■■謳歌様■■

砂上の奇跡 〜譲れなかった結末〜

 

「どうして、君のI-ブレインに『身体能力制御』が無かったんだ?」

 至近距離で水蒸気爆発を受け誰の目にも明らかに致命傷を負ったファイは、命乞いをするでも恨み言を吐くでもなく、無邪気とも言える表情で錬へと問いかけた。

「削除したから、だよ。……僕のI-ブレインは個々のプログラムとして魔法士能力を行使するから、自由に能力を創生出来るし、逆に能力を削除することも出来る」

 自らが引き起こした結果に何を思うのか、錬は感情を押し殺したままファイに受け答えする。

 この手法は、ニーナの登場によって果たされることは無かったが、初めてファイと会った時にも使おうと思っていたものだった。別の誰かの魔法士能力によって迎撃される可能性も低くなかったが、それでも突然魔法士能力が消失していれば一瞬の空白は生まれるはずで、そこを突こうと考えて生まれた奇策だ。

「能力の創生……?それでは、あの噂は本当だったのか」

「……そうだよ」

 噂が元で自分の元を訪れては自分の手にかかって死んでいった人々を思い返しながら、錬は肯定した。

「なるほどな。……ところで、もう一つの質問なんだが――
 どうして、最後に君の『身体能力制御』に対して『リキ・ティキ・タビ』を発動すると思ったんだね?怜治に発動する可能性もあったはずだが?」

 その問いはファイだけでなく、怜治や静華も答えを求めていた。

 あの最後の攻防のとき、本来ならば静華が一人を殺した時点で一度仕切りなおしをする、というのがフィアと静華の策だったのだが、その最中、まさに静華が敵を屠ったとき、錬が怜治に、フィアの同調を強制的に解除しそのまま攻め続けるよう言ったのである。

 その理由は、仮令仕切りなおすために引いたとしてもいくらかの負傷が避けられないことは明白だったため、フィアがこれ以上傷つくことを恐れたためだ。

 しかし、その行為が成功すると確信する根拠となったのは、

「……何となく、何となくだけど、ファイ博士、あなたが……
 怜治、静華、昂、希美の誰かに殺されたがっているような気が、したから……。それに、あなた自身がどれだけ追い詰められたとしても、四人を殺すという行為を、何らかの言い訳をつけてでも後回しにしたがるほど嫌がっているような気も、したから。だから能力は、僕の近くにいた怜治には害が及ばない、僕一人だけが傷つくものを狙って行うと思ったんだ」

 例えば、昂と希美に対して行わせた晶の襲撃でも、怜治と静華が出てきたときには自分の存在を明かさせるようにしていたことや、

 ファイが初めて錬と対面した際、圧倒していたファイが6人に止めを指すことも容易だったのにそれをしなかった、ということや、

 この研究所でも、魔法士を分散させて配置せずに全員をファイの元に集めていれば十分こちらに勝てていたはず、ということなど。

 そして、そもそもの、ファイ自身が魔法士になったという事象さえも。
 魔法士と戦うため、と考えても一応の納得はいく。しかしそれ以上に、怜治達と真っ向から殺し合えるようになることを究極の目的としているとも考えることが出来たから。

 上げれば枚挙に暇が無い。だから、錬はそれを確信した。そして、確信したからこそそこに、ファイの脆さと、優しさと、最後に残っていたのであろう良心に、付け込んだ。

 沈黙。

 それが、錬の答えに対する三人の反応だった。

 しかしその沈黙の中、フィアだけは錬の思惑に気付いていた。

 どのような背景があろうとも怜治と静華に、生みの親を、家族を傷つけ、殺させたくはないという思いがあったため、自身も爆発に巻き込まれるという危険を冒しつつも最後の攻めを強行した、ということを。

 だが、それは言っても誰も喜ばないことを知っていたから、フィアはただ、ファイに劣らないほど傷ついた錬に寄り添って、その右手に自身の左手を重ねた。

「……後一つ上げるなら……ファイ博士、あなたはもう限界が近いのでしょう?I-ブレインが埋め込まれて日が浅いのに、連続して高度な魔法を使うのは自殺行為にも等しいはず。だから、少しでも処理の軽い『身体能力制御』を狙うのではないか、とも思ったためです。
 ……それじゃあ、怜治、静華。約束どおり、ファイの身柄は君達に渡したよ」

