過去に苛まれるのも、人が人である証。
全ては成すべくして成った事。
限りある命達がぶつかり合う。
それはこの世に生きる者達の宿命か。
それらが今、紡がれる――――――。
「事の発端は、ワイスだった」
先ほどとは打って変わって静かな声で、エクイテスは話を続ける。
「ワイスは最初は、まともな、何処にでもいるような平凡な男だった。
…だが、狙った獲物はあらゆる手段を用いて捕縛して、そして絶望を与えて殺す…そんな一面を持つ男だった。まあ、それでいて頭だけは良かったから、うまいことその本性を隠し続けていたからこそ、ラジエルトやヴォーレーンには、狂ってしまって行ってはいけない方向へと進んでしてしまった事がばれずに済んだんだけどな」
「…」
誰も何も言えない。言えるはずが無い。
特に、実際にワイスに出会ったレシュレイとセリシアには、ワイスがどんな人物なのかは分かっている。
世間的に言う忌わしき行為を平然と行う、常識への反逆者。
「…しかし、ワイスとて最初から悪人ではなかった」
――その直前の事柄を打ち消すような言葉が、エクイテスの口から紡がれた。
「…は?」
いきなり反転した意味の言葉を聞かされて、ブリードが間抜けな声を出す。
「それは、どういう事だ…」
疑念を隠せずに、レシュレイはそれを口にした。
人に、特に女性に対し、監禁、暴力などと言ったそれら諸々の行為を平然と行う男が、最初は悪人ではなかった。と?
ならば一体ワイスはいつ豹変したのか?
レシュレイは口にこそそれを出さなかったが、エクイテスはそれを察知したようだ。
故に、ふぅ、とため息一つ。エクイテスは口を開いて説明の続きを始めた。
『
先の大戦、そして今も尚起きるシティとプラントの抗争の犠牲により、親を失った子供達に救いを与えるための組織。
そしてゆくゆくは、マザーコアに代わるエネルギーの作成に取り掛かる…それが創生された時の『
『
だから、同じ過ちを二度と繰り返させぬように、未来ある子供達にそれを教えようとしたのだ。
その後、ファランクスは急病で病に倒れたが、ファランクスが死の直前に作った最初で最後の魔法士――――ゲストラウイドにその意思を告がせた。
ゲズトラウイドは基本構造を『騎士』として作られたが、その本業は『
故に、戦場に出る事は一度も無かったという。
そして、そのゲストラウイドが作った魔法士がワイスというわけだ。
元々ワイスは子供が好きで、子供にも好かれる男だった。
故に、この任務は彼にとっては天職とも言えるもの…その証拠にワイスの開いた孤児院では、たくさんの子供達が日々を笑顔で送っていた。
だが、新たな道を、新たな未来を見出そうとする者は、殆どにおいて障害に出会う。世界の忌わしき法則の一つだ。
大儀を成すのに障害は付き物とはよく言ったものだが…今回は流石にその『障害』が致命傷になった。
本物の『
…子供達は全て、『
それも、たった数名の魔法士…厳密には『マザーコアにされる予定の魔法士』の為に。である。魔法士を助ける為なら普通の人間などいくら死んでも構わないという常識外れな考えを持った地獄からの死者―――『
燃えさかる炎の中、子供達の亡骸を抱えてワイスは涙し、天を仰いで叫んだ。
――――どうしてこの子達が、こんな目に遭わなければならないのか。
――――この子達には大人になる資格すら無いというのか…無力な、形だけの存在の神め!!何が神だ!!
――――『
――――このままでは、世界は死ぬ!!魔法士さえよければ人なんて要らないと公言する『
――――創造主である人間に反旗を翻し、その上人間の滅亡を企む魔法士など死ねばいい!!!
