土煙の中佇む銀色の髪の女。

軍服にも似た服に身を包んだその姿に、不覚にも目を奪われた。

彼女の周りには倒れ伏す数人の男たち。

中途半端な武装に身を包んだいかにもなならず者の風体。

地に転がるその姿はまるで、女王に忠誠を誓うようにも見える。

そして中心に位置する銀色の女性は、



「ええと、私そういうお誘いにはとりあえずごめんなさいなんですよ〜」



ぽややんと、完全になにかこの場においてはズレたことを言っていた。










『夢想唄』 

夜明けの炎・中編














風が吹き、立ち込めていた土煙がようやく吹き飛ばされる。

しかしこの場に充満した”空気”を吹き飛ばすまでには至らない。

なぎ倒された男たちの輪の中心に立つ銀髪の女性。

軍服にも似た服を纏う彼女はどこか緩さを感じられる仕草で口元に手をあて、

「すみません。つい艦隊の人達にするような対応をしちゃいました。……えーと、無事ですよね?」

どう見ても無事ではない周りに転がる男たちを見やってそんなことを言った。

「…………」

何か言おうにも、何を言っていいのか分からない。

錬は遠巻きに眺めている街の人間の輪の中でしばらく同じような反応をしていたが、我に返って前に進み出た。

何があったのかは知らないし、どっちに非があるのかも分からないけれど、この街で荒事をされるのは勘弁だ。

そして今この街にいる戦闘可能な魔法士は錬一人。

いや、ホントはもう二人くらいいるはいるのだが、あれらに任せると戦闘が戦争になったりするので却下。

従って、止めるのは自分の役目だ。

何人かの街の人がこっちに期待の目線を向けているのも感じ取り、錬は前へと進み出た。


「ちょっとあんた! 何やってるのか知らないけど、この街で揉め事はよしてよね―――」


いつでもI-ブレインを戦闘起動できるように待機させ、銀の女性に向かって歩いて行く。

情報制御を使わずにこの状況を作り出したのなら、何かしらの爆薬を保有している可能性が高い。

一見荒事を起こすような人物には見えないが、それでも用心するに越したことは無い。

錬は多少硬い声音で銀髪の女に詰め寄り、

「…………?」

「あんたのことだよっ」

首を傾げて後ろを向いた彼女の仕草に思わず突っ込みを入れた。

そこでようやく彼女はこちらを向き、

「こんにちは。はじめまして」

「こ、こんにちは……? いやそうじゃなくて!」

「ごめんなさいね。騒がしちゃって。あ、私はエレナブラウン・ツィード・ヴィルヘルミナって言います。貴方 は?」

「天樹錬だけど―――そんなことはいいから何があったか聞きたいんだけど」

「錬くんですね。はい、よろしくお願いしますね」

「話聞いて――――――!?」

弥生さんといいこの人といい、なんだか最近こういうことばっかりじゃないかなぁ……?

