FINAL JUDGMENT
〜とても大切な日〜























シティの光学迷彩による作り物の朝の日差しが、カーテンの隙間から僅かに差し込む。

その眩しさが、目覚めを告げる合図だ。

少しだけ頭がぼーっとするが、顔でも洗えばすぐに目が覚めるだろう。と考え、黒髪の少年―――天樹論は目を覚まし、眠たげな目をこすりながらむくりと起き上がった。

時間は有限なのだから、少しでも有効活用しなくてはならない。

秒刻みの人生を送ろうというような固い考えはないが、それでも、だらだらと無意義に過ごす人生など御免である。故に、朝はきっちりと起きねばならないと常日頃から心がけているのだ。









カーテンを開けると、シティ・メルボルンの中にある、大小様々な家が目に入る。

「…今日も、外はいい天気だな…」

変わらぬ景色に、ほんの少しの安堵を覚えた。

この世界が刻々と秒刻みで変わっていって少しも留まらない、時が来れば、目を開ければ崩壊が直ぐそこまで迫っていてもおかしくないのだから。

色も形も様々な建物。一つの建物は何かの職業を営んでいる家で、また別の建物は、普通の『一般人』が住まう家。

彼らが、彼女らが、つまるところは老若男女が、どう考えて生きているかは人それぞれ。

一度きりしかない人生を、好きに過ごすか、誰かに敷かれたレールの上を歩んでいくのか。それはその人それぞれで、正しい答えなんて無い。

だから論も、この『天樹論』として生まれた人生を、悔いの無いものにしたいな、と思っていた。












脳内時計を起動すると『2196年11月1日−7:10:23』と告げられた。

態々秒数まで告げてくれなくてもいいんじゃないかと一瞬だけ思ったが、まあ、それは生まれながらにしての付き合いも当然の脳内時計の事だ。

故に何度も思った事だから、今ではもうどうでもいいことになっている。





















―――だが次の瞬間、I−ブレインがいつもは告げない言葉を告げた。




















『―――おはようございます。マスター…本日は、あなたの二度目の誕生日です』




















「…………何?」

―――朝っぱらから、予想外のいきなりの出来事に驚かされる羽目になった。

そのお陰で、まだ多少寝ぼけていた脳が一気に覚醒した。例えるなら、まさに寝耳に水という諺が最もしっくり来るだろう。

脳内に突然響いた予期せぬ声に、正直『なんだこれは』と思った。

『あなたの二度目の誕生日です』…I−ブレインは確かにそう告げた。

論自身、自分のI−ブレインにこんな事を言うようなプログラムなんぞ仕込んだ覚えは無い。それに、いくら『魔術師』とはいえ、I−ブレインの根本的なプログラムを書き換えるのは不可能だ。能力追加とは訳が違う。

少しの思考の後、おそらくこれは、論を作り上げた科学者が埋め込んでくれた能力なんじゃないかという結論に達する。それ以外の可能性は導こうにも導ける確証が無い為だ。

誕生日、という単語についての意味は知っていたが、いざいきなり誕生日といわれても実感がわかないのだが、それは紛れも無くここにある現実であり、逃避するわけにはいかないのが実状だ。

「…今日は、そんな日だったってことか?」

口から出たのは、ちょっと間抜けなその一言。

この状況について物凄く釈然としないが、認めざるを得ない…そんな思いが発せさせたのかもしれない。

事実、脳内のログをあさってみたところ『I−ブレイン初起動、2196/11/1』という結果が返ってきたからだ。つまり、論が生まれるのと同時にI−ブレインは本格的な稼動を開始したという事になる。

言いやすくまとめてみると、論の誕生日と同時に稼動したという事になる。

「――誕生日、か」

ベッドに腰掛けて、ふぅ、と軽い溜息を吐いた論は天井を見上げる。

強化カーボンの白い天井はいつ見ても無機質で飾り気が無いけれど、逆にそれがいいのかもしれない。たかだか天井にそんな豪勢な仕掛けは要らないし、あったらあったで眩しかったり気になったりして眠れないかもしれない。

