を打つ。
 そこに、一つの足音。
 背後に気配を察知して、イントルーダーは息を飲み、素早く後ろを振り向き、
「…貴方は…エクイテス」
 橙色の髪の筋肉隆々とした肉体の持ち主が、廊下の薄闇の向こうからイントルーダーを見つめていた。
「…おい、これは…」
「知ってしまったか。しかもこんなに早くに」
 眉一つ動かさずに、エクイテスは淡々と告げる。
 イントルーダーは、笑い飛ばそうとして失敗した。
「待て…俺は『賢人会議』の仲間として生み出されたんじゃなかったのか…?少なくとも、培養層にいる間はそう聞いていたぞ」
「ああ、あの科学者達か…研究しか能の無いやつに、どうしてそんな貴重な情報を言いふらす必要がある。あいつらはあいつらの役割がある。そして、その事実は、あいつらには全く持って必要の無かったものだ」
「…なんだそれは…そもそも『賢人会議』は、人間によって虐げられる魔法士を救うための組織なんだろ…それなのに、どうして『賢人会議』がマザーコア着手という手段に出る!!」
「ぬかせ若造が。世の中は綺麗事だけじゃうまくいかないということだ。生きるためにはエネルギーが要るというのは当然の事だろう。人間にしろ機械にしろ何にしろ。な」
 イントルーダーは体の震えを無理矢理抑えて立ち上がった。
 エクイテスが一歩だけ前に出る。
「…そのために」
 イントルーダーは無意識の内に前に踏み出した。
「そのために、俺を作り出したのか!!お前たちは!!」
「そうだ。マザーコア中心体イントルーダー」
 エクイテスからの鋭すぎる即答。
「…ならば、俺は自由を得る!!こんな暗いところでのうのうとマザーコアなどやっていられるか!!」
「得てみるがいい!!!」
 次の瞬間には、イントルーダーは動いていた。
(Iーブレイン、起動)
 その瞬間にイントルーダーは目を瞑る。
 刹那、目の前の一点を中心に、視界が裏返る。周囲が闇に包まれ、文字列に埋め尽くされた無数の『カード』が浮かぶ。その様は神経衰弱を連想させる。
 思考の主体を『I−ブレインの中のイントルーダー』に移行。ナノセカント単位に引き延ばされた極限まで濃密な時間の流れの中で、思考が研ぎ澄まされていく。
『I−ブレインの中のイントルーダー』が、迷うことなく手前にある一枚のカードを手にする。刹那、一ナノセカントの時間を経て、ガードが光を放ち、
(『冥衣』発動)
 思考の主体が『現実のイントルーダー』に戻る。
 『現実のイントルーダー』は目を開ける。
 薄暗い地下の研究区にて、明確な殺意を持ったエクイテスの拳が襲い掛かる。
 エクイテスの一撃がイントルーダーに命中……するかと思われたと同時に、イントルーダーを守護する黒衣の一部が明確な意思を持って何の前触れも無く行動を開始し、
「ほう!」
 驚愕と感嘆の入り混じったエクイテスの声。
 イントルーダーの鼻先二ミリ前で、圧倒的破壊力を持ったエクイテスの一撃が、イントルーダーの顔に届くことなく、その一撃は突如飛来した黒衣のマントによってからめとられた。
「もはやそこまで使えるようになっているとはな!!」
 攻撃を防がれたというのに、エクイテスは余裕の笑みを絶やさない。
「お陰様で!!!」
 受け止めたエクイテスの拳をマントから解放し、その一瞬の、ほんの一瞬の隙をついてイントルーダーは駆け出す。
「な!!」
 戦闘開始かと思いきやいきなり敵前逃亡を図るイントルーダーに一瞬だけ呆れたエクイテスは、その一瞬だけボーっとしていまい、
「しまった!!」
 薄闇の向こうに消えていくイントルーダーの姿を見失う羽目になった。
 こうなってしまっては打つ手が無い。
 エクイテスでは、イントルーダーに追いつけない絶対的な理由がある。
 イントルーダーの戦闘能力を強化しすぎた事を、エクイテスは今更後悔した。
 …だが、これで終わりではない。
 まだ策はあるのだから。
 マザーコアの代えはあるのだから。









