■■謳歌様■■

砂上の奇跡 〜戦いと争い

 

 

 

 そこは、崩壊した神戸シティより北に十キロほど進んだ山間の地にあった。

 そこの目的に適うように入り口は秘され、そこを知る誰かによる案内が無い限り、偶然たどり着いたとしてもそれが一組織の施設への入り口だと見分けられるものは殆どいないだろう造りになっていた。

「ここから先はどこに工作員が潜んでいるかも分からない。気を引き締めて行くぞ」

 そこを前にして立つ四人の男女の内の一人、怜治が鞘に納めた騎士剣に右手をやりながら注意を促し、先頭に立って足を踏み込む。その後を静華、フィア、錬の順で進む。既に全員のI-ブレインは戦闘起動へと移行している。

 しかし、全員の警戒心を裏切るかのように、何も起こらないままの進軍が続いた。足を踏み込むと同時に激しい戦闘があることを覚悟していた分、肩透かしを食った形だ。

「……ところで、錬さん」

 沈黙が耐えられないといったわけではないのだろうが、先ほどまでは一言も話さず、かつ極力物音を立てないようにと気を遣っていたにも関らず、静華が振り返らずに背後にいる錬へと問いかけた。とは言え、彼女の様子から警戒心が薄れているというわけではないと判断したのか、誰も咎めることはなかった。

「何?」

 答える錬も十分な警戒心を宿したままだった。この辺り、プロの何でも屋としてバックアップの兄や姉と連絡を取りつつも、冷静、かつ正確に作戦を実行し続けるという長年の経験が活きていることが感じられる。

「今更の質問で恐縮ですが、何故、ここまで協力をしてくれるのですか?それが錬さんの、私達に生きていて欲しいと思う意思であることは聞きました。しかしだからと言って、フィアさんに協力を仰いでくれたりと、ここまでしてくれるのは何故なのですか?」

「や、正に今更だね。……まあ、ここまで来ておいて抜けるのも何だったってこともあるし……」

 嘘ではないが、それが一番の理由であるというわけも当然無い。しかし錬がそう言うであろうことさえも予想していたのか、静華は錬のそれだけの返答に対しては何も言わず、背を向けていながらも雰囲気で錬に続きの言葉を待っていることを伝えてきた。

 その雰囲気を察し、渋々と、あるいは躊躇いつつ、といった感じで錬が続ける。

「それに……それに何だか、もしかしたらファイ博士は……」

「私がどうかしたのかね?」

 瞬間、怜治と錬が同時に動いた。怜治が自己領域を形成し、錬が『ラプラス』と『ラグランジュ』を常駐させる。怜治が前方にいるであろう魔法士へ、錬が背後から迫っているであろう魔法士へ。

 その間静華は、今響いてきた声が近くのスピーカーから発せられたことを瞬時に察知し、そのスピーカーに右手を乗せ、壁の中で複雑に絡まりあった配線に己の能力を行使して、その声が発せられたであろう場所を特定する。

「いた……第三実験室!」

 静華の声は、しかし既に始まっていた激しい戦闘の音にかき消される。前方、怜治の相手は三人。後方、錬の相手は二人。その戦力分布を把握し、静華は瞬時に怜治の援護に回った。相手は騎士が二人、人形使いが一人の組み合わせだ。しかも三人とも魔法士の能力がかなり高い。

「俺は騎士をやる」

 静華が戦闘に参加したことを瞬時に察知し、怜治が静華に手早く指示を出す。それを受けた静華が拳銃を構えたのを見届けると、静華の援護を受けていられるうちにI-ブレインを全力で起動させる。

(『神葬』完全同調。第一位制御限定解除。『氷槍』、『ゴーストハック』並列発動)

 『神葬』の能力を完全に開放させて、『氷槍』と『ゴーストハック』の演算式を同時に流し込む。その瞬間、多種の魔法士能力を持つ怜治のためだけに開発された『神葬』の持つ特殊な機構が起動する。

(『強制合一機構』起動。限定式『氷鶴』発動)

 本来ならば氷の槍を生み出すはずの『氷槍』の式と、無生物を生物化する『ゴーストハック』の式が一つの式として実行させられる。その結果生み出された鶴の形をした氷の塊が、自我を有して敵へと向けての軌道を取る。

 静華もそれに合わせて左手構えた静華専用に改造された拳銃を遅滞なく発砲する。

(電磁気学制御開始。『雷神』起動)