(そんなもの、オレに何の意味をもたらしてくれるかなんて分からなかったから、本当に気にかけてなんていなかった。あの時は自分の命を守るのに精一杯で、そんな事の意味を知ろうとする暇すらなかったからな)

過去の出来事が脳裏をよぎる。それらは全て真実だ。

論は生まれてからすぐに、戦う事に全てを費やした。

気がつけば培養層の中で目覚めていて、外に出たら何故か様々な組織から命を狙われた。

負ければ殺されるから、負ければ捕らえられるから戦った。

力の無い小市民を虐殺する事などとは絶対に比べる事の出来ない、生きる為の戦い。

その時は、何故狙われるのかなんて分からなかった。

理由を理解しないまま、己の命を守りたい為にただ戦った。

何人斬り捨てたか。何人殺したか。そんなもの、いちいち覚えてなどいない。

生まれてからすぐに培養槽の外に出された論は、生きる為に必要な最低限の知識と、様々な戦闘技術を脳内に叩き込んでから外に出た。

培養槽の中に居た時もそれなりの知識を与えられており、普通の人間として過ごす事は簡単だった。

戦い始めてから何ヶ月かが経過して、ついに戦いを乗り越えた。

誰も論の事を狙わなくなり、論はやっとの思いで、一息の安息を得る事が出来た。

その後に、生まれて初めて、天樹錬の事を知った。論が狙われる理由の一つが論の容姿にあった事を理解したのだ。

『天樹錬』に瓜二つのその容姿は、『力』を欲した者達のエゴの対象にされていたのだ。

自分がこんな目に遭わなければならなかった理由と、自分が命を狙われなくてはならなかった理由も、その時に理解した。

―――だが、今となってはそれはもういい。

過ぎ去った事をいつまでも気にするほど、未練がましい性格はしていない。

最も、全てがそういうわけにはいかず、その『過ぎ去った事』次第では、いつまでも引きずる事があるのだが…今思い出してしまうとまた『立ち止まってしまう』ので、敢えてその過去の事を考えるという思考をカットする。

(…と、今日は診療所でのお手伝いは休みだったな)

ふと、昨日、バイト先の診療所で院長に言われた事を思い出した。『今日』が休日だ―――と。

因みにこのバイトでの内訳だが、論は専ら受付、或いは外に並ぶ患者の列整理がメインの仕事である。

ヒナが来てからというもの、妙なまでに客が増えたと院長は言っていた。

その理由はこの病院の規律にあり、清潔さという概念に基づいて白衣を着なくてはならない。そして、この病院では、バイトとてその例外ではない。

まあ…とどのつまり、白衣を着ているヒナの姿を一目みたいと思っているお客が大半を占めているのだろう。で、その結果、論が「列を乱すな!並べって!並べッ!」と、お客をなだめる羽目になる。無論、ブーイングが飛んでくる日も勿論ある。

しかし事実、論から見ても、白衣を着たヒナに目を奪われたのは事実だった。

なんていっていいか分からないから、だた一言で言うなら―――きれいだ―――という感想になる。

…こうしてみると、人間とは己の欲望に忠実ものなんだろうという事を再認識せずにはいられない。

(って、そんな事考えてる場合じゃないな)