この時を境に、ワイスは壊れた。
神がそこまで無慈悲で残酷で無力で役立たずで生きているのかすら分からない存在。
そして飾りでしかないものの、その力は偉大だとされる存在。
だが、今理解した。
所詮、神など飾り物だ。この世における不用品だ。
ならば、とワイスは思う。
偉大なる神がその程度の慈悲もくれない冷血なる存在なら、自分がこれから行う行為もそれほど気にする行為ではない。と。
あの時、子供達の命を奪っておいて平然とした顔で逃走していった『
そして決意した『
はたから見れば異常者の行為にしか見えないであろう。
だが、今の彼にそんな理屈も世間体も常識も通用しない。
あるのはただ、神への嫌悪。神への愚弄。神の名を愚弄する為の行為を行うための決意。
全ては狂ってしまった運命の歯車。
そしてこの日、ワイスは壊れた。
ゲストラウイドも、ワイスの『
このままでは、ぎりぎりの均衡を保っていた世界のバランスが壊れてしまう事に気づいての行動である。
殆どのシティの人間達は、シティの動力源であるマザーコアが魔法士の命によって成り立っている事を知らない。
故に、もし『
そして人類の滅亡もまた必至。
――絶対に、防がなくてはいけない。
『
その後、『
彼こそがラジエルト・オーヴェナ。後にワイスの運命に深く関わってくる男。
ワイスはラジエルトの機転の良さとその発想力に、
ラジエルトはワイスの頭の良さとキレにそれぞれ敬意の念を持った。
そして、ワイスはラジエルトに『
だが、裏の事を説明しなかったことを除けばその説明は間違いでも嘘でもない。
現に、ワイスは孤児院こそ持たないものの、行く先々でお腹を空かした人間の子供には食料を分け与え、迷子にはきちんと親の元まで連れて行くし、住む所の無い孤児には、何とか色々なところに掛け合って住ませてもらったりもした。
『
絶対に不幸な人間の子供を作りたくない。
あの日、『
そしてワイスとラジエルト、さらに同士として加わったヴォーレーン・イストリーを加えた三人の科学者は、それぞれが魔法士の開発に取り掛かる。
それ以外にも、シティから追い出された科学者、シティから亡命してきた者達も加わり、『
にもかかわらず、三人の科学者が魔法士作成に着手したのは、『
何せ、魔法士の亡命者がその中にはいなかったのだから。
シティの上層部が何をしているか知らない多くの魔法士たちは、何も知らずにシティに従属していたためだ。
無論、傭兵など信用できない。彼らは所詮ビジネスの上での契約しか果たさない。契機切れと同時に縁も切れる。
それに中には、依頼主に反旗を翻す傭兵もいるので、油断ならないからだ。
それなら、最初からこちらで魔法士を作ったほうがいい。
エネルギーなら心配ない。なんせ『
『
…しかしそれよりも、元々、今の世界にはマザーコアを超えるエネルギーが無い事から、必然的にマザーコア便りにならざるを得なかったのだが。
これを世界心理に基づいて言及するのであれば…。
…世の中、綺麗事だけじゃ生きれない…つまりはそういう事だ。
各々がそれぞれの魔法士を作成しているその最中に、突如、セレニアという女性が軍から投降してきた。
「匿ってください」というのが最初の言葉だ。
桃色のショートヘアの、美しくも優雅な女性だった。というのがラジエルトの最初の感想だったらしい。
ワイスとしては「まあ、スタイルはいいですね」という感想を。
ヴォーレーンは「俺達にはもったいないな」と失笑を漏らした。
セレニアは軍から投降してきたらしい女性で、元々は軍内部でもかなり地位が高い位置にあったという。
だが、無能な軍に愛想をつかして『
―――最もこの場合、『
この頃、ワイスはついに『
だが、まだ『
『
そして『
そして、あの子達は未来を掴めていたかもしれないのに、と。
魔法士の子供の命が消えるのを好むわけではない。魔法士の子供とて子供には変わりない。
だが、こいつらのせいであの孤児院の人間の子供達が死んだと思うと、そんな感情は消えていく。
そうだ。
お前らみたいな死にぞこないのせいで、あの未来ある子供達は死んだ。
死ぬ運命にあるお前らがのうのうと生き延びて、生きるべきだったあの子達が何故死ななければならない!?
