FINAL JUDGMENT
〜もういない家族の為に〜




























水を拭き終えた食器を、かちゃかちゃと音を立てて戸棚に片付ける。

椅子に腰掛けて、ふう、と軽く息を吐く。

水に濡れた手を白いタオルで拭いてもまだちょっと冷たいけれど、すぐに温まるから問題は無いだろう。

近くで片づけをしていたもう一人の人物も、タオルで手を拭いて椅子に腰掛けて、うーん、と気持ち良さそうに背伸びをする。

刹那、聞くなら今だ、と脳が告げた。

とはいっても、いざ言い出すまでちょっとだけ悩んだが、

「…ええと、突然だけど、一つ聞きたいなの」

最初の一言を口に出すと、後の言葉はすらすらと続ける事ができた。

朝の食事を終えて、目の前の少女と二人でテーブルに座っている時に、シャロン・ベルセリウスは思い切ってその問いを口にしたのだった。










現在地はシティ・ニューデリーの街並み。その中にある教会の居住区の一室。

馬鹿でかいステンドグラスと偽りの神様の祭られた、非科学を体現したような場所だ、と、シャロンは思っている。

最も、常識では考えられない力を行使出来る魔法士である自分がそんな事を言える立場なのかと考えると、素直に首を縦に振れないのだが。

ちなみに目の前の少女は決してクリスチャンなどではない。

そして、ここの教会の人間は、とうに死去していなくなっている。

空き家当然となったこの教会は扉が閉まりきっていたために、中に入ろうとするものは誰も居なかった。もとより居ない筈の神に縋る者も居なかったから、尚の事である。

最初、元々他人の家だった所に住むという事は結構抵抗があったらしいが、無人の教会を放置していては汚れてしまうではないかという理由も兼ねて、ここに住む事にしたらしい。











シャロンの問いに、目の前の少女は即座に反応した。

「ん?なあにシャロンちゃん」

両腕を下ろして『伸びの姿勢』から『椅子に普通に座る姿勢』へと戻り、笑顔を浮かべてシャロンの方を向いた少女の名前は、天樹由里。

ロングヘアの一部をツインテールにしているという、近頃ではあまり見ないタイプの髪形。

それでも、艶やかな黒髪ははっとするほど美しくて羨ましい。

いや、彼女だけではない。

ノーテュエルの金髪も、ゼイネストの紅い髪の毛も、シャロンから見ればどっちも美しくて、かっこよかった。

どうして自分だけがこんな艶やかさのない茶色い髪で生まれてきたんだろう、どうしてピンクとかじゃないんだろう。と由里に愚痴ったら「そんな事無いわよ。シャロンちゃんの髪も十分に綺麗じゃない。それに、折角持って生まれた自分の身体をそんなに卑下しちゃ駄目」と、由里に諭された記憶がある。

だから、それ以降、愚痴るのはやめにした。

「こんな事を聞くのもなんですけど…」

そこで一旦言葉を切る。

脳内では、どうしてこんな質問をする事になったのか、その過程が思い出されていた。

目が覚めて、由里の『賢人会議』に対する話を聞いていた時に、ちょっと引っかかる事があったのだ。

『賢人会議』の行動は、確かにシャロンにとっても(今のところは)許す事はちょっと出来ない行動だと、由里に説明されて初めて知った。

だから、シャロンは由里に協力するという形を取った。

由里が言うには、己の戦いに無理にシャロンを巻き込むわけにはいかないから、協力してくれなくてもいいと言ってくれた。

だが、命を助けてもらった以上、協力しないのは何かが間違っているとシャロンは思っていたために、協力を申し出たのだ。

しかし、その申し出から数日経った今になって、本当に今更な疑問が沸いてきたわけである。

聞くならば今しかないと、シャロンはそう思った。

一時の間を置いてから、シャロンは次の言葉を告げる。

「じゃあ聞きますよ…どうして由里さんは、そこまで『人間達を』大事に思っているんですか?」

「―っ!!」

その瞬間、由里の目つきが僅かに鋭くなった。

「…シャロンちゃん、それ、どういう意味?」

由里の口調には、確かな戸惑いと疑念が篭っていた。

「あ、深い意味は無いの!ただ、気になっただけなの。
 子供達を守りたいっていうのは、この前の孤児院の時に十分に分かったなの。だから、由里さんは『賢人会議』を凄く否定してる。
 …けど、だったら、魔法士を犠牲にして生きている人間達に対して、どうして何の批判も無いのかがちょっと気になっただけなの。
 由里さんだって魔法士だったら、少しくらいは魔法士側の意見も持っているのじゃないかなって思っただけなの」

ちょっと慌てふためきながらも、シャロンは何とか自分の意見を言い切ることに成功する。

そう、由里が『賢人会議』が許せない理由は分かる。

『賢人会議』は人間達を殺しつくしてでも、魔法士を守ろうとする組織で、それにより罪の無い人間達がたくさん殺された…と、由里の説明からシャロンはそう理解した。

だが、それを別の観点から見ると、疑問が出てくる。

そもそも『賢人会議』なんてものが出来てしまった理由としては、人間達が魔法士をなんのためらいも無くマザーコアにするという今の世界情勢のせいなのだ。

そうなると、魔法士の人権の話はどうなるという話になる。

何の理由もなしに、ただ、人間が生きるというエゴの為に殺されていく魔法士達。

今、シャロンがこうしている間にも、犠牲者は次々と出ているのだ。

人間が死ねば、魔法士が死ぬ。

魔法士が生きれば、人間が死ぬ。

どちらかが死ねば、どちらかが生きるという見事な二者択一。

全てが助かるなどという果てしなく都合のいい選択肢など、絶対に存在しない。

「ん…それはね」

シャロンがそこまで考えた時、由里が口を開いた。

「とりあえず…シャロンちゃんは、この世にシャロンちゃんっていう存在を作ってくれた人に、そして、シャロンちゃんを今まで育ててくれた人に、少なからず感謝するでしょ?」

由里の口調は、いつもの優しいものに戻っていた。

「え?は、はい…確かにそうなの」

予測できていなかった由里の問いに対してちょっとどもってしまったが、何とか答えた。

…どもってしまった理由は、その質問で、シャロンが自分の、厳密には自分『達』を作ってくれた『親』を思い出してしまったからだ。

シャロンを作ってくれた科学者の名前は…ヴォーレーン・イストリー。

せいじ色の長い髪の毛を一つのみつ編みにくくっていた、二十代後半の男。

整った顔立ちに似ず普段の性格はずぼらだが、いざという時にはきっちりとやる男だという印象がいまだに残っている。

シャロン達が『もう一つの賢人会議』を脱走してから、謎の怪死を遂げたと聞いている。

その訃報を聞いた時、心が空っぽになったような感覚を覚えた。

当時は、『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター)/RP>』や『殺戮者の起動デストロイヤー・アウェイク)/RP>』の件があったから、ヴォーレーンがあんな忌わしい能力を埋め込んだ人間だったと思って憎んでいた。

だけど、それでもシャロンは泣いた。

否、シャロンだけではなかった。

ノーテュエルもゼイネストも、共に泣いた。

やはり、あんな男でも、子供にとって親は親だったのだと再確認せざるを得なかった。

「…シャロンちゃん、お顔が暗いんだけど、大丈夫?」

シャロンが気がつくと、怪訝な顔をした由里がシャロンの顔を覗き込んでいた。

「あ、な、なんでもないなの」

なんでもないわけはないのだが、とりあえずこの場はそう言っておいた。由里の話の腰を折るわけにはいかない。

どうやら、ヴォーレーンの事を考えていて、思考に没頭してしまい、暗い顔をしてしまっていたらしい。

駄目だ。と思った。

ノーテュエルとゼイネストの事を考えると、どうしても顔が暗くなってしまうようだ。

いつかこの事をきちんと由里に話しておくべきだと、そう思った。

「本当に大丈夫なの?シャロンちゃんが大丈夫って言うんならそれ以上は追求しないけど…。

「はい、気にしないでなの」

「…うう〜ん、そう言うなら、続きを話すね。
 ――私もね、このままマザーコアによる世界の運営が続いていいとは思えないの。
 だけど、人間達が居なかったら、今頃私達は命として生み出されて無かったと思うわ。
 なんだかんだ言ってもね、人間達が『私達の生みの親』であることには変わらないの。
 たとえどれだけ憎らしくても、やっぱり親は親なんだって私は思うから」

