FINAL JUDGMENT
〜未だ分からぬ事ばかり〜













戦場とは、つくづく『異常な空間』だと思い知らされる。

普段とは違う思考を求められ、そして、刻々と変わる戦況に対し、次々と変わる対策を必要とする。

一つのミスが、死につながるのだから。



―――そう、戦いの時は生きるのに必死で、細かいところまで気が回らなかった。

それが終わって、初めて幾多の疑問に気づく。

今が、その時なのだろう。





















一見すると洞穴にしか見えない小さな穴の置くに、隠された施設が存在している。

殆どを強化カーボンで構成された頑丈な建物には、最先端の技術を用いて魔法士達を作り上げる事ができる施設がそろっていた。

未だに残されているたくさんの空っぽの培養層は、今まで色々な魔法士を生み出してきた証。







一度入れば、まるで機械工場のような稼動音がその建物を支配している事にすぐに気づくだろう。

今いる場所はインドネシアの大陸の一つで、『もう一つの賢人会議』という組織があり、何十人という魔法士と科学者達が住んでいた建物。

その魔法士達も、先の戦いで殆どが死に、生き残った魔法士達も、それぞれが選んだ場所へとばらばらに散っていった。

だが、もぬけの殻となったこの建物に、二人の魔法士が戻ってきていた。

否、『戻ってきた』というのは間違っている。

二人の内一人はここで『生まれた』のだから『帰ってきた』と形容すべきだろう。

もう一人は『ここが新たな家』なのだから、こちらも『帰ってきた』と形容すべきだろう。









この『もう一つの賢人会議Another Seer's Guild)』に戻ってきてからおおよそ十一日が経過している。

現在の日付は2198年10月26日。

あれからこの建物を出たことは殆ど無い。

調べる事が多すぎて、外に出る余裕など無い、というより、外に出たところでそこには灰色の空に覆われた氷点下四十度の世界があるだけで、太陽の光など一陣も届かないから、自ら望んで外に出る意味は殆ど無いと言えるだろう。









部屋の中央にどんっと鎮座している馬鹿でかいコンピュータが、冷却ファンの助けを得ながら、規則正しい稼動音の唸り声をあげて稼動していた。

空気循環がしっかりしているから、部屋の温度については特に問題は無い。

淡く光るディスプレイ。そのサイズは通常のパソコンのディスプレイの数倍の大きさだ。

写しだされるのは、見ているだけで頭が痛くなるほどの量の、プログラミングによる文字の羅列の雨嵐。

長時間の過負荷により、稼動音のなかには荒い音が混じる。最新鋭の冷却ファンを使ってもカバーしきれない部分があるようだ。

ハードディスクのオーバーヒートにはまだまだ余裕があるが、それでも、メモリ使用量が結構な数値をはじき出しているのは、タスクマネージャを見た瞬間に一目瞭然で分かるだろう。

しばらくしたら休ませて、また作業を再開しようかしら、と思った。

なにせ、調べるべき事はまだまだいっぱいあるのだ。こんな時にコンピュータが強制終了したらにっちもさっちもいかなくなってしまう。

その間に、手近にある小型のコンピュータあたりに何か無いかを調べる。たとえ小型のコンピュータに入っているデータだろうが、何か手がかりがあるかもしれないからだ。

ここ数日間は働く、休む、働く、休む…の繰り返しだった。

(…なんか、終わらない仕事に追われて、休日まで出勤する社会人みたいだわ)

