■■nisiB様■■

世界樹の下で
−邂逅、そして−
「・・・・・・・」
薄暗い部屋の最奥で、ソラは騎士剣デバイス『アポカリプス』を突きつけた姿勢のまま硬直していた。
ソラの視線の先、そこには薄茶色の髪の毛をした男の子が立っている。
年は十歳くらい、顔には無表情が張り付いていた。
着ているのはシティ・ロンドンの軍服、おそらく通常の兵士が着るものと同じタイプで、白を基調としているものだ。
大きさがあっていないらしく、かなりぶかぶかで動きにくそうだが・・・。
男の子は、突きつけられた騎士剣をじっと見て、そして次はソラを見て・・・という行動を繰り返している。
なんだか悪意が感じられない。
そういった要因が、目の前の男の子の幼さとも言えるものを強調していた。
さきほどの戦闘がこの子の仕業ならば、この子が目的の人物とみて間違いない。
魔法士は見かけでは判断できない、と言う言葉がある。
自分だって見かけは大人だが、数年しか生きていない。
もっとも、目の前の男の子は、とてもそうは見えないが、ありえないとは否定できない。
ソラよりも長く生きている可能性だって十分ありえるのだ。
そもそも、数年前に破棄された施設にいること自体がまず怪しい。
「・・・・?」
そのまま考え込んでしまったソラを見つめながら、男の子が小さく首をかしげ。
その姿をデータとして保存しつつ、シリィにメッセージを送る。
『シリィ、エドワード・ザインのデータ照合を頼む。俺がまだ見ていないデータが、そっちにはありそうだ』
ファイルを添え付けして、送信。
すぐに、了解と返事が返った。
「・・・・?」
視線の先では、未だ、男の子が首をかしげている。
「・・・・お前、名前は?」
ソラは相手を刺激しないように訊いた。
男の子の表情は変わらない。
時折、不思議そうに首を傾げるだけだ。
ソラが、ふと部屋の周囲に視線を向けると、先ほどの螺子の大群は、跡形もなく消え去っていた。
「あー・・・・、わかった。こちらも武器を下ろすから」
螺子の群れが男の子の仕業と見て間違いなさそうなのだが、剣を突きつけられている状態はとても気分のいいものではない。
ソラはため息をついて、目の前の男の子に向き直った。
そのまま突きつけていた『アポカリプス』の剣先を床に下ろす。
刀身と床が触れ、甲高い音を立てる。
その音に、男の子が一瞬、びくりと反応した。
「驚かせたか?すまないな」
周囲を警戒しながら、背中に『アポカリプス』を戻す。
無論、いつでも取り出せるようにしておくことは忘れない。
ソラの言葉にも、答えは返らない。
『残念だけど、これだけじゃ決定的な証拠にならないわね・・・。もっと別の・・・・そうね・・・。認識票とかなら話は別なんだけど・・・・・』
シリィから芳しくない答えが返る。
本人に聞けば良いのだが、当の本人はこちらの言葉に反応しない。
もっとも、自分から名前を公開する逃亡犯もいないだろうが・・・。
どうしようか・・・・。
こんなことなら出発を遅らせてでもエドワード・ザインに関する情報をしっかり集めるべきだったか。
とはいえ、今更どうしようもない。
ソラが困り果てた時、小さな音が大気を揺らした。
周囲を見回してみるが、何も変化はない。
男の子もびっくりしたらしく、きょろきょろしている。
そのお腹から、くーっという音が鳴った。
さきほど鳴ったのはこの音だ。
続けて二回鳴る。
どうやらお腹がすいているらしい。
「ふっ・・・」
なんだか緊張の糸が切れてしまったようだ。
小さなポーチのなかから棒状の携帯食料を取り出す。
クッキーのようなそれ一本で、人間が一日に摂取するべき栄養の約三分の一が摂れるという優れものだ。
味は、あまりお勧めできたものではないが・・・・。
自分のお昼ご飯のために持ってきたものだが、いろいろあって食べている暇も食欲も無くなってしまった。
ちなみにチョコレート味と、チーズ味、なぜかバナナ味がある。
「あまり美味くないが・・・、これを食べるか?」
袋ごと男の子に差し出す。
一応、あまりくどくないチーズにしておいた。
「・・・・・」
男の子は少しだけ躊躇したが、しっかりと受け取った。
どうやら袋は開けられるらしい。
取り出したスティックを一心不乱に齧りだした。
「・・・・・けほ」
が、粉っぽいスティックの粉末が気管に入ったらしく、激しくむせている。
ソラは慌てて飲み物を取り出して手渡した。
男の子はそれを受け取り、すぐに飲み始める。
飲料を飲んだことで幾分か楽になったようだが、それでも少し苦しそうだ。
「大丈夫か?」
ソラが心配になって問いかける。
男の子は、こくこくと頷いてポケットから小さなハンカチを取り出そうとして・・・・、何かを落とした。
小さな音が響く。
「・・・・・あ」
男の子が気がついた時にはそれはすでに床に落ちていた。
そのまま床を滑り、ソラの足にぶつかる。
カランと音をたてて、それは動かなくなった。
「何だ?これ」
ソラが身をかがめて拾い上げる。
カードのような物だ。
よく見てみると、何か書かれている。
「何か書いてあるな・・・」
次の瞬間、ソラは驚きと共に、自分の推測が正しかったことを知る。
そこに書かれていた名は、『エドワード・ザイン』。
ご丁寧に識別番号まで書いてある。
カード全体に刻まれた、微細な論理回路が、それが本物であることを示していた。
ソラは一瞬でデータを記憶すると、すぐにシリィにそれを送る。
一目見ただけでも本物とわかる認識票。
目の前にはエドワード・ザインがいる。
一ヶ月前、ソラを輸送船から叩き落し、『世界樹の種』を奪って逃走した魔法士。
世界に三つしか存在しない雲上航行艦、『ウィリアム・シェイクスピア』のマスターにして、最強の人形使い。
そして、自分達がここまで追い続けてきた目標。
やることは、決まった。
「ああ、すまん。これ返すな」
ソラはあくまで平静を装って、近づいてきたエドワード・ザインに認識票を返した。
男の子はぺこぺこと頭を下げながら受け取る。
そして、ポケットに入れた。


