■■闇鳴羚炬様■■

魔法士達の物語おとぎばなし〜第六幕 侵攻と深更〜


もう12年も前のことだ。
シティ・マサチューセッツの付近に、ある一つの集落があった。集落と言っても大したものではなく、住人はたった13人だった。
大戦から敗走した軍人崩れや、人殺しがいやになって脱走した魔法士の集まりで出来た集落だった。
そこは食料プラントがなんとか稼動しているだけの集落だった。食料は13人では余った。腐らせないことは簡単だったが、貯蔵は増える一方だった。
無論増えるのはいいことだ。いつか止まってしまっても蓄えがあれば余裕が持てる。しかしそれ以上に深刻なのは、それがいつなのか分からないと言うことだった。
今日止まるかも知れない。明日止まるかもしれない。そうしたら余裕はどれだけあるのか…そんなことを毎日覚悟して生きていかなければならなかった。
そこで一人が提案したのが「組織」の発足だ。隊商として食料を売る代わりに工業品を買い付ける。それでプラントを修理してまた売る。それを繰り返して段々と生活を豊かにして行こうと言った。
誰もが皆賛同した。13人全員一致で組織が発足された。組織名は『Knight of night』。発足を提案したものとは別の一人が、「『夜の騎士』ってかっこよくないか?」と言い出して決まった名だった。
すぐさま近くに落ちている艦隊の残骸から色々なものを作り出した。幸い「騎士」と「炎使い」が揃っていたので構築も分解も簡単だった。
しかし唯一の問題は実際の輸送艦だった。第三次世界大戦終結直後、どこのシティも自分たちで手一杯で、艦隊を派遣するところなどなかった。
どうしようと皆悩んだ。その問題は解決しないまま、いつ止まるか分からないプラントに怯えながら二週間が過ぎた。
幸いプラントは止まったりせずに保ってくれていた。何時止まるか分からず、しかしどうしようもない中、13人誰もが輸送艦のことを考えていた。諦めようなどと言うものは一人も居なかった。思えば皆肝が据わっていた。
ある日、一人の怪我人が迷い込んできた。彼は軍人だった。大戦で敗走した後に亡命中、空賊に襲われたらしい。手当てをしたら話してくれた。
俺たちはその軍人から根掘り葉掘り聞き、その場所へ向かった。そこは荒野だった。白く染まった世界の中で、より一層荒れ果てて見えた。
しかしそこには一機の輸送艦があった。当時でさえ古くて使い物にならず、だからこそ空賊も置いていったのであろう小型輸送艦が一機、ぽつんと残っていた。
俺たちはそれを必死で直した。プラントに使えるものはなくとも、輸送艦に使えるものなら幾らでもあった。少し歩けば鉄くずの墓場に出たから。
介抱した軍人も仲間に加わってくれて、集落は14人に増えた。その日の夜はパーティーだった。
彼の協力もあって修理は一月で終わった。実際に空を飛んだときは、誰も彼もが歓喜した。
しかしここで次の問題が発生した。古いだけあって艦の積載限界はたった1t。食料は詰め込んでも余裕はあるが、帰りに工業品を積んでくるには乗るのは3人以下にしておきたかった。
結果、行くのは発足を提案した一人と、組織の名前を決めた一人と、一番貢献してくれた軍人の彼に決まった。皆が見送る中、彼らは空へと飛び立った。14人皆の希望を三身に背負って、暗灰色の空へとその身を躍らせた。
初めての試みであった隊商は大成功。二ヵ月後に帰って来た彼らは、積載量ギリギリの日用品や工業品を引っさげて帰ってきた。喜ぶ暇も惜しんですぐにプラントの整備が始まった。もう限界をとうに越えていた。
プラントの修理も無事終了し、溜め込んであった食料をもう一度積み、彼らはまた飛び立っていった。これからはもっと大きな組織にして、その名を世界に轟かせてやる、と誰もが思っていた。自分たちなら出来るとも。
それから3年経って、組織は拡大していた。集落の人数は1000を突破していたし、プラントはこの先もう止まることはないだろうと思えた。輸送艦も最新のものを一機含んで二桁に達していた。
