DESTINY TIME RIMIX
〜リベリオン〜

















知りたくない事実があった。

理解したくない災厄があった。

だけど目を背けてなんていられない。

ただ、前を見るのみ。















―――【 そ れ は 後 悔。 そ れ は 悪 夢  】―――
〜THE RAZIERUT〜
















「…あいつら、今頃何やっているかな?」
 レシュレイ達がヒナと戦いを繰り広げ、そしてシュベールとの再会を果たした頃、そんなことは微塵も知らないラジエルトが煙草の紫煙を吐き出した。レシュレイもセリシアも煙草が大の苦手なために、こういう時にしか吸えない。禁煙も未だに出来ていない。
 …駄目な父親だな。俺も。
 それを自覚してちょっとだけだが苦笑する。
 だが、すぐに考えを現実へと戻す。
 先日、レシュレイ達が出かける前に、レシュレイにだけあることを話しておいた。その内容は、レシュレイが持ってきたデータの中にある内容を解析したものだった。ただし、解析自体はまだ全部は終わっていない。
 その内容としては、最近のシティの情勢、『賢人会議Seer's Guild)』の存在云々などが、そこには記されていた。
 ちなみに、セリシアにはその内容は伝えなかった。下手にセリシアにこの内容を話してしまったら、場合によってはいずれ自分の口から話そうとしていたことを感づかれてしまうかもしれない。セリシアはああ見えてかなり鋭い。まるであの人そっくりだ。
「…」
 『あの人』の事を思い出し、ラジエルトは下を向いて俯いた。
 今はもうこの世にいない『あの人』。
 その事を思い出す度に、ラジエルトの胸が痛む。
 同時に、まだレシュレイ達に話していないことを思い出した。
 …だけど、これはとても気軽に話せるような内容ではない。
 それよりも、まだ、レシュレイが持ってきたデータの解析が残っている。
「…まだやることはあるんだけど…な」
 しかし、どうにも作業が能率よく進まない。
 ラジエルトの脳内に、それよりもさらに気になる事があるからだ。
 それは、セリシア奪還に協力してくれたあの黒髪の少年のことだ。
 何か引っかかるものがある…。
「あの黒髪の少年…ロン、と言っていたな」
 口に出すたびに引っかかる。
 まるで自分が、ロンの事を知っていたみたいなデジャヴすら覚えるような感覚。
 もう少しで思い出せそうなのに、思い出せないもどかしさ。
 空回りする思考。
 いらいらする。
 ストレスが溜まる。
 一旦気持ちを整理しなくては、やっていられない。
「…もう一本、吸うか…」
 てなわけでニコチン追加。
 ラジエルトは胸ポケットから煙草をもう一本取り出してライターで火をつけた。
 煙草の味を噛み締めてから煙草の紫煙を吐き出し、すっきりした頭で再び考えて…。

















思い出した。
















「…ロン…論…!?」
 一瞬、心臓が止まるかと思った。
 そう、論という名前には確たる聞き覚えがある。
 脳内に詰め込まれた三十年近くの記憶を探り出し、模索すること実に一分以上。こういうときだけIーブレインが欲しいなと、ラジエルトは都合の良すぎる事を考える。
 それに、もし魔法士になったらなったらで別の問題が勃発するからだ。
 …と、ありえない可能性の事を考えていても仕方がない。絵空事など考えていられる歳でもないし。
 思考を続ける。目を閉じて瞑想するかのようにして気持ちを落ち着かせる。
 やっとの思いで忘れ去られていたその記述を脳内から引っ張り出して、ラジエルトは口に咥えていた煙草をポロリ、と落とした。幸いにも煙草はズボンなどの燃え易い素材には当たらずに、白い煙を少しずつ出しながらそのまま強化カーボンの床へと落ちた。
 それを足で踏み消して、頭をかかえる。
「…何で気がつかなかったんだ…。これほど簡単な答えだったっていうのに」
 それは後悔、それは怒り。
 記憶力の無い情けない自分自身へ向けられたものである。
「…まさか世界に出ていたとは…」
 くっ、という声と共に腕に力がこもる。
 あの時、そう、まだアルフレッドがラジエルトの傍にいたかなり昔の事だ。
 その時一度だけ、ラジエルトはとある人物と出会った。
 『悪魔使い』を作り上げたというその人物は、微笑みながら喋っていた。
 その名は―――天樹健三。
 彼と出会った時、ラジエルトは聞いた。
 『悪魔使い』錬と桜の次は、何を作るのか、と。
 そしたら、すぐに答えは返ってきた。
『…実は、この『悪魔使い』のさらなる進化系を作成しているんだ―――名前は』
 笑顔で言葉を続ける天樹健三の顔は、本当に嬉しそうだった。




















