激しい爆発が起こり、炎が辺りを明るく照らす。 元はプラントの整備室であったであろうその部屋は、行われた戦闘の末、見るも無残に破壊された。 そして、そこでまた戦いが起こる。 ソラは、片手を突き出した姿勢のまま、自分の攻撃の結果を見ていた。 相手は魔法士、このくらいで死ぬはずは無い。 ソラが警戒して一歩下がると同時に、未だ治まらぬ爆発の中から黒い影が飛び出してくる。 一点だけ光って見えるのは、アイマスクに灯った青い光だろう。 「――――ッ!」 それを確認すると同時に、もう片方の手を突き出す。 空気の結晶が青白い尾を引き、影を目掛けて飛んでゆく。 そして、 (目標に運動係数を付与) 結晶が、弾けた。 その破片の数、数百。 散弾のように打ち出された破片は、影を前方から包み込むように突き進む。 そして、破片が影を捉えたかに見えた直後、影の周りに揺らぎが発生した。 直後、影は消え、氷の散弾は虚しく空を切る。 自己領域。 脳裏にその言葉が浮かぶと同時に、ソラは後退を止めた。 (『氷狼』『炎神』終了。空間情報の取得を完了。領域確定、『超振動』開始) 次の瞬間、ソラの周囲の床が割れた。 蜘蛛の巣の要にひび割れが走り、徐々にその面積を広げてゆく。 そして、それはソラの真後ろにまで接近していた少女にも及んだ。 「――――何ッ!?」 少女の息を飲む音が聞こえた。 次の瞬間、何かが軋む音がして、激しい破裂音が木霊する。 ソラは前方に跳躍。 そのまま振り返ると、黒衣の少女が着地する姿が目に入る。 黒きドレスのような服には、未だ傷一つ無い。 (『超振動』終了。運動係数付与、『気弾』開始) これで! ソラの周囲で複数の破裂音が響いた。 肉眼では捉えることのできない空気の弾が、高速で打ち出される。 それに気がついたのか、少女はゆっくりと立ち上がり・・・・・。 (情報解体攻撃を感知) ソラは信じられないものを見た。 放った空気の弾は、目標に届く前に全て消滅。 それも、情報解体攻撃によって。 ただでさえ目に見えない弾を、全て切断する。 その行為を、ソラはまじまじと見せ付けられた。 それを切断したモノすらも。 おいおい、マジかよ・・・。 ソラの背中に嫌な汗が流れた。 「どうした?これで終わりではないだろう」 それを見透かすかのように、少女が言葉を紡ぐ。 あれだけの戦闘をしながら、かすり傷一つ見えない。 「まぁ、こちらからゆ・・・」 (『炎神』起動、運動係数付与『炎杖』開始) 直後、少女の真上に出現した火球がバラバラに砕け、矢となって降り注ぐ。 これで少しは時間が稼げ・・・。 その時、ソラは強烈な殺意を感じた。 「甘い」 それはすぐ近くで響いた。 同時に何かを弾く音と共に、風切り音が響く。 危な・・。 どこから来るかもわからない攻撃を前にして、ソラは直感で『アポカリプス』を構える。 その瞬間、何かが見えた。 奇妙な感覚。 かつて見たことのあるような光景。 迫る刃。 そして、その軌道。 一瞬遅れて、刃が凄まじい勢いで『アポカリプス』にぶつかった。 やばい。 危うくソラは倒れそうになる。 なんとか踏ん張りながら、ソラは目の前の少女に目を向けた。 そして、それを見た。 先ほどの切断は見間違いではなかった。 それは一言で言えば日本刀だった。 目の前の少女が、刀身が一メートル前後に達するであろう刀を右手で握り、西洋剣と鍔迫り合いをしている。 右手一本でだ。 こちらは両手、必死になって押し返すが、徐々に押されてゆく。 「ぐ・・・・」 時折火花が飛び散る。 それほどまでに押し合いの力が強いということだ。 細く、精錬された刀は、今にも折れてしまいそうだが、しかし確固たる形でそこにある。 