目の前の光景が信じられない。 地面に縫いとめられた姿勢のまま、ソラはその一点を凝視し続ける。 見つめる先には、銀色の『針』で串刺しになった、灰色の船。 シリアル=ピアツーピア、シリィが操縦しているであろう船。 白い肌と、肩まで伸びた銀髪が印象的な、何処にでもいそうな少女。 そして、自分が守ろうとした人。 傷の痛みはいつの間にかどこかに消えていた。 目の前の出来事は、まるでスローモーションの映像を見ているかのように、ゆっくりと進行している。 灰色の船体に突き立つ『針』が、一斉に引き抜かれた。 もはや、ほぼ全ての機関を破壊された船は、支えるものが無くなった瞬間、地面に向けて落下する。 やがて、船体は地面に打ち付けられ、停止した。 引き抜かれた『針』が本体である『ウィリアム・シェイクスピア』に巻き戻ってゆく。 と、ソラの身体に急激な浮力がかかった。 身体を縫いとめていた『針』が引き抜かれてゆく。 出血は、無い。 もはや、痛みも感じなかった。 何か、とても熱いものが、頭の中を駆け巡っている。 I-ブレインが、機能を停止してしまったかのように、まったく動作しない。 ふと、頭の片隅に目をやると、小さなウィンドウが表示されているのに気がついた。
(――『ラヴィス・システム』起動準備完了――)
ああ、すっかり忘れていたようだ。 理解していたはずだ。 最初からコレを使えばよかったのだ。 だが、どうしようもなく怖かった。 コレがどういうものかは理解しているはずだ。 だが、本能とでも言うべきものが、使用を拒否している。 使うな、使ったら、後戻りはできない、と。 守るべきものは、守れなかった。 もう遅いのではないか? 今更使用する意味は無いのではないか? だったら――。 白銀の鳥が、再び二対十六枚の翼を形成する。 攻撃するつもりらしい。 こちらがまともな反撃などできないことを知って、確実にしとめるために。 「........」 今、自分にできることは、何だろう? ふと、目を地上に向ける。 そこには、瓦礫と成り果てた『ミスティールティン』があった。 自分を庇った船。 そして、守るはずだった人。 熱い。 何かもが熱い。 頭の片隅に、もう一つだけ、ウィンドウが表示されていた。 (『私も、大馬鹿ね。こんなになっても.....まだ諦められないんだから』) 既にリンクは切断されている。 飛び込んだ瞬間に送られてきたメッセージ。 諦めない。 絶対に――
(――『ラヴィス・システム』起動――)
先に、進もう。
(船体の『メルクリウス』を100パーセント回収。翼を再展開) 白い壁、白い床、そして天井にはシステムメッセージが映し出され、滝のように流れている。 弱々しいライトに照らされた『ウィリアム・シェイクスピア』の内部。 その中心に備え付けられた円筒形のコントロールボックスに、エドワードは浮かんでいた。 現在は全天視モニターを起動せず、直接、脳に外界の映像を送っている。 少々疲れるが、こちらのほうが、魔法士のような小型の目標には都合がいい。 センサーは、未だに生体反応を感知して、情報を送ってくる。 航行不能にまでしたはずの船が、間に入ってきたのは誤算だった。 だが、次で終わりだ。 その船も『針』によって、今度こそ機能を停止した。 中の魔法士も無事ではすまないだろう。 船からは微弱な生体反応が検出されている。 船が割って入ったのがよほどショックだったのだろう。 『針』が引き抜かれた今でも、あの炎使いは呆然とその場に立ち尽くしている。 もっとも、動けないだけなのかもしれないが。 (翼の再展開を完了) 準備が整った。 もはや遮る物は何も無い。 『メルクリウス』にゴーストを送り込む。 (『翼』を射出) エドワードの目が、魔法士を捕らえ――、 (危険、高密度情報制御を感知、危険、回避) 突然、警告が発せられた。 半ば本能的に、船体を左に急速回避させる。 魔法士がいた場所から、一瞬だけ、赤い光が見えたような気がした。 (回避、不能) I-ブレインが更に警告を発する。 エドワードの右側を、高速で何かが通り抜けた。 直後、船体を激しい振動が襲う。 『メルクリウス』で形成された翼が数枚、千切れて飛んで行くのが見えた。 何かがかすったらしい。 急いで被害状況をチェックする。 (高熱物体が、船体右側面を通過。右側面の『翼』の消失を確認) 右側の翼が全て消失。 エドワードはその威力に驚愕した。 信じられない。 かすっただけでこの被害。 これは、中枢ボックスを狙った攻撃だ。 もし避け損なえば、確実に落とされていただろう。 あの、瀕死の魔法士には、まだ秘策でもあるのだろうか。 (『メルクリウス』の回収を優先。ゴーストハック、オートスタート) 船体から無数の螺子が生え出す。 ゴーストハック、本来意識を持たない物体に仮初の命を与える能力。 