■■HIN様■■

紫の影


「お呼びですか、中将」
「アンナ・ザビアロワ少将か、そういえば娘のアリアが大佐になったんだったな。おめでとう」
「ありがとうございます。そちらこそ、対賢人会議軍司令官就任おめでとうございます。それで、ご用件は?」
「いつもながら、早いな。少しくらい雑談していってもいいと思うが」
「それは上官命令ということでしょうか?ただ、出来ればすぐに戻りたいのですが。賢人会議に侵入したやつからの報告書の洗い出しをしておきたいので」
「奇遇だな、呼び出しの理由もその報告書に関してだ。だが、少将以下は許可制の機密情報のはずだが、なぜ少将である君が持っている?貸し出し記録には無かったはずだぞ」
「そりゃ、潜入した魔法士は元々私の部下ですから。まぁ、1週間何も送ってこなかったので催促したのですが。そのせいで一通り見たところで終わっています。」
「それは、大変だっただろうな。その部下たち・・・。まぁそれはいい。一通り見たのなら話が早い、見てどう思った?」
「一言で言えば、底が見えない、ですかね」
「ほう」といいながら手で頬を支えて前かがみになる。中将がこの格好になるときは話に興味があるときだ。
「うちのところの情報課が出した結論は“平凡”だったが。成果が予測よりも少なかったというのが理由だそうだ」
「えーと。たしか源爺でしたよね、責任者。という事は、源爺の意見は違うのか…」
「いや今、源爺入院中。だから、代わりにリナト・タルノフが指揮をとってる」
「あぁ、あの演算主義ね。よりによってあれを選ぶとは」
「源爺はあいつのこと気に入っているから。『わしを最後まで古臭いと言ったのはあいつだけだった』と言って楽しんでいた」
「あの、狸らしいわ。それで、倒れてちゃ世話ないわね」
「まぁな。それで『底が見えない』とは?」
「多分、リナトはI−ブレインで一つ一つの報告について個別に審査させたんでしょう。私は部下に必要、不要に関らず報告させることにしているから。大量の情報になってしまって、一人で見るのは骨が折れるのよ。そのために、報告を総合的に考えなかったんじゃないかしら。しかも、I−ブレインでのシミュレーションは真理であると感じてしまうしね。ただの一番簡単な計算結果でしかないのに。そういう意味で、完璧に見える正答は見える範囲を狭くしてしまうのですよ。とまぁ、そんなこと中将に言ったところで意味は無いですね。『底が見えない』についてですが、まずこれを見ていただいたほうが早いでしょう」
そうやって選び出した資料は二つ。『賢人会議 総合戦力』『賢人会議 他シティ研究室へのテロ行為と効果』
「『総合戦力』なら始めに見た。戦略を決めるためには一番必要なことだからな。それでこれがどうした?魔法士戦力に関してはシティに比べれば2倍以上だが、それはもともと魔法士戦力しかいないわけだし、「庭」の軍部と同数、シティとも総合戦力ならば変わらないくらいだろう。しかも引き抜き工作は最初のほうだけで、このごろは在野と何人かのシティからの脱走希望者、その数も減ってきているという報告じゃないか」
「確かに、それだけを見れば間違ってはいないわね。ということは、『テロ行為と効果』についてはこう書いてあるのかしら。賢人会議の情報収集能力はシティと比べると低いものであるみたいな感じのことが」
「え〜と。そうだな、そうなっている。賢人会議の目的がマザーコアの廃止に対し、現在テロ行為の対象は、魔法士関係ではあるが軍事系の研究所に固まっている。これは、シティ内では有る程度開示されている軍事系の研究所に比べ、シティ内でも開示されないマザーコア系の研究所までは探し出すことが出来なかった。だそうだ」
「そこまで断定するとはね。でも、少しは疑問部分も有るのでしょう。例えばこことか、そことか、あれもそうだったわね」
「『不自然な欠陥』か。確かに、複数の部隊が別々の時期に破壊工作をしているとはいえ、周りの研究所は工作に入られているのに、これらは入られていない。そして、その全てがマザーコア関連の研究所だったな」
「このことから考えても、なぜかは分からないけど、マザーコア系研究所を始めから目的にしていないのではないかという予想もできる。では、何のためかしら?」
「それは、すぐにマザーコア系を破壊すると、シティ側が自己防衛のために賢人会議への攻撃を決めてしまうからだろう。まずは、全シティを相手に戦闘できるように…。そういうことか」
「そう、マザーコアの廃止を掲げる賢人会議は、全てのシティと敵対関係になる可能性がある。それに対応できるように、シティの戦力をそぎ落としているというのなら」
「自軍の戦力をシティ一つと対等レベルで増強をやめるのは、おかしいということか。なら、君はどうしてなのだと考える?」
「それが分かれば苦労しないわよ。場合によっては、魔法士なんて戦力を使わなくてもシティを壊滅できるような秘密兵器とかあるかもしれないわね。あとは、全シティと戦闘になるはずが無いと考えているのか」
