出来損ないの銃剣 ――銃剣を持つ少年――
殺そうと思った…
アイツを許せなかった、アイツのしたことが許せなかった…
それでも、どこかで何か理由があったんじゃないかって思っていた…
アイツを見つけたら一度話し合おう…
長い時間をかけてアイツを探していくうちに、そう思えるようになっていった…
そのはずだったのに、アイツを見つけたときそんな心は消え去っていた…
殺そうと思った…
殺意という感情が身体の中を暴れまわり、それ以外の感情がなくなっていく…
知らず知らずのうちに、叫び声を上げていた…
殺意が俺の身体を駆り出し、俺はアイツへと挑んだ…
自分の持てる全ての力を、技術を、殺意を出し切るつもりで…
刺し違えてでも殺す覚悟で向かっていった…
アイツは笑っていた…
アイツは俺を嘲笑っていた…
そして、決着は一瞬…アイツの嘲笑と共に振り下ろされた剣は、今までの俺の全てを否定するかのように俺の身を切り裂いた…
痛覚遮断も、血流遮断も間に合わない。
痛みと出血で気を失っていく俺が最後に見たものは、倒れ行く俺をつまらなそうに見つめるアイツの姿だった…
焼けるような痛みに身体がうずく。
だが、そんな痛みの中で右手には柔らかな温もりを感じる。
自分が生きていることの証明となる、感覚。
俺は…死んだんじゃないのか?
ぼんやりと思考が動きだす。
まぶた越しに光を感じた。
そこで、少年はゆっくりと瞳を開いた。
そして、少年が一番最初に見たものは…自分の右手を握りながら、心配そうに自分のことを見ている少女の姿だった。
「良かった!気がついたんだね!」
ぼんやりとした様子で、ベッドで瞳を開けた少年を見てカノンは喜びの声を上げた。
町の診療所に運び治療を施したが、医者曰く意識が戻るかどうかは微妙なところだったらしい。
さすがに立場上ずっと少年についているわけにもいかず、一旦仕事のために離れた。
大急ぎで自分の仕事を終わらせて、診療所へと出向いたが少年の状態は出て行ったときと同じだった。
それから、ずっとそばにいたのだが、今ようやく少年の意識が戻った。
「大丈夫?どこか痛むところない?」
「いや、大丈夫です。傷は痛みますけど、後遺症も残らないでしょう」
カノンをどこか不思議そうに見ながら、少年は答えた。
正確に傷の状態を把握している少年に疑問を漏らしそうになったが、考えてみれば少年は魔法士なのだ、I-ブレインで傷の状況が分かるのだろう。
「あなたは誰ですか?それに、ここは?」
警戒しているのか不思議そうだった表情を消し、感情を感じさせない冷静な表情を浮かべて少年は尋ねてきた。
「無事なら、良かったよ。そんなに警戒しないでよ、何もする気はないから」
安堵したように心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべるカノン。
そんなカノンを見て、少年はどこか戸惑っているようだった。
「あぁ、質問に答えないとね。ここは…」
「カノン、そこから先は俺が引き継ぐ」
カノンが答えようとしていた途中で割り込みの言葉が入る。
カノンがキョトンとした様子で、少年が再び警戒した様子で声の方向へと視線を向ける。
そこに居たのは、大剣を持ったフィルクだった。
「フィルク、どうしたの?騎士剣なんて持ち出して、物騒じゃない」
その言葉を聞いて、フィルクはため息を吐いた。
「カノン、お前は人が良すぎる…警戒心がなさ過ぎだ。現状説明やら、質問やらは俺がする」
その言葉の後に、少年とフィルクの互いを警戒する剣呑な視線が絡み合う。
「さてと…まずは、名前を教えてもらおうか」
答えは、しばしの沈黙。
ピリピリとした緊張感が張り詰める。
「答えるつもりはない…ってか。お前の命運はこっちが握ってんだぞ」
「それはどうでしょうね。ノイズメイカーを着けられているわけでもないようですし…そんなに簡単に片付くとお思いですか?」
表情は二人とも微笑。
だが、その瞳は互いに相手のことを探るようだった。
「もう、フィルク!そんな風に聞いたら誰だって答えるのを躊躇うよ!ごめんね、でも名前は教えてくれないかな?じゃないと、呼ぶのに困るじゃない?」
カノンは、少しだけ怒ったようにフィルクを嗜めてから、少年に問うた。
この場において、唯一違う質の笑顔を浮かべる少女。
カノンの言葉にフィルクは再びため息を吐き、少年はまた戸惑いの表情を浮かべた。
「…刃です。苗字とかはありません。ただ、刃とだけ名づけられました」
笑顔のカノンに見つめられて少年…刃はつぶやくように返事を返した。
「そっかぁ、変わった名前だね。ボクはカノン、こっちはフィルクだよ。よろしくね」
そう言って、カノンは握手を求めて手を差し出す。
刃は躊躇いながら、その手に応じた。
「…よろしくお願いします」
うん、と嬉しそうにカノンは頷く。
「そうだ!最初の質問に答えないといけないよね。ボクたちは商隊の一員で、ここはボクたちが商売をする町にある診療所だよ」
フィルクをよそに、あっさりと身分と現状を教える、カノン。
それから、刃を発見したときの状況を話し始めた。
フィルクはもう、諦めたように三度目のため息を吐くだけだった。
「そういうことですか…ありがとうございました。カノンさんたちが助けてくれなければ、俺は死んでいたでしょう」
「あはは、気にしないでいいよ。こっちも助けたくて助けただけだし。それから、カノンでいいよ」
『さん』付けされるの慣れていないんだ。