今の状態を振り返り、動かしていた手を止めて、クラウ・ソラスはため息をついた。

青いロングヘアーの髪を右手でさらりと翻し、うーん、と背伸びをする。

その時、肩から嫌な音がした。どうやら、相当肩がこっているらしい。

胸が大きいと肩がこるのは本当ね。とつくづく思いながら、クラウは立ち上がって自分の体を見下ろす。

二十歳の大人の女性の体。自分で言うのもなんだが、とてもバランスのとれたスリーサイズ。

俗に言う『ぼんきゅっぼん』とはこういう状態をいうのだろう…滅死語な言葉だが。

最も、彼女自身が望んでここまで成長した訳ではないのだけれど。










少し体を動かしたところ、長時間の作業で殆ど動いていない体が大分楽になった。

元々クラウは体育会系。本来ならこういった地道な作業はあまり好きではない。

だが、今はそんな事を言っていられる状態ではない。やるべき事があるのだから。

そんな前提があったせいか、妙なまでに集中して作業できたのには自分で驚いた。

…しかしながら、耳障りというほど酷くはないが、絶える事を知らない周囲の稼動音を三時間も聞きっぱなしでは流石に気が滅入るのもまた事実。

脳内時計が告げるのは『午後一時二分三秒』…どうやら、気づかぬうちに休憩時間である一時に突入していたらしい。集中力とは怖いものだ。

ちょうどいいかな、と思い、一旦I−ブレインの稼働率を下げる。

今現在の疲労率は三十二パーセント。I−ブレインの疲労率は、五十パーセントを超える時点で危険とみなされる。この後も作業が待ち受けているのだから、休める時に休んでおくのがいいだろう。









立ち上がり、一歩を踏み出す。

向かうのは隣の部屋。クラウのパートナーがいる部屋だ。

クラウの居た部屋に負けず劣らずの巨大な演算装置があって、巨大なコンピュータが唸り声を上げて稼動しているが、冷却装置がうまく機能してくれているのか、それでも部屋の温度は人間が住みやすいものになっている。

左足を一歩、その部屋に踏み入れる。

「イントルーダー、そろそろ休みましょう、無理は体に毒よ」

そして、ディスプレイに向かって目と手だけを動かして無言で黙々と作業をしている、黒衣を纏った男に話しかける。

男の外見年齢はおおよそ二十歳。しかし、実年齢はなんと一ヶ月とか言っている。

本当なのかどうかすら疑わしいが、本人がそういっているのだからそういうことにしておく。

『もう一つの賢人会議』最新鋭の魔法士の一人・イントルーダー。

本来の役目はマザーコアとして生み出されて、結果的にその運命を回避できた男。

そして『管理者』という、世界で唯一つの能力の保持者。

彼のみが扱える『情報の賢者マネジメント・ウォーロック)』は、相手に触れることにより、イントルーダーの脳内に、イントルーダーが触れた魔法士の情報を取り込み、対象の情報を一時的に書き換えたり固定したりする能力で、『情報持続時間の書き換え』や『相手の能力の情報の書き換え』を一時的に行える。

また、『対象の状態をある一定の状態から不変の状態にする』事も出来る――ただし、何故かイントルーダー自身の存在情報だけは書き換えることが出来ない…という能力で、ある意味『天使』の同調能力の発展系とも取れる能力だ。

