※ 文中、人によってはちょっとばかりイタイ表現があります!!!
苦手な方はご注意下さい。
まあ『ルナティックムーン』や『吸血鬼のおしごと』に慣れてる人なら大丈夫…かな!?



















DESTINY TIME RIMIX
〜犠牲者達の宴〜















未来なんて、信じなかった。


―――――わたしはどうせ、無残に散る命。


生きる事すら、苦痛だった。


―――――わたしはずっと、絶望の海に身を浸す。


だけど、今は違う。


―――――あの時出会った貴方が。


彼の存在が、わたしの物語をつむぐ。


―――――標なんて、私は創れないと、そう思っていた。


彼との出会いが『標』となる。










今まではずっと、後ろ向きのまま立ち尽くす。

振り返らないで生きていく目的もわからないまま、前にも進めずその場に座り込んでいる。

だけど、今は違う。

わたしはわたしの道を踏みだしてみせる。

その方法は…具体的にはわからない。








…だけど








あなたが、いるから――――――。


















―――【 生 き る た め の 戦 い  】―――
〜HINA&SHUBEEL〜



















(I−ブレイン、戦闘起動)
 次の瞬間、ヒナが脳内に命令を飛ばすのと、シュベールが「チィッ!!」と叫んで右手に携えた鞭を撓らせるのが両方とも同時だった。
(『身体能力制御』起動。運動速度を通常の七十二倍、知覚速度を百四十四倍へと定義)
 開幕直後からIーブレインをフル起動。元よりシュベールには本気を出しても勝てるかどうか分からない。だから最初から全力で戦う。
 額の裏側にシステムメッセージが表示され、世界が急激に減速したかのように感じる。運動速度と知覚速度の対比は二分の一。自分の身体までスピードを失ってしまったかのような錯覚。肌にまとわりつく空気がひどく重く感じられる。
 流水の舞を披露するかのように、強化された足の筋力を使って一歩目の跳躍。それにより、ヒナの身体は宙へと浮かぶ。
 同時に、シュベールが百四十四倍速の視界の中心で動く。
 シュベールの持つ鞭の名前は『真紅の鞭スカーレットビュート)』。
 幾千もの血を吸ったかのように紅い、彼女にぴったりとも言える武器だった。
 獲物を狙う肉食獣さながらの動きで、シュベール身をかがめて地を這うようにして走り、右手を軽く振るわせる。刹那、見当違いの方向へと飛来していた『真紅の鞭スカーレットビュート)』が空中で方向転換し、ヒナ目掛けて一直線に襲い掛かる。シュベール自身の速度はこちらの三分の一程度だが、圧倒的に長いそのリーチがそれをカバーしている。これにより、今のところはシュベールが接近戦を避けている事が明白になる。それなら、このままシュベールの懐に潜り込んで先手を取るのがベスト。上手くすれば、シュベールが反撃する前に勝負がつく。
 迷うことなく正面から突っ込む―――ふりをして、鞭が当たる直前で壁を蹴って方向転換。鞭は誰もいない方向へと飛翔していった―――が、シュベールが右手を少し動かすだけで、ヒナのいる方向へと正確無比に方向転換する。
 …正直、サーカスでも十二分に食っていけそうな腕前だ。
 と、そんなことはどうでもいい。
 それを回避してシュベールに近づく。騎士剣『ムーン)』を真っ直ぐに突き出した。
 刹那、どこを如何通ってきたのか理解できないルートを通って飛来してきた鞭が騎士剣『ムーン)』をなぎ払った。幸い、騎士剣『ムーン)』を落とさずに済んだものの、これでうかつな攻撃が仕掛けられなくなったことを理解した。
 その間にも、シュベールは右足を踏み出して、その際にさらに右手を動かす。
 シュベールの命令を受けて、シュベールの持つ鞭が再度ヒナへと飛来する。
 ――まだ!!!
 崩れた姿勢を無理矢理立て直し、騎士剣『ムーン)』を引き戻し様にシュベール目掛けて放つ。但し、狙いはシュベールではなく『真紅の鞭スカーレットビュート)』だ。
 だが、騎士剣『ムーン)』が動き出した瞬間、『真紅の鞭スカーレットビュート)』の軌道が変わる。まるでヒナの攻撃が読まれているかのように。
 ―――ちなみに『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』はこの戦いにおいては意味を成さない。どうやら『真紅の鞭スカーレットビュート)』には『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』を中和して無効化するデバイスが仕込まれているらしく、作り上げた空気の壁が『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』をあっさりと貫通してしまうのだ。しかも『遠距離武器無効化オールガードケブラー)』はIーブレインにかなりの負担をかける。いざという時にIーブレインが停止したら全てが終わりだ。
 過去にこれを試みて失敗した事があるから間違いない。
 故に悠長な防御は無意味。攻撃こそ最大の防御。
 だけど…。
「…諦めない!」
 そうだ。
 諦められない!!
 諦めるわけにはいかない!!!
 今までヒナを苦しめてきた宿命の相手からの解放の為に。
 相対速度はこちらの方がはるかに上。
 空を切る騎士剣『ムーン)』を手元に引き戻し、しつこく向かってくる『真紅の鞭スカーレットビュート)』へと突き出す。無論『真紅の鞭スカーレットビュート)』が方向を変えるが、それとて既に計算の内。
 ヒナは今度は騎士剣で『真紅の鞭スカーレットビュート)』を払わないで、そのままヒナ目掛けて直進した。
 そのまま上段に構えた騎士剣『スター)』を振り下ろす。
 ガギィンッ!!!
 シュベールが右手に生やした、異常な長さにまで伸びたその爪が、ヒナの攻撃を弾き返した。同時に『真紅の鞭スカーレットビュート)』がヒナ目掛けて背後から襲い掛かる。すかさず安全な場所をI−ブレインが計算ずくで編み出して、ヒナは一ミリのズレもなくその経路を後退しながら飛翔。その経路は『真紅の鞭スカーレットビュート)』の追撃を喰らわなくて済むルートでもある。
 だが、これで仕切りなおしになった。
 近づいても『具現over:『滅亡の爪』…すなわち爪を変化させて戦えるようにするための接近戦用の能力がある。
 つまり、ヒナが勝利を得るには、『真紅の鞭スカーレットビュート)』による攻撃を回避した上で、『真紅の鞭スカーレットビュート)』がヒナに戻ってくるまでの僅かな時間の間にシュベールの『具現over:『滅亡の爪』を弾いてシュベールを仕留めなければならない。
 出来るのか!?
 否、出来なければいけない。
 出来なければ、またあの日々が繰り返される…シュベールの玩具にされる日々が…。
「ッ!!!」
 頭を横に振って嫌な想像を打ち消す。
 あの地獄のエンドレスワルツはもういらない。
 シュベールの玩具にされる日々が、それが嫌だから、戦う。











 戦闘開始から現実時間換算で十秒が経過。
 幾重もの剣の閃光が輝き、休むことなく戦場を照らす。
 刻まれた足音は数万を超えているはずなのに、並みの人間にはそれら全てが一つの足音にしか聞こえぬほどの質量保存の法則を無視した速さ。
 得物の数は二本。それも騎士剣。
 そして、その二本の騎士剣の名は、『ムーン)』と『スター)』。ヒナが生まれた時から共にあった、信ずるべきパートナー。幾千もの血を吸ってもその刀身は尚白銀の輝きを持っている。
 それと同時に、何かが撓る音と変幻自在に空間を飛翔するモノが世界を満たす。
 その物体の形状は鞭…その名は『真紅の鞭スカーレットビュート)』。その本体はまるで幾千もの血を吸ったかのように紅い。
 『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の幹部…シュベール・エルステードの本当の武器。彼女には『具現over:『滅亡の爪』』という、彼女の指先にある爪を伸ばして硬度を強化して武器と化す能力があるのだが、それはあくまでも普段の雑魚退治用兼近接戦闘用の武器であり、シュベールの本当の武器はやはり『真紅の鞭スカーレットビュート)』だ。
 すなわち、シュベールがこれを持ち出して来たということから、シュベールが冗談抜きの本気である事が分かる。
 何でも、『私はもうじき死ぬ』などと言っていたが、一体全体何処をどうしたら、この女が近い内に死ぬなんて事が起こるのかという事柄自体が考えられない。普段から五千枚ほどかぶっている化けの皮といい、その内に秘めたる残酷なサディストのケといい、むしろ憎まれに憎まれて真っ先に生き延びるタイプといった方が余程あっているんじゃないかと本当に思う。
 だが、本当に死んでくれるというのなら、こんな時にこんな事を思うのは何だがこれ以上ありがたいことも無い。任務に少しでも失敗した時、シュベールはお仕置きという名の元に手加減無しで何度も何度もヒナを痛めつけてきた。
 何を言っても効果が無かった。
 次はちゃんとやります。と言っても駄目だった。
 もう許して、と何度も懇願したが、結果は変わらなかった。
 シュベールは口元に酷薄な笑みを浮かべて、気が済むまでヒナを痛めつけたのだから。
 だから今、ヒナは戦う。
 生きて、この人生を歩むために。
 一度は死を望んだが、それを間違いだと指摘してくれた黒髪の少年のいるこの世界に生きるために。
 この灰色の世界においてでも尚、幸せを見つけるために。
 背中の傷がうずく。
 痛みなどとうに無いのに。
 どうしてなのかは分からない。
 分からないが故に―――迷いに割く時間をなくせた。

