 電流を流し、簡易的なレールガンと化した銃を人形使いに向けて発砲――火薬の爆発によって既に加速されていた銃弾にレールガンの要領でさらに加速することにより秒速2万メートルを超えた銃弾は、しかし予め銃口から軌道を読まれていたことによって回避される。だが、その間隙を縫って接近した氷鶴が相手の回避先へと軌道を取り、その内の一体が相手の右足へとその身を打ち付ける。

 瞬間、超低温で生成されていた氷鶴の熱量が解放され、氷鶴の直撃を受けた右足の服が軽く凍結し、バランスを崩して回避軌道のための運動量を受け止めきれず壁に叩きつけられる。

 だが怜治対策に高温・低温対策の施された服は着用者へと低温へのダメージを伝えておらず、次の瞬間には相手のI-ブレインが起動させられる。

(高密度情報制御感知)

 相手がI-ブレインを起動させたのを感知し、静華も己のI-ブレインの起動状態を変更する。

(『雷竜』発動準備)

 だが静華が魔法士能力を発動するよりも早く相手の仮想精神体制御が発動され、周囲の壁や床を使って十数の腕が生成されて、己が凍結するのも省みずに数十存在する『氷鶴』を悉く破壊する。

 ……こんなもの?

 最高レベルの人形使いとしては程度の低い情報制御に怪訝な気持ちを抱き、ある種の予感めいた不安に従って一歩下がる――と、その静華の首のあった位置を高速の何かが通り過ぎた。

 ……これは……虎!?

 すぐさまI-ブレインの記憶領域に残った記録を読み取り、何が起こったのかを確認する。するとそこに映っていたのは、壁より虎の形を模して生み出された仮想精神体の獣が静華の首を爪で切り裂かんと通り過ぎた光景だった。高度な技術である物質を無生物のまま操るということには長けていないようだが、それでも数十の腕を生み出す片手間であんなにはっきりと生物としての形を整えた制御ができるのは流石一級の魔法士といったところか。静華も気を引き締めて反撃を行う。

(『雷竜』発動)

 静華が銃を握っていない右手を人形使いへと向けて、拳銃を持ったままの左手を仮想精神体の獣へと向け、二方向に向けて紫電を放つ――光速で走る一撃を回避できず、人形使いも獣も高圧の電流の直撃を受け、獣はその構造を砕かれる。しかし当然といえば当然のことなのだが、相手が元仲間であったこともあって静華の能力は知れ渡っており、予め電気抵抗の高い服を着ていた人形使いへは期待したほどの成果は得られなかった。尤も、高温・低温対策が施され、防刃性能、防弾性能も備えてその上電気抵抗も高い服、というのは用意できておらずそれ相応のダメージも受けていたが。

 だが静華にとってはその際に生じた、相手が一瞬だけ体勢を崩したその隙だけでも十分だった。

(『雷神』発動)

 その一瞬の間に、自分と人形使いを結ぶ線の間に電磁気学制御によって小型のレールガンを生成する。そこに、懐から取り出した折りたたみ式のナイフを投げ入れる。次の瞬間、秒速数千メートルという加速を得られたナイフは、瞬時に生成された仮想精神体の腕を貫通し、人形使いの右肩を貫く。

 わざわざ投げナイフなど用意せずとも、静華のI-ブレインであれば銃弾を秒速数万メートルにまで加速することが可能なのであまり使わないのだが、それでもこうして大気中にレールガンを生成して撃つことも可能だ。

 右肩を打ち抜かれ、右腕をちぎり取られた人形使いは、それでも果敢に仮想精神体を制御して静華に攻撃を繰り返してくる。

「悪いけど、いつまでもあなただけを相手にしているわけにはいかないの」

 そう呟きつつ、静華はすぐ側で戦う怜治を視界に収める。少人数戦に向いた騎士を二人も同時に相手しているというのに未だに傷一つ負っていないのだが、それでも攻めあぐねていることは否めない。どちらも形勢が傾くきっかけを待っていると言ったところだ。

「怜治!」

 一言、叫ぶ。具体的どころか抽象的な言葉すら混ぜていないのだが、それでも静華は怜治に正確に意思が伝わったということを察し、右手を懐にやってもう一挺拳銃を取り出し、構える。

(『雷鳴の陣』発動準備)