正直、彼の助けが無ければ、堕天使シャロンとの戦いで勝つことは不可能だった。

否、勝ったという表現は相応しくない。『シャロンを止める』といった方が正しいだろう。











そして、戦いの果てに止める事の出来た少女は、今、ここには居ない――――。












イントルーダーは視線と意識を完全にディスプレイへと向けていたが、それでもクラウの声はちゃんと聞こえていたようで「ああ、そうだな」と返答してくれた。

そして彼も立ち上がる、

その時、イントルーダーが着衣している黒衣が、膝元までを覆う巨大なものだと分かる。

冥衣ブラックガーヴ)――――イントルーダーのI−ブレインの補助すら可能とする特殊デバイス。

攻守にわたり、マスターであるイントルーダーをサポートする、世界でただ一つの彼専用の戦闘用デバイス。

この異常に大きい黒衣を作業中も装着しているのもその為だ。彼にとっては、騎士が騎士剣を使うようなものなのだから。

クラウの元まで歩み寄ったイントルーダーの目は少々赤い。やはり、ずっとディスプレイをにらみつけて作業していた為であろう。

今日の休憩は少し長く取った方がいいかしらね。と、クラウは心の中で呟く。

二人そろって歩き始めた時、イントルーダーが口を開いた。

「…で、昼飯だが何にする?確か冷蔵庫にレトルトのシチューがあったと思ったが」

「冷蔵庫って…食料保管庫でしょう。それだとここが普通の家みたいでちょっと違和感を感じるわ」

『冷蔵庫』…寡黙なイントルーダーの口からそんな言葉が出てくると、ギャップの為に思わず苦笑してしまう。

どこぞの最強騎士がエプロン装備で料理をするのと同じくらいのギャップがあっただろう。きっと。

「…まあ、ここは普通という言葉とは最も縁遠い場所の一つだからな。無理も無い」

「そこで貴方まで納得する!?自分が生まれたところじゃない」

「事実だろう…それに、それを言ったら魔法士全てが異端な存在だ。在る意味では人間を超えた存在だからな」

少しばかり自嘲の混じったその言葉に、クラウは言い返す事が出来なかった。

彼の言っている事は正解だ。

クラウも、イントルーダーも、そして世界中に点在する全ての魔法士は、人間にとってはある種の異端な存在なのだから。

「…だが、俺達は生きている。
 人間と同じで、息をして、睡眠をとって、食事をして生きている。そういった生命維持活動全般においては、俺達は普通の人間となんら変わりはない
 ―――と、いらない心配をかけてしまったな。行こう」

言うや否や、イントルーダーは勝手に歩き始める。

「あ、ちょっと、もう!!」

ちょっと遅れて、クラウも後に続いた。











『もう一つの賢人会議』の『台所』は、普通の家庭となんら変わらぬキッチンだ…傍らにでんっと鎮座している大き目のクローゼットほどの謎の機械を除けば、だが。

因みに、やけにここだけ家庭的なつくりになっているが、おそらく、製作者が気持ちよくご飯を食べれるようにと気遣ってくれたのだろう。

最も『もう一つの賢人会議』の製作者――ファランクスはとうの昔に死去しているから、真実など分かる訳ないのだが。

『冷蔵庫』の中からレトルトのシチューを取り出し、電子レンジに入れる。

レンジの中が赤くなり、シチューがぐるぐると回転し始めたのを確認してから、スチール製の四足テーブルのイスに腰掛けて待つ。

「おいクラウ、テーブル布巾はどこだ」

待っている間にテーブルを拭いておこうと思ったらしいイントルーダーが、きょろきょろとテーブル布巾を捜してした。

それを見ていると、クラウの顔に不思議と優しい笑みが浮かんだ。外見年齢が立派な大人な彼が、そんな子供のような行動を取った事がちょっとシュールだったからである。

「忘れたの?あれはもう捨てたわよ」

「…そういえば、昨日、布巾がぼろぼろになったんで、捨てたんだったな」

「あれは雑巾じゃなくて、ただの脱脂綿でしょうに」

「そういえばそうだった、か…。
 あと、文句はこいつに言ってくれ」

そう言って、イントルーダーは傍らにある機械を指差した。

「…まあいいわ、布巾、新しいの作るわね」

そう言って、クラウは傍らの機械を見やる。

『もう一つの賢人会議』の科学力が生み出した物の一つ、分子配列システム。

尚、先ほどイントルーダーが『こいつ』よわばりしたのもこの分子配列システムだ。

最も、オリジナルはシティ・神戸の天樹の長女が作ったもので、それのシステムを『もう一つの賢人会議』が盗んできたものだという説もあるが定かではない。

大きさはホテルなんかにあるクローゼットほど。

真ん中の右寄りにあるスイッチをクラウが押すと、がたがたぷしゅーというなんだかとっても不安定な凄い音と共に、六角形でこんにゃくみたいな弾力性を持つ、黒と白と黄緑色の三色が斜め線を引いているというプラスチック板みたいなもの…という、到底布巾とは思えない物質が出てきた。

