黒い螺旋
「これはどういうことですか」 「どういうこととは何だ?そのままの意味だが」 「そのままって“I−ブレイン形成の誘発遺伝子におけるプロテクトの開発”。これは魔法師を新たな種として認めないということじゃないですか」 「新たな種?君は天樹と同じことを言うのだな。お前はそれでも科学者か。これだけは言っておく。魔法師は新たな種ではない。GMO(genetically modified organism:遺伝子組換え技術によって品種改良された人工生物)だ。元々人が持っていない遺伝子を組み込んでいるんだぞ、今までの遺伝子組み換え生物と同じように遺伝子汚染を避ける必要があるのは当然だ。地球連合議会じゃ、魔法師の生殖機能停止を推すやつのほうが多かった。しかし、今の研究は人間を魔法士に改造するという方法だ。そのために生殖機能停止までしてしまっては、人権問題にかかわるということで、今回のプロジェクトとなった。自分としては遺伝子から先天性の魔法士を作れば、こんな問題も人道的な意味でも「まだまし」だと思うのだが。まぁ遺伝子から異常の無い人を作ることが他の研究所では出来ないから、しょうがない部分もある。それはいいとして、1ヶ月しかない、馬鹿なことを言わず早く始めろ」 「それでも私は納得できません。しかも次の“プロテクト遺伝子を持ったウィルスの開発”ってそこまでしなくてはならないんですか?」 「それだって大切だろう。今回の遺伝子のプロテクトは極秘裏に行われる。もし、魔法師を量産しようと遺伝子をランダムに設定された場合、プロテクトのかかっていない魔法師が生まれるかもしれない。そういうわけにはいかないだろう」 「そうではありません。もし自然発生的に魔法師が生まれても、それを証明することが出来ないじゃないですか」 「はぁ、私はなぜ二回も同じことを言わなければならない。天樹にも言ったが、I-ブレインという言葉が出来て、もう二年もたっている。その間そのようなものが自然発生的に誕生したかね。過去にさかのぼってもありえなかったことは、われわれ“特異人種育成計画”においても実証されている。もし実際にいることを発見したのなら、即刻見せてほしいものだ」 「し、しかし」 「ワルター、それ以上はやめろ。客観的に見てお前のほうが不利だ。もっと論理立てて論拠を確立してから、また言おう」 「そうだ、クラン研究員。鶴見研究員の言うとおりだ。もし、君の言っていることが証明できるようになったらレポートとして出せ。鶴見、あとは頼むぞ」 「はい。ほら行くよ。」 △ ふわー “やべ、寝てた。今の時間は?I−ブレイン起動。時計機能。8時か完全に寝てたな。それにしても懐かしい夢だった。もう15年も前か、ワルターは今ごろどうしているんだろうか。” 「こんにちは。鶴見室長。封筒が来ています」 「おう、ありがとう。そのスライダーに乗せといて、すぐに読むから」 「では、おいときます。失礼しました」 スー、ローラーの上を封筒が通る。鶴見は封筒を見た “あれ、これ外部からだ。珍し…って。ワルター・D・クラン。まさか、あいつが。” 鶴見はすぐに封筒を開ける。入ってたのは一つのデータ。有機プラグで直接I-ブレインにつなげる。 「よう、久しぶりだな。こっちの年は2189年だから、6年ぶりになるんだが、そっちでは何年ぶりになるのかな?」 “こっちは2198年だから、この手紙は9年もさまよっていたのか” 「大戦の弊害で、他シティに届くにはかなり時間がかかるからな、5,6年くらいで着けばいいほうだろう。 まぁそれはいいとして、そっちはどうだ。元気にしているか?こっちは幸せだ。去年は子供が生まれた。「庭」にいたころは、赤子なんていなかったから、好きになれそうに無かったが。自分の子というのはかわいいものだな。もう、写真でもつけて親バカぶりを見せたいところだが、それはやめておく。 と、ここまで来るとせっかちなお前のことだ。何でこんな封筒を送ったのか気になっているころだろう。実際この封筒が他の「庭」の研究員に見つかったら大問題だからな。それで、この封筒の理由はここでは言わない。出来ればこっちまで来てくれるとうれしい。暗号で開くようになっているから、それを考えてくれ。お前が鶴見なら出来るはずだ。ヒントはお前が最後に作ったプロテクトだ。」 “最後に作った「プロテクト」か、なるほど誘発遺伝子の話だな。それであの夢か、こういうのを偶然と呼ぶのか、それともこうだからこそ必然というのか。難題だな。それはまぁいい、その暗号を解いてみるか” 鶴見は新しく出てきたファイルを開く。