それでも創設メンバーから一人を欠いた。発足者である男が、「俺は自分で隊商を作る」と言って出て行ってしまったのだ。彼は定住するのではなく渡り歩く隊商を望んだ。工業品、食料品、日曜大工…それらを町から町へと物々交換をしながら歩く、誰からも感謝され、自分たちも利益を得られる、そんな隊商を目指した。
13人は今後を話し合った。結論は一人欠いても変わらないと言うことだけ。気にならない訳ではなかったが、気にしても始まらなかった。離れるものは離れていくのだ。俺たちがここに好きで居ついているように。
それからどれくらい経ったときだろう。いよいよ人数が増えすぎて、これでは間に合わないと判断した者がいた。戦時中、いち早く敗北を察知して逃走したものだった。
どうするかとまた話し合い、増えた輸送艦で辺りを探ろうと言うことになった。どこかに住める場所は無いかと探したのだ。
探し始めて1週間。派遣部隊だった俺は、ある施設を見つけた。それは巧妙に隠された地下施設だった。俺たちの集落からは離れていたが、そこに移り住めばいいと思った。
それから俺たちはそこも拠点とした。こちらはシティにより近いとだけあって巡回がし易かった。マサチューセッツにも数え切れないほど行った。そこで気づいたことは、どうやらこの施設はマサチューセッツにも知られていないようだと言うこと。
軍のデータベースに侵入してみても、その施設のデータはなかった。極秘で実験でもしていたのだろうと誰もが思った。何を極秘にしていたのか皆が興味を持った。
探索が始まった。その施設はとんでもなく深く作られており、何十階層にも渡っていた。1から10階層までは居住区、10から15までは研究区。そこから下は調べられなかった。隔壁が全て圧壊していた。
しかしプラントが見当たらない割りに電力が生きているため、地熱発電プラントだろうと予測がついた。何せ何十階層にも渡っているのだ。その最深部はよほど深いところにあるのだろう。
それを確信すると俺たちは研究区を探り始めた。何かシティに関する資料でもあれば、交渉材料として使える。何も見つからなかったなら、居住区に割り当ててしまえばいい。
そうして俺たちは、見てはいけないものを見てしまった。
そこに在ったのは実験の跡だった。それも凄絶な人体実験の。
おそらく世界大戦中…もしかすれば、それ以前から行われていたであろうその実験は、しかしその全てをはっきりと残しつつ全てを消し去っていた。まるで実験途中に何かあったかのように。
床に散乱し、机に積み上げられた資料は全てを物語っていた。シティ・マサチューセッツが行ってきた非道。人間を人間と思わない実験の数々。それらは人間の行える行為ではなかった。
俺たちはもっと詳しくその層を調べた。そして見つけたのは、一人の少女だった。
その少女は羊水に浸されていた。意識はなく、しかしそれでも生きていた。少女もまた被害者だ。俺は少女を引き取った。
当時の外見年齢は8歳程度。そんな幼い少女さえも実験に利用するシティに、憤慨を隠せなかった。
その日から俺たちは打倒・マサチューセッツを目標に掲げた。組織は商会から戦団へと目的を挿げ替え、密やかに力を蓄えていった。
反対したものは皆出て行った。創設メンバーは8人までに減った。
もう、何年か前の話だ。
そう言えば、出て行った皆は何をしているだろう。死んでいるものも一人や二人いるかもしれない。むしろ居なかったら悪運が強いと思うべきだろう。
特に気になるのは一番早くに出て行った男だ。もうくたばったのか、自分なりの商業ルートを確立したのかは知らないが、出て行って以来一度も見たことがない。
もう12年も前のことだが、創設メンバーの名前は全員覚えている。おそらく世界で初めて商会と言うものを設立した彼の名は、確か…ヴィドと言った。