そろそろ朝食が出来上がる時間だ。

あまりにも遅いと、ヒナが迎えに来る可能性がある。

それはそれで悪くないのだが、論としては、自分のほうからヒナを迎えに行きたいという気もちがあった。











着替え終わった論は自室の扉を開けて、白い廊下を一歩一歩踏みしめる。

その顔には、微かな笑顔が浮かんでいた。

今日やるべき事も、もう決めてあった。















途中でヒナの部屋に寄り、そして顔を洗った後に、ヒナを連れて朝食へと向かった。

今日のメニューはフレンチトーストとサラダとスープ。朝食の定番だった。











そして、望む望まないに関わらず時は訪れる。

「…なあみんな、突然で悪いんだが…」

朝食の片づけが終わったのを見計らってから、論はみんなをテーブルに集めてから、静かな口調で話を切り出し始めた。

「実は…」

「実は?」

頭に疑問符を浮かべたヒナが聞き返してきた。

一瞬、言うべきじゃないかもと迷ったが、それでも、一度決心した事を諦める事もできず、論は心を落ち着かせて一声。

「今日という日は、オレが生まれてから丁度二年だって、I−ブレインがの中の脳内時計が告げた…自分でも信じられないけど、どうやら、今日はオレの誕生日だったみたいなんだ」

…正直【やぶから棒】ということわざがあるが、いくらなんでもこれは突拍子が過ぎるんじゃないかと、論は自分でそう思っていた。自分でも未だに詳しい状況が掴めていない…というより実感がないのだ。

「…なあ論、なんでそんな大事な事を、今まで黙ってたんだ」

事実を告げた後に、返ってきたのはレシュレイの返答だった。その口調に少々だが強さがある。

論の心の中に、諦めの感情が揺らいだ。考えてみればあまりにもいきなりすぎる発言だ。寧ろ飽きられても仕方がないのかもしれない。

「やっぱり、いきなりすぎ…」

「いや、違う。
 何も怒ってる訳じゃない。事前に言ってくれれば、準備しようと思えば準備できたんだ。
 誕生日ってのは大事な日なんだ。ましてや、それがこの家に住む人間の事ならな…。
 しかし、それは本当なのか?少なくとも、わざわざ誕生日を告げるI−ブレインなんて俺は聞いた事が無いぞ」

少し諦めた感じで告げられた論の言葉を途中で切り、レシュレイは今度は少し優しい口調でそう告げた。

「…そ、そうか。なら良かった。
 でも、オレに言われても困る。実際、I−ブレインがいきなり『今日は誕生日だ』って告げたんだ。もちろん、オレはそんなプログラムなんて知らない。
 正直、オレ自身が一番驚いているような、そんな状態なんだ」

「…まあ、論が嘘をつくような奴じゃないってのはこの数日で分かったことだから、今言ってる事も嘘じゃないと信じてるけど」

信頼を含んだレシュレイの言葉。

「論さん、今日のバイトはお休みでしたよね?」

「ん?そうだが」

少しの間を置いてから放たれたセリシアの問いに答える論。それを聞いて右手の拳で左手の掌をぽん、と叩くレシュレイ。

「なら、丁度いいじゃないか。
 父さん、今日って何か予定って入ってたっけ?」

「いや、特に何もないぜ。でも、何でそんな事…って、ああなるほど、ど、そういう事か」

レシュレイが何をいいたいかを途中で理解したラジエルトは、右手で拳を作り、それを左手の掌にぽん、と乗せた。

こうしてみると、人間と魔法士の間には血のつながりなんてものは存在しないけど、こういうところはやっぱり親子である証だというのを認識させられる。

「んじゃま、ケーキを準備しないといけねぇな…というわけで論、好きなケーキ買ってきたらどうだ?」

「ケーキ?」

論の人生の中では、あまり聞いた事の無い言葉だった。

一応その「ケーキ」とやらに聞き覚えはあるけれど、如何せん今までそれとは無縁の生活を送ってきた訳だから、論にとってケーキの認知度が低いのは無理も無いのかもしれない。

それ故に、ケーキを買ってきて何をするのかも分からない。

答えの見えない論が少しばかり考え込むと、それを察したらしいヒナが横から付け加えた。

「…もしかして、お誕生会を開こうとしてるんですか?」

「正解です、ヒナちゃん。ヒナちゃんの言うとおり、論さんのお誕生日会を開くんですよ」

満面の笑みを浮かべたセリシアは、明るめの口調でそう告げた。













【 + + + + + + + + + 】
















「論の誕生日なんだから論が食べたいケーキを買ってくればいい。そんなに堅く考える必要も無いと思うしな」

と、レシュレイはそう言ってくれた。

「だが、わざわざオレの為にそんな事をしてくれなくても…」

「そんな事言わないで。誕生日っていうのは、論さんが生まれた大切な日の事なのに、その日を無下にしちゃだめ。
 論さんをこの世に生み出してくれた人に感謝しなくちゃいけないし、論さんが今まで生きて来れたっていう証明にもなる日なんですからね」