「その言い方ですとちょっと引っかかるんですが…もしかして由里さんは、心の底では人間を憎んでいるなの?」

由里は頭に右手の人差し指を当ててうーん、と考えて、

「どっちかというと私が嫌いなのは、軍とかのごく一部の人間達だけだけどね。
 だって、兵力を少しばかり持ってるだけですっごく偉そうなんだもの。
 戦争が終わったっていうのに、どうして軍は解体されないのかな…人間ってのは、いつでも力を欲しがるものなのかな」

遠い目をして、窓の外を見つめる。

その先にあるのは、シティ内部に常駐している軍の施設。

いつの世もなくならない、忌まわしくて、そして、人間の本質の象徴とも取れるもの。

「今は自衛軍って形で軍を結成しているみたいだけど、やっぱり本質は戦争屋なの…。
 って、よく考えたら今は軍についての話じゃなくて、由里さんがどうして人間達を助けたいかの話だったなの」

「あ、ごめんね!私が余計な話をしたばかりに…」

「別にいいなの。ゆっくりと話してくださいなの」

「あ、うん。
 じゃあ、続きを話すね。
 ―――私はね、本当は人間も魔法士もどっちも助けたいの。
 でも、そんな事が出来たら、今みたいな事は、マザーコアによる人類の存続なんて事は絶対に起こり得ない。
 シティと『賢人会議』の戦いは、どちらにも正義があるから、どちらが絶対なる悪とは決して言い切れないわ。
 だけど『賢人会議』のやり方だと、助かる命の数が明らかにおかしくなっちゃう。
 一人の子供の為に、何人もの他の子供を犠牲にする…そんなのは絶対に間違ってる。
 だって、一人を助けて百人を殺すのよ。どう考えても納得できないわ。
 命を数で図る事は、決していい事なんかじゃないって分かってる。でも、生きていく以上、どうしても何かが犠牲になっちゃうなら、その為の犠牲は少ないほうがいいって、そう思う。
 …だから、私はシティの味方をするの。
 守りたい人達がいる。これ以上傷つけさせたくない人が居る…それだけで、十分な理由でしょう」

「……」

由里の言葉に、シャロンは言葉を返す事ができなかった。

今の世界に対する、天樹由里という少女の考え方。

どっちも救いたいという、とても前向きな答え。

誰もが成し遂げようとして、誰もが挫折した道。

リアリストが聞いたら夢物語だと罵られそうな発言。

だけど、それが目の前の少女の考え。

何人たりとも度台変える事の出来る訳の無い―――感情。

その考えの中、由里は一つの答えを出したのだろう。

『命を数で図る事は、決していい事なんかじゃないって分かってる。
 だけど、生きていく以上、どうしても何かが犠牲になっちゃうなら、その為の犠牲は少ないほうがいい』―――全ては、そういう事なのだろう。

その考えに対し、シャロンは共感を覚えた。

実際、シャロンもそんな事を考えた事があったからだ。

最も、ノーテュエルやゼイネストが生きていた頃は毎日を生きるのに精一杯で、ヴォーレーンの事を思い出すことは少なかったのだが。

今思うと、あの時の自分は何て親不孝者だっただろうか。

加えて、ヴォーレーンの遺体がどこに葬られたかすら知らない。

だけど、絶対に探して、一度くらいはお墓参りをしなくてはという使命感が沸いてくる。

「…シャロンちゃんってば」

「あ」

由里の声ではっ、と我に返るシャロン。

由里に助けられてこの教会で目覚めてから、どうにも考え事をするようになってしまった。それも、周りが見えなくなるほどに考え込んでしまう。

今までのシャロンが、どれだけノーテュエルやゼイネストに頼っていたかがよく分かる。あの頃は、そこまで深く考えるなんて事は殆ど無かった。

それに、外見年齢こそ十六歳だが、シャロンの実年齢はたったの二歳でしかない。

今までの自分の考えがどれだけ浅かったかを再確認するいい機会だったと前向きに考えて、シャロンは由里へと向き直る。

「大丈夫?さっきから俯いてばっかりだけど…」

「う、ううん、何でもないなの」

「そう?」

「そ、それより、お話の続きをお願いするなの」

「…んー、話そうと思ったんだけど…………やっぱり、今はやめておきます」

「…え?」

突然告げられた予想外の言葉に、シャロンは思わず聞き返していた。

「こんな重たい話、朝一番にするような話じゃないわ。
 それにさっきの話で、私が戦う理由が、私がシティを支持する理由が分かったでしょ?」

シャロンは無言でこくん、と頷く。

「…そう、それなら良いの。
 後、これからちょっと行く所があるんだけど…お願いだから、一緒に来てくれない?」

「…え?」










【 + + + + + + + 】











シティ・ニューデリーの町並みを、二人で歩く。

偽の青空、作りものの街路樹、あちこちがひび割れた強化カーボンの茶色い道路。

午前十時を回った今、外を歩く人は結構多い。比較的若い…というか、由里やシャロンと同い年の人間の比率が特に高めだ。

中には男女一組で手を繋ぎながら幸せそうに歩くのも居る。それは世間一般でいうカップルという奴だろう。

…何か胸の中にむかむかした感情が湧き上がってきたので、シャロンはその二人から意図的に視線を逸らした。

見渡せば見渡すほどに、正に老若男女、様々な人々が思い思いの時を過ごす。

母親に連れられて歩く小さな男の子。

右手で煙草の箱を軽く上へと放り投げて落ちてきたところをキャッチしながら、鼻歌交じりに歩く青年。

外装がやや寂れたカフェテリアのウインドウ越しに見えるのは、四、五人ほどでテーブルを囲んで笑ったり怒ったりしている少女達。おそらく、内輪話か何かで盛り上がっているのだろう。

他にも、野菜売りに値踏みの交渉をしている中年の女性とか、洋服野の店先に並べられた処分品を手にとっている子供連れの若い女性など、文字通り、思い思いの時を過ごす人達の姿があった。

人の数だけ行動がある。

他人の人生の過ごし方にけちをつける理由はどこにもない。ただし『賢人会議』のように、その生き方が社会的にも世界的も大き過ぎる影響を及ぼす場合なら話は別だが。

そして、このシティの人々も、他のシティの人々も、或いはプラントで過ごしている人もまた、明日になれば無くなっているかもしれない命の炎を必死で燃やし、一度きりしかない人生を謳歌する。

やり直しの聞かない人生だからこそ、人は考えて行動する。

終末の時は誰にでも訪れるもの。これは、有史以来絶対に乗り越える事の出来ない事。

だから人は頑張るのだ。己の人生を、その人にとって素晴らしく価値のあるものにする為に。

そして、由里やシャロンもまた、このシティに生きる者として頑張るのだ。

「…シティの中って、こんなに平和なんですね」

あたりを一通り見渡した後に小さく息を吐いて、何かに納得したかのようにシャロンは告げた。

「そう。
 ここはね、戦えない人達を守る為にも、人間が生きていく為にも必要な場所なんです。
 死の世界と化した外の世界と隔絶された楽園…と言ってしまうのは言い過ぎかもしれないですけど。
 …って、あれ?シャロンちゃんはシティで過ごした事は無かったの?
 もしかしてずっと、シティの外で戦いの人生を送っていたとか?」

「ううん、違うなの」

シャロンは首をふるふると横に振り、続ける。

「どうしてか私はいっつも戦いに巻き込まれてばかりで、シティに立ち寄った時があっても、安穏とした生活を送る事は出来なかったなの。
 だから、戦いが始まったらいつも逃げていたなの」

「あれ?
 シャロンちゃんの能力って『天使』だから、戦いには向いていない能力のはずだと思うんだけど?
 じゃあ、どうやって逃げたの?」

「飛んだり身を隠したりして逃げたの。逃げる事も戦いなの」

「逃げる事も戦い…ですか。
 なんだか、新鮮な感じのする響きですね。
 そしてシャロンちゃんはある日『堕天使の呼び声コール・オブ・ルシファー)/RP>』に目覚めて、戦えるようになって、今に至る…そういうわけなのですね」