各自に仮意識を与えられた螺子が、真っ直ぐに目標に向かって動き出した。 が、螺子は地上ではなく、空中を失踪する。 炎使いは地上にいるはずだ。 エドワードは咄嗟に目標を探す。 それは遥か上空に、さもあたりまえのように浮かんでいた。 その顔に、表情は無い。 服こそボロボロになっているものの、破れた服から除く体には、傷が一切無くなっていた。 代わりに、背中に何か赤いものが揺らめいている。 (画像の視覚投影を確認) 視覚センサーを最大まで望遠する。 「ぁ......」 それは、巨大な二対六枚の翼だった。 赤く揺らめくその姿に、エドワードは一瞬、燃え盛る炎を連想する。 (ゴーストハック、オートスタート) 船体から次々と螺子が生え出した。 それらは全て、目標である炎使い目掛けて突き進む。 その数はもはや数え切れず、今まで使用した『針』の本数をゆうに超えている。 炎使いが手を軽く動かしたように見え... (高密度情報制御を感知) I−ブレインが警告を発する。 直後、炎使いを取り囲むように接近していた螺子の群れの一部が、何の前触れも無く千切れ飛んだ。 『メルクリウス』が飛び散り、千切れた螺子が宙を舞う。 だが、それだけでは終わらない。 まるで何かの軌道を描くかのように、次々と螺子が千切れ飛ぶ。 炎使いは動かない。 ただ、右手に騎士剣のようなものを握ったまま、呆然と虚空を見つめている。 全ての螺子は、近づけども、触れることはできない。 そして、最後の螺子が破壊された。 飛び散った破片の一つが、炎使いに向かって飛んでゆく。 破片といえども、一つ五十センチメートルはあるかというほどのものだ。 当たれば、無事では済まない。 だが、炎使いは避けること無く、虚空を見つめている。 破片が、左腕に当たった。 そのまま、腕がありえない方向に捩れ、千切れた。 肘から先が、宙を舞う。 血が噴き出すが、炎使いに反応は無い。 その目が、こちらを見た。 宿るのは、ただ虚ろ。 (危険、回避――不能) 直後、艦艇を激震が襲う。 船体が軋みを上げ、エドワードは生命維持槽の周囲を取り囲むガラスにぶつかり、小さく息を吐く。 (被害確認......全『翼』の消滅を確認。被害レベルB、演算機関一基に物理的な異常が発生。航行速度が12パーセント低下) 何かが船体の両側面を通過した。 片方が、演算機関を突き抜けて...。 その『何か』の解析を船に任せ、エドワードは炎使いに向き直る。 そこで、気がついた。 「ぁ――」 エドワードが悲鳴とも取れる声を上げる。 それは、水泡となって消えた。 さきほど、失われた左腕。 既に血液の流出がとまっている。 その肘から先に、何か黒いものがついていた。 それはぐねぐねと形を変えながら、あるカタチを象りつつある。 失われる前の、腕のカタチを。 『再生』している。 聞いたことが無い、見たことも無い。 千切れた腕が生えてくることなどありえるのか? それにしては時間が早すぎる。 そもそも、『針』に貫かれた傷は何処に行った? しかし、目の前では現実に『再生』が起こっている。 アレではまるで――
化け物ではないか。
(『超再生』完了。『ラヴィス・システム』正常稼動。) 耳元で風が鳴る。 頭も身体も、燃えてしまいそうに熱いのに、何故か意識は明瞭としている。 あれからどれだけの時間がたったのだろう。 とても長く感じられたし、実際はほんの少しの時間しか経っていないのかもしれない。 (大気分子制御、周辺情報を取得。運動ベクトル指定、浮力発生) 背中から生え出す赤い翼が、軋んだような音を立てる。 高度二千メートルの地点に浮かんだまま、ソラはぼんやりと考えた。 そもそも、何故自分は浮いているのだろうか。 地面にある、今や動くことの無い灰色の船体を見つめる。 早くしなければ、シリィが死んでしまうかもしれない。 既に死んでいる、という事は考えないことにした。 そうしたら、何もかもが壊れてしまいそうだったから。 もう、守ると決めたのだから... 再生したばかりの左腕を動かしてみる。 違和感は無い。 腕が吹き飛ばされたというのに、痛みすら感じなかった。 おそらく、I-ブレインの何らかの機能によって、痛覚がマヒしているのかもしれない。 不思議なことは山ほどある。 今は、考えている場合ではない。 この際無視することにした。 遥か前方に舞う白銀の鳥。その姿が歪み、膨大な数の螺子が出現する。 (『炎神』『氷盾』同時起動。追加プロセス、『魔弾』連動起動。運動係数を50倍で再定義。運動方向は逐次指示) ソラの左右の空間が捩れた。 出現するのは、赤く揺らめく極高温と、青白く輝く空気分子の結晶。 数え切れないほどの螺子の群れ。 その向こうに見える、白銀の鳥。 守れなかった自分。 船を、シリィを貫いた、あの少年。 (オート、スタート) 左右の空間が、弾けた。 青い結晶と揺らめく赤が螺旋を描きながら突き進む。 炎使いの能力である『炎神』と『氷盾』をベースとして、それの熱量をさらに拡大。 分子運動を最大まで加速させ、それに指向性運動を極限まで付与した結果、音速を遥かに超えた速度が発生する。 即ち、粒子加速砲ならぬ、分子加速砲。 向かう先には螺子の群れ。 (幾何学式運動を設定) 螺子に触れるかと思われた寸前、二つの光は左右に分かれた。 そのまま、螺子の群れに突入。 幾何学模様を描きながら、その中を縦横無尽に駆け巡る。 複数の螺子を貫通し、吹き飛ばし、それでも動きを止めることは無い。 触れた螺子は、全て『メルクリウス』となり飛び散る。 全ての螺子が活動を停止するまでにかかる時間は、僅か数秒。 地上に落下しかけた『メルクリウス』が、回収用の螺子を伝って、本体へと巻き戻る。 だが、それよりも早く―― (展開中の『炎神』『氷盾』に指向性運動を付与。分子加速開始、運動係数を99倍で再定義) 空間が軋む音とともに、二つの揺らぎが消滅する。 (着弾) I-ブレインの報告と同時に、白銀の鳥の両側面が弾けた。 回収中の螺子が砕け、地上に向けて落下してゆく。 その遥か後ろで、雲海に赤い光と青い光が走った。 また、中枢を外れてしまった。 さきほど演算機関を貫いたのは良かったのだが、もう読まれているのかもしれない。 船体のほとんどが流体金属で構成された船は、中枢を叩かなければ意味が無い。 中枢がある限り、あの船は何度でも再生する。 あれではまったくといっていいほど、ダメージは無きに等しい。 軋むような音を上げて、『ウィリアム・シェイクスピア』が再び翼を展開する。 遠距離では当たらない。 (『ラヴィス』以外の全システムを終了。基底プログラムを起動。全細胞の活性化を開始) ならば――
炎使いが動いた。 生命維持槽に浮かびながら、すぐに船体を構成する『メルクリウス』に命令を送る。 (ゴーストハック、オートスタート。命令は『目標を貫け』) 先ほどのようにはいかない。 さらに細かい命令を送る。 (追加命令『全方位より、攻撃を行え』、場合により『時間差攻撃』も適応) 炎使いが翼を羽ばたかせた。 急速にこちらに近づいてくる。 さきほどの熱線らしきものを放つつもりだろうか。 さすがに、接近されては、アレを避けるのは不可能に近い。 先ほどの攻撃も、少しばかり中枢の装甲を掠ったようだ。 (船体情報をチェック......演算機関の損壊により、全出力は88パーセント。中枢ボックスの耐久率、87パーセント。連続して攻撃を受けた場合、危険) 今はあまり影響が無いとは言え、このままではこちらが危ない。 あの熱線が避けれない状態では、近づくのは得策ではない。 だが―― 逆に打たせなければ、こちらが有利になる。 ならば―― 白銀の鳥が、金属が擦れ合う音を立てて、羽ばたく。 景色が、急激に後ろへと流れ出した。 炎使いとの距離がぐんぐんと近づく。 (目標との接触まで、あと四秒) 周囲から螺子が生え出した。 それらは、艦艇よりも速く飛び出して行く。 複雑な起動を描きながら走る螺子。 炎使いが軽く手を振る。 (熱源を感知) 一番先を行く螺子が、奇妙な形にひしゃげ、潰れた。 さらに、それに続く螺子が砕け、吹き飛ばされてゆく。 (螺子を再構成。『メルクリウス』に再度命令を伝達) 落下しかけた『メルクリウス』が、再び螺子となり目標を狙う。 炎使いの顔に、焦りが浮かんだように見えた。 攻撃を続ける。 徐々に、螺子が炎使いに近づいてゆく。 壊されては修復し、ソレの繰り返し。 更に新しい螺子を発生させ、攻撃に加わらせる。 (高密度情報制御を感知、危険、回避) 目の前数メートルには、炎使いの姿。 接触した―― I-ブレインが警告を発する。 それを無視して、エドワードは船体を無理やり動かした。 白銀の鳥が、翼を鳴らし、左に揺れる。 赤い光が、走った。 直後、右側にあった螺子が全て消滅し、側面に展開されていた『翼』が全て吹き飛ぶ。 遥か後方の地上で、大きな爆発が起こり、煙が上がった。 軽い振動が、中枢ボックスを襲う。 船体が大きく左に傾いた。 だが、炎使いも無事ではすまない。 左側から接近した数本の螺子が、その身体に突き刺さる。 血が、噴き出した。 反撃の隙を与える暇も無い。 すぐさま接近した追加の螺子が、その身体を左右に引き裂いた。 盛大に血を撒き散らしながら、炎使いの身体がバラバラに砕ける。 すでに、それらは原型を留めていない。 手と、足が、血の尾を引きながら落下してゆく。 螺子は、それらをも逃さないように、全て破壊していく。 ふと、欠片の一つが、空高く舞い上がっていることに気がついた。 螺子による破壊を免れた、頭と、心臓から上を構成していたであろう部分。 それは、ボロキレと化した服を纏っていた。 それに、白銀に輝く騎士剣。
