くいしんぼうなら 幸せものよ

一日 三度の希望があるよ

くいしんぼうなら 幸せじょうず

おなかがへるたび ゆめがわく



<『クレヨン王国デパート特別食堂』 冒頭詩より抜粋>










『夢想唄』 

肉色☆パラダイス・後編













シュッツが部屋を出て行っておよそ5分と少し。

丁度錬が出されたケーキを堪能し、紅茶を飲み終えたまさにそのとき、

「お待たせしたね錬くん」

出て行ったときと何も変わらぬ格好に若干の苦笑を貼り付けて、シュッツは戻ってきた。

一緒に置いてきたようで、羽織っていたコートはなくなっている。

「ケーキ、ごちそうさまでした。おいしかったよ」

「それはどうもありがとう。最高の賛辞だよ」

食べ終えた錬の皿とコップを流しの横へと移すシュッツ。

と、

「それと、先ほど坊ちゃん――主人に伺ってきたのだが」

「あ、はい」

本題はそれだ。

一応居住まいを正して彼のほうに体を向ける。

シュッツは苦笑しながら指を立て、

「久々の客人ということで、どうにも君に興味をもたれたみたいだ」

「へ?」

かくん、と錬の肩が落ちた。

「つれてこいとのご用命がかかってしまってね? 恋人のところに早く帰りたいだろうが、少しきてもらえるか な」

「恋びっ―――じゃなくて、あ、や、別に、うん、大丈夫です、大丈夫だよ?」

しどろもどろの返答。

お国柄なのか、あるいは単純な年齢の差から来るものなのか、シュッツのセリフはちょっぴり恥ずかしい。

錬は手持ち無沙汰に自分の顔を撫で回した。

「ありがとう。それでは行こうか」

「ん」

シュッツに先導されて部屋を出る。

彼が向かった先は、

「……あれ、上じゃないの?」

予想に反して同じ螺旋の階層であった。

主人とか、そんな感じの人なら得てして高いところに住んでいそうな気がするのだが。

錬の疑問に対し、

「高いところがお好きではあるのだがね……」

あいまいな答えが返ってきた。

……煙と一緒じゃないよね。

そんなことを思ってみたり。

シュッツは時計回りに外周を歩き、丁度先ほどの部屋から90度ズレた場所で立ち止まった。

「ここ?」

「うむ」

確かにドアがある。

あるけど……

「大きすぎじゃない?」

「そういうものなのだよ」

「はぁ」

目の前には錬が横に寝転んでも入れそうなまでに大きいドア。

そう、扉ではなく、ドアなのだ。おまけに片開きの。

ドアというよりはむしろ回転扉のなりそこないといった方がいいかもしれない。

まるでトタン板か何かに蝶番をつけたかのようなドアに、シュッツは軽くノックをした。

「坊ちゃん。お連れいたしましたよ」

「―――ご苦労」

渋い声が返ってきた。

この声が、シュッツの”主人”なのか。

若々しいとは言えないが、芯のあるなかなかいい声だ。

「失礼いたします。錬くん、中へ」

がちゃり、とドアが開けられる。

錬は若干の緊張を胸に足を踏み入れ、



「――――――はぃ?」



中にいた”モノ”を見て、口をぽかんと開けた。









          *     *     *










「――――――はぃ?」



間抜けな声が部屋に響き渡る。

錬の目線は部屋の奥に釘付けになり、部屋の中に一歩を踏み入れたまま硬直した。

今、自分が見ているものが信じられない。

10年という錬の人生経験では処理しきれない、想像の遥か彼方の”モノ”がそこにはあった。

いや、”いた”。



「リヒ爺。なぜこの少年は固まっているのだ」

「坊ちゃんを前に緊張でもしていらっしゃるのでしょう」



肉塊が喋った・・・・・・

錬にはそうとしか認識できなかった。

だって、ほら、部屋の奥にある3人掛けソファーを占領してるあのピンク色の物体が人間だなんて、誰が思うってん だ?