 ―――男の子なら、論。


















 ―――女の子なら、由里。


















 刹那、何の前触れも無く研究所内の警報ランプが鳴った。
 だが、この警報ランプは賊の侵入などに対して鳴る物ではない。
 この警報ランプが鳴る条件は…感知センサーがレシュレイかセリシアがとある地点に限りなく近い位置にいる時と判断した時!
 ちなみに感知センサーはレシュレイとセリシアの体内に入っていて、それを常時起動させている。センサーは非常に小さいし。外傷を作らずに右足の皮膚の部分に埋め込んでいるから違和感を感じさせない。
 だから、間違いない。
 センサーが壊れてなければ、この反応は正確無比なものとなる。
 机をバン!!と叩いて、ラジエルトは立ち上がる。
「…まさか、あいつらと出会ったのか!!何故だ!」
 そしてラジエルトの血相が変わる。
 かつてレシュレイに言った『世界はお前達を放っておいてはくれない』という台詞が、こうも早く現実になるとは思ってもいなかった。
 解せない。
 この広い世界であいつらに出会う可能性なんて交通事故にある可能性よりも低いはずなのに―――。
 だけど、現に二人は出会ってしまった。
 ラジエルトの嫌悪した事が現実になる。
 起きて欲しくない奇跡もある。
 起きないから奇跡ではなかったのか。
 いや、今更そんな事を考えたところでどうにもならない。
 …ならば、自分も行かなければならない。
 あの二人に隠し続けた事を、いい加減に白状したほうがいいだろう。
 人として、父親として。








 小型フライヤーに乗り、ラジエルトはとある地点を目指した。
 そこは、彼にとっては因縁の場所―――――。
(論が目覚めたということは…まさか…)
 冷や汗が一筋、頬を伝った。
 だが、気にしてなどいられない。
 恐れるべき時が、恐れるべき事態が来てしまった。
(お前はいつまで俺を苦しめるんだ…)
 心の中で、今はもう亡き人物を嫌悪する。
(ワイス!!!!)