 …たとえマザーコアを使う事が、エクイテスの意思に反したことであっても、マザーコアなくしてこの組織は生きられないのだから。


















 
あの男と、あの男が作った魔法士を倒すまで。

























 そのままエクイテスは、イントルーダーが逃げたのとは違う方向の薄闇へと歩いていった。























「…そして今、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』は、その組織としての生命を終えようとしている」
 漆黒のマントを羽織った青年…イントルーダーの説明が終った。
 一字一句漏らすことなく話を聞いていたシャロン・ベルセリウスは、その説明にただただ唖然とするばかりだった。
 研究所から得た答えから、自分達が所属していた『賢人会議Seer's Guild)』は、その真名が『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』であり、本物の『賢人会議Seer's Guild)』とは全く関係の無い組織だという事くらいは分かった。
 同時に、イントルーダーの逃走理由も、クラウが『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』に反旗を翻した理由も分かった。
 …だけど、解せないこともある。
 ならばどうして、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の情報があちこちの研究所跡に残っているのか。
 それはこの研究所にあった情報も然り。
 どうして、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』は、自らの存在を世界に公に出来るヒントを与えておくのか。
 何もかもが分からない。
 そんな事をして、一体何になるというのか?
「…それは…私達にも分からないわ」
 それを答えたのはクラウ。だが、この発言が正解に近づいたわけでは無い。結果、謎は謎として残る。
「まるで…自分達の存在が公になってほしいって感じすらするな…しかし、それをやって何のメリットがある?」
 顎に手を当てて考え込むイントルーダー。素で一流大学に入れる彼の頭脳を持ってしても、その答えを出せない…否、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の常識はずれな突飛な行動に理解力が追いついていないのだろう。天才の考える事は分からないと昔からよく言うが、それと同意語なのだろうか。
 イントルーダーの脳内に入れてある『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の情報を、もう一度よく考察してみる。
 まず疑いの無い事実として、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』は『賢人会議Seer's Guild)』の名を語った全くの偽者である。そして、その事を暴かせる為のヒントをあちこちに隠している。
 そのまま『賢人会議Seer's Guild)』を語っていれば、正体がばれないで『賢人会議Seer's Guild)』という名の隠れ蓑に隠れていられるのにもかかわらず、だ。
 分からない。
 やつらは、何を考えている?
 何故、こんな回りくどいことをする?
 物理法則すら解くI−ブレインを持ってしても、分からない。
 それとも、自分が深く考えすぎているだけなのだろうか?
 答えそのものは実は非常に簡単な答えであって、自分が難しく考えているだけなのかもしれない。
 だが、イントルーダーが考えている最中に、
「…そこまで悩むなら、行動すればいいじゃない」
 思考を中断させたのは、クラウのその言葉だった。
「…行動って、まさか…」
「そう、そのまさかよ」
 クラウが次に告げた言葉は、シャロンの予測したとおりだった。


















「今から『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』に乗り込むのよ」


















「…何とまあ、分かりやすい…」
「…自殺願望?」
 …何故か口からそんな言葉が出た。
「なによそれ!!!」
「なんでそうなる!!」
 ―――二つの手が、シャロンの頭をひっぱたいた。
 いきなりの事に、思考が追いつかない。痛覚をI−ブレインに任せてくらくらする頭を支えて、
「いきなり何するんですか!!」
「普通に叩くわよ!!なんで『自殺願望』なの!!『作戦』とか『行動原理』とか、言いようはいくらでもあるのに!!」
「だって、たった三人じゃ…」
「それでも行くしかないだろう…シャロン、お前はゼイネストやノーテュエルの仇を取りたくないのか?」
「う…」
 シャロンが喉に何かを詰まらせたように返答に詰まった。
「…でしょ。だから迷う暇があったら、とっとと行くわよ!!」

















 ところで、ここにクラウもイントルーダーも気づかなかった真実が存在する。
 シャロンが返答に詰まったのは、答えられなかったからだけではなかった。
 同時に、シャロンの胸の中に、何か言い表しようのないわだかまりが出来たような感覚を覚えたからだ。
 さらに、頭に何か声が響いた気もした。
 今までこんな事は無かったはずなのに。
 …きっと、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』へと本格的な戦いを挑むと思ったために生まれた感情や言葉だと思って、そのままにしておいた。
















【 * * * * * * 】


















 昨日の夜中の十一時頃、シュベールは目を覚ました。
 先ほど布団に入ったのが十時半だったから、三十分くらいしか寝ていない計算になる。しかし、それでも眠気は綺麗に吹っ飛んでしまっていて、目を瞑っても睡魔が襲ってくることはなかった。
 そう、睡魔なら。
「………まさか」
 睡魔の代わりに身体の底から湧き上がるのは…。
 あり得ないことだったし、あってはならないことだった。
 ベッドの上に仰向けになったままでシュベールはまばたきもせずに呆然と天井を見上げた。
 悪寒が走る。
 寒気がする。
 間違いない。
 ついに来てしまった。
 恐れていた時が来てしまった。









