■■闇鳴羚炬様■■

魔法士達の物語おとぎばなし〜第四幕 普通と不通〜


グラムスに寝床の所在を聞きに行った俺は、部屋に入ってすぐグラムス以外の人影があるのに気づいた。
「・・・お?」
それは、昼間俺を襲った女だった。今は純白の外套を脱ぎ、やっぱり白のワンピースに身を包んでいる。
椅子に座って机に向かうグラムスのすぐ横に立ち、手を前で合わせている。
身長が40cmほど違う二人は、グラムスが椅子に座ってようやく顔が同じ高さ、と言ったところだ。
・・・こいつら一緒にいて疲れないのか?
二人が立っている時であれば、少女(としか見えない)は顔を上げなきゃいけない、グラムスは顔を下げなきゃいけないで、どちらも首が痛くなってしまうだろう。
「・・・どうかしたのか?」
グラムスのその一言で我に返る。
ああ、いかんいかん。俺は寝床を探しに来たんだった。
俺は自分をたしなめるように一つ頭を叩くと、グラムスの問いに答える。まあ、問い返す訳だが。
「ああ。もう寝たいんだが、どこで寝りゃいいんだ?」
すると、間が空いた。
すぐに答えてくれるだろうと思っていた俺は慌てた。まさか俺の寝床はないのだろうか。
グラムスは驚いた顔をしている。横の少女も、よく見なければ分からないが驚いているようだった。
・・・はて、何かおかしいことを言っただろうか?
いや、言っていないはずだ。人間として正当な要求のはず。
しかし、驚かれると不安になる。
「・・・何か変なこと言ったか?」
取りあえず聞いてみる。
するとグラムスがはっとする。横にいた少女は無表情に戻った。どうせあまり変わらないが。
「ああ、いや、今まで一日目でそんなことを言って来たヤツはいなかったから・・・その、一瞬、本気か疑ったんだ。悪かったな。」
グラムスが答える。
どうやら俺は半分くらい珍獣扱いらしい。少女はともかく、グラムスは面白いものを見る目だ。あの時もそうだったが。
捕まったときのことを思い出して少し気になった。そういえばノイズメイカーはどうなったのだろう。
あの後俺はすぐに連れてこられたので、あの輸送艦がどうなったかさっぱり分からない。
何せ新製品だ。今までにない機能がついているか、効果範囲が広がったか、なんにしろ性能はシティの保有しているものより高いだろう。
あれを使われたらシティでもちょっと辛いんじゃ・・・
「寝床だったな。」
グラムスの声で現実に引き戻された。いかんな。脱線率が上がっている。
「部屋はいくらでも空いてるから、その一つを使ってもらおう。案内はこの娘にさせる。」
グラムスに指さされると、少女はこっちに軽く会釈した。俺も軽く会釈を返す。
少女の会釈する動作は流れるようで、危なく見ほれそうになった。
「それじゃ、頼むぞ。リリア。」
「はい。」
リリアと呼ばれた少女が答える。声、初めて聞いたぞ。
リリアは手は前で合わせたままでやっぱり流れるように俺のところまで歩いてくると、
「・・・こっちです。」
とだけ言って部屋の外へ出て行く。
ついていかねば、と少しだけ慌ててリリアの後を追うと、後ろから声が聞こえた。
「迷うなよー」
それは、俺に言ってるのか?それとも、リリアに言ってるのか?
俺に言っているのなら分かるが、リリアに言っているとなると・・・
まず間違いなく遭難する。下手すると命が危ない。
・・・前者だと願いたい。

<西暦2198年9月2日午前7時00分>
I-ブレインの脳内時計が告げた。
同時に俺は体を起こす。
「いて・・・」
固い床の眠り心地ははっきり言ってよくない。
枕がないとくればなおさらだ。
シティの中では・・・一部例外もあるが、感じることのないその痛みに、俺は思わず伸びをして、顔をしかめる。
ふと、思い出した。
<痛覚遮断>
I-ブレインにはこんなに便利な機能があるのだ。普段めっきり使わないものだからついつい忘れてしまう。
起き抜けの頭を軽く振り、気持ち残っていた眠気を払う。
周囲を見回す。
全体リノリウム張りで、壁際には埃が積もっている。
部屋の隅に一つだけ机があり、その上に端末があった。
しかし、それ以外には全く物がない。
ひどく閑散とした部屋だった。
寝る前の会話が思い出される。