 錬は、沈黙が支配する中それだけを言い、フィアとつないだ手をそのままに、研究所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまん。辛い思いを背負わせちまったな」

 研究所から出てきた錬とフィアを迎えたのは、小型のフライヤーの運転席に座った白人の大男――ヴィドだった。

「ううん。僕は、僕の意思でこの件に関わり続けようと思ったんだよ。だから、後悔もしてないし、ヴィドさんに謝られる理由も無いよ」

 言いつつ錬は、あたかもそれが予定されていたかのように自然な動作でフライヤーに乗り込んだ。

「私もです。これは、私の意志が招いた、いいえ、私の意志で導いた結果ですから。
 ただ……教えていただけますか?私達がまだ知っていない、色々なことを」

 それに続いて、フィアもフライヤーへと乗り込む。ヴィドはフィアの問いかけに言葉では何も返さず、乗り込んだ二人がシートベルトを付け終わると、フライヤーを起動させた。

「多少時間のかかる話だ。行きながら話すが……行き先はどこにする?町に帰るもよし。感傷の旅に出るもよし。あるいは――
 モスクワに向かうも、よしだ」

 その問いに、錬とフィアは同時に、同じ場所を指定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……」

「誰の仕業かは推して計るべし、かな?」

 モスクワシティに忍び込むためにいくつかある通路の中、昂、希美、晶は、模様のようにあちこちに染み付いた血痕を前に立ち尽くしていた。その量は一人二人分の血液の総量を持ってしても届かないほどに大量で、しかも付いてからそう何十時間も経過したわけでもなさそうだった。

「けどこんな大雑把な侵入、成功したのかな?今頃指名手配されていたりしないよね?」

「侵入は成功しただろうけど、指名手配ぐらいされているだろうよ。尤も……そもそも『侵入』を目的にしていたのかが疑問だけど」

 明らかにこれは『突入』だろう、と言下に言い据えて、晶の問いに昂が応じる。その昂が飲み込んだ言葉を示すかのように、モスクワ軍内は厳戒態勢が取られていた。実際、昂達も軍人に見つからないように気をつけて移動する必要が出ていた。

「それにしても……迷い無しの一直線、だね。もしかして、ボク達のことを警戒しているのかな?」

「それもあるかもしれないけど、単純に軍から逃げる必要もあるからじゃないかな?ほら、ぼくらは途中で十分に足止めを食らっているから、計算外にしているのかもしれないし」

 フライヤーが撃墜され、否応無く足止めを食らった一戦を思い出し、希美は表情を曇らせる。覚悟していたこととは言え、晶に元々の仲間を殺させることは、やはり希美には割り切ることは出来なかった。

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではないということも分かっていた。今は、一刻も早くモスクワ内に侵入した者達に追いつかなくてはならないのだから。

「まあそんな話今はどうでもいいよね。とにかく、先を急ぐ――

「その必要は無いわ」

 無理矢理振り切るようにして口を開いた晶の言葉に、突然響いたその声が重なった。その声に希美と昂は弾かれたように戦闘態勢を取るが、声を遮られる形となった晶だけはむしろ笑みを浮かべたまま、ゆっくりと振り返って言った。

「もしかして足止めのつもり?それとも……
 ようやく、ぼくの話を聞いてくれる気になったの?」

「ええ、そうよ。尤も、話し合いから始まってどの形で決着するのかまでは考えていないつもりだけど」

 晶の問いに、その女性――『暁の使者』のリーダー、ニーナは、相変わらずの冷淡な声で応じて見せた。

 

 

<作者様コメント>

 長らく続きました(?)物語も、そろそろ終幕が近くなってきました。この物語の最後にどの様な答えが待っているのかは、ある程度決めているつもりですが、まだ決定しているわけではありません。ですから、どの様な結末になるのかはある意味私が一番楽しみにしています。

 まあそんな戯言はともかくとしまして……16話「譲れなかった結末」でした。原作の錬はこんな殺伐としていなかったような気がしなくもありませんが……どうも私の中での錬はこんな感じのキャラクターとなってしまいました。
 これは、私の貧困な想像力ではオリジナルの錬を完全に再現することが出来なかった、という意味になるのでしょうか?如何ともし難い壁のようなものを感じます。精進精進、です。

謳歌

16BGMQUEENSRYCHEより、「Anybody Listening

<作者様サイト>

◆とじる◆

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