ちょっとだけ頬を膨らませたセリシアが、そう言っていた。

「…そんな事言われても、オレはどうすればいいんだ? さっきも言ったかもしれないけど、その『誕生日』とやらをやるのは初めてなんだが…」

「論さんは何もしなくていいんです。全てわたし達に任せて下さい。
 あ、でも、どのケーキが食べたいかは、論さんがちゃんと選ばないと駄目ですよ」

で、今度はにっこりと明るい笑みを浮かべる。

ついこの間まではあれだけ悪夢にうなされていたのに、表情がころころと変わるなぁ、と、心のどこかで思ったりもした。

「論の誕生日…だったら、わたしだって祝いたいって思いますよ」

ヒナもまた、論の誕生日を喜んでいる。

「ケーキか…思えば、そんなものを食べた事は無かったな。
 ん?そういえばヒナはケーキって食べた事があるのか?」

「え?わたしですか?」

次の瞬間、ヒナの顔が少しだけ暗くなった。

「…過去に一度だけ、お誕生日の日の朝に、部屋の中に大きな箱が置いてあった事があります。
 それで、蓋を開けるとその中には大きなチョコレートデコレーションケーキが入っていたんです。
 同封されたカードには『ハッピーバースデー』と書かれていて、その後に『一人で全部食べていい』って書いてありました。
 だけど、そのケーキは食欲の無かったその時のわたしにとってはとても大きかったので、何日間もかけてやっと食べきる事が出来ました。
 その時は、こんな大きなケーキを誰が持ってきてたのかなって思ったんですけど、今ならその人が誰だか分かります」

最後に消え入りそうな声で「そう、今なら」と再び呟いてから、俯いたヒナはそれっきり黙り込んでしまった。

(…ああ、なるほど、そういう事か)

その理由を、論は一瞬で察した。

ヒナがこんな暗い顔を見せるのは、とある一人の人物の事を思い出した時の証だ。

命の灯火が残り少ないと知り、ヒナを守る為に、ヒナの事が大好きだったが為に、本心を抑えて敢えて嫌われて、己の死後もヒナが悲しまなくてすむようにしていた少女。

「…そうだな。そんな事が出来るのは、あいつ以外に居ないよな。
 っと、さて!こんなところで立ち止まっていても仕方が無いし、早く用事を済ませて帰るとするか」

「…はいっ!」

ヒナの顔に、ぱあっと花が咲いた。











二人で並んで歩いているその時に、論は一度だけ作り物の青空を見上げて、心の中だけで呟いた。

(――お前はやっぱり『姉』だったんだな。シュベール…











『賢人会議』の襲撃事件から、おおよそ二十日間が過ぎた。

シティ・メルボルンの街は少しずつ活気を取り戻しているが、それでも以前のような街に戻るにはまだまだ先の事だろう。また、運良く被害を逃れた店も少なからず存在し、その店は今の状況下であっても普通に商売をしている。その中にケーキ屋があったのは幸いとしか言いようが無い。

「…これはまた、派手だな」

「…そう、ですね」

目的地であるケーキ屋に到着した時、二人は少なからず唖然とした。

まず最初にやたらと派手な外装が目に入る。

絵に描かれたケーキの看板もあれば『恋人同士の甘い夜のお供に!』などといった文章が書かれたプラカードもある。

ゴテゴテな文章に対してため息を一つ吐いた後に自動ドアをくぐると、外の空気とは一転して、あるいはこの外装にしてこの内装ありとも呼べるであろうファンシーな内装が目に入り、次いで甘い匂いが鼻をくすぐる。