―――【 所 詮 は 仮 初 め の 安 堵  】―――
〜KUTAU&INTORUDER&SHARON〜













「あーあ、戻ってきちゃったわね」
 決着をつけるべき場所―――『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の内部に入ってから、右手でその青い髪を軽くかきあげながらクラウは呟いた。
 相も変わらず機械的な通路。基本的に機械的な構造をしているのは『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の最初の製作者であるファランクスの趣味か。
 というよりも、シティ・シンガポールが近くにあるのに、どうしてシティ・シンガポールの軍の連中はここに攻めてこないのだろうかと少し考えて…当たり前の答えに行き着いた。
 それは無理が無く理屈の通っている答え。
もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』は、『MBFマザーブレインファクトリー)』という表の名前でシティ・シンガポールと親しい関係を結んでいる。
 故に不可侵条約はとうに成立。何より、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』は表向きにはシティに貢献しているわけだから、シティ・シンガポールとしても攻め入る理由が無いのだ。貴重な魔法士を提供してくれる組織に攻め入るバカがどこにいようか。
 そう、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』は『賢人会議』とは違い、マザーコアを使用して動かしている。さらに、裏作業で『賢人会議Seer's Guild)』から、『マザーコアにされるはずだった魔法士』を攫ってきてはシティ・シンガポールに貢献しているのだ。
 『賢人会議Seer's Guild)』の長であるサクラにはこのことが…ばれているだろうが、サクラが来る頃には魔法士は既にマザーコア安置室の中。取り返そうにも取り返せない…元より、サクラとて『マザーコアにされるはずだった魔法士』をシティから奪っているのだから、取り返すと形容するのは間違っているかもしれない。
 ちなみに、主に『マザーコアにされるはずだった魔法士』をサクラの元から奪ってきたのはワイスの仕事だった。だがワイス亡き今、その仕事はシュベールが行っていた。
 取ったり取られたりの繰り返し。『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』と『賢人会議Seer's Guild)』とシティの追いかけっこ。
 だが、そのサイクルにも終末が来る。
 今この時を持って。
「…そしてここで、全てに決着をつけるの…それが、ノーテュエルやゼイネストが望んだ事だと思うから、あの二人の意思を継がないといけない…例え二人が望んでいなくても、これは私が私なりに考えて出した結論だから…誰にも、邪魔させないから」
 ここに着いてから、シャロンの様子は凛としていた。それは全てに終止符を打つために今から覚悟を決めているのだろうということを、クラウとイントルーダーは見てとった。
 二つの命が己と戦い、そして二つの命が本当に命を賭けてしまった戦いで守りきった、一つの命―――シャロン・ベルセリウス。
 だからこそ、死なせるわけにはいかない。
「その点については、俺達には邪魔するための理由が無いから心配は無用だ。
 …そういえばシャロン、一つ聞きたいことがある」
 そんなシャロンを見て、シャロンの考えを象徴した上で、イントルーダーは一つの問いを出す。
「何故、ノーテュエルやゼイネストが『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター』や『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク』などという能力を埋め込まれたと思う?」
 イントルーダーの質問に、シャロンは少々だがたじろいでから答えた。
 シャロンにとっては傷を穿り返されるようなもの。
 だが、現実から逃げても最早無駄である事はとうに理解できている。
 だから、答えた。
「…確か、『全てを犠牲にしてでも戦闘能力を強化するため』って聞かされたの…」
 そう。
『何か』を『得る』為に、『また別の何か』を『犠牲』にするかのように。
『シティ』の『保持』の為に『マザーコア』を『犠牲』にするかのように。
『破壊力』の『強化』の為に『性格』を『犠牲』にする。
 それらは原理としては全くの同意義。
 何かを得た、そして何かを失った。
 リスクリターンの釣り合いを求めたが故の結末。
 あたかもその答えを予想していたかのように聞き終えた後に、イントルーダーは頷いた。
「つまりは、そういうことか」
「…?」
 何が『そういうことか』なのか一瞬理解できずに、シャロンは頭に疑問符を浮べる。
「肝心のシャロンは理解していないみたいよ…それに、貴方ばかり喋ってないで、私にも喋らせて」
「了解」
 横から口を挟んだクラウに、イントルーダーは説明の場を譲った。
「私達のように『後期に生み出され、『何かを犠牲にしてまで戦闘能力を強化する必要は無い魔法士』ならともかく、ノーテェエルみたいに『かなり早い段階で生み出されたものの、まだ教化が必要なレベルの戦闘能力しか持っていない、よって何かを犠牲にしてでも戦闘能力を『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』が求めているレベルにまで一時的にしろ強化する必要のある魔法士』とみなされた場合にのみ、『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター』や『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク』みたいな能力を埋め込まれた…ってことよ。シティがマザーコアを使用して生きるのと、原理的にはそう変わらないわ」
「そうだ。
 …で、ここからが本題なんだ…」
 ここで一息つくイントルーダー。
「…シャロン、お前も確かかなり早い段階で『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』に生み出された魔法士だけど、『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター』や『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク』みたいな能力を埋め込まれていないのか?」
 次いで出るイントルーダーの質問、だが、シャロンはその質問に対して何事でも無いかのように、あるいは、幾度と無く質問されたことがあるかのように答える。
「それが…私の脳内に埋め込まれた能力は『治癒の天使ラーズエンジェル)』だとしか聞いてないの。『治癒の天使ラーズエンジェル)』は『同調能力』の強化系の能力で、攻撃には使えないけど回復に特化した能力だって、私を作った科学者…ヴォーレーン・イストリーは言っていました。
…その代わり、原因が分からないけど言語機能が安定していないらしくて、私の口調は安定してくれないなの…あ、また変な口調になったわ」
「…出会った時からのその口調は生まれつきだったわけね…てっきりノーテュエルの教育の間違いで変な口調を教え込まれたかと思っていたわ」
「それは失礼というものなの…あ、またです」
 ていうかどこから教育係がノーテュエルという発想が出てきたのか。
「…ふむ、しかしどうしても納得がいかないんだよな…」
「何で?」
 必要以上に考え込むイントルーダーを上目使いに見上げるシャロン。イントルーダーの背はシャロンよりもかなり高いため、どうしてもイントルーダーの顔を見るときには上目がちになってしまう。
「いや、一つ思うことがあったんだ」
「はあ」
「ちょいと今からそれを説明するから、聞いていてくれ」














