■■謳歌様■■

 

砂上の奇跡 〜生み出された存在、その意義と意思〜

 

「ファイ博士の妻子は、アフリカで起こった、魔法士によって核融合炉が同調して暴走したことによる災害で亡くなったんだ」

 長かった戦いが終わり、錬、晶、昂、希美、怜治、静華の6人は、怪我の治療も兼ねて昂と希美が使っていた隠れ家に身を寄せていた。

「博士は元々神戸シティお抱えの研究員だったんだけど、軍医だった妻と共にその戦争に参加していたんだ。博士自身は研究所を砲撃された際に重傷を負い、その能力を惜しんだシティ神戸が治療のために彼を引き取ったことによって偶然災害を逃れることが出来たんだ。当然のことに彼はそのことを喜ぶことなど出来るはずも無く、気が狂いそうな絶望と狂気を味わうことになったけどね。けど、彼はその事故を引き起こした魔法士に妻子ともども何度も助けられていたこともあって、幸か不幸か、その事故を引き起こした当の魔法士本人を恨む気持ちは湧かなかったんだ。むしろ、その事故を起こした者すらをも哀れに思い、その事故を引き起こす原因となった『魔法士』という存在そのものに恨みの総てが向いたんだ」

 昂の言葉が淡々と響く中、何一つ、誰一人身動ぎすらすることなく、聞き入っていた。

「そして、その歪んだ恨みは最終的に『魔法士』という存在を生み出した三人、天樹 健三、エリザベート・ザイン、そしてアルフレッド・ウィッテンに向かった。それは、その三人を殺すことだけを生き甲斐にしていたと言っても良いほどに。
 けど、ウィッテンの除く二人は死亡が確認されて、ウィッテンも生死不明である以上、否応無くその矛先は『魔法士』だけに向かうことになったんだ。神戸シティ自治政府には『敵対する魔法士に対抗するため』という題目を元に魔法士を殺す研究をする許可をもらい、研究を続けて、そして――
 希美が生み出された」

 言い、重くなったのかも分からないほど濃密な沈黙の時間が数分ほど続いてから、今度は怜治が声を上げた。

「実のところ、俺と静華はファイによって生み出された『対魔法士』の失敗作だ。ファイは魔法士に対抗するには魔法士しか不可能だという結論に達したとき、せめて情報理論の三人の権威の作り出した魔法士を上回る魔法士を生み出してそれを行いたいと思い、俺達を作った。その第一作品の俺は、『騎士』、『炎使い』、『人形使い』の総ての能力を組み込んだI-ブレインで形成された魔法士として誕生した。
 だが知っての通り、情報制御を現実のレベルで役に立てようとした場合、どうしても能力を特化させる必要がある。だから無理やり複数の能力を詰め込んだ俺は、騎士剣をベースにした特殊な専用デバイス『神葬』を用いてようやく総ての能力を最低ランクの力で発揮できるという半端なものにしかならなかった」

「その後、三人の生み出した魔法士とは違う系統の魔法士で既存の魔法士を上回らせようと考えて、私に『電磁気学制御』の能力を持たせたの。この能力は、やろうと思えばノイズメイカーと同じI-ブレインを阻害する電磁波を発することも出来る、『対魔法士』の構想段階のアイデアで形成されているわ。けどこの能力は、真っ向から魔法士と戦うとなると『炎使い』や『人形使い』より多少優れる程度のレベルしか有していないし、苦手なタイプの魔法士に対しても最低でも互いにI-ブレインを使えない状況に出来る、常に対等に戦えるという利点しか持たないから、『魔法士を滅ぼす』という目的には適わなかったの」

 怜治の言葉を引き継いだのは静華だ。何か思うところがあるのだろうが、努めて感情を表情に出さないでおこうとする姿勢が伝わってきた。

「それで、その研究を続けている最中に新しいマザーシステム、つまり『同調能力』に関する研究の存在を知って、それを利用することを思いついたんだね?」

 錬の問いに、昂が小さく首肯する。

「その目論見は当たって、結果『情報制御制御能力』、開発コード『対魔法士』の、通称『魔法士使い』は生まれた。けど僕達は魔法士を滅ぼすという使命に耐えられなくなって逃げ出した。……そんなことでは何も解決しないことは分かっていたはずなのに……。
 だから、実は今回錬さんに神戸軍秘密工作部の研究所近くまで護衛してもらった後、ファイ博士を殺しに行くつもりだったんだ」