「それこそ、楽観的過ぎるだろう。同盟相手のシティを求めているからって、元々はテロリストだし、マザーコアの廃止を目的としている賢人会議とマザーコアに頼っているシティが最終的に共存し続けることは出来ない」
「そうか、その場合があった。いや、だがそれは…」
「どうした?ザビアロワ」
「マザーコアの廃止がそのままシティの廃止になるとは限らないと思ったのよ」
「それは、発電機関の事か。だが、あれはシティのマザーコアの代わりにはならないはずだ。あれだけの大きさにするとロスが大きくなって、必要なエネルギーを生産する前に限界になるはずだ。だからといって効率的な大きさでの大量生産は、今の地球の資源では足り無すぎるはずだ」
「あぁ、あの戦前の演算機関を改良しただけの遺物ね」
「遺物って。あれでも開発初期に比べれば…」
「性能は上がったって?でも、始めからシミュレーションで出ている最高値にまであげただけじゃない。これでは足りないのは分かっていたのにそれ以外のことを考えていない。というより、全員が魔法士になってからは、発展はあっても、発明はなくなったような気がする。それもこれもすぐに実験の結果が分かってしまうからなのよ。それで、今までよりも悪いとなったらそれ以上をしない。化学反応だってまず、エネルギーが高い(悪い)方へ行かなければ反応しないのに。でも、賢人会議は違う。参謀自体が通常人だし、シティの科学者も通常人。それが、魔法士とともに開発する。これは、かなり期待を持って良いと私は思っているわ」
「お前のI−ブレイン論議は分かった。そして、そんなことはいい賢人会議と戦って勝てるのか?」
「また、急に話が変わりましたね。でも、賢人会議相手のみなら確実といえるでしょう。いくら、魔法士が同数とはいえ、こちらはカテゴリーB以上しかいないのですよ。カテゴリーCが半分も占める集団に負けるわけがありません。というより、特務のみでどうにかなりますよ。それよりも、他のシティに『庭』の存在がばれるほうが危険なのでは?通常軍のみだと対応できませんよね。防戦特令をだせば話は別ですが。」
「本気で戦うつもりは無いよ。まず、上が認めない。それよりも特務だけってどういうことだ?軍部の3割で、唯一の実戦部隊である特務なら、それだけで可能かも知れんが、一応俺ら対賢人会議が通常軍にいること忘れるなよ」
「といっても元々対神戸軍でしょ。それに通常軍は頼りにならないやつが多い。しかも、賢人会議はつい半年前までは私たち特務が管轄だったのよ。そちらこそ、人の仕事取らないでよ」
「そうはいってもなぁ…」
“ビービービー”
「ちょっと失礼。あぁ、うん。分かった。一応人形遣いに尾行させて、データは5469のほうへ持ってきて」
「5469ってこの部屋だぞ。何があった?ザビアロワ」
「侵入者みたい、正規の手続きで入って来てるんだけど。入ってきた76ポートは今日誰も来ないはずなのよ」
「正規の手続きというのは?」
「招待用のIDは有ったみたい。まだ、誰からなのか分からないみたいだけど…」
「お、来たぞ。えーと鶴見誠也?誰だこいつ」
「もしかして、研究部の鶴見?548号室の」
「あぁ、そうだが。知り合いか?」
「いえ、一方的に知っているだけです。元プログラマーで魔法士の誘発遺伝子プロテクトを作った人物です。現在は論理回路の生成についての研究をしています。I−ブレインは研究部にしては珍しく特定能力者で論理回路生成特化型、戦闘能力は軍部と比べても最高クラスですね。今までの研究内容は…」
「ちょ、ちょっと待て。なぜそこまですぐに出てくる。知り合いではないんだろう?」
「えぇ、でも武闘会の出場者ですから、この程度の情報は収集してますよ。でも、彼なら大丈夫ですね、よく外に出てはちゃんと帰ってきますから。」
「そうかぁ、彼があのプロテクトを。あの頃は多くのやつが挑戦していたよな。最終的に解けたのは4人だったか。研究部で2人、医療部が1人、そして軍部のお前か」
「まぁ、元々の魔法士遺伝子を知らない人が解けるはず無いのですけどね。他の3人も魔法士開発の初期組でしたし。それでも、そのプログラムを解除するプログラムをウィルスにして散布する方法は一人もできなかった。そういう意味でもウィッテンは私達より上なのだと思い知りました」
「あの、賢人会議の発表か。魔法士の抑制遺伝子のプロテクトをはずすウィルスの作成法まで書いてあるという。そんなことをしても、魔法士が自然的に広まることはありえないのだがな」
「そこまで、知ることは出来なかったのでしょう。それには多くの時間がかかる。時間の無かったウィッテンも、今まで遺伝しないのが恣意的なものだと知らなかった賢人会議も分かるはずがない」
「まぁ、その問題に直面するには空を青くするか、今のシティの寿命を限りなく伸ばすか、する必要があるけどな」
“ヴィーヴィー”
「あら、尾行がばれたみたいね。まぁ、明日の招待客に鶴見から申請されているから。尾行の必要はないことだし帰しておけばいいか。それじゃ、私はこの辺で退出させてもらうわ。しゃべりすぎて疲れた」
「おう、ご苦労さん」

