■■ 北洲 ■■


第三次魔法士大戦α ―永遠の大地へ―


 今日も少女は軌道エレベーターを訪れていた。表向きには、現在世界最強と目される飛空艦艇《Hunter Pigeon》を撃破するための作戦会議だが、その本当の目的は、どうしようもなく鈍感なHunter Pigeonのパイロットに対する愚痴と若干の惚気話を聞いてもらう事だった。
 ほとんど毎回変わりのない長話を聞き終えた黒衣の男は、少女にまたいつものアドバイスを繰り返す。
 「そう焦るな。お前達はいい相棒だし、お前の腕もしっかり上がってきている。」
 しかし、と言い募ろうとしたこちらの機先を制して男は言葉を続ける。
 「そこまで気が急くなら、俺が練習相手になってやろう。」
 男の提案に少女は眼を丸くする。男は《騎士》。お世辞にも数百kmの規模で展開される艦隊戦に向いているとは言い難い。
 そんな少女の不審を見て取ったのだろうか、男は語気を強めた。
 「心配するな、《光使い》の護衛で空に上がった事もある。一対一なら並みの船には遅れはとらん。」
 その言葉は少女の闘志を刺激するには十分だった。Hunter Pigeonには全く敵わないが、少女の《FA-307》とて世界で五本の指に数えられる飛空艇なのだ。その辺の船と一括りにされるのは侮辱としか思えなかった。
 ゆえに、少女は不敵な笑みとともに言い放つ。
 「上等じゃない。その言葉、後悔させてやるわよ。」


 祐一が半透明の揺らぎに包まれて消えるのを薄桃色の羊水の中から見届けると、クレアはチタン合金の船体を成層圏へと疾らせた。祐一の速度は亜光速。上を取られることは止むを得ない。と考える間もなく祐一はFA-307の真上に出現し、真紅の長剣を無行の位に構える。
 まずは牽制。対Hunter Pigeon用の新武装を放つ。その爆炎も収まらぬ内に荷電粒子砲による砲撃。これで祐一を仕留められるとは思えなかったが、自己領域は解除させられたはずだ。その隙に背後に回り主砲の乱射で逃げ場を塞ぐ。
 だが、クレアの思惑は見事に外れる。黒煙の中から祐一が無傷で出現したからだ。どうやら初弾の軌道を弾いて変える事で残る全弾の照準を自分から外したらしい。馬鹿な、と言う言葉を必死で呑み込む。あれは拳銃弾や氷槍ではないのだ。大戦末期に使われていた本物の無線誘導ミサイル。その包囲網からこれほど簡単に逃れるとは。これが大戦の英雄、と小さく呟く。


 祐一は驚きとともにFA-307を見返していた。クレアには毎回お前は強くなっていると言い聞かせてきたし、祐一自身もそれは嘘ではないと理解していたのだが、中々努力しているようだ。B級の騎士ならば今の攻防で墜ちていただろう。自己領域潰しという対騎士戦の要点はきちんと把握しているし、何より思い切りがいい。先刻クレアが見せたのと同じ笑みを浮かべ、祐一は前方に落下を開始した。


 それまで視つめていたはずの祐一の姿が掻き消える。やば、と叫ぶとクレアは脳内でノイズメイカーの起動スイッチを叩く。
 案の定祐一はFA-307の装甲板の上に出現する。即座に近接兵器を起動。単分子ワイヤーの群れが祐一に襲い掛かるが、それらは当然のように空を切る。対騎士用の特殊装備でさえ全く役に立たない。祐一が騎士剣を装甲板に突き立てようとした刹那、ようやくFA-307は演算機関の全力を以って急速離脱した。


 マズい。たった一瞬の接触でワイヤーの四分の一を斬り飛ばされた。相手が最強の騎士だとは承知していたが、これほど圧倒的だとは。護衛などとはとんでもない、彼が単騎で斬り込んでも敵艦隊は壊滅しただろう。
 その祐一を《千里眼》で捉えていたクレアは、奇妙な現象に気付いた。笑みを深くした祐一の騎士剣の質量が次第に増大していっている。彼は《人形使い》ではないし、そもそも質量保存則を完全に無視している。そうした疑問を脇に押しやり、クレアは騎士剣の材質を分析し始めた。どうやらチタン合金や強化カーボンのような一般的な材料ではないようだ。大戦前のデータベースを漁っていたクレアは衝撃的な文字を目にする。《ゾル・オリハルコニウム》。と言う事はあの刀は…。