――――――――その頃――――――――









 
「…ここが、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の本拠地なのか…」
 シュベールが渡した…というより残していったディスクから位置を割り出したレシュレイ達は、今正にそこにいた。
 インドネシアの中のとある小島にひっそりと作られた洞窟。
 光学迷彩のような反射光を幾重にも用いることにより、その姿を外界から隠し続けた組織。
「…盲点すぎましたね」
 これはセリシアの台詞。
「…てか、よくばれなかったな。誰かが遭難でもしてここにたどり着けば一発で分かるだろうし、そもそもどこかのシティの連中は、ここに対して調査隊派遣はしなかったのか?」
 こちらはブリードの台詞。
「…う〜ん、確かにそうですよね…もしかして、派遣された調査隊はシャルンホストの乗組員みたいに全員帰らぬ人にされたとか?」
 で、これがミリル。
「い、いや――!!!」
「ああ、やっぱり…」
 ミリルの言葉を聞いて反射的にその場から後ずさるセリシア。そして『ああ、お約束の展開だ』とでも言いたげに肩を竦めるレシュレイ。理由はお察しの通り『怖いもの嫌い』だ。
「…皆」
 一時的に殺伐した空気が取り除かれたその時を見計らっていたかのように、ぼそり、と、まるで呟くかのように論が告げた。
「…悪いけど…先に行かせてくれっ!!!」
「あ、おい!!論!!」
 ブリードが静止するのも聞かずに、論は駆け出していた。
 後ろから色々な声が聞こえたが、論には振り返っている猶予は無かった。











選ばれた者達が、一箇所へと集いつつあった。
これは誰の策略なのか。だれの陰謀なのか。
それを知る者は、この場にはいない。














 シュベールとの距離は、最短でも十メートル。
 普通の魔法士なら一瞬で駆け抜けられるはずのこの距離が、今のヒナにはひどく長い距離に感じられる。
 それはシュベールの『真紅の鞭スカーレットビュート)』の影響だろう。鞭という制御の難しい形状の武器を、そこんじょいらの魔法士の速度など一切合財容赦無用で凌駕する速度を持ってして戦場を縦横無尽に駆け巡り相手を切り裂いて引き裂いてそして絶命させるこの武器の無茶苦茶さは、筆舌するに成しがたいものがある。
 現実の世界において、戦闘開始から五秒が経過。ヒナとシュベールの距離は一向に縮まらず遠ざからず。一進一退、お互いがお互いにして退かない闘い。
 ヒナは『天使』にして『双剣使い』としての能力を併せ持つ。そして七人目の『無限大の脳内容量を持つ魔法士型インフィニティタイプ』でもある。
 ちなみに、戦闘開始と同時に『同調能力』でシュベールを支配する事を試みた。
 『天使』としての同調能力の効果範囲は最大で二千五百メートルではあるが、どこかの天使同様、あまり広範囲に同調能力を広げると『同調能力』は周囲の人を無差別に取り込み、勝手に容量不足による機能停止を引き起こしてしまう。この弱点は、『無限大の脳内容量を持つ魔法士型インフィニティタイプ』とて変わらない。よって、実際に展開できるのはせいぜい二十メートルあたりが妥当だと思われる…と思ったのだが、シュベールの様子を一目見て、シュベールの首に埋め込まれた物を見て一瞬でそれが間違いだったことに気づいて中断した。
 シュベールの首に埋め込まれていたものはノイズメーカー。それも、ヒナの『同調能力』に対しても対抗可能な最上級品だ。考えてみれば当然の事。今まで何度もヒナを痛めつけたシュベールだ。ヒナへの対策は万全を期しているに決まっている。
 ならば、より近づきやすくするために『同調能力』の応用であるあれを試すべきだ。今まで論にしか見せた事のない(厳密には『見られた』という方が正しいのかもしれないけど)『翼』の能力を。
(『同調能力』応用定義発動。。『蒼穹の翼トワイライトブルーウィング)』)
 目を瞑り、胸の前で祈るように両手を組み合わせる。その一瞬にシュベールに攻撃されるという可能性が無い事を確認した上での行動だ。そもそも、シュベールの場合は、初めての攻撃は様子見に回る傾向がある。それをあらかじめ見切っての行動だったが、正解だったようだ。
 刹那、シュベールが今まで見た事の無いI−ブレインの『法則を描く数式的プログラム』を察知。おそらく、先日の脱走から短時間の間に
生み出していたか、あらかじめ完成はさせていたが、自分には見せなかったかのどちらかであろう…と、シュベールは推測する。
「ふうん…本当に『天使様』になったわけか…面白いわ」
 そして出るのは感嘆のため息。
 次の瞬間にヒナの背中に現れたのは、透き通ったかのように綺麗な水色の翼。シュベールにはそれが自分のIーブレインを用いて『真紅の鞭スカーレットビュート)』を動かすのと同じで、『情報の海』から生み出した産物だという事が一瞬で理解できたようだが、その実質までは今のところは分からないだろう。
 この『翼』には、現実に存在する物質同様に質量が存在する。普通の『同調能力』のソレで現れるものとは違う。
 そして『同調能力』が効かない以上、『騎士』の能力で勝負するしかない…最も、本来ならヒナはこちらの能力の方に長けているから好都合といえばそうなるのだが。
 だが、ヒナには何故か『痛覚遮断』が搭載されていないために、相手の攻撃には非常に脆い。ヒナが『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の敵として回った際の事を考えてなのか、それとも他に理由があるのかは分からない。
 だけど…分かる事は一つ。
 今はただ…戦うしかない!!
 未来への意思を込めて、再び天使が飛び立つ。
 黙って見ているシュベールではない。『真紅の鞭スカーレットビュート)』で迎え撃つ。
 右方向からの一撃をヒナは真上へと飛んで回避。それを先読みしていたかのように『真紅の鞭スカーレットビュート)』はヒナを穿たんとその先端を真上へと移動させる。下から飛来する攻撃をさらに左へと飛んで回避しつつもシュベールとの距離を詰める。だが、『真紅の鞭スカーレットビュート)』はそれすら先読みしていたかのようにヒナの方向へと向かっていく。
「っ!!」
 舌打ちして振り向き様に騎士剣『ムーン)』を真横に振るい『真紅の鞭スカーレットビュート)』の先端を弾き飛ばして少しでもシュベールに近づく。だが追い払う程度では『真紅の鞭スカーレットビュート)』はすぐにヒナへと再び襲い掛かる。生憎と『ムーン)』にも『スター)』にも、『真紅の鞭スカーレットビュート)』を真っ二つに切り裂けそうな切れ味は無い。
 だから、これしかない。ヒナとしてはシュベールの攻撃を弾き飛ばしたり回避したりしながらシュベールに近づくしかないし、シュベールにはヒナに近づけられたら敗色が濃くなるので近づかれる訳には行かない。
 二人の戦いは正に相反する長短遅速。
 終わりの無い膠着状態。
 そんな感じで、何度目かになるか分からない剣戟の嵐がある程度過ぎ去ったあたりで、シュベールが初めて表情を変えた。
「へえ…」
 やるじゃん、とでも言いたげに、シュベールが右手を顎に当てて納得したかのような顔つきになる。
「ただ外をうろついていたわけではないみたいね」
「当然です…わたしは、勝たなくてはいけないんですから」
「それはあたしとて変わらない事…最初にも言ったけどね…それっ!!!」 
 シュベールが右手を軽く動かした。
(攻撃感知)
 Iーブレインが抑揚の無い声でそれを告げた。
 ほとんど自動的に右手が跳ね上がり、真っ直ぐなレイピアのような形状をした騎士剣『ムーン)』の切っ先が金属音をあげて火花を散らす。軌道を逸らされた鞭が強化カーボンの白い壁に直径二センチ、長さ五センチ程の穴を穿つ。
 続けざまに、慣性の法則を利用してバウンドしてきた『真紅の鞭スカーレットビュート)』が再びヒナに襲い掛かる。ヒナはそれを見てから確認した後に少しだけ身体を捻って『真紅の鞭スカーレットビュート)』の合間を器用にすり抜けて回避する。質量を持った水色の翼が煌びやかに舞い、本当の鳥のようにヒナは空中を飛翔する。
「…それで逃げたつもりかしら!!」
 叫んだも等しい声のトーンで咆哮をあげたシュベールが、大きく一歩退き、鞭を操っている左手を軽く振動させる。それだけで『真紅の鞭スカーレットビュート)』の軌道が一瞬にして変化。先ほどまでヒナの真横十センチを通り抜けていった攻撃が、その先端の方向をありえない速度でヒナのいる方向へと向かわせる。
「…っ!!」
 後ろ足で強化カーボンの壁を蹴り、慣性の法則に従ってヒナの進行方向が変更される。だが、それをやっても尚、『真紅の鞭スカーレットビュート)』は執拗にヒナの姿を追う、その様は正に熱感知追撃ミサイル…いや、着弾してもすぐに無くなってくれないあたり、ある意味では本物より性質たち)が悪いかもしれない。
 『真紅の鞭スカーレットビュート)』の加速率は四十八倍、こちらの『身体能力制御』の約六十五パーセントの速度だ。本物の『騎士』の能力を持ち、かつ作成時にかなりの強化カスタマイズ)を付加され、『、『無限大の脳内容量を持つ魔法士型インフィニティタイプ』であるヒナなら、あちらに捕まることは無い速度だ。
 だが、それでも尚、ヒナの不安は拭えない。
 こちらの得物は二本、あちらの得物は鞭と爪合わせて総数は二十一本、だが、『爪』はこの戦いに置いては気休め程度のものにしかならないであろうから、実質、シュベールの得物の数は一だ。と、ヒナは脳内で結論付ける。
 それでも、だ。
 それでも、何かシュベールが、ヒナの知らない何かを隠し持っているかのようで心が落ち着かない。これがただの取り越し苦労であればいいのだが…。
「ぼうっとしている場合!?」
(攻撃感知)
 そんな事を考えているうちに、速度の差を無視して『真紅の鞭スカーレットビュート)』がヒナ目掛けて襲い掛かるのが確認された。
(何でっ!!)
 Iーブレインの計算速度が正しければ、『真紅の鞭スカーレットビュート)』はヒナの『身体能力制御』の約六十五パーセントの速度でしかないはずなのに。
(迷ってなんていられない!!)
 考えていても仕方がない。と、ヒナはぶんぶんと頭を振って嫌な考えを打ち消す。慌てるな戸惑うなそして止まるな。状況は刻々と変 化いる。いつ勝機が訪れるか、いつ負けるかなんて分からない。気を抜くな。己の五感とIーブレインと経験と能力を最大限に発揮して、勝利への糸口を掴みなさい!!
 そうすることで、ヒナは心の中で己を叱咤する。
 結果、精神的安定を得た事により判断力が幾分か増し、シュベールの攻撃を察知する速度が僅かながら速くなった。魔法士同士の戦いにおいてはコンマ数秒の差が命取りになる。
 避けたと思ったら、壁にバウンドして襲い掛かる鞭。
 空中で八十五度ほど旋回して『真紅の鞭スカーレットビュート)』の先端を回避する。空中にいるぶん地上とは違って『逃げ』の為の選択肢が大量にあるのはありがたいことだが、反面、シュベールにとっても『真紅の鞭スカーレットビュート)』による対空が有効だと見切られてしまっているらしく、ヒナの方からも中々近づけない。
 視界に次々と移る紅い鞭。
 自分の騎士剣が生み出す銀の光。
 一撃、ただ一撃をシュベールに叩き込めば終る戦い。
 その一撃までが非常に長い。
 真紅の鞭をぎりぎりの間合いで回避して、一センチでも一ミリでもいいから近づく。
「落ちないわね」
「貴女達からの『任務』のせいで、経験だけは積みましたからね」
「そりゃどうも」
「いつまでも、過去のわたしじゃないんです」
「成長するのは人としての証よ」
 そして繰り広げられる会話。
 戦闘中であるにもかかわらず、だ。
 ソレは宿敵同士が行う敬意のようなもの。
「…能力の出来なら、負けないです」
「…言ってくれるわね」
 刹那、飛来する『真紅の鞭スカーレットビュート)』を回避。
 そうだ、
 自信を持って戦え。と、ヒナは彼女自身に言い聞かせる。 
 しかし、戦闘経験ならシュベールも負けてはいないだろう。
 だが、ヒナは様々な任務で、シュベールは『削除以来』やその他諸々によって数多くの戦闘をこなしている。
 故に、戦闘条件は同等。
 後は、そう…基本的な魔法士としての能力だ。
 だから、この戦いは、ヒナにかなり有利な戦いであることを、ヒナは気づいていた。
 そう考えると、さっきまでの迷いが霧散していくような感覚を覚える。
 ―――そう、安心して。
 そう自分に言い聞かせて、ヒナは眼下のシュベールを見据えた。
 















