■■闇鳴羚炬様■■

魔法士達の物語おとぎばなし〜第一幕 始動と斯道〜


<西暦2698年12月25日午後8時27分>
脳内時計が時刻を告げる。
まだ「世界が情報から出来ている」ということが解明されていなかった次代からずっと使用されている年号は、2700年台が近づいた今でも、一向に変わる気配はない。
そして、その年号の始まりとなる、イエス・キリストが生まれた日を祝す、クリスマスという行事も。
今日はそのクリスマス。
遥か昔、世界がまだ色を残していたときは、「ホワイトクリスマス」と言うものが憧れだったらしいが、ここ500年ほどはそれ以外が憧れとなっている。
窓から軽く空を眺めれば、吹雪。
空は未だ暗い灰色の雲に覆われている。
世界は極寒の大地を今や当たり前のものとして動いている。
白と黒の、モノクロのような世界。
そんな世界で望まれたクリスマスの在り方―それは、「カラフルクリスマス」とでも言えばいいのだろうか。
目が痛くなるほどの青に、それを休めてくれる緑。そして、豊かな実りの黄色や赤。
望めば望むほどそれが空想でしかないことを思い知らされる、そんな世界。
その世界の、ある一つの家で、二つの人影は動いていた。
「おばあちゃん、早くお話聞かせてよ!」
子供―その「おばあちゃん」の孫だろう―が、目を輝かせて急かす。
その子は、そばにある車椅子、正確にはそれに座っている人物に手を伸ばして、袖を引く。
「分かったよ。話すからそこに座っておくれ。」
その車椅子に座った人物、つまり「おばあちゃん」が、困ったように言う。
よっぽど楽しみだったのか、孫はひとしきり喜んでから、車椅子のそばにちょこん、と座った。
それを確認したおばあちゃんは、孫に向き直って一つの物語を語る。
「昔々、西暦2198年・・・ああ、ちょうど今から500年前だね。そのときに居た、一人の魔法士のお話・・・」
孫は行儀良く正座して、その話に耳を傾けている。
おばあちゃんは、懐かしい記憶を思い出すかのように目を細めて言葉を紡いだ。
「その魔法士は、お前みたいに生まれる前からI-ブレインがあったんだよ。」
その魔法士の「おとぎ話」を、彼女は静かに、しかしはっきりとした口調で語り始める・・・

<西暦2198年9月1日午後1時37分>
「どうしたもんかねぇ・・・・。」
妙に響くが高低が不安定な声でつぶやいた青年。年は20くらいだろうか。
左右で長さが違う赤髪に、コバルトブルーの瞳。背は180程で、その表情からはやる気のなさが滲み出ている。
黒いジャンバーにブルージーンズ、という服装だ。
彼の視界には二つの人影がある。
一人は、男だ。短く刈り上げた黒髪。目はミラーシェードに隠されているので何色かは分からない。背は2mを越しているであろう程の長身。堀の深い顔立ち。
紺色一色のロングコートに身を包んでいて、どこか『大戦の英雄』を思わせるその風体。
手には、普通の物より少し大きな騎士剣が正眼に構えられている。
もう一人は、女だ。腰まで伸ばした赤みがかった茶髪に、おそろいの瞳。男とは反対に160ほどしか身長がなく、二人で並んでいると親子に見えてもおかしくない。
服は純白の外套で、髪の色がよく映えている。
どちらも、魔法士である。
彼らを一瞥し、
「どうしたもんかねぇ・・・。」
もう一度つぶやく。しかし、声にはどうもやる気が感じられない。
それもそのはず。元々彼は、こんなことする気はなかった。
いや、むしろ、こんなことしたくなかった。
ことの起こりはつい昨日。

「輸送任務?」
「そう。神戸シティ跡からここまで。簡単でしょ?」
そう、彼女は言った。
年は17ほど。身長は160cmも無い。褐色の髪を肩口で切りそろえ、両目を黒い派手な眼帯が覆っている。眼帯の中央には大きな赤い一つの目。
―クレアヴォイアンス7である。
彼女の言った『ここ』とはシティ・マサチューセッツのことだ。
「輸送任務なら、何でお前が行かないんだ?」
俺は輸送任務はあまり好きじゃない。向いているかもしれないが、好きじゃない。
その上、俺よりも向いているのが、彼女だ。
他の追随を許さぬ圧倒的な索敵、情報収集能力を誇ることから付けられた、「千里眼」の名。
それを冠する彼女は、専用艦「FA-307」で、あの暗灰色の雲さえも超える。
正直に言うと俺は彼女が羨ましくて仕方がない。
この黒と白と灰色のモノクロの世界から抜け出して、突き抜けるような青空を見ることが出来るのだから。
ちなみに、「突き抜けるような」と言うのは、古い書物に載っていた言葉だ。どれを見ても、そんなような形容がされている。
「ちょっとねー。この前のアレの所為で『FA-307』が動かなくなっちゃって。今全力で修理してるトコ。まぁ、あと1週間くらいかかると思うけど。」
努めて軽い口調。
その顔は笑顔一色だったが、心の内までは分からなかった。
「・・・そうか。それじゃ、仕方ないな。」
だから、俺はバツが悪かった。
彼女は、心の内では暗い顔をしているに違いないのだ。
・・・・・・まずったな。この話は禁句だった。
「WBF」の人間なら知らない者はいないあの事件。
『デュアル33』の逃亡。
一番親しかった彼女が、一番辛いはずだ。
しかも、彼女はそのデュアルの追跡部隊の隊長格だ。
・・・まだ治りきっていない傷に塩を塗りこんでしまった。

