■■nisiB様■■

世界樹の下で
−追跡の果てに−

軽い振動が、その場を包んでいた。
低く重い駆動音が響いてくる。
狭い空間に、さらに様々な機器が押し込められ、その中に二人で詰め込まれるというのは、窮屈なことこの上ない。
ガラクタに囲まれて設置されているシートや、部屋の隅にまとめて置いてある乾燥食品などの束が見えなければ、とてもここが居住スペースだとは気づかないだろう。
もっとも、こんな場所が居住スペースと呼べるのかどうか、ソラには少々疑問だったが、あえて見ないふりをすることで完結した。
それにしても・・・・・。
「ねぇ〜、ソ〜ラ〜。そろそろつくよ〜?」
ソラの思考を遮るような形で、隣のシートに座っているシリィが、レーダーを見ながら話しかけてきた。
いつもの服装ではなく、ロンドン軍が正式採用する制服を着ている。
白を基調とした物で、汚れや皺一つついていないことが、手入れが行き届いている事を物語っていた。
一方、ソラはというと、椅子にぐったりとして座っている。
こちらはダークグレーの制服なのだが・・・少々くたびれた跡が見えた。
雰囲気から、かなりの疲労の色が覗える
「ちょっとちょっと、そんなんじゃ、肝心の人形使いを見つけても戦えないじゃない」
ソラの反応が薄いのを見て、シリィが不満を漏らす。
振り向いた拍子に、銀色の髪が揺れた。
こちらも手入れが行き届いているようだ。
「だってよ・・・・」
反論する声にも力がない。
まったく、何でこんな事に・・・・。
ソラの思考は、休息を求めてさまよっていた。


事の始まりは一週間前、ソラが人形使いの追跡の命令を受けた時にさかのぼる。


2198年9月10日11時32分、情報制御部門研究部B棟8階の喫煙室。
「ちょっと待ってくれ・・・はっきり言って俺には無理だと思うのですが・・」
衝撃の事実を突きつけられたソラの脳は、抜けられないループにはまっていた。
まず相手は特殊艦艇を所持している。
それに加えて最強と言われた人形使いだ。
もう一度アレと戦えるのか?
前回は助かったが今回は・・・。
「さすがにお前さん一人ということはないから安心しろ。開発中の最新デバイスと特殊艦艇が一隻、それに魔法士を一人、つけるそうだ。まぁ、それでもキツイものはあるだろうが・・・、お前さんならなんとかなるだろう。後で特務部のほうから受け取ってくれ」
リチャードはその葛藤を見透かしたかのように言い、立ち上がった。
ソラが沈黙しているのをみて、言い放つ。
「それともう一つ奪還命令がある。それにも書いてあるな。『世界樹の種』だ。お前さんも護衛していたあれだ。詳しい説明は特務部のほうで聞いてくれ。私はこれから出かけなければならん」
厄介ごとが一つ増えた。
そんなソラを尻目に、リチャードは手をひらひら振りながら扉に向かう。
一歩廊下に出た所で顔だけ振り向いた。
「言い忘れていたが、これは極秘任務に当たる。重要機密の魔法士が逃げ出したなんて笑い話でしかないが、他のシティに漏れては困るのでな。くれぐれも行動には注意してくれ、だそうだ」
それだけ言うと、今度こそ振り返ることなく、リチャードは歩いていった。
後には、放心したソラと、何事か考えこんでいるシリィが残された。
机の上には、今も令状が投影されている。
「・・・・どーするかね・・・」
ソラが頭を抱えてぼやいた。
多少のデバイスやその辺に転がっているような艦艇を貸し出されたところで、根本的な力の差は解決しない。
自分自身、どれほどの力があるかは自覚しているはずだ。
それに『世界樹の種』などという厄介物まで加わった。
こちらについてはまったくといっていいほど情報がない。
どうしたものか・・・・
しばらく考えてから、立ち上がった。
そのまま情報端末を操作して、令状の入ったディスクを取り出す。
悩んでいても仕方がない。
今、自分にやれるだけのことをするだけだ。
あの魔法士を倒し、『種』を取り返す。
自分の他に、もう一人、魔法士を貸し出してくれるそうだから、まずは見に行くのもいいかもしれない。
意を決して歩き出そうとしたとき、不意に後ろから服の袖を引かれた。
何やら嫌な予感が、ソラの頭に浮かんだ。
振り払って逃げ出したい衝動を必死に抑え、顔を引きつらせながら振り返る。
妙ににやにやした顔のシリィがそこにいた。
だが、目は笑っていない。
「ソラ〜?この事聞いて驚いてたっていうことは、勿論まだパートナーの魔法士は決めてないよね?」
「・・・・・どういう意味だ?」
まさか自分を連れて行けということだろうか。
冗談じゃない、男と女で二人旅・・・、ではなくて、そんな危険な任務に並の魔法士をつれていくわけにはいかない。
まがりなりにも相手は最強とまで言われた人形使いだ。
「・・・・・嫌だ」
そのまま手を振り払って歩き出す。
「あ・・・・」
シリィは振り払われた手を見つめていたが、やがて顔を真っ赤にして追いかけてきた。
「何よ、ソラの馬鹿!人がせっかく手伝ってあげようと・・」
耳元でわめいてくる。
「あーはいはい」
しばらく適当に返事をすることしながら、令状に記された受け渡し場所に急いだ。

