――――――その声は遠い国の朝焼けの空にこだました

<組曲「遠い国」より抜粋>









『夢想唄』 

夜明けの炎・後編













「…………」

「……んで? どうすんだ?」

目を閉じ、何かを考え込んでいるミーナに、ウィズダムは突き放すように聞いた。

「そうね……とりあえずは」

一拍。

ミーナは勢いよく顔を上げ、



「―――贖いと、八つ当たりを」



その手に、眩いばかりの炎を発生させた。

炎使い……!

ここに来てようやく彼女のカテゴリが判明した。

分子運動並びにエントロピーの制御を行う魔法士、炎使い。

「私と貴方に一発ずつ。不甲斐ない自分への贖いと、薄情な貴方への八つ当たり」

「はン。テメェで決めたことに今さらグチグチ言うんじゃねえよ」

空気が変わって行く。

張り詰めた重い空気から、底抜けの良く分からない雰囲気に。

「10年近く顔を合わせていない知り合いにいきなりの飛び蹴り。変わりませんね、貴方は」

お前の主観じゃそんなもんか・・・・・・・・・・・・・。容姿が変わらんと分からんぜ」

「それは貴方もですよ。そのクラインの壺のように捻じ曲がった性格、10年越しに叩き直しましょうか?」

「やれるもんならやってみな。相槌無しの炎だけでどんだけできるもんかね」

「うふふ。きつーい教育がお望みなようですねぇ」

「あーあー悪いが俺ぁそっちの属性はねーぞ。いいからとっととかかってきやがれ」

「あら、意外に病み付きなるかもしれませんよ? ウィズダム―――いえ、キルフェ・・・・キングダム・・・・・!」

そっちゃもこっちゃも・・・・・・・・・・全て捨てたァッ!。今の俺はベルセルク・MC・ウィズダム―――だッ!」

「す、捨てたんじゃなくて増えたって言うんですよそれ!」

最早完全に蚊帳の外となった錬は地面の土をいじりながら一連の会話を聞いていたが、そろそろまた戦闘が始まり そうなのでこそこそと建物の影に移動する。

「……うーん。本格的に訳が分からないなぁ」

とりあえず街に被害が出ないようにだけしておこうと決め、錬はなんか僕かっこわるいなぁと思いながら観戦する ことにした。

自分が分からないことを延々と話す人たちの横にいるのが苦痛なのは、古来より変わらぬ常道であるが故に。












          *     *     *











花火が瞬いている。

いや、錬自身は花火を見たことは無いが、それでも知識として知っている「花火」というものはこういうものだろ うと思う。

その発生源はミーナだ。

彼女が拳を振るう度、足を振り上げる度に夜明け色の火の粉が瞬き、散る。

「シッ……!」

今もだ。

ウィズダムの回し蹴りを外に躱して放たれた右の貫き手。

彼女の肩と肘の辺で光が瞬いたと思った瞬間、それは騎士の運動速度と同等以上の速度を持ってウィズダムに叩き 込まれる。

次いで左の爪先、左の肘で瞬く閃光。

ミーナは右の爪先を軸に残像が見えるほどの勢いで体を回し、先ほどの貫き手を辛うじて受け止めたウィズダムの 首筋へ豪快な後ろ回し蹴りを叩き付けた。

トドメとばかりにそこで爆音。

着弾したミーナの足が三度瞬き、小規模な爆発が起きてウィズダムを吹っ飛ばした。

「ちょッ!?」

思わず声を上げてしまった。

い、今のは流石のウィズダムでもやばいんじゃ……?

