今ある強者と言うものは、幾多の戦いを生き延びて強者となった者。
それまでに歩んだ試練の道が、そのまま標となる。
絶望には、まだ、早いのだから―――。
放たれるのは漆黒の一閃。
煌くのは銀の瞬き。
繰り出されるのは世界最高峰の威力を持った拳の一撃。
『
そして今、レシュレイの放った『
「ッ!!分かってたんだがやっぱりきつい」
襲い来る攻撃を回避しつつこちらから攻撃を繰り出すものの、やはりエクイテスのガードは硬すぎた。
左腕を『漆黒の剣』に変化させての切り込み攻撃。
だがその一撃は「キィン!」という、人の皮膚に斬りつけたものとはとても思えぬ音を立てて弾き返されたのだ。
「っと!!当たるものか!」
その隙を見てエクイテスが繰り出した一撃をすんでの所で回避する。
一度掴まれたら、その豪腕により繰り出されし一撃により戦況は一気に不利に傾く。
いくらレシュレイが『
痛みこそ感じることが無いものの、肉体へのダメージが加算されないという事ではないのだ。
あまりにも大きい一撃を喰らえば、『真なる龍使い』とはいえ絶命する危険すらある。
だから一撃たりとも喰らう訳にはいかない。
その後、レシュレイは空中へとバックジャンプし、一瞬だけ空中で停滞する。
一歩程度の跳躍であろうと、それは空中で身動きできぬ時間を作ることになる。
エクイテスからすれば攻撃のチャンス。
故にエクイテスは動く。
拳を繰り出してレシュレイを落とそうとして…その向こうに銀の光を感じた。
それが来ると分かっていたからこそ、レシュレイは空へと飛んだのだ。
背後より一陣の銀の光。
それが何かは確認する必要すらない。
よって、レシュレイの真後ろから放たれるセリシアの『光の彼方』による一撃がエクイテスに襲い掛かる。
『光の彼方』の先端がつむじの辺りに命中して…ガキィン!という音がした。
「そんな!!」
生物学上ありえない効果音と現状に驚愕するセリシア。
予想は的中した、それも嫌な方向に。
『光の彼方』の一撃をもってしても、エクイテスには引っかき傷くらいしかつかなかったのだ。
「セリシアッ!!」
「はい!」
そしてたった今再び地面へと着地したレシュレイの声を合図に、セリシアはエクイテスに『光の彼方』を掴まれる前にその長さを最小…五十センチメートルへと変化させる。
結果、エクイテスの伸ばした手が空を切って終わる。
万が一『光の彼方』を掴まれでもしたら、それはセリシアにとって敗北を意味するだろう。
何故なら、セリシアが接近戦で勝てる要素が無いからだ。
だが、このままエクイテスの攻撃に恐れおののき、ちまちまとした攻撃しか繰り出せないのであれば、いつまでたっても決着などつける術がない。
間違ってもエクイテスと真っ向から力比べしようとは思わない。というか、それが明らかな愚作なのは明確。
抉るように繰り出されたエクイテスの一撃をレシュレイは体の捻りのみで避け、その勢いのまま『漆黒の剣』の一撃を放つ。
狙うは下半身。足にダメージを与えて、少しでも機動力を下げるのが目的だ。
…最も、エクイテスが『痛覚遮断』なんて持っていたら無意味なのだが。
足元をすくうかのようにレシュレイが放った一撃を、エクイテスは背後へと一歩跳躍することで回避。
(何?)
レシュレイは思わず胸中で呟く。
接近戦しか無いエクイテスが、接近戦から離れてどうする気だ。
だが、その考えはすぐさま変わる。
「ふん!!」
エクイテスが背後の強化カーボンの壁を叩く。
続いたのは、爆音に等しき轟音。
結果、エクイテスの一撃によりヒビの入った壁は連鎖反応を起こしてビキビキとひび割れを起こし続け、ついにはセリシアの真上の天井の枚が剥がれて、
「きゃああ!!」
セリシアを押しつぶさんと重力任せに降って来る。
無論、セリシアとてぼうっとしている場合ではない。すかさず後方へと下がって回避行動を取る。
セリシアの代わりに地面にあった強化カーボンの細かい破片が押しつぶされた。
『龍使い』の系列が持つ『身体構造改変』によってある程度の傷を修復でき、さらには『痛み』という感覚を無視出来るレシュレイはともかく、セリシアは生身の体な上に『痛覚遮断』を持たない。
よって、今みたいな攻撃を喰らえば最早致命傷にすらなる。
ダメージを受ければ傷つき、それによって動きも鈍る。
下手をすれば近づかれて瞬殺される可能性も否定出来ない。
「…女性には手加減するんじゃなかったのか?」
「あれでも手加減はしたつもりだ」
レシュレイの問いに真顔で答えるエクイテス。
続けざまに嘘つけ、と言ってやろうとしたが、そんな余裕は無い。
その代わり言葉を行動で示すのみ。
『身体能力制御』により(本来なら『龍使い』には無いこの能力だが、ラジエルトが特別にプログラムを組んだから発動できた)通常の五十五倍ほどに強化された速度で素早くエクイテスの背後に回りこみ『漆黒の剣』で切り込もうとして、
「見切っている!!」
刹那、エクイテスが後ろを見ないで体を回した。
放たれたのは大地すら薙ぐ裏拳。
「喰らうものかっ!!」
前方へと駆けていた足を止め、エクイテスの攻撃が来た方向とは反対方向へと移動して攻撃を避けるレシュレイ。
その瞬間に『漆黒の剣』を振り回し、『漆黒の剣』の切っ先がエクイテスの顎を捉えてかち上げる。
続けざまにセリシアの『光の彼方』の攻撃がエクイテスのこめかみに命中した。
再び響く「キィン!」「カキィン!」という二つの音。
やはり、エクイテスには致命傷とは程遠いダメージしか通らない。
否、それはダメージと呼べるのかどうかすら疑問視されるだろう。
二方向から攻撃を喰らっても怯む事無くコキコキ、とエクイテスは首を鳴らす。
その顔に浮べるのは余裕の笑みだ。
「これだけやっても効果が無いっていうのかよ…セリシア、大丈夫か?」
全く持って展開が進まないこの戦いの中で不安を感じたレシュレイが問うた。
…大丈夫じゃない、と思う。
無傷で済むはずが無い。と思う。
一進一退に見えて実は圧倒的な戦力差。
勝利に至る可能性はかなり低い。
だけど、それでも、その不安を声に出す事ははばかられた。
何より、そんなことで言い訳なんて出来ない。
一歩を間違えればすぐにそれは死に直結する。
だが、たったそれだけの理由では諦められない。
一緒に戦うって誓ったから。
あの言葉は嘘偽りじゃない事を証明するためにも、今、ここで戦わなくてはならない。
レシュレイ一人だけに悲しい思いはさせたくないからこそ、戦うって決めたのだから。
それをこんなところで諦めるなんて出来ない!!