言葉

発電機関(仮想)
飛行艦艇用演算機関を改造し作られた機関。体積を大きくすればするほど一次関数的にエネルギーが発生するが、その分二次関数的に内部ロスが出てくるためにあまり大きなものを作ることは出来ない。基礎設計自体は戦前時から変わっていない。

カテゴリーB以上しかいない(仮想)
医療部の人間が考え出した。「I−ブレインと同等程度の演算速度を用いて、I−ブレインの成長をコントロールする」ことによって、安定してI−ブレインを誕生させることが出来るようになった。戦前は機械式コンピューターを用いていたが、今では魔法士のIブレインを、1ヶ月間それのみに使って誕生させている。(その時の魔法士は日常生活にも支障が出るため生命維持槽に入っている。)また、これが「錬金術の庭」においての親子関係となる。

防戦特令(仮想)
「錬金術の庭」が攻め込まれた時に発令される。非戦闘員(軍部以外)の戦闘参加を指示できる。

武闘会(仮想)
「錬金術の庭」設立当時から人気だった。1対1の武闘の祭典。生身で戦うのではなく、戦闘シミュレーションの機械内で行われる。今では、直接I−ブレインに戦闘情報を取り込むことによって見るものや、観戦場にて立体映像を多人数で観戦するという二つの方法で観戦される。年に1回の楽しみとなっており、この時期は休みになるところが多い。

ポート(仮想)
「錬金術の庭」と「特定のシティ」をつなぐ転送装置。「庭」からは自由に出られるが、シティからは多くの制約がある。大戦前は200以上あったが今ではかなりの数が壊れている。
ちなみに「赤い羽根」のワープ港は外交部の人間が一方の道を開け、「庭」内にある転送装置へとつなぐ。



<作者様コメント>
つたない文章第5段です。
もっと肉付きの良い文章にしなければと思いながらも
なかなかうまくいきませんね。

今回登場のアンナはフェイさんの発想力を元に、
この程度なら真昼自身を知らなくても考えられるのではないかなぁ
と思ってこうなりました。
能力的にはアニル、ケイトレベルと言うことで…

後半部分については次の予告編みたいな感じです。

<作者様サイト>
Happiness is nowhere

◆とじる◆