 相手の方が戦闘能力が高い場合に置いての戦い方は千変万化。
 悔しいが、シュベールよりもヒナの方が魔法士としての能力が高いのは事実だ。
 しかし、ヒナにはシュベールと比べて圧倒的に足りないものがあることを、ヒナは気づいていない。最も、気づいていればもっとたやすくシュベールに攻め込めている。
 もちろん、シュベールはソレを分かっている。
 誰かが言っていただろう。能力の差だけが、勝敗を決する要因にはなり難い。
 しかし正直、ヒナの戦闘能力はシュベールに勝っている。だから、ノイズメーカー無しではその内シュベールが負けるだろう。最初にヒナを見たときの『外に出ていない潜在能力』を見たとき、正直、シュベールは戦慄した記憶がある。
 本気で戦えば、自分は負けると直感で察知した。
 …ヒナが元々作られた目的を考えれば、分かりやすい答えなのだが。
 それら全てが戦闘面に向けられれば、その戦闘能力がエクイテスに匹敵する可能性すら秘めている。最も、ヒナの性格上、それはほぼありえない可能性ではあるのだが。
 だが、いくらヒナの能力がシュベールより優れていても、戦闘面以外でつけこめる部分はいくらかある。
 それに、最後にはアレを使えばいいこと。
 だから、シュベールはこの戦いを挑んだ。














 