その顔が、笑った。
「ぁ――」 エドワードの心に恐怖が忍び寄る。 普通の人間なら死んでいる。 魔法士だって、普通は死ぬ。 あの魔法士だって―― 心臓は徹底的に破壊した。 I-ブレインだけが残っても、意味が無い。 ありえない。 生きているなんて、ありえない。 なら、頭を破壊すれば―― 螺子が炎使いの頭部に接近する。 炎使いは、それをつまらなそうに見て、黒く染まった右手で掴んだ。 失われたはずの、右腕で。 (熱源を感知) 接近していた螺子が、溶け落ちる。 身体が、まるであの破壊を巻き戻すかのように、ゆっくりと再生してゆく。 再生途中の破損箇所から、黒い何かが流れ出た。 ソレが失われた器官を象ってゆく。 「ぁぁぁぁ......」 再生した左腕が、無造作に騎士剣を掴んだ。 そのまま、重力に引かれるように、緩やかに落下。 先にあるのは、エドワードが操縦する『ウィリアム・シェイクスピア』 (目標が接近。危険、迎撃) 迎撃が――できない。 反応できない。 頭が真っ白で、何も考えられない。 ありえない。 考えられない。 こんな、ことが―― たった一つ、恐怖だけが浮かんだ。 「ぁぁ...ぅぅ...」 (思考ノイズを感知。エラー。ゴーストハック失敗) 発生しかけていた螺子が、全て溶け落ちた。 それらは、『メルクリウス』となって船体に巻き戻る。 (危険、迎撃。危険) I-ブレインが狂ったように警告を発する。 ふと目を上げた。 そこにあるのは、今や、ほぼ全身が再生した炎使いの姿。 その左手が剣を構え―― 直後、それがエドワードの頭に突き刺さった。 いや、実際は突き刺さってはいない。 船外モニターを通して見る映像で、こちらに刺さっているように見える、というのが正しい。 つまり、船体に突き刺さったと言うことだ。 (警告。未知のデバイスが『メルクリウス』へのリンクを確立。危険。分子間力の低下を確認) I-ブレインが謎の警告を発する。 エドワードは咄嗟にゴーストハックを試み―― (ゴーストハック、オートスタート――失敗、『メルクリウス』へのリンクが確立不能) ――失敗した。 上空を振り仰ぐ。 刺さったままの騎士剣が、淡く発光した気がした。 (危険。分子間力の低下により、『メルクリウス』の構造維持不可。デバイスが中枢ボックスへのリンクを開始。安全確保の為、中枢より外部『メルクリウス』へのリンクを解除。演算機関の一部を開放。防壁展開) ガクン、と船体が揺れた。 一瞬目の前が真っ暗になり、頭にかすかな頭痛が走る。 「ぁ......」 視界は一瞬で元に戻り、外界を映し出す。 上空に広がる鉛色の天蓋と、見渡す限りの雪景色。 すぐ上にいる炎使いと、ゆっくりと舞い降りてゆく大量の霧のようなモノ。 ――霧? (船体を構成する『メルクリウス』の80パーセントが消失。目標、更に中枢へのアクセスを開始) I-ブレインが警告を発した瞬間、地上に降り注ごうとしている『霧』が、何かを形作った。 それは、瞬時に色を取り戻し、白銀の液体へと姿を変える。 『メルクリウス』へと、結晶化した。 情報解体とは異なる、物体への解体攻撃。 一瞬考えて、答えに到達した。 物体は基本的に分子でできている。 『メルクリウス』とてそれは例外ではない。 分子が集まって物体が構成される。 それには分子と分子が結びつく『力』が必要となる。 その力が切られればどうなるか......。 物体は一つ一つの分子にバラけ、その構成を維持できなくなる。 その結果が―― 物体の崩壊。 炎使いの分子運動制御を最大限に利用した、高度な戦法だ。 不安定な物質とはいえ、これだけの量を解体するには、かなりの演算速度が必要になる。 (『メルクリウス』を感知。高度2000メートル地点を落下中) しかし、分子レベルで解体したからといって、分子を壊すわけではない。 情報解体と、明らかに異なる点だ。 だからこそ、『メルクリウス』の分子は、再結晶し、『メルクリウス』を構成している。 だが、情報側の強度も、現実に構成している力すらも無視した、圧倒的な解体力。 それにより、中枢を覆う『メルクリウス』は、分子レベルで解体された。 ということは、今、こちらは中枢がほぼむき出しの状態と言うことになる。 (ゴーストハック、オートスタート) 残ったわずかな『メルクリウス』に命令を送る。 与える命令は、『回収せよ』と『迎撃せよ』。 恐怖はすでに消え、次に焦りが浮かんでくる。 発生した螺子が、落下する『メルクリウス』を追い、もう一方で、船体の上にいる炎使いを狙う。 (『メルクリウス』とのリンクを確立。取り込み開始) もともと、霧状だった為、螺子はすぐに落下する『メルクリウス』に追いついた。 一方、炎使いを狙った螺子も、的確に目標を捕らえ―― (危険、分子崩壊プロセスを感知) 螺子が、空間を貫いた。