カノンは、そう付け加えた。
「そういうわけにもいかないでしょう。…そういえば、カノンさん」
「だから、『さん』はいらないのに…何?」
変わらずに『さん』をつける刃に苦笑を漏らしながら、カノンは続きを促した。
「その…俺の剣はどうしました?」
「あぁ、それなら…」
「これのことだろう」
答えようとした、カノンよりも先に答えが返ってきた。
答えたのは、フィルク。
その手には、刃の二振りの騎士剣が握られていた。
「…あなたが預かっていてくれたんですか」
「正しい表現ではないな。危険人物から武器を取り上げておき、目を覚ます前に調べておいた、ということだ」
再び空気が張り詰める。
いや、張り詰めようとした。
そのとき、
スパコーン、
妙な擬音と共に、カノンが自分より高い身長のフィルクの頭を跳び上がるようにして引っ叩いた。
「うぉっ!…痛ぇな、何すんだよ、カノン」
「もう、勝手に何をやってるんだよ!人を危険人物呼ばわりした上に、人の物を勝手に調べるなんて!やっていいわけないでしょう!」
「いや、だがな…」
フィルクが説明をしようとしたときだった。
「カノン〜!!仕事だ〜!」
どこか間延びした声と一緒に商隊の一人がカノンを呼びに来た。
「えっ、そうなの?分かった、すぐ行く。フィルク、話は後でね。刃、また様子を見にくるね」
そう言い残すと、カノンは呼びに来た男と去っていった。
カノンが立ち去り、刃とフィルクだけが残る。
二人の視線が再度絡みあう。
流れる沈黙、張り詰める空気。
カノンが居たから霧散していた、緊張感が戻ってくる。
長い長い沈黙の時間…それを先に破ったのは、フィルクだった。
「この剣だけどよ…一見すれば盗神シリーズだが、そうじゃねえだろ」
切り出された言葉、刃へとフィルクの言葉が迫る。
「俺も最初調べたときは、盗神シリーズを改造したものかと思ったが…こいつは完全に、一から作られた全く別の騎士剣だ」
一旦言葉を止めてから、区切るようにして続きの言葉が紡がれる。
「コイツは、一振りでは騎士剣としては大した能力も出ない。せいぜい量産されている騎士剣程度だろう。二振り合わせてようやくまともな騎士剣とタメを張れる程度だ。だが…コイツには、他の騎士剣にはない機能が取り付けられてんだろ」
そう言って、刃の騎士剣の握りの部分をいじる。
握りの部分が開き、そこからいくつかの物体が零れ落ちる。
地面に落ち乾いた音を響かせるそれは、弾丸だった。
「銃身は剣の中心に、握りの内部に銃弾が入るようになっていて、握りの部分にトリガーが仕込まれているだろう…つまりは、この剣は銃弾を撃てる。銃剣になってる」
フィルクは鋭い視線を刃へと向けた。
「…そうですよ。そいつは、ただの騎士剣じゃない…双銃剣型騎士剣『双牙』、俺の唯一の相棒ですよ」
フィルクの言葉を受けて、観念したように刃が答えた。
「それで、何ですか?確かにそいつは珍しい騎士剣ですけど、それだけだ。何か問題あるんですか?」
ゆっくりとフィルクは口を開いた。
「最近よ、噂で聞いたことがあるんだよ…」
そう前置きをしてから、片手に持っていた『双牙』を刃の方へと放り投げた。
そして、次の瞬間。
魔法士でなければ知覚できない一瞬、フィルクは己の騎士剣を握ると同時に身体能力制御を発動、続けてフィルクは刃の横たるベッドへと接近。
その喉元ギリギリに、剣を突きつけた。
突然の出来事。
それにも関わらず刃は騒ぐことも怯えることもせず、ただどこか淡々とした様子で突きつけられた剣とフェルクを見つめるだけだった。
「『殺戮の凶弾』…そう呼ばれる銃剣を使う騎士の噂だ。そいつは突如として現れるらしい。現れる規則性はただ一つ、そいつの目的と関係している。そいつがどっかで漏らした目的は、『強い奴を倒したい』。ただ、それだけのために名の知れた魔法士の元に現れては戦いを挑み、殺戮を繰り返す」
剣が喉元に食い込む。
フィルクは刃を冷たい目で見ている。
「目標としているのは、毎回一人なんだろうよ…だが、その過程でどれほどの数の人間を巻き込むことも厭わないらしい」
交差する二人の視線、そこに互いのどんな思いが込められていたかは分からない。
だが、やがてフィルクは剣を刃の喉元からはずした。
「お前がどうしてそんなことをしているかは知らない…だが、これだけは言っておく」
刃に背を向け出口へと歩いていくフィルク。
「俺の敵に回るようなことはするな…その方が、お前のためだ」
そう言い残して、フィルクは去っていった。
診療所に一人残される、刃。
ついさっき、フィルクに剣を突きつけられたばかりとは信じられないほどに落ち着いていた。
ぼんやりと何かを思うように虚空を見つめた。
「生き残ったか…でも、どうしたもんかなぁ」
思い起こすのは、先ほど見せたフィルクの動き。
知覚速度までは分からないが、おそらく加速度は58倍といったところか。
剣の扱いも慣れているようだし、身のこなしも悪くなかった。
自己領域の有無は分からないが、あの実力を見る限りおそらく備え付けている。
確実にカテゴリーAに分類される騎士だろう。
「アイツ、強いな…」
ポツリとつぶやきを漏らす。
「俺でどうにかなるか…どうしたもんかなぁ」
どうしたもんかなぁ、刃は再度そう言葉を漏らした。
ただ、そう言った彼の表情はどこか静かに笑っているように見えた。
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