本来なら逆であろうが!!
所詮量産出来る存在の魔法士と、量産の効かない純粋な子供達では価値が違いすぎるではないか!!
そして、言ってやる為の言葉も準備してあった。
聞いているか!?聞こえているか!?己の無意義な正義を信じた道化の愚者よ!
所詮量産出来る存在で、死に行くしか道の無いマザーコア用の魔法士というそんなモノに命を賭けて、無駄な戦いと犠牲を生み出す貴様の行為は悪なのだ!
貴様のせいで、失われる必要の無い幾多の尊い命が失われた!
そして失われるべき虫ケラ共が生き残った!
これを愚行と言わずして何と言う!?
『
…あの時から壊れてしまったワイスには『どちらも同じ『命』である』という考えは浮かんでこなかった。
その「大切な事」に、人間の子供達を愛したが故に気づかなかったのだ。
すぐに数人ほど魔法士の子供達をクロロホルムなどで眠らせて、うまい事手荷物に見せかけて秘密ルートから悠々とフライヤーに乗り、『
その時から、『
需要と供給の関係。
『
なんて素敵な近所関係だろうか。
そして同時期、ある日を境にワイスとラジエルトは敵対する事になる。
それは、ワイスがラジエルトと親しい仲…というより最早それは結婚直前にまでになっていたセレニアに手を出した日の事だった。
絹を裂くようなセレニアの叫び声を聞いてラジエルトが駆けつけた時、その場にあったのは…紅だった。
真っ赤な絵の具を零したみたいな、血の池とも呼べるその中心部に横たわっていたのは…ラジエルトの婚約者となった、セレニアだった。
黄色を基調としたカーディガンを含めた衣服という衣服はずたずたに切り裂かれており、全身には擦り傷切り傷が無数にある。
簡単に言えば…筆舌しがたい状態だった…。
「おや、貴方居たんですか。これはこれは…本当に気がつきませんでしたよ」
おどけた表情で振り返りラジエルトを見据えるワイス。その瞳の色は最早常人のそれではない。強いて言えば…ヤクに嵌って抜け出せなくなった者の目だ。
気づいていないというのもおそらく嘘だ。ワイスは一応は『人形使い』なのだから、気配察知が出来ないわけがない。
「ワイスッ!!!貴様ァッ!!!」
血を吐くように叫ぶラジエルト。
「この人…左手の薬指に指輪がありますね…これは、貴方が婚約者がいたら送るとか言っていた品ですね。それがここにあると言う事は…」
「…知ってやがったのかよ…全部…知っていて、こんなことをしたのかよ!!!」
「いえ、今の今まで気づきませんでした。
…正直、最初から怪しいと思っていたんですよ。
この女は軍から投降してきたと言いましたが、もしかすると逆に僕らから情報を奪って、何らかの理由をつけてまた軍に戻る…つまり、この女は軍からのスパイだという可能性も捨てきれないわけですよ。
それに、妙に機械知識や世界情勢に詳しいようでしたからね…怪しむ要素は十二分にあります…。
いや、もしかすると『
だから…危険が迫る前に殺させてもらいました」
まるでそうする事が当然だと言わんばかりにワイスは言い切る。
「…この、イカレ頭がァッ!可能性でしかない事柄を本気で信じてそんな行動に走るなど、異常者の極みだ!!」
「…あなたにそれを言われるのは心外ですね。僕らは友達だったのに」
「…それはもはや過去の話だ。正直、お前とつるんでいたのが果てしない間違いだったと気がついたよ。遅すぎたけどな!!!」
「そうそう…その人についてですが…十二分に楽しませていただきましたよ。乙女でなかったのが残念ですが。…まあ、初めての相手は貴方でしょうかね」
「…貴様、それは…!!」
ラジエルトの顔は紅潮していた。そして同時に浮かんでいる表情は怒りの表情。
それは即ち感情の混同なのか。
あるいは、目の前の出来事に対して感情処理が追いついていないと言うべきか。
真相は定かではない。
「その態度を見ると図星ですか。
ですが、地球上に女性など沢山います。恋人などまた探せばいいでしょう」
そんな状態のラジエルトを前にしても、目の前の異常者は平然と言い切る。
「セレニアは一人しかいないんだよッ!!