 一瞬の自失から立ち直るとクレアはすぐさま距離をとった。あの刀を相手にして接近戦など愚の骨頂だ。全ての装甲を紙のように切り裂かれて“一刀両断”されるのが落ちだろう。通信素子を通じて祐一に文句を言う。
 「ちょっと、さすがにそれは反則じゃない?あたしにその刀の相手できるとは思えないし、その攻撃力は練習試合の枠を越えてるって言うか…」
 残念ながらクレアの抗議が祐一に通じる事はなかった。
 「黙れ!そして聞け!我こそは!星を断つ剣なり!!」
 完全にまずいところのスイッチが入ったようだ。祐一は最早バーサーカー化している。
 「斬艦刀!電光石火!」
 如何なる原理か、祐一の騎士剣の先端から雷光が迸る。未知の兵器ゆえに、今一つ軌道が予測できない。反撃する余力もなく回避を続ける。観測に特化した魔法士であるクレアの能力では、祐一の騎士剣を破壊する事はできない。じりじりとFA-307は追い込まれていく。
 そして祐一の雄叫びが轟く。
 「届けっ!雲耀の速さまでッ!」
 巨大な騎士剣を携えて祐一が突撃してくる。次の一撃は回避できない。どうしようもない諦めがクレアの全身を包む。


 だが。不意に赤髪の相棒の顔が思い浮かぶ。この船に改造を施してくれた蓬髪の老婆の顔、心配そうにこちらを見遣る弟の顔、訪ねる度に無意識に惚気攻撃を仕掛けてくる小さな友人の顔…。
 「――ふざけんな!あたしはいつまでも負け犬なんかじゃない!」
 次の瞬間。指を弾く小さな音が世界を静止させる。
 「よく言った。さすがオレの相棒だぜ。」
 《破砕の領域》がFA-307を貫くはずだった液体金属を原子レベルまで解体する。
 FA-307の二倍以上ある真紅の船影が飛来し、クレアを護るように眼前に停止する。


 「お前か。ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。」
 FA-307よりやや上空に位置した祐一が声を掛けてくる。
 「親分、その剣はこいつにはまだ無理だ。また今度ってことで。」
 反論しようと口を開きかけたが、ヘイズの言う通りだ。今回は大人しく降参すべきだろう。だが、少しの間考え込んでいた祐一はとんでもない事を言い出した。
 「ちょうどいい機会だ。お前達の連携を確かめてやろう。二人まとめてかかってこい。」
 その提案に対して、こちらは特に悩みもせず、小さく指を鳴らすと応じる。
 「いいぜ、親分。オレ達の秘密兵器を見せてやる。」


 Hunter Pigeonのヘイズから通信が入る。
 「おい、親分相手に出し惜しみしている余裕は無え。初っ端から全力でいくぞ。」
 クレアの承諾なしになされた宣戦布告に、少し怒りを込めてディスプレイを睨む。
 「まさかあんた、大気圏内であれを使うつもり?」
 それに対するヘイズの応えは極めて短かった。
 「当然だ。それしか親分に勝つ方法はない。」
 確かにヘイズの言う事は正論だ。正面からなら実体弾は弾かれ荷電粒子は情報解体される以上、祐一の防御を打ち破るためには騎士を上回るスピードが必要になる。地上の被害を考えなければ、の話だが。
 「あんたってバカね!ほんとにバカね!もう救いようがないくらい大バカね!」
 もう一度ヘイズを睨み付けると、渋々その提案に同意する。


 「ハリー、合体準備開始。」
 天井の隅のカメラを見上げ、ヘイズはハリーに命じる。
 『了解。全システムを「合体準備」プロセスに移行します。』
 いつも通りに無闇に抑揚の効いた声が答える。後方から飛来する白銀の船影をI-ブレインの知覚に収めつつ次の一言を吐き出す。
 「合体プロセス開始。」


