なにものにも変えがたいもの。

生きることの喜びを実感させてくれる行為。

本能に根ざした素晴らしき欲求。

一日三度の幸福な時間。

大自然の恵みを体に宿す神聖な行い。

生きとし生けるもの全てと繋がるということ。

生命の源泉。

日々の活力。

明日への糧。








―――「食事」という、この幸せ。










『夢想唄』 

肉色☆パラダイス・前編













「―――と、いうわけで。前回の真相を確かめに行こうと思うんだけど」




ばん、とテーブルに手をつき、天樹錬は身を乗り出してそう宣言した。

席についているのは彼の他に3人。

ウィズダム、リューネ、そしてつい先日からこの街の新しい住人となったエレナブラウン・ツィード・ヴィルヘル ミナである。

思い思いの格好で昼の怠惰な時間を満喫していた彼らは、そろって?マークを浮かべて錬を見つめた。

「前回の真相って、なんだそりゃ?」

ばりぼりとクッキーをかじりながら、ウィズダム。

「なんかあったっけ? ミーナがきたこと?」

紅茶の入ったカップに口をつけながら首を傾げるリューネ。

「あら、錬くん私に興味津々?」

ポットにお湯を注ぎながら、ミーナ。

「この前隊商が着てたとき、なんでかお菓子がいっぱいあったんだよ。その出所を知りたいなぁって。あとミーナ さんは黙ってて」

ウィズダムと同じくクッキーをかじりながら一つずつ答えていく。

結局帰り道に何かしら買っていこうと思っていたのだが、ミーナと会った事で結局買えずじまいだったのだ。

「そりゃ珍しいが、わざわざ探しにいくようなもんでもねーだろ?」

「弥生の作るこれも十分おいしいし」

「錬くん紅茶おかわりします?」

「そうなんだけどさ。ほら、やっぱり興味とか、あるし」

若干一名会話のテンポがおかしいがあえて無視。

ミーナに手だけ振って申し出を断る。

「クッキーとかならともかくさ、本でしか見たことのないお菓子とかもあったんだ。気にならない?」

「ほーん、たとえば?」

「や、名前までは分からないけど、こう、なんか真っ黒なケーキにさくらんぼとかクリームがたっぷり乗ってるの とか」

「……そら豪勢だなおい。もう菓子のレベルじゃねぇ」

Schwarzwalder Kirsctorteですね。大戦前まで有名だったドイツのクリームケーキでしょう」

人差し指をつい、と振ってミーナが答えた。

「へぇ。詳しいんだねミーナさん」

ちょっと驚き。

そこでリューネがテーブルにぐでーと突っ伏しながら口を開いた。

「ミーナは料理上手いわよー。ミーナの紅茶飲んだら他のが色つきのお湯に見えるわねー」

「あ、そうなんだ」

だからさっきおかわりするとか聞いてきたのか。

だったらこの紅茶も淹れてもらえばよかったかも。

つんつんとコップをつっついてみたり。

「そんなものまであったんか。やるねぇ」

がっさりと皿のクッキーを食い荒らしながら、ウィズダム。

「ってかよ、お前甘党だったか?」

「そうでもないけど」

「んー? ならどうして――――――あぁ」

テーブルにべったり張り付いたまま、リューネが理解の光を眼に宿らせた。

少し遅れてウィズダムも手を打つ。

「なるほどなるほど。そうだなそうだなそういうもんだなぁ。ちったぁ計略めぐらせるようになったじゃねぇか小 僧」

「そういう言い方はどうかなぁお兄ちゃん。いいんじゃない、錬? 私そういう心遣い嫌いじゃないよ?」

にやにやしながらこっちを見てくる世界兄妹。

まだこっちをあまり知らないミーナはここで気づいたようだ。

「錬くんも男の子ですねぇ」

にっこにこの笑顔。

逆になんか怖い。

「まぁそういう理由だったら錬一人で行ってこなきゃね?」

ウインク一つ。

リューネは優しい目つきになって紅茶を飲み干した。

彼女に加えてウィズダムとミーナ、六つの瞳に見つめられ、



「…………そだね。行ってくるよ」



ちょっぴり不安そうに、錬は頷いた。










          *     *     *










そんなこんなで一時間後。

錬は一人乗りのバイク型フライヤーにまたがり、隊商のおじさんに言われた情報を頼りに己の街から北30キロの地 点にいた。

「この辺かな……?」