 両手の拳銃を人形使いへのけん制として放つ。床より生成された腕で止められるが、それでも構わずに打ち続ける。そして、怜治があたかも押されているかのように二人の騎士を引き付けて静華の側まで来て、相手の騎士がその範囲に入ると同時に、自己領域を形成して上空へと逃れる。それと同時に静華も人形使いへの銃撃をやめ、その二人の騎士の方へと向き直り――

(『雷鳴の陣』発動)

 次の瞬間、静華の足元から半径5メートルほどの範囲に高圧電流が流れる。相手のブーツは絶縁質で出来ていたが、電気の走る床と、騎士の持つ騎士剣や人形使いの腕などとの間に放電が起こり、高圧の電流が流れる。

(『雷神』発動)

 そして、すぐさま拳銃をレールガンと化して、両手に持った拳銃で二人の騎士をそれぞれ撃ちぬく。さらに、電気が流れてから収まるまでの一瞬の間に人形使いの真上へと移動していた怜治が、自己領域を解除して騎士剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(『ラプラス』、『マクスウェル』常駐)

 I-ブレインを戦闘起動に移すと同時にプログラムを起動させる。相手は騎士と人形使いが一人ずつ。その両方ともが第一級の能力者だ。

(『氷槍』発動)

 先手必勝の型として、相手の騎士が自己領域を形成するよりも早く十数本の氷槍による攻撃を開始する。これによって、相手の騎士は人形使いを守るためにも下手に自己領域を形成できなくなる。事実、相手は運動能力制御による加速と情報解体による攻撃で氷槍を迎撃する体勢を取った。

 だが、錬はそれにも構わずに立て続けに氷槍を形成する――が、一瞬の判断で一方後ろに下がって回避行動を取る。その一瞬後、錬のそばまで制御範囲を伸ばしていた人形使いのゴーストハックによって、壁や天井から生成された刃が錬を襲い掛かる。

 だが錬はそれを危なげなく回避し、次いで形成した氷槍によって破壊する。が、騎士への攻撃の手が薄れた瞬間を突かれ、相手の騎士が自己領域を形成して錬のそばに出現し、瞬時にI-ブレインの状態を変更して加速すると迷い無く騎士剣を振り下ろす――寸前で形成された氷盾によって受け止め、同時に別の方向から生成した氷槍を放つと、騎士はそちらに対する迎撃態勢を取る。

(起動状態を変更。『ラプラス』終了、『チューリング』常駐。『ゴーストハック』をオートスタート)

 瞬間、錬の足元より生成された二本の腕が、同時に騎士めがけて拳を振り下ろす。相手の騎士には周囲より襲い掛かる氷槍と片方の腕に対して情報解体を行うだけで精一杯で、もう一方の腕による攻撃を防げず、しかし直撃を食うことなく剣を翳して直撃を防ぐに留めた。同時に、身体を背後に飛ばすことによって衝撃を殺すことさえも行っている点は流石ともいえるかもしれないが、そもそもこちらの思惑通りの戦況になっている事に気づいていない時点で致命的だ。

(『氷槍』発動)

 そこへさらに追い討ちの氷槍を放つ。

 ……もうそろそろかな?

 錬が疑問を抱くのと同時に、I-ブレインが警告を発する。

(警告。保有熱量が限界値に到達)

 『マクスウェル』によって氷槍を生成する際に奪った熱量、つまりこの戦闘が始まってからずっとため続けていたそれは未だに錬の演算の下に置かれており、今ならば広域・高温の『炎神』を発動できるほどになっている。それを自覚した上で、錬はポケットから小さな結晶体を取り出して演算を行うと同時に、軽く前方に放る。

(『炎神』、『ゴーストハック』を並列発動)

 瞬間、その結晶体を中心に小さな炎が生成される。それは限界までため続けた熱量と、新たに演算の限界まで発生させた熱量を凝縮したもので、大きさは錬の握りこぶし程度しかないが温度だけならば2万度にも達する。当然、それが地面に付けば保有熱量が許す限り地面を溶かし続けるだろうが、その熱の塊が地面に到達するよりも早く次の演算が効果を表し、その結晶――騎士剣などの制御中枢などに用いられる結晶体と似たような物で、ゴーストハックの起動時間を大幅に長期化してくれることと『マクスウェル』の能力を合成させられることを目的に真昼が作った特注品――が『炎神』と一体化し、炎が形を変え始める。凝縮して2万度を保っていた手前、体積が大きくなることによって部分部分の熱量は下がったが、それでも周囲の酸素も取り込み錬の倍近い巨躯をおよそ2300度に保ちながら、それはある形を得た。