(身体構造の95パーセントを再生完了。細胞の活性化を終了。疲労蓄積度が70パーセントを突破。休息を提案) 「――っは」 意識が朦朧とする。 黒い色をした中枢ブロックの上。 その前方に『アポカリプス』を突き刺したままの姿勢で、ソラは短く息を吐いた。 身体が引き裂かれる感覚というのは、気持ちが悪いことこの上ない。 (全神経回路の再生を確認。正常に稼動中) 先ほどまで真っ黒い色をしていた部分も、元の肌の色を取り戻している。 今現在の問題と言えば、着ていた服が引き裂かれてしまったことだろうか。 その服は、マントのように広がり、体を覆っている。 これでも困らないといえば困らないのだが、できるならば服の替えをみつけないといけない。 (危険、螺子が接近。回避) どうでもいいことを考えていると、I-ブレインが警告を発する。 霞んだ目で見回すと、中枢ボックス上に残った『メルクリウス』から螺子が生え出すのが見えた。 そうだった。 目的があったのだ。 前に、進まなければならない。 (分子崩壊プロセス起動。演算開始) 『アポカリプス』の刀身に、光が走り始める。 周囲の螺子が、こちらを向いた。 そのまま、間髪いれずにこちらに向かって伸びてくる。 (物体の構成情報を取得。解体開始) 『アポカリプス』の刺さった場所から、円形に幾何学模様が広がる。 と、ソラの真下に、人一人がやっと通れる程度の穴が開いた。 螺子がすぐそこまで迫る。 ソラは『アポカリプス』を構えたまま、その穴に滑り込んだ。 直後、一瞬前まで頭があった場所を、複数の螺子が通過する。 (解体完了。疲労蓄積率78パーセント) 背中から生え出した立体映像の翼が、軋みを上げる。 落ちてゆく。 それなのに、浮かんでいるような感覚。 奇妙な落下感の後、突然、視界が開けた。 タイル張りの白い床、白い壁。 冷えた空気が充満する空間に、演算機関が動作するときに発するオゾン臭が漂っている。 たった今、落ちてきたであろう小さな穴の周りには、よくわからないシステムメッセージが滝のように流れるスクリーン。 (周辺情報を取得。座標確認。『ウィリアム・シェイクスピア』船内。コントロールルーム) I-ブレインが送ってくる情報によると、半径十メートルほどの空間。 頼りないライトの明かりに照らし出されたコントロールルーム。 その中央に位置する生命維持槽。 薄桃色の羊水が満たされた、その中に浮かぶ人影。 廃棄されて久しい研究施設跡の地下で出会った、男の子。 シティ・ロンドンの最高機密にして、雲上航行艦『ウィリアム・シェイクスピア』のマスター。 エドワード・ザイン。 その瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。 (周辺情報を取得。分子運動制御開始。浮力発生) 翼がキリキリと軋んだ。 分子をある一定方向に運動させ、その反動で逆方向への推進力を得る。 飛び込んだ姿勢のまま真っ直ぐに落下し、床に着く寸前、その衝撃を打ち消す。 硬いタイルの感触が、足を通して伝わった。 すぐに『アポカリプス』を構え、攻撃に備える。 だが、男の子の視線は、虚空をさまよったままだ。 「エドワード・ザインだな?」 思ったよりも低い声がでた。 その声に、維持槽の中の男の子がびくっと反応する。 「おとなしく、シティ・ロンドンに帰ってもらう。それと、『世界樹の種』の引渡しだ」 男の子はぷるぷると首を振る。 小さな泡が、いくつも立ち上ってゆく。 「ぃ...ゃ――」 突然、天井のスクリーンが、外界を映し出した。 早く流れる鉛色の雲と、先ほどから降り出したであろう、細かな雪の欠片。 表示されるシステムメッセージが、その量を増した。 (高密度情報制御を感知) I-ブレインからの警告と同時に、ソラは床を蹴った。 直後、タイルから生え出した小型の螺子が、一瞬前までソラがいた空間を薙ぐ。 「もう一度だけ聞く――」 赤い翼が更に軋みを上げる。 発生した推力によって、ソラの身体が、維持槽の前まで運ばれる。 螺子が発生する前に、『アポカリプス』をガラスに突きつけた。 「投降しろ」 発生しかけていた全ての螺子が溶け、室内に静寂が訪れる。 天井を流れるシステムデータの数も、目に見えてその量が減っていた。 男の子の顔には、未だ無表情が張り付いている。 攻撃の気配は、無い。 「よし、まずは、船を地上に下ろせ」 ソラの指示に従うように、徐々に船が降下してゆく。 これでひとまずは安心らしい。 と、思うと、早くシリィを助けなければという気持ちが沸きあがってきた。 そのせいか、つい語気が荒くなってしまう。 「おい、もうちょっと早――」