間違いなく常人なら首より上が吹っ飛んでいるだろう。

吹っ飛ばされたウィズダムは豪快に地面を4,5転し、

「げぁっ……ッハぁ! 容赦ねぇなお前!」

咳き込みながら、しかしダメージを感じさせない動きで立ち上がった。

首元と、咄嗟に防御したであろう右腕がぶすぶすと焼け焦げているのが生々しい。

「格闘戦のスキルは互角でしょう? けれども能力を使用しての単純な白兵なら、貴方でも私は易々と打倒できま せん」

「……この高機動型撲殺人間めが」

「そんな風に言われるのは流石に初めてですねぇ」

あらいやだ、と頬に掌を当てるミーナ。

やけに似合うその仕草を横目で見ながら、錬は冷や汗を拭った。

「……ウィズダムと普通にやりあってるし。ミーナさん、何者?」

そして炎使いだというのにあの高速戦闘は一体なんなんだ。

全体的な運動速度自体も炎使いとしては異常極まりないのだが、それ以上に攻撃の際に起きる爆発的な加速がもう 訳分からない。

回転の勢いを殺さず、息もつかせぬ連撃を主体とする白兵戦闘。

……それはまるで舞踏のようだ。

敵の攻撃を封じる手数。

意識を刈り取る鋭い一撃。

防御ごと吹き飛ばす必倒の攻撃。

その全てがあの舞踏の中にはある。

ウィズダムの白兵戦闘も超一流の域だが、あれは相手を無力化ないし殺害することだけに特化したものだ。

どちらかと言えば、かの「幻影」。イリュージョンNo17のそれと類似しているように思われる。

気の遠くなるような試行錯誤の結果、積み重ねてきたもの。

ミーナの一撃一撃からはその重さが感じられる。

あれは断じて天賦の才などではない。

無駄を極限までそぎ落とし、ありとあらゆる可能性を摸索した上で完成した彼女だけのスタイルだ。

「わけ分かんない。……ホント、何者?」

「”夜明けの炎”エレナブラウン・ツィード・ヴィルヘルミナ。第三位のオリジンよ」

「っ!?」

独り言に横からいきなり答えが返り、錬は驚いて飛び退った。

いつの間にやってきたのか、そこにいたのは青の少女。

「―――リューネ」

「やほ。なかなか懐かしいのが来たもんね」

普段と同じく青一色の服に身を包んだリューネは、ウィズダムとミーナの白兵を眺めながらそう言った。

「やっぱり知り合いなの? ていうか今、オリジンって―――?」

「言ったわ」

ウィズダムやリューネと並ぶ、最も初期に作られた”守護者”。

彼女もまた、そうであるというのか。

「じゃ、じゃぁ、ミーナさんも『Id』関連の魔法士なの……?」

「うん。第三位、「夜明けの炎」の異名を持つ焔使い。それがミーナよ」

「焔、使い……? 炎使いじゃなくて?」

視界の隅でミーナの猿臂を受け止めたウィズダムの体が大きく弾き飛ばされた。

やはりインパクトの瞬間に夜明け色の炎が瞬いている。

「焔使い。まぁ、簡単に言えば加速方向にしか分子運動制御のできない炎使いよ。非可逆的な一方通行のね」

それは、つまり、

「ええと、炎しか使えない炎使い、ってことだよね。そういえば確かに窒素結晶とか使って無いけど」

「ぶっちゃけると防御のできない炎使いのこと。だからミーナは体術を磨いたの」

ウィズダムとミーナ、二人の震脚の轟音が周囲を圧する。

ウィズダムが放ったのは八極拳金剛八式が一、沖拳。

対するミーナは深く踏み込んだ掌底で迎撃。



炸!



―――空気が破裂する音が、確かに聞こえた。

おおよそ人の拳同士がぶつかり合う音では無い。

いや、事実打撃音ではなく爆発音だったのだろう。

くすぶる煙。

僅かに舞い散る火の粉の残り火。

その中心。

「…………そうだったな、お前」

拳を突き出した状態のまま、ウィズダムは低く呟いた。

視線の先には、大地を割らんとばかりに踏み込まれたミーナの左足。

爆発と震脚の衝撃によりズボンの一部が破れ、素足の一部が除いていた。

「あれは―――」

目を見張る。

限りなく自然に見える素足。

だがそこには隠しようの無い”継ぎ目”が幾つも存在していた。

「生体、義足……」

弥生の診療所の手伝いをすることもある錬は、実際に使っている人を何人も見たことがある。

けれどもそれは日常生活においての話だ。

このような人外レベルの格闘戦に耐えうるような生体義足などお目にかかったことは無い。

……だが、それも短時間のみの耐久だ。

みしり、とミーナの義足が嫌な音を立てた。

ウィズダムはそれに顔を顰め、拳を引く。

「チ、水を刺され―――」

「―――――お・馬・鹿・さん♪」



瞬間、ミーナの義足の膝の皿がばっくりと開き、そこから飛び出した黒い弾丸のようなものがウィズダムの顔面を 直撃した。



「!?」

「!?」

「がぶぁッ!?」

錬とリューネの驚愕、そして派手にぶっ飛ぶウィズダムの声が重なった。

し、仕掛け生体義足……?