…ワイス、俺はお前を許さねぇ!!!」
そう言って、激昂したラジエルトはワイスに全力で殴りかかる。
だが、ラジエルトは人間、ワイスは魔法士。故に戦力差は歴然としている。
「甘いですって」
さらり、と、何事も無かったかのようにラジエルトの攻撃をたやすく回避するワイス。当然、ラジエルトの拳は目標を捕らえることなく宙を切る。
その後、ごす、という鈍い音と共に腹部に激痛が走り、嘔吐感がこみ上げてきた。
「がっ!!」
腹を押さえて後ずさりするラジエルト。
そこにさらに追撃がかかる。
がすっ!!
「ぐ…」
ごしゃ!!!
「げはっ!!」
どごっ!!
「ぎっ…!」
攻撃は全て蹴り。ただ、そのどれもが手加減かつ顔を攻撃しないのは友としてのせめてもの情けか。
(ちく…しょう…)
目の前で仮初めの笑顔を見せ付け自分を痛めつける異常者に何の制裁を加えられない自分自身に対しての怒りがこみ上げてくる。
如何して俺は、こいつに勝てないのか。と。
そんなラジエルトを見て、ワイスは呟く。
「さて、次は如何してやりましょうかね…ああそうだ、貴方が今作っている魔法士の次に作ろうと思っている魔法士に、確か女の子型の魔法士がありましたよね。もしその子が誕生したら…さて、これ以上は今言うとつまらなそうですね!!!(色々な方向で規制とかに引っかかりそうだし)
お楽しみはその時に取らせていただきますよ…」
「!!」
その言葉にラジエルトは反射的に顔を上げた。そして目にしてしまった。
それを見た後に、そしてひと呼吸おいて、ワイスは天へと向けて、
「ヒャ―――ッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
次に来たのは壊れた高笑い。
異常者ワイスの嘲笑が、あたりにこだました。
その後、ラジエルトは『
その際に、セレニアの遺体と、ラジエルトが次に製作する予定だった魔法士二人のデータが跡形も無く消去されていた。
だが、ラジエルトが最初に作った魔法士はそのままだった。
後は培養層の外に出すだけという状態のまま。
やはり、自分で作った魔法士を殺すことは出来なかったのだろう。
ワイスはそう解釈した。
友を失った事は大きいが…と思いながら。
そしてある日、エクイテス・シュベールが誕生する。
それから少し遅れて、ノーテュエルとゼイネストが誕生した。
エクイテスの誕生後、ワイスは定期的に魔法士を『
無論、人間の子供達への世話も忘れてはいなかった。
だがその後に、突如、ヴォーレーンが謎の怪死を遂げる。
世間的に一番近い死因が…突然の心臓発作。
誰にでもありうる突然死の代表ともいえる症状。
続いて、今までまともに指揮をとっていたゲストラウイドの性格が豹変。
『
どこを如何してこうなったのかも分からない。
ゲストラウイドは創生者であるファランクスの使命に忠実な魔法士だった。何故か老人型として生み出されたのは、ファランクスの次に『
故に、その豹変は本来ならありえる筈の無かった出来事だった。
だが、いくらそう考えても事実は変わらない。
ゲストラウイドは豹変し、『
これは絶対的たる確定事項。
―――だから、後日にエクイテスはゲストラウイドを殺した。
これ以上ゲストラウイドが暴走する前に。
持ち前の魔法士としての能力を生かして殺した。
血の匂いは、いつ嗅いでも慣れないものだった。
同胞を、それも上司を殺した時に襲い掛かってきた嫌悪感は、今でも消える事は無い。
そしてその時、ゲストラウイドによってディスプレイに打ち込まれていた文字の羅列を見て気がついた。
