出来損ないの銃剣
温かい培養層内の液体が身体を包み込んでいる
生まればかりの意識がぼんやりと、ゆっくりと覚醒していく
I-ブレインから与えられる知識が徐々に自分の知識となっていく
一般的な知識、世界の現状、魔法士という存在、自分という存在…他にも様々なことが…
急に、それでいて不快ではない不思議な感覚
そんな中で恐る恐る、好奇心に身を任せて少年はゆっくりと瞳を開いた
培養層越しに見えてくる世界はひどく小さなもの
狭い部屋の中には、機械や自分の培養層、様々な情報端末が散らばり余計に狭く感じられる
見えるのはその程度の世界
だが、それでさえも少年の興味は尽きなかった
そこで、今さらながらに正面で自分のことを見つめている男がいることに気付く
……このひとが、ぼくのおとうさん?
幼い心で、生まれたばかりのぼんやりとした思考でそんなことを考える。
そして…
「…出来損ないか」
生まれて最初に…実の親にかけられた言葉はそれだった…
そして、物語が始まる…
「次の町までそろそろだよね?」
雪の降りしきるなかで移動中の小規模な商隊のフライヤー、そのうちの一つに乗っている少女は自分の隣に座る少年へと語りかけた。
見た所では、15くらいだろう。
服装は気にしていないのか、動きやすさと防寒を重視した格好。
だが、それにもかかわらず少女を魅力的と感じない者はいないだろう。
小柄な身体に短く切りそろえられた少し赤みがかった茶色の髪は絹のようで、蒼い瞳が覗く顔立ちはどこかあどけなさが感じられながらも整っていた。
美人というよりも、可愛いというのが正しいであろう、どこかボーイッシュな感じの少女。
「あぁ、そろそろだな。そういえば、カノン」
カノンと呼ばれた、少女へと呼びかけた少年。
見たかんじ、18といったところだろう。
大柄で筋肉質な身体で判断が難しいがそんなところだろう。
黒髪の下に見える顔は優しげだ。
全体的に白を基調とした服装で、傍らには大剣のような騎士剣が置かれているところを考えると恐らくは騎士なのだろう。
「何?フィルク」
フィルクと呼ばれた少年は、カノンが反応を見せたのを見ると言葉を続けた。
「この辺って、魔法士も含む略奪者集団がでるらしいぜ。この商隊も狙われるかもしれないから気をつけないと」
「そうなんだ…小さい商隊だし、狙われるかもね。みんなに被害がでないように注意しないと。いざって時は頼むよ、フィルク」
カノンは、そう言ってフィルクに笑いかけた。
その笑顔は、心を許した者にしか見せることがないだろう、純粋なまぶしいような笑顔だった。
「あぁ、任せろ。俺の実力は知っているだろう?」
フィルクもカノンの笑顔に対して、力強く答えると笑顔を返した。
「頼りにしているからね、相棒」
少しおどけたようにカノンは、フィルクへと信頼の言葉を投げかけた。
フィノン商会
それが、この商隊の名前。
カノンの人望が人を集め、カテゴリーAのフィルクの戦闘力が略奪者たちから商隊を守ってきた。
カノンとフィルクが、二人で少しずつ築きあげてきた…二人の名前を取った商隊だった。
「よろしいですか。カノンさん、フィルクさん」
カノンたちのフライヤーへと通信がはいる。
先を行っていたフライヤーからだ。
「どうしたの?何かあった?」
すぐに通信に、応じる。
ひょっとしたら、フィルクが言っていた略奪者たちが現れたかとも思ったが、それにしては相手は落ち着きすぎている。
おそらく別の理由だろう。
「実はその…人が倒れているんですよ。どうやらまだ生きているらしいし、どう対応したらいいかと…」
「あ〜、そういうことか…」
今の時代では、行き倒れなどは決して珍しいことではない。
使用していたプラントが壊れた者、急にシティから放り出された者…その他さまざまな理由で別の場所への移動を強いられ、その移動の最中で死んでいく者がいる。
倒れている者が死体なら、無視していくのだが…生きているとなると…
「構うことはない、放っておけ」
悩むカノンの横からフィルクが口を挟む。
「ちょっ!?フィルク、まだ生きているんだよ!」
「略奪者たちの囮かもしれない、放っておけ。第一、俺達が助ける義理なんかない」
判断としては、フィルクは正しい。
略奪者の一人が倒れていることで囮となり、助けにきた者を襲う…そんな手段があるのも事実だ。
でも、正しいとしても納得することはできない!
「あなた達は、そのまま町を目指して。その人のところにはボクとフィルクのフライヤーを向かわせるから」
「おい、カノン!危険だって…」
「フィルクがいるなら、たとえ罠だったとしても大丈夫でしょ?ごめん、迷惑かけているとは思うけど…付き合って」
フィルクがいるならば罠だったとしても、逃げ切ることくらいならできるだろう。
フィルクは不満そうだったが、カノンの意志が固いことが分かったのか特に何も言うことはなかった。
自分達のフライヤーが周りのものと僅かにコースを変える。
程なくして、フライヤーは報告にあった人物の元へと辿り着いた。
倒れていたのは、少年だった。
年齢は自分と同じか少し上くらいだろう、上下ともに黒で統一された格好が雪の中では目立っていた。
身長は自分より少しだけ高いくらいだが、その年齢の男子とするならば若干低くなるだろう。
柔らかい茶色の髪の下に覗かせる顔立ちは、やや子どもっぽさが残るものの整っていた。
だが、観察をしていられたのもそこまでだった。
「結構深い傷があるみたい!フィルク、応急処置だけしてフライヤーに運ぶから手伝って!!」
半ばフィルクに怒鳴りつけるように、カノンはフィルクへと呼びかけた。
少年の横たわる雪の近辺は血によって赤く染まっていた。
何があったのかは分からないが、急いで治療しないと危険だ。
だが、フィルクは焦るカノンを見ても動かなかった。
「どうしたの、フィルク!急いで!」
「落ち着けよ、カノン。それを見ろ」
そう言って、フィルクが指差したのは少年が手に握るものだった。
しっかりと握られた左右の手は、それぞれに一振りずつの騎士剣を掴んでいた。
盗神シリーズのように小型の騎士剣。
だが、その盗神とは随所で異なっている。
最大の違いは、握りの部分に何故が備えつけられているトリガーのようなものだろうか。
「騎士剣がどうかしたの?それより急いで!」
「そいつ魔法士だぜ。しかも、騎士だ…連れていって、目覚めた時に暴れられでもしたら面倒なことに…大体なんで、俺らが助けなきゃならねえんだ?」
まだ、言葉を続けるフィルクの横っ面を引っぱたいた。
唖然とした様子で、こっちを見るフィルク。
「人を助けるのに一々理由なんていらない!ボクは彼を助けるって決めたの!分かったなら、手伝って!!」
カノンにまくし立てるように言葉をぶつけられると、フィルクは渋々といったようすで手伝い始めた。
すばやく応急処置をすませて、フライヤーに運びこむ。
全力でフライヤーを向かう予定だった町へと走らせた。
お願い、間に合って…
自動運転のフライヤーの中、カノンは祈るような気持ちで少年を見つめた…
カノンとフィルクは最後まで気付かなかった…少年を助ける様子を離れた位置から見つめる影があることを…
「へぇ、助かりそうだなあいつ…弱いくせに運はいいんだな…」
どこか楽しそうにその影は笑うと、何をするでもなく雪の中へと消えていった。
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