だから、答えた。
「うん、大丈夫…だから戦おう、レシュレイ」
笑顔で答えた。
「…ああ!!」
その返事からセリシアの本心を汲む事が出来た。
彼女がそう言ってくれる以上、後ろ向きな発言など出来ない。
それに、レシュレイの脳内には、一つの考えがある。
―――セリシアに『戦わせて』も『殺させなければいい』だけの話なのだから。という考えが。
―――そうだ。
止めはこの手で刺すつもりだ。
口ではああ言ったものの、やはり、セリシアに人を、それも自分の兄に当たる人を殺させるわけにはいかないから。
しっかりとエクイテスを見据え、レシュレイとセリシアは共に一撃を解き放つ。
―――砕けるものなら砕いて見せろ。
―――臆するわけにはいかないんです。
―――これが俺の覚悟なのだから。
―――これが私の決意なのですから。
片や、エクイテスもまた、目の前の二人を見据える。
―――俺を殺してみろ、俺を超えていけ、俺はここまでしか来れないから。
―――お前達は…俺の到達する事の出来なかった所へとたどり着いて見せてくれ。
そして部屋の隅で、ラジエルトはただ、その戦いを見ているしかなかった。
噛み締めた歯がぎり、と音をたてて、握られたその双方の拳が、言い表しようの無い感情によって震えていた。
「〜っ!!何なんだよこの滅茶苦茶な攻撃能力は!!」
口ではそう言いながらも襲い来る紅い翼の攻撃をぎりぎりで回避したブリード。
ブリードの代わりに背後の強化カーボンの壁が変わりに真っ二つになった。
「一応説明しておくと、同調能力のある種の最終形態だ!!
本来なら『抽象的イメージ』でしかない真紅の翼を具現化させ、さらに攻撃にまで転じる!
現実に具現化されて物質としての形を手に入れたその真紅の翼は…」
イントルーダーは最後までその言葉を言うことが出来なかった。
シャロンからの攻撃により、中断せざるを得なかったのだ。
「っと!!最後まで説明させろ!!」
飛来してきた攻撃は、予想通りというかそれしかないというか…鋭利な切れ味を持った真紅の翼による攻撃だった。
当然ながら、それをまともに喰らうイントルーダーではない。
『騎士』の『自己領域』にあたる『
振りかざされたその一撃は甲高い音で風を斬りながら、回避行動を行ったイントルーダーの首元をぎりぎりでかすめた。
その後、付近にあった強化カーボンの柱に命中し…まるで包丁で大根を斬るかのように強化カーボンの柱を切り裂いた。
「続きだ!!
…ま、要するに尋常ならない切れ味を持っているということだ。
…ふー…やばかった」
間一髪、といった顔で額の冷や汗を拭うイントルーダー。
「危ないどころの騒ぎじゃない!いくら魔法士が規格外の能力の持ち主だといっても、程があるでしょう!!」
声の主はクラウ。
「規格外とか言うが、その『程』の定義は?」
イントルーダー、すかさず反論。
「…うっ、よく考えたら、そんなもの成されてなかったですね…」
当たり前の事実を口で諭され、一瞬、クラウは苦い顔をする。
「魔法士は無限の可能性を秘めた存在。
魔法士一人ひとりそれぞれの固体に限界こそあるもののその差は時と場合と神の悪戯その他諸々の条件の下に下される。
故に、実際生まれてその力を試すまでその限界値は全く持って
「悠長に言ってる場合かよ!!っと!!」
攻撃感知を告げたIーブレインの情報を元に、ブリードは襲い来る攻撃を回避する。
「何で攻撃が当たらないんですかっ!!」
「…待て!お前『量子力学』を知らないのか?」
ミリルの発言に驚き、疑問を投げかけるイントルーダー。
その瞬間、ミリルはイントルーダーの方へと振り向いて泣きそうな表情で返答を告げる。
「…私みたいな成績の悪い下級魔法士じゃ、イルさんには会う事すら出来なかったんです!
私が知っているのは、イルさんがどんな能力を所持しているかだけなんです。
それに、『りょうしりょくがく』なんて難しい言葉、勉強してもちっとも理解できないからそのままにして忘れていましたし…」
「ミリル…」
これはブリードの声。
ミリルの悩みを知っているブリードには、そのせいでミリルがどれだけ苦しんできたのかを知っている。
「あー、そういうことか…」
イントルーダーは思い出す。
クラウが全てを話している時に、ブリード達もまた自分達の事を話したのだ。
その時聞いた話によると、ブリードとミリルの二人はシティ・モスクワから逃げてきたのだという。
成績最下位方面で、戦場でも活躍らしい活躍をしていないミリルがマザーコアにされる事が秘密裏で確定してしまっていたから。というのが理由だった。
『マザーコアにされる』というその理由が自分の境遇にある意味で似ていたために、イントルーダーはこの二人に少なからず共感を覚えたのだ。
――だからだろうか。
めんどくさくても説明しておこうという気になったのは。
「…ま、簡潔に言うとあの状態のシャロンは『世界からの干渉不能』状態になっているんだろうな。
つまり、自分だけを『空間に干渉』させて『その場から無い存在』にしたシャロンを作り上げたってことだろう。
分かったか?」
「分かったけど…悠長に説明している場合じゃねー!!!」
イントルーダーに対して浴びせられるブリードの声。
「っと!」
刹那、二人に対して一枚ずつ、紅い翼が襲い掛かる。
回避行動は間に合い、結果、紅い翼は何もいない空間を薙ぐ形になる。
その間にも、ブリード達は今のイントルーダーの説明を頭の中で理解する。
つまり、世界法則を塗り替えるわけでもなく、他人の精神を操る訳でもなく、戦艦にハッキングする訳でもなく、周囲の人間全部を巻き込んでのテレポートなんかも出来ない。
だが、こと『自己の情報の書き換え』に関するなら、(イルを除いて)シャロンの右に出るものはいない。
『同調能力』と『量子力学』の利点のみを組み合わせた、完全な意味での防御に特化した能力。
「…どこまで反則なんだか…」
そこまで考えて、はぁ、とクラウはため息を衝く。