 確か、科学者達を殺した後で、生まれてから最初に盗み見たコンピュータの情報には、こう書いてあった。
 あの時はあまり自分と関係ないことだから特に気にも留めなかったのだが、一応脳内に残しておいたのだ。 








・ノーテュエル・クライアント―――――『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター


・ゼイネスト・サーバ―――――『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク


・シャロン・ベルセリウス―――――『不明unknown』。





 …ノーテュエルとゼイネストの二人に『そういった能力』がプログラムされているということを、イントルーダーは生まれてすぐに知っていた。
 だからクラウと初めて会ったときにも、ノーテュエルやゼイネストの事が説明できたのだ。








 ――――ただ、何故、シャロンの項目だけが『不明unknown』の一言だけで済まされているのかが分からない。
 他の二人の項目はきちんと記されているのに、彼女だけが『不明unknown』にされている。
 その謎を解明出来れば、イントルーダーの脳内で展開している『予想』が『当たり』を告げることになる。
 『不明unknown』と書かれているということは、少なくとも『そういった能力が存在する』ということだ。








「…というわけだ」
 そして脳内で思い出したその記述を、イントルーダーは口に出して説明していた。
「…え!?不明!?それ、どういう意味!?」
 いきなり告げられた更なる事実に困惑するシャロン。
 何かを考えようとしてシャロンは頭を抱える。
 自分にも『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター』や『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク』みたいな能力が入っているのかもしれないという恐怖に襲われる。
 だが、今まで生きてきて、殺戮衝動に襲われることは無かったはずだ。
「…ちょっと待ちなさい」
 どういうことよ。という疑問の意思を隠す事無く言い放つクラウ。
「…そういえば…ちょっと不可思議に思うことがあったのよ…だって、貴方は言ったわね。ゼイネストとノーテュエルは死んだ。と」
「ああ」
「…ねえシャロン」
「…はい?」
 今度は質問の矛先をシャロンへと変える。
「辛い事だと思うけど…もう一度聞くわ…ゼイネストとノーテュエルが死んだのって…いつの話?」
「…あなた達二人に出会う…一時間以上前…あ!!」
「そうよ」
 確信を持ってクラウは言い放つ。
「おかしいわねイントルーダー。貴方は私に言ったわね。『賢人会議Seer's Guild)』…いえ、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の極秘データを盗み見たからゼイネストとノーテュエルが死んだ事を知ったって…。
 …でも、貴方が『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』を脱走したのは生まれてすぐだから…少なくとも一ヶ月は経過しているわ…。
 だけどゼイネストとノーテュエルが死んだのはつい先ほどの事…つまり、ここで大きな矛盾が発生するのよ…」
 ここで一息つく、そして、









「どうして『ゼイネストとノーテュエルが死んだ』という『貴方が『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』を脱走した時点では起こっていない事柄』が貴方には分かったのかしら?
 納得のいくように説明して頂戴…それに、貴方、まだ何か隠している事があるんじゃないの?」









 今までの前提が根本から崩れ落ちる瞬間。
 それを聞いたイントルーダーは、観念したように肩をすくめた。
「やれやれ…やっぱり言うんじゃなかったな…やはりクラウ…貴女は聡明な女性だ」
 続いて、ふう、とため息。そのままその場に腰掛ける。
「…そうだな。今更隠しておいても仕方がない…いずれ話すつもりだったが、こうも早く説明する時が来るとは…端的に言おう、正直、ちょっと信じられない内容かもしれないが、俺は――――――――」
 何かを諦めたような表情で一息、そして、