「…なんだこれは」

「布巾…だと思うわ」

「これはひどいな」

「全くだわ」

呆れかえるイントルーダーと、思わず苦笑いをするクラウ。

この機械。よく故障するのだ。

ちなみに昨日、布巾を作ろうとして脱脂綿が出来たのもそのせいである。

分子配列システムのエラーは未だに収まらず、そのディスプレイには次々とエラーログの羅列が並ぶ。

作動音も、がごんがたこんとなにやら爆発しそうな効果音へと変わってきた。

クラウはため息と共に、すかさず緊急停止スイッチに指を伸ばす。

機械は急激に静かになり、五秒足らずで止まった。

「…便利なんだが、故障率も半端ではないのが悩みどころだな。この機械は」

「ここまでオリジナルに忠実じゃなくていいのに…」

「実用化は遠いな」

「本当にね」

「今のエラーログから察するに、電子系がいかれたか」

「まったく…三日前に壊れたばかりだっていうのに…」

「修理するものがまた増えたな…この忙しい時に…」

「まあ、貴方なら一時間足らずで修理できるでしょう」

「無論だ」

「頼りにしてるわよ」

涼しげに答えるイントルーダーの肩をぽん、と軽く叩いた後に、椅子に座りなおした。

とりあえず分子配列システムはほうっておいて、食事にする。

しばらく、無言でシチューを食す二人。

シチューはレトルトとはいえ、パッケージにはでかでかと『超特大サイズ』と書かれていた。

その量は、一般家庭で使われるラーメンどんぶり一杯のふちギリギリくらいまでと、かなりの量だ。

…にもかかわらず、二人とも完食してしまった。どうやら、思っていた以上にお腹は減っていたらしい。

(…体重、大丈夫かしら)