つくづく、シャロンの『同調能力』が『相手を支配する』事に関して三流以下で良かったと安堵する。
これで本来の『天使』の能力まで持っていたら、ここまで戦闘を長引かせる事無く、ここに至る前に間違いなく負けているだろう。
それが唯一の救いだと信じたかった。
でなければ、くじけてしまいそうだった。
実力差という言葉が如実に具現化したような状況。
故に、気を強く持たなくてはいけないのだから。
「―――このっ!!」
「やられっぱなしじゃないんです!!」
ブリードとミリル、二人がそれぞれの得意分野による攻撃を繰り出す。
ブリードが繰り出したのは『
ミリルが繰り出したのは『
それぞれの攻撃がシャロンの紅い翼を超えてシャロンに向かって、
軽く右手を翻しただけで、シャロンに襲い掛かる二種類の攻撃は全て紅い翼に弾き飛ばされた。
「お返し」
そして再び繰り出される紅い翼の攻撃。
幾度目かの空を切り裂く音が虚空に響き渡り、二人に襲い掛かる。
「…速い!!ていうか長いだろ!!」
「攻撃が打ち落とせません!」
さらに始末の悪い事に、『槍』と『無限の息吹』による攻撃を受けても紅い翼は止まることを知らない。
攻撃が効かないことを理解したブリードとミリルは回避行動を開始した。
結果、紅い翼はブリードの左肩とミリルの右肩をぎりぎりで掠めていった。
あと少し回避行動に移るのが遅れていたら、今頃は間違いなく二人の首が本当の意味で飛んでいた。
そう考えるだけでぞっとする。
「…よく避けたの」
「当たり前だろ、命が惜しいからな」
「こんなところで死ぬわけにもいかないのですから」
「…長引けば余計に苦しむって言うのに…まあいいけ…ど!!」
死角から攻撃する機会を窺っていたイントルーダーが、機会だと思い放った『
刹那の間にそれを感知して『
刹那の間にシャロンは素早く自らの情報を『物理攻撃による干渉不能な時空に居る存在』に書き換える。
結果、イントルーダーが放った『冥衣』の一撃は確かにシャロンに当たったかのようには見えたが、そのまま素通りして何も無い空間を薙いだ。
但しこの書き換え情報の有効期限は無限ではない。
一定時間経過で、否応無しにシャロンは現実世界において干渉可能な存在へと引き戻されてしまう。
これがシャロンに対しダメージを与えられる数少ない瞬間であり、弱点なのだ。
実際、かなり前に、駄目元でめくら撃ちした『槍』の一撃がシャロンに命中し、多少ではあるがダメージを与える事が出来た。
…最も、シャロンの持つ『
ブリード側としてはシャロンがわざと喰らったという可能性も考えた。
だがその後、シャロンが『干渉不能の掟』を発動してから一定時間後に、先ほど『槍』が命中したのとほぼ同じタイミングでミリルが『無限の息吹』を喰らわせた結果、やはりシャロンにダメージが通った。
しかしそれ以降、三度目の攻撃がヒットする事は無かった。
『干渉不能の掟』が切れそうになると、シャロンは防御に徹するために攻撃が全て紅い翼によって防がれてしまうのだ。
四人とも、このままでは勝てないと脳内では分かっているのだが、悲しい事に有効な打開策が見つからない。
それが現状である。
「…避けられたか…それにしても、少々お喋りが過ぎるんじゃないのか?」
舌打ちしつつ左腕を動かして、『冥衣』の二撃目を放つ。
殺すために形状を変えた『冥衣』の鋭利な先端による攻撃は、やはりシャロンに当たってもそのまま素通りしていく。
『干渉不能の掟』が再起動する時間が早すぎるのだ。
『干渉不能の掟』ある意味では自身の世界法則の書き換えに突出した今のシャロンには、よほどの事が無い限り攻撃が通らない事を認めざるを得ない。
如何に強力な威力を持つ攻撃でも、当たりさえしなければ全く持って恐れる必要は無いのだ。
さらにシャロンの紅い翼による攻撃の威力は先ほど証明されたとおりである。
喰らえば絶命は免れない上に、強大な攻撃判定を持つ上に速度が速い。
「んー、戦場においては攻撃を喰らわないに越したことは無いでしょう」
論理的にも現実的にも道理の通った事柄。
…なのだがこの場合、完全にずるいとしか言いようが無いと思う。
こちらの攻撃は当たらない、加えてシャロンからの攻撃回避は本当にぎりぎり。
「…勝てるの?」
クラウは小声でそれを口にした。
こういったタイプの魔法士は、クラウには一番相性が悪い。
何せクラウの攻撃は近づかなければその攻撃力を発揮できないのだが、今のシャロンが相手では、懐に潜り込む前にシャロンの攻撃で撃墜されるのがオチだ。
仮に近づいても『干渉不能の掟』で逃げられるのもザラだろう。
つまりこの戦いに勝利するためには、シャロンの『干渉不能の掟』の発動を何らかの手段で封じるか、
『干渉不能の掟』を発動される前に攻撃するか、『干渉不能の掟』が解けた瞬間を狙って攻撃しなければならない。
加えて、襲い来るであろう紅い翼による攻撃を完全回避あるいはかすり傷程度に済ませて懐に潜り込まなくてはいけない。
…難儀にも程がある。
それに、あまりにも時間が足りない。
「クラウ!!」
耳に入ったのはイントルーダーの叫び。
「!!」
「ぼうっとしている場合なの!!」
考えている最中にシャロンからの攻撃が飛来する。
二枚の翼でブリードとミリルの攻撃をガードして、さらに二枚の翼でブリードとミリルに攻撃、
他の一枚の翼でイントルーダーを攻撃しつつ、残った最後の一枚でクラウに攻撃を仕掛けるシャロンの姿が目に入った時には、クラウは既に移動を開始。
(I−ブレイン、速度係数上昇)
シャロンの紅い翼による攻撃を、クラウ自身の速度を上昇させてシャロンのいる方向に駆けながらもぎりぎりで回避。
(『
そのまま右手をコークスクリューパンチを繰り出すように捻りをつけて動かし『一撃必殺超振動拳』を叩き込む。
だが、やはり駄目だ。
放たれたクラウの『一撃必殺超振動拳』はそのまま何も無い空間を突き抜けるかのように、手ごたえの無い攻撃を繰り出したところで終った。
その拳は確かにシャロンの心臓部を貫通しているにも関わらず、だ。