「ふむ。奥ゆかしき慎ましきは日本人の華と聞いていたが」

「それは数世紀前までの話でございますな」

ぐもぐもと、いや、最早形容できるものが見つからない生々しい擬音と共に肉塊が喋った。

しかしシュッツはなにもそれを不思議に思うことなく、言葉を返していく。

「数世紀……しかしシティというものはむしろ鎖国と似たようなものではないのか」

「失礼ながらその認識は全く以って異なっております。それでは他のシティも同じことに」

「なるほど。受け継いでいるのは心根だけと」

「左様で御座いましょう」

……なんだこの会話。

最近置いてけぼりにされることが多いような気がする。

ちょっと悲しい錬くん。10歳。

「―――じゃなくて!」

無理矢理声を出すことで硬直を解いた。

頭を振り、なんとか”目の前にあるもの”を視界に正しく受け入れる。

ソファに座っている、いやソファを押しつぶしているものは、一応人だった。

錬の身長の半分を優に超えるその横幅。

たゆんたゆんと呼吸と共に揺れる太鼓腹。

「……ええ、と。アンタが、シュッツさんの、その、主人?」

「うむ。ファルデール・A・トランシルヴァニアという。少年、先に名乗らぬ愚は許そう」

「あ、僕は天樹錬……です」

短く刈られた茶色の短髪。

細められた目はもしかして肉のせいで開けないのか。

「アマギレン……。a magiただ一人の魔法士たる錬か。ふむ、良い名だ」

「は、はぁ」

そんな意味はないんだけどなぁ。

ぱちん、とファルデールが指を鳴らすと、いつの間にか影のようにその背に張り付いていたシュッツがソファの前 にテーブルを移動させた。

何をする気だろうと思った錬の前で、シュッツがこれまたどこからか大きな鍋を引っ張り出してテーブルに載せ た。

「……あの、なにやってんの?」

精緻な意匠が施された食器まで並べ始めた様子に、流石に声をかける。

夕食アーベント・エッセンだが」

「―――は?」

上から降りてくるファルデールの声。

錬は思わず、行儀悪くついていた頬杖から顎をすべらせた。

それに構わず、シュッツは鍋からいい匂いのする琥珀色のスープを注いでいく。

「どうぞ坊ちゃん」

「うむ」

見たところコンソメで煮込んだ野菜や肉のようだが、輝きと匂いが半端なく美味しそうである。

しかし、

「……えと、それ全部食べるの?」

「無論だ。食とは命を奪うもの。食べきることで感謝と誠意を表すのは当然だ」

単位が鍋なのはノーコメントですかそうですか。

「リヒ爺。おかわりだ」

「かしこまりました」

「―――もう食べたのかよアンタ!」

思わず立ち上がって叫んでしまった。

「リヒ爺。おかわりだ」

「かしこまりました」

「三杯目はそっと出せ―――!」

「騒がしいな少年。食事中は黙りたまえ」

「……アンタらよくそんながっぽがっぽ食料消費できるね」

「小さいながら食料用の地熱プラントがあるものでね」

あ、やっぱあれ食料用だったんだ。

「食とは全てに優先する事項だからな。大戦前に作らせたのだ」


「………………は?」


今なんて言ったお前。

本日最大の硬直と驚愕。

「作らせたって、え?」

「戦後の疲弊で技術レベルが下がり、生活の水準が低くなるのは仕方ない。―――だが、食が脅かされるのは我慢 ならぬ」

怒涛の様にカロリーを嚥下していくファルデール。

よくそれで口が動かせるものだ。

あと、そろそろ2kg近く摂取してるように思えるのは気のせいだろうか。

「ってことは、つまり」

「うむ、このプラントは私が作らせたものだ。廃棄されていた地熱プラントの一部を作り変えたものでな。十数人 程度の食料ならば賄える」

「で、その食料をきっとアンタが一人で消費してんだよね」

「当たり前ではないか。糧は残すものではない、この身に変える物だ」

「いや、かっこいいこと言ってるけど要するにアンタが大食いなだけだよね、それ」

なんか段々とこいつの人となりが分かってきた気がする。

ファルデール・A・トランシルヴァニア。

頭の文字をそれぞれとって、F・A・T。

これからはミスターファットと呼ぼうと錬は心の中で決めた。

「あ、そうそう。本題に入ってもいいかな?」

最早彼に対する敬意は失せた。

半目で告げる錬に、ファルデール、否、ファットは鷹揚に頷いた。

「許す。そう、リヒ爺が言うにはスイーツを分けて欲しい、だと?」

「うん」

脳裏には、目を丸くして輝かせるフィアの姿。

早く喜ばせてあげたいなぁと思いつつ、是非もなく頷く。

「量にもよるな。どのくらいかね」

「えっと、ほんの少しでいいから。その、また欲しいって言われて次来るときは買いに来るつもり」

「ふむ」

顎に手をやるファルデール。

とはいってもこの男、あまりの肉で首と顎の区別がつかないためどこが顎か分からない。

しばらくの思考のあと。

「よかろう。喜捨も貴族の勤めよ」

「ホント? ありがとう!」

「ただし」

「―――ぅえ?」

お礼の語尾が裏返る。

喜捨って言ったじゃんあんた!