それから、ゆっくり時間をかけて、男の子はスティックを平らげた。
今は何かをしているらしく、壁の方を向いている。
こちらには無防備に背を向けている状態だ。
床や壁が半壊しかけた室内を眺めながら、ソラはポーチからノイズ・メーカー取り出した。
人形使いが主に使用するプログラム『ゴースト・ハック』は、情報の海を介して実行される。
ヘッドホンのような形を持つこの装置は、首に装着することで、I-ブレインと情報の海との接続をジャミングする事ができる。
結果、魔法士は全ての能力を失い通常の人間とほとんど変わらない能力にまで低下する。
もともとは戦時中、魔法士の捕虜を拘束するために考案されたものだ。
さきほど、シリィから返事が届いた。
認識票は間違いなく本物。
番号から本人と特定。
全ては一瞬で終わる。
ノイズ・メーカーを首筋に押し当てて、それでおしまい。
ソラは、未だこちらには気づかず、作業を続行している男の子に向き直った。
ゆっくりと、ノイズ・メーカーを設置できる位置まで近づき・・・・。
それを押し当て・・・・・。


ほんの一瞬、モニターに光の筋のような何かが映った気がした。
映像を何度かスロー再生してみたが、何も映っていないようだ。
最近疲れているのかもしれない。
生命維持槽のあるコントロールルームでシリィ、シリアル=ピアツーピアは作業をしていた。
首筋からは有機コードが垂れており、時折光が走り抜けるのが見える。
先ほど、シティ・ロンドンから資料が届いた。
再三要求していた、『エドワード・ザイン』についての関係資料だ。
既にエドワードの確認は、認識票によって済んでいるため、もはや不要とも言っていい代物であったが、一応目を通しておくことにした。
中に目を通してみると、認識票のデータのとおりの男の子が写っている。
横には『人形使い、エドワード・ザイン』とご丁寧に書かれていた。
他にも『世界樹の種』についての資料請求をしたが、送られてきたのは銀色の種の写った写真のデータだけだった。
ため息をつきながら、資料の写ったモニターを閉じる。
ふと、外の風景に目をやった。
周囲の壁がモニターになっていて、外の様子をリアルタイムで伝えてくる。
今は吹雪が止んでいるらしい。
近くに見える山の中腹に、研究所の入り口が見える。
目標も見つかった、相棒のソラリスの報告ではもうすぐ捕獲できる頃だろう。
帰ったら何をしよう。
室内に目を戻しつつ考える。
ソラと何処かに遊びに行くのも良いかもしれない。
この仕事はかなり重要なものだろうから、勲章の一つくらいはでるかもしれない。
そうすれば、自分も、そしてソラも、周りからもっと認めてもらえる。
そう考えると、少しだけ嬉しくなった。
少し前からソラからのメッセージが送られてきていない。
返事がないのは元気だという証拠だ。
少なくともシリィはそう考えている。
実際、前回の任務からも生還しているのだ。
今回も大丈夫、だろう。
そう思うと、堪らなく待ち遠しくなった。
「・・・・・早く帰ってこないかな」
ぽつりと呟き、再び艦艇の装甲の外、零下四十度の世界に目を向けた。
シリィは気がつかなかった。
ソラとのリンクが切断されていることに。
そして、何者かが巧妙にそれを隠していることに。