「お見通しなの」
子供のように無邪気、かつ残酷な笑みを浮かべたシャロンは、先ほどクラウ目掛けて放った紅い翼をシャロンの元へと引きもどす。
それはすなわち…、
「後ろだ!!」
「そこっ!!」
ブリードの叫びが聞こえる一瞬前に、クラウは素早く行動を開始。刹那の内に跳躍して回避を試みる。
あんなのを受け止めるなんて正気の沙汰じゃ出来ない。
万が一受け止めたとしても、大きなダメージを喰らう事は絶対に避けられない。
だが、その動きが既に見切られていたことに気づいたときには遅かった。
「っ!!何でこっちに攻撃が来ているの!?どこかで計算を間違ったっていうの!?」
「言ったでしょ、文字通りの『お見通し』だって。
この六枚の翼があれば、あなた達が攻め込むためのルートはかなり限定される。
だから、私にはあなた達がどう動くのかをある程度予想できるの。
まあ、あなた達はそれを分かっているから、狙いを読まれないようにアドリブを加えて避けているみたいだから当たらないけどね」
作り物の笑顔を張りつけたまま、シャロンは言う。
そこには、能面とはまた違った残酷さがあった。
「…舐めないでっ!!」
クラウはそのまま前方に駆け出す。
だが、数瞬の内に紅い翼に阻まれて行動がままならなくなった。
「っ…」
「言っておくと、私の戦闘のスタイル上、近づかれたら終わりだと思うから近づかせる訳にはいかないっていう、ただそれだけの事。
実際、貴女に接近戦を挑まれたら勝てる自信は全く無いもの」
「分かっているじゃない…というより貴女やたらと『堕天使の呼び声』の扱いが巧い気がするんだけど?」
「言ったでしょ。『堕天使の呼び声』の機動と同時に、マニュアルが脳の中に流れ込んできたみたい、って。
だから、この紅い翼の動かし方もすぐに分かったの。
同時に、私の中に新たに芽生えた『同調能力』と『量子力学』のコラボレーションとも言える能力―――『干渉不能の掟』の使い方も…ね」
「成程ね…全て熟知、ってとこかしら…全く、厄介な相手だわ!」
苦笑いをして、冷や汗をかきながらクラウは答えた。
その後しばらくは、殆ど展開の変わらぬ戦いが続いた。
誰かが堕天使シャロンに攻撃を仕掛けては、ダメージを与えられずにすごすごと後退を余儀なくされ、加えて堕天使シャロンからの攻撃は常にぎりぎり回避。
はたから見れば一進一退な戦いに見えるが、実際はそれどころではない。
その実質は、ブリード達四人ばかりが消耗していく、ジリ貧としか呼べない戦いだった。
否、ここまでの力差があると、戦いと読んでいいのかすら分からなくなってくる…。
その後は、もう幾度目になるか分からないが、ブリードとミリルが攻撃を繰り出してもダメージになってくれない。
で。反撃とばかりに放たれる迫り来る攻撃という攻撃を必死の思いで回避するという、変化させようの無いパターンが展開された。
体中のあちこちには様々な傷が出来、I−ブレインの疲労率もとうに六十パーセントを超えている。
ブリードの最終奥義とも言える『
だが、肝心のシャロンが氷関連の攻撃を行わない以上『倍返しの剣』による一撃逆転も出来ない。
だが、ミリルの状況はブリードより遥かに絶望的だ。
ミリルの唯一にして最大の攻撃方法である『無限の息吹』が効かないとなると、最早ミリルに打つ手は無い。
あるとすれば、近づいて非力で細いその腕からパンチを繰り出したりするしか方法は無いが、そんなのが効くわけも無い。
それ以前にミリルの速度では、そもそも近づくことすら出来そうに無い。
よって、この戦いのミリルは今や完全にお荷物状態だ。
故に、ただただシャロンの攻撃を回避して事態の好転を図るしかない。
そして展開される幾度目かの紅い翼による攻撃。
もう何度目なのか、数える事すら愚かしい。
「っとぉ!!だからあぶねぇっての!」
今回も、かろうじてブリードは回避に成功した。
だが今回の攻撃は、完全に防戦一方に回ってしまったミリルに対して攻撃が集中したために、迫り来る紅い翼の攻撃という攻撃を必死の思いで回避し…きれなかった。
「きゃあああああああっ!!」
殺意を纏いて振るわれた紅い翼は、そのまま体制を崩したミリルへと襲い掛かり…、
「ミリルッ!!…させるかよぉっ!!」
刹那、ミリルのIーブレインが目の前に高速で飛来した存在を確認。
確認した時には既にミリルの前に覆いかぶさっている、ミリルの身長よりも高い影。
その人物を一発で決定付ける白髪が目に映り、一瞬だが安堵の息を衝く。
(
同時に白髪の少年は、己の眼前に巨大なリミットシールドを象った氷の盾を作成する。
刹那の間を置いて周囲の温度が一時的に急激に氷点下を記録するログが、ミリルのI−ブレインに刻み込まれた。
白髪の少年―――ブリードの能力である―――『盾』だ。
絶対零度の氷が作り上げる盾は、あらゆる攻撃を防ぐ鉄壁の防護壁と化す。
これまで幾多の戦いにおいてマスターであるブリードの身を守ってくれた氷壁。
だが、
「無駄なの」
シャロンの紅い翼から何の前触れも無く『情報解体』が放たれる。
紅い翼が命中する箇所から順に『盾』はあっけなくぼろぼろぼろぼろと崩れていき、空気中の水分へと帰化していく。
「くっそ!やっぱだめか!!」
現状で自分が作れる最強の盾があっけなく看破され、ブリードは舌打ちしながらも行動を開始する。
シティ・モスクワに所属してきた中で鍛えられた戦闘経験が危機を知らせる警告がI−ブレインから鳴り響く。
ブリードの中で明らかに大きくなってきている不安。
ブリードが今まで得た戦闘経験を元に、彼の脳がここは退いた方がいいと本能が告げてきている。
しかし、これ以上シャロンを好きにさせておくこともまた危険だと判断。
……落ち着け。これぐらいの危険は何度も潜り抜けてきたはずだ。
そう、
ブリードとて天樹錬・ノーテュエル・天樹論・ヒナと言った強者との戦いを、錬以外はチームワークに頼った形ではなるが戦い、生き延びてきたのだ。
故に、こんなところで終われない!終わらせてなるものか!