「そんな感じで覚えてもらって結構なの」

そう言いきったシャロンだったが、心の中ではわだかまりが渦巻いていた。

何かちくちくとしたものが、シャロンの心に突き刺さる。

由里に嘘をついた。その事実がシャロンの心の中に確かにある。

そう、シャロンは逃げてなどいなかった。

もちろん、ノーテュエルとゼイネストが生きていた頃は『堕天使の呼び声』の事を知らなかった為に、シャロンには実質上の戦闘能力は皆無だったといっても過言ではない。

故に戦っていたのは専らノーテュエルとゼイネストだった。

だが、シャロンに出来る事が何一つ無かったわけではなく、ノーテュエルとゼイネストが怪我をした時とか、不運にも巻き込まれてしまった街の人の怪我を治す為に活躍していた。

だが、その事実を説明しようとなると、ノーテュエルとゼイネストという二人の魔法士について説明しなくてはならなくなる。

そう、ノーテュエルとゼイネストの事は、未だに由里には明かしていない。

そして、由里に対してノーテュエルとゼイネストの事を話すのは、今のシャロンにはどうしても出来なかった。

―――辛い。

―――怖い。

―――話したくない。

―――思い出したくない。

そんな感情と我侭が交錯して、その結果、今に至っている。

エゴとでも言ってしまえばそれまでになってしまうだろうが、誰がなんと言おうが、これはシャロンの心の問題だ。

もちろん、このままでいいのか。とも思っている。

上辺だけで全てを隠そうとする姿勢のままでいいのか。と、時折自問自答して、新たな一歩を踏み出せばいい、と、何度も結論だけは出してきた。

―――だけど、まだ、そこまで踏み切る勇気が無かった。










故に、由里に対しては、今までの経歴を意図的に改変して説明したのだった。

だがそれでも、由里を信じていないという事は絶対に無い。

その思いだけは、間違いではないと信じたかった。

















―――ふと、ちらりと横を見ると、由里が何かを詰めた小さな紙袋を片手に持っているのが見えた。

出発時に「その中身は何ですか?」と聞いたら「秘密です」と即答された為に、シャロンもそれ以上は追求しなかった。

その際に、もうじき現地に着くから分かる事だ、と、自分を納得させておいた。











教会の外れには、うっそうと茂った作り物の草と共に、小さな石のようなものがいくつもあった。

見た感じでは、ここの敷地は縦横合わせておおよそ百二十平方メートルと言ったところだろうか。

その石全てに名前が刻まれていた事から、シャロンは、ここが墓地であることを理解した。

墓地。

死者の骸が永遠の眠りにつくところであり、生を持って生まれた人間が行き着くところの最終地点。

誰も逃れる事のできない『死』という『約束』がもたらしたものの結果。

そしてシャロンは、最も近くに居てくれた二人の人間を一度に失い、簡素だけどお墓を作った事を思い出して―――。

「…シャロンちゃん?」

由里に諭されて、意識が現実に引き戻された。

「あ、な、なんでもないなの」

いきなり声をかけられた為にちょっと慌てふためいてしまったが、何とか誤魔化した。

由里はその墓地の奥へと歩んでいき、二つの、それも、他の物とは違ってぴかぴかに磨かれた墓石の前に立ち、そのまま膝を曲げてしゃがみこんで、両手を顔の前に合わせて祈りを捧げる。

それで、そのお墓に眠る者が、由里にとって何らかの関係がある人物だったという事が理解できた。

シャロンも由里の隣にしゃがんで、同じように祈りを捧げた。

「ありがとう」

隣で、由里が口を開く。

「いえ、由里さんがそうやって祈るって事は、ここのお墓で眠っている人が、由里さんに関係のある人だって思ったなの。
 だから、由里さんに協力する形を取っている私も、祈らなくちゃいけないって思っただけなの」

「その気持ちだけで嬉しいわよ」

「なら、よかったなの」

返答した後に、シャロンは墓石に彫られた文字を見る。

彫り文字というものは中々読みづらいものがあるが、それでも、ぴかぴかに磨かれている分、他の墓石に比べてばより読みやすいだろう。

そして、この墓石をここまでぴかぴかに磨いたのは由里に間違いない。

「うーん…と、リース…と、サフィア…って書いてあるなの?」

この時、妙に西洋の響きが強い名前なの。と、心の中でどうでもいい事を考えたりもした。

「うん、正解。
 それはね、私を育ててくれた、お爺ちゃんとお婆ちゃんの名前」

「…え?」

何か今、とても重大な事を何気なしに聞いた気がする。否、絶対に聞いた。

リースやサフィアという名前が老人の名前としてあっていいのかという疑問もちょびっとだけ沸いたが、流石にそれは失礼極まりないので口には出さない。

「そ、それはどういう事なの!?」

何故だかこの機会を逃しては拙い気がしたので、シャロンは聞き返す。

「私が魔法士だって事は話したよね」

こくん、とシャロンは頷く。

「…つまり、私は培養層の中から生まれたって事になるわよね…魔法士なら当たり前の事なんだけど。
 …でも、この話はこんなところでするべき話じゃないわ。
 一旦帰ってから話しましょう」

言い終わると同時に、由里は今まで閉ざされていた袋を開ける。

その中に入っていたのは、一本のお酒だった。ジントニックの類だろうか。

最も、そこまでお酒に詳しく無いシャロンには、そのお酒にどれだけの価値があるのかなんて分からない。

だけど、そのお酒には大事な意味があるのだという事は直ぐに理解できた。こういう時のお約束として『お爺さんの好きなお酒だった』というケースなのだろう。

「このお酒は、お爺さんが生前によく飲んでいたお酒なんです。
 何か嬉しい事があったら、少しだけ飲んでいました。
 滅多に手に入らないほど貴重なものってわけでもないらしいですけど、無闇に高いお酒よりは、こういったものの方が飲んだ気がするんだそうです」

…と思っていたら予想通りだった。

由里はお酒の蓋を開けて、お墓へとお酒を均等にかけていく。

シャロンはその様子を、ただぼうっと見守っていた。

今のところはシャロンが出来る事が無い為に、手持ちぶさたになってしまったといってもいいだろう。

続いて、袋から小さな給水ポットを取り出す。

開閉スイッチを切り替えて、墓石に中の液体をかける。どうやらポットの中身は番茶のようだ。

「それは…お婆さんの好きなお茶だったなの?」

「はい、正解です」

一時だけシャロンの方を振り向いて、由里は作業の続きに入った。







そうやって由里がお墓参りをしている中、先ほど由里の言った言葉の意味を考えて、シャロンは「…ああ、成程なの」と思った。

世の中の人全てが魔法士に対して好意的な訳は無いと分かっている。

中には、魔法士と聞いただけで嫌悪感を示すような人間だっていても不思議じゃない。

そんな人間が、偶然とはいえここに来たらどうなるか?

魔法士云々の話を聞いたらどう思うか?

…つまり、由里はそこまで気づいていたという事だ。















【 + + + + + + + 】
















いざ教会に戻り、二人は向かい合って居住室のテーブルの椅子に腰掛ける。

無言のまま十秒が経過して、

「…で、お話ってのは一体何なの?」

先に口を開いたのはシャロンだった。

その問いを待っていたかのように、由里は凛とした表情で口を開く。

「…言おうと思って中々言えなかったけど、今なら言える事があるの。
 シャロンちゃんが目を覚ました時、『賢人会議』は、罪の無い子供達の命を大量に奪いました…って話をしましたよね。
 …実は、それ以外にも、理由はあるのです」

「え?」

突然告げられた由里の言葉に、シャロンの理解が追いつかない。

「シャロンちゃんは『同超能力』を使えるんですよね?」

「はいなの」

「じゃあ、目を瞑って…」

「?」

言われるがままに目を瞑った直後、













――――――刹那、シャロンの頭の中に、大量の情報の窓が出現した。













【 + + + + + + + 】













(――私は、どうしてここにいるの?)