エクイテスの脳内にあるプログラムが入っていた事が判明した。
―――『
脳内に潜伏し、ある日、突然発動する自己崩壊プログラム。
まさに魔法士版エイズと言うべきプログラム。
その時になり、エクイテスは『
そしてこの事実を知り、全てを理解した。
このプログラムに対抗する術は無し。抗う事の出来ぬ運命とは正にこの事。
さらに読み進めていくと、自己崩壊プログラムはゲストラウイドの脳内にも存在したらしい事が判明した。これにより、ゲストラウイドが突如豹変した理由も明らかになった。
突然の避けられぬ死の存在を知ったがための精神崩壊。
いずれにせよ、エクイテスの寿命はそう長くない…。
続けて読み進めていく事により、エクイテスだけではなく、シュベール等の主要な魔法士にも自己崩壊プログラムは仕込まれている事が判明した。
―――頭を、ゴルディオンクラッシャーで殴られた気分すらした。
誰が『
だが、動悸云々から考えればラジエルトの可能性が非常に高い。
つまり、推測の領域を出ないが、ラジエルトは『
…それが『
解除方法は、未だに結局分からずじまい。
あらゆる解除方法も強固なプロテクトによっていともたやすく弾き返される。
その後、ラジエルトがまだ作成中だった二人の魔法士のデータを欠片も残さずに逃走した事が判明。もちろん、そのデータ作成に使ったコンピュータの中にはウイルスを流し込んで、再起不能とは言わずとも、内蔵されたデータを全て復帰不能な状態にして削除してあった。
その時のデータによって作られたのが…レシュレイとセリシアというわけだろう。
その後はレシュレイ達がシティ・メルボルンの地下都市で見た事と同じだった。
ワイスが壊れた事を察知したゲストラウイドは、シュベールを刺客としてよこしたのだ。
そしてワイスは死亡し、その後にゲストラウイドも殺された。
加えて、この場に居ないイントルーダーというマザーコア候補が逃走する際に大量の科学者を殺されたことや、ヒナが脱走する際にたくさんのエージェントが殺されたことから、『
故に今、『
『
全てを語り終え、エクイテスは軽く息を吐いた。
知るはずも無い事実を突きつけられたレシュレイとセリシアは、ただただ唖然とするしかなかった。
レシュレイとセリシアから多少は事情を教えられていたが、それでも全てを知っているわけではないブリードとミリルも、何を言っていいのか分からずに、黙っている事しかできない。
それでもエクイテスは言葉を続ける。
「憶測の域を出なかったとはいえ、ラジエルトが俺の脳内に『
それに、ラジエルトが俺の脳内に『
「待て!!」
右手を前に出して、レシュレイはエクイテスの言葉を遮る。
その先を聞いてしまってはいけないような予感を本能で感じ取っての行動。
「それ以上は…それ以上は…」
嫌な予感が頭をよぎる。
エクイテスの話が、全て「ある事」を前提に話されている事に気がついたからだ。
だが、それを易々と聞き入れるエクイテスではない。
続けてエクイテスの口から言葉がつむがれた時、レシュレイは己の嫌な予感が当たったことを認めた。同時に、あって欲しくなかった可能性が現実となったことを知ることとなる。
「ラジエルトに作られた存在だから…だ」
その場にいた全員の時が止まった。
だが、その最中にあり、レシュレイの肩はかたかたと震えていた…。
「ってことは何だ…」
今この瞬間、この場でまともに動けるのはレシュレイしかいなかっただろう。
口元の震えが止まらない。
告げてはいけないと本能が告げている。
だが、いつまでも現実逃避は出来ない。
だから、口にした。
「お前は、俺の兄さんみたいなものじゃないか…」