心に固く誓いをたてる。
まだ勝敗は決していない。
ここで諦めたら、全てが無駄になってしまうから。
そう思う事で心を強く保たないと、実力の差という名のどうしても超えられない壁に押しつぶされてしまうから。
ミリルが集中して狙われた際に、クラウとイントルーダーはそれぞれ『一撃必殺超振動拳』と『冥衣』によりその隙を逃さずに攻撃していた。
だが、結果はそれまでと何一つ変わらずに、二人の攻撃は見事に『干渉不能の掟』により空を切るだけだった。
「…どうすればいいのよ」
クラウの顔に、初めて絶望が浮かぶ。
「…」
返答は来なかった。
ただ、イントルーダーの顔にも、焦りがありありと浮かんでいた。
目の前に立ちはだかる相手との、圧倒的な戦闘能力の差に、勝機が段々と失われていくのを四人は感じていた。
背後から飛んできて論の背中に傷をつけた攻撃の発生元は、如何考えてもシュベール以外にはありえなかった。
「…論、油断大敵。よ。
故に、そう簡単には死ねないんだから」
「!!!」
すぐさま痛みをI−ブレインに全て押し付けて、論は背後へと振り向く。
そこに居たのは、あちこちに火傷を負っているものの、未だに致命傷というべき致命傷を受けていないシュベールの姿。
しゅるしゅる。と音を立てて、『
―――二撃目を喰らわさんと再度、襲い掛かってきた。
「な!!」
その速度が速すぎで反応できない。
『痛覚遮断』でダメージを消しても、身体のダメージが消える訳ではない。
故に体は思うように動かず、論はそのままシュベールの攻撃に対して何の反応も出来ずに、そのまま『真紅の鞭』が論の心臓目掛けて襲い掛かり、
「だめええぇぇぇぇ!!」
論の目の前に、エメラルドグリーンの髪の少女が立ちふさがった。
まだ痛みは残っているはずなのに、愛の力はなんとやら、痛みをおして論の前に立ちふさがったのだ。
「駄目だ、ヒ―――」
論はその言葉を、最後まで言えなかった。
ぞぶり、という嫌な音を、論は確かにその耳で聞いた。
「ひぎっ!!!」
同時に、ヒナの悲痛な叫びがあったのは聞き間違いが無い。
そして、ヒナの右足に深々と突き刺さった紅いモノも見間違いではなかったはずだ。
その状況が示すのは、明確。
だが、右足だったからまだ良かったかもしれない。
もしこれで腹部なんかにダメージがいっていたら、間違いなくヒナは…。
「ッ!!」
頭を振って嫌な考えを打ち消した。
脇目も振らずに論はヒナに近づく。
それを確認してか、『真紅の鞭』はシュベールの元へと戻っていった。
「ヒナ…!!どうして!!」
ヒナの右足には紅い線が一筋。それは間違いなく 流血の証。
「だって、論…さっきの攻撃喰らっちゃったら死んじゃいます…そんな事なら、多分、まだ大丈夫なわたしが…」
「強がりはよせ!もう喋るのも辛いんだろ!」
ヒナは無言で頷いた。
すかさず論は漆黒のコートの右ポケットから携帯用の包帯を取り出し、ヒナの右足に巻いて応急措置を行う。
『痛覚遮断』なんていう都合のいい能力なんてヒナは持ってないし、どちらにせよ今のままでは発動すらままならない。
「あらら、見せ付けてくれちゃって…妬いちゃうなー…殺したくなるほどにね!」
「最初から殺すとか言っておいて今更何を言う」
「あら、そういえばそうだったわね――、うっかりしてたわ」
惚けた様に言ってのけるシュベール。
だが、今の論には、シュベールの言葉も耳に入らなかった。
脳内で繰り返される論の疑問。
それは、どうして
『光使い』の能力のコピーである『そして時の流れは終結へ』を完全に防ぎきるなんて、並の武器では不可能だ。そもそも、鞭という細い形状の武器を盾にしたとしても、鞭と鞭の隙間を縫ってシュベールに激突するはずだ。
ただ、シュベールが『真紅の鞭』を全身にぐるぐる巻きにして纏ったとするなら可能なのかもしれない。
しかし、『そして時の流れは終結へ』は、言ってしまえば巨大な加粒子砲。故に、すさまじい熱量を持っている。
触れたら即、相手の皮膚に多大な火傷を負わせるし、場合によっては溶解する事も可能だ。もしシュベールが『真紅の鞭』で全身ぐるぐる巻きにして身を守っていたら、熱のせいで蒸し焼きになってもおかしくない筈なのだ。
ところが結果として、『そして時の流れは終結へ』を防いだシュベールは、あちこちに火傷を負っていた程度で済んでいる。
故に、そこでも納得いかない点が出てくる。
『真紅の鞭』で全てを塞いだとならば、何故『真紅の鞭』には、熱量によって溶けた後が一つたりともついていないのだろうか――――。
無論『真紅の鞭』がそこんじょいらの三流武器などとは比べ物にならないスペックを持っていることは、この戦いの中で嫌というほど理解できている。
だが、鞭という形状の武器に、何を足したらここまで強くなるのか―――。
「くっ…分からない、どうすればこんな事が出来るんだ…」
「…論?
どうしたの?論!!」
何か、大切な事を忘れているような感覚に襲われて、論は頭を抱えた。
隣に居るヒナの声が耳に入ったが、返事をしている余裕など無い。
喉元まで出掛かっているのに、そこから先が出てこないもどかしさ。
「あと一歩で答えが出そうなのに出てこないんだ…シュベールは一体どうやって『そして時の流れは終結へ』を防いだんだ?」
ヒナもまた「うーん」と考え込む。
そして数秒後、口を開いた。
「…そういえば、論が炎を放つ攻撃をした時がありましたよね」
「…ああ、そうだが」
「…あの時、論の放った炎が、シュベールの『真紅の鞭』に触れただけで消えた気がしたんです…気のせいかもしれないけど、でも、本当にそう見えたんです」
「…何だと!?
ヒナ、それは本当か!?」
「あ…は、はい」
「――――じゃあ、まさか…」
論は目を瞑り、かつシュベールへの注意を怠らず、脳内で回想を開始する。
(思い出せ…あの時、何が起こっていた?)
そのまま、I−ブレインの過去ログを高速でチェック。
現実時間にして一秒もしないうちに、I−ブレインが『情報の乱れ』が存在したというログを発見した。
それは、何者かが情報制御を行った時に観測されるものだ。
しかも調べていくうちに、ひどく特異なやり方である事が判明する。
戦闘中に気づけなかったのは、あの時は、気づいている余裕すら無かったからだろう。
「―――――そうか!!!」
―――思い出した。
あのシーンを鮮明に思い出してみると、少々おかしい点が見つかる。
あの時、シュベールは飛来した炎を『鞭を振り払って消した』のではなく『触れただけで打ち消した』のだ。
それも一瞬の内に、だ。
『真紅の鞭』に炎が触れた時に、消えたというのなら、シュベールが一瞬の内に何か細工をしたか、『真紅の鞭』に何らかの能力が施されているかのどちらかだ。
最初は『情報防御に特化している』と考えてみた。
だが、『同調能力』あたりならまだしも、如何な情報防御を用いようとも、炎や荷粒子を打ち消すなんて出来ない筈だ。
そうなると、残る選択肢は――――。
それを聞いた論が、ふとヒナを見る。
「ろ…ん」
みるみる内に、ヒナの瞳に涙が溜まる。
ヒナの肩が小刻みに震えている。
「…」
そんなヒナに対し、論は答えられる答えを持たない。
冷や汗だけが一筋、頬を伝う。
…論が答えられるわけが無かった。
目の前に立ちはだかるシュベールという強大な『壁』の存在を超えることに対して絶望を覚えていたから…。
「駄目だ…」
論の顔に、ありありと絶望が浮かぶ。
「あら、絶望にはまだ早いわよ、論!!