数分後、ソラは己の不幸を嘆くことになる。
本来貸し出されるはずの軍属の魔法士は皆、それぞれの仕事で出払ってしまっていたのだ。
数人と連絡を取ってみたのだが、どうもキャンセルなど出来る状態ではないらしい。
極秘任務とのことなので、大事にさせるわけにもいかなかった。
結局、ソラがシリィと組むことになった事は、いうまでもない。


「・・・・そんなこともあったな・・」
軍より貸し出された艦艇、100m級機動駆逐艦『ミスティールティン』。
計器に囲まれた狭苦しい居住スペースで、ソラはため息をついた。
実は、この船には居住スペースが元からは存在しなかった。
灰色がかかった流線型の船体を持つこの船は、戦前に開発されたとある船の設計図を流用して作成されたものだそうだ。
といっても、現在の技術では作成不能らしく、その為、大部分がオリジナルとは異なった物になってしまった。
それでも研究者たちは諦めなかった。
とんでもない高機動を誇ったその船に少しでも近づけるために、船体の余計な部分を削り取り、演算機関を限界まで積み込んだ。
結果、余計なスペースはまったく無くなってしまった。
無論、居住スペースなどあるはずもなく、結局作成することになった。
流石に、長時間(長くなると数日間)の間、船に乗り続けなければいけない身としては、多少なりとも休める場所が欲しかった為だ。
幸い、小さいながらも倉庫が二つあった為、急遽、片方を人が辛うじて生活できる程度の空間に作り変えた。(余談ではあるが、この船にはトイレやシャワーすらついていなかった。その為、これらをつけるのにかなり手間取った。)
といっても、所詮は元倉庫、狭さだけはどうしようもない。
それなのに、シティを出る際、データが欲しいと言って、科学者達が計器を持ち込んでしまったからたまったものではなかった。
計器類は、他の場所にも設置できるだけ設置したが、それでも収まりきれない物が出てしまった。
結果、ソラ達の周囲には計器の山が出来上がっている。
何だかんだでロンドンを出たのが今から一週間前、アイルランド方面から調査を始めた。
戦前から戦中、戦後にかけて、エドワードの作成者である、エリザベート=ザインが使用していたと思われるプラント群を、片っ端から調査しようというのだ。
ソラも最初の頃は進んで操縦席についた。
すぐに見つかるだろうと甘く見ていたのかもしれない。
それは退屈な時間でもあり、安心のできる時間でもあった。
一つ目、二つ目、三つ目・・・。
六つ目を越えるあたりからソラの表情に、疲労の色が現れ始めた。
相変わらずシリィは元気いっぱいだったが、実際に降りて調査をする身であるこちらとしては、少々つらいものがある。
しかも、調査を進めても進めても手がかりはゼロ。
いい加減面倒になり、八つ目の場所からは、全て自動運転にしてしまった。
以来、九つ目、十つ目と、こうしてぐったりとしながらこなしてきている。
一週間で合計十箇所を回り、まったく手がかりはなし。
リチャードとの会話の後で気がついた事だが、自分たちは探索目標の『エドワード・ザイン』と『世界樹の種』についてほとんど知らなかった。
ソラもシリィも、『エドワード・ザイン』には会ったことはない。
任務で一緒になることはほとんどなく、あったとしたら艦艇に乗っていた。
そのため姿を見たこともない。
特務部の研究者に聞いては見たものの、帰ってきた答えは曖昧な物だった。
軍の中でも限られた人物しか見たことがない。
名前から察するに男だろうが、姿形はおろか、年齢すらわからない。
唯一わかるのは、あの『ウィリアム・シェイクスピア』のマスターであり、最強と言われる人形使いであるということだけだ。
その人物に会って詳しく聞いてみたかったのだが、仕事が忙しいとのことで却下されてしまった。
リチャードなら知っていたかもしれないが、あのあとすぐにロンドンを出たそうで、この線はだめだった。
『種』については、現在の『マザー・コア』に代わる新たなシステムである、としか聞かされなかった。
聞いたには聞いたのだが、難しい単語が少々多すぎた為、ソラにもシリィにも、欠片ほどしか理解できなかったのだ。
探す目標も曖昧な上、未だ成果はあがらない。
疲労もピークに達し始めた頃、現在へと続く。
狭い中、めいいっぱいリクライニングされたシートに座り、ソラは盛大なため息をついた。
隣に座っているシリィも眠たそうに欠伸をしている。
直後、一際大きな振動が艦体を揺らした。
「到着〜。アイルランド地方は・・・これで11個目ね・・・っと」
着地の振動によって転げ落ちてきた計器を元の場所に戻しつつ、シリィが言う。
こうして、ソラにとっての一時の安息は終わりを告げた。
(現在時刻、九月十七日、午前十一時十二分)
時刻チェックをすませ、ソラが立ち上がる。
「えーっと・・・それじゃ、調査に行ってくるとする。戻るのは・・・遅くても午後三時頃だな」
計器に埋もれた試作型デバイスを引きずり出しながら、シリィに告げる。
「了解、まぁがんばってね。こっちでも艦艇の簡単な整備くらいやっておくから」
計器類を睨みながら、やる気のない声で返答が返る。
ソラは軽く体をほぐしつつ、ハッチへと向かった。