こぽ、という小さな音と一緒に、ピンク色の培養液に気泡が出現したが、すぐに上に上がっていって消えうせた。

その疑問に答えてくれる者も、それどころか何の反応すら無い。

脳内にあったのは『天樹由里』という名前と、生きる為に必要な一般常識用の知識だった。

何故か時間を感知する事ができたので調べてみると『2196年11月1日』という答えが返ってきた。

この機能の名前が『脳内時計』だと知ったのは、後のことだった。





 



意を決しておそるおそる目を開けると、目の前には誰も居なかった。

生命の息吹を全く感じさせない部屋。

由里を閉じ込めるように存在する白い壁、何に使われるのか分からない機械の数々。

無機質な音を立てるのは、培養槽に繋がれたチューブの先にある生命維持層によるものだろう。

目が覚めたばかりのせいか、覚醒しきっていない頭がぼうっとする。

桃色の用水のなかにたゆたい、しばらくぼうっとしたまま目の前を見つめる。

由里以外に人の存在しない孤独な世界。

当然ながら、命令どころか声一つ掛けられる事すらない。

だが、その内に心の中に何かがこみ上げて来て、瞳の端から一滴の涙が零れ落ちる。

だけど、培養層の中で涙を流しても直ぐに溶けてしまった。

それでも、涙は後から後から次々と流れ出てきて、そして形を成さないまま培養液に溶けていく。

寂しかった。

たった一人っきりでの孤独な目覚めが、とても寂しかった。













それから何時間か経過した時、その人達は本当に突然にやってきた。

聞きなれない音と共に、由里以外に命の反応の無いこの建物の中に現れたのは、由里が見た事の無い二人の人影。

ひぅ、という声が喉から出たが、培養液の中ではそれは『声』として発音できなかった。

全身を分厚い防寒着に包み込んでいるために、否応無しに威圧感という物が襲い掛かってくる。

まるで、中世の白銀の鎧に全身を包んだ装甲兵を目の前にしたかのような、そんな感じだ。

「…おい、何だか怖がられているではないか」

「…そりゃ、こんなもの着てたらねぇ…初めて見る時は何事かと思うさね。
 丁度この中は暖房が効いていて暖かいし…こんなもの、脱いじまおうかねぇ」

「おう、そうじゃ」

そして、二人は分厚い防寒着を苦も無く脱ぎ捨てる。

防寒着の下から現れた顔は―――人のよさそうな初老の夫婦のものだった。

ただ、その瞳は濁っていない、とてもまっすぐで綺麗なもの。

「―――おやおや、泣いてしまってるよ」

最初に口を開いたのはお婆さんの方で、由里が泣いている事に真っ先に気がついてくれた。

「…まあ、目が覚めて、そんで周りに誰もいなかったんじゃ…無理も無い事じゃろう…」

続いてお爺さんの方が、それに同意するような形で告げた。
母 「しかし、この培養層はうまい事出来とるの…まさか、顔以外を見えないようにするタイプじゃとは…」

その次に告げられたお爺さんの発言で、由里ははっと我に返る。

そう、この培養層はその殆どを透過性の全く存在しない白い特殊金属で作られており、顔の部分だけを丸い透明ガラスで区切ったような形をしている。

で、培養層の中に居るという事は、当然何も身に着けていない。

頬が熱くなる感覚と共に、見えてなくてよかった、という安堵感を同時に感じて由里は俯く。

どうやら、こんな生い立ちであっても『こういう感覚』は知らない内に発達していたらしい。製作されている最中に埋め込まれたのかどうかは分からないが、この『とても人間らしい感情』の基盤を作ってくれた製作者には、素直に感謝したいところだった。

もし知らないままだったら、いつか、とんでもないミスをしていたかもしれないから。

「男の子ならともかく、女の子じゃ拙いでしょうに…とにかく、この子をここから出してあげないとね」

「そうじゃな…よし婆さん、そっちに回ってくれ。儂は後ろのスイッチを担当する」

「それが賢明ですよ…それに、お爺さんが前を担当したら、この子の裸体を目にしてしまうわけですからね―――」

「いちいち言わんとでもわかっとるわい!!んじゃ、始めるぞ!」

「あいよ」

お爺さんが抗議したところにお婆さんが返事を返すや、二人は慣れた手つきで培養槽の解放の手順を踏む。

次の瞬間、培養層の正面が真っ二つに割れ、かすかな粘性のある培養液と共に由里の体が前に倒れた。

次の瞬間、由里の身体はお婆さんの腕の中に抱かれる。

生まれて初めて感じる人のぬくもりの温かさに、思わず涙が出そうになった。

自分以外の人が、今、ここに居る―――それだけで、とても嬉しかった。

続いて、お婆さんの方が『あちらを向かなかったら…』と言うと『わかっとるわい。冗談でも殺されるのはごめんじゃからな』と言って、お爺さんの方が残念そうに向こうを向いた。

もとよりお爺さんは向こうに居るから見えるわけが無いのだが、年には念を入れての事だろう。

「このままじゃ風邪をひいてしまうからね…着替えは…きっとこれだね」

そのまま、近くにたたんであった白を基調とした服に着替えさせられる。因みに、何故か下着まできちんとセットにしてあった。

どうしてそこまで容易が出来ているのかという疑問は、その時は沸いてこなかった。

由里はそのまま一言も発せずに、ただ、何も着ていない自分の身体に服を着せられていくのをぼうっとして見ていた。

時折、お婆さんの手が由里の肌に触れた時、妙なくすぐったさに笑ってしまったが、その時にお婆さんは『おや、ごめんね』と言いながらもてきぱきと着替えを済ませていった。

着替え終わるまで、現実時間にしておおよそ三十秒足らず。

「終わったのか…んじゃ、戻るとするかの」

「そうですねぇ…貴女、走れる?」

走るという事がどういう事かは分かっていたので、お婆さんからの問いに対し、とりあえずこくん、と首を縦に振っておいた。

その直後、着替えた服の上から防寒着を着せられた後に、手を繋いて走る事になった。

二人の手はしわしわだったけど、手袋越しでもとても暖かかった。










「お爺さん!早くしないと!!」

「まあそう急くな。この槍も回収しておかんとな」

そう言ったお爺さんの手には、白銀色の一本の槍が握られていた。

どうしてそんなものがここにあったかなんて、その時の由里には分からなかった。

「これは、世界で唯一人、この子の為に作られた槍じゃからな」

由里に対してお爺さんはそう言ってくれたものの、それでも、目を覚ましたばかりの由里には、その言葉の意味がよく理解できなかった。

因みに、その槍の名前と、生み出された意味を知ったのは、もう少し後の事になる。

それよりも、その時は走ることに夢中だった。

運動すらしたことの無い身体が急な運動についていけず、すぐに息切れを誘発する。

「大丈夫かの!?」

「ああもう、少しペースを落としましょうよお爺さん。やっぱり、生まれたばかりのこの子に走らせるのは酷だったのよ」

「そうは言ってもなぁ…」

お爺さんは顎に手を当てて、ううーん、と考えながらも走る。

「だ、だいじょ…ぶです」

そんな中、切れ切れとはいえ、由里は初めて自分の意思を尊重する。

走るのはとっても辛いけど、だけど、それよりも今は走らないといけない。そんな予感がしたからだ。

「――おや、喋ってくれたよ。可愛い声じゃないか」

「それよりも、今、大丈夫だとは言ったが、どう見ても大丈夫とは思えんわい…やっぱり歩こうかのう…」

「い…いえ…私なら…だい…」

「…どう見ても大丈夫に思えないけど…」

「この子が望むんじゃ…そうするしかないじゃろうっ!!」

くっ、という声と共に、お爺さんとお婆さんは速度を上げた。

初老であるはずなのにここまでの速度を出せるのが不思議だったが、その時の由里は、そんな事を気にしている余裕ではなかった。

荒い息を吐きながら、最後の方は掴んだ両手に体重をかけて、惰性で足を動かしているに等しかった。

転ばなかったのは、奇跡に等しかったであろう。










フライヤーに乗った時、足はがくがくで、満足に立つことも出来なかった。

助手席の後ろの席に座らされて、お爺さんがフライヤーを運転している時には、誰も一言も喋らなかった。

ただ、ぜぇぜぇ、はあはあという息切れが、時折聞こえるのみだった。







やがて、ドーム上の形状をしている、何だかよく分からないところに着いた。

IDカードとかいうもので検問所とかいう所を通過して、研究所よりもはるかに広くて綺麗な一面の景色を目の当たりにする。

その景色に見惚れてぼうっとしていると、お爺さんとお婆さんに手を繋がれて歩く事になった。幸い、フライヤーでの休憩のお陰で足は回復していたから、別段問題も無かった。

やがて、一件の小さな家に到着する。

「ここが儂らの住み所で、お前さんの家となる場所じゃ」

「狭いところだけどね」

お爺さんとお婆さんが口々にそう言って、扉を開いた。

その中は、質素だけれど、人が住んでいるという生命の息吹が確かに感じられる、そんな場所だったというのが第一印象だった。









お風呂に入れられて、今着ている服とはまた違う洗いたての服を着せられ、円卓の形をしたテーブルに座らされて生まれて初めての暖かい食事を与えられても、由里には相変わらず、自分の置かれている立場が分からなかった。