「あーあー、もぉー、しょうがないねぇ」 (高密度情報制――) I-ブレインがエラーを発するよりも早く、何かがソラの後頭部に軽く触れた。 その正体を確かめようと、ソラが振り返った瞬間――
(緊急事態発生。ウィルスの侵入を感知。防衛機構展開。危険、高レベルのノイズを感知。全起動プロセスを終了)
「......ぁが――」 展開していた翼が、溶けるように消滅する。 何が起こったかを知覚する前に、激しい痛みが、ソラの頭を突き抜けた。 『アポカリプス』が手を滑り落ち、床に落下する。 ソラは思わず、その場に膝をついた。 必死に耐え、歯を食いしばる。 だが、その間にも、痛みは全身に広がっていく。 まるで、先ほどまで痛覚を感じなかったのが、嘘のようだ。 とても動くことなどままならない。 痛みをこらえ、顔を上げると、目の前には無表情の男の子の顔。 やられる―― が、その視線は、ソラの後ろを見つめている。 が、攻撃の代わりに、足元に穴が開いた。 縁をつかもうとしたが、穴は広がり続ける。 『アポカリプス』が、穴に取り込まれ、落下してゆく。 もがくように伸ばした手が、空を切る。 転がるように、その穴に落下した。 遠くなる室内。 奇妙な落下感。 いまだ、頭痛は止まない。 それがどのくらい続いただろうか。 視界が開けた。 その先には、舞い散る吹雪と、すぐ近くに流線型の形をとった、『ウィリアム・シェイクスピア』の姿。 そうだ、まだ、飛べるはず―― すぐに戻ろうとして... (エラー、I-ブレインの全機能へのアクセス不能) 浮遊できない。 それどころか、一切の機能が使用不能。 なぜ―― 頭痛は激しくなるばかり。 そのまま、重力に引かれて落下を開始する。 ここは上空二千メートル付近。 地表に叩きつけられれば、まず無事ではすまないだろう。 と、『ウィリアム・シェイクスピア』が突如、翼を展開した。 その姿が、徐々に遠ざかる。 止めをさすつもりか―― 能力がまったく使えない魔法士など、ただの人間とそう変わらない。 生え出した一本の螺子が、真っ直ぐにこちらに向かって伸びてくる。 姿勢制御もままならない状態で、どう避けろと言うのか。 精一杯の抵抗として突き出した腕を、白銀の螺子が貫通する。 もともと走る激しい頭痛の為、それ自体の痛みはほとんど感じない。 だが、ソラはあることに驚いていた。 血が、止まらない。 あれだけ再生していた傷が、まったく塞がらない。 当然といえば当然のことなのだ。 傷が瞬時に回復することなど、通常では考えられない。 だが、先ほどまでの光景を思い出すと、とても不思議な感じがした。 赤い血の尾を引きながら、地上に向けて落下する。 急激な加速により、意識が遠のく。 だが、それすらも、走る激痛によって、現実へと引き戻される。 気を失うことすら許されない。 目視で地上までの距離を測る。 地上まで、約五百メートル。 未だ、I-ブレインは応答をしない。 何秒で激突するのさえ、不明。 地上まで、約三百メートル。 身体が寒くなる。 やっぱり、自分には無理だったのか。 忍び寄る絶望感が、あれほどまで熱かった頭を休息に冷却してゆく。 終わる、ここで終わる。 そんな時、思い出されたのは、先ほど、異変が起こる寸前に聞いた、誰かの声。 しかし、あの声は、なんだったのだろうか。 あの部屋には、自分と男の子しかいなかったはずだ。 あれは、一体―― 地上まで、約百メートル。 (高レベルのノイズが解消) I-ブレインが応答した。 未だ激しい頭痛はやまないが、文句を言ってはいられない。 (分子運動制御開始、空気分子にベクトル運動を付加。浮力発生) 地上まで、約五十メートル。 体全体が激しく揺れ、落下速度が目に見えて減少する。 だが、高度が低すぎた。 (危険、衝突まで、あと一秒) 全ての落下速度を打ち消すことができない。 ソラの体は、そのまま雪の斜面へと叩きつけられる。 「――!!」 激痛で声も出ない。 声の代わりに、口から血が流れ出た。 (血液循環制御、開始) 激痛に耐え、腕からの出血を止める。 すぐ横に落ちていた『アポカリプス』を杖代わりにして、何とか立ち上がる。 そこで、ふと空を見上げた。 白銀の鳥が、ゆっくりとこちらに向き直るのが見える。 今度こそ、終わりか。 「ここまで......来て」 焦りだけが募る。 どうしようもないもどかしさが込み上げてきた。 得体の知れない力を得たとしても、女の子一人守ることはできず、その元凶すらも取り逃がしてしまう。 顔は、ただ白銀の鳥を見続ける。 一枚の翼が歪み、『針』が打ち出され―― (『ラヴィス・システム』を感知) ――なかった。 歪んだ翼の一点に、ぽつんと小さな穴が開いた。 その穴が徐々に大きくなっていく。 翼が捩れた。 何かの圧力に耐えかね、根元から折れ飛ぶ。 『ウィリアム・シェイクスピア』の船体が大きく傾いた。 一瞬、何が起こったのか理解できない。 