■■神無月様■■

罪人つみびとたちへの鎮魂歌レクイエム
―プロローグ―


『罪を、贖えただろうか・・・?』


今でもふと思い出す。
果たして彼は、本当に幸せだったのだろうか?と・・・。
もし方法という名の手段があるのなら、それを聞いてみたかった。
されど願いは泡沫の夢に消え、しかし尚渇望する精神に苦笑が漏れる。

今更問い掛けて何になる?答えを知って何になる?
ただ悔やむ為か?それとも自己を満足させるだけの為か?
その理由さえも解からない・・・。

だが・・・それでも聞いてみたかった・・・。


仲間の罪の全てを背負い

それを償う為に必死に戦い

そしてこの世から去っていった

雪のように無垢で儚い、一人の罪人に・・・。


†††††††††††††††††††


(攻撃感知、危険。回避不能)

I−ブレインが弾き出した攻撃軌道。同時に不可解な相手の能力に内心で舌打ちをしながら、青年は脳内の防御命令 に従って身体を動かし、連動した騎士剣で相手の攻撃を受け止める。
「くっ・・・!?」
剣に受けた運動量による超衝撃によって、危うく与えられたベクトルへと吹き飛ばされそうになるのを辛うじて堪え、 反す刀で相手の胴を薙ぐ。が、それは騎士剣に掛けられていた負荷が消失したことにより、無意識に踏鞴を踏むに 留まった。
くそっ・・・!何なんだ奴の能力は・・・?!反則にも程がある・・・!!
崩れた態勢をどうにか修正し、両の脚を雪原へと突き立てて次の攻撃に備える青年。間髪入れずに襲い来る相手の 銀閃を紙一重で捌くが、その度に自身の制服の一部が千切れ飛び、生傷ばかりが増えていく。
肉体は既に満身創痍。
いよいよ少なくなってきた自身の血液で全身を真紅に染めながら、しかし彼は未だ敵に対してかすり傷一つつける ことが出来ないでいた。

(警告。体内血流量、通常状態の八二%に減少。生命維持を最優先。運動速度、知覚速度を一七倍で再定義)

自身の生命を優先するが故、I−ブレインが動きを抑制する為に身体の定義を設定し直す。同時に、只でさえ対峙 している相手よりも遅い運動速度と知覚速度が更に低下。それの所為で逆に生命の危機に晒された事を悟り、刹那 の判断でI−ブレインの設定を元に戻す。

圧倒的な戦闘能力差。

在り得ない事だった。
シティの魔法士、それも『騎士』である自分が、一対一の魔法士どうしの決闘において押されることなど。
だが、I−ブレインが数値化し、断続的に刻まれる肉体への痛覚は、青年に抗い難い真実を突きつけてくる・・・。
実力は完全に向こうが上。
何とか相手の攻撃を凌ぎ切れているのも、彼が今まで積み重ねてきた経験の恩恵でしかないことは理解している。

そんな彼の経験と恐怖心が、必死に肉体へ撤退命令を下していることも・・・。

しかし彼は、そんな状況下にあっても逃避≠ニいう行為をしなかった・・・・・・いや――――――。

(「自己領域」 展開準備・・・エラー。定数取得に失敗。「自己領域」 強制終了)

正確には彼は、逃避≠ニいう行為が出来なかった≠フである。
「チィッ・・・!」
くそ、やはり宝珠に損傷がある状態では「自己領域」の展開は無理か・・・。

理由は単純で明快。

彼の所持しているものだけに留まらず、概して【騎士剣】と呼ばれる騎士専用デバイスには、刀身と柄との接合部や柄 の末端にI−ブレインの演算や『魔法』を補助する宝石にも似た結晶体が象眼され。そしてそれは剣の刃に配置 された論理回路と連動して所有者の演算を助け、「身体能力制御」や「自己領域」などの『魔法』を展開する役目 を果たす。

だが、逆に言えばその事実は、論理回路の構造が破壊されたり。もしくは結晶体に何らかの支障や損傷・破損が 確認された場合、本来の効果から著しく減退。あるいは『魔法』の発動すら出来なくなるという事を意味している。

無論、戦闘開始直後の段階で、「自己領域」から「身体能力制御」へとI−ブレインの機能を移行する刹那のタイムラグ を狙われ、柄の結晶体を破砕された彼の騎士剣も、「騎士剣の限界」という範囲を超えてはいなかった。

クソッタレ・・・。どうする?どうしたらいい・・・?
疲労と破損した騎士剣の所為で処理速度の落ちたI−ブレイン。
連動して通常の二分の一以下にまで速度の落ちた運動速度と知覚速度。
封じられた『騎士』の最強能力「自己領域」。
そして、自身の実力を数段上回る敵の不可思議な能力。

手詰まりもいいところだった。
勝機を窺うどころか、打開策さえ思いつかない現状に絶望しか浮かばない。
だが、
「まだだ・・・まだ・・・!!」
無意識下で「諦め」の言葉が浮かぶ中、「負ける訳にはいかない。」という建前で装飾された「死にたくない。」という 本能の本音が、ギリギリのところで彼の精神を支えていた・・・。
こうなったらイチかバチかだ・・・。奴がもう一度突攻を仕掛けた時、其処にカウンターを入れるしかない・・・ !