「――――新種の能力者…管理者。なんだ」









 ……告げられた、新たな事実。
「…」
 管理者という初めて聞く単語を目の前にして、二人は何も言えず、ただ黙っている事しかできない。
 緊張を強くする二人に対して、イントルーダーは語りを続ける。
「前に説明したから、俺がマザーコア用の魔法士として作られたことは知っているだろう。その時、俺の脳内には他の奴らの脳内には無い特殊な能力が埋め込まれていたんだ。すなわち実験体―――ってとこだ。
 そして、俺以外にも数十人もの魔法士―――ま、半数は『賢人会議Seer's Guild)』から横取りした『マザーコアにされるはずだった魔法士』で行われたんだ。だが―――」
「だが?」
 鸚鵡返しに聞き返すクラウ。
「実験の成果は絶望的なものだった。俺を除く全ての魔法士の大脳皮質は実験の負荷に耐え切れないで死滅してしまった。
 すなわち、大量に「フリーズ・アウト」が発生したってとこだ。
 だから俺が、この実験の最初で最後の成功者って所だ」
「…て、管理者っていうのはどういう能力者なの?」
 シャロンが問う。
 …問うた瞬間、心臓がどくん、と音をたてた。
(!?)
 だが、それは一秒ですぐに収まる。
(きっと…真実に近づいたために、知らずの内に緊張しているのかも…)
 この場はそう思うことにした。
「…その実験で唯一成功した俺は、通常のマザーコア用の魔法士には無い能力を持っていた…」
 ここで一旦言葉を切って、告げた。
「その組織内…あるいはシティ内の人間の生命反応を感知する…言うなれば『天使』の特別変異体ってところだ。
 なんつーか、主な用途はアレだな。『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』に属していながら脱走した者達の追跡に使われる能力だ。例えば、追跡中のそいつが逃亡中に死ねば即座に脳に『脱走者が死んだ』という情報が届く。
 ただし、感知できるのは「あらかじめ情報を手に入れている者」に限定される――こう聞くと、中々に制約の多い能力みたいに聞こえるけどな。
 だから、俺は迷うことなくクラウの元へとたどり着いたし、遠く離れていながらもノーテュエルとゼイネストの死を感知できた」
「だったら…」
 顔を俯かせて、瞳に涙を溜めて、拳を震えさせてシャロンは口を開く。
「どうして…どうして来てくれなかったんですか!?貴方が来てくれれば、もしかしたら…ノーテュエルとゼイネストが死ぬ事だけでも避けられたかもしれないのに!どうしてただ、傍観しかしなかったんですか!!」
 その場限りの感情に任せてシャロンはイントルーダーを否定する。
 だが、そんなシャロンを見ても尚、イントルーダーは口調も表情も変えずに切り返しの返答を返す。
「…残念だが、それは出来ないんだ。
 …と、いうかシャロン。君、俺の能力の事をちょっと勘違いしていないか?
 …俺の能力はあくまでも『『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』に属している者の生死あるいは生存状態』しか感知できない。いつ死ぬかなんて分からない…つまり、未来を見れる能力って訳ではない。レーダーみたいに『そいつがどこにいるか』しか分からないってことだ。
 まあ、あえて分かりやすい別名をつけるなら『前もって情報を持っている魔法士の探知』ってとこか。
 ちなみに脳内にあるのはノーテュエル・ゼイネスト・シャロン・エクイテス・ワイス・そしてクラウの情報だけだ。
 …正直、脱走前にもっと情報を集めるべきだったと、今後悔しているところだけどな…。
 まあ、今更後悔しても遅いかな…」
「あ…」
 シャロンの頭の中にある熱い感情が、頭に冷や水をかけられたみたいに急速に冷えていく。
「ま、勘違いしても仕方ないかもしれないわ。実際、私も一瞬ソレを考えたもの」
「…もしかして俺は説明下手か?」
「うん」
「即答かよ」
「…とりあえず、これで一応謎は解けました…貴方が何のために生み出されたのか、という謎が」
 そして一区切り。
「行きましょう。終わらせないといけないんです…『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』を、この世から抹消するために!!」
 強い口調で言い切った。












それが、『引き金』だった。
















「!!」
 どくん!という、先ほどとは比べ物にならない激しい動悸がシャロンを襲う。
 そのまま心拍数は上昇する一方。シャロンは海老みたいに丸くなってその場に座り込む。
「か…」
 そのまま、シャロンが胸を抑えてうずくまる。
「おい!!どうした!?生理か?」
 いきなりのシャロンの変貌に混乱したイントルーダーは、そんな事を言ってしまった。
「もうちょっと言葉を選びなさい!!」
「ぐはっ!!」
 で、イントルーダーは赤面したクラウに平手打ちされた。
「…違う…何これ…」
 シャロンの瞳は虚ろな色。
 今までに無いような感覚がシャロンを襲う。
 歯ががたがたと音をたてて震える。
 喉の奥から吐き気がする、胃の中のモノが逆流してくるような感覚。
 全身を襲う寒気のせいで、肩の震えが止まらない。
 どくんどくんどくん…。
 動悸は止まらない。
 冷や汗が額を伝って流れ落ちる。
 今まで感じたことのない感覚。