ソラはただ、その場に立ちつくすのみ。 そうしている間にも、次々と翼が折れ、あるものは砕け散ってゆく。 再生する暇も与えない。 やがて、『メルクリウス』を剥がれたその奥から、黒く鋭く尖った形状のボックスが現れた。 ――中枢だ。 と、『ウィリアム・シェイクスピア』が、突然進路を変えた。 ボロきれのように『メルクリウス』をまとい、鉛色の天蓋に突撃してゆく。 中枢の破壊から逃れるためだろう。 僅かに残った『メルクリウス』により、かろうじて中枢が隠れるように覆われる 直後、そのまま雲の中に飛び込んだ。 激しいスパークが起こり、轟音が木霊する。 続いて、金属が擦れ合う音が響き、それが遠ざかってゆく。 遥か遠くで雷が鳴る音、最後に一際大きな金属音を発して、音は聞こえなくなった。 ソラはただ、呆然とその様子を見ていた。 考えることが多すぎる。 少なくとも、自分があの船を退けたわけではない。 そんなことよりも―― 「シリィ!!」 はっと我に帰ると、駆け出した。 体の痛みはだいぶ和らいだものの、まだ激しい頭痛が起こっている。 目指す先は、『ミスティールティン』船内、コントロールボックス。
横転した船内に入ることは、困難だった。 しかたなく、開いた穴を広げることによって、侵入穴を作ることに成功した。 急いで飛び込んで、狭い通路を走る。 コントロールルームに直接開ければよかったのかもしれないが、その場合、シリィになんらかの被害が及ぶ場合もある。 目の前に、コントロールルームが見えた。 扉は閉まっているらしい。 ソラは一瞬躊躇して、そのまま扉に突っ込む。 蹴破るつもりだったのだが、非常電源が生きているらしく、扉は難なく開いた。 前のめりに倒れそうになりながら、部屋の中に駆け込む。 途端に、むせ返るような血の臭いが広がった。 「シリィ!!無事か!?」 壁には無数の穴、おそらく『針』が侵入したのだろう。 円筒形のボックスは割れ、中の液体は流出してしまっている。 その中に―― 「シリィ!!」 銀髪の少女が倒れていた。 一糸纏わぬ姿で。 顔が熱くなるのを感じる。 咄嗟に目をつぶろうかとも思ったが、今はそんなことをしている場合ではない。 近づくと、なだらかな丘陵の下、腹部に穴が開いているのが見えた。 そこから血が流れ出たのだろう。 自分のせいで......。 だが、後悔するのは後回しだ。 他の部分の外傷をチェックする。 どうやらI-ブレインの防衛機構が働いたらしい。 目立った傷も見当たらず、血の流出は止まっていたが、既にかなりの量が流れ出た後だろう。 ボロボロになった制服の上着を脱ぎ、シリィに掛けてやる。 その時、シリィが動いた。 「大丈夫か!?」 うっすらと目を開く。 その表情には苦悶が見て取れた。 「大丈夫なように、見える?」 よかった、いつもの口調だ。 シリィはぼんやりとした様子で辺りを見回して...... 「その様子だと、逃げられちゃったみたいね。まぁ――しょうがないか」 そう言って、首筋のケーブルをはずした。 「......ゴメンな。すぐにロンドンにもどるから」 ケーブルを受け取って、それを首筋に押し当てた。 ケーブルの先の端子が、皮膚と分子レベルで融合し、I-ブレインとのリンクを確立する。 が、『ミスティールティン』の全ての機能は死んでいた。 ウンともスンとも言わない。 すでに、全ての演算機関は何らかの損害を受け、機能を停止していた。 更にアクセスを試みる。 物理的に駄目ならば、情報側から―― シリィが手を握ってくる。 「私は......守ったんだから、アンタも...守って......よ...ね」 そう言って、目を閉じた。 (危険、呼吸停止、生命反応微弱、適切な処置が必要) しっかりと、その手を握り返す。 未だ、『ミスティールティン』からの応答は無い。 得体の知れない頭痛だけが、その力を増してゆく。 もう、守れないのは嫌だ。 守りたいんだ。 絶対に、守るんだ。 (『ラヴィス・システム』起動。『ミスティールティン』とのリンクを強制的に確立。機関の破壊を確認。航行は不可能............否、強制運転開始) 振動が伝わってくる。 演算機関に灯が入った。