この耐え切れないモノを止める為に、シュベールは向かっている。
彼女がいる場所へと。






















―――【 現 れ た 者 】―――
〜RESHUREI&SERISIA&BUREED&MIRIL&RON&HINA〜



















「…ん」
「あ」
 つい先ほどまで泣きつかれて眠っていたエメラルドグリーンの髪の少女――ヒナが目を覚ました。
 それに真っ先に反応したのは、もちろん論だった。
「起きたか…もう大丈夫か」
「はい、悪い夢も見ませんでした…」
 ヒナの目覚めは非常に好調なようだ。無理も無い。先ほど彼女から事情を聞いた時には、正直、結構ショッキングな内容が多々あったからだ。
 望まない人殺しを強要されて、そして殺した相手が夢に出てくる様は正に悪夢。おそらく、ヒナの中の罪悪感が無意識の内にそうさせていたのかもしれないが、何にせよヒナを心身共に疲弊させていたのは間違いない。
「…なあヒナ…もし、もしなんだが…」
「はい」
「もしオレ達が『賢人会議Seer's Guild)』に乗り込むって言ったら、…止めるか?」
 いくら嫌な思い出があったとしても、『賢人会議Seer's Guild)』は仮にもヒナの生まれた場所だ。そこをヒナに何も言わずに滅ぼしたりして、結果的にヒナを悲しませる事になってしまわないように、今の内にヒナに確認をとっておく事にした。
 しばしの沈黙の後、ヒナは無言で首を横に振った。
 そして答えた。
「…あそこは確かにわたしの生まれた場所です…ですが、あそこには辛い事が多すぎます…だから、出来る事なら、わたしはもうあそこには戻りたくないです…それに、その為にもけじめをつけなければいけません。
 だから、わたしも行きます。
 『賢人会議Seer's Guild)』と、完全に離別するために」
「…分かった、君がそういうならオレには反論する理由が無い。正直、少し安心したよ」
「…なら、そろそろいいかな」
 話しかけるタイミングを計っていたレシュレイが、横から遠慮がちに聞いてきた。
「ああ、始めてくれ」
「…何をですか?」
 起きたばかりで事情を知らないヒナが聞いてくる。
「ああ、ちょいとした『賢人会議Seer's Guild)』に関する情報らしい。何でも、レシュレイが前にシティ・ロンドンからハッキングしてきたとあるデータの内容を解析した結果、『賢人会議Seer's Guild)』に関する記述があったらしい」
 それを聞いた途端、ヒナが表情を引きしめて、真面目な顔になった。


















 強化カーボンの床に、六人が輪になって座り込む。
「つい最近になって、前に俺がシティ・ロンドンからハッキングしてきたとあるデータの中にあった、プロテクトのかかったデータの解析が完了したんだ…といっても、俺が解析したわけじゃないけどな…解析したのは俺の父さんだ」
「ああ、あの人か…」
 シティ・メルボルンで出合った、そっち方面の会話が大好きなあの男を思い出して、顔をしかめた論は右手で頭を抑える。
「何だ。論はその人の事を知っているのか」
 何も知らないブリードが論に問う。
「…なんと言うか…一言で表すなら『楽しい人』だな…それ以上はこの戦いが終ってから実際に会ってから判断してくれ」
 これ以上この話を続けたくない。という意思表示と共に、論はソレだけを告げた。
 それを察知したブリードはそれ以上は追及しなかった。
「むう、ちょっとひどい言い方ですよ」
 ぷう、と頬を膨らませたセリシアが論に抗議した。父親を馬鹿にされてちょっぴり頭にきたのだろう。
「ああすまない…悪口を言ったわけじゃないんだ…どうにも第一印象がアレではな…それと思ったんだが、レシュレイはどうしてシティ・ロンドンなんかにハッキングに行ったんだ?」
 謝罪と質問を同時に行う論。
「ああ、父さんがシティ・ロンドンにハッキングに行ってくれって父さんが言ったんだ。で、その結果、『賢人会議Seer's Guild)』に関する情報が入ったんだが…ちなみに、『賢人会議Seer's Guild)』に関する情報が見つかったのはシティ・ニューデリーの件を含めてこれで二件目だ…しかも、シティ・ロンドンとシティ・ニューデリーの両方で見つかっている…ということだ」
「…一つ聞きたいんだが、その…ラジエルトがハッキングに行ってきてくれって言ったところは、他にどこかあるのか?」
「ああ、確かシティ・マサチューセッツにも行ったな。そこでは『賢人会議Seer's Guild)』に関する情報はなかったが、かわりに面白い情報があった…なんでも、シティ・マサチューセッツ自治政府直属の魔法士開発機関『WBF』ウィザーズブレインファクトリー)―――そこのエージェントがシティを裏切りテロに加担。あのFA−307と戦闘やらかして、最後には行方不明になったっていう、ファクトリー創立以来の醜聞。だそうだ…だけど、それがどうかしたのか?」
「…取ってくるべきデータの形式とかは指摘されたのか?」
「いや、特に指摘はされていない…ただ、場所だけ指摘されたな。何でも、そこがそれぞれのシティの最も重要な情報が隠された箇所だって言われてだ」
「後は…どうしてハッキングなんかしているんだ?」
「えーと、それはだな」
「…父さんが言うには、いつ大きな戦いに巻き込まれるか分からないから、世界情勢を知っておく必要があるそうなんです」
 レシュレイが答える前にセリシアが答えた。
「…なんでセリシアさんが答えるんですか?」
 と、これはヒナ。
「レシュレイに助け舟を出しただけですよ」
 即座に返答。
「いい彼女だな、レシュレイ」
「…なっ、からかうな!!」
「あうあう…」
 タイミングを見計らったかのように即座に入ったブリードの冷やかしに、レシュレイは照れながら拳を振り回した。もちろん、その拳が誰かに命中するということはない。これはただの照れ隠しに過ぎないから、元より当てるつもりもない。
 ちなみに、その横ではセリシアが俯いて真っ赤になっていた。
「…続きやるぞ。そうだな…ラジエルトは解析中に、お前達にその解析中の場面を見せたか?」
「いや、集中したいから一人にしてくれとか言っていたが…」
「分かった。もういい。どうやら、俺の思い違いみたいだ…それより、話の続きを」
 論はそれだけを答えにした。
 そしてレシュレイの説明は続く。
「…話を戻すぞ。その中に書かれていた事に、こんな記述があったらしい…」
















