『夢想唄』 

昼飯の楽しめる日














「…………」

冷蔵庫を開け、天樹錬は動きを止めた。

「六日分、全部皆無」

開け放った冷蔵庫の中には、文字通り何も存在していなかったのだ。

錬さん? と、動きの止まったこちらを不思議に思ったのか、後ろからフィアが覗き込んでくる。

そして彼女も同じように硬直。

どうしよう、と二人して顔を見合わせる。

というか、朝にはあった食材が何故昼の今に消えてなくなっているのか。

ジャンク屋の川那の手伝いという一仕事を終えて帰ってきた錬とフィアは、空腹を抱えたまま呆然としばらく 立ち尽くした。

数秒後、これじゃいかんと錬が動き出す。

冷蔵庫以外の保管庫という保管庫をひっくり返すが、出てきたのはレタスと乾燥うどんとにんじんが数本。

再び顔を見合わせる二人。

「ん……どうしよう。―――よし、うどん!」

それ以外の選択肢はあるまい。

「レタスに酢タレ」

フィアもフィアで調理に動き出す。

レタスを洗い、ニンジンも洗おうとしたところで、

「夜、ニンジン煮るよ」

錬がストップをかけた。

一応念のためストックしておかねばなるまい。

グラッセでも作れば腹は膨れるだろう。

フィアも頷いてとりあえずレタスのサラダ作りに専念していく。

と、ここでいきなり玄関の扉が開く音。

ずかずかと入り込んでくる足音があったかと思えば、リューネ・ウィズダム・ミーナの三人が入ってきた。

ウィズダムは手に大きな袋を提げている。

こんにちは、と頭を下げるミーナに会釈を返し、ウィズダムの持つ袋を指差す。

「何だね旦那」

「鯛だ。鯛を頂いた」

それはすごい。

珍しいにも程がある食材である。

ウィズダムは得意げに袋から鯛を出す―――前にこちらの鍋を覗き込んできた。

「感動のうどんか」

「意外や意外」

同じく覗き込んできて、リューネ。

悪かったね粗末なもので、と返す。

「煮立つゴッタ煮」

にやりと笑われた。やかましいわ。

憮然とする錬だが、ミーナが頭を撫でながらまぁまぁと割り込んできた。

「関係ない喧嘩」

そりゃそうだけどさぁ。

あはは、と横でフィアが苦笑する。

いつの間にやらウィズダムが横でフライパンを使い始めていた。

持参してきたのかわざわざ。

鯛を一尾まるごと取り出す彼に、

「たい焼き焼いた?」

「蒲焼や、馬鹿」

予想外の返答が帰ってきた。

折角の希少品なのにチャレンジャーすぎる調理法である。

なんとなく弥生あたりに泣きついていた方が良かったような気がしてきた。

あるいは、

「出前家まで?」

いや、それはダメか。

泣きつくのにこちらが出向かなくてどうする。

やれやれだ、とため息。

食べた後、誰が冷蔵庫を荒らしたのかも突き止めなければいけない。

「悪い敵が来ているわ」

ホントそうだよ。ホントね。

幾ら家を空けていたからといって、

「留守に何する……」

ため息しか、出ないってもんだ。

錬ははぁ、と息を漏らして天を仰ぎつつ、この芸風だときっと終わらないんだよなぁと思った。







あとがき



トマト



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2008 10/24 レクイエム