ここにいるよ



ここにいるよ



ぼくらは ここにいる

















『夢想唄』 

一日お父さん 後編













とりあえず移動しよう、ということで、錬とフィアは雑踏から離れた路地裏、小さな空き地へとやってきていた。


「……えっと、どうしよう、この子?」

「ど、どうしましょうね……?」



未だ錬の服の裾をしっかりつかんで離さない、小さな女の子を連れたままで。



「………………っ」



泣き止んでくれたはものの、未だ涙目になって顔を顰めていることには変わり無い。

何かに耐えるようにぐっと唇を真一文字に結んでいる様子は、痛々しくもある。

「ん……っと、ねぇ君。お名前は?」

しかしこのまま放っておくわけにもいかない。

とりあえずコンタクトを開始。

「………………」

コンタクト失敗。

「ぐぁ」

しゃがみこんで目線まであわせ、できるだけ優しく聞いたというのにふい、と顔を逸らされ、結構なダメージが錬 を襲う。

「え、えっと。ほら錬さん。先にこっちが名乗らないとダメなんですよきっと!」

「や、それは違うと思うんだけど」

頬をかく錬だが、フィアは膝を突いて女の子と目線をあわせ、その頬に優しく手を添えて言った。

「こんにちは。私はフィアって言います。お名前、教えてもらってもいいですか?」

にっこりと、微笑む。

女の子はまだ少しぐずっていたが、その笑顔に少しだけ警戒心を和らげたのか、



「…………ママ……」



蚊の鳴くような声で、そう呟いた。

「……ああ」

納得。

そうか、この子は、


「ママって名前なんですね」

「違う!」


一瞬にして雰囲気崩壊。

思わずフィアの頭をはたきそうになった。

きょとんとするフィア。ごめん頼むから空気読むスキルはそろそろ身に着けて欲しい。

「おかあさんとはぐれたんだよ、きっと」

あ、そうなんですかと頷くフィア。

本気で気づいていなかったのか。

こめかみを押さえる錬。

まぁ、ともあれ、

「お母さんとはぐれちゃったの?」

「…………ん」

やっとまともな会話が成立した。

が、それで自分のおかれた状況を再認識したのか、目を潤ませる女の子。

「…………えっと」

弱った。

「その……どの辺ではぐれたのとか、分かるかな?」

「ぁぅ…………」



こんなの、ほうっておけるわけ無いじゃないか。



はぁ、とため息一つ。

でもそれは、憂鬱の放出なんかじゃなくて。

「よし」

そっと、女の子の手をとる。

小さな小さな手をそっと握りながら、



「―――それじゃぁ、一緒に探そっか」



月夜が、真昼が、今まで自分に向けてくれていたもの。

そのあたたかさを伝えるように、笑顔でそう言った。

「そうですね。おねえさんたちと一緒に探しましょう?」

フィアが続く。

女の子のもうかたっぽの手を握り、絶対大丈夫ですから、と微笑みかけた。

そっと目配せ。考えることは同じ、か。

女の子は数秒目をしばたかせ、何を言われたのか分かっていないようだったが、

「…………うん」

涙を拭いて、でもこらえきれず少しこぼしながら、しっかりと頷いた。










          *     *     *










「そっか。隊商についてきたんだ」

「荷卸しのときに多分はぐれちゃったんでしょうね」



女の子のおかあさんを捜し始めて10分と少し。

まだ見つかっていない、というか女の子の足にあわせて移動しているのでほとんど進んでいないのだが、やっと状 況は把握できてきた。

「うん……あのね、おかあさんおしごとするからここでまってて、っていってたの」

「ああ、それで、人の波に飲まれちゃったんだ……危ないなぁ」

あの雑踏。こんな小さな子では何かの弾みに大怪我をしてもおかしくはない。

未だ目の前をばたばたと大きな荷物を抱えた人が何人も走りぬけていっている。

「どう? おかあさんいそう?」

「わかんない」

「もう少し具体的な特徴が分かれば私の能力で探せるんですけどね……」

同調能力によって女の子のおかあさん像も垣間見たのだが、そこはしかしまだ小さな子。

鮮明なイメージとはとても言いがたく、手がかりにはなりえなかった。

そんなわけで、地道に足で探すことに。

ぐずっていた女の子もようやく落ち着いてきたらしく、質問にもしっかり答えるようになってきた。

「そういえば、まだお名前教えてもらってませんでしたね。もう一度自己紹介しますね。私はフィアって言いま す。苗字とかはありません」

「ふぃあおねえちゃん」

「はいそうです。よろしくお願いしますね」

にっこりと笑うフィア。

「僕は天樹錬。あまぎ、が苗字で、錬、が名前だよ」

「れんおにいちゃん」

「そうそう。よくできました」

頭を撫でてやるとくすぐったそうに身をすくめる。

ふと、遠くロンドンにいる弟分のことを思い出した。

「エドもこんな感じ……じゃぁなかったっけ」

苦笑。

あの子はまた別のタイプか。

「エドさん、ファンメイさんも今何してるんでしょうかね。会いたいです」

「そうだね。今度会いに行こ」

くいくい。

「ん?」

手を引っ張られた。

「どうしたの?」

見つけたのかな?