「…ホントにここで寝るのか?」
「はい」
とても信じられずに訊いてしまった俺に対し、リリアは無慈悲に極めて簡潔な肯定の言葉を述べた。
「埃が積もってるように見えるんだが?」
「掃除してください」
お、初めてまともな文だ。
…ってそんなことはどうでもいい!
「…誰が?」
「貴方が」
さっきからずっと即答だな、この娘…。
もう少し気遣いというものは出来ないのだろうか。可愛い顔をしているだけに、そのギャップが心に痛い。
案外俺は女という生物に夢を持っていたらしい。いや、別にこの娘が悪いという訳ではないのだが。
「…何を考えてるんだ、俺は」
また脱線していた。
頭から煩悩を追い払い、とりあえず仕方ないと、掃除を始めようと…
「ホウキ」
手を出す。
二世紀近く前の映画に有った、「メイドを従えた金持ち」の気分で。
「……?」
リリアはひどく怪訝な顔つきをして差し出された手を見た。
ちょっとして今度は俺の顔を見る。
怪訝な顔は変わらず、俺はかなり恥ずかしい思いをした。
「…ん、んっ!ホウキは、何処にあるんだ?」
軽く咳払いをして恥ずかしさを誤魔化す。
リリアは訊かれてようやく差し出された手の意味を理解したらしく、ちょっとだけ顔をハッとさせて部屋から出て行った。
「……」
少し、立ち尽くす。
足音が遠ざかって…遠ざかって…遠ざかって…やがて聞こえなくなる。
…何処まで行ってるんだ?
思わず部屋から廊下に出て左右を見るが、姿は当然ない。
探そうかと思った途端、グラムスの言葉が脳裏に蘇る。
『迷うなよ』と言っていた。確かに言っていた。
…あれが、リリアに言ったものだとしたら?
マズイ。非常にマズイ。
俺は掃除も出来ずここで立ち尽くし、そのまま朝を迎えるハメになるかもしれない。
だが、あれが俺に言ったものであれば、ここで出歩くのは自殺行為以外の何物でもない。
「…待つしかねぇか」
結局俺に出来るのは、リリアを信じて待つことだけのようだ。

――30分後。
とてとてぼとっとてとてぼたっとてとてべしっ…
「…何だ?」
誰かの足音。こんなところに来るのはおそらくリリアだけであろう。しかし、足音には確実にそれ以外のものが混じっている。
とてとてばんっとてとてびたん…
不審に思って足音が聞こえてくる方向を見やる…と、視界の一直線上遠くに人影。
なんだなんだと走り寄ると、リリアは両手一杯に抱えきれないほどのホウキを持ってきた。
…事実、彼女の足跡はホウキによって形作られていた。
「…お前、何してるんだ?」
俺が問い掛けるとリリアは団子のようになったホウキの脇からちょっとだけ顔を覗かせ、
「ホウキ、持ってきました。」
事も無げに答えた。