まだ戦いが続いているってこと、忘れないでよね!!」
刹那もおかずに襲い掛かるシュベールの攻撃。
「ッ!!」
必死の条件反射で回避してこれを退ける。
だが、それをしたところで依然として状況が変わるわけでもない。
強いて言うなら決着が少しだけ遅れただけのこと。
運命に定義されていた勝利者がシュベールの望む方向へと書き換わってゆく感じすらする。
真っ向からの攻撃は間違いなく効かない。
論の奥の手の一つである
これがシュベール・エルステードの持つ戦闘能力と『真紅の鞭』と『
シュベールを打ち破るには、シュベールの『真紅の鞭』を完全に貫通して無防備なシュベールに攻撃しなくてはならない。
だが、先の攻撃により、シュベールに『極限粒子移動サタン』が効かない事は明確になった。
論が姿を現したその瞬間に、シュベールはその位置へと怒涛の連続攻撃を叩き込んでくるだろう。
そうなれば、敗北は必至だ。
だが、近距離攻撃以外に道はない。
懸念は、そこまで駒を進めるのにどれほどかかる!?かという事。
そしてそれ以前の問題に、どうやって近距離攻撃を叩き込むのか。
I−ブレインが疲労しているために『絶対死・天樹』は使えないだろう。
…その理由は二つある。
一つは、二百五十六桁の特殊パスワードを打ち込んでいる間に論が殺される危険性がある。
『絶対死・天樹』のパスワード入力中は完全に無防備なのだ。
そしてもう一つ、もしそれを切り抜ける事ができても『絶対死・天樹』を使った最後、絶対にI−ブレインがショートする。
その時にシュベールを仕留めきれていなければ、その後に待ち受けるのは絶対なる敗北だ。
あまりにもハイリスク過ぎて使用なんて出来たものじゃない。
―――故に
―――
―――
「嘘だと思いたいけど…これが現実だってことかよ…」
そして論は、気づいてしまった。
気づきたくない事に、気づいてしまった。
目の前に、絶望という文字が覆いかぶさるような、そんな感覚を論は覚えた。
「なーに論、もうリタイア?つまらないのー」
シュベールが挑発的な言葉を浴びせる。
「…」
論は反論する術を持たない。
そんな論に、シュベールはさらに語る。
だが、その口調は先ほどの挑発的なものとは打って変わって、静かな雰囲気に包まれたものだった。
「…言わせてもらうけど…論、貴方は何のために作られたの?」
「オレが……作られた……『意味』だと?」
思わぬ言葉に論は困惑する。一体今更何を言うのかこいつは。
「そうよ。天樹健三は一体何のために貴方という魔法士を作り上げたの?
物事を作るのには必ず何か『目的』ってものが存在する。例えばヒナなら…まあ、さっき言ったわね」
「ああ…オレとしても言ってもらわない方が助かる。ヒナがあんな目的の元に作られたなんて…な」
悔しげに舌打ちし、憎々しげに反論する論。
しかし論の胸の内では、シュベールの一言一句が、論の胸に突き刺さる。
今まで考えたことも無かった。
生きるのに必至で、考える暇すらなかったかもしれない。
自分は、天樹論は何のために作られた………?
「貴方のその、後天的に能力を書き換えれるという、一般論では決してありえないI−ブレイン。
加えて『悪魔使い』としての最高位の新種の能力―――『魔術師』としての能力。
…それは一体何のための能力かしら?
天樹健三は貴方に、何をさせるためにそのチカラを与えたの?
まさか、ただの飾りって訳じゃないでしょうに。
わざわざ特異な能力を与えるということはそれが必要、ということになるでしょう?
―――ねえ、貴方が生まれた『意味』って何?」
シュベールの言葉は、論の心に突き刺さった。
シュベールの言葉を聞いた刹那、論は頭を抱えた。
「そうだ―――オレは…オレは………」
思い出すんだ。
言ったはずだ―――ヒナを守ると。
絶対にこの世界で生きると。
「く…」
苦悶の表情を浮べる論。
だが、実際はどうだ。
目の前に立ちはだかるたった一人の魔法士も倒せぬではないか。
目標が高すぎる!?
―――そんなの、ただの言い訳だ。
頭では分かっているのに。
分かっているって言ってるのに――――!!
分かっているのに。
体が―――――恐怖で動かない…。
「ふーん…つまらないわ…正直、興ざめしたわ論」
シュベールの嘲りにも論は反論出来ない。
事実は事実だからだ。
しばし無音の時が続き、その静寂を破ったのはシュベールだった。
「こんなんじゃ燃えないしつまらない…貴方はそこまで堕ちた存在ではなかったはずなのに…だから」
呆れと失望が入り混じった言葉と共に、シュベールは肩をすくめる。
そして、次の瞬間にシュベールの発した言葉は、
「ふふ…すこーし劇薬でも与えようかしら」
シュベールの異常快楽者のような笑みと相まって、論の背筋に悪寒を走らせた。
「ま…」
さか、と続けようとして、論は言葉を続ける事が出来なかった。
刹那、鋭い音と共に、『真紅の鞭』が唸りを上げた。
『真紅の鞭』が向かう先にあるのは―――ヒナの姿。
「え!?なに!?いやぁ!!」
「ヒナッ!!」
論の悲痛な叫びももはや届かない。
『真紅の鞭』はヒナの体を絡めとり、そのままシュベールの方へと運んでいく。
丸腰かつノイズメーカーをつけられたヒナでは、反応も反撃も出来るわけが無い。
「なに…を」
「…決まっているじゃない。
ああ、言っておくと『人質』は取っていないわよ。
これはあくまでも『今のところの勝者の戦利品』ってところかしら」
あまりにも身勝手とも取れる、シュベールの言い振舞い。
その直後にシュベールはヒナのエメラルドグリーンの髪を掴み…そのまま無造作に引っ張った。
「痛いッ!!」
髪を引っ張られた痛みに涙目で叫んだヒナの様子を見ても、尚、論は動けない。
『真紅の鞭』の先端部分は、未だに戦闘態勢にある。
故に、確固たる対策の無い論では突っ込めない!!
