FINAL JUDGMENT
〜決意と繋がり〜






























――――I−ブレインを通して全てを語り終え、由里は大きくため息をついた。

(『同調』解除)

シャロンのI−ブレインが確かにそう告げ、刹那の間にシャロンの思考が現実に引き戻される。

今までの映像を見ていた時は、まるで、映画に夢中になっていて周りが全く見えてなかったような、そんな感じだった。

因みに、シャロンの『同調能力』こと『慈愛の天使ラーズエンジェル)/RP>』は、医療目的に特化した同調能力の特殊系であり、相手を取り込む能力は三流以下なので、そんな感じにはなれないのである。

実際、傷の手当てをしている最中は『同調支配下の制約』なんて関係なしに相手が動けるところを何度も目撃しているし、自分が治療している間はどんな感じなのかという感想も、かつては生きていた二人組みに聞いてあるから分かりきっている。

由里がどうして『同調能力』を使えるかは定かではないが、おそらく、彼女も何らかの形で『同調能力』が使える類の魔法士なのだろう。

事実、『天使』と『双剣使い』の能力を同時に使用できる魔法士の少女の事を聞いた事があるからだ―――実際にその子とは会った事は無いけれど。

そしてシャロンは、無言で全てを受け止めた。

とても悲しいお話だった。

否、お話ではなく、これは『事実』だ。

全ては現実に起こった事であり、最早改変など不可能な『過去』なのだから。

時間に換算するとおおよそ数分程度しか経っていないように感じた。

本当の『天使』なら、四年半分の記憶を一秒にも満たない僅かな時間で伝えることが可能なはずなのだが、その作業に数分かかるという事は、由里の能力は『同調能力』に特化したものではないということだろう。

…だが、問題はそこではない。

「…これで、終わりだけど…ちゃんと、全部見えた?」

静かな声で由里が聞いてきた。

だが、シャロンは答えなかった。

俯き、由里と目を合わせないようにする。

「ええっと、あれ…シャロンちゃん?」

「…どうして」

「…え?」

「…どうしてなの」

そして、俯いたまま小さく呟いた。

「な、何がですかっ?」

一瞬、予想外のシャロンの行動に慌てふためく由里を前にして、

「―――どうしてこんな事、私に見せてくれたなの!?」

顔を上げて、シャロンが叫んだ。

僅かな怒りと憤りを含んだその顔は、涙に濡れていた。

肺に溜まった空気を一遍に吐き出して、今度は由里の顔を真っ向から睨みつける。

くりくりした大きい瞳では、睨んでもあまり怖くないかもしれないと思いながらも、それでも、睨みつけずにはいられなかった。

「―――由里さんと私は、会ってからまだ少ししか経っていないなの!!
 そして、今見せてくれた事は、由里さんにとっては、とっても大切な事の筈なのに!!
 どうしてそんな大切な事を、こうも簡単に私なんかに見せる事が出来るなの!!」

「シャロン…ちゃん?」

「分からないなの!!
 どうしてそうやって、簡単に他人を信用できるなの?
 人の心なんて分からないもので、今回は私だったから良かったけど、もしこれが、人を騙すことになんの―――」

「それは違いますっ!!」

「っ!」

突如、声をあげて由里が叫んだ。

いきなりの行動に、シャロンは言おうとしていた言葉を飲み込んでしまう。

「…あ、ご、ごめんねっ」

はっ、と我に返り、申し訳無さそうな顔をする由里。どうやら、感情に任せて叫んでしまった事を反省しているようだ。

「いいなの。最初に言ったのは私なのだから」

それを見てしまっては、シャロンも謝らないわけにはいかない。

事の始まりを作ってしまった身として、小声で謝罪の言葉を述べた。

「…お互い、謝ってばっかりですね。何してるんだろ、私達」

ふう、と軽く息を吐いて、穏やかな顔で由里は告げた。

「憎いわけでもないのに言い争って、二人してお互いに譲るような形になっちゃって…なんだか馬鹿みたい」

「…ほんとに、馬鹿みたいなの」

「あ、そこでそんな事言いますか?」

「他の人が言わなくても、私は言うなの」

「…ふふ、そういう回答って、ほんとにシャロンちゃんらしいです。
 それに、さっきの話だけど…どうして、私がこの事を、私の過去をシャロンちゃんに話したかなんだけど―――」

