■■飼い猫様■■

「………」
  暗闇の中、一人の男が湿った空気を動かす。
  闇に溶け込むかのように、全身を黒一色で統一した男。彼は、胸ポケットからミラーシェイドを取り出した。
「あまり気は進まないが…仕方あるまい」
  自分に言い聞かせるようにそう呟いて、男は目の前にある扉に手をかけた。
  僅かに生じた扉の隙間から、光がさし込む。
「…行くか」
  彼──黒沢祐一は、その一歩を踏み出した。


 

潮騒の賛歌



真昼:やあ、祐一。
月夜:いらっしゃ〜い。でも遅〜い!
  扉を開けると同時に聞こえてきたその声に、祐一は軽く溜め息をついた。
祐一:…ハイテンションだな。
錬:あの2人だけね。
ディー:あはは…。
  祐一の呟きを聴きつけて、天城錬とデュアルNo.33(ディー)がそばにやって来る。
祐一:ん? お前ら、フィアとセラはどうした?
  祐一は周囲を見回していたが、いつも一緒に居る筈の相方が見当たらない。
錬:なんか、ファンメイが連れてっちゃったよ。
ディー:『せっかく海に来たんだから』って事らしいです。
  フィアが隣りに居ないことで少し臍を曲げている錬に、どう言う理由で席を外しているのか理解しているらしく苦笑を浮かべているディー。若者2人を見て、祐一の口元がようやく少し緩んだ。
  だが祐一は態とらしく咳払いをしてみせ、天城真昼と天城月夜の2人に視線を送った。
祐一:で、これはどういうことなんだ?
真昼:だから、ヴィドさんから連絡があったでしょう?
月夜:私たちも、こうして登場人物が増えて来た事だし。ここらでパラレルワールドでも開いてみないか、って話よ♪
祐一:だからってなぁ…。
  祐一は周囲をもう一度見まわし、軽く頭を掻いた。
  祐一たちは今、浜辺に立っている。上空には、青く広がる大空。そして、微かに聞こえる潮の満ち引きの音。
  もちろん、それらは現実ではお目にかかれない大自然である。
祐一:わざわざこんな『昔のシロモノ』を引っ張り出してこなくても良いだろうに。
  彼等が居るこの場所は“擬似体感型仮想空間”いわば、一昔前に流行ったバーチャルリアリティを体験するゲーム機のような物なのである。
ディー:でも、良くこんな古い品を起動できましたね…。
月夜:まあね。これも私の技術力あってこそ、かしら〜?
ディー:へぇー…。
  ディーは、月夜が再現して見せたこのシステムに素直に感心している様である。
錬:でも真昼兄。ここで何するの?…あ、もしかしてスイカ割りとか?
真昼:うん、それも楽しいだろうけどね。今日は違った用事だから。
錬:それじゃ解んないよ、真昼兄!
  錬と真昼は、暖簾に腕押しな会話を続けていた。
  と、そこに。
メイ:おっまたせ〜!
  リ・ファンメイが勢い良く現れた。
錬:……。
  予想だにしていなかった錬は、見事に硬直している。
  ファンメイの服装は、紺色のスクール水着だったのだ。
メイ:どうどう?祐一さん。可愛い?
祐一:…年齢には合ってるんじゃないのか?
メイ:…それって、どう言う事かなぁ?
ディー:そ、それにしてもっ。
  ちょっと臍を曲げかけたファンメイの前に、ディーが慌てたように割り込んだ。
ディー:すこし時間がかかってたみたいだけど、何かあったの?
メイ:ちょっとね。フィアが決まらなくて〜♪
錬:フィア…も?
  ファンメイの一言に、さきほどまで硬直したままだった錬の顔が真っ赤になった。
メイ:錬クン〜。期待して良いわよー。水着を選んであげたのは私なんだからね〜。
 あ、もちろんディークンもお楽しみにね♪
ディー:あ、う…うん。
錬:…(真っ赤)
  ファンメイは2人に話しかけて、すぐに後ろを振り向いた。
メイ:ほらほら、フィアちゃんセラちゃん。かもーん♪
  彼女の手招きに導かれる様に、セレスティア・E・クラインとフィアも擬似空間に現れた。
セラ:ディーくん、変じゃないですか?ディーくんの制服に合わせてもらったんですけど。
ディー:なるほどね。…うん、良いんじゃないかな?
  セラの水着は、エメラルド色のパレオが付いた白い水着で、金色の髪はいつもの様に後ろで一つに纏められている。
フィア:あ、あの…(真っ赤)
錬:え、えと……(焦)
  フィアは濃い紫の水着に、腰に黄色のリボンのような物を巻いていた。
メイ:イメージとしては、昔データで見た『神戸の夜景』って感じなんだけど。
月夜:あー…まあ、何となく解るかな…?
  面白い様に顔を真っ赤にして押し黙った2人を見ながらファンメイが言い、月夜が思った事をそのまま口に出した。
  因みに、ディーはWBF時代の制服姿、錬は何故か20世紀の海の家でバイトしている学生さんのような格好である。
  と、唐突に。
メイ:…あれ??
真昼:どうしたんだい?ファンメイちゃん。
  周囲を見まわしていたファンメイは、こちらに問いかけてきた真昼に顔を向けた。
メイ:…ヘイズは?
真昼:ああ、彼なら…
  真昼は、擬似空間からの出口を指差して言った。
真昼:『一人くらい演算処理が必要だろ?』とか言って計器の前に座っているよ。
メイ:もう、ノリ悪いんだから〜!
  メイは怒る振りをしながらも、どこか楽しそうだった。
錬:ヘイズさんも来たら良かったのに。ね?フィア
フィア:うん。でも、彼は結構心配性な所があるみたいだから…。
月夜:でも案外、恥ずかしがってるだけなのかもしれないわよ。
メイ:あはは♪ それはあるかも〜。