どうしてこうなっているんだろう。と思った。

そして、流れに任せてついついここまで来てしまったが、本当に此れでよかったのかという疑問が今更になって沸いてきた。

もしかしたら目の前のお爺さんとお婆さんが実はとんでもない悪い人なんじゃ―――と思ったが、頭を振ってその考えを打ち消す。

あそこまで真摯な思いで由里の事を連れ出してくれた人が悪いはずは無い―――そう思いたかった。

いずれにせよ、ここまで来てしまったからには、これからの事態の流れに身を任せるしかないと結論付けておいた。

それでも、食事として出てきた具の入っていない粗末なスープはとても美味しくて、あっという間に飲み干してしまったら待ち構えていたかのうにお代わりが出てきた。

由里が食事を終えた頃、二人は改めて円卓の形をしたテーブルの向かい側に座り、由里に対して自己紹介をした。

お爺さんの名前はリース、お婆さんの名前はサフィア。

歳に合わずハイカラな名前じゃが気にしないでくれと、苦笑しながらお爺さんが言った。

お爺さんとお婆さんに名前を紹介された以上、自分の名前も言わなくてはと思って言おうとしたら、続けざまにお婆さんが口を開いたので、言うチャンスを逃してしまった。

ちょっと強引みたいです。と、心の中に留めておいた。

それから二人は、色々な話をしてくれた。

まず最初に話してくれたのは、世界情勢の事。

二十一世紀末に人口問題解決のため、情報制御理論を活用することによって外部環境に影響されず、完全自給自足の生活環境を提供し、一千万人が生活できるドーム型の積層都市『シティ』が世界各地に建造された。

そして、行政単位がシティごとになったことに伴いすべての国家が消滅。

さらに、2186年5月14日、大気制御衛星の暴走事故によって、干ばつ対策用の遮光性の気体が大気中にばら撒かれた。

これによって世界は暗闇に包まれ、エネルギーの90%以上を太陽光発電に頼っていた人類は致命的なダメージを受けた。この事故が引き金となり、第3次世界大戦が勃発。

その最中、とある魔法士の同調能力によって核融合炉が暴走し、アフリカ大陸が世界地図から消えた後に終戦を迎えるが、すでにすべてが手遅れだった。

太陽光が届かず、気温は零下が当たり前となり、残された僅かな地熱発電などを頼り人々は細々と生きていた。

そして今、変わり果てた地球で、人類は滅亡の危機に直面している
―――との事らしい。

難しくてよく分からなかったというのが正直な感想だが、二人は『まあ、ゆっくりと理解するといい』と言ってくれた。

二人がここに住む事になったいきさつも、この世界情勢に流された結果らしい。

そしてこの場所は『シティ』という、情報制御理論を活用することによって維持されるドーム型の積層都市であり、人間が生きる為の最後の砦。

完全な自給自足が可能だが、いつまで持つか分からないとの事らしい。

また、二人の親兄弟や息子夫婦は戦争によって死亡し、さらには残された息子夫婦の孫がついこの前亡くなったとの経緯を、涙ながらに語っていた。

お爺さんもお婆さんも、涙を堪えているというのが目に見えて分かった。

全てを失って途方に暮れていたところに、偶然にも由里を見つけたらしい。加えて、その孫は由里と同い年の、親想いのいい女の子だったとか。

その話を聞き終えた時、知らない内に由里は泣いていた。

目の前の二人を襲った、避けようの無かった不幸。

だけどその時、お婆さんはどこからかハンカチを取り出して、由里の涙を拭いてくれた。

「…ありがとうね…」

お婆さんは一言、そう言ってくれた。

その後ろで、お爺さんが無言で頷いていた。

お婆さんの好意に甘えて涙を拭いてもらっている最中に、ふと、由里はその時点でおかしな事に気がついた。

あの極寒の世界の中、しかも年老いた身でどうしてこんなところに来るのかという疑問が浮かび上がったのだ。

その疑問を目の前の二人に真っ先にぶつけてみたところ、最初に答えたのはお爺さんだった。

「なあに、儂らも若い頃は確かあの辺りで科学者として生きてたのでな。つい懐かしくなってふらっと寄ってしまったのじゃよ」

待ってましたといわんばかりにそんな返答を告げる。

さらに、お婆さんがその話に続くかのように付け加えた。

「本当は二日前から別の所に行こうと思って移動していたんだけど、お爺さんが『研究所があるぞ、寄っていくか』なんていうものだから、あたいもつい懐かしくなって賛同してしまったんだよ。まあ、あたいも昔はシティ・パリで色んな研究をしてきたからねえ」

初老を迎えたお婆さんの身でありながら一人称を『あたい』という人は珍しいなとどうでもいい事を考えながらも、由里はきちんと話を聞いている。

一応念の為に、会話内容はI-ブレインに保管しておいた。

「要するに儂らは似た者同士だったから、こうやって四十年以上も前に結婚出来たのじゃよ、はっはっは」

口を開けて大きく笑うお爺さん。

「おやおや、プロポーズはお爺さんからだったじゃないですか」

「ぬう、あの頃は婆さんが料理が出来ないと知らなかったから、炭素焼き魚なんて食わされた事もあったわい。今思うと、もうちょっと料理の腕を磨いてもらってからプロポーズすれば良かったわい」

「待たれ。何でお爺さんはそんな昔の事を覚えているのさ」

「あの味を忘れる事がどうして出来ようか。のう孫よ」

「え!?え、え?」

いきなり話を振られたものの、今まで傍観者に徹していた由里には、何がなんだか分からない。

そもそも、いきなり孫と言われても何がなんだかといった状態だ。一応、孫という単語の意味事態は知っているのだが。

突如訪れた状況に困惑して首を左右に振りながらも、脳内で必死で答えを探す。

だが、そのすぐ後にお婆さんがフォローしてくれた。

「これこれ、この子を困らせるんじゃないよ。
 全く、お爺さんはいつでも自分の味方を作ろうとするんだから…」

「当たり前じゃ、数の暴力というものはそれだけで脅威となりえるのじゃ」

「その度にお爺さんはあっちこっちで敵と味方を同じくらい作ってきたからねぇ…特に十五年前なんて…」

「待て待て、これ以上儂らなんかの昔話ばっかりしてどうなる。
 この子が…天樹由里がついてこれんではないか」

「おや失礼、そうだったね」

「そ、その前にっ!!
 ど、どうして私の名前を知っているんですか!?」

無意識のうちに、ほぼ反射的に聞き返していた。

由里が由里自身の名前を知っているのは、ひとえに、培養槽の中に居る頃に脳内に詰め込まれた記憶によるものだ。

由里が目覚めた時、あの研究所には誰も居なかったわけだから、名前を知る術なんてそれこそメモ書きかノートくらいか、あの研究所で由里の作成に関わったか…それくらいしかない、そう思っていた。

だが、その考えは、次のお爺さんの発言で打ち消された。

「知ってるも何も、培養槽にでかでかと書かれていたぞ。
 培養槽のガラス部分の一部に貼付けられた表札のような形をした一枚の紙にしっかりと『天樹由里』とな」 

「そ、そうだったんですか…」

妙な脱力感に襲われながら、由里は苦笑いを浮かべた。

「あそこまでしっかりと名前が書かれていたって事は、由里ちゃんはよっぽど作った人に愛されていたんだねぇ。
 しかし、こんな可愛い子を残して、作った人はどこに行ったのかしら…」