ごくり、と唾を飲み込み、反射的に身構えてしまうシャロン。

別に悪い事を言われるとかそういうわけではないはずなのだが、どうしても身構えてしまう。

どうにもこういった『真相に近づく』とか『気持ちを真っ直ぐに伝えられる』という系列にあたる行動に弱いという己の欠点を、シャロンは今更ながらに自覚した。

思えば、ゼイネストが生きていた頃、中々告白できなかったのもそのせいなのだろう。返答が怖くてついつい先延ばしにしてしまっていて、結果的にゼイネストが死んだ時になってやっと想いを伝える事が出来たものの、ゼイネストはもうこの世界にはいない。

それはある意味、勇気を振り絞る事の出来なかったシャロンの落ち度だったのかもしれない―――今更そう思っても遅いという事は十分に分かっているのだけれど。

「…シャロンちゃんが、私にとって信じるに値する人だと思ったから―――それじゃ、駄目なんですか?」

「―――え」

一瞬、何を言われたか分からなかった。

シャロンが信じるに値する、と言われた。

確かにシャロンは、自分で言うのもなんだが真っ直ぐで正直な性格で、嘘をつこうとしてもつけない性格だ。

しかしそれは、由里はこのたったの十数日間でそれを分かったという事になる。

困惑するシャロンをよそに、由里は続ける。

「さっきの件で分かったと思ったけど、私は『同調能力』が使えるんです。
 その理由は後で話すから、今は黙って私の話を聞いて欲しいんです」 

言われたとおり、シャロンは黙りこくっておく。

「…じゃあ聞くけど…シャロンちゃんは、私が嫌い?」

シャロンは無言で首を横に振る。

「じゃあ、どうして今も、私と一緒に居てくれるの?
 『賢人会議』の件だって、私は協力する・しないもシャロンちゃんの自由で、もし協力しなくてもそれはそれで構わないって言ったよね。
 でも、シャロンちゃんは嫌な顔一つしないで協力するって言ってくれた…それはどうして?」

「…」

ちょっとだけ返答に詰まったが、何とか答える。

「それは…やっぱり、由里さんが助けられなかった子供達のような犠牲者を、これ以上出したくなかったからなの。
 それと…今のお話を聞いたから言えることなんだけど…由里さんのお爺さんやお婆さんみたいな人も、これ以上出しちゃいけない…そう思ったなの」

それは、心の中で素直に思った、嘘のない感想だ。

「――うん、今のシャロンちゃんの顔を見てれば、それが嘘じゃないって事は分かります。
 そして、これが、私がシャロンちゃんを助けた最大の理由ですけど―――、




 …一人ぼっちの子を助けるのに、理由は必要なの?

「―――それは」

「私は、それに対しての理由なんて必要ないと思います。
 理屈じゃなく―――です」

「由里さんも…独りぼっちになっちゃったからなの?」

「―――きっと、そうなのかもしれないです。
 お爺さんとお婆さんが居なくなってからは、ずっと独りぼっちだった。
 でも、一人ぼっちの子ができるという事を防ぐのは難しいことだけど、こんな悲しみを背負う子を一人でも減らすことは出来るって思いました。
 その最初の一人目が、シャロンちゃんだったんです」

「そう―――だったなの」

やや呆けがちに、シャロンは答えた。

自分が、目の前の少女が最初に助けた独り者だと思うと、嬉しいようなそうでないような複雑な気持ちになる。

「…だけど、シャロンちゃん、たまにとっても暗い顔をしてるです」

「…っ!」

それは、シャロン自身が薄々と感づいていた事。

深い思考に陥ると、その内容が内容だけに、どうしても暗い顔になってしまう。

一度、鏡の前で思考に陥り、そして顔を上げて、鏡に映った自分の顔を見てみたが…正直言って、かなりひどいものだった。

そして、次に由里が告げた言葉は、まさに図星だった。

「私の前では明るく振舞おうって思っているみたいだけど、やっぱり、たまに暗い顔しちゃってる。
 今日のお墓参りの途中でもそうだった。
 これだけ一緒に居るのに、何か、まだ心を閉ざしている部分がある―――そんな感じがしたの。
 だから、私から心を開いてみようって思ったの。
 きっかけは何でもいいから、とにかく動こうって。
 私に協力してもらうって言ってもらった以上、シャロンちゃんの事をもっと知らないといけないって、そう思ったの。
 何より、この十一日間、私はシャロンちゃんと一緒に過ごしてきた。
 だけど、考えてみたら、私はシャロンちゃんの事を知らなすぎる事に気づいたの。
 …シャロンちゃんは言ったわよね。『もう一つの賢人会議』で作られて、『堕天使の呼び声コール・オブ・ルシファー)/RP>』っていう能力を埋め込まれたって。
 でも、シャロンちゃんはそれ以上の事は言わなかったし、その時は私も聞こうとは思わなかった。
 その内に聞こう聞こうと思っていたんだけど、シャロンちゃんの笑顔を見ていたら、中々聞く気になれなかった。
 私なんかが、シャロンちゃんに深入りして、あるかもしれない心の傷を抉り出すわけにはいかないって思ったから。
 ―――だから、さっきも言ったとおり、私の事から知ってもらおうって思ったの」