「…あいつら。好き放題言ってくれるよな」
  機械の操作席で作業をしていたヴァーミリオン・CD・ヘイズは、目の前のモニター内で交される会話に苦笑を浮かべた。
  彼の隣りには、小型の形態端末の画面が浮かんでいる。
『ヘイズ、機材のHunter Pigeon外部端子への接続が完了しました』
「おう。お疲れ、ハリー」
  小型端末に浮かんだハリーの顔に軽く返し、機械に接続した有機コードをI‐ブレインに接続した。
「さてと、会場整理を始めますか」
  何だかんだ言いながらも楽しそうなヘイズは、鼻歌混じりに作業を続けている。


月夜:それじゃ、第1回…
  どこからともなく取り出したマイクを片手に、真昼と月夜が声を上げる。
真昼:『浜辺で潮干狩り大会・ウィザーズブレイン杯』を開催いたします。
祐一:…なに?
錬:なんで潮干狩りなのさ?
  疑問の声を上げた二人だったが、案の定取り合ってはくれない様である。
月夜:ルールは簡単。この仮想空間の浜辺内に埋まっている貝を、二人一組になって集めて来るだけよ。
セラ:簡単そうですよね、フィアちゃん。
フィア:うん。私も初めて聞く単語だからどんな事をするのかドキドキしてました。
  『潮干狩り』という聞きなれない単語に不安そうだったセラとフィアが笑顔を見せ合い、それを待っていたかの様に真昼が続けた。
真昼:因みに、この浜辺に埋まっている物は貝だけではありません。トラップを掘り出してしまった場合は減点1、かつ、そのトラップに独自で対応していただきます。
メイ:トラップ??
ディー:まさか、危険なものとかは無いですよね?
月夜:大丈夫よ。例えば…
  ディーの問いに、月夜が真っ直ぐ錬を指差した。
錬:へ? な、何?
  何となく錬が一歩あとずさった時。
 ──カッ  チュドーン──
  地面が爆発した。
フィア:れっ…錬ーーー!
  上空に舞った錬を見上げてフィアが絶叫し、その外のメンバーは唖然と上空を見上げていた。
月夜:とまあ、超限局された上方指向性地雷とかがある程度だから。
錬:そう言うシャレならないトラップはダメ〜!
  上方に吹き飛ばされた様に見えた錬は、瞬時に浜辺に降り立っていた。
フィア:錬さん、大丈夫ですか!?
錬:あ、うん。大丈夫だよフィア。とっさに空間歪曲かけて爆風を撥ね退けたから。
真昼:今の錬の様に、トラップには皆のI−ブレインを駆使して対応して欲しい。さて、それじゃあ組分けだけど…
  事も無げに言いきり、真昼はさっさと次の説明に入っている。
真昼:『錬&フィア』『祐一&ファンメイ』『ディー&セラ』の3組だね。
月夜:はいみんな、熊手とバケツ。それと、結構広いからそれぞれ通信素子を忘れないでね。
  月夜がそれぞれに熊手とバケツと小型通信素子を配り、彼女の傍らに大きな柱時計が出現する。
真昼:それじゃ、制限時間は今から2時間。レディー……ゴー!
  真昼の合図と共に時計が動き始め、6人の魔法士が浜辺に散らばっていった。