そう思ったが、どうやら違うようだ。

女の子は少しだけ躊躇するように口を動かし、



「……おなかすいた」



そう言った。

「え、おなかって……ああ」

「そういえばまだ早朝ですもんね……」

現在時刻は午前7時前。

この子の年齢からすればまだ寝ていてもおかしくはない時間である。

「んー……どうしよう。フィア、なんか持ってる?」

ポケットを探り、飴玉の一つも持っていないことをちょっと悔やむ。

「私も、なにもです」

ストールを女の子にかけてやりながら、フィアもお手上げのポーズ。

となると、だ。

「よし。―――じゃぁ貰いに行こう」

「え?」

「ふぇ?」

女の子組二人が、同時に首をかしげた。

「もらいにって……どこになにをですか?」

「ん。決まってるでしょ」

錬は似合わないと知りつつもウィンクを一つし、



「―――労働報酬」



にやりと、そう言い放った。









          *          *          *










「……で、朝食をたかりにきた、と?」

「えっと、やっぱりダメ……かな?」



そして5分後。



人ごみを抜けた錬たちは、ひときわ大きくテントが張られている場所―――すなわち、ヴィドがいる司令部へと足 を運んでいた。

ヴィドは苦虫を噛み潰したような顔でこっちを見ている。

「そりゃまぁ峠は越して落ち着いてきたから別に構わんが、錬ちゃんがそんなこと言ってくるなんてなぁ」

「えっと、ほら、僕たちじゃなくてこの子。おかあさんとはぐれちゃったんだって」

ずい、とまだ手を握ったままの女の子を前に出す。

「お?」

目を丸くするヴィド。

一呼吸をおき、

「っと、そうか。災難だったな。―――お嬢ちゃんは泣かなかったかい?」

その無骨な体躯に似合わぬ、しかし優しい笑みを浮かべ、片膝をついて少女と目線をあわせた。

「泣いてないよ。泣いてないもん」

ぷくっと、少しだけふくれる少女。

思わずフィアと顔を見合わせて笑った。

「会ったのはいつごろだ?」

ぽんぽんと少女の頭を撫でてやりながら、ヴィドはこちらに眼を向けた。

「30分とちょっとくらい前、だったよね?」

「はい。そのくらいです」

「そうか。荷物場で会ったとなるとちょっと厄介だな。探しにくいだろう」

あごひげを撫でるヴィド。

その様子からすると、彼もこの少女に見覚えは無いらしい。

ということは、

「この子、連れてきた隊商の誰かの子供ってこと?」

「そりゃそうだ錬ちゃん。ウチんとこでこんな子見たことないだろ」

考えてみればそうである。

「まぁしかしだ。連絡回せばすぐに見つかる、先に朝食にするか。―――おおい、小休止だ! ぶっ倒れる前にエ ネルギー補給するぞお前ら」

張り上げたヴィドの声に、やれやれと苦笑の息を吐きながら何人かの青年が手を挙げた。

「おやっさんはただ座って指示出してただけじゃないですか」

「そうそう。もうそのメタボなんスからエネルギー切れも何もないッスよねー」

「錬ちゃんとフィアちゃんにまで仕事手伝わせてなぁー。―――あとさっきまでいた銀髪のきれいなおねーさんについて詳しく、詳しくっ!」

「…………。テッド、カストル、ノリヒサ、今月の給料いらねぇようだなお前らは」

途端にノー、サー!と返答が唱和する。

「バカ言ってないで行って来い。この子らの分の朝食だ」

「アイサー。出前一丁超特急でいってきやすー。紅茶でよかったっけ? 錬ちゃんとフィアちゃん」