…自分が勝つことが見えている、この戦いを。





















 …脳内で幾度目かの「攻撃感知」が告げられた。
 それにタイミングを完全に合わせたかのように、刹那の時を経て眼前に鞭――シュベールの本来の武器である『真紅の鞭スカーレットビュート)』が畝りと唸りを同時に上げて襲い掛かってくる。
 それは圧倒的な風圧と共に、殺人的な威力を持った一撃が常識の範囲を遥かに超えた速度だが、この程度の速度であれば、ヒナほどの魔法士であれば回避するには十分な速度。I-ブレインが脳内で数ナノセカントの時をかけて襲い掛かってくる鞭――『真紅の鞭スカーレットビュート)』の軌道と到達時間と、途中で攻撃の指向性が変わる可能性全てを複雑な計算の元に見抜き、ヒナは行動を開始する。
 まるで本物の天使の羽のような物質的な質量を持った水色の翼をはばたかせ、鳥が空を飛ぶのと全く同じ原理で羽ばたいてヒナの体を空中へと運ぶ。
「空中が安全地帯とは思わないことね!!」
 だが、それでもシュベールの応対は変わらない。ただ、打ち落とすのみ。
 ヒナが一直線に飛翔したのは―――右斜上三十七度。
 その七ナノセカント後、『真紅の鞭スカーレットビュート)』が七ナノセカント前までヒナがいた地点を正確に直撃し、強化カーボンで作られた白い床に深さ四十センチ程の亀裂を穿つ。その後、慣性の法則に逆らう事なく『真紅の鞭スカーレットビュート)』がバウンドした所をシュベールが腕をわずかに動かして、ヒナがいる地点をコンマ一ミリのズレもなく襲い狂う。
 だが、そういう軌道をとってくる事さえも計算の内!
「予測済みです!!」
 そう叫んだ刹那、ヒナは空中でくるりと向きを変えて急降下する。
「なめるな――――!!」
 シュベールを手首にスナップをかけて に命令を送る。
 だが、ヒナは急降下しながらも、体をわずかにうごかすだけでシュベールの攻撃を全てぎりぎりの間合いで回避する。
 そのままシュベールとの間合いを狭めて『ムーン)』で、斬りかかる
 「くっ!!!」
 刹那、『真紅の鞭スカーレットビュート)』を持っていない方の手を天にかざして、
(『具現over:『滅亡の爪』』発動)
 Iーブレインの命令を受けて、シュベールの左手の五本の指先の爪が変型し、鋭い音と共に騎士剣『ムーン)』を切り払う。続いて二ナノセカントの時間差で襲い掛かってきた攻撃もまた弾く。
 そして攻撃が防がれたと知るや否や、ヒナは後方へと退く。
 続いてシュベールが『真紅の鞭スカーレットビュート)』で攻撃する。
 それを回避してヒナが突っ込んでくる。
 俗に言うヒットアンドアウェイ戦法。一度に大量の攻撃をせずに、攻撃しては退いての繰り返しで少しずつ、本当に少しずつ攻め入る戦法。明らかに長期戦向けの戦法ではあるが、制限時間の概念などほぼ存在しないこの戦いなら文句を付けるものはまずいない。
 そしてヒナは繰り返す。
 それをひたすら繰り返す。
 ワンパターンな戦法しかとってこないヒナに対して、当然ながらシュベールの苛立ちは募る。
 見て取れるほどの怒りと苛立ちを顔にそのままむき出しにして、シュベールは叫んだ。
 …むかつく。と心の中で思いながら、
「…馬鹿の一つ覚えかしらっ!!」
 頭にかっとした何かが上った感覚が脳に鮮明に感じられた。
 『真紅の鞭スカーレットビュート)』を握る腕に力を込めて、ヒナが次に移動するであろう位置を経験と状況と可能性の三要素から一秒足らずで判断を下し、その位置目掛けて思いっきり『真紅の鞭スカーレットビュート)』を振るう。
 鋭い音をたてて飛翔する『真紅の鞭スカーレットビュート)』は、シュベールの計算どおりに動いた確かにヒナを捕らえた。
 …かに見えていて実は違った。
「な!!」
 気づくのが遅かった。
 頭に冷静さが戻ってきた時には遅かった。
 よくよく考えれば、ヒナのヒットアンドアウェイによる戦法は、安全第一な戦法であると同時に、相手の敵愾心と怒りと苛立ちを募らせる戦法であるという捉え方も出来る。
 そしてシュベールは、それに見事にはまってしまった。
 シュベールがヒナの事を知っているならば、ヒナもまたシュベールの性格をよく理解しているはずであろう。
 そんな当たり前の事を忘れていた。
 踊らされていた事に気がつく。
 これがヒナの狙いだった。
 いくらシュベールの鞭が自由自在に動くと言えども、鞭という物は長く伸ばせば伸ばす程、先端の攻撃部分が長くなる程、軌道修正が難しくなり、軌道修正に時間がかかる。
 これでは、如何あがいてもヒナの攻撃を阻止できない。
 だから、 


 













勝った、と思った。












「これで全てを終わらせます!!」














 空中で体制を立て直し、そのまま騎士剣『ムーン)』を振り下ろせば間違いなく、仕留められるはずだった。
 その一太刀さえ振り下ろせば、それだけで勝負は決したはずだった。





















シュベールの、その声を聞くまでは、













「いやぁっ!!斬らないで!!」
 シュベールがいやいやをするかのように、頭を抱えた。






「っ!!!」
 過去に殺めてきた者達の姿が脳裏に浮かび、ヒナは一瞬悲しげな表情を浮かべて目を瞑った。
 その瞬間、ヒナの手が一瞬止まった。
 それは刹那にして致命的な失敗。
 ヒナに訪れた、最初で最後の、勝利できる瞬間だった。
 だけど、ヒナはシュベールのその行動だけで、勝利できる唯一の機会を逃してしまった。
(かかった!!!)
 シュベールが、口の端に笑みを浮かべた。
 あらゆる状況下でも…それも、ヒナがいくらシュベールを出し抜いたとしても、決して越えることの出来無い事柄。
 …ヒナは、人を殺すのを本能的に嫌っている!!
 あれほどまでに人を殺させた場合、その人間がどうなるかは大別して二つのパターンに分けられる。
 一つは、終わり無き殺戮への目覚め。
 もう一つは、殺人への完全なる嫌悪。
 そしてヒナは明らかに後者。だからこそ、シュベールのこの『切り札』が成立した。
「!!」
 シュベールが口の端に笑みを浮べたのをを確認したヒナは、しまったという心境と共に反射的に騎士剣『ムーン)』を振り下ろす。
 だが、時は既に遅い。その時には既にシュベールは『真紅の鞭スカーレットビュート)』をその手に取り戻している。
 そしてヒナの剣戟がシュベールに襲い掛かる四ナノセカント前に、ヒナの足に何かが絡みつき、ヒナの身体が仰向けに倒されたために、騎士剣『ムーン)』は空しく空を切った。 

















その刹那に、逆転負けが確定した。



















 首元にノイズメーカーを嵌められた。
 それだけで全てが決した。
 それは覆しようの無い事柄だった。
 それは絶望への序曲、地獄の再来。






















 ヒナの頭の中が、真っ白になった。

























 シュベールの勝利の原因の一つは戦闘経験ではない。人生経験だ。
 『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』が登場してから早い段階で生まれて活動してきたシュベールと、つい最近生み出されたヒナとでは、人生経験は雲泥の差。
 だから、シュベールはヒナの事を良く理解している。
 そう、誰よりも理解している。
 故に、逆もまた然りだが、人生経験の長いシュベールはヒナの事をより広い視野で見る事が可能だった。
 だから、こうなることも分かっていた。
 この戦い、こうすれば絶対に勝てるという絶対条件を脳内計算で生み出して、そして最後の最後でそれを放つ。
 そうやってシュベールは生きてきた。
 使用している武器の事を考えて、常に懐に入られた際の対処法を脳内で考える。それが通じない場合の策とて同じ。あらゆる状況に対応できる策を十二分に練って、幾重もの下準備を終えて、そして初めて戦いを開始する。
 それが、シュベールが長年の人生で鍛えた、本能、あるいは才能と呼ぶべきモノだった。