はぁ、とため息をついて仕切りなおす。

「ええと、エレナブラウンさんはとりあえず何でここで暴れて」

「長いですからミーナでいいですよ?」

「……ミーナさん。なんでここでこんなことしてたんですか?」

……この人と話してると疲れる。

敬語を使ってるんだかフランクなんだかよくわからない口調で錬は目の前の女性―――ミーナに問うた。

ミーナは少しだけ首を傾げた後、よどみなく答えてきた。

「それはですね。この人達が私に強引なお誘いをかけてきたからなんですよ」

「はぁ」

まぁ、大方そんなことだろうとは思っていたけど。

先ずは言質確保。次は危険度を判定しなくては。

「いきなり「なぁなぁ姉ちゃんちょっと夜までつきあわねぇか」ですからねぇ。うっかり爆破しちゃいました」

「……や、うっかりで済ませて欲しくないなぁそこは」

何言ってんだこの人は。

「いえ、声かけてきただけならよかったんですけどね?」

「僕に聞かれても」

駄目だ。この人リューネとか弥生さんとかと同種の人物だ。

とりあえずさしあたっての危険は無さそうなので、周りを囲む街の人たちに心配いらないよと手振りで合図する。

それでやっと人の輪は引いていき、後に残るは錬とミーナという女性、そして、

「ああ、ごめんのぅ錬ちゃん。遅れちまったわい」

「あ、大丈夫だったよ久川さん」

人の輪と入れ違いになる形で、久川老がやってきた。

ガウンを羽織った久川は立ち止まって少し息を整えると、ミーナの方へと目をやった。

「この別嬪さんかい。騒動起こしたとか街の衆が言っとたんは」

「えと、なんかそこいらに倒れてる人達に絡まれたとか言ってたんだけど」

確実に本当かどうかはまだ分からないが。

錬はミーナに聞こえないよう、久川の耳に口を近づけて囁いた。

「なるほどの。しかし派手にやらかしたもんじゃ。壁が丸ごとありゃぁせん」

「……あ、そういえば」

久川の台詞を聞いて見やると、街の入り口の壁に大穴が空いていた。

無理矢理ハンマーでだるま落としを敢行したかのような、綺麗な大穴。

「……天候制御、大丈夫かな?」

「分からんわぃ。どっちゃにせよ早く直さんといかんわな」

明らかに配線が断裂していることは間違いない。

ただでさえまだ一年くらいしか運用していないのだから、トラブルも何が起こるのか把握し切れておらず、つまり は結構緊急事態なのであった。

久川と錬が眉に皺を寄せたとき、



「あの、一応壊しちゃったのは私ですから。ちゃんと直しますよ?」



「へ?」

「む?」

その声に、二人して顔を見合わせた。

声の主は勿論、ミーナと名乗る銀髪の女性。

「直すって……えーっと、ミーナさんが?」

「はい」

自信満々に頷かれる。

錬と久川は再び顔を見合わせ、

「あー、お嬢ちゃんは技術屋くずれかい?」

「まぁ、似たようなものですよ。大丈夫、任せてください」

言うが早いか、ミーナは軍服にも似たつなぎのポケットから、じゃらりと工具を取り出した。

じゃらじゃらと工具を取り出した。

じゃらじゃらと工具を取り出した。

じゃらじゃらと、

「……どっから出してるのそれ?」

明らかにポケットの容積以上のものが出てきている。

「あら、嫌ですね錬くん。形状と入れ方を工夫するだけで、結構入るものですよ?」

「……」

ポケットより大きいものを取り出す説明にはなっていないと思う。

呆気にとられている錬と久川に背を向け、ミーナはおもむろに作業を開始した。

その手つきは淀みなく、どうやら修理が行えるというのは本当らしい。

錬には見たことも無い、不可思議な道具を幾つも脇に並べて次々に断裂した配線を繋いでいく。

「んー……演算機関からの動力伝達のロスがちょっと大きめかしら。ただ孤立系を作るんじゃなくて循環させない と……」

そしてなにやら訳の分からない独り言。

「……久川さん。分かる?」

「全く」

そのまま数分。

実際には5分くらいだったのだろうが、錬にはもっと短く感じられた。

ミーナは繋ぎなおした配線部分をパテのようなもので塗り固め、

「はい、おしまいです」

手を払いながら立ち上がった。

「断線した部分の修復と、それから経路と効果器の最適化を行っておきました。多分9%ほどの効率化ができたはず です」

「そ、そうなんだ……?」

「ううむ……」

何を言っていいものやら、言葉に詰まる錬と久川。

本格的にどうしたもんか。

すっかり気合が削がれてしまった。

「えっと……どうするの?」

「……むぅ」

こめかみを押さえる久川。

「これは設営してからまだそんなに日が経ってないですね。アゴニストが効率よくレセプターに届いていませんか ら」

「すごいね、そんなことまで分かるんだ」

「あはは、こう見えても私、結構腕はいいんですよ?」

ガッツポーズをしてみせるミーナ。

なんだか可愛らしい仕草である。

「……とりあえず、悪い人じゃなさそうだし、不問でいいんじゃない?」