 ……本当のことでもあるけど……多分、これで全部って訳じゃない……

 昂の言葉に、疑うというよりは確信に近い思いを錬は覚えた。尤も、まっすぐ錬を見つめる昂の瞳は、むしろ錬がそのことに気付いているということを気付いており、その上で敢えてそれだけしか語ることは出来ない、と雄弁に語っていた。

 だから錬は、敢えて問いかけることを止めて沈黙を選んだ。すると、今度は晶が静かに口を開いた。

「……一ヶ月ほど前、ぼく達『暁の使者』の元にファイが訪れたんだ。『総ての魔法士を滅ぼすために力を貸して欲しい』って言ってね。もちろん、最初のうちは母さんを始め誰一人としてまともに取り合わなかったんだけど、『魔法士使い』の能力の話をした途端に評価は逆転したんだ。
 ……もしかしたら、ファイが『情報制御制御能力』のI-ブレインを有していたのも、そのときに研究員達が外科手術を施してI-ブレインをつけたからなのかもしれない。その辺りのことは詳しくは知らないけど。
 けど、それでもまだ協力することに全会一致したわけじゃなかったから、実演を行ってその結果次第で、ということになったんだ」

「……その『実演』って言うのが、今さっきまでの戦いのこと?」

 昂の問いに、晶は首肯を一つ返して話を続ける。

「おそらくだけど、良い機会だと思って選ばれたんだと思うよ。けど、どうやら今回は希美の奪取というよりは、自分の能力と希美の能力を比べることを主目的にしていた節があったけどね。
 ……けど母さんは、もしファイに協力をすることになった場合のことも話していて、もし協力を受け入れるときには、ある頼みごとを聞くように取引を持ち掛けたんだ」

 ……だからファイは、『この力を試す実験台になってもらう』って言ったのか。すでに知っている『魔法士使いの能力』ではなく、『改良された魔法士使いの能力』っていう意味で。

 内心で納得しながら、錬はさらに問いかける。

「それが、シティ・モスクワを壊滅させるっていうこと?」

 錬の問いかけに、晶は先ほどと同じように首肯を一つ返す。

「けど、どうしてそこでモスクワが出てくるの?」

「……ぼくの義理の母親――ニーナ……ニーナ・ヴァシーリー・イヴァノワ・ブリューソワは、最初のシティ・モスクワのマザーコアになった魔法士の母親なんだ……。全員が同じってことはないけど、『暁の使者』が魔法士を忌み嫌う組織であるというのもそこから始まっているようなものなんだ。……『暁の使者』には、魔法士をマザーコアに使うことを反対し、シティを追い出された研究員達も少なくないから。それこそが、『暁の使者』が『魔法士』に対して最も非情な空賊、と言われている所以だよ。……『人』を守るために、『魔法士』という存在をなくして、『魔法士となる人』をいなくなるようにしようとしているんだ」

「それで、お前は元仲間を止めるために、敢えてファイに雇われて機会を狙ったんだな?」

 怜治の言葉に真っ先に反応したのは、首肯を返した晶ではなく錬だった。とは言え、錬は何かを言うのでも行動に移すのでもなく、胸中で彼の言葉の所々を否定していた。

 晶が『暁の使者』を止めようとファイに接触した、というのは正しくもあり、かつ、間違ってもいる。晶は、他の誰かではなく、極力自分の手で『暁の使者』の中に死者を出そうとしたのだろう。

 それは、意見違いを起こした仲間への報復の感情を抱いたというのとは違う。むしろその逆、自分なりのけじめなのだろう。かつての仲間たちの選択と、自分の選択。それによって訪れる結果は自ら贖え、と。……彼らを説得できなかった自分こそが、人殺しの咎を背負おう、と。