店員が着ている服は鮮やかな色を主軸にした可愛らしい制服で、雑貨屋やデパートの従業員が着ていた派手さのない制服とはまるで違う。辺り一面には色とりどりのケーキ、ケーキ、ケーキ。

まるでそこだけが、世界から隔離された楽園のような場所だった。

ガラス製のショーウィンドウを眺めると、本当に色々なケーキがある事に改めて気づかされる。

ショートケーキとかエクレアとかモンブランとかガトーショコラとかチーズケーキとか、聞いてるだけで甘ったるい気分にさせてくれるメニュー。その全てが、手のひらに乗りそうな大きさだった。

「…ケーキって、こんなに種類があったのか」

「わたしも、これだけたくさんの種類のケーキを見るのは初めてです」

その発言にケーキ屋の店員がちょっとだけ首を傾げたが、事情を知らないが故に無理も無い行動だっただろう。

論もヒナも、普通の人間とはかけ離れた日常を送ってきた身だ。故に、普通の子が知らない事を知っているし、その逆のケースもまた存在する。

だが、カウンターの前でそれを口にする事は憚られた。

店員は人間。そして論とヒナは魔法士。

双方ともこの世に生きる人間で、その違いはたった一点『I−ブレインを持っているか』だけだ。

しかし、そのたった一点が、人間と魔法士を分ける決定的な事実になってしまう。

(…やめた)

そこまで考えて、論は思考を中断させた。こんな事、ケーキ屋のカウンター前で考えるような事じゃない。

だから、口から出たのは次のような言葉だった。

「…オレさ、意外と甘い物が好きなんだよ。なんでか分からないけど。
 だから、なるべく甘いほうがいいんだけどな」

「…そうなると、モンブランあたりはパス、って事になりますね。
 ううーん、そうなるとどれにしましょうか…」

眉をよせて、むぅ、と考え込むヒナ。生まれ持った癖なのか、ヒナは考え込むときはいつもそういう顔をする。

論はそんなヒナの顔を見慣れているはずなのに、いつもいつも、その仕草がかわいらしく見える。

棚から牡丹餅みたいな出来事とはいえ、こんな可愛い彼女を手に入れてしまった自分は他の人より幸せなのではないのかと考える事が稀にある。

そしてその度に、ヒナを守り続けてきた『彼女』に、心の中で静かに感謝する。

…『彼女』のお墓は作ったものの、まだ『本当のお墓の墓参り』には至っていない。だけど、いつか、出来る事なら近いうちに、絶対に『シュベールにとっての本当の妹』のお墓の近くに彼女を安らかに眠らせたいと論は思っていた。

―――尚、今の論には予測すらついていない事ではあるが、二人はその地で、論によく似た人物達とひと悶着起こってしまう。最も、それはまた別のお話なのだけれど…。













【 + + + + + + + + + 】
















「じゃあ、これなんかどうですか?」

「ん?どれどれ」

ヒナが指差した先には、チョコレートケーキ。それも、スポンジにもチョコが染み込んでいるタイプだ。

論はしばし考え…てはみたものの、ヒナの案に反対する理由も無い事にすぐに気づき、

「…じゃあ、それにするか」

笑顔で返答する。

ヒナの顔に明るい笑顔が浮かんだのを、論は確かに見届けた。

その後『論とおそろいがいいの』と言って、ヒナも論と同じケーキを選んだ。












「ご注文の品は以上で?」

「はい、以上です」

店員からの質問にヒナが答えると、店員はなれた手つきで五つのケーキを白い紙製の箱にかさばらないようにして入れていく。論がケーキの取っ手を持ち、二人で手を繋いで並んでケーキ屋を出た。

