展示室

■■草薙様■■

神と人の狭間でⅡ

第二章：迷う神の代弁者ラジエル、進む癒し手ラファエル

「任務、か。」
樹は誰もいない船室で呟いた。
「本当に俺がやってることは正しいのか？」
ある日から始まった、騎士団に対する不審感。
それは１年たっても消えることはない。
「正しくないのは分かってるんだけどな…」
そういいながら近くに置いておいたダガーを手に取る。
「ま、俺はここでしか生きられないからな。
迷うことなんてないよな。」
ダガーを鞘から抜き、そして…

カッ！

ダガーを壁に投げつけた。
まるで迷いをダガーで壁に縫い付けるかのように。
「さ、そろそろ追いついたか。」
立ち上がると樹は部屋を出た。
ダガーは壁に深々と刺さっている。

「さて、樹はそろそろ『悪魔使い』と『天使』に追いついたかな。」
へクトルは一人、大聖堂で計画を練っていた。
「賢人も動き出したし、こちらも『計画』を実行に移すかな。」
彼はテーブルの上にある書類を手に取った。
「でも、僕らを作ったシティパリの研究者もとんでもないことを考えるよ。
前時代的にして自分たちが世界をとるためのプラン『ラ・プルガ』、
まさかこんなことを実行しようとしていたなんてね。
でも、このプランありがたく僕ら『テンプル騎士団』のために使わせてもらうよ。
まず、必要なのはシティベルリン。ここを取れさえすれば上手くことも運ぶ。
樹や飛鳥が帰ってくる前に取らないとね。
さ、準備をしよう。」
そして彼は書類を近くにあった蝋燭で燃やした。
「世界は、渡さないよ？賢人。」
そう呟いて彼は大聖堂から出た。
『聖戦』を行うために。

ガンッ！！

隊商のフライヤーに乗っていた錬とフィアは
微かな揺れと共に何かが天井を叩く音を聞いた。
「え？何の音だろ」
「何かがぶつかったような音でしたね」
どう見ても、この音は悪いことの予兆だ。
そう考えた錬は、ナイフを握った。
「フィア、そこの箱の後ろに隠れてて。」
ここは貨物室なので隠れるところはたくさんあった。
「どうかしたんですか？」
「うん、何かすっごい嫌な予感が……」

バンッ！！

いきなり、銃声が響く。
上を見ると天井の一部が無くなっている。
「ふぅ、なかなか天井固かったな。」
いつの間にか人が入ってきていた。
「あ、君たち『天樹　錬』と『フィア』だな。」
（I-ブレイン起動、『ラグランジュ』展開。知覚速度40倍、運動速度25倍で定義。）
錬はI-ブレインを起動する。
自分たちの名前を知っている場合二種類の人にしか分けられない。
知り合いか、賞金稼ぎである。
「あー、戦うのか？」
錬は相手を睨む。
「やめときな。君じゃ100％俺には勝てない。
俺に勝つんだったら少なくとも君の体があと10個は必要だな」
いきなり相手は自分を見下している。
相手は名前を知っているということは能力のこともある程度データなどで知っているはず。
それで100％負けないと断定するからには罠を張っているか
自分の力によほどの自信があるかのどちらかだ。
前者の場合、迂闊には仕掛けていけない。
が、後者の場合はたいてい自信過剰というのが多い。
現状から見て罠を張る場所も時間もなかったことから後者と見て間違いない。
（一気に仕掛ける！！）
心の中でそう決め、踏み出す。
相手はまったく反応していない。
二歩目、相手はまだ初動すら起こしていない。
となると、相手は騎士でない。
騎士であるなら能力の性質上迎え撃つなり何なり動作を起こすはずだ。
そうと分かれば一気に近づいた方が安全。
そう判断した。
しかし、三歩目。
（全方位より攻撃反応。回避不能。）
相手は視界から消失し、代わりに全方位に小さな鉄の塊が大量に出現した。
よく見るとその小さな鉄の塊は銃弾だった。
錬は驚いた。
この銃弾に、ではない。
確かに銃弾は全方位から迫ってくるが論理回路も刻まれていないそれは
あまりにも遅いのでどうにでも対応できる。
それよりも相手が消えたことに、だ。
「さあ、動くなよ？」
と、いきなり後ろの方から声が聞こえてくる。
「フィアだっけか？この子の命が惜しければナイフを捨てて、手を頭に乗せてくれ。
さもないと……この先は言わないけれど分かるよな？」
そう、フィアの頭にいつの間にか移動した敵の銃口が向けられていた。
錬は少し考えるがフィアを盾にされている以上何もできない。
おとなしくナイフを捨てようとした。
と、その瞬間
「何？何だ？」
フィアの背中から天使の羽。
そうフィアがI-ブレインを起動した。
「くそ！！これが天使の能力か！」
錬はあることに気づく。
先ほどまであった銃弾が全部消失しているのだ。
が、理由など考える間もないのでフィアに近づき抱きかかえて敵から離れる。
「まったく、とんでもないな。『天使』ってのは。」
敵は形勢を五分、いやむしろ不利にされたはずなのに落ち着いている。
「だけど、まあ俺の勝ちかな。」
何故か、余裕すらある。
そして敵は突然奇妙なフレーズを紡いだ

『ラジエルの書よ、展開せよ、そして世界の真理を我に与えたまえ』

瞬間、
（情報の海の消失確認。『ラグランジュ』強制終了。）
「え？」
I-ブレインがエラーメッセージを出す。
がその内容は信じられないものだ。
情報の海が消失。
そんなことは絶対にありえない。
情報の海が消失するということは世界がなくなるとほぼ同意義だからだ。
錬はフィアの方を見るがどうも同じような感じらしい。
「言ったろ？絶対に勝てないって」
敵は言い放つ。
「悪いが、君ら少し眠ってくれ」
そして……