錬:まったく。真昼兄も月姉も何考えてるんだか。
フィア:まあ、あの人達ですしね。
  錬とフィアは、真昼たちから見て右手側に移動していた。
フィア:でも、私は嬉しいです。こんなにたくさんの人とお友達になれたんですから♪
錬:ん…まあ、その点に関しては僕も嬉しいけどね。
  フィアの笑顔を楽しそうに眺めながら錬が砂地に熊手を突き立て…
 ──カッ──
錬:なんで2回連続っ!?
  再度空を舞った。


  一方その頃、真昼たちの正面方向には。
セラ:錬さん、吹き飛ばされるのが好きなんでしょうか?
ディー:いや…狙ってやってる訳じゃないだろうけど……。
  吹き飛ばされて即座に戻ってきた錬を目で追うセラとディーが居た。
  そのまま、二人同時にしゃがみ込んで砂を掘り返し始める。
ディー:でも、貝なんてそうそう見られるものじゃないよね。
セラ:わたしも、初めて見るかもしれないです。
ディー:昔のデータとしてなら、見た事はあるんだけど…っ!
  言葉の途中でディーが状態をのけぞらせ、彼の鼻先すれすれに、地面から竹槍が飛び出していた。
セラ:ディーくん、減点1です。
ディー:う…ごめん。


  そして即席チーム、ファンメイと祐一は…。
祐一:真昼。
『なに?祐一』
  襟首の通信素子に呼びかけた問いに、真昼がすぐに返す。それを聞きながら、祐一は騎士剣『紅蓮』を青眼に構えた。
祐一:これも“トラップ”の一つか?
『ん〜…うん、そうだね。祐一チーム、減点1だね』
祐一:…なるほど。ならば遠慮は無用だな。
  祐一が見据える先。そこでは、翼を出したファンメイと『全高2m近いカブトムシ』が対峙している。
  見た目以上に更に硬いらしく、ファンメイの攻撃が今一つ効を相していない様だ。
メイ:祐一さん、決まった?
祐一:ああ。後は俺に任せておけ。
  少し息が上がっているファンメイが後退し、それに呼応する様に祐一の周囲の空間に歪みが生じた。
祐一:すぐに終わらせる。
  言葉だけを残し、祐一が空間を疾走する。


月夜:真昼、あれ…なに?
  呆然とした表情で月夜が指差したのは、祐一が対峙しているカブトムシである。
真昼:あれはヘイズに手伝ってもらって作り上げた擬似生物だよ。こう言った『擬似体感型仮想空間』でないと存在できない昆虫ってところかな。
月夜:にしても…大き過ぎない?
  結構離れている月夜たちからしても、角がはっきりと見えるほどの大きさだ。虫が苦手だと、相当辛いだろう。
真昼:大きくないと、張り合い無いだろう?
月夜:まぁ、解らないでもないけれど…私はお近付きになりたくないわね。
  笑顔で言った真昼に、月夜は頭を抱えてかぶりを振った。