「……」

由里は無言で俯いた。

考えてみれば、由里は、自分を作ってくれた人の名前も知らないのだ。無論、脳内にも詰め込まれていない。

「今更そんな事考えても仕方あるまい」

ため息と共に、お爺さんは告げた。

「今大切なのは、これからの由里の生活じゃろ。
 由里はこれから行く当ても無いわけだし、となると、ここで過ごすしかないではないか」

「―――え?」

「分からないのかい?
 あたい達は、由里ちゃんを『家族』として迎えようって思っているんだよ。
 後は、由里ちゃんさえ良ければ…ね」

「そ、それは…」

話が飛びすぎてよく分からないが、落ち着いてまとめてみるとだんだんと理解がまとまってきた。

つまり、この二人は由里を『家族』として迎えようとしているのだ。

『家族』の意味はI−ブレインに詰め込まれているから分かっている。

『血縁集団を基礎とした小規模な共同体、だが、家族は必ずしも血縁関係である必要は無い…』―――という形で答えが出てきた。

要するに、一人ぼっちではなくなる―――という意味に取ればいいと、何故か最後にそう付け加えられていた。

その言葉を信じて、由里は答えた。

「私は―――独りぼっちは嫌です。
 で、でも『家族』になれば、独りぼっちじゃなくなる―――そういう事なんですか?」

「そうだよ」

「そうじゃ」

二人が同時に答えた。

この時、由里の答えは決まった。

















「―――じゃあ、私…『家族』がいい」















お爺さんとお婆さんの顔に、喜びが浮かんだ。










安堵の息を吐いたお爺さんとお婆さんは、胸を撫で下ろした。

「よっし、決まりだね」

「うむ、もし首を横に振られたりなんかしたら、本当にどうしようかと思っとったわい」

腕を組み、冗談なのか本気なのだかよく分からない事を口にするお爺さんの眉間にはしわがよっていた。

「ええと、それですと、私はお二人の事を…うーんと、お父さんとお母さんって呼べばいいのですか?」

「かっかっか、儂はもうお父さんなんて年じゃないわい。
 素直にお爺さんとでも呼んでくれて結構じゃ。そうでないとむずがゆくてたまらん」

それは心の底からの快活な笑い。

「あたいももう立派な婆様だし、お婆さんと呼んでくれる方がいいわねぇ」

お爺さんとは正反対な穏やかな笑みで、お婆さんもそう言ってくれた。

だから、由里ははっきりと答えた。

「分かりましたっ――――――お爺さん、お婆さん











そして世もふけて、暖かい布団にくるまって横になると、急に眠気が襲ってきた。

そんな中、耳には二人の会話が入ってくる。

「あたい達にはもう何も残ってないのかと思ったけど、人生ってのは分からないものですねぇ」

「ああ、全くじゃ。
 だけど、兄貴達も死んでもうたしのう…。
 それで、兄貴達が育てたあの子はどこに居るのやら…」

「確か…今からおおよそ十年くらい前の話で、当時十二歳くらいの子供でしたねぇ。
 名前は確か…」

ヴァーミリオン・CD・ヘイズとか言ったかのう」

「そうそう、そんな感じのハイカラな名前」

「まあ、儂らが人の名前をハイカラなどと言える訳がないのじゃがな。第一『リース』と『サフィア』じゃぞ」

「違いないですねぇ」

二人が苦笑するのが聞こえて、思わず由里も笑ってしまった。

二人の会話に出てきたヘイズという名前がちょっと気になったが、その時はとても眠かった事もあり、眠りに落ちると同時にその思考も暗闇に落ちていった。











それからの生活は、とても楽しかった。









ある日、由里の脳内に埋め込まれた『I−ブレイン』というものの使い方について教えてくれた。

なんでも、物理法則すら操り、まるで魔法のような力を使えるという事。

その事は、決して人前では明かしてはいけないという事。

さらに、使い方によっては、大切なものを守る力にも、大切なものを傷つける力にもなってしまうという事。

そして、その力は、決して悪い事に使ってはいけないこと―――と、強く念を押された。

この力を戦いの事に使った為に戦争が起きた事、そして、あんな悲劇はもう繰り返してはならないという事も言っていた。









またある日は、かつて由里が研究所から連れ出された時にお爺さんが手に持ってきていた白銀の槍を手渡された。

『ゲイヴォルグ』と名づけられたその槍は、この世界でたった一人――天樹由里にしか使いこなせない槍で、『騎士』としての能力を始めとした様々な力を使う際に必要だといわれた。

『身体能力制御』『運動能力制御』『痛覚遮断』―――そして『自己領域』という数々の能力。

分かりやすくいえば『とっても早く動ける能力』と『怪我しても痛くない能力だけど、やっぱり身体には傷が出来ちゃう能力』との事だった。

因みに、お爺さんとお婆さんがどうしてそんな事を知っているのかについて問うてみた所、

「儂らが何年生きたと思うておる。『騎士』の知り合いなどいっぱいおったわ…最も、その内の大半はもうこの世にはおらんがな」

という答えが返ってきた。

「お前さんがその力を使える理由は分からんが、きっと、神様がくれたものなのじゃろう」

「…神様、ですか」

「ああ、普段は何もしないボンクラじゃが、やる時にはやってくれるヤツの事じゃ…百回に一回くらいの確率でな」

「それ、全然ダメじゃないですかっ」

「はっはっは、違いないのう」

「ふふ、全くその通りです…」

当初の目的も忘れて、二人は笑いあった。










人間として『学習』しなくてはいけないと、二人はいつも言っていた。

そんな訳で、ある日には、世界についての勉強を教えてもらった。

またある日には、他人との付き合い方を教えてもらった。

そしてまたある日には、賢い買い物のやり方を教えてもらった。

生きる上で必要なことから、雑学程度にしか役に立たないものまで様々な事を教えてもらった。

お爺さんとお婆さんがその時その時で教師のような役割を担い、時には頭を悩ませながら、時には喜びながら、まるで、本当の学校の生徒と先生のような関係を保ちながら『学習』は進んでいった。

時にはお爺さんやお婆さんの方が失敗したりもしたが、それでも『学習』はとっても楽しくて、嫌だと思ったことは一度も無かった。
なんでも、二人共、若い頃には先生としての仕事もやっていたらしい。

それを聞いた由里は「なるほどなのです」と納得した。

教え方に無駄がなく、かつ、『学習』がつまらないものにならないように配慮された、完璧といえる『学習』だったからだ。












由里が生まれてから、厳密にはお爺さんとお婆さんに出会ってから一年の時が経ち、誕生会が開かれることとなった。

しかし、シティ・ニューデリーで有名なケーキ店は、どれもこれも異常に値段が高いという弱点を併せ持っていたために、お爺さんとお婆さんが買えたのは、小さなショートケーキ三切れ分だった。

お爺さんは「甘いものはあまり好かん。由里だけの分でいいんじゃよ」と言っていたが、由里は「みんなで食べないと嫌ですっ!」と頑強に主張したために、お爺さんとお婆さんはついに折れてしまった。

生活費の事も考えると、止むを得ない選択だったらしい。

それでも、大きな苺ののったショートケーキはとっても美味しくて、家族三人で同時にケーキを一切れ口にして放った第一声が「おや、中々にいけますねぇ」「甘くておいしいです」「こりゃ甘いのう」と、それぞれの個性があるものの、意味的にはほぼ同じものだった。

そして、最後の締めとして、三人が並んで記念写真を撮った。

お爺さん曰く「誕生日には写真を撮るのが兄貴の習慣でな。若い頃なんて散々写真に写らされたわい」と、昔を懐かしみながら言っていた。

そして、由里の見てないところで、撮った写真をロケットペンダントに入るサイズに加工して、

「これが、儂らからのプレゼントじゃ」

それをリボンのついた小箱に入れて、由里にプレゼントしてくれた。

心の中がうきうきしてとっても嬉しい気持ちになり、早速箱を開けてみた。

銀色を基調としたペンダントの蓋を開くと、そこには、笑顔の三人が並んでいた。

一生の宝物にします、と、満面の笑顔で由里は告げた。












悲劇は、ある日、前置きも何も無しで突然にやってきた。

シティ・ニューデリーで過去にあった、何者かの襲撃事件。

平和だった街はたちまちのうちに戦場と化し、軍の人間と何者かの戦闘が始まった。

黒衣に身を包んでいた、何者かの中のリーダー格らしき者が乱射した銃により、逃げる最中にお婆さんは流れ弾を数段浴びてしまった。

反射的に由里が「お婆さんっ!!」と叫んでいたのが聞こえたらしく、お婆さんは由里に笑顔を見せて、そのまま倒れこみ、そして息を引き取った。

お婆さんが死んだ時、心の中が空っぽになったような、そんな感覚を覚えた。

お爺さんが喝を入れて立ち直らせてくれなければ、ショックで呆然としていた由里は、そのまま銃弾を浴びて死んでしまっていたかもしれない。

その時の由里には、自分の能力の使い方というものがよく分からなかった。

戦う為ではなく、専ら生活の為に能力を使っていたから尚更の事だった。

通常の数倍程度の速度しか出せない中途半端な『身体能力制御』と『運動能力制御』により、戦場に横たわるお婆さんの遺体を回収してから逃げるのが精一杯で、お婆さんを殺した傭兵達と戦うなんて事は出来っこなかった。