―――そして、脳内で誰かがささやく。









―――禁忌の扉は、今開かれた――――と。








「シャロン…貴女…一体!!」
 いきなり豹変したシャロンを見て狼狽するクラウ。
「やはり…おかしかったんだ…シャロンだけが…『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター』や『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク』のような能力を何も仕込まれていなかったという事自体が!!
 可能性としては十二分に考えられたのに、あの記述だってよくよく考えればそういうことになる!
 くそっ!!…何で俺はこんな大事な事を…今の今まで考えようともしなかったんだ!?」
 そう言ったイントルーダーの顔は青ざめている。
 後悔先に立たず、とはよく言ったものだと脳内で納得しながらも。だ。
「どういう…ことよ…」
 クラウの声の震えが止まらない。
「今、目の前で起きていることが事実だ!!それも、これは明らかに嫌な方向に進んでいる!…まさか!!」
 イントルーダーも声の震えが止まらない…だが、それでも彼は叫んだ。
「確たる離反宣言に対して起動する『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター』や『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク』みたいなものなのか!?」















(『堕天使の呼び声コール・オブ・ルシファー』―――――覚醒)















 シャロンの頭の中で隠れていた何かが、今、確実な形でその実態を現した――――。
















「っ!!何!?この異常なまでの情報の奔流は!?」
 シャロンを包むのは圧倒的な烈風。一体、シャロンの能力でどうやってこんなものを発生させたのか理解に苦しむ。
「…そう…だったんだ」
 やがて烈風が止むと同時に、シャロンがゆっくりと顔を上げる。
 だがその顔を見て、クラウとイントルーダーは思わず息を飲む。
 光を失った瞳。右頬にあるのは血の筋のような奇妙な模様。
 そして何より驚くべきは、シャロンの背中から生えている三対六枚の巨大な天使の翼。
 だが、その翼は…、
「私…『堕天使』…だったんですね。私も、ノーテュエルやゼイネストと同じような能力を、埋め込まれていたんですね…」