 本来ならば形にこだわる必要は無いのだが、錬の『チューリング』は無生物のまま操れるほど高性能ではないので、鋭い嘴と優美な長い飾り羽を持ち、大空を自由に翔る生物を模し、生成した。

 俗に言う、火の鳥の姿を。

(『強制合一機構』発動。限定式『朱雀』発動)

 瞬間、声は発せられなかったにもかかわらず、その場にいた誰もが声なき咆哮を確かに聞いた。

「行くよ!」

(起動状態を変更。『ラグランジュ』、『マクスウェル』常駐。容量不足。『チューリング』強制終了)

 そして、錬は己が従える火の鳥とともに相手へと向けて肉薄した。外見は優美で威圧感があり、実際保有しているエネルギーは鉄さえも溶かすほどの高温なのだが、元が『分子運動制御』によって発生した炎に『仮想精神体制御』によって仮想精神を植えつけて生成れた身。騎士の情報解体には気を付けなければならない。

 尤も、情報解体は直接触れなければ発動できない、という欠点がある以上、数千度の炎相手に剣で肉弾戦を挑める猛者がいれば、の話になってくるだが。

 ところでこの発動の仕方は、ファイについてのデータを集めるために怜治と静華がファイと戦った際のデータを開示した時に知った怜治の『炎蛇』の存在を、怜治が持つ専用デバイス『神葬』に秘められた特異な機構、『強制合一機構』と共に錬が兄――真昼に伝えたところ、生み出されたものだ。兄曰く、

「実は昔、錬のI-ブレインにもそれと同じ『合成』の機能を持たせようとしたんだけど、『並列』の方だけで一杯一杯になっちゃって出来なかったんだ。けど……もしそれを補ってくれる媒体を用いられるのなら――それでもなお結構余計な演算が必要になるだろうけど――出来るかも知れないよ?ゴーストハックの中でも『無生物』のまま制御することは高度な技術になってくるけど、『生物』として制御することは比較的簡単なことだからね。それに、土とか金属とかの『物質』には錬のI-ブレインだと無理だろうけど、情報強度が極端に低い『現象』に対してなら、十分じゃないかな?」

 と、おおよそ錬が真昼に対して信頼しているからこそ問題無いだけで、第三者から見れば非常に無責任なことを言ったものだが、実際問題として発動は成功した。

 ……けど……総熱量が予想よりも低いかな。それに、活動時間も短いし。

 その点に関しては、兄も次いで

「この能力を合成させる方法は僕が考えていたものとは少しアプローチの面で違うね。自慢するわけじゃないんだけど、僕のより稚拙……というか、凄く強引だね。もしかしたらその辺りのことが分かっていたからこそ『強制合一機構』なんていう、いかにもな名前が付けられているのかもね。

分かりやすく言うと、これは二つの魔法士能力が同時にその機構を持った外部デバイスに流し込まれた時、二つの魔法士能力のプログラム構文を強制的に一つのプログラム構文として書き換えて、結果として一つの能力として使うっていうものだよ。だから当然といえば当然なんだけど、二系統以上の魔法士能力に干渉できるタイプのデバイスに持たせないと意味が無いね。尤も、そんなタイプの魔法士なんて普通なら存在しないはずなんだから、こんな発想を持つこと自体が無いんだろうけど。

ちなみに、僕の考えた並列用と合成用のI-ブレインの違いでは、合成用のI-ブレインの容量を7とすると並列用は10ぐらいで、容量を大きく設定してあるから『自己領域』とか『空間曲率制御』とかの大規模なプログラムを使えるし、例えば『分子運動制御』:『仮想精神体制御』=6:4、とかにすれば並列起動が可能になっているんだ。だからこの機構を利用すれば並列用に調整された錬のI-ブレインでも合成が確かに可能だけど、その10の容量の範囲を超えられないと思うよ。その点合成用のI-ブレインだと、『分子運動制御』+『仮想精神体制御』=7+7=14、の成果が期待できるはずだよ。あるいは、合成用のI-ブレインはその能力の発動主体を自身に限定されないから、『分子運動制御』+『仮想精神体制御』+『運動能力制御』=7+7+7=21すら可能かもね。
 ただ……合成用のI-ブレインだと、まず炎を生成して、それからその炎に直接触れてゴーストハックしなくちゃいけないって段階を踏む必要が出てくるから、そういった意味では合成用のI-ブレインだと超高温の炎とか超低温の氷とかを媒体にした合成は出来ないだろうけど」