  そんなこんなで、2時間後。
真昼:終了ー。皆、お疲れ。
  終了の合図と共に、全員が最初の場所に集まってくる。
ディー:仮想空間だから、疲れないって思ってたんだけど…。
セラ:わたし、くたくたです。
錬:真昼兄、あのデカ蛙は本当に恐かったよ…。
フィア:錬さん、もうちょっとで食べられそうでしたもんね。
祐一:ファンメイ、大丈夫か?
メイ:んー……疲れた。
  それぞれ一言ずつ漏らしながら、月夜の前にバケツを置いた。
月夜:はいはい、んじゃ集計するわね。えーと…
  それぞれのバケツを取り、中の貝を数える月夜。
月夜:みんな、結構有るわね〜。
 『錬&フィア』チーム、21個。
 『祐一&ファンメイ』チーム、20個。
 『ディー&セラ』チーム、20個。
フィア:あ、じゃあ…。
  錬とフィアが顔を見合わせた時を狙って、真昼が口を開く。
真昼:えっと、トラップに掛かった回数。
 『錬&フィア』チーム、7回。
 『祐一&ファンメイ』チーム、4回。
 『ディー&セラ』チーム、2回。
メイ:…あれ?
月夜:結果、『ディー&セラ』チームの優勝〜!!
真昼:加えて、セラちゃんは一度もトラップに引っ掛からなかったからね。おめでとう。
セラ:そうなんですか?
  月夜と真昼の言葉に、セラ自身が首をかしげている。
ディー:そうだね。見てても、セラの所にはトラップ発動しなかったし。
フィア:日頃の行いが良かったんじゃないでしょうか?
  笑顔でディーに同意したフィアの横で、錬が座り込んでいた。
祐一:言われてるぞ、錬。
錬:…いーんだ。どうせ僕は日頃の行いが悪いよ。
  錬は、実に6回もトラップを引き当てていたのだ。
月夜:さて、優勝したディーとセラには、景品をあげないとね。
セラ:なにか貰えるんですか?
真昼:ああ。最近ヴィドさんが発見した『温泉』への優先招待券だよ。
 場所は秘密だけど、後でヘイズから受け取っておいてね。
ディー:はい、ありがとうございます。
メイ:いーなー。わたしも何か欲しい〜。
月夜:あ、参加賞はこの『論理回路入りフライパン』ね。欲しかったら持って帰って♪
フィア:ああ、この前お邪魔した時に作られていたのって、コレだったんですね。
錬:月姉…何作ってるのさ?
真昼:熱効率の良さとこげつかない事が最大の利点だけど、傷付き易いから気をつけてね。
祐一:と言うか、下手をするとこのフライパンの方が高いんじゃないか?
  月夜の差し出したフライパンを見て、祐一が眉をしかめている。
月夜:良いのよ。まだ試作段階だし、実地で使ってもらって感想を聞いた方が良いしね。
  笑顔の月夜がフライパンを渡し、そのまま錬に向き直った。
月夜:さてさて、トラップに引っ掛かった回数が最大だった錬には、特別賞が渡されま〜す。
錬:あれ?僕も何か貰えるの?
  意外そうな顔をしている錬を、真昼が両肩を掴んで言葉を返す。
真昼:錬には『最強の騎士・黒沢祐一と数時間特訓する権利』が与えられたよ。
錬:特…えぇぇぇ!?
  その言葉の意味を理解して逃げようとしたが、真昼の力が思いのほか強く、肩を離してくれそうも無い。
月夜:と言う事だから、祐一。お願いね?
祐一:まあ、俺は構わないが。
錬:構う構う、構うってば!!
ディー:あ、それだったら僕も参加させて下さい。錬君とは、一度手合わせして見たかったし。
錬:ディーさんまでっ!
メイ:それじゃ、わたしも混ざりたい!何か楽しそうだし♪
錬:ファンメイも!?
  全くの悪意無しに参加を申し込んだディーとファンメイを見て、錬は助けを求めるかのようにフィアに視線を向ける。
フィア:…がんばって下さいね、錬さん。
錬:うわ綺麗な笑顔で手ぇ振ってるし!?


  こうして、このお話しは幕を閉じる。
月夜:祐一、ディー、ファンメイ。死なない程度なら何しても構わないから〜。
メイ:心得たっ!
錬:心得なくて良いってば!
セラ:錬さん、お大事に。
  まあ、錬にとってはこれからまだまだ苦難が続く様ではあるが…。



 

〜Fin〜


飼い猫様よりいただきました。

当同盟初のギャグメイン小説です。
ま、やっぱ錬でしょうね、こういう役回りは(笑)
飼い猫さん、
楽しい作品、ありがとう御座いました〜!

<作者様コメント>
書くに当たり、意見を頂けた皆様に感謝いたします。
しかし、祐一さんが思った以上に動かしにくい事を、
今更ながらに痛感しています。
そして結局、ツッコミは錬くんに…。
ギャグになりきれていないですが、
出来るだけキャラクターを崩さない事を最優先に書いてみました。

<作者様サイト>
私立図書館“TRASTAZYA”

◆とじる◆