 そこに込められた悲壮なまでの決意を前に、錬は晶に対する問いを止めた。

 すなわち、魔法士を否定する組織の中で存在する魔法士の晶は一体何者なのか、という問いかけを。

 その代わり、総ての情報が出揃ったところで、全員に問いかけた。

「……それで、これからどうするつもりなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕達はシティ・モスクワに向かう。ファイ博士が言っていた通りなら、モスクワには『魔法士使い』も向かっているはず。それを止められるのは希美だけだ」

 真っ先に答えたのは昂だった。その瞳に迷いや躊躇いはなかった。

「ぼくもモスクワに行くよ。もう一度だけ母さんに会って、この暴挙を止めてみせる。……仮令それが、殺すことでしか成せないとしても、それも辞さない」

 続いて答えたのは晶だ。細かく震える両手が見ていて痛々しいが、それでも決意は揺ぎ無い意思に裏づけされている。

「……私は、博士が待っていると言った、神戸軍の秘密工作部の研究所に向かう」

 覇気のこもらない声音にも関らず、その瞳には確かな力を込めて静華が言う。

「そう言うと思ったよ。でも、ファイ博士に勝てないことが分かっているのに行くつもりなの?」

「勝てる勝てないの話ではないんだ。このままファイと『暁の使者』が手を組めば、神戸シティ自治政府から供給されていた研究費の代わりを『暁の使者』が肩代わりして、魔法士を殺すことだけを目的に『魔法士使い』を量産することになるだろう。それだけは何としても止めなければならない。……この命に代えてでもな」

 錬の問いに怜治が答え、梃でも意見を変えないという力強い意思を示す。あまりに愚直な考えだが、その決意には誰にも馬鹿に出来ないものがあった。

 だから、錬は抱えていた葛藤を捨て、二人の力になることを決めた。

「じゃあ、僕も怜治と静華と一緒に行くよ」

「……どうして?」

 錬の言葉にその場の全員が怪訝な表情をして、それを代表するかのように静華が問う。

「これは私たちの話であって、錬さんはただ巻き込まれただけのはずですよ?わざわざ危険を冒す必要なんてありませんよ」

「ボクも静華さんの意見と同じだよ。こっちの都合で申し訳ないけど、目的地がモスクワに変わったことで依頼はここで打ち切れちゃうから、錬さんはもう自由だよ?依頼金も今日中にはヴィドさんが振り込んでくれることになっているから、プロとしてはここで引くことが正しい選択じゃないの?」

 それは錬にも良く分かっている。一ヶ月前にも、プロの意識に関しては姉から説教をもらったばかりだ。けど――

「や、別に巻き込まれたとか依頼とかそんなことはどうでも良いことだから、そんなことを言われても困るけど……僕は怜治と静華に生きて欲しいと思っていて、そのために出来ることをしたいだけだから」

「俺達に、生きて欲しい……?」

 予想外の答えを聞いたという風に怜治が反復するが、錬は応じてさらに反復する。

「そうだよ。僕は、怜治と静華に生き延びて欲しい。二人の意気込みが本物だってことが良く分かったし、止めることが無理だってことも分かったからね。だったら、次は生き延びるための手段を揃えることを考えるべきでしょ?」

「けど……どうして?錬さんがそこまでする義理はありませんよ?」

「え?義理って……確かに無いけど、別に、だからどうってことも無いでしょ?僕は僕の意思があるから選択をしているだけなんだから。……みんなは違うの?色んな事情や思惑があるのは大まかには分かったけど、そういったこととは別の、自分がしたいと思える、これだって言えるものって、無い?」

 静香の確認の問いに答えるように、ごく当然のことを確認する意味合いで問いかけたものの、その錬の問いにすぐに答えは来ず、どこかでずれている会話がそれぞれの困惑を備えたまま、互いをかみ合わせるために続く。