由里の言葉が、シャロンの心に突き刺さる。

シャロン自身、暗い顔をしているという事に気がついていた。

だから、無理矢理の笑顔で誤魔化していたのだ。

だけど、目の前でその事実を告げられると、いかに自分の行動が他人の目から見て普通と違うと悟られるものなんだという事が理解できた。

それだけ、今のシャロンは周りに対して気を使えなかったというのが明らかになったわけである。

(そう…いえば)

ふと考えてみて―――気づいた。

シャロン自身、周りの人間の事を本当に考えていたのか、という事に、だ。

かつて『堕天使の呼び声』の能力の内容が判明した時に、シャロンは自分勝手な行動に出ようとした。

その場に居合わせた四人に諭されたにも関わらず、話し合いの余地を設けず、戦闘を開始した。

邪魔をしてほしくなかったから、邪魔をした人達を退けてでも、思ったがままを実行に移そうとした。

戦闘を嫌っていたシャロンが、自ら戦闘を引き起こしたという矛盾。

だが結果、シャロンは四人との戦いに負けて説得されて、過ちを犯す一歩手前で踏みとどまることが出来た。

その後は一人の少女を庇い、そのまま四人の前から姿を消した。

つまるところシャロンは後先も考えずに行動を起こし、結果、四人に対して未だに連絡の一つすら取れていないという事になる。

―――きっと今頃、心配しているだろう。

そして同時に心の中に湧き上がるのは、嫌悪感と罪悪感。

(私、何してるなの…)

ふと、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

こうして考えてみると、嫌でもわかる。

―――シャロンには『他人を信じる』という配慮が欠けていたという事に。

だから、ノーテュエルとゼイネストが『狂いし君への厄災』や『殺戮者の起動』のせいで、陰ながら戦闘していたとしてもそれに気づけなかったのかもしれない。

自分さえ良ければいいなんて、絶対に思いたくない。

「…」

そこまで考えて、馬鹿な自分を呪い殺したくなった。

何でなんだろう。

戦いが終わって、今更になって過去の事を後悔している。

戦闘中という異常な状態が引き起こしてしまった、変えようのない事実。

どうして自分は、こうなってしまったのだろう、と―――。

「シャロンちゃん!!」

「…分かってるなの。
 きっと、ううん…今の私は、物凄く暗い顔をしているって言うのが、嫌でも分かるなの。
 他ならない、自分の事だからなの。
 …由里さんには話しましたよね。私と戦った、四人の魔法士の事を」

「あ、うん。
 シャロンちゃんを止める為に戦う事になった人達の事でしょ」

「…あの時は、『堕天使の呼び声』っていう『力』を手に入れた事でタガが外れて、私は暴走していたなの。
 この世界が憎かったなの。理不尽な世界に納得がいってなかったの。
 だから変えようと思った。誰も変えようとしないなら、私が変えてみようって。普段は考えないような事の筈なのに、その時には、実行に移そうって思えちゃったなの。
 それで『戦い』が終わってみんなに諭されて、今、やっとゆっくりと考える時間が出来て、深く考えてみると―――私、なんであんな事したんだろうって思うなの」

「…だから、そんな暗い顔をしてたんですか…」

「でも、そのせいで、由里さんにいらない迷惑までかけちゃって…私は…」

段々と、言葉が小さくなっていってしまう。

申し訳ないという気持ちだけで、心が埋め尽くされていく。

流石にそれを見かねたのか、由里が口を開いた。

「…それだったら、尚更、シャロンちゃんにお願いする事があるわ。
 シャロンちゃんが今までどうやって生きてきたのか、それを教えて欲しいの。だって、そうすれば、シャロンちゃんからも心を開けたって事になると思うもの。
 …あ、けど、それを思い出すのが辛すぎるって言うんなら、やっぱり言わなくていいです」