 紅と銀、二つの船体が螺旋を描いたかと思うと数ミリセカント後、その場には新たな機影が出現していた。以前の船体からは想像できない人型の機体。白銀のコアブロックとそれを取り巻く真紅の武装。無数の荷電粒子砲とミサイルの発射口がこちらを照準する。祐一は僅かに目を見開き、得心する。そうか、これが彼らの…。
 紅の機体に刻まれたスピーカーからどこか自慢気な声が流れ出す。
 「どう、これがあたし達の奥の手、《Hyperion》よ。」
 「上等だ。我こそは『神を断つ剣』なり!」


 祐一の叫びで戦いの口火は切って落とされた。
 「斬艦刀!大車輪!」
 全長百mはあろうかと言う巨大な騎士剣が眼前を通り過ぎる。祐一が騎士剣を回収する刹那にクレアは決断する。
 「ハリー、ブレイクターン。」
 合体前の両機に備わっていた主動力、X7型演算機関とWZ-0型演算機関が唸りを上げて機体を加速させる。宙間戦闘ならば亜光速に迫る速度を誇るHyperionは、従来の飛空艦艇からは常識外の機動を可能とする。一瞬で祐一の背後に回り込むと完全静止し、ヘイズに叫ぶ。
 以心伝心。即座にヘイズが指を弾く。I-ブレインの全方位知覚の中を荷電粒子砲の紫電が貫き、絶対知覚が情報解体を感知する。


 漸くダメージが通ったようで、クレアが歓声を上げる。
 「すごいじゃない、これなら」
 その言葉を遮ってヘイズは告げる。
 「甘く見るな。親分はオレ達とは違って特機だ。オレも五年前にここまでは行ったんだ。これからが本番だぞ。」
 その通り、祐一には大したダメージはないようだ。指パッチンで真っ二つにされたのか、あの巨大な刀身は見当たらず、真紅の変異銀が輝いている。


 「二人とも随分腕を上げたな。」
 祐一は満足気に微笑むと、紅蓮を正眼に構える。
 「おいおい親分、オレもこいつと一緒にヘタレの仲間入りかよ。」
 そんな反論も意に介さず、祐一は続けた。
 「その努力に免じて、俺の本気を見せてやろう。」
 (参式斬艦刀、完全同調――)
 「これからの世界を担う者に、本当の強さを授けよう。だから…」
 《天使》の力の発動にも似た、光の魔法陣が紅蓮を中心に立体的に展開される。その光の幾何学模様の中で、祐一はただ願った。
 「…俺に力を貸してくれ!」


 何の前兆もなく竜巻が荒れ狂う。如何なる情報制御も上書きして風が吼える。咄嗟にヘイズが指を弾くが、風の結界を貫通するには至らないようだ。その中でクレアは有り得ない光景を視た。
 黒衣の騎士の傍に同じく旧神戸自治軍の制服を着た女性が寄り添う。雪のような白い肌と腰まで届く黒髪。その姿を以前にどこかで目にした気がする。そんなクレアの思考を他所に“彼女”は紅蓮を構える祐一と手を重ねるとたおやかに微笑んだ。次の瞬間、クレアは目を疑った。I-ブレインで確かに捉えていたはずの騎士剣が二振りになっている。考えるのは後回しだ。最早この空間は《魔法》とは異なる理論に支配されているのだろう。祐一と“彼女”は長大な騎士剣を上段に掲げると、こちらへと飛翔する。


 迫りくる“彼女”の発する威圧感にヘイズが抗し切れなくなったのだろう、ミサイルポッドから古の天文学者の名を冠した対艦用ミサイルが放たれる。僅かでも時間が稼げれば、と祈るがミサイルは一瞬のタイムラグもなく砂のように崩れ去る。幾ら誘導用AIを積んでいるとは言え、このレベルの騎士相手では荷が重い。
 それよりも、とクレアは記憶データを再生する。今の一瞬、彼らは自由落下することなく情報解体を発動していたような。ヘイズも同じ事に気付いたのだろう、呆然と声を上げる。
 「…マジかよ。……冗談だろう、親分。」
 だが、クレアは驚くと同時にどこか納得していた。自己領域と身体能力制御を同時に起動する、クレアの弟の固有能力。“二人”の騎士に二つのI-ブレイン。単純な話だ。それでも、それは驚愕すべき事実を示していた。騎士の唯一の弱点が消滅した事を。