(なるほど、そういうことか)
 今の論の質問は、実は、全て『ある事』を前提に質問したものだ。
 結果、論の予感は当たっていた。
 レシュレイの話を聞いた後、論の頭の中で、一つの答えが出ていた。
 だけど、論はそれを口に出さなかった。
 言ってしまえば…。
















 本当なら解析が完了したのはかなり前…時期的にはワイス死亡直後あたりなのだが、時期的にも戦況的にも中々言い出せる機会が無くて、結局今の今まで先延ばしにする羽目になっていた。
「まず、『世界樹』、『天樹錬』、『フィア』、『龍使い』といった単語と、それに関連する人物相関などが描かれていた。




・『世界樹』…エリザベート・ザインの失敗作である『世界樹』が、発芽するわけが無いはずなのに発芽した…この件についてはエドワード・ザインが絡んでいて、当のエドワード・ザインは『世界樹』に取り込まれた。さらに、そこには『天樹錬』と『フィア』の姿も確認されている。




・『天樹錬』…黒髪に黒目の東洋人の少年。今のところ分かっているのは、依頼達成率百パーセントの便利屋であることと、複数の異なる系列の能力を操る特異なI−ブレインを有しているということ。
 七ヶ月前のシティ・神戸崩壊事件にも、先述の『世界樹』にも関与したと噂される、おそらく世界で最高レベルの魔法士の一人――――通称『悪魔使い』。




・『フィア』…本来ならシティ・神戸のマザーコアになるはずだったベルリン作成の『天使アンヘル)』だが、『天樹錬』他数名の手引きによりその命を救われる。代償としてシティ・神戸が失われたが。




・『龍使い』…上空一万二千メートル上の『楽園』(大変申し訳ないが、長いので省略!!)




 …以上の事が、厳重ではないプロテクトの中にあった記述だ」
「ちょっと待ってください。じゃあ、厳重ではないプロテクトの中にある記述があるという事は、逆に言えば厳重なプロテクトの中にある記述もあるって事ですよね」
 レシュレイの述べた記述に対し、即座に疑問をぶつけるミリル。実はセリシアも同じ疑問をぶつけようとしていたのだが、先に言われて口を紡ぐ羽目になった。
「…鋭いな。指摘したとおり、厳重なプロテクトは存在した。で、それを解析したのが、これから述べる事だ」
 レシュレイは一呼吸ついてから、話を再開した。
 誰もが、レシュレイに視線を集中していた。
 だから、壁の向こうで何者かが気配を消して潜んでいても、気がつかなかった。













「俺達がシティ・メルボルンの地下都市で戦った『賢人会議Seer's Guild)』の一員にして、連続人攫い事件の犯人であるワイス・ゲシュタルト。人形使いとしての能力はかなりのもので、その能力を買われてあちこちで工作員などをしていたらしい…最も、ワイスは絶対に一つの組織には長くは所属せず、頻繁に所属する組織を変えていたらしい。まるで傭兵のようにな。
 だから、『便利屋ワイス』などと呼ばれていたらしい」
 そこでレシュレイは、一旦言葉を切る。
 次の言葉を繋げていいものかと一瞬迷ったが、真実の為にも切り出すことにした。女性陣三人の顔色をうかがった上で。
「だが、ワイスはもう一つの名前も持っていた」
 レシュレイは一呼吸置いて、次の言葉を切り出した。
 まるで、罪を自白するかのように。


















「特殊性癖屋ワイス」














それだけで、空気が凍りついた。













 凍りついた空気の中でも、構わずにレシュレイは続けた。セリシアが青ざめた顔でレシュレイの服の袖を掴んでいたので、落ち着かせるためにその頭を撫でる。あの時、レシュレイが論に出会わなければ、レシュレイがたどり着くのが遅かったら、セリシアはワイスによってとんでもない目に遭わされていたに違いないのだから。
「ワイスは様々な組織に着いて、様々な作業を行っていた。もちろん偽名でな。そこでの仕事内容は様々だったが、そのいずれもワイスの『人形使い』としての能力を駆使すれば、いともたやすく執行できるものだった。
 そしてワイスは、報酬の際に、金はそんなにいらないから、他に金ではないあるものを準備してもらっていた」
「…おい、そのまさかって…」
 論の声が震えていた。そしてその傍らにいるのはもちろんヒナ。がたがたと震える彼女の唇は可哀相な位に青ざめている。
 だが、ソレを見てもレシュレイは続けた。
 真実を告げるために。
「ああ…論、お前の想像はきっと外れていない。ワイスが成功の報酬としてもらっていたものは…女だ
 再度、空気が凍りついた。
「それも…いや、やめておこう」
 ミリルまでもが震えているのを見て、レシュレイはこの話を打ち切った。