言葉の最初の方は普通の表情で、最後の方は申し訳なさそうな表情に変えて告げた。

言っている途中で、シャロンに無理強いをして言わせるのは拙いとでも思ったのだろう。

「…っ」

シャロンは考え込んだ。

確かに、由里にはノーテュエルやゼイネストの事を話していない。

何より、話したくなかった。

何も出来ない無力な自分の前で死んでいった二人の事を軽々しく話す権利なんてあるわけないと、そう思うことで自分を納得させていた。

…でも、そんなのはただの逃げ口上だった。

シャロンが知っている限りノーテュエルとゼイネストの事を知っているのは、シャロンとクラウとイントルーダー、後は、シティ・モスクワの件でお世話になった天樹錬くらいのものだ。

そして今、ここに居るのはシャロンただ一人。

クラウもイントルーダーも、自分が生きているという事は知らないだろう。加えて、シャロンとしても二人に連絡を取れる術がない。

おそらくは『もう一つの賢人会議』か、ノーテュエルとゼイネストが死んでしまったあの場所にいるのではないかと思われるが、これはあくまでも予想であって、確定事項にはなりえない。

そして、かつて協力した天樹錬に至っては、どこにいるかすら分からない。

…こうしてみると、シャロンは、特定の人以外との繋がりがあまりにも少なすぎたことに今更ながらに気がついた。まあ、この特殊すぎる生い立ちでは、ある意味では仕方がないのかもしれないが。

だが、それ以外にももう一つの問題がある。

今、由里は彼女自身の過去の話について語ってくれた。

ならばシャロンも、自分の事を話さなくてはならないだろう。

由里は無理して話さなくてもいいと言ってくれたが、それでも、今まで他人とのコミュニケーションというか繋がりがあまりにも少なすぎたシャロンにとっては、これは逆にチャンスなのでは?と思ったのだ。

自分の事を誰かに知ってもらいたいのは、由里もシャロンも一緒なのだろう。

…しかし、いざ話そうと思ったところで、どこまで話したらいいのかが分からなくなる。

無論、全てを洗いざらい話せれば苦労はない。

だが、人は誰しも他人に言いたくないことを持っている。

何より、シャロンは「こういうこと」を試みるのが初めてだった。そのせいで、言いたくないことまでつい口にしてしまう可能性も考えられる。

生まれ持っていて、ノーテュエルやゼイネストによく指摘された『嘘のつけない性格』の事もあり、尚の事だ。

さらに今、由里は彼女自身の過去について触れたわけだから、その内容により場の空気が重たいものとなっていることも否めない。

シャロンの過去の話もまた、内容的には由里の話とそうそう変わらないのだ。

ここでそんな話をしてしまえば、ただでさえ重たい場の空気がどんなものになってしまうかなんて、想像すら出来ない。

だから、考えた。

由里を待たせないためにも、I−ブレインによる高速思考を展開。

様々な意見が脳内に浮かび上がり、試行錯誤を繰り返した末に、一つの答えを出した。

「…うん、だけど、もうちょっとだけ時間が欲しいなの。
 その時になったら絶対に話すから、もうちょっとだけ待ってなの」

「…そう、なんですか」

由里は少し残念そうな顔をしていたが、

「…絶対、お願いね」

結果、シャロンを信頼するという判断を下してくれたようだ。

「はい、約束は守るなの」

だから、凛とした表情で返事を返しておいた。

これは守らなくてはいけない約束。と心に強く書き留めて。












「…後、申し訳ないけれど、聞きたい事はまだあるなの」

シャロンにはまだ、由里が見せてくれた回想の中で一つだけ疑問に残っていた点があった。

ある程度はどういう答えが返ってくるかは予測できたのだが、それでも、質問せずにはいられらなかった。

「…なぁに?」

和らいだ口調で由里が答える。だが、シャロンにはその笑顔がちょっと痛かった。

何故なら、これから聞くことは触れてはいけない事かもしれないし、由里が嘗て負った傷口を、また開いてしまうことになるかもしれないという懸念があったからだ。

だけど、それでも、聞かずにはいられなかった。

天樹由里という、一人の少女の事を、もっと知っておきたいと思ったから。

「――由里さんのお爺さんとお婆さんが死ぬ原因になってしまったその戦いを引き起こした『元凶』の名前は、分からないなの?」

「ううん、今でははっきりとしてます」

「…まさか、それって『賢人会議』なの?」

期待半分、不安半分といった気持ちでおそるおそる聞いてみると、

「―――当たりです。
 でも、私が『賢人会議』を憎んでいる事からすれば、結構簡単に推測できたことかもしれないですけどね」

見事に当たりを引いたことを、由里が証明してくれた。

正直、薄々と気づいていた事だった。

由里があそこまで『賢人会議』を憎むのは、子供達の件以外にも何かがあるかもしれないと、そう思っていたからこの問いをぶつけたのだ。

「…じゃ、じゃあ、どうしてそれが分かったなの?
 少なくとも、さっき見せてくれた回想の中には、そんなシーンは無かったなの」

「―――あの時、軍の人達は、突然の災厄の来訪者達に対しては『我々にもわからない、正体不明のテトリストだ』って言っていた。
 もちろん、みんなして納得いかなくて引き下がったけど、それでも、軍の人達はそれ以上の事を言わなかった」