長いプログラミングが出てくる。そしてただ一言。「解除せよ」 “一応機密情報なんだぞ。それにしてもこれを問題にするということは、解けたということか。プライドの高いやつだからな。簡単すぎたか。しかし、これの一番簡単な解除方法は知っているのかな?プロテクト解除開始” 30秒 “フー。終わった。ここで一番重要なのは時間だったりするから面倒なんだよね。まぁ、ごり押しでも解くことは出来るけど。さて、場所はどこかな?” そうして出てきたのはスイスにあったシティ・チューリッヒの近くである。元々、プラントと研究所があったはずだけど。 ふーん。これ未だに存在しているっけ?まぁ行ってみるしかないか。そんじゃ、明日にでも行ってみますか。一応、管理室にも連絡しといてっと。 「管理室か?こちら548号室の鶴見だ。明日からしばらく部屋を閉めるので、人が来たらいつものところに連絡くれ」 「分かりました。けど、実際には管理室でそういうことはやっていないんですよ。こういう時は助手の人に任せるのが通常なんですから。鶴見さんも早く、助手を決めてくださいよ。何回も資料渡しているでしょう。もう、何回言えば…」 「ああ、またいつかな。そんじゃ、よろしく」 「まだ、終わってないですよ、鶴見さん。聞こえてます?おい、鶴見!」 “はぁ、またうるさくなりそうだ。帰る時までにいいわけ考えとかないと” △ チューリッヒ到着。やっぱ、崩壊したシティというのは、いつ見ても嫌なものだ。人が着々と絶滅へ向かっているということを意識してしまう。いや、やめよう。またよくない癖が出てしまう。現地の地図があればいいんだけど。図書館にでも探してみるか。 有った、有った。これ詳しいな。戦前の地図か。お、町がある。この町だとするともう少し南。あの山間部のほうか。向かってみよう。 フライヤーに載って行ってみると、どんどん道がなくなってくる。やはり使われなくなってから何年も経っているということか。そして完全に道が無くなってから1分、目的地まで着いた。この辺のはずなんだが。何も見当たらない。おかしいな。やはり年月が過ぎすぎてしまったかな?あ、年月といえばこれ戦前なんだよな。えーと、戦後の航空写真が確かここに。これを合わせると。やっぱり。山が増えている。ちょっと試してみるか。 弾道速度を論理回路で低速になる弾を左の機銃に、そして高速になる弾を右の機銃にセット。 左の機銃から地面に向かって発射。地面に付くぎりぎりの所で、右の機銃から高速弾頭を低速弾頭にむけて発射。ぶつかって一つになる。しかし、二つの論理回路が反発を起こし情報崩壊を起こす。その時、情報解体と同じ効果が起きる。そして、山は消えた。 “うわー、でかい。完全に一つの町だな。しかもまだ人がいる。ってやばい” ‘自動操縦装置が乗っ取られました。自動操縦にあわせて着陸します’ 着陸すると。周りは武器を持った人たちに囲まれてしまった。人垣から一人出てくる。 「自分は、自警団長のシュルツだ。この町には何しに来た」 「私は『錬金術の庭』所属の鶴見だ。こちらにワルターはいないか?ワルター・D・クランだが。ここに紹介状もある。確認してくれ」 紹介状を手渡す 「これは、確かに恩人の字だ。もしかして、君は鶴見誠也氏か」 「そうだが、ワルターはやはりここに来ていたのか」 「ああ、彼はこの町の恩人だ。プラントが動きにくくなった誰も治せなかったときに。やってきて今までよりも高寿命で高出力になるように修理してくれた。それからもこの町に時々来てはいろいろとしてもらってくれていたんだ」 「それで、彼は今どこに?」 「それが、彼は8年前に肺の病気で亡くなったと聞いた」 「それじゃ、ここまで来たのは無意味だったということか」 意気消沈する鶴見。そのまま帰ろうと思ったとき、シュルツは止める。 「ちょっと待ってくれ。彼から、鶴見が来た時に見せてあげてほしいといわれた部屋がある。今日は遅いし自分の家に来てくれないか」 「本当か、あいつの部屋が。分かった、今日はよろしく頼む。」 「なら、自分についてきてくれ」 △ 「ただいま、ジュリア」 「お帰り、シュルツ。侵入者がいたんだってね、大丈夫?」 「うん、悪い人じゃないみたい。恩人さんの友達だって。鶴見さん」 「鶴見です。今日はお世話になります」 「あらあら、お客様?よかった、今日は作りすぎた感があったのよ。夕食まだですよね」 「はい。でもいいんですか」 「大丈夫、大丈夫。ジュリアの料理はおいしいから」 “うん?なんか話が通じてないような” 「今日は両親、旅行中だけど姉夫婦がいるから紹介するよ。