それはある日、唐突に来た。
「…あれ、なんだこれ」
着信を見てみると、よくあるプラントの修理なんかとは明らかに異質な、一つのメールに目が行った。
「んー、と…『聞け!世界の便利屋達よ!そして開け!』?」
む、と顔をしかめる。件名からしてあまり頭のよくなさそうな文だった。
しかしそれでもメールは一応のところ全て確認しなければならない。このメールの言うとおりにするのはなんとなく癪だったが、開いてみる。
「えーっとなになに…『仕事内容:シティ・マサチューセッツの警護』?なにこれ」
見れば見るほど訳のわからない内容だ。シティには独自の軍がいる。わざわざ僕らに依頼する必要なんて全く…
「…『報酬:一人当たり100万クレジット』ぉ!?」
一人当たり!?それじゃあ四人で参加すれば400万!?
400万あれば色んなことが出来る。最新鋭の戦艦だって一機は買える。別に戦争をしたい訳ではない。あくまで対比表現だ。
「ふ、ふふ、ふふふふふ…」
一人、笑う。
迷わず返信。完全なる独断。裏付けなど全く取れていない。それ以上の魅力がこの報酬にはあった。
なんか、前にもこんなことあった気がする、けど。…気のせいってことにしよう。
彼は意気揚々とその場を後にした。他のメールなど見る必要はない。何せそれさえあればこの先ずっと楽が出来る。
彼は気付かない。自分が同じ轍を踏もうとしていることに。
それから僅か数分後。彼が三人に事を伝えるその前に、また新しいメールが届いた。
それは先ほどのメールのようにメルボルンのダミーに送られたのではない。彼の自宅の端末に、直接送られていた。
さて、ここまで言えば後はご想像の通り。
…まだまだ、彼はこっぴどく叱られなければ気が済まないようだった。

奇しくも同日、同時刻。
ある場所ある空ある艦内で、それは起こった。
「ん?」
航行中。鳴り響いた着信音に彼は首を傾げる。
『メールです。依頼のようですが、どうしますか?』
中空に平面ディスプレイが投影される。そこには三本線で描かれた「顔」があった。
「確認する。出してくれ」
『了解しました』
その言葉を最後にディスプレイの顔は文字の羅列に切り替わる。その件名には「聞け!世界の便利屋達よ!そして開け!」などと書いてある。
「………」
件名に呆れつつ、彼は読み進めていく。そして、ある一点で視線が止まった。
「…『報酬:一人当たり100万クレジット』」
『どうかしましたか?』
別の平面ディスプレイが中空に投影される。そこには「?」マークで形成された目を持つ顔が。
「…少なくとも200万。無理に通せば300万」
しかし彼はそんなこと聞いちゃいない。今や彼の頭を支配しているのは溜まりに溜まった借金の返済計画だけだ。
「受けよう」
『は?』
その言葉に顔は白い目を向けた。別に色が白いわけじゃない。あくまで形容表現だ。
「受ける。返信しといてくれ」
『…本気ですか?今ならまだ変更が利きますが。』
顔は白い目を鋭い目にして確認する。
「本気だ。俺は自分の言ったことには責任を持つ。
『…了解しました。私は止めましたからね、後で文句は言わないで下さい』
ディスプレイはまとめて消え去った。最後の言葉が気になるが、気にしない方向で行こう。
食い扶持が一人増えて以来、モスクワ軍に見つからないように少し活動を制限していたのだ。支出が増えたのに収入は減った。そして臨時収入も無駄に終わった。
これが無事に終わればどれだけ借金が軽くなるか。それこそ年単位で返せればと思っていた借金の半分が帳消しになるのだ。これを受けない手はない。
今は、何より金が欲しかった。
何か既視感を感じないでもないが、そんなことはこの際無視。
………ここにもまた、懲りない男が一人。