「それじゃあ…」

「…いいえ、軍の連中は、本当はテロリストの正体を知ってたのよ。
 ただ、混乱を防ぐ為に、その事実を隠蔽していたみたい」

「…機密主義…軍のやりそうな事なの」

はあ、と、シャロンの口からため息が一つ。

「それが分かったのは、前に話した、孤児院の子供達が虐殺された時の事になります。
 子供達の埋葬を終えた時、知らない誰かに声を掛けられたんです。
 その人は軍の関係者らしいけど、他の軍の人間と違って、事の真相を話してくれたのです。
 あの襲撃の犯人の名前が『賢人会議』だと告げ、その背後関係やマザーコアの事についても教えてくれました。
 その時になって初めて、マザーコアの事について初めて知りました。
 マザーコアについては、お爺さんやお婆さんも話してくれなかったんです…いえ、きっと話せなかったんでしょう。
 その理由は私を怯えさせたくなかったからだと、そう思うのです」

「…そうだと思うなの。
 もし、私がお爺さんやお婆さんの立場にあったとしても、きっとそうしたなの。
 そして、出来る事ならそんな事を知って欲しくないとも思ったなの」

「うん…でも、私としては教えてくれたほうが良かったかもしれないです。
 だって、私だって魔法士だから、いつ、危険が迫ったっておかしくないと思うからです。
 …あ、話の続きにいきますね」

話が少しだけ脱線したのを和らいだ表情で誤魔化した後に、一呼吸おいてから由里は続けた。

「何故話してくれたかを問うと「『賢人会議』の被害者には、その真相を知る権利がある」と、至極真っ当な理由が返ってきたんです。
 この時、『賢人会議』への憎しみが力となり、私に一つの決意をさせた。
 憎しみが新たな憎しみを生む連鎖なんて良くないと頭では分かっていても、心がどうしてもそれを納得できなかったんです。
 だから、私はお爺さんとお婆さんに誓いました。
 『賢人会議』による犠牲者を、これ以上出さないという事を」

「…その、誓いの言葉は」

「…ちょっとした叫びになってしまいますけど、よろしいですか?」

シャロンは無言で、それでいて強く頷いた。

それを見た由里も頷き返し、口を開く。

次に放たれた由里の言葉は、確かな怒りを孕んでいた。













―――この時、由里は思い出していた。

作り物の青い空を見上げて、誰にともなく由里は言い放った叫びを。

それが今、再び由里の口から語られる。














「…私は『賢人会議』を絶対に否定する。
 このまま『賢人会議』を放っておいたら、きっとまた、同じような悲劇が繰り返されると思うから!!
 『賢人会議』が矛盾と独善と偽善とひらきなおりに満ちあふれている反社会的行為を平然と行うテロリストであるというだけで、私にとっては戦う理由になる!
 だけど、それより何よりも許せないのは…前にも言ったように、罪も何も無い無邪気な子供達の命を、そして、私を育ててくれたお爺ちゃんとお婆ちゃんの命を奪った事!
 そしてこれは、私に限ったことじゃない。
 この前のシティ・メルボルンの『賢人会議』の襲撃のせいで、親を失った子供は沢山居る。
 逆に、愛する子供を失ったお父さんやお母さんだって居る。
 このままじゃ、あの子達だけじゃなくて、私のお爺さんやお婆さんみたいな被害者が、そして、私みたいな子が絶対に出てきてしまう。
 だけど、それを知っても尚『賢人会議』は己の活動を止めようとはしない。それどころか、寧ろ活発化すらしてる。
 あれだけの被害と悲劇の先にあっても、尚、強情かつ傲慢に己の道を歩もうとする。
 ――――なら、私は、それを全力で止めるだけなんですっ!!
  沢山の命を殺して、人々を生かす為のマザーコア用の魔法士を生かす―――そんな勝手極まりない意思がこの世界で横行していい訳が無いんですから―――っ!!」