気象衛星の事故により、太陽光からのエネルギー採取の道が絶たれた現在、存在するシティは例外なく『マザー・システム』を使用している。
魔法士の脳を中枢に据え、そこから無限を生み出す機関、『マザー・コア』。
完全だと思われたこのシステムには、一つだけ大きな欠陥があった。
それは、コアとなる魔法士の脳に限界があること。
一般にフリーズ・アウトと呼ばれる、脳細胞が壊死する現象が進むと、『マザー・コア』は停止してしまう。
最強と呼ばれた魔法士を使用したコアでさえ、十年しかもたなかったのだ。
この問題を解決するため、数年前から各シティ間では、『マザー・システム』に代わる新たなシステムの開発を進めてきた。
『世界再生計画』。
僅かに残る資源や、今ある全ての技術をつぎ込んで実行されたこの計画は、失敗に終わる。
結果、全てのシティは『マザー・システム』を続行させることにした。
あるシティでは、中枢に据える魔法士の脳を大量生産し、並列稼動させることで機関を維持し、またあるシティでは、マザーに最も適した魔法士の開発が進められた。
ロンドンも、ただ手をこまねいているだけではなかった。
今ある可能性を追求し、探索し・・・・、やっと見つけた小さな可能性、『マザー・コア』たりえる『種』の存在。
しかし、ロンドンには時間がなかった。
数年前に空調設備が機能不全に陥ってから、『マザー・コア』の出力は下がり続けている。
現在ではもって数ヶ月、最悪、今停止してもおかしくない状況になっていた。
『世界樹』を中枢に据える。
最高評議会が下した結論は、エドワード=ザインの離反によって潰された。
だが、大部分の人間は、シティが崩壊寸前であることも、それに対抗する希望の明かりが、とても小さくなってしまったことも知らない。
シティ・ロンドンに住む790万人の命は、いまや風前の灯火となっていた。


(情報制御を探索・・・・・皆無。コードロックを解除)
目の前のチタン隔壁が音もなく開いてゆく。
吹き荒れる吹雪の中、小高い丘の中腹。
ぽっかりと開いた洞窟の中にそれはあった。
11個目の調査ポイントとなる、研究所跡。
「・・・・・」
どうやらここも大したセキュリティは生きていないらしい。
中に入ろうとして、何かが突っかかった。
怪訝そうに振り向くと、背負っていた騎士剣が入り口に引っかかってるのが見えた。
一メートルほどの銀色の刀身が、複雑な論理回路の跡を浮かび上がらせている。
仕方がないので背負うのではなく片手で持つ事にした。
本当は捨てたかったが、試作型のデバイスとして、研究部から預かってきているものだった為、我慢する。
「何で、ナイフとか小刀じゃなくて、騎士剣なんだ・・。俺は炎使いだぞ・・・」
剣に向かって文句を言う。
受け取り時に担当者に文句を言ったところ、自慢げに言い返された。
見た目は騎士剣だが、中身は実は違うんだよ、と。
担当者曰く、そもそもこのデバイスは、どんな魔法士でも使用ができる、というコンセプトの下、作成されたらしい。
刀身に特殊金属『メルクリウス』を固体として定着させることにより、騎士、人形使い、果ては炎使いまでが使用可能なデバイスを造ろうとしたのだ。
形状は、使いやすさと『メルクリウス』の性質をあわせた結果、騎士剣デバイスに決定したそうだ。
作成された試作型デバイスは、認証コードMIS−001、通称『アポカリプス』と名づけられた。
大きさ約一メートル、通常の騎士剣と比べれば小さいほうだろうが、探索において、狭い通路などを通るときにはかなり邪魔になる。
しかも、この剣には鞘がない。
ちょっとした事で刀身に触れたとき、切れてしまわないかとはらはらしたものだが、担当者の話では、I-ブレインとリンクして戦闘時のみ切れ味を増す、との事。
ちなみに、今まで一度も使用したことはない。
特に使うような機会がなかったし、あくまで試作品だ。
どんな反作用が待っているかわからない。
ソラは『アポカリプス』をしっかり握ると、軽くため息をついて歩き出した。
この施設も長く使われていなかったのだろう。
長く続く廊下には埃が厚く積もり、最近は訪れる者がいないことを示している。
隔壁が開いたことで、入り口付近に積もっていた大量の埃が舞い上がった。
ここもはずれみたいだな・・・・
ソラの脳裏に不安と同時に喜びが沸いてくる。
それらを振り払って、調査を続行した。