「…全部、知ってしまったか」
「誰だ!?」
レシュレイの言葉の直後、部屋の入り口から聞こえたのは、今までこの部屋にいなかった者の声。
だが、その声が誰のものであるのかは、その場に居合わせた全員が理解できた。
故に、レシュレイは振り向かずに、喉から震える声を搾り出す。
「…いつからいたんだよ」
「…エクイテスが話し始めた辺りからだ。話はほぼ全部聞いていた」
「…どういうことだよ…父さん…俺と、エクイテスが同じ科学者…父さんに作られたって…どういうことだか説明してくれ!!」
レシュレイの震える肩が止まらない。
「…その前に、お前達はどこまで知っているんだ?」
「…父さんがワイスによってお母さんを殺されて、『
出来ることなら嘘だと信じたい。そんな願いを込めて、小さく消え入りそうな声でセリシアは問うた。
今まで信じたものが壊れて欲しくない。
だが、その願いはいとも容易く裏切られる。
数秒の間を置いて、ラジエルトの口が開かれた。
「残念だけどエクイテスの言っている事はほとんど真実なんだ…俺はワイスにセレニアを殺された。だから、『
そこで一呼吸置いて、
「だが、『
瞬間、世界が凍ったような感覚が辺りを支配した。
レシュレイとセリシアはもちろんの事、エクイテスまでもが口を半開きにして驚いていた。
「…なん…だと」
今までの根本が崩れ落ちる瞬間。
エクイテスの額に冷や汗が浮き出る。
「事実だ。それに、そういった能力はヴォーレーンの方が得意分野のはず…だが、話によるとヴォーレーンは怪死を遂げたそうだな…せめて葬式には立会いたかったが、もう無理だろうな…。
…それに、なんだかんだ言ってもエクイテス、お前も俺の作った魔法士である事には変わりないんだ。だから、まだ誕生していなかったお前を殺せなかった。
自分の子に自己崩壊プログラム入れる親は…まあ、この広い世界にはいるかもしれない。
…だが断言しよう。
―――俺はそんな事はしていない」
ここで一区切り。ため息と共に次の言葉を告げる。
「…出来ることなら、こんな日が来ないことを願っていた。レシュレイ達のその能力だって、使わない日が来てくれた方が良かったと思っていた。
だけど現実には、そんな甘い出来事は起こらない。現に今、かつて俺が作った魔法士、エクイテスと対峙してしまっている。
…いや、むしろこれは…」
「宿命…なのではないのか」
ラジエルトの言葉を遮り、それを口にしたのはエクイテス。
エクイテスは理解した。
ラジエルトの目は…今時の大人にしてはとても澄んでいる。
だから、信じる事が出来た。
…むしろ、信じたかった。自分を創ってくれた親と言うべき人物を。
「…ラジエルト…いや、創造主。確かに貴方の気持ちは俺には分からない。体験した訳ではないからな…だが、それが身を切り裂かれるほど辛いものであったものだったことは十二分に理解できる。
しかし、それとこれとは話が別だ。過程がどうあれ、そして貴方が『
ただ、戦いに生きるしかないんだ。死ぬまで…な。
だから決めた。貴方を殺すのは最後だ。最初に殺すのは――――そこの二人だ」
本当に言いたい事とは裏腹なエクイテスの台詞。それは複雑な感情の交じり合いの為だろうか。
エクイテスの――本当の心情は―――。
「…ッ」
だが、エクイテスの心情も、口に出さなければ他の者には分からない。
故に、エクイテスの言葉をそのままの意味で取ったレシュレイとセリシアが反射的に身構えて覚悟を決める。
「…二人じゃねぇ…四人だ」
そんな中、ブリードが一歩前に踏み出して宣言する。
「…ブリード、これは私達のもんだ…」