店を出る際に、後ろの方から何か声が聞こえた気がしたが、敢えて聞かなかったことにした。

『兄妹かな?』

『違うわよ、きっと恋人同士でしょ』

『似合ってたよねー』

『うんうん、似合ってたー」

『ちょっと、声が大きいわよ、聞こえちゃうじゃない』

『あ、そっか…いけないいけない。
 さぁて、仕事仕事…』

…こんな言葉が聞こえたなんて、論は断じて認めたくなかった。

ちなみに、レシュレイ・セリシア・ラジエルトの三人の分も買ってくることにしたのは他ならぬ論自身である。ついでだから買ってくることにしたのだ。

店を出ると、その目線の先に広まるのはいつもの光景。

『賢人会議』によって壊された、シティ・メルボルン。

しかし、それでも尚、諦めずに復興に全力を注ぐ壊れた街。

だがその速度は非常に遅く、シティ・メルボルンが元通りの姿を取り戻すには、きっと膨大な時間が要るだろう。

―――だけど、今、この時だけは、そんな事なんて忘れたかった。













【 + + + + + + + + + 】
















「ただいま」

「戻りましたー」

論とヒナが、見慣れた玄関に入ると同時に挨拶をする。

「おかえり」

「おかえりなさい」

「よっ、帰ったか」

レシュレイ・セリシア・ラジエルトによる『おかえりなさい』の挨拶。

居間のあちこちには色とりどりの紙製の飾りがちりばめられており、その中央には大きな白い紙。

書かれた文字は「Happy birthday Ron」である。

論とヒナがケーキを買いにいっている間に、三人が準備をしていたというのが一目でわかった。

そう考えると、論の胸のうちに何かがこみ上げる。

この家に居候も同様の形で居る自分達に対してこれだけの事をやってくれる人間が、今のこの世界にどれだけ居るだろうか。

「よし、俺の分は此れで終わりか。セリシアは?」

「あ、こっちの準備はこれで終わったわ」

レシュレイからの質問に対し笑顔で答えるセリシア。

「綺麗な飾りですね」

まるでクリスマスツリーに飾られたような飾りを見て、ヒナの目が僅かにきらきらと輝いている。

「俺達は誕生日ってのを聞くと、その度にこうやって準備するんだ…まあ、一番張り切るのは父さんなんだけどな。
 なんでも、誕生日は盛大に祝うものだって親から学んだ。とか言ってたな…ほら、あそこ」