まるで、何者にも折ることはできないであろう様に。 その姿は、儚く、そして何よりも強固なものであった。 ソラは睨むようにそれを見つめる。 すぐに攻撃を仕掛ければ、少女は逃げられない。 だが、こちらも無事では済まないだろう。 かといって迷っていてはこちらに限界が来る。 どうする・・・? 仕掛けるしかないだろう。 ソラが覚悟を決めた瞬間、少女は刀を引いた。 危うく前のめりに倒れそうになる。 少女はそのまま10メートルほど、後退した。 パチンと音がして、刀は瞬時に鞘に納まる。 今の状態では圧倒的にこちらが不利だったはずだ。 にもかかわらず、急に手を引いた少女を見ながら、ソラは『アポカリプス』を構えなおした。 だが、すぐに攻撃はやってくるだろう。 次の攻撃に備え、ソラが身を硬くすると・・・。 「よく防いだな。あの一撃を」 少女は攻撃する素振りも見せずに言った。 先ほどまで発していた殺意が完全に消えている。 だが、まったく隙が無い。 ソラは内心、驚いていた。 何故かはわからないが見えたような気がしたのだ。 その一撃の軌道が。 もしかしたら単なる偶然なのかもしれないが。 だが、もう一度同じものがきたら、防げるという保障は何処にも無い。 「多少の訓練はしてるからな」 精一杯の虚勢を張って言った。 少女が黙り込む。 何か考え始めたようだ。 その間、ソラは必死に隙を探り続けたが、まったく見つからない。 早くしないと、次は防ぎきれるかわからない。 そう思ったのも束の間。 「・・・・試してみたくなった」 少女は呟くと、鞘から白銀に輝く刀を抜いた。 そのまま鞘を腰に差す。 「試す?ちょっと勘弁願いたいな。そんなに暇じゃない」 ソラは『アポカリプス』を構えなおした。 何かわからないプレッシャーがかかる。 手のひらはじっとりと汗で濡れていた。 何かが来る。 それだけははっきりしていた。
「『ラヴィス・システム』起動」
少女が呟くと同時に、手にした刀の刀身に光の線が走る。 どうやらあの刀は騎士剣の役割も果たしているらしい。 しかし、そんなことより、ソラはたった今聞いた言葉に疑問を感じていた。 ラヴィス。 以前に、遠い昔に、最近に、どこかで聞いたことのあるような響き。 なんだ、これは。 ソラは迎撃も忘れて思考に没頭する。 (危険。『ラヴィス・システム』を感知。記憶プロテクトに重大な欠陥が発生。第一より第六までの階層プロテクトが強制解除。危険。直ちにこの場からの離脱を推奨。『ラヴィス』プロテクトが開放され・・・) その時、I−ブレインが意味不明のエラーを発した。 それと同時に、激しい頭痛がソラを襲う。 「が・・・、なにが・・・一体・・」 それに耐え切れず、ソラは膝をついた。 視界が霞み、少女の姿も霞んでゆく。 その時、少女の姿が赤い靄のようなものに包まれた。 それは背中から六つにわかれ、翼のように展開されている。 そこで、やっとソラの様子に気が付いたようだ。 「?どうした?ロンドンの・・・・」 そこで言葉を止めた。 ゴーグルに灯った光が、青から赤に変わる。 ソラはただ、霞む視界の中で、必死に激痛に耐えていた。 急に視界がホワイトアウトする。 そして、見たことの無いモノが映し出された。
草原。 どこまでの広がる草原。 空は青く、明るい太陽。 目の前にいる二つの人影。 一人は金色の髪の少女。 もう一人は白い髪の少年。 そして、僕。 二人とも、病人が着るような、白い服を着ている。 僕も、着ていた。 少女が何か言った。 少年も何か言った。 僕は何かを言って、そして笑った。 みんな、笑った。
そう、僕はここにいた。