―――その台詞に、少女の意思が集約されていたのを、シャロンは確かに感じ取った。









「…あ」

小さな声が漏れて、たった今、思いのたけを叫んだ由里の瞳に涙が溜まる。

「っく…ひ…っく…」

止まる事を知らない涙が、瞳の端から少しずつ流れてくる。

「あ…また涙が…やっぱり私、この話をするのは辛いです…」

「…由里さん」

「寂しかった…それに、すごく、すごく怖かった。
 目が覚めたら誰も居なくって、私は一人ぼっちで培養層の中に浮いていた。
 お爺さんとお婆さんが居なかったら、きっと、今頃私はここにこうしていられなかったかもしれない。
 世界のどこかで、一人寂しく死んでいたかもしれない。そして、ルーエルテスさんにも会えていなかったかもしれない。
 知って欲しかったの…私が今まで、誰に支えられて生きてきたかって事を。
 だって、そうしないと私、誰の記憶にも残る事が出来ないから」

自分の心の内を、涙ながらに由里は語る。

その細い肩が、かすかに震えていた。

それを聞いた時、はっ、とシャロンは息を呑んだ。

そう、それこそまさに『本当の死』になるのではないのか。

いつか、どこかで聞いた言葉が脳裏に蘇る。

『本当の死』とは、肉体的な死を表す事ではない。人の記憶から消え去ってしまう事こそ『本当の死』なのだ。

ノーテュエルとゼイネストが居なくなったしまった時、それでもシャロンにはまだ、クラウとイントルーダーという『覚えてくれる人』がいた。

だが、由里は違う。

由里が死んでしまえば、誰も由里の事を知る人が居なくなってしまうのだ。そう、誰かの記憶に『天樹由里』という一人の少女の事が記憶に残る前に、だ。

その発言から、彼女の気持ちは痛いほど分かった。

シャロンもまた、ゼイネストとノーテュエルという二人の仲間を一気に失って独りぼっちになって、泣いた。

クラウやイントルーダーが来てくれなかったら、どうなっていたかすら分からない。

その時、シャロンは気づいたのだ。

―――目の前の少女が、ある意味で自分と似たような境遇にあることに。

なら、今の自分に出来る事があるという事を、シャロンは確信した。

だから、行動にうつした。

ぽん、と、シャロンは由里の頭に手を置いたのだ。

「…あ」

「…泣きたかったら、泣いてもいいと思います。
 由里さんは今まで独りぼっちだったけど、これからは違うなの。これからは、私がいるなの。
 だから―――いっしょに頑張りましょうなの」

その言葉を合図に、何かの引き金が引かれた音が聞こえた気がした。

「シャロンちゃんっ……私、わたしっ…」

その時になって、由里の体が動いた。

次の瞬間には、シャロンに抱きつく形になって――、

「――ふ…う…う…わああああぁぁぁぁぁぁんっ!!」

ぶわっ、と泣き出してしまった。

自分より年上の少女が、自分の胸で泣いている。否、それは外見だけの話。

外見こそ自分より年上だが、先天性魔法士であるが故に、外見と中身の年齢はかみ合わない。

そして、回想の中で『二年前のお話』とあった事から、今の由里の年齢が分かる――即ち二歳だという事だ。

その二歳と言う実年齢は、シャロンとほぼ変わらぬ年齢だ。

そしてシャロンは、由里と同じような痛みを持っている。

だから、かつてクラウやイントルーダーがしてくれたように、この子をなだめてあげればいい。

そして、悲しみを一緒に背負ってあげればいい。

そう決意した時には、体が動いていた。

シャロンはその細い腕で、自分より背の高い少女の体を、優しく抱きしめていた。

細い腕の中に抱きしめた一人の少女の身体は、思っていたよりもずっと小さく感じた。

その内に、心の中に何かがこみ上げてきて、シャロンの瞳の端からも涙が流れてきた。

だから、シャロンも泣いた。

とても、静かに泣いた。















「最後に一つだけ…聞かせて欲しいなの」

胸の内に込みあがっていた悲しいという気持ちが消え去って泣き止み、その内に由里の嗚咽が収まってきた事を察したシャロンは、静かな声で告げた。

「ん?…なあに」

由里の顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、それでも、シャロンの質問に答えようとして鼻をすする

「由里さんは…由里さんを作ってくれた人には会いたいなの?
 きっといろいろあったとして、由里さんに名前も告げずに姿を消しちゃったとしても、それでも会いたいって思うなの?」