結局、俺が任務を遂行することになったのは必然と言えるだろう。
イヤな仕事には変わりないが、今クレアに行かせるのは酷というものだ。「ファクトリー」のやつらがそんなことに気を遣うとも思えないが、俺に回ってきたのはもしかしたらそれでかもしれない。
輸送任務というには少し軽装だった。大した任務じゃないのかと思うが、それでは俺に回ってくる理由が分からない。
だが命令に逆らう訳にもいかないので、とりあえず任務には従った。
まず、神戸シティ跡にいった時、「ファクトリー」の研究者と思われる一団が居た。
事情は通っていたので、『物資』の受け渡しは非常に簡単なものだった。
それは、新しいノイズメイカーらしかった。
自分が起用された理由が分かったと同時に、I-ブレインが悲鳴を上げた。
研究員の一人が誤って作動させてしまったらしい。
とにかく、作動したままでは空輸は難儀なので、止めさせた。
俺には専用艦なんて豪勢なものはないので、普通の『SR-608』に乗せる。
研究員達はまだ何か仕事があるのか、一緒に乗りはしなかった。
後は、マサチューセッツまでこれを持って行く。
それだけだ。
あまりに簡単な仕事なので、おかしいとは思った。
この程度の仕事なら、わざわざ俺が起用されるまではないと思う。
いくらノイズメイカーの新製品だからって一般の兵士にやらせれば問題はないはず・・・と言うか、むしろその方がいい。
何かあるのかと思い、体はいつでもベストコンデションにしておいた。
だが、しかし。
まさかこんな大事だとは思わなかった。
神戸シティ跡を出て、しばらく航行すると北アメリカ大陸に入る。
事件は、アメリカ大陸のど真ん中で起こった。

(高密度情報制御を感知)
I-ブレインが告げると同時に、50m級小型輸送艦『SR-608』は、撃沈した。
演算機関が停止、重力が復活し、機体は自由落下を始め、
―ものの数秒で地面に衝突した。
艦内には少数の警備兵しかいなかったが、その誰もが衝撃で気を失ったようだった。
「・・・何が起こってる?」
不安は隠しきれなかった。
とりあえず、艦外に出ることにした。
何かあるとすれば、それは艦外だ。