(危険。この場からの撤退を推奨。危険。開放を続けた場合、I−ブレイン機構に重大な欠陥が発生、及び、記憶の混同による自我崩壊の可能性が87パーセント。『ラヴィス』の封印を最優先。クロス=マクスウェルの記憶を再封印) I-ブレインがエラーを発する。 酷くなる痛みで、ソラの意識は現実に引き戻された。 今、目にしたものは何だったのか。 夢か、幻か、遠い昔の出来事か。 「うるさい!!」 ソラは訳も分からず床を殴りつけた。 皮膚が裂け、赤い血が流れ出す。 それでも殴ることを止めない。 殴らなければ、また何かに流されてしまいそうだった。 「ラヴィスだと!?クロスだと!?俺は知らない!!」 二回、三回、ただ殴り続ける。 痛みはない。 ただ、わけのわからないもどかしさだけがそこにある。 「俺は・・・ロンドンの・・・炎使い・・・ソラリス・・・コード2993、ソラリス=マクロムだ!」 「・・・・貴様、まさか・・・」 突然、床を殴りだしたソラを見て、沈黙していた少女が口を開く。 その声は震えていた。 「マクスウェル・・・・・なのか?」 その瞬間、ソラのI-ブレインに発生した全てのエラーが消え去った。 頭痛も消え去り、視界も元に戻る。 (記憶プロテクトの八割が消滅。現段階での『ラヴィス』の封印は不可能。記憶領域を開放。『ラヴィス・システム」使用可能。完全な記憶封印は不可能、クロス=マクスウェルに関する記憶の95パーセントを再封印) 目の前には、未だ輝く刀を構えた黒衣の少女。 あの日、草原で笑っていた少女。 「リー・・・・ゼ」 突然、電気が流れたように、ソラの体が固まった。 ものすごい勢いで、知識が流れ込んでくる。 それはソラの知らない知識。 ソラの知らない戦闘方法、誰とも知れない名前、物や動物の事、そして『ラヴィス・システム』の使用方法。 日常から非日常までのありとあらゆる知識。 だが、どんなに思い出しても、記憶は戻らない。 例えば、目の前の少女が着ているドレスの様な服は『パンツァー・シュヴァルツェ』と呼ばれるれっきとした鎧であり、耐熱、衝撃緩衝能力に優れていて、軽いものであれば魔法士の攻撃すら無効化する技術が使われている、ということは流れ込む知識によって理解した。 だが、それが何処で作られたのか、どのように作られたのか、そもそも何故自分がそんなことを知っているのかが解らないのだ。 クロスと呼ばれる人物に関する記憶は一切無い。 会ったことも無い人物の顔と、名前を思い出した。 それでも、クロスと呼ばれた人物の顔や名前は存在しない。 そもそもクロスとは誰なのか。 それも思い出せない。 自分自身か?しかし記憶は無い。 思い出せない。 「これは、なんだ・・・。俺は・・・誰だ・・・?」 誰にともなく問いかける。 その答えは返らない。 「・・・ラヴィスの炎使い。間違いないか」 代わりに少女の声が響いた。 いつの間にかすぐ前に、黒衣の少女が立っている。 その手に輝く刀は無い。 ゴーグルの光は消えていた。 ああ、こいつの名前はリーゼと言うのか・・・・・。 流れ込む知識によって理解した少女の名前。 『ラヴィス・システム』を搭載した魔法士。 騎士には珍しく日本刀型のデバイスを使用する。 口癖は『アマギの趣味は解らない』 アマギとは誰だ? アマギ、アマギケンゾウ。 『ラヴィス・プロジェクト』に携わった人物の一人。 魔法士開発に携わった最高の科学者の一人。 『ラヴィス・プロジェクト』とは? 人類の進化、魔法士の行き着く先、究極の生命。 俺は誰だ? ロンドン自治軍所属魔法士ソラリス クロスとは誰だ? 不明、該当するデータ無し。 『ラヴィス・システム』とは何だ!? 『ラヴィス・システム』それは―――。 (危険。閲覧禁止データの参照を確認。