「良いかね少年。物事には等価交換がつきものだ」

「というと?」

「等価、すなわち同じ価値のものを以って報いるのが道理ということだよ」

「……素直に”なんか美味しいものもってこい”って言ってよ。分かりにくい」

まぁ、それならそれでなんとかなりそうではある。

場合によっては弥生やミーナに頼むのもいいだろう。

……新たな対価を要求されるような気もするが。

「なに、督促はせぬ。あるときに持ってくるがいい―――リヒ爺」

「こちらに。錬くん、このくらいでどうかな?」

いつのまに用意していたのか。

シュッツは一抱えほどの綺麗な装飾が施された箱をテーブルに乗せた。

開くと、中には色とりどりのスイーツの山。

ケーキやらスコーンやら、錬ではもう名前すら分からないものが沢山。

「わ、こんなにいいの?」

そこのミスターファットの単位で計算してないだろうねシュッツさん。

「いいとも。遠慮せずに持っていきなさい」

優しく微笑むシュッツ。

「では坊ちゃん。私は錬くんをお見送りに出ますので、しばらく外させていただきます」

「うむ」

鷹揚に頷くミスターファット。

もう一度だけ彼に頭を下げ、シュッツと共に部屋を辞去した。










          *     *     *










「ありがとうシュッツさん。今度絶対お礼にくるから!」

「なに、これしきのことで役に立てたのなら幸いだよ」

出口にて、別れの言葉を交わす。

あの脂肪の塊にはいい印象は無かったが、この気さくなお爺さんはとても優しい。

素直な気持ちで頭を下げた。

「…………」

「シュッツさん?」

「いや、すまない。少し昔を思い出してね」

年をとると懐古趣味ばかりになって困るものだ、と彼は苦笑した。

「昔って?」

「もう十年……いや、十五年近く前になるかな。私はベルリン近くの村に住んでいたのだよ」

扉を開け、寒空を眺めながらシュッツは語る。

それは、大戦が始まるほんの少し前の時期だろうか。

「そのときに近所づきあいで3人の兄妹の面倒を一時期見ていたことがあってね。その子らも私の作るスイーツを好 んでくれていた」

「僕と同じくらいの?」

「兄が一人に妹が二人。真ん中の娘が丁度今の君と同じくらいだったよ。性格は全く違うがね」

懐かしそうに語るシュッツ。

そこに自分には無い確かな人生の重みを感じ取り、錬は彼の昔語りに聞き入った。

「乱暴だが最後の一線で妹たちには甘い長男、しっかりもので妹の面倒をよく見ていた次女、気弱であまり喋らな いが芯は強かった三女」

一息。

「実にばらばらな兄妹だったが、仲は良かったものだ。本当の兄妹では無い兄妹だったが」

「……なんか、いいね。そういうの」

兄妹。

姉弟。

月夜と真昼を思い出す。

「いや、すまないね。このくらいにしておこう。早く恋人のもとへ届けておやり」

「シュッツさんっ!」

「善哉善哉。仲良きことは美しきことかな、だよ」

「……あんたホントにドイツ生まれ?」

笑ってごまかされた。

「坊ちゃんはああ言われたが、私の作ったもの程度ならばいつでもごちそうしよう。今度はその子や友人も連れて きなさい」

ぽん、と頭を撫でられ、話は終わった。

「ありがと。今度は皆つれてくるよ!」

御礼一つ。

微笑み一つ。

新しい出会いがまた一つ。

シュッツに見送られてこの街を後にする。

甘い箱に甘い想いを抱えつつ、錬は軽やかな気持ちで帰途に着いた。







あとがき

おいしいものを食べたら自然に頬が落ちる。幸せな気分になる。

そんな単純なことが蔑ろにされかけてきてるようなのは、最近の風潮でしょうかねぇ。

まぁ、ファットほどに食えとは言いませんが。健啖であることはいいことですヨ? 多分きっともしかしたら。

そんなわけで、「肉色☆パラダイス」をお届けしました。新キャラ、ミスターファットの登場です。

こういう「デブキャラ」というか三枚目キャラは以前から出してみたかったのですよ。

なんかどうにもオリキャラというとみんな強かったり美形だったりとマンネリなので、ファット君とリヒ爺はお気に入りのキャラです。あ、リヒ爺は普通の人ですが。

ファルデール・A・トランシルヴァニア。名前の真ん中が顔文字に見えた人はしばらく携帯やPCから離れてみることをオススメします。

身長166cm。体重178kgの超絶ピザ(現在進行形で増量中)。身体能力は驚きの低性能。100m走らされたら途中で3回はお茶を飲むことでしょう。

傲慢で我侭な困った貴族の末裔ちゃんな人ですが、不思議と憎めないのはどうしてなのか

固有スキル「拳●殺し」を保有してそうな彼の次回の活躍にご期待ください。

では今回はこの辺で。




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2008 8/29 レクイエム