「・・・出て来た!」
50m級小型輸送艦『SR-608』から、見た所20歳ぐらいの青年が顔を出した。
(分子運動制御開始。「氷槍」起動)
青年を取り囲むように、氷の槍を生成し、襲わせる。
すると青年は同じように「氷槍」を発生させ、槍の一角に向けて突っ込ませる。
槍がかち合い、双方共に砕ける。
その中を、青年が駆けて行く。
分子運動制御。『炎使い』・・・かな。
「俺が行こう。」
言うが早いか、隣にいた長身の男の体は半透膜状の『揺らぎ』に包まれ、掻き消える。
青年の目の前に現れ、右上段から袈裟斬りを叩き込む。
しかし彼の攻撃軌道上に氷の盾が出現。攻撃を受け止める。
触れた直後、盾が砂のように崩れ去る。
青年はいつの間にか手袋をはめていた拳で突きを繰り出す。
しかし、彼はまた『揺らぎ』に包まれ、青年の攻撃はあっけなく空を切る。
(「氷槍」起動)
間髪入れずに「氷槍」を起動。先程と同じように青年を襲わせる。
これに対して、青年は先ほどとは違う対応を見せた。
それは、驚くべき対応だった。
「炎神」を発動させ、私が生成した「氷槍」に向かって青年と私が残した熱量を、送り込んできた。
もちろん、水蒸気爆発が起きる。それによって、「氷槍」を吹き飛ばした。
・・・・・・しかし、至近距離で爆発を起こすなんて・・・?
真空の壁を作る暇があったとしても、ある程度の怪我を覚悟しなければならないだろう。
青年の思惑が読めず、眉を顰める。爆煙に包まれている青年の姿はまだ見えない。
何かが出て行く気配はなかったので、まだそこにいるはずだ。
爆煙が、晴れる。
想像とは異なるその景色に目を瞠る。
青年の体には、傷一つなかった。
そして、一体どこから出現したのか、チタン合金製の壁がそこにはあった。
青年を護るように鎮座するその壁は、一瞬後、崩れるように消えた。
・・・ゴーストハック?でも近くにチタン合金なんて・・・。
それに、今の崩れ方。
あれは、ゴーストハックの崩れと言うよりは・・・情報解体の崩れ方に似ていた。
存在情報をかき消され、物理的構造が保てなくなったチタン合金は、目視できなかった。
「ほぉ・・・。」
「なかなかやるじゃないか。」
いつから居たのか、隣に戻ってきていた彼は青年に語りかける。
その腕には騎士剣が握られているが、今は切っ先を地面に押し付けていた。
「・・・そりゃ、どーも。」
青年は気だるげな口調で返してきた。
なかなか肝が据わっている。
きっと剣先が自分に向けられていないこともあるのだろうが。
「ちなみに、さっきのあれはどうやって作ったのかな?」
彼が、一つ疑問をこぼした。やっぱりゴーストハックとは違うようだ。
だとしたら、どうやったのか。それは、私にも甚だ疑問だった。
「・・・教えるはずねえだろ。」
相も変わらず気だるげの青年。
同じ問いを今まで何度もされてきたのだろう。
その証拠になるかどうかは分からないが、その言葉にはあまり感情がこもっていなかった。
いわゆる、「事務的な口調」というやつだ。
「クックック・・・確かにな・・・。」
彼は何が面白いのか顔をニヤつかせている。
しばらくそのままの状態が続き、そろそろかなと思って口を開こうとした瞬間。
「・・・で、そろそろ本題に入ったらどうだよ?」
青年に先を越された。
手早く済ませたい、と言うことだろう。
しかし、この状況で相手に意見するとは、本当に肝が据わっている。
「ふむ。それじゃ、本題といこうか。」
彼は、少し面白くなさそうな顔をしながら、そういった。
あまり顔と言葉が合っていない。
「そうしてくれ。」
青年が大きな溜め息をついた。呆れている模様。
その気持ちは良く分かる。
「君は、なかなか強いようだ。」
「・・・は?」
彼がそう言うと、青年は呆気にとられる。
まあ、今の今まで戦っていた相手に褒められたのだ。不思議ではないと思う。
「そ、そりゃどーも。」
律儀にお礼を言う青年に、私は危うく吹き出しそうになった。
その顔が間抜けだったから、という理由もある。
「で、その本題と言うのは、一つのお願いだ。」
彼が幾分真面目な顔をする。
さて、次の青年の反応が楽しみだ。
今までの面白い反応から考えると、期待できる。
「一緒にマサチューセッツに攻め込まないか?」
青年はつまらないことに反応がなかったが、私には頭を抱えて天を仰ぐ幻覚が見えた。
いや、もしかしたら幻覚ではなかったかもしれない。
「断るなら、こっちにも考えがあるが。」
彼は剣を構え直し、青年に切っ先を向けた。
(エントロピー制御を開始)
同時に私はI-ブレインをいつでも戦闘できる状態にする。
ふと、これはお願いじゃなくて脅しだな、と考える。
別に罪悪感は湧かなかった。

で、今に至る訳だが。
はっきり言おう。勝てることは多分勝てる。
こっちは人数的に不利だが、『物資』がある。
今ここで使えば、傍らにいる女はともかく『騎士』の男は無力化できるだろう。
騎士は絶対にノイズメイカーの範囲に入らないと攻撃できないのだから。
そして、一対一なら勝つ自信はある。
しかし、そこである重大な事実に気がついた。
・・・あ、こりゃ無理だ。
絶対に勝てないことに気付いてしまった。
残る選択肢は、二つ。
投降するか
逃亡するか
「どうしたもんかねぇ・・・。」
俺は、きっと今までの人生で、今この瞬間が一番やる気ない。




誰が気付けたであろうか

青年の体の変化、その不思議な現象に

一時だが、確実に

彼の体が小さくなったということに



<作者様コメント>
差し替えです。一話→三話までのあらゆる矛盾を消すために。
無計画ですいません・・・。
と、言う訳で、新たにスタートです。「魔法士達の物語」。
最後まで書き上げて。
小説組からの脱退を表明したいと思いますので。
もしお付き合いして頂ける方がいて下さいましたら、
最後までよろしくお願いします。

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