『我、汝らに命ずるは闇より深き漆黒の眠り』

瞬間、何故かどんどん意識が遠くなっていく。
指先からつま先まであらゆる感覚も薄れていく。
そんな薄れいく意識の中、錬はフィアの方を見る。
が、フィアも同じような状態だった。
（フィ……ア……）
錬の意識は敵の言葉どおり深い眠りに堕ちた。

自分の船である、120ｍ級駆逐艦『八卦』に戻った樹は
何故か気分が悪かった。
「やっぱよくないことだからな……」
分かっている。どうせへクトルはろくなことを考えていない。
自分の居場所のために従っているが、正直どうしようもない気分になる。
この間の騎士だって殺す必要はなかった。
そう考えれば考えるほど腹が立ってくる樹だった。
「くそ！どうすればいいんだよ！」
先ほど捕まえた二人、フィアと錬を見ると余計に
自分のやっていることが嫌になってくる。
「そうだ、『あの人』に頼めば……」
そう考えたが、
「いや、やはり駄目だ。自分でどうにかしないと。
なあ『アル』、どう思う？」
樹はこの船のAI、『アルストロメリア』に意見を求める。
『そうですね……
私は『あの人』に頼むのがベストかと』
アルが答える。
「理由は？」
『単純です。あなたが騎士団に彼らを引き渡したくないからです』
「へクトルにはなんと言えばいい？」
『逃げた、とでも言えば良いのでは？』
それでは根本的な事の解決になっていない。
そう思ったが、現状ではそれに満足するしかないのは分かっていた。
『しかしマスター、もうひとつこの状況を打破する方法があります。
それは……』
「そのことは言うな。それだけは俺にはできない」
アルが言おうとしていたこと、
それは間違いなく『テンプル騎士団』からの脱走だった。
それが一番簡単かつ、根本的な状況の変化をもたらすことができる。
しかし樹にとって『騎士団』は唯一の居場所でありそれ以外には居るところがない。
脱走などできるはずもない。
「そういえばアル、飛鳥の方から連絡はなかったか？」
ふと、思い出した。
もともとこの任務は二人での共同作業だった。
が、フィアや錬と黒沢　祐一の居場所があまりにも離れていて
二人で分かれたほうが効率がいい、ということで彼女はシティメルボルン跡
の近くで降ろしてきたのだ。
『はい、どうやらあちらも確保できたようです』
「そっか。あいつはいつも任務は完璧にこなすからな」
樹にとって彼女はいい喧嘩相手でもあり妹のような存在でもあった。
「向こうに回収部隊の要請は出しておいたか？」
『もちろん』
以心伝心、アルとは生まれて以来の仲なので何も言わなくとも大抵のことは伝わる。
「やっぱり、あいつが居るかぎり俺は『騎士団』からは逃げられないな。
あいつ、あの日以来、隠してるけど相当落ち込んでたからな」
『マスターは甘いですね。
特に飛鳥さんのことになると。』
アルの非難めいた言葉に少し驚いた。
「どうしたんだ？アル。何か機嫌、悪いじゃないか」
『やはり、このデータをお見せしましょう。
マスターに『騎士団』の本質を知ってもらう必要があります』
樹はアルストロメリアの言っていることがよく分からなかった。
そして、このデータは樹のこの先を大きく変えるものとは思いもしなかった。

どうも、ついに登場いたしました！
語り部のアルストロメリアです。
実はマスターには内緒でこれから起きた一連の事件をまとめて
日記形式で保存しておいたのです。
何故内緒にするか？
まあ、それはマスターがこの一軒に関しては二度と考えたくないからでしょう。
これからまだこの物語は続きますが、次幕は外伝の予定です。
外伝と言ってもこちらの本編と大きなつながりはありますので。

さて、ここからは用語等の説明で。

E.I-ブレイン：Extra.Information-Brainの略。
I-ブレインとの大きな違いは、容量と操作する事象の違い。
まず容量に関しては恐ろしく大きく『天使』すら遥かに凌駕した
容量を持っていてそれに伴い演算速度もシティ系の魔法士の基準から見ると
A＋～SSの範囲。また操作する事象の違いというのはI-ブレインが主に
物理的事象を扱うのに対しこちらは物理的事象＋生物学的事象を操ることが可能。
たとえば樹なら生物学的事象の操作に当たるのが『デス・コール』である。
ただしこのE.I-ブレインは構造が恐ろしく緻密でデリケートなため
ノイズメイカーにとても弱く、場合によってはノイズメイカーのノイズを受けた瞬間
E.I-ブレイン自体が崩壊し死に至るということもある。

120ｍ級駆逐艦『八卦』：樹の所持する船。『はっけ』と読む。
真っ黒な船体を持ち、形はマクロスプラスに登場する
YF-19（コードネーム：エクスカリバー）をそのまま大きくしたようなもの。
が、見た目に反し速度は相当遅い。しかしこの船の本来の目的は攻撃にある。
また樹のある能力によって雲上潜航もできるとの噂だが……

こんなものでしょう。
では、次幕『神と人の狭間で・外伝：陰陽寮の魔法士たち』で会いましょう。

今回の執筆中のBGMはavengerO.S.T.より『バビロンカフェ』

＜作者様コメント＞
えー今回もなかなか上手くいきませんね。
ただ一作めよりはだいぶ、マシになったかなと勝手に思っております。
まだまだ情けない物書きですがここまで読んでくださっている方、
まっことにありがとうございます。
できれば次の作品も読んでくだされば幸いです。

＜作者様サイト＞

◆とじる◆