「そして、さらに続きがある。
 ヒナやワイスの所属していた『賢人会議Seer's Guild)』は、おそらく、真っ赤な偽の組織名だ」
「…え!?」
 いきなり告げられた事実に、ヒナの目が丸くなった。元々丸っこい目をしているから、本当に目が真ん丸になっているようにすら見える。
「ヒナやワイスが所属していた組織の本当の名前はもう一つの賢人会議Another Seer's Guild)…本物の『賢人会議Seer's Guild)』の名を借りた偽者だ」
「何で、それが分かるんですか?そして、どうして断言できるんですか?」
 すかさずセリシアから質問が来る。
 何故、レシュレイや父さんがその事を知っているのか。
 何故、自分には聞かせてくれなかったのかという質問を含まれた疑問でもあったのだが。
「黙っていてすまなかった。だけど、あの時はこれ以上セリシアには誰も殺させたくなかったから、だから教える事が出来なかった。教えてしまえばセリシアはきっとまた戦いの渦の中に巻き込まれるから…」
「…そう、だったんですか…」
 自分の事を心配して配慮してくれたことに、セリシアは心の中で感謝する。
「だけど、もうその必要は無いから話す…そもそも、おかしいんだ」
 ここで一区切り。
「…こいつは父さんですら最近知った事実なんだが…実は『賢人会議Seer's Guild)』は、シティ・メルボルンに潜伏しているってのは聞いた事あるよな?」
「ああ」
 この返答は論によるもの。
「つい先日、父さんは教会の神官であるカールを偶然見かけたらしいが、その時、近くに黒髪の双子の姉弟がいたらしい。そいつらは天樹と名乗っていたから、間違いなく『あの』天樹錬の関係者だろう。世界に天樹という苗字はそれほど多くないしな。
 で、『賢人会議Seer's Guild)』と名乗った少女―――サクラと言ったか…を見たらしい。
 そして賢人会議Seer's Guild)』はサクラ一人で成り立っているという事を知った。
 …さて、これがどういうことか分かるよな」
「…え!?」
 返ってきたのは、拍子抜けしたヒナの声。
「ちょ、ちょっと待てよ!じゃあ、まさか…!!」
 結論を急かせるように、ブリードが身を乗り出した。
「ああ、そうだ!!」
 その場にいる全員によく聞こえるように、レシュレイは叫んだ。
「そもそも、出来るわけがないんだ!!『賢人会議Seer's Guild)』は基本的にサクラ一人で行動を行っている。人を雇う時もあるが、それはあくまで一時的な傭兵としてでしかない。正規社員じゃないってことだ。だから、『一員』とか、そういう単語は絶対に出てこない。出てきたとしても、それは『賢人会議Seer's Guild)』が複数の人数の組織からなる構成をしていると誤認させるためにわざとそう言った可能性もある。
 だが、『賢人会議Seer's Guild)』の目的はあくまでも『魔法士の解放』。だが、ワイスの行動は明らかにその理念を外れたもの。故にワイスが『賢人会議Seer's Guild)』の魔法士ではなく、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の魔法士だということが判明する。しかも人を雇っても、そいつらはせいぜいが傭兵どまり。任務中に勝手な行動をとる事が死に繋がる事を理解している、命の掛けどころを知る者達のはずだ。だけどワイスやシュベールは違った。特にシュベールは仲間であるはずのワイスをあっさり殺した。そして何より、シティ・メルボルンで行われたあの事件の時に、サクラが来ないのが最大の理由だ!!
 今までの所業は全て『賢人会議Seer's Guild)』の思惑の外で行われた事!『賢人会議Seer's Guild)』を隠れ蓑として活動し、オリジナル同様に世界のあちこちで暗躍する者達!!
 ブリード達が会ったっていうノーテュエルやゼイネストも、間違いなくその仲間だったに違いない!!
 そいつらの名は…もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)!!!」




























 
その刹那だった




























「よくそこまで調べたわね」





























(攻撃感知)
「っ!!」
「ち!!」
「え!?」
「まさか!!」
 約四名にとっては聞き覚えのあるその声と共に前触れ無く飛来する攻撃。I−ブレインのその反応を頼りにして、その場にいた全員が回避を試みた。
 だが、実際にそれをする必要があったのは一人だけだった。そもそも、その攻撃は確実に一人だけを狙いとして放たれたものだから、その一人だけが避ければいいだけの話であった。
 だが、肝心のその一人が避けきる事が出来なかった。それもそのはず、その一人のI−ブレインは『回避不能』を告げたのだから。
 だから、避けれなかった。










「っ!!!」
 飛来してきたそれは、鞭だった。
 それを見た途端、狙われた一人の顔が、たちまち泣きそうにゆがんだ。
 無理も無い。何度も見たソレは、今まで幾度と無く彼女を痛めつけてきたものだから。
 全力で逃げようとした。
 だけど無理だった。
 ソレは彼女の身体を拘束するように絡みついた後に、ソレを放った持ち主の元へと戻っていった。
 全員がそちらを見た。
 そこに、そいつは…彼女はいた。
 彼女を見た途端、レシュレイとセリシアは背中に悪寒が走ったのを感じ取ったのに対して、論だけが笑みを浮かべて口を開いた。
「久しぶりだな。あの時の決着でもつけにきたか?」
「ご名答」
 そして彼女も答えた。
 そこにいたのは、水色のツインテールの少女…シュベール。
 シュベールの持つ鞭が捕らえたのは…ヒナ。
 そして今、ヒナはその鞭によってぐるぐる巻きにされていた。