 とも言っていた。

 ともあれ、朱雀が顕現していられる時間は、予測では20数秒だった。尤も、これは『ゴーストハック』を補佐――といえるかどうかは微妙だが。演算終了後は跡形も無く消失してしまうのだから――してくれた結晶体にもっと良い物を使えば飛躍的に伸びるのだろうが。

 勿論、この結晶体が粗悪品かというとそうではないのだが、兄と、その兄よりもそういったことを得意としている姉が本格的に取り組めばもっと良いものが作れるのは確実だ。何しろ今回のこの結晶体は、錬達がファイと会った翌日に南米から日本にいる兄に長距離通信で伝え、その後日本に戻ってきたときに受け取ったと言う、大急ぎで作られたものなのだから。

 だが、錬の目には今の精度の物でも十分に映った。

 10倍の加速を得て走る錬が、火の鳥を前にどう対処して良いものかと考えている――むしろ呆然としている――騎士に肉薄する。相手はすぐに頭を切り替えて錬に集中して、その50倍速で錬と切り結ぶ。錬が騎士剣と氷盾で相手の騎士剣の切っ先を防ぎ、同時に氷槍を人形使いに向けても放つ。人形使いも壁や床をゴーストハックし、即席の盾として氷槍を防ぐ。

 その最中、騎士と切り結ぶ錬の傍らを通り過ぎて火の鳥が人形使いへと向かう。その速度はおおよそ時速50キロ。人形使いはすぐさま床や壁をゴースト化して防ごうとするが、生成された腕や刃は火の鳥に触れると同時に融解されてしまう。元々『炎』という実体の無い、燃焼という現象を相手にしている以上物理的に触れることは不可能であり、どれほど有能であろうと人形使いが相手に出来るものではない。やるとするならば、ゴーストハックした物質で周囲を塞いで酸素の供給を止めたり気体すら通れない障壁を形成したりするなどしか出来ないのだが、その人形使いは何の考えも無くただ無心に攻撃だけを仕掛け、結果として何も出来ないまま炎に包まれることとなった。

 それを横目で捉えつつ、同じように仲間の敗北を驚愕の瞳で捉えていた騎士の隙を突く。

(起動状態を変更。『ラグランジュ』終了。『チューリング』、『マクスウェル』常駐。『ゴーストハック』、『氷槍』発動)

 瞬時にI-ブレインの状態を変更させて攻撃へと転じる。一々I-ブレインの状態を変更するぐらいならば最初から『ラグランジュ』ではなく『チューリング』を常駐させておけば良いものだが、現実はそう簡単にはいかない。実際先ほどの鍔迫り合いでは、錬自身も加速して騎士剣と氷盾を生成した二段の防御策を講じなければ捌ききれるものではなかったし、そもそも、十倍とか二十倍の加速率しか持たない騎士ならともかく、三十倍以上の加速で攻撃してくるような騎士に対しては、仮令『マクスウェル』で防御しようにも、『ラプラス』によって未来を予測するか、あるいは錬自身も加速して相対速度の差を縮めるかしない限り速すぎて防御しきれるものではないのだから。

 だが、今回はその錬がI-ブレインの起動状態を変更する一瞬の間を突かれることは無かった。これは、戦い慣れて経験に実力を裏打ちされた者だけが付け入れる隙でもあり、幸運にも、相手はそこまで戦闘慣れしているわけではなかったためだ。

 生成された二本の腕と比較的小さな氷槍が騎士に肉薄し、騎士がそれを叩き落そうと騎士剣を振るい、腕二本を瞬時に情報解体し、さらに接近した氷槍に向けても騎士剣を振るい情報解体を発動――するよりも一瞬早く、氷槍に熱量が戻され水蒸気爆発が起こる。威力そのものは弱く、少し離れていた錬はおろか目前にいた騎士すらも数メートル飛ばされるだけで大したダメージを受けた様子も無かった。しかし――