そして、お爺さんは、戦いにより崩れ落ちてきた建物の瓦礫から由里を庇って下敷きになり、致命傷を負ってしまった。

誰が見ても助かりようの無い事は、明確だった。

「…お爺さんっ!!お爺さんっ!!!」

涙で視界が歪んでも、由里は叫び続けた。

「…く、若いモンにはまだまだ負けんぞとおもっとったが、どうやらこれまでか…がはっ…」

お爺さんが血を吐いた。

血を吐いて、激しく咳き込んだお爺さんは、自分の兄に、そして、自分の事について語ってくれた。

自分には兄夫婦がいて、その夫婦が軍の研究者であった事。

何人もの子供を、研究の名の下に切り刻んできた事。

それが恐ろしくなって逃げ出し、最後に一人の少年との楽しい思い出を作れたこと。

その子供が今は二十三歳になって、生きているという事。

また、兄夫婦が研究者であったが為に、その弟夫婦である自身は魔法士についての知識を持っていた事。

由里の事を見つけたのは偶然ではなく、孫を亡くした数日後に見知らぬ若い人が突然尋ねてきて『あなた達に、亡くなったお孫さんの代わりにといっては何ですが、一人の魔法士を人間として育てて欲しい』と言った事。

半信半疑でその通りにして、教えられた研究所へ言ってみたら、培養層の中で泣いている由里を発見した事。

その時に、自分達の手でこの子を守ろうと決意した事。

由里と過ごした一日一日が、とても幸せだった事。

最後に、とても楽しい思い出が出来た事。

口元を血で赤く染めながら、老後でいつ死ぬか分からなかったとはいえ、こんなに早く死が訪れるとは思わなかった今の現状を笑い飛ばした。

失った孫の代わりに由里が来てくれた時は、まるで、死んだ孫が生き返ってきたようだったようだったと、優しい一年間をありがとう、と、蒼白を通り越して真っ白な顔で、お爺さんはっきりと告げた。

「喋っちゃ駄目!!血が…血が!!」

次から次へと流れ出る涙でぼやけているせいで、お爺さんの顔がよく見えない。

そんな中、お爺さんは由里の制止も聞かずに、

「―――無理じゃよ、最早、儂は助からん。だから、よく聞くんじゃ由里。
 今のこの世の中では、戦う事は絶対に避けられない事じゃ。
 そして、お前が持って生まれたその力は、そこんじょいらの普通の魔法士じゃあ絶対に所持など叶わぬ能力じゃ。
 魔術師メイガス)…それがお前の能力じゃ。
 本来なら書き換え不可能なI−ブレインを後天的に書き換えることの出来る、世界でたった一種類の、天樹の血族のみが持つ能力じゃ。
 お前の能力の詳しい事については、儂の部屋の机の中の小さな金庫に全てが入っている。パスコードは…儂らの大切な孫娘の名じゃ…。
 じゃが、お前には戦いの道など歩んで欲しくなかったから、儂らはその事を黙っていたんじゃ」


次々と、今の今まで黙っていた事を告げる。

この世の者ではなくなる前に、燃え尽きそうな命の炎を燃やして、由里に全てを伝えようとしている。

「そして―――由里は覚えているか?儂らと出合った場所を」

由里は無言で首を縦に振る。

その時、目いっぱいに溜まっていた涙が零れ落ちて、お爺さんの頬に水滴となってぽつりと音をたてる。

直後に、分かったからもうやめて、と言っても、お爺さんは決して口を閉じなかった。

「…実は、あそこにはな…もう一人、魔法士が居たはずなんじゃ…。
 じゃが、先客が居たのか、或いはそいつが自分の意思で目覚めたのか、いくら探しても見当たらなかった。
 そして、その名前はな………」

「――そ、んな…」

お爺さんのその言葉を聞いた時、由里は両手で口を押さえずにはいられなかった。

あの研究所には、由里以外にも、もう一人の魔法士の存在があった事を明かしてくれたのだ。

そしてその魔法士は、由里にとっての―――。

「…………」

もう、何がなんだか分からなかった。

どうしてそんな大切な事を、今の今まで教えてくれなかったのかという疑問も浮かんだ。

だけどそれでも、お爺さんの言う事にはきっちりと耳を傾けていた。

「…を見つけて、二人で絶対に生き延びるんじゃぞ。
 今まで言わなかったのは……の事を言えば、お前は危険を賭してでも探そうとすると思ったからじゃ。
 だから儂らは、今までずっと黙っておったんじゃ…」

「…おじい…さん」

「そして、此れは兄貴の口癖の受け売りじゃが…。
 何が何でも生き続けろ。それで何になるのかは儂にもわからんし、苦しいだけかもしれん。
 この先どんなに頑張っても、いい事なんかひとつも無いかもしれん。
 それでも生きろ。生きて、突っ走って、這い蹲って、そして笑え――――――
って、兄貴はいつも言っていてな。
 儂らが死んだからって、後を追って死ぬなどという事は絶対にするな。お前はまだまだ若い。出来る事がいっぱいある。その可能性をむざむざと摘み取るような真似は絶対にするのではないぞ。
 …はっはっは…兄貴と同じ道など歩きたくないと思っておったんじゃが、結局はこうなってしもうたか…。
 さらば…じゃ…儂らの……かわいい…」

由里、と、最後にかすれた声で一言を漏らした。

それが、遺言になった。

瞳が閉じられて、お爺さんが事切れた。










戦いによって砂埃と火災と崩壊が巻き起こったせいで赤と黒に染まった空を見上げて、天樹由里は泣いた。

あちこちで救助活動と消火活動が行われていたが、由里の耳には何も聞こえなかった。










お爺さんとお婆さん、二人の亡骸を埋葬する場所は、由里が二人と一緒に育ったシティ・ニューデリーにする事にした。

本当なら、お爺さんとお婆さんの生まれ故郷に埋葬したかったのだが、二人がどこで生まれたのかは分からない上に、その年齢を考えると大戦中に滅びたシティの地域の出身の可能性も在りえるという事になってしまう。

大戦終結前のシティの数は総計2048個。そして、今残っているシティの数は六つ。

明らかに、今残っているシティの生まれだと考えるのはとても厳しい。

故に、そんな不確定な情報の元なんかで、二人を埋葬するわけにはいかなかった。

だから、ここを選んだ。








その後、お爺さんに言われたとおりに、お爺さんの部屋の机の中の金庫金庫を開けると、入っていたのは一枚のディスクだった。
それには、由里の能力について事細かく記されていた。