シェリル姉さんとハンス義兄さんそれに…」 「テーラだよ。よろしく、鶴見兄ちゃん」 「あれ、もう名前言ったっけ」 「ちっちっちっ。うちらの情報網をなめないでよね」 「そんな事言って。また隣のおじさんから聞いたんでしょ」 「ありゃ、ばれたか」 そんなこんなで紹介が終わった。夕食はシュルツさんが言っていたとおり。おいしかった。久しぶりに合成物で無かったのもうれしいことだった。 「そういえば、ここどうして空間制御で隠れ里みたいなことをしているんですか。しかもここまで大きな町も見たことないし」 「あぁ、元々はこんなところじゃなかったんだけどね。普通の町で、上に研究所が在るだけだったんだけど。戦争の起きる2年前だったかな、急に研究所が爆発してね。その時に、この町も空間制御で隠すことになったんだよ。途中の理由はちょっと機密になるから詳しく話せないけど」 “それって、多分軍部がやった炎使いの実地訓練だよな。多分。まぁ、言わないでおこう” 「それは、大変でしたね」 その後は、鶴見とハンスが自分の研究について話し合ったり、テーラと遊んだりしてすごした。 △ 次の日 「こちらです。段差があるので気をつけてください」 「なんかすごいところだな」 「今は使ってない研究所ですからね。でも、電源は通ってますので動きますよ。この部屋です。ではどうぞ」 「ありがとね」 鶴見は端末を動かす。そして、コンピューターが動き出した。暗証が必要だということで。封筒に入っていたメモリーと自分の手を使って開く。 「よう、鶴見。今ここで話しているということは、自分は死んだということだろうな。そうでなければ、直接話しているはずだ。それじゃ、本題に入るぞ。ここまで来てもらった理由は、プロテクトのことだ。もう、うすうす感じていると思うのだが、解除用のウィルスを作った。そのウィルスを隠しておいたから、後で持って帰ってくれ。それで、代わりにといっては何だが一つ頼みごとがある。送った封筒にも書いたことだが、子供のことだ。自分の妻はじつは魔法士なんだ。そして、また恥ずかしいことなんだが、このウィルスを作っている時に一つ吸い込んでしまって…」 “それってまさか” 「そう、子供も魔法士として生まれた。多分世界で唯一の自然型魔法士だ。まだ能力を使ってはいないが、遺伝子検査をした結果魔法士だった。いろんなシティから狙われると思う。もし見つけたら、お前が保護してくれ。頼む」 その後は今までにやってきた研究記録。日記とかだった。途中でワルターと一緒に写っている金髪の女性と、赤ちゃんがいた。探すのに必要だな。もらっていこう。最後にウィルスの入っているカプセルが出てきた。一緒に入っている紙を見る 未来が どうか魔法士にとって 光輝くもので在るように Walter・D・Klein 言葉 GMO問題(現実) 遺伝子組み換え技術を用いた遺伝的性質の改変によって品種改良等が行われた作物のこと。 2010年現代では、遺伝子組み換え食品や青いバラなどが有名である。これらの技術は今まででは不可能だった物や、耐性の強いものを容易に作ることが出来る。しかし、その固有種自体が持っていない遺伝子を組み入れるため、遺伝子汚染等で非難される。現在の対策としては、花粉をつけないように遺伝子的に処理されることが多い。 特異人種育成計画(仮想) 2102年に制定。世界中に散らばった研究所を本島に移した原因。通称『運命計画』。歴史的偉人等の遺伝子を用いて、遺伝子が、どの程度能力と関係するのかを調べる。そして、この調査から生まれてきた子供がどの道へ進むべきかを決めるという計画。遺伝子には、科学者・軍人・政治家のほかに超能力者も含まれた。 このときの長が言った 「子供たちよ。人類の未来のために、君たちの明日をください」 は有名。 情報崩壊による情報解体(仮想) 相反する論理回路が合わさった時に、情報崩壊を起こす。その時の余波で情報解体が行えると、『錬金術の庭』所属の鶴見が発表した理論。しかし、その相反する論理回路の情報強度が等しい必要がある。 錬金術の庭A(仮想) 大気制御衛星暴走事故の混乱時にアリスのことを知り、方針を転換。「庭」内でのプロテクト解除と全員の後天性魔法士手術を行う。このことにより、衣食住においては個々の魔法士能力によってまかなうことになる。(サクラにとっての理想郷と大体は同じ)。10年は進んでいると自負している「庭」の科学水準を持ってしても生贄なしでの生活はこの方法しかない。
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