 ヒナがその意識を現実に戻した時には、シュベールはヒナの数歩前に仁王立ちしていた。
「危ない危ない…これが無かったら確実に負けていたわ…だけどやっぱり、貴女は最後の最後まで甘いのね」
 ポニーテールをツインテールへと直しながら、一歩を踏み出す。これも一種の『儀式』だ。ヒナを痛めつける時にはツインテールと決めている。
「貴女は口では私を倒すと言っておきながら、結局それを実行できなかった。今までの私からの仕打ちのおかげで、貴女は攻撃しようとしたら、たとえそれが必中して私の命を奪うであろう攻撃であっても、ね、
貴女の心に刻まれた、殺人への本能的な嫌悪、そして、今まで積み重ねられてきた殺人の痛みが、私に止めを刺すことを無意識の内に躊躇わせたのよ。たとえそれが、頭では分かっていても、体は言う事をきかないほどにね。
全ては分かっていたのよ。こうなることもね。
 …ふふ、勝負あったわねヒナ。
 …さあ、お楽しみの時間へとしゃれ込もうじゃないの」
 また一歩。
 さらに一歩。
 その手に『真紅の鞭スカーレットビュート)』を構えて酷薄な笑みを浮かべて、シュベールが近づいてくる。反射的に身をすくませ、自分で自分の肩を抱いて必死に震えを堪える。泣くものですかと歯を食いしばる。それでも瞳からはぽろぽろと涙が零れる。
 それでも、精一杯の感情を込めて、きっ、とシュベールを睨みつける。
「…そこで強がりを見せれるなんて…やはり貴女はいい方に成長したみたいね…だけど、いずれにしても私の勝ちは確定事項…これは変えようのない真実なのよ。
…これがどういうことが分かるわよね?」
 にやり、とシュベールが笑った。
「…!!!…やっ!!…やめ…」
 その一言だけで、ヒナの心の中の恐怖が理性を覆い尽くした。震える身体でヒナはそれだけを口にしたものの、ヒナの健気な思いは、返ってきた残酷な返答によって打ち砕かれた。
 右の頬に、ぱあんっ!という、はじかれたような音とともに痛みが走った。
 続けざまに、今度は左の頬に思いっきり痛みが走った。
「あうっ!!」
 かなりの力ではたかれたために、ヒナの両頬が可哀想なくらいに赤く腫れ上がる。
 瞳から零れ落ちるひとすじの涙。
「よくも苦戦させてくれたわね…まあ、その方が楽しみも増すって事かしら」
「…狂って…る!!」
「何とでも言いなさい!!」
 ヒナの目の前に存在するのは、あらゆる意味で壊れた存在に等しき者。
 普段のお嬢様的な要素は、今のシュベールにはまっさらにと言っていいほど消え失せていた。
 しかし、これはかなり豹変しすぎなのではないか?とも思う。
 少なくとも、今までのヒナの中にあるシュベールの記憶は、ここまでひどくは無かったはずだ。相手を痛めつけても、ここまで壊れた笑いは上げなかったはずだ。
 一体何が彼女を変えてしまったのかなんて、分かるわけがないのだが。
 それでも、叫んだ。
「…どうして、そこまで変わってしまったの…シュベール!!」
「―――ッ!!何も知らないくせに、そんな口を利かないで!!」
 続いて、容赦なく来る攻撃。
 次の瞬間、すさまじい勢いを持った蹴りが、ヒナの腹部を襲った。
「あ…うっ」
 喉の奥から、血が逆流してくる。
(ドクン)
 シュベールの心臓が、心が、歓喜の声をあげている。
「今のあたしとて、あたしが望んだ命じゃないのに!!何も知らない貴女に、そんな事をぐだぐだ言われたくはない!!」
 さらに蹴る。今度は鳩尾だ。
「ひぎっ!!!」
 ヒナの身体が反射的にえびぞりになる。あまりの痛みにヒナがお腹を 押さえたのだ。
 シュベールの蹴りは容赦などという生易しい言葉とは円遠い勢いと殺意を持っていた。
「…だから貴女は…こうやって…あたしを楽しませてくれればいいのよ!!」
『運動係数制御』により通常の四十一倍速にまで強化された蹴りが、ヒナの腕に、足に、腹に、顔以外の全身に襲い掛かる。顔を攻撃しないのはただの気まぐれか、それとも何らかの意思があるのか――――は不明だ。
「ぁ…ぅ…やめて…ぃあッ!!」
 打撃がその細くて白い体を打ちのめす度に、ヒナの身体がぴくんと反り返る。
(ドクン)
「そうよ…恐怖に震えた貴女の顔、苦痛にゆがんだ貴女の顔…そのどれもが楽しくてたまらない…もう、後々の展開を想像するだけでこんなにも楽しい…こんなにもあふれでる気持ちは…こんなにも激しい感情を持ったのは初めてよ…。
 感謝するわ…ヒナ」 
 酷薄よりも尚残酷な笑みを浮かべたシュベールは、
(ドクン…)
 さらに一層高まった心臓と心の躍動と共に、
「ふ…ふふ」
 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、とても寂しそうな自嘲の笑みを浮かべた後に、
「あははははははははは!!!」
 その顔が再び狂人のソレへと戻り、
「もう、戻れない!!」
 己の感情の成すがままに叫び、
「こんなこと、望んでなかったのに!!」
 すぐに顔を俯けて、ひどく悲しそうな表情を作る。
 さっき叫んだと思えば今度は悲哀。
 それはすなわち感情の混乱。
 その瞳にうっすらと悲しみの涙が光っている事を、ヒナは見逃さなかった。
 そしてヒナは理解する。
 目の前の女が、自分の感情も制御できないほどに最高クラスの最悪の狂人へと変貌して、もう、戻れない事に。そして、シュベールは望んでそんな風になったのではないという事に。…最も、その原因は依然として分からないけど。
 二人とも魔法士である点は変わりないし、性別も変わらない。だが、先ほどの戦いの勝者と敗者の関係がこの場においてその差は決定的なものとなった。
 そして宴は続く。何かを穿つ音が耐えない地獄の宴が。
 ヒナは無言だった。次に襲った激しい衝撃に対し、叫び声を上げることがなかった。腹部に集中したダメージがかなり大きく、元より声は出せない。悲鳴は大気中の空気をわずかに震わせた程度で、誰の耳にも入ることは無かった。
 響いたのはただ、打撃による嫌な音。
 それでも、ヒナは無意識下で腕を動かし、大切な腹部を守っていた。だが、シュベールの蹴りはその健気な防御をたやすくぶち破る。
 五回目の蹴りで腕の骨にヒビが入る音がした気がした。もう、痛みで腕が動かなくなり、結果的に腹部はノーガードになる。
 続いて、腹部周辺の衣類が破れ、ヒナの白い肌があらわになる。
 そして来るシュベールの攻撃により、白い肌は瞬く間に赤黒く染まっていく。痛々しい黒っぽい痣がいくつも出来ていく。
 終始、シュベールは無言だった。だが、その口元が何かに震えている。
 ずっと欲しかった玩具を手に入れた子供のように楽しんでいる。さしずめそれは、狂った殺人鬼のように。
 だが、気のせいではなかっただろう。
 行動とは正反対に、その瞳だけが泣きそうなまでにひどく悲しそうに見えているのは。
 あらゆる方向から襲い来る暴力の嵐。
 全身が悲鳴をあげている。
 もはや出るものは出尽くした。
 肉体感覚などとうに麻痺している。
(わたし、ここで死ぬのかな…論…ごめんね……)
 朦朧とする意識の中、ヒナの頭の中に浮かんだのは、そんな言葉と、黒髪の少年の姿だった。























―――――刹那、

























ドゴンッ!!!

























 キィィ―――――ン、という風を切る音と共に、よく見慣れた何かがシュベールめがけて飛来した。
 ヒナをいたぶる事に夢中だったシュベールでは、それに反応しきる事は不可能だった。






















 

ゴグシャァッ!!!

























「がッ!!!」
 何かを蹴破る物凄い音とともに、地面と並行に飛んできた強化カーボン製のドアがシュベールの腹部に激突した。そのまま勢いに流されて、シュベールは強化カーボンの壁まで飛ばされて背中を激しく打ち付ける。ちなみに床に寝転がされていたヒナにはその攻撃が被弾する可能性はほぼ皆無だ。
 くっ…、という声が、シュベールの喉から押し出されるように出た。
 すかさずシュベールは強化カーボンのドアを部屋の端っこまで吹っ飛ばして、扉があったところの向こう側に見える来客を見据えた。
 もっとも、それが誰であるのかは、皆目見当がついていたのだが。
「あ…」
 その姿を確認したヒナの瞳に、嬉涙が浮かんだ。反射的にかすれた声が出た。
「ヒナッ!!!」
 扉を破って現れたのは、ここまで来るのにずっと走ってきたことが見て分かる、息のあがった黒髪の少年。
 ヒナが世界で一番好きな人。
 そして、シュベールにとっては倒すべき相手にして好敵手。
 そして、論はヒナのその様子を見て表情を一変させる。
 可哀相なくらいに赤く腫れ上がったヒナの両方の頬。
 その瞳にめいっぱい溜めた涙。
 赤黒く染まったヒナの腹部。数えるのもためらわれるほどの黒っぽい痣。
 つまりが、ヒナの体中に点在する傷、傷、傷、傷、傷。
 これらが意味するものは、明確。
「あらヒナ、愛しの論様が来てくれたじゃない…じゃあ、邪魔者は一旦退散しますか」
 シュベールの口から出たのは皮肉。そしてシュベールはそのままヒナからの距離を置く。
 それを見て、I−ブレインの探知能力を上げて罠が無いかを慎重に確かめながら、論は真っ先にヒナへと駆け出した。
 そして、ヒナの傍らにしゃがみこむ。
「しっかりしろ、ヒナ!!!」
 ヒナはうっすらと目を開けて、折れる一歩手前の右腕を慎重に少しだけ上に上げた。激痛でまともに動かないはずなのに、それでもヒナは必死で右腕を動かした。
「…痛ぅ!!」
 口から出たのはかすれた声。
 無理に動かしたために、その激痛にヒナは顔をゆがめる。
 その痛みは、論の胸にも伝わってきた。
 続いて、痛みでろくに喋ることが出来ないその口が、ろ、ん、という形に動いた。
 論は無言でしゃがみこみ、ヒナの体を抱き起こした。
 胸のサイズ以外、自分とあまり代わらない大きさの体を。(そもそも性別が違うのだが…それに、論はやっぱり錬のクローンだけあって、論の身長は平均より少し低い程度の百六十センチ弱しかない。それでもオリジナルよりは高いはずなのだが)
 無防備に体を預けてくるヒナが、来、て、く、れ、た、ね。と無理に笑った。痛みでうまく表情が作れないはずなのに、涙で顔をぐしゃぐしゃにして、それでも笑う。
 続いて、論も笑い返した。
「大丈夫でだ…オレが……オレがいるから…だから、少し待っててくれ」
 ヒナの頭を優しく抱きかかえ、論はヒナの耳元で優しく囁いた。
 ヒナがもう一度、ありがとう。と無理に笑った。
 それを見て表情をちょっとだけ和らげた論は、ヒナのお腹に右手で触れる。その時ちょっとだけ、ヒナが恥ずかしそうに頬を染めた。
(I−ブレイン起動『癒しの輝きリジェネレート)』発動)
 論の右手から『身体治療の促進化』をうながす命令が発動。ヒナの身体はその命令を受け入れ、神速の速さでヒナの怪我を治療していく。その様はまさに回復魔術。創造の世界でしか存在しないと言われたモノの一つ。
 …最も、物理法則すら打ち破る魔法士ならば、このような事が出来ても不思議じゃないのが当たり前なところだが。