封印を続行) 思い出したかと思った瞬間、知覚するまもなく、そのデータは一瞬で消え去った。 「・・・今はソラリスでいい。私と一緒に来い」 少女が優しさすら含んだ声で言う。 そして、ゴーグルを外した。 その顔が顕になる。 左に青、右に紅、対称に輝く色違いの瞳(オッドアイ)。 それは、いつか見た夢にいた、少女そのものの姿だった。 だが、その目には光が宿っていない。 ソラを見つめてはいるが、どこか遠くを見ているような、そんな感覚を与える。 少女が手を差し出した。 「来い、ソラリス」 そして、もう一度言った。 ソラはその手を掴もうとして・・・。
直後、部屋を激震が襲った。
最初は船体が揺れているのだと思った。 しばらく様子を見ていたが、一向に揺れが収まる気配はない。 それどころか、ますます揺れが増してゆく。 慌てて計器類をチェックして、揺れが地面からの物であることを確認すると、シリィは急いで『ミスティールティン』を浮上させた。 その間にも、揺れは激震へと変わってゆく。 「何なのよ・・・。まったく」 流れてくる莫大な情報を処理しつつ、シリィは毒づいた。 ソラに回収の連絡を送ったが、まったく返答は無い。 慌ててリンクを確認すると、何者かに妨害されているのがわかった。 本来ならば、解除するなり救出に行くなりして地上で待機すべきなのだが、計器が伝えてくる情報を見る限りでは得策ではない。 即ち、艦艇クラスの何かが浮上してくる。 激震が頂点に達したかと思われた時、施設のあった丘の中腹が、文字通り"割れた"。 船体に取り付けられたセンサーが、浮上する巨大質量を捕らえる。 「ちょっと・・・ヤバいんじゃないの?」 轟音と共に、白銀で球形の物体がゆっくりと浮上してきた。 すぐさま解析を開始。 一瞬で照合を完了して、得られた答えは・・・・・。 「もー・・・アイツ失敗したわね」 モニターに映る『ウィリアム・シェイクスピア』の文字と、その艦艇情報。 次の瞬間、制御ルームにロッキングされたことを示すアラーム音が鳴り響いた。 逃がしてくれるはず無いか・・・・。 シリィは舌打ちをして、操作を開始する。 そうしている間にも、球型は流線型に変わり、ゆっくりとこちらに向けて動き出した。 その姿がぐにゃりと歪み、巨大な六対の翼が形成される。 それは、さながら舞い散る雪の中を飛ぶ、白銀の鳥であった。
部屋が崩れはじめている。 突然の激震で、ソラは正気に返った。 エドワードが逃走した。 逃走したエドワードは雲上航行艦『ウィリアム・シェイクスピア』を起動させるだろう。 『ラヴィス』のことで頭が一杯だった為か。 迂闊ながら忘れていた。 艦艇を得たエドワードは何処に行くか。 何処に行くにしても、必ず浮上するだろう。 この施設の上空に。 そして、ここの上には誰がいる? 「・・・・シリィ!!」 咄嗟に入り口に向けて跳躍。 「クロス!!」 後方から少女の声が響いてくる。 しかし、その声は、天井から落下した巨大な岩によってかき消された。 ・・・・すまない。 心の中で少女に謝りながらソラは部屋から飛び出す。 直後、部屋全体が崩壊した。 このままでは施設そのものもいずれ崩壊するだろう。 ふと、揺れが止んだ。 ソラは走り出す。 目指すは施設の出口。 敵を倒すためではなく、大切なものを守るために。
| <作者様コメント> いろいろと解らない単語が多く出てきましたね・・・。 とりあえずこれについては伏線ということで、 読み飛ばすなり見なかったことにするなり推理するなりしてください(マテ 次回で物語りに一区切りが付く予定です。 次は『覚醒』です。 なるべく早く書くようにしますね(汗 いや執筆速度だけはどうにも(言い訳 <作者様サイト> なし |