視界の隅を何かが走り抜けた。
それが何であるか確認するよりも早く、ソラはその場から吹き飛ばされた。
視界に写るのは、驚いて振り向くエドワードともう一つ、空中を走る黒い影。
気がついたときには手からノイズ・メーカーが零れ落ちていた。
その影が、まるで空中に足場があるかのように、軌道を変えながらソラに迫る。
そして・・・、小さな金属音が響いた。
(情報構造体攻撃を感知:演算速度:B )
銀色の光が走りぬけた直後、地面に落下中のノイズ・メーカーが砂となって粉々に吹き飛んだ。
同時に頬に鋭い痛みが走る。
他にも敵がいた!?
(着地まで1秒、分子運動制御による緩衝壁を展開)
空気分子密度の調整によって、ソラの周囲に極高圧空間が構築される。
同時に発生する半真空空間を、目標の影目掛けて叩き付けた。
ソラの隣を走り抜けた影は、そのまま距離をとるように天井近くにまで上がり、空間に飲み込まれた。
空気と真空が交じり合う空間の中では、すさまじいカマイタチが起こる。
通常の人間はもちろん、魔法士でさえ、相当の手段を用いなければボロ屑となるほどのシロモノだ。
無論、ソラはこれだけで終わるとは思っていない。
影の最後を見届ける前に、地面に着地した。
空気の壁と着地の衝撃が相殺して、部屋内を強風が吹き荒れる。
そして、ソラはそのまま次の攻撃を放とうとして・・・、
「下がれ、ロンドンの魔法士」
不意に女の声が響いた。
幼くはあるが、だが確かな強さを持った、そんな声が。
それが、ソラの攻撃を押し留めさせた。
声は続ける。
「無駄な殺生はしたくはない。貴様も死ぬのは嫌だろう?」
薄暗い部屋の中に赤い光が灯る。
部屋の四隅に配置された非常灯が点灯したのだ。
そしてもう一つ。
声の主はエドワードのすぐ隣にいた。
その姿は、少女と呼んでも不思議ではない。
腰まで伸びているかと思われる、金色の髪が印象的である。
赤い色や金で細かく刺繍された黒いドレスのような服が、その全身をすっぽりと覆っていた。
露出している部分がほとんどないため、覆われていない部分の肌の色がとても白く目立つ。
どうやら北欧系の血が混じっているらしい。
見かけだけならば、どこぞの令嬢で通りそうなものだ。
顔には機械のようなゴーグルがつけられていて、残念ながらその表情を読み取ることはできない。
中央部に赤い光が灯っており、時折光が走るのを見ると、どうやら論理回路を利用した物らしい。
そこまで確認して、ソラはため息をついた。
肝心のデバイスが見つからない。
先ほどの情報解体攻撃、そしてあの運動能力からみて、騎士である可能性は非常に高い。
左手に黒光りする細長い棒のようなものを持っているのが見えるが、これが騎士剣と呼べるだろうか。
長さは一メートル以上はあるであろうそれは、西洋剣というよりはむしろ細い棍棒のように見える。
少なくとも、ソラの持つ『アポカリプス』よりは長い。
「まるで何時でも殺せるとでも言ってるようだな」
攻撃をしてきたからには明らかに敵だろう。
ソラは嫌な汗が滲み出るのを感じながら答えた。
(デバイス『アポカリプス』を、炎使い用デバイス『杖』として再定義)
手早く背中から『アポカリプス』を引き抜く。
すぐにシリィに向かって解析依頼のメッセージを送った。
無論、ゴーグルがデバイスという場合も無いとはいえないし、なんらデバイスを持たない魔法士もいる。(ソラもデバイスなしでも十分戦える。無論、演算能力は落ちるが・・・)
「ここまで彼を追ってきた魔法士にしては、物分りがいいな」
少女はそのまま、エドワードに向き直る。
ソラは歯をかみ締めた。
実際、対処の仕方がないからだ。
せめて相手の戦い方が明確にわかれば・・・。
シリィにメッセージを送ろうとして、気がついた。
リンクが切断されている。
接続を試みるが・・・・不可能の文字。
ソラの脳裏に焦りが浮かぶ。
一方、エドワードは『追跡者』という言葉に反応したようだ。
なにやらきょろきょろと辺りを見回している。
「行け。君にはやることがあるのだろう?こんな所で捕まってもいいのか?」
突然、轟音と共にエドワードの足元に大きな穴が開く。
ソラが反応する暇もない。
人がすっぽり入れそうなその穴に、エドワードは飛び込んだ。
「くそっ!ここまで来て!!」
穴に走り寄るソラの前に、黒衣の少女が立ちはだかる。
「残念ながら、このまま彼を追わせるわけにはいかない。行くのなら、貴様は私と戦わねばならない」
「お前ッ!!」
少女の口に笑みが浮かぶ。
ゴーグルに灯った光が赤から青に変わり、輝き始めた。
ソラが走った。
黒衣の少女も走った。
(分子運動制御を起動。エントロピー制御を開始。『炎神』『氷狼』起動)
ソラの左右50センチほどの場所に、高温に揺らぐ火の玉と、青白い光を放つ空気結晶が発生する。
それを見届けるかのように、少女が黒く艶やかな棒を構え・・・。


二人の魔法士は衝突した。















<作者様コメント>
思うところありまして、まっとうなあとがきは次にまわさせてもらいます
予告と題名が違うのはお察しください(_ _;
次回は『そして全てが動き出す』です

<作者様サイト>
なし

◆とじる◆