「あー、ヒナ――…恨むんなら論を恨んでね…。
だって、大切な彼女にこんなことされてもかかってこないんだし、ちっともあたしを楽しませてくれないんだもの」
「!!」
「な…!」
んだと、と言おうとしても声が出ない。
論が動かないからこうなったという、シュベールの言っている事が当たっているだけに、だ。
「…ろ……ん」
それを聞いたヒナが、一瞬だけだが論に対して非難の視線を送る。
どうしてわたしを助けてくれないの。
わたしに未来を見せてくれるんじゃなかったの?
わたしがこんな目に遭っているのに、貴方はどうして…。
そんな思いを込めた非難の視線を。
「!!」
ぎり、と音がした。
歯を食いしばり、その侮蔑に耐える論。
悔しいが、今の論はヒナに反論すら出来ない。
だから、それしか出来ない。
体が動けないんじゃない。
動こうと思えばすぐにシュベールを殺しに行ける。
――だが、肝心の心が折れてしまっていてはどうにもならない。
「…論、黙ってれば時が過ぎるとでも思っているの?
あーあ、これじゃ暇つぶししかやる事ないじゃない。
…んじゃ、お次は」
失望した口調でシュベールがそんな言葉を口にした刹那、
「っ!!」
咄嗟にヒナが反撃に躍り出て、力の入らない拳でシュベールの頬を叩いた。
…ぽかっ。
手ごたえあり。
回避されると思った一撃は、わざと避けなかったシュベールの頬に当たった。
最も、当たったところで非力なヒナの事、ダメージとは縁遠い一撃でしかない。
「…え、あれ?どうなってるの?」
当たると思わなかった攻撃が当たり、ヒナは一瞬だが唖然とする。
「…へぇ」
シュベールが何かに納得したような声を出して、言葉を続けた。
「泣き虫のヒナでもこうやって勇気を出して反撃できるのに、論、貴方は何をやっているの?
まるで逆の立場じゃない。ヒナを守るとか言っておいて結果がこれとはね」
論の方を向いて、嘲るように棘のある言葉を繰り出す。否、実際嘲っているのだろう。
「くっ…そぉ…」
悔しい。
ここまで言われているのに、何の反論も、何の打開策も出てこない自分が憎い。
その間にも、シュベールにはヒナからの第二撃が来る。
…ぽかっ。
手ごたえあり。
今度も喰らった。もちろんシュベールはわざとに喰らったのだろう。回避しようと思えば簡単に回避できるはずなのだ。
故に、論にもヒナにもシュベールの意図が見えない。こんな事をして何になるのだろうか?
だが、そんな二人の疑問などお構いなしにシュベールは言葉を続ける。
「貴方それでも魔法士なの?
…ああそうか、劇薬が足りないのね!?
なら、今の二発分に対して…ヒナ、因果応報よ」
「ッ!!!」
反射的にヒナの拳が動き、必死の想いの三撃目が放たれる。
「
が、流石に今度はあっさりと回避されて、
突如響いた鈍い音。
「あぐっ!!!」
ヒナの喉の奥から漏れる、悲痛な声と涎。
ヒナの鳩尾に、シュベールの肘鉄がヒットしていた。
それも手加減など無しの一撃だ。
喉元から何かが逆流してくるような感覚。
ヒナは必死でそれを耐え切った。
だが、シュベールはそんなヒナを見ても表情を変えずに言葉を続ける。
「んー。とりあえず、止めは何がいい?
方法だけなら色々あるのよ…あえて言わないけど、貴女なら分かるんじゃない?
あたしが『処刑者』って呼ばれる所以を知るはずなんだから。
…早く答えなさいよ。
あなたの好きなように処刑してあげるから」
「…ひ…ぃ」
それはシュベールの所業を知っているヒナにとっては、残酷無慈悲な死の宣告。
刹那の空白が訪れる。
シュベールの言葉一つで過去の地獄が脳内でフラッシュバックしたヒナの頭の中は恐怖一色に塗り替えられている。
何度、許してください、と泣き叫んだか分からない。
何度、次はもっとまともにやります。と許しを乞うたか分からない。
だが、結果はいつも残酷だった。
決められた時間の間、拷問にも等しい生き地獄を味合わされた。
途中で気絶したら水をぶっかけられてでも無理矢理起こされる、逃れられない悪夢。
だけど、論に出会えて、やっとあの悪夢にさようならを告げられると思っていた。
でも、今この場で起きている現実は―――。
「ど、どれも嫌!もう…もう許して!」
恐怖一色に塗り替えられた状況下で、ヒナは必死でそれだけを叫んだ。
心の中では、健気に頑張る理性が恐怖という二百万の軍勢に囲まれていた。
圧倒的なまでに大きな恐怖の奔流は、ヒナの意識をいとも簡単に飲み込もうとしていた。
「くすくすくすくす…そんなの無理に決まっているじゃない。
あー、そして時間切れ…というわけで、あたしの好きにやらせてもらいますのフルコース確定――♪!!」
壊れた笑顔で告げられた、シュベールからの止めの一言。
ひぅっ、という声がヒナの喉からかすれて出た。
…もう、限界だった。
…ぎりぎりで繋ぎとめていた理性が、限界を超えた恐怖に塗りつぶされた。
圧倒的なまでに大きな恐怖の奔流が、ヒナの意識を今飲み込んだ。
やせ我慢をする気力も、歯を食いしばる根性も、もう、一欠けらも残ってはいなかった。
「い…いやぁぁぁぁぁぁ―――――っ!!」
周りの状況などお構い無しに、ヒナは泣き叫んだ。
「―――――ヒ…ナ…」
動かない。
体が動かない。
目の前でこんな事が起きているのに、論は動けない。
絶望と恐怖が論の心を支配してしまった。
どうすればいいのかすら考えられない。
無力な己に怒りを覚えたが、そうしたところでどうにでもなるわけではない。
喉がからからに渇いたような感覚と共に、何もかもが分からなくなってきた。
―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―
ノーテュエル
「コラー!論ー!!何絶望に浸ってんのよ!とっととヒナを助けに行きなさいよ!」
ゼイネスト
「そいつは厳しい相談だな。
今の論はシュベールの真の実力を知り、超えられない壁というものの大きさをを理解してしまったが故に動けない。
だが、超えられない壁なんて無いはずなんだから、何かきっかけになる糸口でもあれば突破は出来る筈だ。
だかえら、論にとってはここが正念場ってやつなんだろうな。
…ま、論とて完全無敵では無いんだからたまにはこういう場面に陥るケースもあるんだという事だ」
ノーテュエル
「んー、その辺は次回のお楽しみってとこね。後は…論以外の二箇所の戦闘もなんかすっごい状況になってない?」
ワイス
「全くですね」
ゼイネスト
「ってワイス!!お前いつの間にここに来た!?」
ノーテュエル
「下がっててゼイネスト!!