「そうだのぅ。錬ちゃん、念のためにしばらく見ててくれるかい」

「りょーかい」

ミーナと言葉を交わしながらも、久川と内緒話。

街の男を呼んでまだその辺でぶっ倒れてる連中を片付けるという久川を残し、錬はミーナと街の中心の方へと歩い ていった。









          *     *     *










「ミーナさんは、何しにこの街に来たの?」

街を一通り案内して欲しいと頼んできたミーナに、一番の大通りを案内しながら錬はそう尋ねた。

「そうですねぇ。別に何をしにきたってわけでもないですよ? 人探しの途中で立ち寄った、みたいな感じでオッ ケーです」

「人探ししてるんだ」

「んー……人探しというか、なんというか。まぁ、そのようなものですよ」

「?」

よく分からない。

よく分からないが、この人がそれを為すために一人で果てしない雪原を踏破できる人だということは分かった。

力の抜けそうな笑顔。

その裏に強い意志が隠されていることを錬は理解した。

「錬くんはどうなんですか?」

「え、あ、僕?」

「そうそう。錬くんは普段、何をしているのかなぁって」

いきなり話を振られるとは思わなかった。

ぽかんとしていた錬は慌てて意識を切り替える。

「魔法士ですよね。今こうやって、一人で私と歩いているのは監視の意味も兼ねて」

「それは―――」

「いいですよ。普通はそういうものでしょう?」

微笑まれて言葉を封じられた。

「錬くん一人に任せるということは、あのおじいちゃんからの信頼も厚く、且つ高レベルの戦闘能力を有する魔法 士ということ」

「…………」

知らず知らずの間に、心が丸裸にされていくようだ。

紅色の透き通った瞳はまるで、錬の内面を見透かしているかのようにこちらを見つめている。

今気づいた。

このミーナという女性は、必ずこちらの目を見ながら話すのだ。

「あはは、だいじょうぶですよ。何もしませんって」

「わ、ちょ!」

頭を撫でられる。

「いやですねー。私がそんな暴れそうな人に見えますか?」

さっき暴れてたじゃんアンタ!

「え、や、ミーナさんが危険な人とは言って無いけど……」

「あらやだ錬くん。危険な女だなんて、お・ま・せ・さんっ」

「だから言って無いって―――!?」

弥生ともリューネとも違う、気がつけば劣勢に立たされている。

いや、そもそも口で勝てる相手なんてほとんどいないんだけど。

「―――」

「わ?」

と、いきなりミーナが足を止めた。

「ど、どうしたの?」

彼女の背中にぶつかりそうになって、慌てて足を止める。

見れば、ミーナは険しい瞳で周囲を見回していた。

「錬くん」

「な、なに?」

有無を言わせぬ口調に、思わず頷く。

「この街に魔法士は、錬くんだけですか?」

「う、ううん。僕と、あと3人いるけど」

フィアとあの二人のことだが、隊商がやってきている今ならば何人か他にいるかもしれない。

そう答えた瞬間だった。



(攻撃感知)



「!?」

「下がって!」

I-ブレインの警告に従って錬が構えるより早く、ミーナの手が錬を突き飛ばしていた。

驚愕に揺れる視界の中、ミーナは左腕を掲げ、飛来した何者かの攻撃を防御する。

いや、何者か、ではない。



「――――――ッはァァァァァァァァ!!」



奇声じみた咆哮。

馬鹿みたいに大きなその声量に耳が悲鳴を上げ、そして一拍遅れて脳が理解へとたどり着く。

先ほどの攻撃は飛び膝蹴り。

おそらくは横の民家の屋根からの強襲。

そしてこの声はI-ブレインの記憶内の声紋と一致する。

「ウィズ――――――うわぁ!?」

言い終わることなく、錬の声は巻き起こった爆音にかき消された。

……爆音?

耳を疑う。

何故手足の衝突で爆音が起きるのか。

いや、それよりあの細腕でウィズダムの剛脚を受け止めたミーナはどうなっているのか。

ここでようやく視界が闖入者の全容を捉える。

ミーナに不意打ちで飛び膝蹴りをかましてきたウィズダムは何故か大きなサングラスをつけており、服装も普段と は異なる、ラフな青のジャケットを羽織っていた。

にぃ、と猛禽の笑みがサングラスの下から覗く。

そして次の瞬間には猛前とミーナに向かって肉薄していた。

無言の襲撃。

ウィズダムの右腕が弧を描き、ミーナのこめかみを打ち抜かんと放たれた。

右フック。しかしそれを牽制とした本命は別にある。

ミーナはダッキングで拳を躱すが、その瞬間にウィズダムの左膝が跳ね上がった。

下がった頭部を打ち抜く死神の鎌。

しかし、

「かッ―――」

ウィズダムの僅かな呼気。

跳ね上がった左足がミーナに到達する寸前、彼女の両掌底がウィズダムの胸部へとねじ込まれていたのだ。

咄嗟に左腕を滑り込ませたものの、ウィズダムの体は宙に浮き、2m近くも吹っ飛ばされた。

「って、え――――――!?」

あの、ウィズダムを、吹っ飛ばす―――?