とても小さな街と言うなら、空から探していたのでは見落としてしまうかもしれない。

手近な平地にフライヤーを降ろし、周りを見渡す。

この辺りはさほど地盤が荒れているわけではないが、丘などの起伏には富んでいる。

雪原の彼方にそびえる幾つかの山を見やり、錬は歩き出した。

「こっち……じゃなくてこっちかな? む」

手に持つのは情報制御感知端末と、サーモサーチャー。

おそらくは天候制御を行っているであろうその街の微弱なフラックスと、その熱量を探知するための道具だが、普 通の街はこんなものでは見つけられない。

あくまでも小さい、小さすぎる街と言う情報があったからこその装備である。

一つ一つしらみつぶしに一帯を当たっていかなければいけないと思っての準備だったが、

「…………あれ?」

いきなりぶち当たった。

稜線の始まり。山の裾野に差し掛かる小高い丘の麓に小さな鉄色が見える。

「あれかな? 確かに隊商が通りそうなルート上にはあるけど」

ここから距離にして200m弱。

山を刳り貫くようにして存在する入り口が鈍く雪原の白を反射している。

「山付近ってことは……地熱プラント? ああ、少人数で一つ持ってるなら嗜好品を作っててもおかしくないか も」

ラグランジュを常駐。

身体能力を5倍に加速し、錬は一気に丘を駆け下りてその場所までたどり着いた。

実際に目の前まで着てみても、見れば見るほど小さい。

というか、少し大きい家の門と言っても通用しそうな扉である。

「はぁー、街っていうか、洞穴みたい」

より正確に言うならば、街ではなく地熱プラントそのものが生活の場となっているようだ。

トラップやプロテクトが無いことを入念に確認し、錬はしつれいしまーすと扉を開けた。

途端。



「――――――わ」



目に飛び込んできたのは、半球状に刳り貫かれた山の中の空間と無数に開いた洞窟の穴。

直径にしておよそ50m。天井に据えつけられた灯りで照らされている。

「わぁ……ホントにあったんだ」

空洞の中心にまで足を進めた錬は、そこで下を見て感嘆の声を漏らした。

中心部の地面には直径3mほどの穴が空いており、そこから下を覗けるようになっていた。

見やればそこには、重々しい駆動音を発している演算機関の末梢端末が幾重にもなって存在していた。

「地熱プラントの一部だ」

錬の街のそれと比べるとかなり小さいが、間違いない。

おそらくは食料生産用に調整されたプラント。

「こんな小さな街だったらケーキとか作ってても余裕はあるってことかぁ」

しかし何故こんな場所にプラントがあるのだろう。

錬たちも新しく街を作るために廃棄されていた主要なプラントやめぼしい場所は相当探していたはずなのに。

「隠れてた……ってわけでもないよね。隊商の人が普通に入ってるもん」

ぺしぺしと周囲の壁を叩く。

材質は強化チタンと鉄、そしてセラミック系か。

色々と疑問に思うことはあるが、

「先ずは、目的を果たさなきゃね」

トリックオアトリート。

しかしいたずらは後でも出来る。

「天然の洞窟を拡張したのかなぁ。家じゃなくて、扉がいっぱいだ」

ざっと見渡せばらせん状にドームの上へと向かっていく外周の通路と、壁にいくつもある無数の部屋。

三桁はいかないだろうが、30、40の大台には乗っている。

「ん、なんかシティみたい」

シティの階層を全て吹き抜けにしたらこんな感じになるだろうか。

そんなことを思いながら、錬はとりあえず片っ端から扉を開けていくことにした。

「すいませーん。誰かいませんかー?」

扉は全てドームの外壁に面しているため、らせん状通路の入り口まで歩かなくてはいけない。

錬は手をメガホンにして呼びかけながら外周まで歩いて行き、最初の扉に手をかけようとして、



「―――これはこれは大変な失礼を。お客様のお出迎えをできていなかったとは申し訳ない」



「え?」

低く、深いが張りのある声に後ろを振り向いた。

振り向いたその視線の先。丁度錬が入ってきた入り口の扉を開け、姿を現した人物がいた。

「おや、これはまた可愛らしいお客人だ。お使いにしてはいささか遠すぎるが、魔法士かな?」

後ろ手に扉を閉め、こちらに声を投げかけてくるのは、背の高い白髪の老人だった。

背筋はしゃんと張っており、かなりの長身を枯草色のコートに包んでいる。

……ここに住んでる人、かな?