クラウの脳裏によぎったのは、女性であるなら誰もが気にする問題だった。

どこかで動いて、カロリーを消費する必要があるだろう。

こういうときに限り、男性がうらやましくなる事この上ない。









向かい合って食事をしているイントルーダーの顔を見て、ふと思う。

…彼を、イントルーダーという一人の男の事を、あまりにも知らなすぎる―――という事に。









二人の出会いは、本当に唐突だった。

突然に出会い、突然に戦い、突然に事実を知る。

あの時のクラウは『もう一つの賢人会議』から脱走した三人―――ノーテュエル・ゼイネスト・シャロンを追い、倒すという任務を承っていた。

今思うと、どうして自分が選ばれたのかに疑問が残るのだが、その謎を解き明かそうとしても、今や『もう一つの賢人会議』には、二人以外は誰も居ない。

この疑問は一生消えないのかもしれないと、心のどこかでクラウは思った。







成り行き上、彼と共についていくことにしてから、おおよそ一ヵ月半が経過しようとしている。

その一ヵ月半の間に色々あって、そして今に至る。

様々な魔法士達と出会い、戦ってきた。

そして、時折思う一つの疑問。








―――私は何者なのか。








クラウ自身、自分の事についても、未だに残っている疑問がある。

イントルーダーによって、クラウは生まれついての魔法士だと知らされた。

だが、そこがおかしい。

人口発生の魔法士は世界にただ一人、『光使い』―――セレスティ・E・クラインただ一人だけだったはずだ。

そして、その前例など存在していなかった。

クラウの年齢は二十歳。

これが真実なら、西暦2178年にはクラウが生まれていた事になる…この時点でこの説がありえないものとなってしまう。

もちろん、イントルーダーが嘘をついているとは思えない。

事実、クラウには過去の記憶がある。

エクイテスやワイスを知っていたという確かな記憶。

―――だが、それでも、何かが腑に落ちない。

何か、大切な事を忘れている気がして、胸騒ぎがするのだ。









―――しかし、その前に一つ、イントルーダーに聞いておくべき疑問があったのを思い出した。

そして今、それを口に出す。

「―――そういえば、思ったのだけれど」

「…何だ?」

手を止めることなく、イントルーダーは返答。

食事を中断させるのはちょっと悪いかな。と思ったが、同時に『早くこの疑問についてはっきりさせておきたい』という思いもあったために、思い切って口に出す事にした。







「貴方、あの雪の中から何を見つけたの?そろそろ明かしてくれてもいいんじゃない?」









―――イントルーダーの手の動きが、一瞬止まった。

あの雪、とは、堕天使と化したシャロンとの戦いの後、今はもう使われていない溶鉱炉の中に入っていた、少しばかりの雪。

そして、扉の僅かな隙間から入ってきたその雪を調べるという、イントルーダーの不可思議な行為。

あの時から、ずっと引っかかっていた。

その時はイントルーダーがうやむやにしたために中断させられ、それ以後はデータベースを調べる為に、問いただす余裕が無かった。

だが、あの戦いから結構な時が経ち、データベース検索にも少しの猶予が出来てきた。

聞くなら、今しかないと思って、クラウはそれを行動に移したのだ。

「ああ、それなんだが…その件は、この食事が終わってからにしよう」

しかし、イントルーダーの答えは、クラウの期待に反するものだった。
「…約束よ」

「承知した」

そして、食事は再開された。









食事が終わり、少しの休憩の後に、イントルーダーは先ほどまで作業をしていた机の前に向かう。

「…俺が見つけたのは…こいつだ」

そう言って、イントルーダーは座っていた机の引き出しを開けて、透明なプラスチックの袋に入れたそれを取り出した。

その中には何か細いものが入っている。顔を近づけてよく見てみると、その形状が分かった。

「…髪の毛?」

いぶかしげな顔で、クラウはそれを凝視する。

一見すると何の変哲も無い、人間の黒髪。

いや、着眼すべきはそこではない。

その根本たるところに目をつけるべきなのだ。

今はもう動く事の無い溶鉱炉という、そんなところにどうしてこんなものが存在しているのかという「そもそもの原因」を。

「…確かに妙ね。
 あの溶鉱炉は今はもう使われていないし、何ヶ月も人が入っていないはず。
 にも関わらずこんなのが存在しているって事は…何者かがあそこに『居た』ってことになるのよ」

「正解だ。で、それが意味するものは?」

「つまり、シャロンは自分で扉を開けて出たんじゃなかった。
 何者かの協力があってこそ、シャロンはあそこから姿をくらます事ができた。
 だけど、あの時のシャロンはI−ブレインに直撃を受けていた。だから、普通なら歩く事すら困難な筈だわ」

「…待て」

「何?」

「何かを忘れていると思ったが、それだった…。
 あの時、シャロンは間違いなくI−ブレインに直撃を喰らった。
 だったら絶望的じゃないのか!?I−ブレインの貫通は、魔法士にとっては致命傷だったはずだぞ!」

焦りを孕んだイントルーダーの叫び。

だが、それを聞いてもクラウの表情は変わらない。

ふう、と軽く息を吐いた後に、穏やかな口調で告げた。

「…イントルーダー。シャロンのI−ブレインは特別製なのよ。
 シャロンのI−ブレインには『少しでも生きていればI−ブレインすら修復』という能力があるの。
 それに、もしI−ブレイン全部を貫通していたら、遺言を言う間もなくその場で死んでいるわ。  でもあの時、シャロンは生きていた。だから、大丈夫だと思った…そういう事よ」

最後に「説明終わり」と付け加える。

「あ…」

クラウに言われてやっと「そうだった」と思いだす。

脳内のデータベースを探ってみると、『管理者』であるイントルーダーのI−ブレインには、確かにその情報が記録されていた。


「…だけど、その修復にはかなりの時間を要するから、あの短時間じゃ絶対に修復なんて出来る訳ないのよ。
 そういうわけで、シャロン失踪はシャロン一人じゃ絶対になしえない。
 …だから、この髪の毛の主がシャロンを助けた。だから、シャロンの姿が無かった。つまりはそういう事でしょう。
 私達の知らないところで誰か味方を作っていたのか、それとも偶然が重なって、何者かが通りかかったところにシャロンが居たから助けたのか…という可能性が思いついたわ」

「で、確率としてはどちらが高いと思う?」

迷うことなく、クラウは答えた。

「当然、後者よ。
 前者はあまりにも可能性が低すぎるわ。だって、ノーテュエルとゼイネストの死亡直後に、シャロンは私達と出会ったんだから。
 ―――ただ、それだとどうしても説明できない事が出てくる。
 それは『どうしてそいつが『もう一つの賢人会議』に居たか』って事。
 …まあ、それは本人に出会って問いただすしかないのだけど」