空は暗い。
元より明るいことなどありはしないが、それでも今は一層暗く思える。
軍の輸送隊を何度か襲って手に入れた小型輸送艦、『SR-608』が一機。その下部についた操縦室の窓から、外を眺める男がいた。
男は紺のロングコートに身を包んでいる。彼は戦闘時、必ずこの服を着用する。かの「大戦の英雄」の模倣のつもりだった。少しは驚き、上手くいったときは勘違いして投降してくれればと、始めはそれだけを考えていた。
実際最初の方はうまくいっていた。何度も闘わずして功を奏したし、「大戦の英雄」が出没すると噂が立つと、この辺りで多発していた事件は激減した。混沌のるつぼを第一階層に持つシティが近くにあるというのに、犯罪件数は現実そのるつぼの10分の1程度だった。
しかしそれは逆効果でもあった。「大戦の英雄」の名は大きすぎた。いつの間にか噂が一人歩きし、遂にはここに定住しているらしいとまでになった。結果、「大戦の英雄」を一目見、望むらくは手合わせを、と言う騎士連中は殺到した。中には、俺より強いやつだっていた。
その誰もが俺に会うと失望した。「大戦の英雄」なんかじゃないじゃないかと、溜め息をこぼした。皆が皆俺を無視して帰ろうとした。
その時俺は彼らに言ったのだ。「一緒にシティに攻め込まないか」と。
誰もが最初は鼻で笑った。何を戯言をと、馬鹿にした目で俺を見た。中にはシティ関係者らしく、睨んでくるものもいた。
そんな彼らに俺は必死に説明したものだ。シティの行った残虐非道を、説くと聞かせた。
それに耳を貸してくれるヤツは多かった。仲間になろうと言うヤツも。それは思わぬ副産物だった。
打倒シティを目指す俺たちにとって、戦力はあればあるだけいい。逆になければ動きようが無い。全面戦争するしか頭になかったが、それをするには戦力が要る。
打倒を掲げ、戦力を集め、作戦を練り…そして今、ここに居る。
空を見る。暗灰色の雲は、不安を誘うようにときおり帯電を見せる。
――不安など、ない。
ここまで来たのだ、ようやく。勝利を確信したからこそ動いた。そこに不安などない。
地を見る。白い雪原は彼らを祝福するかのようで、心に安らぎをもたらしてくれた。
「…グラムス、もう着く」
リリアが言う。何時から居たのか、彼女はグラムスのすぐ横に立っていた。
「ああ…行こう、リリア。そして、必ず帰ろう」
リリアは笑った。とても可憐で見惚れそうになる笑みだ。彼女が俺にしか笑みを見せないことは知っている。もっと笑えば可愛いし、異性との恋愛も可能だと思うのだが。
リリアももう16歳。年頃だ。何時までも親離れしないというのは非常にまずい。
帰ったら何とかしなきゃな、と思った。
夜は更け、もはや明け方も近い。同時に、シティ・マサチューセッツに対する、組織『Knight of night』の侵攻も始まろうとしていた。
――――誰にとっても、運命の一日が始まる。




理想をずっと描いてきた

目標をずっと掲げてきた

止まることなど知りはせず

故にきっと、前しか見えない



<作者様コメント>
…ごめんなさい、めちゃくちゃダメな子になってます。
レクイエム様の作品とはほぼ180度違って、ダメです。
むしろ本編に近い気もしますが、ダメです。
もう一人もダメだし。っていうか二人全く一緒。
俺、本編キャラかっこよく書くつもりないのかな…
そんなことはないはずです、きっと。
ともあれ、今回もまた微妙に嘘ついてます。
まだ戦闘には入ってないです。次回、次回に期待…!
と言うわけで、次回は「第七幕 〜会戦の開戦〜」。
ようやくまともに本編キャラ登場です。
いや、本当に長らくお待たせしてます…

<作者様サイト>
LESS

◆とじる◆