「あ、はい。それでお願いします」

「オーケー。3分間待ってなよ」

小柄なテッド、スキンヘッドのカストル、日系三世のノリヒサがそれぞれ親指を立てながら部屋を出て行った。

どれも古くからの隊商メンバーであり、錬も顔見知りである。

「あはは、みんな変わってないね」

「それが問題なんだがな……」

くいくい。

「ん?」

女の子にまた袖を引っ張られた。

「どうかした?」

「れんお兄ちゃん。おはなしむずかしくてつまんない」

「え」

かくん、と顎が落ちた。

「おもしろいおはなし、して」

「え、え?」

サクラと相対したとき。

あるいは祐一との死闘のときでも、ここまで緊張することはなかったと思う。

冷や汗がじとりと背筋を伝った。

「あ、いや、その……」

ちらりと横を見るが、ヴィドはそ知らぬ顔で煙草をふかしていた。

フィアに眼を向けるも、こちらも返すは苦笑ばかり。

「えと、そのね。おはなしって―――」

「むぅ」

「――――――ぅ」

女の子はぷくぅと膨れ、

「おにいちゃん。パパみたい」

すねた口調でそんなことを言った。

「はぇ?」

再び、今度は肩までが落ちた。

「パパとおなじ。パパもおもしろいおはなしして、っていうとこまったかおしてママのほうみるもん」

そういうことか。

納得しかけた錬だが、



「そういうパパ、いくじなしのかいしょーなしっていうんだってママがいってたよ?」



「っ――――――!?」

まさに直球ストレートど真ん中ストライク。

ぐっさりと胸に突き刺さった言葉に、錬は今度こそ完全に膝まで地面に落とした。










          *     *     *










「…………」

「え、えーっと、錬さん。そろそろ立ち直ってください……」

15分後。

運ばれてきたパンとジャム、紅茶を平らげ、しあわせそうな顔でフィアに口元を拭かれている女の子の横で、錬は まだ膝を抱えていた。

よしよしと何故か女の子に頭を撫でられたのも後を引く原因である。

「けふ」

「おいしかったですか?」

「うんっ」

満面の笑みで頷く女の子。

そして遠巻きから、

「なぁ、今俺達ものすっげぇヘヴンな風景を見ている気がするんだが」

「そうッスねー。無邪気なな女の子は真理ジャスティスっスよ」

「今日だけで守備範囲の可能性というものを垣間見たぜ……!」

なにやら肩を寄せ合ってひそひそ話しているダメ人間が3人ほど。

「はぁ」

ため息をつき、立ち上がる。

腕の時計を見やれば、時刻は7時を回ろうかという頃。

普段ならようやく起床する時間でもある。

あくびをかみ殺そうとしたとき、



「――――――ハヅキ!」



部屋の入り口から、飛んでくる声があった。

錬がその声に反応し、振り向こうとする間に、答えが返る。



「――――――ママだ!」



フィアの手から飛び降り、女の子が一目散に部屋の入り口、肩を激しく上下させて壁に手をついている女性に向 かって駆け寄った。

「あ……」

突然のことに、手をさまよわせるフィア。

「いこ」

彼女の手をとり、立ち上がる。

そのまま手を引き、母親と思しき女性の前へ歩みを進める。

女の子を抱きしめていた女性はそこでようやくこちらに気づいたのか、

「ありがとうございます。この子を見つけていただいて。ホント眼を離すとすぐにどこかへ行ってしまって心配で 心配で……!」

謝罪と共に、ものすごい勢いで頭を下げてきた。