そう言って、レシュレイはラジエルトの方を指差す。

見れば、ラジエルトはいまだに飾りのあちこちに細かい細工をしている。此方を振り向く様子も無いその姿は、まさに一心不乱という四字熟語で全てを表せるだろう。

ぱっと見では分からないが、その細かい細工一つあるかないかで、全体の雰囲気がかなり変わるケースもある。ラジエルトがやろうとしている事はそういうことなのだ。
















夕ご飯を終えて、十分な休憩を取った後に、論の誕生日会は開催された。

脳内時計が『19:24:53』を告げた。

ケーキに立てられた蝋燭は…2本だった。

論の生まれてからの実年齢を考えれば至極当然の事なのだが、どことなく釈然としないのは気のせいではないだろう。

因みに論の外見年齢はこの日を持って17歳になったが、流石にショートサイズのケーキに蝋燭を17本も刺したら拙いだろう。あらゆる意味で。














部屋の電気を消すと、蝋燭の小さな明かりだけが部屋の中を微かに照らす。

少し息を吹きかければ消えてしまう小さな輝きは、儚いからこそ美しい…最も、これは花火に対する意見に酷似しているかもしれないけれど。

「で、後は誰かが『お誕生日おめでとう』と切り出す事で、みんなが後に続くんだ」

と、何も見えない中でラジエルトの声。

「――それじゃあ、その言葉はわたしに言わせてください」

薄暗闇の中からは、それに返答した様子のヒナの声。

一瞬の間を置いた後に、それは告げられた。














「ハッピーバースデー…論」














「…ああ!」

論はすぅ、と少しだけ息を吸い込み、蝋燭へと軽く息を吹きかける。

二本の蝋燭に灯された小さな炎は一瞬の間を置いてその明るさを失い、後には、黒くなった蝋燭の先端と、一筋の白い煙が残された。

色々な声が混じった、わあー、という歓声と共に拍手が巻き起こる。

「…じゃ、電気を点けるぞ」

ラジエルトの声が告げられた次の瞬間、居間に白色の蛍光灯の光が戻る。

暗闇は人口の光に照らされて掻き消えて、次の瞬間には元通りの部屋の風景。

そして、それぞれに分けられたケーキを食す時が来た。

因みに、世の中にはケーキが食べたいが為に誕生会を開く輩も一部にいるらしいが、この場に居る五人に関してはそれは当てはまらない。

フォークで刺したその一切れを口元に運ぶと、ふんわりしたスポンジの感覚と、クリームのほどよい甘ったるさが口いっぱいに広がった。

この世に生を受けてから生後二年ほどしか経過していない論が初めて体験したケーキの味。

「なかなかだな」

瞳を伏せ、笑顔を浮かべるレシュレイ。

「んー、あま〜い」

頬を押さえて、幸せそうな顔をするセリシア。

「お、こんな状況下でもあの店の味はかわらねーな。いやいや、潰れてなくてありがたかったぜほんと」

休む間もなくフォークを動かし、年甲斐もなくケーキにがっつくラジエルト。ちなみに後に分かった事だが、レシュレイやセリシアよりもラジエルトの方が甘いもの好きだとか。

「論?おいしい?」

「ああ、勿論だ。
 で、そういうヒナはどうなんだ?」

「わたしも、このケーキはとってもおいしい!」

セリシアと同じくらい、或いはそれ以上に無垢な笑顔を浮かべるヒナ。

そんな顔を見ていると、自然と論も笑顔になれた。













「―――みんな、聞いてくれ」

そんな中、ケーキを食べる手を一旦止め、論は立ち上がった。

四人の視線が集中する中、論はきりっとした目つきでしっかりと口を開く。

「こういう事は始めてだから、うまく言えないかもしれない。だけど、それでも、今日、オレの為にここまでしてくれたみんなに…言いたい事があるんだ」

ここで一息ついた後、論は、ゆっくりとそれを口にした。

論自身には実感こそなかっただろうけど、17歳の年相応の笑顔を浮かべて。


















「―――みんな、ありがとう」















―――後に、論は思う。

あの時が、生まれて初めて、心の底からの笑顔を浮かべる事が出来たんだと。
















四人からは、心からの笑顔と、たくさんの拍手が返ってきた―――。















<To Be Contied………>















―【 おまけどころじゃない存在感になっちゃってるらしいキャラトーク 】―










ノーテュエル
「誕生日か…いいよね、こういうの。
 命が生まれた日を祝ってくれる人が居るって事は幸せなんだと思うわ」

ゼイネスト
「うむ、それに関しては同感だ。
 それと、前回の話がああいう話だったから、今回は一気に趣向を変えてのこういった話の展開に来たわけだ」

ノーテュエル
「まあそれもあながち外れては無いと思うけどね。戦闘の合間にこういうシーンを挟まないといけないって、前作で学んだからね〜。
 と、そういえばゼイネスト、私達の場合って、三人で誕生日パーティやってたんだよね」

ゼイネスト
「ああ。裏でやってたさ。結局DTR本編じゃ見れなかったシーンなんだがな。といっても別にボツったわけじゃなく、ただ単に流れの都合上で登場させれなかっただけらしい」

ノーテュエル
「回想シーンでいいからやってくれないかしら?」

ゼイネスト
「可能性としては無くはないな…。それに、万が一更新が遅れそうになったら凌ぎに使えるだろうし」

ノーテュエル
「いいのかそれでっ!
 …んー、そういえば今日のゲストは誰かな?」
(ぽちっ)