「言ったろ…ここまで来て仲間外れは無しってな」
セリシアの言葉を遮ってブリードが告げる。
「…そうです。今更水臭いことは無しですよ」
ブリードに続いてミリルが答える。
「ふ、四人か…いいだろう。かかって来い。強き者達よ!!」
そしてエクイテスは、パキポキと指を鳴らして戦闘宣言をする。
「ああ…全てに決着をつけようじゃないか!!!」
「戦いたくなんてないけど…だけど!!」
「お前達『
「そうです…だから、貴方を倒して、全てを終わらせます」
レシュレイ・セリシア・ブリード・ミリルがそれぞれの決意を口にして、
―――【 死 闘。 今 度 こ そ 開 幕 】―――
〜THE RON&SHUBEEL&HINA〜
「あたしを作ったのは…ワイス・ゲシュタルト。そして、エクイテスを作ったのはラジエルト・オーヴェナよ」
レシュレイ達とはまた別のところで行われていた戦いの中で、シュベールのその答えを聞いた時に、論は自分の推論が正かった事を理解した。
ラジエルトの名前が出てくるもの、予測の範疇だっただけの事。
だから、特に驚かなかった。
驚く必要もなかった。
全ては論の予測の範疇内だったから。
―――天才ラジエルト・オーヴェナ。
おちゃらけの裏に確固たる意思を持つ科学者。
そして、決して只者では無い人物。
出会った時からそう思っていた。
―――以下、天樹論の脳内での推論である。
ワイスと戦うレシュレイの戦闘能力を見て、正直『流石だ』と思った。
ならば、セリシアだって相当の戦闘能力の持ち主だと、論は推論した――実際はその通りなのだが。
そして、レシュレイやセリシアを作れるほどの科学者なら、ラジエルトのその科学力も相当のモノのはずだ。
また、レシュレイが命じられた『ある特定の情報の回収』だが、よくよく考えれば少しおかしい。
いくらラジエルトとはいえ、知らぬ場所のデータをそうそう簡単に解析できるわけがない。
考えられるのは…ラジエルトがあらかじめそこにプログラムを仕掛けておいたという事。それも、そのシティの動きを観察するタイプのプログラムを。
目的はシティの弱みを握るためか。あるいは『
どちらにせよラジエルトが自分で仕掛けたプログラムだ。解析方法など分かりきっているに決まっている。
決まってその場所に貴重なデータがあるのもそのためだ。仕掛けたのは他ならぬラジエルトなのだから、貴重なデータがある場所を見切ったが上での行動なのだから。
全ては世界情勢を知ると同時に、自分があちこちのシティに隠した『
こう考えれば、矛盾も何も無くなり、つじつまが合うのだ。
この推論の決め手は、レシュレイが言っていた『ラジエルトがワイスが来た手段を即座に見抜いたから』だ。
普通、もっと他の手段の可能性も考えるはずなのに、ラジエルトは即座にワイスの手段を見切って断言した。
実は、ある考えを前提に考えればおのずと仮説は成立する。
それは、ラジエルトとワイスは知り合いだったのではないのか。という事だ。
そう考えれば、ラジエルトはワイスと長年一緒にいたから、ワイスの手の内を知っていてもおかしくない。
仮説としては見事に成立してくれる。
そしてワイスは『
「…驚かないのね」
「予測の範疇だった」
「そう、つまらないの」
「…話はそれだけか?」
「ええ」
「それなら、戦闘再開と行こうじゃないか」
「言うまでも無いわ」
そして今度こそ、熾烈な戦いが幕を開けた。
―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―
<作者様サイト>
こっちにかかりっきりでブログすら更新してない…。