「あ、えっと、勝手に入ってごめんなさい! 僕は―――」

「いやいやそう声を張り上げなくても大丈夫だよ。すぐにそっちへ行こう」

とりあえず不法侵入を謝ろうとした錬、その老人はやんわりと手を振り、きびきびとした動作でこっちへ歩き出し た。

そこで気づく。

50m近い広さの空間の端と端であるにも関わらず、あの老人の声ははっきりと耳に届いていたことを。

錬では声を張り上げなければ届かない距離を、まるで普通に話しているかのように声を届けてきていた。

なんて、いい声。

「すまないね、君。丁度買出しに行っていたものでね」

目の前まで来たことで改めて分かる。

引き締まった体と若々しい声から、老人というよりは初老の男性という感じだ。

身長も高い。

錬は少し彼を見上げながら挨拶を返した。

「こんにちは。さっきも言ったけど、勝手に入ってごめんなさい」

「こちらこそ。出迎えも出来ずに申し訳ない。私はハインリッヒ・シュッツ。君は?」

右手が差し出される。

少し戸惑いながらも、その手を握り返し、錬も答えた。

「えと、……天樹錬」

「天樹錬。ふむ、天樹くんと錬くんと、どちらで呼んだらいいかな?」

「どっちでも」

「では錬くんと呼ぼうか。こんな辺鄙な場所まで何をしに来たのかね?」

ハインリッヒ・シュッツ。そう名乗った老人は目を細めてそう問うた。

「それは―――」

答えようとしてふと思いとどまる。

よく考えると今回の目的、いざ他人に話すとなると酷く恥ずかしくはないか。

どうしようか、と硬直する錬。

そこへ、

「先ずは中に入ろうか。私も年でね。暖かいものでも出そう」

ぽん、と頭を撫でられた。

「――――――」

ぽかん、と呆気にとられたのも一瞬。

シュッツはさぁおいでと錬を手招きし、すぐ横の扉を開けた。

「入りなさい。遠慮はいらないよ」

促されておずおずと足を踏み入れる。

中にあったのは大きなテーブルが一つと6つほどの椅子、そして奥に設置してある調理台と色々な調理器具。

「台所?」

「いいや、厨房は別にあってね。ここは給湯室なんだ」

錬が薦められた席に座ると、シュッツは流れるような動作で薬缶を火にかけ、戸棚から皿を取り出した。

「きゅーとーしつ?」

「ああ、今はもうそんな呼び方は誰もしなくなってしまったのかな。軽い休憩室みたいなものだよ」

「へぇ」

頬杖をついて火にかけられている薬缶をなんとなしに見やる。

とても使い古されたような、それでいてしっかりと手が入っているようなコンロだ。

「さて、お湯が沸くまでに話を聞こうかな。錬くん」

「あ。はい」

なぜか背筋が伸びた。

なんでだろう。

威圧感とか、敵意とか、そういうものは全く感じられないのに、目の前のこの人から”なにか”を感じる。

なんでか、とっても大きく見えるんだ。

「えっと、僕はちょっと……南のほうの街に住んでるんだけど」

「ふむふむ」

シュッツも錬の向かいの席に着き、柔らかな目で錬を見つめている。

「それで、そこにこの前隊商が来たとき、ここでその……お菓子とかいっぱい交換したって聞いて、フィ―――知 り合いの女の子に食べさせてみたくて」

「なるほど。分かったよ」

……多分今の自分の顔はとっても赤いと思う。

フィアのためとはいえ、ちょっと考え無し過ぎたかなぁと今さらながら反省。

「その子のことがよっぽど大切なのだね」

「……っ!」

ス、ストレートに……ッ。

「いいことだ。”愛はおいしい食事から”。そういうことなら喜んで協力してあげよう」

「は、はぁ。……ありがとう」

頭を下げる錬にシュッツは莞爾と笑い、

「しかしそうなると一応主人の許可もとらなくてはいけなくてね、少し待っててもらえるかな」

丁度湧いたお湯を茶葉の入ったポットに入れ、テーブルに置いた。

「え、主人、って?」

「私はこう見えても執事なのだよ、錬くん」

「し、執事!?」

あれですか。おかえりなさいませご主人様とか、そんなことやる人ですか。なんか違う。

しかし言われて見れば納得できる面もある。

高齢を重ねて尚しっかりとしている体、他人をもてなすことに慣れた振る舞い。

そしてタキシードと燕尾服の中間のような服、これが執事服というものなのか。

「少しお待ちいただけるかな。余りものですまないが、これでもつまんでいるといい」

冷蔵庫らしき大きな棚から取り出されたのは、さくらんぼとクリームの乗ったチョコケーキ。

……あ、この前見たやつだ。

香るショコラの良い匂い。

微かに混じるのは果実酒の匂いか。

フォークで先っちょを少しだけ削り、口に運ぶと得も知れぬ甘さが広がった。

「……おいしい」

「それは何より。それでは、少し失礼するよ」

思わず漏らした錬の感想にシュッツは目を細め、部屋を出て行った。

錬はもう一欠けらを口に入れ、



「……やっぱおいしい」


そう呟いた。







あとがき

はいこんにちは。夏バテとは無縁のレクイエムです。

タイトルからして明らかにアレな章をお届けですよー。

テーマはメタボ。現在社会問題となっている生活習慣に対して一石を投じる一作―――ではまかり間違ってもありませぬ。

「夢想唄」では日常をテーマに書いていきたいので、こういう”食事”関連の掌編を多く取り入れていきたいと思ってます。

今回登場した新キャラ、ハインリッヒ・シュッツ。通常リヒ爺は「愛は美味しい食事から」と言うことわざから分かるとおり、ドイツの人です。

文豪ゲーテを初め、かの国はそういうことわざが生まれるほど食事を愛し、情緒を表し、大仰に愛を語る人々が多くいました。

そういった、WB世界では失われかけているであろうものの大切さを、原作キャラに味あわせたいなぁというのがこのお話の骨子です。

黄昏を迎える斜陽の世界で、切り離された無垢の浄土。

原作世界ではありえない”団欒”を演出するために、前作のLGO3部作はあったと言ってもまぁ、過言じゃぁないです。

ぶっちゃけただ単にほのぼのストーリーを書きたかったってだけであるんですがッ!

んでは後編、脂肪の塊の登場にご期待くださいな。




next story→「肉色☆パラダイス・後編」



2008 8/29 レクイエム