と、そう青年騎士が覚悟を決めた刹那―――――

(攻撃感知。回避不能)

来た・・・!
警告と共に、最早自己の安否など気にすることは無く。
I−ブレインが捉えた敵の攻撃位置に向けて放つ迷いの無い渾身の刺突は、進路上の空気分子と雪の結晶を微塵に 裂きながら、冷淡な光を跳ね返す鋭利な切先を獲物へ向けて突き出していく。
やがて刀身の末端は、その身に伝わる確かな手応えを彼の右手に伝導。討ち取れなかったとしても、確実に致命傷 を与えただろうという確信を青年の脳に生じさせる。
「よし、これで―――」
微かに見えた最後の望み。それは、彼の容貌に一瞬だけの笑みを浮かばせるのには充分だった。

―――――――同時に、それ以上の絶望を与えるのにも・・・。

「・・・な、に・・・・・?」
呟きの感情は、呆然としか表現のしようが無く。
それは、人ならば当然の反応だったのかもしれない・・・。
何故・・・何故、攻撃してきた筈の奴が居ない・・・・・・・・・・。
白紙の如く白くなった脳内。
その中で唯一、彼のI−ブレインだけがただ、冷静に状況を判断していた・・・。


(攻撃感知、危険。敵攻撃軌道予測不能。防御不能。回避不能)

そうI−ブレインの抑揚無き声が警告を告げた時、既に青年の命は終焉を迎えていた。
驚愕と不理解に見開かれた眼窩からは、いつしか意思の灯火が消え。力無く垂れ下がった利き腕から量産型の騎士 剣が零れ落ちると共に、彼は口腔から溢れる鮮血で口唇を紅く彩る。
やがて青年の背部から、彼の胸板をも容易く貫いた何かが引き抜かれる音が鼓膜を揺らす。人形と等価となった彼 の身体は、重力にその身を引き寄せられ、逆らう事無く凍てつく凍土の大地にその身を委ねた。
荒れ狂う地吹雪の只中で、白銀の平原に盛大な紅を撒き散らしながら・・・。

やがて、青年の生暖かい体液が上げる湯気を、極寒の冷気が氷の結晶へと変異させ。冴えた紅が描いた幾何学的な 絵画アートと、それを描いた名も知らぬ騎士を隙間無く雪の結晶で包み込んで いく。

そんな光景を、最後まで見届ける少年がいた。

今しがた目の前で死を迎えた騎士の鮮血よりも紅い真紅の短髪に、半永久的に失われた蒼穹の蒼を湛えた双眸を 持ち。160前半の少々小柄な体躯を、暗青色ダークブルーのズボンとジャケット。 そしてその内側に着た防刃シャツで構成される制服のような服と、更に上から羽織った灰色の長外套 ロングコートで包んだ少年。
「・・・・・・・・・・・・。」
何も言わず、そして無という感情を表した容貌はどこか幼く。
しかし彼の左手には、紅色の氷柱を刃に纏わせた得物が提げられていた・・・。
著しく長大な漆黒の柄には、末端である石突きの細部に至ってまで銀色の論理回路が刻み込まれ。石突きとは真逆 の延長線上、本来ならば刀身が存在するはずの部分には、ともすれば見落としかねない。しかし鮮血の氷柱と、金色 の簡素な論理回路によって朧気に浮かび上がる、特殊鉱石によって構成された無色透明な十字型の刃。

剣≠ニ呼ぶにはあまりに不恰好で、槍≠ニ呼ぶにはあまりに威光ある姿がそこに在った・・・。

(騎兵槍 「虚空」 情報解体発動)

いい加減眺め下ろす事にも飽きたのか。
少年はI−ブレインで「情報解体」の命令を下し、槍刃に纏わりつく赤黒く変色した体液の結晶を、『情報の海』の内部 でハッキングし消去。原子レベルで分解された血液は、只の塵として暴風に近い吹雪の中に混じり、暗雲の彼方へと 消えていく。
刃の根元と柄の接合部に象眼された碧玉が、無機質な光を露わにした。

「早く・・・」
ふと、微かな少年の声色が、空間に刻む音階。
瞬く間に吹雪に掻き消された彼の声は、更に言ノ葉を紡ぎだす。
「早く・・・滅ぼさなければ・・・・・。」
言うが早いか。
踵を返し、彼は自らの足で雪原を踏み締めて歩を進める。
「全てのシティを・・・全ての、人間を・・・・・。」
前景数百メートル先、圧倒的な存在感を持って屹立する巨大建造物。シティ・ベルリン≠ヨと向かって。

少年、ジークフリート・ハイン=リューディガーは歩き出す。

無機的な表情を容貌に刻み。
槍の宝玉と同様の無機質な光を双眸に宿し。
そして氷獄の殺意をその身に纏い。

世界の間違いを正す為に。
自らの使命を果たす為に。


英雄の名を冠する者は、いざ・・・戦場へと・・・。



<作者様コメント>
え〜、コメントと申しましても、作品があまりに短いので
何を言っていいのやら解かりませんが・・・。
他の方々などの小説を読ませていただき、何か久々に自分も書いて
みたいなと思って投稿させていただきました。
まだ始まったばかりで、しかも何処まで続くのかイマイチ自分も
把握しかねております・・・。
ですが、終わりまではキッチリと書かせていただきますので、
どうぞ、暇つぶしにでも見てやって下さい。
ではまた、次の話で。
あ、因みに次の話では、ジーク君の能力をお見せしたいと思います。
でもあまり期待はしないでください。
ではでは。m(_ _)m

<作者様サイト>
なし

◆とじる◆