一秒の間を開けてから、凛とした表情で由里は告げた。

「…当たり前です。
 そして、もしその時があったら、きっと…ううん、絶対にこう言うと思うです」















「――――私を放っておいて今まで何処に行っていたの―――だけど、作ってくれてありがとう…って」
















それは、言いたい事が板ばさみになってしまった少女の心。

姿を消した製造者に対する文句と感謝。

「――はい、いつか言えるといいなの」

「それと同時に『賢人会議』も成敗しなくちゃいけないし、やる事はまだまだあります。
 たった一度きりの私の人生だもの。悔いの残らないような人生にしないといけないのです」

「その意気なの」

「うん、これからもよろしくね。シャロンちゃん」















まだ涙の後の残った顔で、二人の少女は互いに顔を見合わせて笑顔を浮かべた。






























<To Be Contied………>















―【 おまけどころじゃない存在感になっちゃってるらしいキャラトーク 】―










ノーテュエル
「前後編となったこの二話で、由里の過去の話が大分語られたわね。
 独りぼっちとなってしまった二人が、やっとスタートを切ったって所かな」

ゼイネスト
「…だが、まだ分かってない事は結構あるぞ」

ノーテュエル
「え?」

ゼイネスト
「由里の本当の親の件もそうだが、由里が持つ能力の事だ。
 回想で『魔術師』と言われていたが、だったら『既存の能力の劣化複製品』な能力をどこで身につけたんだ?
 そもそも『同調能力』を使っていたが、その出所も明かしていないぞ」

ノーテュエル
「ううーん…確かに謎よね。
 もし、気絶しているシャロンから得た能力だったら、オリジナルっていうかシャロン同様に『治癒』に特化しちゃう筈だから、通常の『同調能力』みたいな使い方は不可能な筈なのよね…」

ゼイネスト
「さて、これでまた新たな伏線が残ったな。
 しかしこの物語は、どれだけの伏線を張る心算なんだ?
 張りまくった伏線を回収しきれなくなったら、どこぞの漫画みたいな終わりかたになってしまうぞ」

ノーテュエル
「…『張りまくった伏線を回収しきれないまま終わった漫画』ね…。
 ―――って、考えてみたら該当作品がありすぎるわよ。それ」

ゼイネスト
「…ま、そう難しく考えないで、例えだと思っておけ」

ノーテュエル
「そーするわ。
 …んじゃ、今回はこれ以上は語るのも何だし、ちょうど、三分前にお湯を入れたシーフードヌードルが出来上がる頃だし――召還ボタン、発動っ!!