「…成程、ヒナの背中の傷…そしてお前の武器…ヒナを痛めつけていたのはお前だったって訳か。これで合点がいったよ」
「…私も、あの日にヒナをかくまったのが貴方だったとは…知らなかったわ。ふふ…こうしてみると、シティ・メルボルンでの出会いが運命じみたものにすら思えてくるわね」
「そんな運命は全力で御免被りたいな…あの時、オレは失敗していたと思うよ。やはり、あの時お前を殺しておくべきだったな」
「あらら、不思議と気が合うわね。私としても、あの時貴方を倒しておけばよかったと、今思っているわ」
「ヒナを如何する気だ」
「決まっているわ…元の場所に連れ戻すだけよ」
「いやぁっ!!!もういやぁ!!」
 拘束されて手足が動かないヒナが、いやいやと首を振った。捕らえられた時にノイズメーカーをはめられたらしく、I−ブレインからの反応と稼動率が非常に遅くなっている。
 こんな時に下手にシュベールに手を出せば、どうなるかは明白。
 だから、全員が下手に出るしかなかった。
 そんな中、論は話を切り出す。
「それは出来ないな…ヒナが何をした?」
「…貴方に何が分かるの?この子がいなければ、私は私を保てないのよ」
「何も説明されていないのに意見を述べられても、困るだけなんだがな」
「…ならば来る事ね…私達の組織…『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』へと!!!そこで全てを説明してあげるわ!!私と、私たちの長、エクイテス・アインデュートが!!」
「言われなくとも行く。どうやらオレは、お前達を倒すために生み出されたらしいな。力は正しき方向に使ってこそ意味がある。そしてお前は、踏み出すべき最初の一歩から間違っていた…それは言わずとも分かるだろうがな」
「あらあら、言ってくれるじゃない…ま、私もそうそう簡単に倒される訳にはいかないけどね…この世界に出来る限り対抗して見せるんだから…だから来なさい…論だけじゃないわ。そこにいる全員が、よ」
 しばしの沈黙。
「…ふう、面白い事を言ってくれる…いいさ、一度足を突っ込んだ以上、引き返すつもりはねぇ。あのノーテュエルやゼイネスト、そしてシャロンを生み出した組織だ。今の世界には十分に危険要素となりうるさ」
 ずい、と一歩を踏み出して、ブリードが断言した。
「ブリードが行くって言うんなら、私もついていくわ…あの時の暴走した魔法士…ノーテュエルを、あんな可哀相な運命に生んだあなた達を許すわけにはいかないから。あの子には、普通の魔法士として生きていて欲しいから」
 次いで口を開いたのはミリル。だが、その発言は、ゼイネストが暴走してノーテュエルと共に死んだ事を知らないからこそ言える台詞だ。
 もちろん、シュベールもそのことを知らないのだが。
「あのワイスを生み出した組織…野放しにはしておけない」
「はい…だからこそ、貴方達をこのままにしておくわけにはいかないのです」
 続いて、レシュレイとセリシアがそれぞれの決意を述べた。ワイスの所業を見れば、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』のやっている事に大体の予想がつく…たとえそれが間違っていて、偏見に満ちたものであっても。(最も、この場合は偏見ではなく事実なのだが)
「…ふうん、やっぱり全員が来るみたいね…いいわ、元より来るつもりが無かったんなら、力ずくでも連れて行くつもりだったんだし…。それに、レシュレイとセリシアの二人には、エクイテスも個人的に用があるらしいから…」
「何ッ!?」
「えっ!?」
 レシュレイとセリシアの二人が、揃って驚く。天樹錬などとは違い、どっちかといえば世界的にマイナーな存在であるこの二人の存在を知るものが他にいたという事に対して、だ。
 そんな二人に構わず、シュベールは続ける。
運命の時DESTINY TIME)はもう開かれたわ。この流れを止めることなど誰にも出来ない。
 もはや存在などありえない神々の知らぬ存ぜぬところで流れたこの一つの物語、尊き生命の踊るワルツが奏でる生命の躍りを存分に楽しみましょう。
 そして勝負と行こうじゃないの。
 『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』か、貴方達が生き残るのかの、ただの勝負を!!!」
 そう言って、シュベールは懐から取り出したディスクを、手首のスナップを効かせて放り投げて、












 
それが合図になったかのように、
シュベールの姿がヒナごとかき消えた。













「ま…」
 待て、と言おうとして、論は咄嗟に動かそうとしたその手を止めた。
 もはや無意味な行動だと、彼の脳が理解してしまったからだ。
 ぎり。
 続けざまにそんな音がした。
 その音の正体は歯軋り。
 そして、歯軋りした主…レシュレイが叫んだ。
「…なんでだ…どうして俺達は皆して戦いに巻き込まれるんだ…父さんの言っていた『世界は俺達を放っておいてはくれない』というのは、こういうことだったのか…!?
 なら、ここでうだうだしていても、何も変わらない…だから終らせるんだ!!!全ての闘いを!!」
 レシュレイの口調は、今この場において、誰よりもはっきりとしたものだった。
「ああ、だがそれはこのディスクを調べてからだ…急いては事を仕損じるというからな、それに、エクイテスとやらがレシュレイとセリシアに何の用があるのかも分からないしな…」
 論は不思議なほど落ち着いていた。
 無論、ヒナの事が心配でたまらないはずなのに。
 こうしている間にも、ヒナが何をされているかが分からないのに。
 それでも、論は慎重な行動に出る事を選んだ。
 もちろん、一同はそれを分かっていた。
「ああ、行くぞ、皆!!」
 皆の気持ちを一つにまとめる為に、レシュレイが気合を入れた一声を放つ。
 その場にいた者達全てが、それに答えた。