「っが、テメこのやろ……!」

「あらあら。貴方らしくも無い」

頬に手をあて、その腕をもう片方の腕で支えるというおかあさんポーズをとってミーナがからからと笑う。

「性格悪くなりゃぁがったなお前……」

「それはもう。玄人筋の方々と一緒にいましたから」

血を吐き捨てながらぼやくウィズダム。

ミーナが一発いれたことで、どうやら物騒なバトルは一段落したらしい。

「……なんか、色々と……凄いね?」

「まぁ、私たちオリジンはそんなものよ? さて」

ぴょい、っとリューネが物陰から飛び出てミーナの視界に入った。

ミーナもリューネがこの場にいることは気づいていたようで、別に驚く様子も見せず、軽く頷いた。

「久しぶりね。夜明けの炎」

「お久しぶりです。千陣壊し」

何の感傷も入らない。

まるで昨日会った友人とまた会っただけのように、二人は軽く頷くだけで再会の挨拶を済ませた。

「10年ぶりですね。お変わりなく」

「10年? そんなに経ってたかしら?」

「私の主観ではそうですね」

「ミーナの体内時計が早いだけよ」

「リューネの一日が72時間くらいなだけかもしれませんよ」

微笑を浮かべる二人。

リューネの顔が普段より優しく、柔らかいのが見て取れる。

「あのころに戻ったような気もするわ。ミーナは、どこかに行くところだったの?」

「『Id』が倒れたのを確認しにいくつもりでしたけど……その必要もなさそうですね」

……わざわざ歩いて?。

何考えてんだこの人と錬が顔をゆがめると、横のウィズダムが呆れたように言った。

「馬鹿こけ。自滅なり崩壊したなりが分からんお前でもねぇだろ」

「……そうですね。本当は少し貴方たちに、いえ、誰かに会えるかもしれないと思っていたかもしれません」

目を細めて、遠くを見るようにミーナは言った。

「会えたじゃねぇか」

「そうですね」

そこで、リューネがぱん、と手を打った。

「じゃぁこれでミーナの目的は達成! しばらくはここにいるんでしょ?」

「ここに”いさせられる”んですよね?」

あはは、と苦笑するミーナ。

そこで彼女はこちらへ向きなおり、

「それでは錬くん。『Id』が守護者は第三位、「夜明けの炎」 エレナブラウン・ツィード・ヴィルヘルミナ。こ の街にしばらくお世話になります」

ぺこり、と頭を下げた。

「え、あ、うん、よろしく……?」

目をぱちくりさせて機械的に頷く。

「この子たちの手綱は握っておきますから、これからは大丈夫ですよ?」

「おいこらミーナ」

「何言ってんのよ」

にこにこと笑うミーナを半目で睨むウィズダムとリューネ。

その三人の様子を見ながら、



「…………騒がしく、なりそうだなぁ」



錬は天を仰いでため息をついた。








あとがき

そんなわけでミーナさん加入のお話でした。

基本”味方になる”オリキャラは物語につき一人ずつ、というルールが俺の中にはあるのですが、夢想唄では彼女含め3人ほど新しいキャラが出てきます。

書きたいものが今度はほのぼの日常ストーリーであり、そう考えるとなんかほんわかした人欲しいなぁとw

次章でも新キャラ登場です。多分、今までにいないタイプの。

まぁ、タイトルみたらどんなヤツかは丸分かりかと。

それでは、次章でお会いしましょう。



next story→「肉色☆パラダイス」



2008年 8月3日 レクイエム