■■謳歌様■■

砂上の奇跡 〜破滅へのきっかけ

 

  

 

(情報制御体の接近を感知)

 数時間前から間断なく続いていた銃声が収まり、ようやく静かになったと思ったとたん、強大な情報制御能力を備えた二人が駆け込んできた。黎には 自分が今何をしているのか、何をしようとしているのか分かっていなかったが、それでもこの場所で抵抗を止めればすぐに殺される、とだけは思ったので、相手が何か言っているのを聞かずにI-ブレインを起動させる。

(情報制御制御開始。『Dream Theater』起動。稼働率を70%に定義。『In the Name of God』発動)

 相手の魔法士能力は不明だが、I-ブレインそのものを操ってしまえばどうとでもなる、という判断の元、他者のI-ブレインの操作を奪う能力を発動させる。だが――

(干渉失敗。『In the Name of God』強制終了)

 一瞬だけ相手のI-ブレインの機能を手中に収めたのだが、すぐに何者かに阻害され、解除されてしまった。さらに相手は自身の魔法士能力を行使してこちらに肉薄してくる。

 必殺を期した先手が防がれつつも、しかし黎はそのことに驚くことなく別の能力を発動させる。

(稼働率を30%に定義。『Learning to Live』発動)

 対象は、背後に倒れる騎士。そのI-ブレイン。

(『身体能力制御』発動。知覚速度、運動速度を6倍で定義)

 対象のI-ブレインから騎士能力を模倣し、自身に発現させる。対象が並の騎士であり、かつ騎士剣を手放しており黎自身も騎士剣を持っていないことから加速率はわずかしか得られなかったが、この場には他に生きている魔法士が他にはいないためどうしようもなかった。

 黎は騎士能力を再現し、今まさに自身を打ち倒そうとする相手へと肉薄する。だが、自分より加速率の高い相手には通用せず、簡単に防がれてしまう。

 黎のI-ブレインの戦闘予測では、勝率は10%にも満たない。別段ここを生き延びても特に何もする当てもないし、殺されても構わないのだが、本能から来る反射行為を止める気にはなれず、惰性で抵抗を試みる。

 誰のものか分からない、地面に転がっていた拳銃をすばやく拾い上げ、同時にI-ブレインを起動させる。

(稼働率を100%に定義。『Learning to Live』、『Through my Words』並列発動)

 方法は分からないが、相手はこちらの能力を無力化する術を持っている。しかし、それでも無力化するにはこちらの発動したのを感じてから一瞬だけ時間を要するはず。その予測の元、相手のI-ブレインに対して、あらゆる命令が届かなくなる能力を発動する。すると黎の思惑通り、相手の加速が解除される。そこから相手がさらに魔法士能力を起動する前に、黎は拳銃を向け、発砲――

(対象の情報制御体をロスト。『Learning to Live』解除。『身体能力制御』のプログラムを破棄)

 出来なかった。黎が引き金を引くよりも一瞬早く世界が加速し、さらに横合いより放たれた銃弾が狙い違わずに黎の拳銃を右手から弾いた。

 今はそんなことを気にしている場合ではない、というのは分かった。頭では槍を持った男の方を警戒するべきだと分かっていながらも、黎は反射的に銃弾の放たれた方へと視線を向けてしまい――

 腹部に走った衝撃に、なす術も無く吹き飛ばされた。

 起き上がろうと試みてみたが、眠気の様な脱力感が身体を支配し始め、指一本動かすことさえ億劫になっていた。それならばとI-ブレインを起動させてみようとするものの、

(意識レベル低下。情報制御制御解除)

 既に自分の意識ではI-ブレインを起動させることさえ不可能な状況に陥っており、それも叶わなかった。

 ここで終わりなのだとすぐに察することが出来た。生存本能に突き動かされるように抵抗はしてみたものの、流石に身体が動かなくなってしまってはどうしようもない。今はただ自分へと向けて歩み寄ってくる二人の到着を何も出来ずに待つしか出来ない。