 幾千幾万の血を吸ったかのように、美しい真紅の赤に染まった翼だった。













―――【 邂 逅  】―――
〜THE RESHUREI&SERISIA&BUREED&MIRIL&EXITES〜















 機械質な幾多の通路を抜けた先にあったのは、ただ広いホールのようながらんとした感じの部屋だった。
 その部屋にある主な物は、いくつかの端末とコンピュータ本体といったところ。
 その中央に、そいつは立っていた。
「初めまして…だ」
 橙色の髪の男が、野太い声でそれを告げる。
「お前は…誰だ」
 分かりきっていた答えだが、レシュレイはその問いを口に出さずにはいられなかった。
「俺はエクイテス・アインデュート…今の『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の長だ」
 瞬間、場の空気が一変する。
 目の前の男が…『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の長であるエクイテス・アインデュート。シュベールから話には聞いていたが、実際に会ってみると、なんとも言えぬ威厳というか威圧というべきか、あるいはプレッシャーというべきものなのか…どれが一番形容として当たっているかは分からないが、この場に居合わせた全員がエクイテスの姿から感じられるのはそんな感情だった。
「その長自らが出てくるとは…『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』ってのは余程人がいないんだな」
 あえて挑発的な口調で返すブリード。
「言っていろ…つい先日に脱走したある魔法士…そう、ヒナのせいで、殆どのエージェントは斬り殺された。残された者も、既に安全な場所に避難させてある。だから、もはやこの『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』には、誰一人として人間はいない…いるのは、非常識な能力を持つ特異な存在―――魔法士だけだ」
「…で、何でお前は『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』なんかやっているわけ?」
「…それが『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の一番最初の考案者、ファランクスの意思だからだ。俺達はそのために作られた…はずだった」
 ブリードの問いにエクイテスは返答する。
「…だった?」
 エクイテスの言葉の最後が疑問系だったことに気づき、ミリルが問う?
「だが、今の『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』は、ある魔法士の手によって暴走してしまった…だから、もはや俺達の存在意義など失われているも当然…だが、魔法士とはいえ人間、故に、この世界に生きたいと思う権利くらいはあるはずだろう」
「…なんか、よく分からないです…あまりにも抽象的過ぎて…」
「そうか…なら言いやすく言い換えてやろう…つまり、今の『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』は、本来の目的とは違う方向に暴走してしまっているというのが一番分かりやすいかもな…」
 首をかしげたミリルの問いに律儀に答えるエクイテス。
「だが、分からないのは『この世界に生きたいと思う権利くらいはあるはずだろう』だ。生きたければ勝手に自由に生きればいいんじゃないのか?こんなことやめちまってよ」
「…そういう意味に取ったか…まあいい、その件については後で話してやろう…それまでは、俺はお前達と戦うつもりはない」
 ブリードの問いにも律儀に答えるエクイテス。もしかすると、この男はかなり紳士なのかもしれない。
 だが、それとこれとは話が別。
「貴方には無くても、私達にはあるんです…『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』と戦う理由が…」
「ふむ…そうか…理由はヒナか…?確かに彼女は不幸だった。だからそのために俺達を討つ。
 『敵』を作ってそれを倒すのは、自分達がそいつに倒されるのが怖いから。か。
 成程成程、実に理に叶っていて、人間としての立派な本能だ。
 …ああ、回答ばかりしていて忘れるところだった」
 セリシアの問いも答えた後に、エクイテスは続けた。
「その前に、この中でレシュレイとセリシアってのはどいつだ」
「俺だが」
「私です」
 レシュレイとセリシアが一歩前に踏み出す。もちろんIーブレインによる警戒は怠らない。
 その瞬間、エクイテスの目つきがより鋭くなった。
「…待ちわびたぞ…忌まわしきあの男の関係者!!」
「あの男!?いったい誰のことだ?」
 いきなり「あの男」という不確定代名詞を使われて、レシュレイは一瞬返答に困る。故に、その次の瞬間には妥当な返答を返していた。
「…そうか…お前たちは聞かされていなかったのか…まあ、確かに人に、それも自分の作った魔法士に話して聞かせるような内容じゃあないな…ならば今、ここで事実を説明してやる」
「やめろ!!」
 とっさに背筋に悪寒を感じて、レシュレイが叫ぶ。
 まるで、それが聞いてはいけない言葉であることが予測できたかのように。
 だが、エクイテスは構わずに続けた。





 その瞬間、レシュレイの懸念が当たった事が証明された。













「お前達の生みの親…ラジエルト・オーヴェナは、『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の科学者の一人だ」












頭をハンマーで殴られたような感覚を、レシュレイは覚えた。
信じたもの全てが一瞬にして硝子細工のように壊れたような音を聞いたような感覚を、セリシアは覚えた。
そして今、世界が凍ったように静止する。







そのまま、数秒ほど何者も動かぬ時を置いて、






「嘘だろ…」
「嘘…です…」
 そしてレシュレイが愕然として、その場に膝をついた。
 さらにセリシアが両手で顔を抑えてその場に崩れ落ちた。その瞳の端から涙が零れ落ちた。






「嘘じゃない」
声を和らげないで言う。
「お前達の生みの親であるラジエルト・オーヴェナは、間違いなく『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の設立者の一人だ。この真実は如何あがこうが覆しようが無い。証拠だってここにある」
 そう言って、エクイテスは近くにあった端末を軽く叩く。
 そしてその口からさらなる言葉が告げられる。
「だが、ラジエルトは我らが組織を裏切った」
「え…」
 レシュレイとセリシア、二人の声がはもる。
「どういうことです…それ」
 ショックの大きさのせいで禄に返答も出来ないレシュレイとセリシアに代わり、ミリルが聞き返した。
 その返答を待ち望んでいたかのように、エクイテスは高々と言い放つ。
「その理由を今説明してやろう!!俺達が生まれる前から起こっていた、因縁と憎しみと偶然の連鎖によって起こってしまった悲劇とやらを!!
 そして覚えていろ!!俺達が…この世界にいたという真実を!」
 それは説明と言うよりは、むしろエクイテスの色々な感情がこもった演説とも取れる発言だった。