「自分の意思も何も、俺達は作られた存在なんだぞ?それならば、その存在理由から物事を考えるべきではないのか?」

「うん?『それならば』ってとこが良く分からないけど……そうだよ。だからこそじゃない。生まれた理由を果たすんでしょ?だったら自分の意思を尊重しなくてどうするのさ」

「私達は人に作られた、製作者の意図に沿うために作られた存在ではないですか?作られたものが作った人の遺志に背くなんて……」

「や、揚げ足を取るようで悪いけど、それを言ったらここにいる誰もがもう既に製作者の意図に背いているよ?それに、そんなものに絶対に従わなきゃいけないってわけでもないでしょ。作られた側が『製作者の意図に従うことが至上の喜び』とか思っていればともかくさ。そもそも、どうしてこの世に生まれ出でたのかその一番の理由なんて、幸せになるため、でしょ?それは作られた存在でも変わらないよ。変わるわけが無いじゃない?」

「…………」

 怜治と静香が順に、半ば反発するように錬に問いかけたものの、特に気負ってもいない、極当たり前のことを確認するように言う錬を前に、そのまま何も言えなくなってしまう。

 だが、そうやって反論を封じられ何も言えなくなったものの、不思議と不快は覚えなかった。

「けど……」

 そのやりとりに加わらずに傍から見ていた希美が、怜治と静香が黙ったのを期に問う。

「けど、ボク達は生まれたときから生き方を決め付けられて、それに沿うように強制されてきたよ?」

「うん。それはそうだろうね。作った側からしてみればそれこそが目的なんだから」

「だったら――

「けど」

 錬が認めたことによって畳み掛けようとした希美の言葉を、大きくも強くも無い、しかし他の追随を許さない錬の言葉が遮った。

「けどさ、それは『作った側の自由』でしかないよ。だから、作られた側がそれに従うか反発するかは『作られた側の自由』でしょ?そこに、どっちかを優先させなきゃいけないような優劣なんか無いよ。同じ、命を持った存在なんだから。
 みんな何かを求めて、あるいは何かを押し付けられるのを否定して、今ここに至っているんでしょ?しなきゃいけない何かもあるだろうし、その総てを無視することは並大抵のことではないだろうけど、だからと言って最後まで自分をごまかし続けることなんて出来ないよ。自分の大切なものは、自分が大切だと思っているからこそ、自分の中で大切なものになっているんだから」

 何か変な禅問答じみてきたなあ、と、錬がここに来てから言った自分の意見の総てを思い返してそんな感想を抱いていると、何を思ったのかは不明だが、静香が普段の調子を取り戻して問いかけてきた。

「錬さんの気持ちは分かりました。けど……『魔法士使い』の能力は魔法士の物量を頼りに相手してどうにかなるものでもありません」

 それは十分承知している。希美のI-ブレインを調べさせてもらい半ばながらも解析したが、錬の能力では魔法士のI-ブレインを操るというその能力を防ぐ手立てはどうしても見つからなかった。どうしても対抗しようというのなら、己のI-ブレインを摘出して普通の人間に戻ることぐらいしかないのだが、脳に有機的に一体化されたI-ブレインは摘出することが出来ない。また、仮令普通の人間を雇ってファイ博士と対抗してもらおうとしても、神戸軍秘密工作部にはまだ十名ほどの魔法士が控えており、到底人間がどうにかできるような戦力でもない。

 それらを熟考した結果、しかし錬はこう請け負った。

「それはもちろん分かってる。僕が行ったところで戦況が変わらないっていうことは良く分かっているよ。ただ……もしかしたら、『魔法士使い』の能力を抑えられるかもしれない当てがあるんだ」

 

 

<作者様コメント>

 人にはそれぞれの立場や思考があり、価値観が一律ではありません。そうなりますと、必然「絶対に正しい」というものはなくなってしまいます。唯一、「自分にとっては正しい」というものを除いては。

 さて、ようやくそれぞれのキャラクターの背景へと話が移り始めました。この物語を書く上ではそこを最も重視していたはずなのに、それに関する記述がこんなにも遅くなってしまいました。別に無計画だったわけではないのですが……要するに、要領が悪かったということですね(事実はどうなのかは分かりませんが)。
 そういう訳(どういう訳なのかは聞かないでください)ですので、これからが『砂上の奇跡』の本筋になります(といいなあ〜)ので、もう少しだけ、見守ってくださいませ。

謳歌

11BGM Blackmore's Nightより「Ocean Gypsy

 

<作者様サイト>

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