ブリード
「お、俺がこんな形で此処に来るのは久しぶりだな」












ノーテュエル
「あ、ブリードじゃん。
 今回は珍しく結構まともなのが出てきてくれたわね」

ゼイネスト
「いつものメンツを考えれば、そういう意見に達するのも無理はないだろうな」

ブリード
「最近は俺も出番が少なくてよー。困っちまうぜ」

ノーテュエル
「…ブリード、なんかあんた、ちょっとフラックな口調になってない?」

ブリード
「いんや、どうやらこれが俺の本来の口調らしいぜ。
 なんていうか、作者曰く『テイルズオブエターニアのリッド=ハーシェルみたいな口調と性格にしてみたかった』ってことらしいしな。
 で、ここまで来て、やっとこの口調に落ち着いた訳だ。
 ってかイメージ声優もリッド(石田彰)じゃねーか」

ノーテュエル
「ミリルの方も少し変わったわよね。なんていうか、ちょっと元気な娘の喋り方って感じ」

ブリード
「前のままだとセリシアあたりと被るからな。
 それに、今のミリルには自信がある。やればできるっていう自身がな」

ゼイネスト
「流石彼氏だな。よく分かってる」

ブリード
「かっ…彼氏だなんて照れるぜー」

ノーテュエル
「うわ、ホントにキャラが確立してる」

ゼイネスト
「でもまあ、ノーテュエルが一番キャラ確立してるんじゃないかと俺は思うけどな。
 しょっぱなからお転婆ナイチt…げふげふ」

ノーテュエル
「…今どこからかものすっごく不快な発言が聞こえそうになったんだけど」

ゼイネスト
「い、いや、何でもない」

ブリード
(はーん、なるほど、そういう事ね)











ブリード
「んで、俺とミリルは過去に論と手合わせした身でもあるんだけどよ…論の奴、随分と柔らかくなったじゃねぇか」

ノーテュエル
「そーよねー。
 あ、七祈さん曰く、論は『二重人格の第一人者』だそうよ」

ゼイネスト
「何時の間にそうなったんだ…。
 ま、確かに、錬やブリードらと戦う前と戦った後じゃ、全然性格が違うよな。戦いの前はまさに七夜志貴だったが、戦いの後は本当に錬に近い性格になったって感じだ」

ブリード
「まあ、今の性格の方がいいっちゃあいいんだけどな。つーか、前の性格のままだったらヒナが泣くだろ」

ゼイネスト
「…否定できん」

ノーテュエル
「もしヒナがそれを見たら『論がぐれちゃった〜』って感じになりそうね(苦笑)」

ゼイネスト
「それもまた否定できないな」

ブリード
「見てみてーけどやめておくべきだよな。やっぱ」

ノーテュエル
「脳内保管で留めておいたほうがいいと思うわよ」










ブリード
「んで、他になんか語りたい事あるか?」

ゼイネスト
「今回は特にはないな。寧ろ続きが気になる」

ノーテュエル
「うん、この後どういう流れになるんだろうね。ホント」

ブリード
「それはその時のお楽しみ…ってヤツなんだろ。
 さてと、んじゃ、そろそろお開きか?」

ノーテュエル
「そうね」

ゼイネスト
「うむ、平和なうちに〆ておくのが一番である」

ノーテュエル
「なんか、あんたも口調変わったわね…」

ゼイネスト
「キャラの個性と言ってくれ」

ノーテュエル
「そうしておくわ」

ブリード
「さて次回は…『衣替え』みたいだぜ。
 んじゃ、この辺でな」

ノーテュエル
「またのお越しを〜」






















<こっちもTo Be Contied〜>




















(あってもなくてもどうでもいいような)作者のあとがき>








誕生日というのは、特別な日。
誰かがこの世に命を授かったっていう、とても素敵な日。
作者も毎年、家族から誕生日を祝ってもらってます。


そんな訳で、今回の話はこんな感じの話にしてみました。
同盟作品で誕生日をテーマに扱った作品は滅多にないので、それもかねて。



そしてお次は、レシュレイとセリシアの衣装チェンジのお話です。
この為だけに一話追加する私。
作品愛があれば、こんな事も可能なのですよ。きっと。




では。













○本作執筆中のBGM
あさき『鬼言集』







<作者様サイト>
Moonlight butterfly


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