 …かに見えた。
「…馬鹿な」
 ヒナの傷が、一向に治らない。
 フィアの失った腕すら再生させたこの能力の効果が、ヒナに表れない。
 考えられる原因は、一つ。
 論は素早くシュベールを振り返る。
 その先には、酷薄な笑みを浮かべるシュベールの姿があった。
「…そういうことよ。論。貴方のその『傷を治す』能力は『同調能力』の派生系の能力でしょう。だったら、あたしが今この部屋中に稼動させている能力―――つまり『同調能力』を発動不可にする『天使喰らいエンジェルキラー)』を止める…つまり、あたしを倒さなければヒナの傷は自然治癒以外に治せないわ…まあ、一部の傷は皮膚組織が蘇生不可能なくらいにまで傷跡のダメージが進行しているってこともあるんでしょうけど。
 ああ、逃げようなんで考えないでね…逃がさないから」
真紅の鞭スカーレットビュート)』を構えて戦闘態勢に入るシュベール。
 ヒナの口が、だ、か、ら、と動いた。
 『同調能力』が発動できなかったのはノイズメーカーのせいなどではない。初めから『同調能力』が発動出来ないフィールドで戦っていたも同様の理由だったのだ。
「…貴様」
 ギリィッ!!!と、論は歯噛みする。
 そして目の前の人物を睨んだ。
 ヒナの白い肌に、痛々しすぎる傷を付けた張本人。
 静かな怒りに燃える論の瞳と言葉と表情と意思。悪鬼とはいかないまでも、その顔は完全に激怒を表している。
「貴方が遅かったのが悪いんじゃない?ヒナのナイト様」
 だが、シュベールはおどけたように言い返す。
「…ああ、正直に言えば遅かったさ…だがな、その分はこれから償えばいい」
 それに返答するかのように、論は騎士剣『菊一文字』の切っ先をシュベールに突きつけて言い放つ。
「シュベール、お前を倒してな!!」
「あらあら、あのときの私が本気だったなんて思わないことね。あの時は私が本来得意とする武器を持っていないからああなっただけ。この『真紅の鞭スカーレットビュート)』を持ってこそ、私は…いえ、あたしは完全な状態になるのよ!!!あはは!!!」
「化けの皮を剥がしたな…猫かぶり女め」
「なんとでも言いなさい。貴方に、あたしが背負った運命なんて分かりもしないくせに」
「説明すらされてないのに、分かるわけが無いだろう…最も、聞いたところで同情などしないが」
「なにそれ、ヒナには心配するのにあたしには心配しないわけ!?……まあ、予想できた事だけどね!!…いいわ、論、貴方が負けたら、貴方の目の前でヒナを殺してあげるから!ああ、安心していいわよ、貴方も後を追わせてあげるから」
「黙れ」
 そのまま論は『菊一文字』を鞘から抜いて、シュベールへと切っ先を突きつけた。
「地獄に行くのは、貴様一人だけだ。オレは死ねないんでな…ま、今更この手が少しの血で汚れようとも、かまいはしないさ。生きるための戦いの為に流れる血なら、な」
「…へえ、言ってくれるじゃない…あ、そうだ。
 この際だから、あなた達に伝えてあげるわ…ヒナが生み出された理由とか、どうしてあたしがこういうことを平気で行えるのかという事をね!!!
 …但し、あたしがただ答えを言うだけじゃつまらないわ…だから、先にそちらから答えてみなさい!!!その後にあたしが正解を言うから…」
「…何!?」
 いきなりのシュベールの発言に、論は少々たじろいだ。
 何故、こんな時にそんな事を言うのか?
 何かの時間稼ぎであろうか?
 いや、それならその時だ。いずれにしろ、今のシュベールには隙が無いから、真っ向から戦闘は挑めない。そうでなくてもいずれ近い内に戦闘は始まるというか始める。なら、聞きだせる情報は聞き出しておくに越した事は無い。
 故に、論は冷静に対処した。
 あくまでも冷静な口調で論は言った。
「…じゃあ質問だ…どうして、ヒナがこんな目にあわなければいけないのかを、詳しく説明させてもらおうか」
「…ふうん、やっぱりヒナが最優先事項なんだ…まあいいわ、あたしの視点から見てとりあえず答えておくと、ヒナはその存在自体が痛めつけられるために生み出された存在だから。よ。マザーコア用の魔法士が最初から死にいく為に生み出されるのと同じ原理。まあ、ヒナは死なない分あれよりはましだと思うべきなんでしょうけどね」
「…じゃあ」
「?」
「どうして…」
 喉から搾り出すように、論が叫んだ。
「どうして感情消去ロボトミー)しておかなかった!!!感情が無ければ、ここまで苦しまずにすむのに!!」
「魔法士が人間として普通に育てなければ、I−ブレインが成長しないのと同じよ。
 命令が無茶なのも当然といえば当然だわ…だって、元からそれが目的だもの!!
 最初は人間として正常に育てて、そして絶望させるんだから!!」
「ッ…」
 論の背後で、両手で顔を覆ったヒナが崩れ落ちた。
 論は気配だけでそれを感じ取った。
 だから、叫んだ。
「…なんで、そこまで出来る!!どうしてヒナでなくてはならないんだ!どうして他のやつでは駄目なんだ!!」
「…だって」
 一呼吸置いた後に、シュベールは告げた。 