「王手」

 錬の呟きと同時にその事実――真後ろに火の鳥が迫っていることに気づいた騎士が背後を振り返ると同時に、火の鳥がその身体に騎士を取り込むかのように包み込んだ。

「みんな、怪我は無い?」

 その成果を確かめることもせずに錬が全員に問いかけると、今まさに三人目の魔法士を無力化した怜治が応じた。

「ああ、問題ない」

相手は五人共が第一級魔法士に勝るとも劣らない精鋭だったのだが、錬達の側が押していたことは戦闘開始直後から目に見えて明らかだった。錬、怜治、静華の三人共が普通の枠組みに納まらない特異な魔法士であるということも小さくない理由だが、何よりの理由はやはり経験の差にあった。いくら軍所属で正規の訓練を毎日こなしていようとも、訓練付けである以上実戦の空気というものまでは学べないし、臨機応変な戦略の組み立てなどを行うことも出来ない。そもそもここでの活動は研究・開発が主であり、戦闘は副次的なものしか想定されておらず、必然、戦闘訓練もおざなりなものとなりがちであった。いくら優れたI-ブレインの持ち主であっても、使い手が戦闘を不得手としていれば宝の持ち腐れにしかならないという良い見本である。

 その結果を示すかのような、五人いた相手の魔法士が錬達に傷らしい傷をつけることさえもかなわないまま無力化された結果に、むしろ嬉しそうな声が響いた。

「相変わらず見事な戦いぶりだな。だが、そう慌てることもない。私はあの場所で待たせてもらうよ」

 カメラか何かで戦闘を傍観してでもいたのか、ファイは気楽そうに言い、スピーカーをオフにした。おそらく、もうそこまでは襲撃も無し、という意思の表れなのだろう。

「……急ごう」

 怜治の言葉に全員が頷きを返し、怜治の案内の下、ファイが待っていると思しき場所へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死屍累々。それ以外の表現が当てはまらない悪夢の様な光景の中、しかしその三人はむしろ聖人か何かの様な神聖な佇まいで、極寒の地に立っていた。

「……寒いね」

 そのうちの一人、返り血で真っ赤に染まった晶が傍らに立つ昂と希美の二人に向けて声を発する。だが返ってくる答えは痛いまでの沈黙だけで、身動ぎ一つ分の反応すらなかった。尤も、晶としても返事をしてもらってもそれ以上会話を続ける気などなかったのだが。

「予定外のところで手間取っちゃったけど、先を急ごうか」

 先と同じように返事がないまま、三人は撃墜されたフライヤーを見向きもせず、相手、『暁の使者』の乗ってきたフライヤーに乗り込む。

「……良いの?」

「後悔はしないって、決めたから」

 希美の言葉に、反射的とも言える早さで返答する。数時間前にも行ったやりとりなのだが、希美は敢えてここで再確認をした。その理由は、戦っている最中相手側の『暁の使者』の賊員も晶のことに気付いており、その上で敢えて、互いに躊躇い無く殺しあったからだ。

「ほら、急がないと間に合わなくなるよ。お互いに譲れないもののためなんだから、ここで躊躇っているわけにはいかないよ」

 努めて明るく言っているような気がするのだが、まだ晶と親交の浅い昂と希美には晶の真意は読み取れない。もしかしたら錬ならば分かったかもしれないとは思うのだが、そもそも昂も希美も晶の真意を無理に知ろうとは思わなかった。

 結局、三人の前に現れた百人を超える賊は一人残らず命を絶たれたが、それを見向きもせずに、三人は黙々とフライヤーに乗り込み、再出発した。

 ただ、運転席に座る晶を視界に入れて希美がかすかに口を開き、誰にも聞こえないように呟いた。

「ごめんなさい」と。



<作者様コメント>

 プログラムを作ることが苦手です。全く出来ないわけではないのですが、感覚では「何コレ?」と思いながら、「取りあえず正しいことをしたから正しく動くんだな」という感じで接しております。つまり、全く理解できていないどころか、信用すらしていなかったりするわけです。
 今回出ました『強制合一機構』も、そんな私だからこそ無礼にも生み出してしまったわけなのですが……本職のプログラマーさん達から罵詈雑言が飛んでこないかと戦々恐々としております。

 その様な私ですが、最後まで走りきりたいと思います!

謳歌

 10BGMIRON MAIDEN  よりThe Thin Line Between Love & Hate

<作者様サイト>

◆とじる◆