だから、埋葬を終えた後、由里は心に更なる決意を固めた。

あの後、軍の方々から情報を聞き出そうとするもうまくいかず、途方に暮れるしかなかったのだ。

だから決めた。

自分の力で、犯人を探し出して見せると。

お爺さんとお婆さんの命を奪った、憎むべき存在の正体を。









誰もいない我が家に帰ろうとして、もう一度お墓の方を振り向く。

「―――お爺さん、お婆さん…私、やっぱり、行ってきます。
 私みたいな子を、この世に生み出さないようにする為に――――」


そこまで言い切り空を見上げたその時、作り物の青い空がぼやけて見えたことから、自分が泣いていると気づいた。

瞳にいっぱい溜まった涙が、瞳の端から頬を伝って流れ落ちた。

その直後、地面にがっくりと膝をついた由里は、大声で泣き喚いた。

心の内に溜まった『何か』を吐き出しきるまで、ずっと泣き続けた。






























<To Be Contied………>















―【 お ま け の キ ャ ラ ト ー ク 】―










ノーテュエル
「…あれ?今回は由里の回想の中で終わり?」

ゼイネスト
「らしいな」

ノーテュエル
「…尻切れ蜻蛉と言うか、先伸ばしにしておいて期待感を盛り上げる手法を用いたのか…うーんどっちだろ?」

ゼイネスト
「どちらでもいいと思うけどな。
 …でもまあ、これで由里の過去がまた一つ明らかになったわけだ」

ノーテュエル
「…由里も苦労人よね。
 独りぼっちで生まれて、お爺さんとお婆さんに出会って、でも、その二人は謎の組織に殺されて…」

ゼイネスト
「だけどその『謎の組織』とやらの正体は、ここまで読んだ読者ならもう検討がついているだろう。
 そしてこれで、由里が『やつら』を憎む理由が完全にはっきりしたな。確かにこれでは『やつら』を憎むのも当然だろう。
 後は…由里と一緒に作られていたという魔法士…ここまで読んだ読者なら、そいつが誰だか分かるだろうな」

ノーテュエル
「おおーっと!そういう話題は人数を増やしてからやりましょ。
 二人っきりでそんな会話してもいまいち面白くないって私が思うのよ」

ゼイネスト
「ポチっとな」

ノーテュエル
「って、何であんたが召還ボタン押してんのよっ!しかも前振りなしで!!」

ゼイネスト
「たまには『決まりきった役割』に離反した行動を取るのも面白そうだと思ってな。
 さてさて、今回は誰が来てくれるのか…」

ノーテュエル
(いっそとんでもないものが来ちゃえばいいのに…)











レシュレイ
「…ん、ここは?」











ノーテュエル
「ちょ、主人公!!本当にとんでもないのが来たーっ!!」

ゼイネスト
「顔文字は省略か」

ノーテュエル
「あんなのを使用したら白けるからね」

ゼイネスト
「今更って感じだけどな」

レシュレイ
「それはいいが、どうして俺はこんなところに居る?」

ノーテュエル
「あ、ゼイネストがこの『ゲスト召還ボタン』を押したからこうなったの。
 でも、押してみるまで誰が呼ばれるかは分からない訳。
 で、今回はレシュレイが呼び出された訳」

レシュレイ
「また厄介なランダムセレクトだな」

ゼイネスト
「それ以外にも、過去に様々なキャラが呼び出されたぞ。
 リリィだろ、天樹由里だろ、エクイテスだろ…」

レシュレイ
「なっ!!
 に、兄さんがここに来ていたのかっ!?
 しかし、兄さんもお気の毒な事だ…」

ゼイネスト
「いや、そうでもなかった。
 いい感じにノーテュエルに躾をしてくれたからな」

ノーテュエル
「乙女に投げ技を喰らわせる事のどこが躾よっ!!」

ゼイネスト
「これ即ち体罰なり…なんてな」

ノーテュエル
「…ゼイネスト、なんか、最近あんたのキャラが変わってきてない?
 以前だったら、そんな冗談は口にしなかったのに」

ゼイネスト
「お前に鍛えられて、冗談やギャグへの耐久力と適応力が上昇したと言って貰いたいな」

レシュレイ
「…話を戻すぞ。
 とにかく、結論から言うと今回の話は天樹由里の過去の話だったって訳だ」

ノーテュエル
「そうそう。
 あと、つくづく思うけど、由里は本当にオリジナルと正反対の思考の持ち主よね。シティを優先しているんだから」

ゼイネスト
「後は体型もじゃなかったか?」

ノーテュエル
「なるほど、要するにこぶと…」

ゼイネスト
「―――『パニッシャースクライド!』(騎士剣『天王百七十二式』による乱舞技)

ノーテュエル
「うに"ゃ〜〜!!」







レシュレイ
「…全く呆れたものだ。口は災いの元だと、何回やればノーテュエルは学習するんだか…。
 いや、下手をすれば一生無理かもしれないけどな」

ゼイネスト
「激しく同意だ」

ノーテュエル
「同意すなっ!!!」

レシュレイ
「それにノーテュエル、今の発言は冗談と言うには厳しいものがあるぞ。
 寧ろ、喧嘩を売っているのと変わらない。
 この場に本人が居ないとはいえ、少々酷いのは否めないな」

ノーテュエル
「だ、だって〜〜!!
 同じ外見年齢十七歳なのに、私と…バストが11センチも違うんだもの〜〜!!
 悔しいじゃないのよ〜〜!!(ジタバタ)」

ゼイネスト
「当たり前だ。
 そうしなければ、お前の称号が消えてしまう」

ノーテュエル
「…称号って何よ」

ゼイネスト
「ナイムネクイーン」

ノーテュエル
「…自分から死ぬような発言をするなんて…」

レシュレイ
「『狂いし君への厄災バーサーカーディザスター)/RP>』!?
 そして、またそのパターンかっ!!
 怒ったら即座に暴走するってのは良くない事だと思うんだがこの暴走娘は!!」

ゼイネスト
「はいはい(プスッ)」

ノーテュエル
「はう!!(バタッ)」

レシュレイ
「な、何を注射したんだ!?」

ゼイネスト
「麻酔だ。
 相手を傷つけないで眠らせるには、こいつが一番だからな」

レシュレイ
(…魔法士に麻酔って効く…のか?)

ゼイネスト
「さて、話を戻して…。
 いずれにせよ、あのお二方…リースとサフィアか…実に惜しい人を亡くした」

ゼイネスト
「…そして、この話は次の話に繋がっていくのだろうな。
 ん?今回はやけに展開がすっきりしていていいな。やはりノーテュエルが眠っているせいか」

レシュレイ
「彼女は普段が普段だからな。
 …あ、一応予告しておくと、次回の副題は―――『決意と繋がり』だそうだ」

ゼイネスト
「なるほど。
 …こうなると、まだまだ新キャラの掘り下げが続きそうだな」

レシュレイ
「その中にうまい事旧キャラも話に関わってくるから、見逃してほしくないところだな。
 …しかし、唐突だが、ここで一つ思ったことがあったんだ」

ゼイネスト
「何だ?言ってみろ」

レシュレイ
「…ん、なんと言うか…。
 お前と俺、発言が似ているから、もし同じ場所で遭遇したら、どっちがどっちだが分からなくなって来るんじゃないか?」

ゼイネスト
「…む、それは否定できないな。俺としても、その点については少々だが同意だ。
 だが、俺は基本的には淡々としか喋らんし、君は結構感情的になって話すところがあるから、それで区別がつくと思うぞ」

レシュレイ
「っと、今、相違点を一つ発見出来たぞ。
 他人を呼ぶ際に『お前』と『君』の違いがあるみたいだ」

ゼイネスト
「なるほど、そうなれば悩む必要は無いな。
 そして、今回はそろそろお開きの時間のようだ」

レシュレイ
「そうか…。
 じゃあ、今回はこの辺で失礼させてもらう。そろそろ夕食を作らないといけないんだ」

ゼイネスト
「ああなるほど、セリシアは料理がダメだったんだな。
 さようなら友よ。次は、君の彼女共々呼び出せるようにしてみたいものだ」

レシュレイ
「偶然の産物に頼らないと無理な話だろうけどな」

ゼイネスト
「違いない」

レシュレイ
「それでは、今度こそ失礼するぞ」

ゼイネスト
「ああ、またな…。
 さて、俺も落ちるとしよう」








一人残されたノーテュエル
「…うう〜ん、そんなに食べきれないってば〜〜」
(特大のチョコレートケーキを食べている夢を見ている)























<こっちもTo Be Contied〜>




















(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>





天樹由里という一人の少女の支えとなってくれたのは、たった一組の夫婦でした。
そして、その大切なものを奪われたからこそ、由里は戦うんです。
全ては、仇を討つために。


さぁて、どんどん各々のキャラの過去とかが明らかになってまいりました。
で、次のお話は所謂後編のようなものだと思ってくれれば結構です。
由里の過去を知ったシャロンの心の中に生まれたものは――――――。



それでは、短いですけど此れで。


○本作執筆中のお供
ワカメスープ。







<作者様サイト>
Moonlight butterfly


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