「あ、ううん。お礼を言われるようなことは」

「はい。こちらこそ、えーっと、ハヅキちゃん? と一緒で楽しかったですから」

「さっきのちがうよ。ママがどっかいっちゃったんだよー」

「ああもうこの子は……。ほら、お兄ちゃんとお姉ちゃんにお礼は言ったの?」

くいくいと母親の袖を引っ張りながら自分の言を主張する女の子―――ハヅキというらしい。

「うんっ。いっぱいおはなししたし、ごはんもおいしかったよ!」

「あらあら……すみません本当に何から何までお世話になってしまったみたいで」

申し訳無さそうに頭を下げられる。

「こっちも楽しかったし、大丈夫。ちゃんと見ててあげてね」

「ええ、本当にありがとうございました。……ほら、ハヅキ」

「れんおにいちゃん、フィアおねえちゃん、ありがとー」

「ん。気をつけてね」

「気をつけてくださいね。ハヅキちゃん」

「ばいばーい!」

女性は、何度も頭を下げながら、ハヅキは見えなくなるまで手を振りながら、ゆっくりと視界から消えていった。

それを確認してから、錬はフィアの頭にぽん、と手を置いた。

「ちょっと、寂しいかもね」

「あ……」

「でもうん、いいことしたんだし、大丈夫大丈夫。さ、仕事の続きしよ」

フィアが何を考えているかなんて、同調能力を使わなくたって分かる。

だから何も言ってやらないで、ただ手を引いてやる。

それが不器用な自分に出来ることだから。

「ヴィドさん。もうお仕事は終わりでいいんだよね」

「ああ、ありがとさん。ミーナにも礼を言っといてくれ」

後ろ向きのまま、手だけを振られる。

「さ。帰ろフィア。お仕事は終わり、ここからは家族サービスだよ」

アフターファイブには早すぎるけど。

今日は一日、フィアと遊び倒すと今決めた。

いこ、ともう一度促すと、フィアは困ったような顔で、それでも笑ってくれた。

「錬さん、ちょっと格好つけすぎかもですよ」

「それでいいの。たまにはいいとこ見せなきゃね」

手を繋いで歩き出す。

たった一時間の出会いが、心の中の何かを変えていた。





―――いつかこの先、愛おしい未来を育める世界がありますように。













あとがき

うす、前編から引き続きこんにちは。

「一日お父さん」のお届けとなります。お父さんってかお兄さんかなこの場合。

短く簡素で情景も何もないよーなさっぱりした感じで物足りないような気もしますが、別に日常の話なんて、こんなもんでいいと思います。

ちなみにワタクシ、子供の頃電車の中で見知らぬ人を母親と間違えてそのままついていってしまい、何故かそのまま家に帰ってしまった(途中で違う人と気づいた)ことがあります。

まぁ当然大騒ぎになるわけでw

今回の話は逆のパターンですが、平和だったらセラ・エド・錬・フィア・メイあたりは体験しそうな話ですね?

きっとそれも得難い(いろんな意味で)経験になってくんじゃないかなぁと思います。

途中で出てきたテッド・カストル・ノリヒサは個人的なヴィド商会の妄想の具現でもあります。

多分あんなヤツらがいるんじゃねーかなぁと。

ああ、それとミーナが途中から空気と化してますが気にしないように。わ、忘れてたわけじゃないんだからねっ!?

では、バカもこの辺にして次へ続きます。次章でお会いしましょう。



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2008 11/1 レクイエム