ゼイネスト
「…お前は水面下でいつの間にカップ麺作ってたんだよ」

ノーテュエル
「細かい事なんて気にしないの。
 さぁーて、今回は誰が来るのかな〜〜(ズルズル)←(麺をすする音)」












アルテナ
「こんにちは―――そして、初めまして」











ノーテュエル
「ぶ――っ!!!」

ゼイネスト
「シーフードヌードルを吹くな―――っ!!」

ノーテュエル
「う〜っ!!げほげほっ!!む、むせった〜〜!!」

アルテナ
「…なんですか?このいきなりの破天荒は?」

ゼイネスト
「…いや、ノーテュエルを初めて見たっていうのに、慌てる事無く冷静に反応してる貴女も凄いと思うが」

アルテナ
「ふふ、そうかな?
 これでも結構長い事生きてるから、そうそう簡単には驚きません。
 あ、でも年齢を模索するのはやめてくださいね」

ゼイネスト
「外見年齢だけなら本編にも記載されていたんだが…まあ、仰せの通り、それ以上を聞くのはご法度という事ですか…」

アルテナ
「そう、それが懸命な判断よ。ゼイネスト」

ノーテュエル
「そ、それよりも…。
 何で今回は貴女なのよ…」

ゼイネスト
「そんなの決まってる…ただの運だろ」

アルテナ
「全ては偶然の産物、神の悪戯。
 この世におけるあらゆる森羅万象は、全てが偶然で成り立っているものだから…こうかな?」

ゼイネスト
「偶然で全てが片付く――――か。
 ある意味では、それが最善の処世術なのかもしれないけどな」

ノーテュエル
「間違いなく賛否両論を呼びそうな処世術だけ…げほげほ!!」

アルテナ
「…ノーテュエルってしょっちゅう怒ってる気がするけど、そうなの?」

ゼイネスト
「何故『しょっちゅう』だと分かるのですか!?
 …まあ、正解ですが」

アルテナ
「過去ログ…というより過去文章を調べれば分かる事ですから」

ノーテュエル
「過去ログって何よー!!」

ゼイネスト
「なら、試してみようか…。
 さて、ここでいきなりクイズですが…ノーテュエルがむせった回数は?」

アルテナ
「今回を含めて三回みたいね」

ゼイネスト
「正解」

ノーテュエル
「――勝手にクイズにするなぁっ!!そして覚えるな!!忘れろ―――っ!!」

アルテナ
「そんな事言っても、事実は事実じゃないの」

ノーテュエル
「いや確かにそうなんだけど…くぅ〜っ、こういうタイプは初めてだわっ!どー対処すればいいのよ!!」

ゼイネスト
「おお、あのノーテュエルが押されている…何と見事なやりこめ方だ。
 …なんか、俺達の事を知った上での対策を練ったような気すらする」

ノーテュエル
「って、さっきのクイズにはあんたが発端でしょっ!!」

ゼイネスト
「おおそうだった(棒読み)
 いや、まさか正解を叩き出されるとは思わなかったのでな」

アルテナ
「こういう時に備えての下調べってのは、地味なようで重要な要素なのですよ。
 後は、相手を知っておくというのも重要です。
 例えるなら…えーと、これを言っていいかどうかは分かりませんが…設定集を見る限り、本作に登場した中で、二番目にスタイルに恵まれないのがノーテュエ…」

ノーテュエル
(…ぴきっ)

ゼイネスト
「って、それを言うのはダブーだっ!!」

アルテナ
「え、ええっ!?
 だって、いろいろな所でこの話が出てるから、公認された話だと思ったのに?」

ゼイネスト
「確かに事実だが、それはあくまでもネタとして出てるだけだ!!
 当の本人は至って認めてないわけであって…」

ノーテュエル
むき―――――――――――――――っ!!
 …さぁて、お仕置きが必要なようね…」

ゼイネスト
「…ほら来た」

アルテナ
「…えと、もしかしなくても、これが過去に何回か出てきた狂いし君への厄災バーサーカーディザスター)/RP>だったりします!?」

ゼイネスト
「悲しい事に、もしかしなくても正解です」

アルテナ
「ご、ごめんねっ!!
 まさか、こうなるなんて思わなかったから…」

ノーテュエル
「今更謝っても遅いわよ!!」

アルテナ
「…く〜っ」

ノーテュエル
「眠っても遅いわよ!!ってか狸寝入りするな!!」

アルテナ
「ふわ〜ん」

ノーテュエル
「泣いても遅い!ていうか嘘泣きじゃないの!!
 ああもういいかげんにしなさ…」

アルテナ
「じゃあ、このデコレーションチョコレートケーキあげます…」

ノーテュエル
「そんなデコレーションチョコレートケーキで……許してあげましょ(通常時に戻る)。
 …ん〜っ、甘くておいしい〜っ」

ゼイネスト
―――うぉいっ!!(思わず空ツッコミ)」








アルテナ
「…ふぅ、あらかじめ設定集を読んで覚えておいてよかったわ」

ゼイネスト
「しかし食い物に釣られるとは、いかにもノーテュエルらしいな」

アルテナ
「ノーテュエルみたいなタイプは、得てして甘いものに弱かったりもするから。
 で、そろそろ次回予告をする時間帯みたい」

ゼイネスト
「おおっと、いつの間にこんな時間に…。
 では、今日は貴女がどうぞ」

アルテナ
「分かりましたー。
 んん〜と、次のお話は…『豪快な隊商』―――。
 あ、今度はあたし達のお話みたいです」

ゼイネスト
「またいきなり舞台が変わるな…。
 まあ、一つの物語にこれだけの人数が盛り込まれているんだから、無理もないのかもしれないけどな。
 それに、新キャラ達のさらなる掘り下げもまだまだ続くだろうし」

アルテナ
「そういう事になりますね。
 それでは皆様、今回はこの編で――。
 さて、あたしも帰りましょう」

ゼイネスト
「お気をつけて」























<こっちもTo Be Contied〜>




















(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>





…この話を経て、二人の絆が深まりました。
科学によって生み出された魔法士が、生みの親の愛という物を知らないのは仕方の無い事だと思います。
だから、育ての親が愛を注いであげなければならない。
そして、由里はその親に恵まれた子で、そして、誰よりも大切なものを奪われた。
故に彼女は憎むのです―――『賢人会議』を。


もう気づいている方も多いでしょうけど、他の作家様の作品ですと、『賢人会議』…実質はサクラが主人公orどっちかっていうとヒーローポジションを持っている作品が多いようですけど、本作は『賢人会議』を『悪』という立場で扱っておりますので。





では。











○本作執筆中のBGM
セーラー服と機関銃(長澤まさみVer)







<作者様サイト>
Moonlight butterfly


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