「だってそうでしょう。ただの人間なんて脆くてすぐにコワレちゃうじゃない」
















「な…」
 シュベールの堂々とした態度と発言に、論は一瞬絶句する。
 冷や汗がひとすじ、頬を伝った。
「イカレやすい玩具に用なんて無いのよ。あたしが求めているのは、いくら痛めつけても壊れない魔法士なんだから…ヒナは、その為に…あたしの為に作られたんだから…あたしがいたぶる為に作られたんだから…。
 その内にヒナは完全に壊れる…魔法士としての能力は身体構造の維持を最優先として置かれるから、それ以外の能力は優先順位が下がる…。
 ヒナに『痛覚遮断』が無いのもそのせいよ…だって、そんなものがあったら、魔法士として正常に成長しないわ!!
 そして聞けないのよ…死ぬほどの痛みにのた打ち回る、か弱くてか細くて…そしてあたしにとってはこれ以上ないほどの気持ちのいい声が!!
 そしてあたし自信、抑えられないのよ!!この、無意味に何かを壊したいと願う殺戮衝動が!!」
「う…そんな…わたし…わたし…」
 両手で抑えたヒナの瞳から、涙が頬を伝って零れた。
「…貴様はどこまで!!!…ッ?」
 論の脳内で、何かが閃く。
 今まで引っかかっていたものが取れたような、そんな感覚。
 そもそも、過去に会った時のシュベールと、今のシュベールでは、雰囲気というものがまるで違い過ぎる。
 そして…一種のデジャヴさえ感じる。
 すぐさま、この感覚は、つい先日にあったあの現象と同じであることにすぐに気がついた。
「…まさか」
 そして思い出す。
 『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』であるヒナには、あるモノがあって、つい先日ソレを見たではないか。
 ならば、同じ『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』であるシュベールにも…。
 その言葉を発しようとすると、自然と背中に悪寒が走る。
 なぜかは分からない。知ってしまってはいけないかもしれない、知ってしまえば後戻りなど出来ないという虫の知らせかもしれない。
 だが、それでも、発言せずにはいられなかった。
「シュベール…まさか…貴様…」
 ここで一呼吸置く。知らずの内に論の心臓の心拍数がどんどんと上がっていくから、それを抑えるためにも。
 こんなに動悸が激しくなったのは、かつて錬との戦いに挑む前の時みたいだ。
 そして論は続ける。
「お前にも…あるのか…ヒナの『自動戦闘状態オートバトルモード)』みたいな能力が…」
 喉がからからになるような如実な感覚が論の体内を駆け巡る。
 いた、それは感覚などではない。実際、論の喉はからからだった。
 額から流れる冷や汗が止まらない。
 何より、目の前のシュベールの反応が、それが正解であることを示していた。
 シュベールは、少しだけ柔らかい笑顔を浮かべて、
「…よく、見抜いたわね」
 ふう、と小さくため息を衝いた。
 そのまま両手を力なくだらりと落として、目を瞑る。
 論にとっては絶好の攻撃の機会だったが、論には攻撃する事は出来なかった。
 ここでシュベールを殺しては、大事な情報を聞き逃す気がして。
「…全く、どうしてこうも、貴方は鋭いのかしら…」
 目を瞑ったまま、シュベールは喋り出す。
「…敵として出会いたくなんて無かったわ」
「オレはお前みたいな奴とは味方でなくてよかったと思っている」
「…何それ。ああ、それと今貴方が言った事は当たっているわ。
 つまりはそういうことよ…。
 人間として、痛がって、恐怖に怯えて、そして絶望する…そういった『感情』を見せ付けてくれなければ、あたしの『処刑の乙女ディス・アイデンメイデン)』は殺戮衝動を発散してくれないのよ!!!…ああ、一応言っておくと、あたしの武器が鞭なのは偶然の産物よ」
「なんだと…それじゃ…まさか」
 論の喉がからからになるような感覚を伝える。
 知らずの内に冷や汗が流れる。
 ちらり、と隣のヒナを見やると、
「…ろん」
 ひしっ、と、論の服の袖を思いっきり掴んでいる。
 がたがたと震えているのが、その頬を涙が伝って止まらないのが、特殊スーツごしからでも分かる。
 全てを知って、その恐怖に耐えるための支えに頼るしかない。
 そう、全てを。
「そして…最後の答えよ…!!
 ヒナの『自動戦闘状態オートバトルモード)』同様に、あたしの『処刑の乙女ディス・アイデンメイデン)』も、本人の意思に関係なく殺戮に狩り出すもの。
 だけどヒナ、貴女のは違う!!貴女のはただ単に『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』からの逃走抑制に使われたものだから!!
 でもあたしのは違う!!
 あたしの『処刑の乙女ディス・アイデンメイデン)』は、定期的に何かを破壊しないと、定期的に誰かを傷つけないと、痛みによる叫びを聞かないと発散されないもの…人はコレを一般論において『殺戮衝動』と呼ぶわ!!
 あたしだって望んでこんなサディストになったわけじゃない!!
 好きでこんな女になったわけじゃない!!
 全ては、あたしにこんな能力を無理矢理インストールした奴の仕業でしかない!!だから、あたしの怒りと憤りをぶつける相手は間違っているのかもしれない!!
 それでも…それでも生きたかった…それだけしか望んでいなかったのに!!
 だけど…こうでもしないと、あたしは大切な仲間を傷つけてしまうから!!だからヒナを痛めつけて、この忌わしき殺戮衝動を発散させるしか道は無かったのよ!!
 本当ならこんなことしたくなんて無かった!!だけど、他に道なんて無かった!!
 だって、たった一人の犠牲で助かるなら、被害が最小限で済むならそれでいいじゃない!!マザーコアの原理だってそれと同じよ!!一人の魔法士を犠牲にして皆が生きる。それが正しいとあたしは思っていた!!
 そうよ…ヒナ、貴女は主に、あたしの殺戮衝動を発散させるために作られたのよ!!!」
「…そんな…わたし…そんな…ぁ…あぁ…」
 ヒナががくりと肩を落とす。
 自分が、そんなことのために生み出された存在だと知ったが故に。
「…シュベール…お前は」
 論は目の前のシュベールを睨みつける。
 怒りがさらに湧いてくる。
 そんな下らない事の為にヒナを…。
「あたしが憎いなら憎みなさい…あたしは反論しないわ。ヒナを傷つけ続けてきた事は事実。弁解も何もしないから。
 だけどこれだけは言うわ…これは、あたしが生きるために必要だったことでもあるのよ!!」
 シュベールのその瞳の端から涙が零れた。
「…あ」
 論はこの時、目の前の狂人に対して、初めて憎しみ以外の感情を覚えた。
 そう、それは哀れみという感情。
(…そして…)
 脳内を検索して、過去に脳内に適当に放り込んでおいた記憶から、論はそれに酷似するものを見つけた。














 それはまさに、ややニュアンスこそ異なるものの『抑制機構全層解錠制御式『万象之剣』―――殲滅曲線描画機構最適化』を発動できる伝説に名高き騎士剣『森羅』の能力と酷似しているのではないだろうか。













 ああそうか、と論は思った。
 己の身体なのに、己で制御できない悔しさ。
 止まって欲しいのに止まってくれない己の身体。
 傷つけたくなのに傷つけなければいけない仲間。
 それを最小限に抑えるために必要な生贄というべき存在。 
「そうか…シュベール…お前は」
 論の心の中の怒りが、少しだけ収まった。代わりに浮かんできた感情は…哀れみ。
「お前は、誰かに止めて欲しかったんだな。生きたいのに、そんな能力があるからこそ普通に生きる事も出来ない。そしてその能力がある限り誰かを傷つけなければならない。
 だからお前はヒナを必要とした。そういうことだろ」
「…その通り、よ」
 シュベールは、先ほどとは態度を一変させて、落ち着いて口を開いた。
「さっき、マザーコアの原理が正しいって思っていたって言ったでしょう…。つまりは過去形なの。
 あたしは、何の情緒もなくいたぶれる存在が必要だった。鼠が歯を削るために木材なんかを齧るのと同じで、あたしが被害を最小限に抑えるためには、ヒナは無くてはならない存在だったのよ。おかげで、あたしは誰一人として仲間を殺さないで済んだわ。
 …だけどそのうち、ヒナを…何も悪い事をしていない子を傷つけなくては生きられない自分に嫌気が差してきたのよ。
 そして気づいた。これは、シティのやっていることと何も変わらないって。
 …今だから言えるわ。
 あたしはきっと、自分の死に場所を探していたのよ」
「そして…今、この場にいるのは…」
「ええ、貴方の思っている通りよ論。貴方しか、あたしを止められる存在はいないってことなんだから!!あの時に出会った貴方が!!」
「…な」
「え…」
 周囲の空気が凍りつくのが手に取るように分かった。
 それはすなわち、論とシュベールが過去に出会っていたということになる。
 だが、論にはその記憶がない。
 一体どこで―――。
「…論は覚えていないでしょうね。だって、あの時のあたしはすっごく髪が短かかったんだもの。それに、ほんの少ししか話をしていない人間を…いえ、魔法士を覚えていろってのは無理な注文よね」
 その答えは、すぐ後に告げられた。
 論の思考回路の中から湧き出る記憶。
 そこに写ったのは、すんすんと泣いている少女の姿。
 最初、何で泣いているかは分からなかった。
 だけどその時、少しだけ、その子と話をしたことは覚えている。
「水色の髪…まさか、あの時の…」
 何より衝撃的だったのは血に濡れていたその姿。
 死体を見て嘔吐していたその子の背中をさすったのを思い出す。
 確かその子は、最後の家族を失ったとか言っていた。
 妹を失ったと言っていた。
 覚えてないのも当然だ。あの時は『外』に出たばっかりで、生きるのに必死で殆ど記憶なんて無かった。
 論の中で、全てのピースが音をたてて完成する。
「遅いわよ」
「…確かに、遅すぎたな」
「だから…こうなってしまった。あたしと貴方が戦う事になってしまった」
「後悔は?」
「ちょっとだけ」
「…お陰で全てが分かった…今だからこそ言おう」
 論は落ち着いていた。
 自分でも不思議なくらいに落ち着いていた。
 それはこれからの戦いに勝利出来るかという不安を打ち消すためのものなのか。
 それとも、これからの展開において、自分が生き残れることを直感と経験で感じ取ったのか。
 どうなのかなんて論自身でも分からない。
 分からないが…論は凛とした声で言い放った。
「こうなるって分かっていたら…オレ達はあの時出会うべきではなかったのかもな…。
 お前の事情は確かに分かった。今、オレはお前を憎んではいない。人が生きるために魚を殺して食すのと同じように、お前はヒナを痛めつけなければ生きれなかっただけなのだから。
 …だが、だからと言って、お前のしてきた事を絶対に許すわけにはいかない!!!
 …ここで全てを終らせるぞ!!シュベール!!」
 この戦いの終末へと向けて言い放つ、まごうことなき宣戦布告。
「…本当の事を言うと、悔しいわ。
 あたしがヒナより早く論に出会ったのに、あなたはヒナを選んだ。なんて素晴らしいすれ違いなのかしらね。あたしだって貴方の事が忘れられなかった。メルボルンで出会った時には、口にこそしなかったけど胸の中で熱い思いがした。だけど、貴方はあたしを覚えていなかった。
 そして何より、ヒナが好きな子が出来たことを手帳にまとめていたのを偶然だけど見てしまった。そしてそこに書いてあったのは貴方のことだった。
 もう手に入らぬのなら、せめてあたしの手で…ってこと。
 それら全てを乾杯して素敵に殺しあいましょう、論…これほど胸躍る殺し合いも、本当に久しぶりですもの。
 さあ、勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうね?
 貴方が勝って、大切な人をその手の中に取り戻すのか、私が勝って、私が死ぬその時までヒナをいたぶり続けられる権利と同時に、その後に貴方を殺せる権利を得るのか、二つに一つ」
「安心しろ。『刹那未来予測サタンワールド』が、後者が成立することはありえないことを未来予測で示している…ま、五秒間だけ先の事でしかないがな…だから、それを永遠に変えてやる!!」
「あくまでも確率でしょう。最終的な結果はやってみるまで分からないわよ!!!
脳が蕩けるまで!!!体中が返り血で染まるまで!!!!ただただ殺戮衝動に身をゆだねて!!!!満足のいくまで殺しあいましょう!!
 …あたしが好きだった…天樹論よ!!」
 最後の一言に、シュベールの想いが集約されていた。
 言いたい事がごちゃごちゃで一緒くたになってしまった、一人の少女の言葉。
 運命が少しでも違えば、論はこの少女と結ばれていたかもしれない。
 だけど、もはや戻れないところまで来てしまった。IFなど考えていてもどうしようもない。
 だから、この先は突き進むのみ。
 故に、論は売り言葉に買い言葉で返答した。
「…ああ、あの時の戦いの決着をつけるぞ…シュベール・エルステード!!」