魔法士としては他の全人類を遥か彼方へ突き放してぶっちぎりの最強であり、格闘家としても人外なレベルである この男を女性が吹っ飛ばすなど誰が想像しただろう。

だが、驚愕はさらに続いた。

バク転の要領で衝撃を逃がしながら体勢を整えたウィズダムへ、ミーナの追撃が襲い掛かる。

地に片膝をついた彼をさらにひれ伏させるかのような、打ち下ろしの大蹴撃。

……大振りすぎる。

確かに威力はありそうだが、あれだけの大振りでは避けてくれと言っている様なもの。

ウィズダムは当然そのミーナの蹴りに対し―――顔を引きつらせて全力で横に飛んだ・・・・・・・・・・・・・・・・

何故。という思考が脳内で瞬く。

その刹那。

振り上げられたミーナの蹴り足、その踵辺りで光が瞬いたかと思うと、

「せぃ……ッ!」

轟、という凄まじい風切音がウィズダムの体を掠めて通り過ぎていった。

不意を突かれた錬では目視できないほどのスピード。

「ぃ……ッ!?」

半拍遅れて、ようやく息を呑んだ。

運動速度を加速している騎士にも引けをとらぬ速度の攻撃。

見ればウィズダムの服の裾がぱっくりと裂けている。

いや、ぶすぶすと焦げているようにすら見える。

「かハァ」

体を起こし、歯を見せてウィズダムが猛禽の笑みを見せた。

サングラスを外す。

現れた瞳は、狂喜と愉悦に歪んでいた。

「…………」

ミーナは表情を一切変えずに、サングラスを外したウィズダムの素顔を見つめていた。

僅かに口元が動く。

何と言ったのかはここからでは分からないが、眼前の狂人に何かしらのメッセージを送ったのだろう。

ウィズダムは片目を大きく開けて歪な笑みを顔に貼り付け、



「―――あァそうだ。鋼は朽ちたぜ・・・・・・



嘲笑うように、そう言った。

「……そう」

ミーナはそれだけを呟いて目を閉じた。

……知り合い、なのかな?

声を出すことも忘れて二人の戦闘に見入っていた錬は首をかしげながらそう思った。

本当ならばすぐに止めに入らなければいけない立場だか、何故か邪魔をしてはいけないと感じている。

「……というか、間に入ったら殺されそうだし」

街の安全と自らの保身。

いざとなってほしくないなぁと思いながら、錬は他人事気分で目の前の二人の様子を見ていた。







あとがき

「夢想唄」での新規オリキャラの一人。ミーナ登場です。

これ書いてる時期には、オリキャラの扱いについてを何人かが語っていましたっけねぇ。

本編キャラが出ない話は二次としてどうなんだ、という論でしたが、個人的な意見としては「どっちでもいいんじゃね?」です

二次なんだから自分の好きなことやればよかろ、という具合ですね

まぁただし。二次というからには一次に感銘を受けてきたということであり、 そういう人が同盟に来て読みたいと思っているのは先ず間違いなく本編キャラを扱う物語であるでしょう。

で、そこで訳の分からんオリキャラしか出てこない物語を読む気になるのかと、そういう話。

やるのは自由。でも敷居を高くしてるのは自分自身だよ? そこんとこわかってやってる? と。

俺が思ってるのはそんくらいですね。別にいいとか悪いとか、んなこたどーでもいいです。

ただ言ってやりたいのは、物語を書きたいのかキャラを作りたいのかはっきりしろと、それくらい。

「こういうキャラがあるんだけど」→「そうだね、で。それがどうしたの」

まぁ、正直な話俺の中ではこんな感じなわけで。

オリキャラ出したいなら物語を書く。で、それによって敷居が高くなっても自分のせい。そういう系統の意見が出ても文句は言わない。言えないはず。

その辺踏まえておけば、まぁいいんじゃないですかね? 書き手の中だけでは。






next story→「夜明けの炎・後編」



2008年 8月3日 レクイエム