「ええ!!」




 セリシアとミリルが同時に声を合わせて、








「ああ!!」




 少女二人と同時に、論とブリードが同時に叫んだ。



























―――【 戦 い を 謳 う 詩 】―――
〜HINA&SHUBEEL〜


















 辺りを見渡すと、白い強化カーボンの天井が目に入った。
 ヒナは勢いよく身を起こし、焦点の定まらない目でぶんぶんと左右を見渡し、途端に脳内を襲った鈍い痛みに顔をしかめて小さく呻いた。
 胸にかかっていたシーツが柔らかい感触を残して滑り落ち、それでようやく自分がベッドの上に寝ていたことに気づく。ついでに服がいつの間にか着替えられていた。といっても、普段の白いワンピースの替えでしかないが。
 そして足元には。ちゃんと二本の騎士剣がある。
 …何があったんでしたっけ?と首をかしげる。
 おそるおそるベッドの淵に足を下ろすと、その動きに反応したかのように天井のライトに光が灯る。硬い白の光が目覚めたばかりの瞳を直撃して一瞬目を瞑る。そして再度目を開いて周りを見渡す。紫色の壁と紅いカーペット。何となく見覚えのある光景。で、枕もとの窓にはいかにも頑丈そうな鎧戸。
 他の入り口と言えば、足下側の壁にドアが一つだけ。
 そのドアの向こう側から聞こえる音に、ヒナは唐突に気がついた。
 …この足音…。
 それは幾度も聞いた足音。
 そしてヒナは思い出す。
 自分に何があったのかを。
 知らずの内に、身体ががたがたと震える。
 寒気が背中を襲う。
 思考回路が一気に繋がって、これまでの事を思い出した。
 論達のお陰でヒナはやっと自由を手に入れたかと思った矢先にシュベールが現れて攫われた。その前にはレシュレイにより『賢人会議Seer's Guild)』の正体を知らされた。
 もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)
 これが、今までヒナが所属していた組織の本当の名前。
 そこまで考えて、ドアが開いた。
「目は覚めたみたいね」  現れたのは、水色ポニーテールの少女、シュベール。
 シュベールは普段は水色ツインテールだが、ある時だけは水色ポニーテールになる。










それは、ヒナを『お仕置き』の名の下に痛めつける時。











「っ!!」
 咄嗟に身構えるヒナ。I−ブレインが正常に反応を返してくるところを見ると、どうやらノイズメーカーは着けていないらしい。いつもなら真っ先に付けるはずなのに何故!?と一瞬頭の中で思ったが、それは後回し。二本の騎士剣『ムーン)』と『スター)』を構えて、シュベールとの間合いをとる。
 だが、シュベールの様子はどこか上の空みたいだった。いつもなら彼女が身に付けているはずの覇気が無い。
 加えて、どこか、そう…人生に疲れきった者の顔。
 ヒナが『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』を脱走してから何があったのかなんて分かるわけがないが、だた事ではない何かがシュベールの身に起きたのは明白。
「…来ないんですか?」
 いつまでたっても仕掛けてこないシュベールの様子に疑問を感じ、ヒナの口を衝いて出たのはそんな言葉だった。
「………その前に、一つ、話があるわ」
 シュベールの声も態度も、やはり疲れきったものだった。
 大きなため息を一つ吐いて、シュベールは続けた。




















「私は、もうじき死ぬわ」





















 ――――何の事だか分からなかった。
 ――――何の冗談だと思った。
 空いた口がふさがらないというのは、こういうことを言うのではないのだろうか。
 いきなり突きつけられた言葉。
 シュベールが…もうじき死ぬ!?
 殺しても死なないようなこの女が!?
 そんな事あるわけが…。
「残念だけど、冗談でもなんでもないわ」
 ヒナの考えを見透かしたかのように、シュベールは続けた。
「どうやら私達の脳内には、ある者によって自己崩壊プログラムが仕込まれていたみたい…あ、安心しなさい。調べてみたところ貴女には仕込まれていないみたいだから…。
 だから、貴女にチャンスを上げるわ…。
 今から私と戦って、貴女が勝てれば、私は貴女がどこへ行こうと見逃してあげる。だけど、貴女が負けたら…」
「負けたら…?」










「私が死ぬその時まで、私の玩具おもちゃ)になってもらうわよ」











 背筋に悪寒が走った。
 希望と絶望が、同時に沸いてきた。
 今の話を理解すると、とどのつまり、シュベールに勝つ事が出来れば、ヒナは本当に自由になれる。
 だが、シュベールに負ければ、その時は…。
「…」
 頭を左右にぶんぶん振って、嫌な考えを打ち消す。
 同時に、どうしてヒナがノイズメーカーの類を着けられていなかったかが分かった。
 シュベールは、本気だ。
 本気で、ヒナと戦うつもりだ。
 シュベールがどうやって「自分の最後が近い」ことを理解したのかも、どうして自分との戦いを望むのかも分からないが、今はそれを考えるのは後回し。
 生まれた時から続いてきた悪夢を、今、ここで断ち切るのみ。
 ヒナは二本の騎士剣『ムーン)』と『スター)』を構え直した。『ムーン)』のその切っ先をシュベールへと向けて、
「…私は…生きたい…生きたいから、貴女を倒します!!ここで全てを断ち切る為にも!!」
 ヒナは叫んだ。生きるための戦いの序曲として、そして、シュベールを倒すという決意表明として。
 この世界で、明日を夢見ていくためにも、ここで果てるわけには絶対にいかないのだから。論と一緒に生きるためにも、ここで負けるわけにはいかないのだから!!
「泣き虫の貴女にそれほどの言葉を言える度胸があるとはね…これは論のおかげかしら…。
いいでしょう!!さあ来なさい!!あたしは止まらない!!あたしは止められない!!止めたくても止められない!!お互いのその後の為に、本気で戦いましょう!!」
 シュベールも背中に隠し持っていた鞭を構える。シュベールの一人称が「あたし」になる時は、シュベールが本気である事の証だ。長年の付き合いからヒナはそれを理解できている。
 それを合図に、戦いが始まった。