死闘が、始まった。
 


















 戦闘開始直後、シュベールは告げた。
「ねえ」
「何だ」
「あたし達を作った奴の名前、聞きたくない?」
「…戦闘中に随分と余裕じゃないか…まあいい、聞いておいてやる…」
「…サンキュ」
「!?」
「だから今こそ言わせてもらうわ…」
























「あたしを作ったのは…ワイス・ゲシュタルト。そして、エクイテスを作ったのは…」


























その答えを最後まで聞いたとき、論の心の中に留めていた答えが『正解』を告げた。































<続く>


















―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―












ノーテュエル
「…何か皆して大変な事になっちゃってるみたいだから、私達で会話進めましょ。ゼイネスト」
ゼイネスト
「…ぐー」
ノーテュエル
「…寝てんじゃないわよっ!!!」
 ノーテュエル、右手の握りこぶしを振り下ろす。
ゼイネスト
「むっ!!」
 ぎりぎりで意識を覚醒させたゼイネストがそれを回避する。
ノーテュエル
「避けるな!!それと、寝てるのか起きてるのかどっちなのよ!!」
ゼイネスト
「お前の拳の音と気配で目が覚めた…しかし、死んでからこっち暇だな…腕がなまってしまうぞ」
ノーテュエル
「その方が殴りやすくていいわよ」
ゼイネスト
「…今度は額に『ナイチチ』とでも書いてやろうか?」
ノーテュエル
「だったら、お返しももちろんさせてもらうけどね」
ゼイネスト
「そうくるなら…と、いかんいかん、もうキャラトークは始まっている。だからこっちに切り替えるぞ」
ノーテュエル
「あ、そうだった…。んもー!!忘れていたじゃないのよ!!」




ゼイネスト
「…さて、切り替え終了だ…で、今回のびっくりポイントは?」
ノーテュエル
「びっくりポイントってそんなダイレクトな…でもそうね…強いて言うなら…あ、その前に前に言い忘れたけど、シャロンとあの二人が仲良くなるなんて思わなかった」
ゼイネスト
「ああ、全く運命とは分からない…」
ノーテュエル
「まあ、シャロンは私達みたいに『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター』や『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク』を持っているわけじゃないから大丈夫でしょ」
ゼイネスト
「…だといいがな」
ノーテュエル
「何よそれ…まさかゼイネスト、シャロンにまで『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター』や『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク』みたいな能力が入っているって言いたいんじゃないでしょうね?」
ゼイネスト
「いや、違う…実際、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』との戦いにおいて、シャロンが邪魔にならなければいいな…と思ってな」
ノーテュエル
「あ、そっちか…んもー、死んでからも好きな人に心配されるなんて、シャロンも幸せ者ねー!!」
ゼイネスト
「ひがまないのか?」
ノーテュエル
「…ハイそーでーす!!めっさ悔しいわよ!!!なんで私だけ相手がいないのよ!!ていうかいたにはいたけど、どうして故人なのよ!!」
ゼイネスト
「ラジエルトも独りじゃないか」
ノーテュエル
「あれは未亡人っていうの!!…もう、この際だから作者に新キャラを作って欲しいわマジで!!」
ゼイネスト
「でも、どっちにしろ俺達は死んでいるわけだから…」
ノーテュエル
「あ…それがあったか…もー!!にっちもさっちもいかないじゃない!!」
ゼイネスト
「…まあ、暴れるのはそこらにしといて…と」
ノーテュエル
「暴れてない!!…今、ただ腕をぶん回したら花瓶割っちゃったけど」
ゼイネスト
「…はたから見れば暴れ以外の何ものでもないけどなそれ…で、だ」
ノーテュエル
「で、何よ」
ゼイネスト
「いや、つい最近、新たなキャラ登場の噂を聞いたんでな」
ノーテュエル
「え!?ほんと!?どんな子?男の子?」
ゼイネスト
「残念だが女だ」
ノーテュエル
「むき〜、なんで〜!!!
 …で、私よりぺたんこなの?そうでしょ?そうだと言って!!」
ゼイネスト
「…バスト八十五だそうだが」
ノーテュエル
即死!!結局私がナイムネ女王かぁ!!!(泣)」
ゼイネスト
「まあ胸の話はどうでもいいとして…その人物は、つい最近WB本編で批判と支持を同時に受けたキャラと何らかの関係があるらしい」
ノーテュエル
「それってサク…」
ゼイネスト
「ストップ。今言えるのはそれだけだ」
ノーテュエル
「…いずれにしろ物語に深く関わる人物ってことね…ところでゼイネスト」
ゼイネスト
「何だ?」
ノーテュエル
「なんでシュベールとかのプロフィールはいつまでたっても更新されないわけ?私達はとっくに出ているのに」
ゼイネスト
「ああ、シュベール達にはまだ隠された何かがあるからな。そうそう簡単に披露出来ないわけだ。今のところ、この物語の最後がどうなるかは出来ているらしいけどな…。
 さて、今回はこの辺が潮時かな」
ノーテュエル
「そーね。
 んじゃ次回予告…スタート!!




 

ついに『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の長との接触を果たしたレシュレイ達。
 しかしその時、今まで隠蔽されていた事実が明らかになる。
 さらに襲い掛かる災厄と共に、物語はその終焉へと向かって少しづつ歩み出す!!



 次回、『リベリオン』乞うご期待!!












そーいうわけで、おっしまーい!!」
















?????
(こそこそ)
「…の出番も…もうすぐ…かな。どきどきする」












ゼイネスト&ノーテュエル
「誰だ今の!?」













<こっちのコーナーも続く>























<作者様コメント>



言いたい事なんてキャラ達に言われましたハイ。
つーわけでもう言う事無いです。
え!?最後のアレは誰だって?それは後のお楽しみ。



以上、画龍点せー異でした。


<作者様サイト>
作りたいんですけどね〜。

◆とじる◆