あおいそら。
エリザののぞんだあおいそら。
とりもどす。
ぜったいにとりもどす。


数個の部屋を回って、手がかりはゼロ。
防衛機構はまったく働いておらず、停止してからかなりの時間がたっていた。
複数の階層からなるプラントの上層部を調査し終えたところで、ソラに通信が入った。
(コード解析。シリアル=ピアツーピアからのリンクを確認。接続開始)
『おーい、ちゃんと仕事してる?サボってないでしょうね』
一際カラフルな窓が脳裏に開き、文字が流れ込んでくる。
窓に光る『LINK』の文字、シリィからの通信だ。
『とりあえずな。上層部の調査は終わったぞ。これから下層部に潜る』
返答を返すと同時に、なにやらデータが送られてきた。
怪訝そうな顔をするソラの所に、
『下層部と・・・一応上層部の地図。あとは簡単な仮想プログラムね。いつものようにそのデバイスに入れときなさい。艦艇の整備は終わったから、後は終わりまでサポートするわね』
さらさらとメッセージが送られてくる。
「オペレータとしては優秀なんだけどな・・・・」
送られてきたデータを『アポカリプス』に収めつつ、ソラは小声でつぶやいた。


あおいそら。
みんなよろこぶ。
エリザもわらってくれる。
きっと、わらってくれる。
だから、じゃまはさせない。


下層部に入ってからおよそ一時間。
その間にほとんどの部屋を調査してしまった。
最後の一部屋、プラント装置に一番近い場所にある空間の調査を終えたら、ここの調査は終了だ。
『世界樹』とは関係ないが、持って帰れば研究者達が喜んで飛びつきそうな書類の束をいくつか回収したので、それらをロンドンに運んでしまうのもいいだろう。
そんなことを考えながら、ソラは扉の前に立った。
青く金属的な光沢を放つ扉には取っ手の類は見当たらない。
ここもおそらく自動開閉式だろう。
ソラがタッチパネルなどがないか探していると、シリィから通信が入った。
『あ。ソラ、ちょっとまって・・・、その扉・・・ロックがかかってる。おかしいな・・・。他の場所は全部、防衛機構が死んでたのに・・・。そっちに端末はある?』
一通りぐるっと見渡したが、操作端末は存在しなかった。
おそらく先ほど調査してきた部屋のどこかに端末があるのだろう。
『ない・・・な。そっちで解除できるか?』
しばらくして、やってみる、と返事が返る。
と、すぐに空気の漏れる音がして、隔壁が開いてゆく。
その光景を、半ば感心して見つめるソラ。
『さすがに早いな、プラント部の調査を始める』
部屋の中から青白い光がもれている。
ここだけは多少セキュリティが生きているようだ。
さっさと終わらせるか。
ソラは迷わず部屋に踏み込んだ。
まず思ったことは意外と広い、ということだった。
地図で確認した大きさよりもかなり広い。
下手をしたら乗ってきた艦艇がすっぽり収まってしまうかもしれない。
四方の壁には等間隔で青い非常灯が灯っている。
部屋の中には何もなかった。
ただ、がらんとした空洞が、奥まで広がっている。
左側にはプラントの一部と思われる巨大な機関が、壁にめり込むようにして設置されていた。
「・・・・・はずれか」
ぐるっと見回してため息をつく。
その時、シリィから通信が入った。
『あれ・・・?なんでロックが自動的に・・・。え、そんな・・・、ソラ危な』
(シリアル=ピアツーピアとのリンクが切断)
それと同時にソレは来た。、
(高密度情報制御を感知、危険、回避)
「・・・・な」
ソラが驚愕の声を上げる。
床が、壁が、天井が。
部屋のあらゆる部分から生え出したなにかが、ソラを目掛けて襲い掛かった。


<作者様コメント>
今回は追跡編となっております。
よくわからない戦艦登場です。
性能は二回くらい後でみっちり解説しますのでお楽しみに(予定)
次回はついにシリィの能力が明らかに!
戦闘編(1)です。お楽しみに

<作者様サイト>
なし

◆とじる◆