<続く>







































―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―













クラウ
「さて、ついに物語りは終焉へと向かっていくわね…『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』へと向かって、生まれも育ちも能力も違う者達が一箇所に集ってゆく…これを運命と言わずして何というのかしら!」
イントルーダー
「…ていうか、俺の過去話、クラウに比べて随分と短くないか?」
クラウ
「貴方の役目はそういった「縁の下の力持ち」的なモノでしかないって事。表舞台ではあまり目立ったことこそしてないが、その裏では確実に物語の核心を暴く…己の運命に逆らってまで手に入れたその未来と命はとても大事で、かけがえの無いもの。培養層の中でユメ見た形を現実に。
 それがイントルーダー、貴方という人物を象徴する言葉よ…って、今、私が考えたんだけど」
イントルーダー
「褒めてんのか違うんだかよく分からん…まあ、しかし、何だ…ついに『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』との決着につけて物語が動き出したな…この戦いで、一体いくつの命が失われるのやら…」
クラウ
「WBの世界においては、死の概念が軽視されているところもあるから、それはちょっと悲しいところよね…一つ一つの命はとってもちっぽけでかけがえのないもの。だけど、人という生き物が大量にいるからこそ、一つ一つはどうしても軽視されるケースもある…命って一体何なんでしょうね…」
イントルーダー
「人は死ねば終わりだ。だから今を精一杯生きて明日を生きて明後日を生きて一年後を生きて死ぬまで生きる…レシュレイ達に、そんな希望は…あるんだろうな。出なければ、ああやって前向きになどなれん」
クラウ
「そうね。彼らには希望があるのよ。明日を夢見てやまない希望が。それはこの世界に生きるもの全てに存在するもの。希望をなくした人に生きる価値はあるのかしら…」
インとルーダー
「…そうだな…しかし、シュベールが言っていた『自分の命はもう長くない』という発言が気にかかるな」
クラウ
「…そう、そしてそれは『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』 の寿命が、あらゆる意味でもう少しで尽きることを意味しているわ。全ては回避する事の出来ない運命の下に紡がれる物語。願わくば、この物語を読んでいる人に、最後まで見届けて欲しいわ。この醜くも綺麗な世界に生きる、小さな小さな命たちの生き様を。
この物語が運命の時DESTINY TIME)と名づけられたことに、作者の想いが込められているわ。運命とは本当に回避不能なもので、人はそれにただただ流されるしかない。それまでの過程も全て関係無しに運命は人の人生を弄ぶ。
 だけど、それでも明日を夢見る事…」
イントルーダー
「…と、光の速さで過ぎ去っていく人生を反省している作者が書いたこんな物語でも、誰かに喜んでもらえれば幸いだな」
クラウ
「…そうね。
 あーあ、何か思いっきり真面目な話だけで進んじゃったわね。作者がこの文書くときの心情が思いっきりむき出しになっていることがよっく分かるわ」
イントルーダー
「その時その時で思いっきり文体変わっているしな。バイオリズムの影響を受けまくりだ」
クラウ
「…というか、私と貴方だけじゃ会話が進まないわねー。こんなときに体のいいギャグ要員でもいればいいんだけど…まあ、その辺りは次回のキャラトークあたりでノーテュエル辺りがやってくれるでしょう。私にそんなことは出来ないわ」
イントルーダー
「お前がギャグキャラ化した方が怖い。天変地異すら起きそうだ」
クラウ
「ちょっと!!何よそれ!!」
イントルーダー
「ほら、明るくなった、それに、何を暗くなっている。お前らしくもない…まあ、シリアスな空気でしめるのも悪くないし、今回はこの辺で…」
クラウ
「さようなら」














<こっちのコーナーも続く>








<作者様コメント>
キャラ達が言いたい事言ってくれたせいで、言う事がないです。
最近、気がつけばもうこんな時間だとか、気がつけばもう少しで人生真面目に考えないといけないなとか、
毎日これでいいのかと考え込む時間が長くなっています。
気がつけば歳もとる。このままいけば自分はどうなるのか。
もっと有意義な時間の過ごし方とかあったんじゃないのか。
などと思っても、過ぎた時間は取り戻せない。
どうせ一度しかないこの人生、俺の人生は俺が紡ぐモノ。
だから考えよう。そして毎日の日々を素晴らしいものに。



と、ガラにも無くそんなことを考えている画龍点せー異でした。

<作者様サイト>
なし

Back ◆とじる◆ Next