…ああ、あの後一つ一つ拾って行ったら確か倍くらいの量になったんだよな…どうやって持ってたんだろう…
夕べのことを思い起こし、もはや楽しかった思い出にしている俺。あれを片付けるのに1時間掛かったのは今でも不思議だ。リリアはどうやって30分で持ってきたのだろう。
「…と、んなことしてる場合じゃねぇ」
脳内時計は7時08分を示していた。そろそろリリアが起こしに来る頃だ。
脳の側面のスイッチを押し、ちょっとしたメッセージを送る。
…しかし、返答はない。
「あいつ、何してんだ?あれを直すのに1週間掛かるって言ってたくせに、任務ってことはないだろうし…」
昨晩も行った連絡。結果も昨晩と同じように返事なしに終わった。
…ったく、仕方ねぇなぁ…
これで諦めるわけにはいかないが、これからも通じなかった場合の対処法を考えなくてはいけない。全く面倒なことになったものだ。
一つ溜め息をついたところで、ノックが聞こえた。どうぞと言って招き入れる。
「おはようございます。朝食です」
リリアが相変わらずの無表情で食事を持って来てくれた。トレイを部屋の隅にあるデスクに置いて、一礼して部屋を出て行く。
「あの娘も、もう少し笑ってくれたらな…」
せっかく可愛い顔をしているのだから、笑えばきっともっと可愛いのだろう。許容範囲には足りないが、二年後が楽しみ――
「…何を考えてるんだ、俺は」
まだ二日目なのに、早くもここの空気に感染してしまったらしい。そう言えば寝る前からそうだった。
…考えを改めなければ。
立ち上がって、今日の行動をシュミレートする。ちょっとした運動をこなし、朝食をとる。
部屋から出る直前、最後にもう一度メッセージを送った。
返事はなかった。

<西暦2198年9月2日午前7:00>
I-ブレインが無感動に時刻を告げる。
「く…ぁ」
俺は欠伸と共に体を起こす。軽く伸びをして、痛みに顔をしかめる。
<痛覚遮断>
もう慣れたもので、痛みを感じた直後にそのメッセージが流れた。
起き抜けの頭はあまりまともじゃない。しかし今日は割合すっきりしている方だ。
リノリウムの床に直接寝ていた所為で少しだけ動きにくかったが、I-ブレインで直した。
立ち上がって部屋を見回す。
今日も特に変わったことはない。俺はいつもの通りに行動を開始する。
「………」
まずは、この娘を起こすところから始めよう。
部屋に唯一つあるベッドには、一人の少女が横になっていた。
「ほら、起きろ」
軽く肩を揺さぶる。しかし少女は起きない。
…ま、この程度で起きれば苦労はしないか
言葉には出さず溜め息をつき、部屋の何処かに落ちているはずの目覚ましを探す。
「…お、あったあった」
今日の彼女のご機嫌は割合いいらしい。大した時間をかけずとも見つけることが出来た。
デスクの上にある端末の右にあるちょっとした本の山積みのさらに右。
そこに、時計は横たわっていた。
デスクをすぐ脇に立つ。ここまで来れば、その針の音が聞こえる。
…よし、今日も壊れてないな。強化しただけはある。
偉いぞ、と頭頂部にある二つのベルを撫でる。
時計の針を少し戻し、少女の耳元においてやる。
そして、ドアを開け、外に出る。
ドアが閉まって、直後。
ジリリリリリリ…!
ヒュン、キィン!
ジリッ…!
鳴り始めた直後に風切り音と金属どうしが衝突する音が響き、ベルが止まる。
俺は部屋の中へ戻り、時計を探す。今度はベッドのすぐ脇に落ちていた。
また針を戻し、少女の耳元に置くと、今度はその場で静かに待つ。
ジリリリリリ…!
「…んぅ…」
くぐもった声を漏らし、少女は目を細く開けた。
「おはよう、リリア」
笑顔で挨拶。
「…おはよう、グラムス」
リリアは、まどろみつつも満面の笑顔で答えた。




平和な日々、それは大切な日々

きっと誰にとっても至福の、極上の幸せ

しかしそうと気づく者は少ない

失わねば気付けぬものであるが故



<作者様コメント>
どうも、お久しぶりです。
今回は物語自体は進んでませんね。
でも一応伏線は張ってあります。これから先に向かっての。
おそらくほのぼのはここまで。次からはシリアスです。
………多分。
次は名前出るかな〜…出ないな、多分。
主人公の名前はかなり先になりそうです。
ともあれ、これからちょっとした佳境。
物語も大きく進展するでしょう…きっと

<作者様サイト>
LESS

◆とじる◆