「その通りだクラウ。
 そして俺は『おかしい』と思った。
 この髪の毛はどうやら日本人のものらしい、しかも髪の毛は長め。『もう一つの賢人会議』の黒髪の人間といえば…俺の知る限りではラジエルト・オーヴェナしかいない。
 だが、この前の戦いで見た限りでは、ラジエルトの髪の毛は決して長髪ではないし、日本人だとは考えられん。だから、彼がシャロン救出に関わったというのは有り得ない。
 …さて、こうなると、俺が何を言いたいかは分かるよな」

…私達が知らない人間が、或いは魔法士がシャロンを助けた。こういうことね」

「正解…まあ、ここまで言えばな」

「でも、何でわざわざシャロンを連れて行ったのかしら?
 あのままあそこにとどまったままの方が、私達という救助が来れたんだから、その方がいいはずなのに…」

クラウは首をかしげて、イントルーダーに答えを求めるが、

「…それは俺でもわからんな。
 こればかりは、そいつに直接会ってみるしかない」

現実的な答えが返ってきた。

「…さて、話を戻そう。
 こいつの解析事態は、かなり前にやらせていたんだ。
 髪の毛一本に残された情報から、その人物の姿を復元して投影する―――で、実のところ、この作業はとうに終わってた。
 ―――まあ、俺自身が忙しかったから、この事を思い出すのを忘れていただけなんだけどな」