ワイス、あんたみたいな女の敵なんて、
ワイス
「待って待って!!少し前の話で、僕だって根っからの悪人だって訳じゃ無かったって事が判明されたのにそれは無いでしょう!!」
ノーテュエル
「あー、そういや確かにそうだったわね…。
だってワイス、あんまりにも早く死んで、その後全然ストーリーに絡んでこないからすっっっっっっかり忘れていたわ」
ワイス
「うわ、それすっごいむかつくんですけど!」
ゼイネスト
「お前はプロット段階からレシュレイとシュベールのかませ犬として作られたからな」
ワイス
「ぼ、僕の扱いって一体…」
ノーテュエル
「それがあんたってキャラの扱いよ」
ゼイネスト
「…こうして見ていると、俺達がいかに恵まれた環境に居るのかがよく分かるな…」
ワイス
「むがー!!何でこうなるんだぁ!!ヽ(`Д´)ノ」
ノーテュエル
「それがDESTINY TIME RIMIXクオリティよ」
ワイス
「そんなクオリティいらないよ!!」
ゼイネスト
「っておい!!いつの間にか楽しい方向に脱線しているぞ!話を早いところ本筋に戻さないと!!」
ノーテュエル
「…っと!いけないいけない
!弄ったら楽しいかませ犬兼脇役を相手にしていたら、いつの間にか趣旨を忘れるところだったわ。
…んもー!!こっちは暇じゃないのよ!
…何気にこのノリもいいかもしれないって思ったけど」
ワイス
「僕で遊ぶなぁ!!ていうか、何だその位置付けー!!ヽ(`Д´)ノ」
ノーテュエル
「…で、今回思ったことは?各自挙手制で」
ゼイネスト
「三人で挙手も何も無いだろ…まあいい、俺から言わせてもらう」
ノーテュエル
「どうぞー」
ゼイネスト
「どうにも、流れが敵方三人に一気に向いてきた感じだな。というか、敵方三人が異常に強い気がするのは気のせいか?」
ワイス
「確かに、どこぞのヘタレな軍なんぞとは比べ物にすらならないでしょうね」
ノーテュエル
「ぶっちゃけ、もう世界すら取れそうな能力だよね。
特にシャロンとイルが戦ったら、リーチ差でシャロンが勝てそうな気がするわよ」
ゼイネスト
「だが、イルの『シュレディンガーの猫は箱の中』だったな。
アレはシャロンの『干渉不能の掟』と違って、I−ブレインが止まらない限り物理攻撃の干渉を一切受けない代物だから…。
どうなるんだか想像し難いな」
ノーテュエル
「…ま、そういう『IF』の話は置いておいて。
正直、サクラみたいな能力を持つキャラがいれば話は別なのにね。
シャロンの存在を三十パーセントくらいでいいから『情報を現実に引き戻す』事が出来ればいいのに…。
って、論が居たじゃない!論ならサクラがやったみたいにシャロンの能力をコピーして…」
ワイス
「生憎と、唯一それが出来る論はシュベールと交戦中ですが」
ゼイネスト
「そうだ。
それに、これじゃ『シャロンが負けるようにするにはどうすればいいか』っていう感じの議論をしているようで気分が悪い」
ノーテュエル
「だってしょうがないじゃない…そりゃ、あんなのでもシャロンだって分かっているわよ。
だけど、あれば『狂いし君への厄災』が発動した私や『殺戮者の起動』が発動したゼイネストと本当に同じだから、どうしてもブリード側を応援したくなっちゃうわよ。
それにあれじゃ、完全に『悪』な位置付けじゃない」
ワイス
「…気持ちは分かりますが、これ以上言っても仕方が無いでしょう?
言いたくないですけど、目の前で起こっていることが現実なんですから…。
では、次は?」
ゼイネスト
「ワイス、お前が先に言ってみればどうだ?」
ワイス
「ではリクエストにお答えして…」
(ここで一呼吸置く)
「正直に言うと、僕としてはレシュレイ側が気になりますね。
エクイテスを相手に二人が勝てる要員なんてあるのでしょうか?
今の状況を覆す切り札でもないと無理だと思いますよ」
ノーテュエル
「あれ?本編ではレシュレイに負けたのに、レシュレイに肩入れするんだ?」
ワイス
「まあ、彼のセリシアを守りたいって気持ちは、僕が子供達を守りたいって気持ちに似ている気がする。
それだけです。死んでからそれに気がつきましたよ」
ゼイネスト
「実際、遅いけどな」
ワイス
「…痛いところをついてくれますね。
でもまあ、人は皆、過ぎてから大事な事に気がつく…そんなものでしょう」
ノーテュエル
「確かにそうだけど、あんたが言うと決まらないわね」
ワイス
「なんですと!?」
ゼイネスト
「まあ、それはいいとして…次は俺か。
俺としては、やはりシュベールの行動が気になるな。
あれだけ論の攻撃を無効化出来るんなら、普通ならとっくに勝負がついているはずなんだが…」
ノーテュエル
「確かにそうね。何て言うか「戦闘を長引かせる」のが目的みたいにも見えるのよね。
でも、長引かせたところでシュベールに何らかの利益ってある?
あるいはシュベールには何か別の目的でもあるの?
ワイス、あんたシュベールの生みの親でしょう。分からないの?」
ワイス
「すみません…実は、僕はシュベールにあまり好かれていないんですよ。
ただ分かるのは、彼女は『処刑者』として生きてきて、今まで色々な人を殺してきました…。
そして『処刑の乙女』発動時にはあんな性格になる…。
名実共にサドと言うに相応しい彼女の性格は、もしかしたら僕に似てしまったのかもしれな…」
ノーテュエル
「『似てしまったのかも』じゃなくて『似た』んでしょうがっ!!(ばきっ!!!)」
ワイス
「あべし!!」
ノーテュエル
「あ、気絶した。
…でも、よりによって何で北斗の拳の台詞が出てくるの?」
ゼイネスト
「…作者は何気に北斗の拳が好きだから、その影響だと思うぞ。
んじゃ、丁度良くオチもついたし、この辺で切り上げるか…」
ノーテュエル
「そうねー。
じゃあ次回『動け、その想いに従って』までじゃあね――――!!」
(一人取り残されたワイス)
ワイス
「…これが、天罰ってやつでしょうか?
ごめんなさい、あの時セリシアにした事は謝るから、次からはもっとまともな役にしてください…(´・ω・`)」
<作者様サイト>
同盟BBSにアドレス載せてるんでどうぞー。
◆とじる◆