施設から一キロメートルほど離れた小高い丘の上。 高速で離れてゆく『ミスティールティン』を見つめる、一つの影。 リーゼと呼ばれた少女。 だが、明らかに地下でのそれとは違う部分があった。 黒いドレスのような服には、真っ赤な幾何学模様が浮かび上がり、背中からは二対六枚の赤い翼が展開されている。 魔法士の脳内に直接投影されるであろうその画像は、確かにそこに存在する、現実の翼のようにも感じられた。 「『ミスティールティン』の領域離脱を確認しました。航行速度から予測して、ロンドン到着は一時間後になりますね。」 どこからか女性の合成音声が響く。 「ご苦労、天鴉」 その顔が、少しだけ緩んだ気がした。 もっとも、ほとんどがゴーグルで覆われているため、その真偽はわからないが...。 すっと、赤い紋章が消え去った。 それと同時に、遠くで何かが潰れる音が木霊する。 施設が崩壊したのだ。 遠くで発生する雪崩を眺めながら、リーゼは軽く息を吐いた。 「これで任務は完了ですね。あとは彼らに報告しましょう」 声が、告げる。 その声は、リーゼが握る、刀から発せられているように聞こえた。 「任務ご苦労様」 急に別の場所から、男の声が響いた。 先ほどの合成音声とは異なる、妙に高い音。 どこか人を見下したような含みを持つ声が。 続いて、何か大きな物が降りてくる。 それは鳥だった。 人ほどもある巨大な黒い鳥が、羽ばたきながらリーゼの傍らに降りてくる。 「何の用だ?」 そちらを見ようともせずに、リーゼが言う。 鳥はちょっと困ったように首をかしげ、雪の上に着地する。 そして"喋った"。 「あれ?ボクたちは今協力関係だよね?様子を見に来るのは当然のことだと思うんだけど」 鳥がケラケラと笑う。 リーゼのゴーグルが青く光った。 「私は貴様と協力した覚えは無いが」 「私のメモリー上にも、残念ながら『協力』という言葉はありませんね」 リーゼと合成音声が、同時に言葉を返す。 「キミと、そのアマガラス――とか言ったっけ?キミらは本当につれないねぇ」 「余計なお世話です」 アマガラスと呼ばれた声が返した。 リーゼが軽くため息をつく。 「そんな傀儡を送っておいて、よく言う」 鳥が笑うのを止めた。 そして、また首を傾げる。 「どうやら、リーゼ嬢は畜生は嫌いと見える。ならばこうしようか」 鳥が文字通り歪んだ。 メキメキと音を立てながら、何か別のモノを形作ってゆく。 「そうそう、エドワード君は無事に領域を離脱したよ。次の行き先はスイス地方らしいね」 どこから声を発しているのかも解らないような形状を通り越して、だんだんとソレは人を形作り始めた。 「しばらくは休暇だろうね。あちらさんも特に指令してこないから暇だよ」 やがて、一人の少年の姿が出来上がる。 シティ・ロンドン自治軍の制服を着た少年。 特に目がいくのは、真っ白な髪の毛と真紅の瞳。 「相変わらず悪趣味な奴だな、レイヴン」 リーゼはそちらを振り向くこともしない。 「移動するときは、人よりも鳥のほうが構造上楽なんだよ?天鴉、キミだって刀じゃないか」 レイヴンと呼ばれた少年は、またケラケラと笑った。 「私は生まれたときからこの姿です。あなたとは違います」 天鴉が、妙に不快感のこもった声で返す。 リーゼが手に持っている刀の表面に、小さな光の筋が複数走った。 「ま、君の言うとおり、傀儡だけどね」 そんなことはどうでもいいや、とレイヴンは言った。 「で、聞きたいんだけどさ。なんでアイツ助けたの?ロンドンの追っ手を助けるのは、ボク達にとってはマイナスだと思うんだけどね」 「......」 リーゼは答えない。 「せっかく、ボクの造ったウィルスと、特殊なノイズを利用して、『ラヴィス・システム』を強制停止させてあげたのに」 レイヴンはぶつぶつと愚痴をこぼす。 リーゼは遠くを見つめたままだ。 「とぼけられても困るんだよね。まぁ、目標はちゃんと逃げてくれたからいいものの。翼だけじゃなくて中枢まで壊されたらどうしようかと思ったんだけど。あ、そういえばアイツはソラリスだったよね。ラヴィスの炎使い。クロスの面影でも見たかな?なにせリーゼ嬢はクロ――」 「黙れ」 (情報解体発動) 銀の光が走る。 直後、レイヴンの上半身が消し飛んだ。 「あーあー、まったくぅ。すぐカッとなる癖、直した方がいいよ?」 腰から上を失って、どうやって喋っているのかわからないが、確かにレイヴンは喋っていた。 「あなたも、あまりお喋りな口は、直した方がよいかと思いますが」 天鴉が冗談めかして告げた。 遅れるように、刀が鞘に戻る音が響く。 直後、残った下半身も、バラバラに砕け散った。 それきり、声が止む。 「聞こえているだろう。余計なことは喋らないことだ。傀儡のようになりたくなければな」 リーゼの声に、返事は返らない。 代わりに、空から雪が一つ、ひらひらと舞い降りる。 その雪が地面に落ちるとき、もはやその場には誰もいなくなっていた。
運命は回り始める。 ラヴィスというシステムによって... | <作者様コメント> とりあえず、第一部、みたいなのが完結です。 ちょっと文の表現に凝ってみたり、いろいろしてみたため、 以前とはいろいろ(文的に)ちがう部分があります。 さて、考察ですが・・・ よくわからない理論のオンパレードです(マテ おまけにラスボスっぽいのまで登場しましたし それでもまだしばらく続くんですよね(笑 ではこのへんで 次回は、ソラ君の昔話をお届けします <作者様サイト> なし |