「そんな大事な事、忘れないで欲しいわ」

「…その件に関しては、素直にすまなかったと思う。
 そして、そろそろ答えが出るはずだ。
 さて、どんな姿をしていることやら―――」

その時、ぴーん、と音がして、暗かったディスプレイに光がともる。

二人の視線は、一瞬でそちらに移動した。

画面には人体模型のような線が画かれ、そこに次々と線が追加されていく。

一分もすると、その人物像が明らかになった。







「――――――これは」

二人は同時に息を飲んだ。







ディスプレイに映し出されたのは、全裸の少女の姿だった。

長い黒髪のツインテール。

発育の良い身体。白い肌。

「サクラ…いいえ、違うわ。目つきがなんか優しいもの。本物のサクラは、もっと目つきが厳しいはず。何度か見たから覚えているわ」

誰にともなく、クラウは呟いていた。

クラウがサクラの姿を見かけたのは、サクラが南米のあたりで子供達を解放した時の事だ。

その時のサクラの姿をI−ブレインのデータと照合した結果、サクラと目の前の少女が別人である事が確認された。

「ああ、聞いた話では、少なくともサクラとやらはひ…」

って、貴方は視線をそらしなさいっ!データ上とはいえ女の子の裸をまじまじと見ないこと!!」

画面を真顔でまじまじと見入っていたイントルーダーに対し、赤面したクラウが前振りなしで拳を振り下ろした。

ごん、といういい音が響く。

「ぐぅ…」

脳天に拳の一発をもらい、イントルーダーが頭を押さえてうめいた。

こんな時に痛覚遮断も何も無かった。完全なる不意打ちである。







少女の姿をI−ブレインに記憶し、クラウはディスプレイの電源を切った。

…ちなみに、少女の体の方を見て『私の方が勝ってるわね…あれはきっと…85くらいかしら』と、どうでもいい事を考えていたのは秘密だ。

イントルーダーはうめいていた為に、少女の姿を良く見ていない。後で少女の顔だけプリントアウトして渡す事にした。無論、全身像など渡せるわけが無い。

「…データを調べ終えた後のやるべきことが、一つ決まったわね」

軽く息を吐いて、クラウはイントルーダーに向き合った。

「ああ…この少女に会う事…それが答えだ…。
 というか、お前に叩かれたせいで俺はよく見てなかったぞ」

「あの状況だったら普通に叩くわよ。
 ま、後でプリントアウトしてあげるから」

「…嫉妬か?」

「…ねぇ、イントルーダー」

能面のような笑みを浮かべたクラウが、イントルーダーに詰め寄り、

「とりあえず、一発だけ殴っていいかしら?」

拳にはーっと息を吹きかけて、告げた。

「すみませんでした―――っとな!!」

刹那、棒読みな台詞でお茶を濁すように謝罪したイントルーダーは、踵を返して即座に逃げ出した。

「あ、ちょっと、逃がさないわよっ!!」

一瞬遅れて、クラウも後に続いた。













―――どうやら、作業の再開には、少しばかりの時間が必要なようだ―――
















<To Be Contied………>















―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―










ノーテュエル
「…今回、なんか短くまとまったわね」

ゼイネスト
「ま、この二人はDTR本編で結構活躍した(と作者が思っているだけですが)から、それほどくどい描写もいらないだろ。
 で、この話で由里の発言と行動の裏づけが出来たわけだ」

ノーテュエル
「設定資料集にも書いたけど、シャロンのI−ブレインはすごく特殊で、自己修復まで出来ちゃうのよね…。
 同調能力で相手を取り込む能力が限りなく低い分、傷の手当に特化しているとか、そんな感じじゃなかったっけ?」

ゼイネスト
「ああ、それで正解だ。
 …後もう一点気になるのは、やはりクラウの年齢云々だ」

ノーテュエル
「あれ?あれって二十歳って事で済んだんじゃないの?」

ゼイネスト
「…お前、まさかあれを本気で鵜呑みにしたのか?
 おかしいだろ。計算があわなすぎる。
 『もう一つの賢人会議』が結成されたのは何年前だ…」

ノーテュエル
「そんなの…あっ!!

ゼイネスト
「ま、つまりはそういうわけだ。
 これ以上言うとネタバレになるから伏せるがな
 機会があればもう一度、DTRを読み返す事をお勧めする」

ノーテュエル
「…ふーむ、なんか色々と複雑になってきたわね」

ゼイネスト
「…で、もう語れることがなくなったわけだが」

ノーテュエル
「もう!?早いわね」

ゼイネスト
「つまらんコントを外せば、こうもすっきり終わるものなのだな」

ノーテュエル
「まーまー、たまには漫才なしでもい…いわけなーい!!
 ていうかゼイネスト、あんた、過去にコントがどうのこうの言ってたじゃない!!」

ゼイネスト
「毎回やってるから疲れてきた。たまには休ませろ」

ノーテュエル
「…甘いわよ、そんな言い訳で私が引き下がるとでも思ってい…」

ゼイネスト
「暑中お見舞い申し上げます…その続きに書いてあった文は―――しょっちゅう眩暈でもう死にます

ノーテュエル
「ぶっ!!(悶絶)」






ゼイネスト
「ふぅ〜、難をやり過ごしたぞ。
 たまには早く切り上げるか…。




 …というわけで次回は『とある名も無き街の下で』でお送りいたします。
 それでは、たまにはゆっくり休みたいので、これで失礼。
 たとえこんなところだろうと、レギュラー出演は辛いものがあるので」

ノーテュエル
「ぐっ…くくく…か、かって…げほげほ…」

ゼイネスト
「…おい、そこの酸素不足で喘ぐ魚みたいな奴、少し黙れ」

ノーテュエル
「ぐ、ぐるじぃ…かってにおわらせる…な…けほけほ…終わらせるなぁ―。
 ぞ、そして、人を魚扱い…ぐぅ…する…な」

ゼイネスト
「…ま、とりあえずここに水置いておくからな…んじゃ、先に上がるぞ」

ノーテュエル
「…くぅ〜〜、けほっ…お、覚えてなさいよ…けほけほ…」























<こっちもTo Be Contied〜>




















(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>







今回はクラウとイントルーダーのお話でした。
この二人の会話だと、やたらと台詞が増えるのは何でなのでしょうかね。


クラウに関しては、色々と矛盾が生じているところがあります。
DTRのとある話を見ると、とあるエピソードの話のところでおかしなところがあるのが発見できるはず。
まあ、その辺りは後々明かしていきますのでご安心を。









ではでは、それではこの辺で。







○本作執筆中のBGM
(音楽聴いていると逆に集中できない時もあるので、今回は聴かないで書きました)







<作者様サイト>
Moonlight butterfly


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