 ひとまず後退して予測演算のためのデータが欲しいところだが、相手はその余裕を与えてくれそうにない。相変わらず吹き荒れる竜巻を操り、Hyperionの動きを封じてくる。その嵐の中で何故か“二人”の騎士の掛け声だけが響き渡る。
 「祐一、今が駆け抜ける時!」
 「応!! 竜巻斬艦刀!逸騎刀閃ッ!!」
 予測する術はないが、恐らくその言葉通り断てぬものなど存在しないであろう剛剣を前にして、ヘイズは戦慄を禁じ得ない。その恐怖から逃れるために、ディスプレイから視線を外し操縦室を見渡す。


 騎士“二人”の熱気に影響されたのだろうか、ヘイズがやたらと気合の入った声で叫ぶ。
 「あれに対抗するためには最終戦技しかねえ。行くぞ、GRa…」
 『ヘイズ、黙っていて下さい。Gで舌を噛みますよ。大体、技名を叫んだところで威力が上がる訳ではないですし。』
 だが、即座にハリーに否定されヘイズは操縦席から転げ落ちる。全く、盛り上がったムードが台無しだ。
 『死にそうな目に遭うのもいつものこと、それを切り抜けるのもいつものこと。もう慣れました。』
 クレアは脱力していつもの相棒達の姿を視つめ、苦笑しながら言う。
 「ヘイズは火器管制、ハリーは航法ナビをお願い。全武装を囮にして突撃、零距離から《虚無の領域》を叩き込むわよ。」
 「わぁーったよ、それしかねえか。」
 『承知しました、クレア様。』


 彼らの意図を悟り、祐一は目を細める。回避か後退を選択すると思っていたのだが。紅に白の機体はどちらも選ぶことなく竜巻の中心を突き進む。その姿はさながら夜空を切り裂く流星のようだ。やはり彼らを選んでよかった、と祐一は独白する。“彼女”が頷く気配がする。消え行く“彼女”の名残とともに祐一は紅蓮を振り下ろす。


 そして、神を断つ剣と全てを滅する音が交錯する。


 「で、何であたし達が野良作業にこき使われるわけ?大体、あの箱庭の管理人はどうしたのよ。」
クレアが半ば自棄気味に怒鳴る。朝から延々と草むしりを続けて腰が痛い。
 「ドームに風穴開けてこの程度の被害で済んで良しとしろ。旦那は町まで手伝い呼びに行った。」
こちらも半ギレのヘイズ。“下”から堆肥を運び続けるのは大変だったろう。
 冷静に考えればヘイズの指摘は正しい。ミサイルをぶっ放しまくったこちらに対し、相手は剣一本。どう考えても悪いのは自分達だ。
 でも、と割り切れない思いを抱えてクレアは文句を続ける。
 「こっちが弾倉カラになるまで射ち続けてやっと引き分けってどうなの?“オレ達の最強技”じゃなかったの?」
 「まあ、いいじゃねえか。」
 イタズラな笑みを浮かべてヘイズがこちらを振り返る。
 「それより、」


 「――隔壁、開放。」
 満天の星空に照らされ、桜の花びらが宙を舞う。
 祐一達の世話の賜物だろう、見事な枝振りの桜が一輪の花を咲かせていた。
 「桜が咲いたら、みんなで花見でもしねえか。」
 どうも話を逸らされている気がしたが、悪くない考えだった。
 「いいわよ。でも、条件が一つだけあるんだけど…」


 こうして今日も少女は歩んでいく。青い空の下、緑の草原を、愛する人とともに。
 この完璧な世界を。



<作者コメント>

 同盟作品が散々スパロボ化していると言われているので、本当にスパロボを演じてもらいました。BGMはもちろん「悪を断つ剣」です。これ一曲で気力が三百まで上がります。ただし、副作用として雑魚敵相手に十二万ダメージを出したくなります。

 実際にこの対戦が実現したら、必中親分で一刀両断でしょう。吼えまくった祐一には満足しています。雪はTrombeに乗せてしまったせいで、完全に別人になってしまいました。本来は祐一のストッパーをイメージしていたのですが。

 一方のハイペリオン組はスパロボ中で男っ気のなさを嘆いていたのが嘘のように、乗員の過半数は野郎です。それでクレアが報われたかは分かりませんけど。

 本作最後のセリフは『M.G.H 楽園の鏡像』からです。興味のある方はお読み下さい。

 ここまでお付き合い下さりありがとうございます。それでは。

<作者サイト>

そんな都合のいいモノがあるなら――言ってみろ!

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