〜続く〜


















―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―












ノーテュエル
「…」
ゼイネスト
「…」
ノーテュエル
「……」
ゼイネスト
「……」
ノーテュエル
「………」
ゼイネスト
「………」
ノーテュエル
「…何か喋ろうよ」
ゼイネスト
「お前から切り出してくれ。俺はこういうのはちょっと…」
ノーテュエル
「んじゃ、テンションあげて…。
 …ちょっとちょっと!!いつもいつも予測のつかない展開ばっかりのこの物語だけど、今回のは流石に予測なんて出来なかったわよ!!」
ゼイネスト
「ああ、まさかレシュレイとセリシアを作り上げた天才、ラジエルト・オーヴェナが『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』の科学者の一人だったとはな…これは流石に予測できていた人は少なかったんじゃないのか?最も、エクイテスの言っている事が真実なら。という話を前提にした上での事実だが…あいつが嘘をつくような人間とは思えない…」
ノーテュエル
「何落ち着いているのよゼイネスト!!それもそうだけど、シャロン…シャロンが!!」
ゼイネスト
「分かっている!!!」
 悔しそうに歯を食いしばるゼイネスト。
ノーテュエル
「…ゼイネスト」
ゼイネスト
「…何でだよ…どうしてシャロンまでこんなことになるんだよ!!あの戦いの犠牲者は俺達だけで十分だったってのに!!」
ノーテュエル
「ほんとに…ね。全く、どうしてこうも、私達はろくな目にあわないのかしら…それに、シャロンのあの能力。下手したら『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター』や『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク』よりも凶悪そうな印象を受けるわ…次はほんとにどうなっちゃうんだろ…」
ゼイネスト
「これが……これが俺達の受けた、この物語での宿命って奴か…こうなったらもはや俺達には祈る事しか出来ない…せめて、シャロンが無事で済むようにと祈るしかやれることが無いんだ…くそ!!俺達が生きてさえいれば、シャロンの助けになれたかもしれないのに!!」
ノーテュエル
「それを悔やみたいのは私も同じよゼイネスト…だけど、出来ないからこそ悔しいのよ…ほんと、頼むわよ…クラウ、そしてイントルーダー。シャロンの安否は、あんた達に任されたんだから…」
ゼイネスト
「あと気になるのは、ラジエルトの過去だな。どうしてラジエルトが『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』を脱走したかなんだけどな…」
ノーテュエル
「それはきっと次回で明かされるわ…さあ、いよいよ全ての謎が一つにまとまってきたわね!!
 そしてまだ出番こそ無いけど、ついにその名が明かされたもう一人の天樹…天樹由里とは一体何者なのか!?
 まあ、なんていうか、論が錬のクローンなら由里は…」
ゼイネスト
「…ほぼ答え言ってるだろ」
ノーテュエル
「バレたか」
ゼイネスト
「バレるわ!」
ノーテュエル
「見た目もそっくりらしいわよ。論が錬にくりそつだったみたいにね…それに『桜』と『百合』だし」
ゼイネスト
「花の名前繋がりか…でも『百合』は名前としては何かおかしいから『由里』にしたんだよな」
ノーテュエル
「…どーでもいいけど何となく嫌な響きだし…」
ゼイネスト
「まあ、そっち系の話しは置いておいて…、
 次回、『きらきらと光る雪はただ見ていただけ』乞うご期待ください」
ノーテュエル
「…そういえば今回、論の話は無いのね」
ゼイネスト
「ああ、とある理由から、次回に明かされる事実が無いと論の話が進まないからな」
ノーテュエル
「ま、頑張りなさいよ論。とだけ言っておきますか」
ゼイネスト
「お前が人の恋路を応援するなんて珍しいな」
ノーテュエル
「それをネタにキャラトークで色々弄れそうだからね〜特にヒナとか弄ったら面白そうだし。
 ああ、夢が膨らむわ」
ゼイネスト
「…前言撤回。そして鉄拳制裁!(ばきっ!!)」
ノーテュエル
「は、鼻が〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」














<こっちのコーナーも続く>











<作者様コメント>



やっと出せました堕天使シャロン。
最初から三人組は全員が『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター』等の異能力を持っているという設定だったのですが、
今回になってやっと最後の一人が出てきました。
ちなみに戦闘能力はある意味某ウィズダ(ry)。
性格の元ネタはある程度は某薔薇乙女の水銀と(強制終了)。


というかラジエルトが『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』だと予測できた人は何人いたんだろ…。
伏線隠しまくってたからな…。分からなくても無理ないかも。

ていうか新キャラの由里がうまく描けぬっ!!
精進しないとな…。


以上、画龍点せー異でした。


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只今ブログ作成中。

◆とじる◆