 少なくとも、黎自身も、昂も希美も、そう思っていた。だから、その次の瞬間に起こったことを未然に防げる者はいなかった。

(危険レベル限界値に到達。緊急プログラム発動。『Dream Theater』起動。稼働率を120%に定義。『Stream of Consciousness』発動)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 希美と共にいるときに昂は全力で魔法士能力を使わない。その理由は、希美が非魔法士と相対するときなど、危機に瀕したときに魔法士能力を使えるように余力を残しておくためだ。正確には、昂の持つ、自分を主体としていない数値情報を書き換える『調整機構』を希美が発動できる程度に演算に余裕を持たせておくためだ。

 だが昂がどれだけ演算速度を残していようと、極論で言えば昂が魔法士能力を使っていないときでも、希美は自身に係っている数値情報を操作する『強化機構』を発動することは出来ない。その理由は、希美のI-ブレインが『他者の能力を客体としてしか使うことが出来ない』ためだ。
 例を挙げるならば、炎使いの『分子運動制御』や光使いの『空間曲率制御』ならば、現象面においては実際の炎使いや光使いと同じように使うことが出来るのだが、騎士の『身体能力制御』を使って自身を加速することは出来ない、と言った具合だ。要するに、希美の『リキ・ティキ・タビ』はあくまでも『他者の
I-ブレインにある能力を、他者のI-ブレインごと操ることによって操る』のであって、『他者のI-ブレインに有る能力を自身が操る』訳ではない、ということだ。つまり、『そのI-ブレイン保有者を中心に効果が及ぶ』という、言わば直接触れていなければ効果を発揮しないという特性を持った『身体能力制御』や『 情報解体』、あるいは『自己領域』などを、操られた他者ではなく操った自分を基点として行使することは、いくらI-ブレインそのものを操ろうとも不可能である。

 だが、今黎はその希美の限界を越えた力を発揮して、この場に倒れ伏している騎士に能力を行使し、その騎士能力を自分の中に再現している。

 予測でありながらもその黎の能力に当たりを付けた希美は、黎にも、昂にさえも気付かれないように、昂と黎の戦場から少し離れた場所に倒れる騎士の元へと歩み寄った。

 見たところ昂の方が魔法士能力、身体的な戦闘能力、培ってきた戦闘経験などにおいて勝っているのだが、それでも黎の能力を警戒していることと、また黎に対して全力を出せないとある理由から攻めあぐねていた。

 しかし、攻めあぐねている昂を攻める気にはなれなかった。むしろ、昂と同じ気持ちを持っているため、希美は実際に力を黎に向けなければならない昂に対して申し訳ない気持ちすら抱いていた。

 ……仕方が無い、かな……。

 だが、それでもこのまま延々と戦い続けているわけにはいかない。

 ……昂、ごめんなさい。

 一度だけ心の中で謝ってから、黎へと向けて拳銃を構える。チャンスはそう多くないが、希美が成功すれば昂ならばその機会を上手くいかせられるという確信があった。

 そして、黎が足元に転がっていた拳銃を拾いI-ブレインを起動させた瞬間、希美も能力を発動させた。

(『リキ・ティキ・タビ』発動)

 黎本人には情報制御制御は通じないが、倒れ伏す騎士には別だ。黎がいくつかの能力を同時に行使し、騎士に対しての制御が衰えたその瞬間、発動中の騎士能力を解除させた。そしてその一瞬後、昂へと向けた拳銃が火を噴く前に、希美の放った銃弾が黎の手から拳銃を弾き飛ばす。

 その期を逃さずに、昂が黎の腹部へと神威の柄を叩き込む。そのまま黎はなす術も無く吹き飛び、受身さえ取れずに地面に倒れ伏した。

 ……ごめんね……。

 心の中で謝りながら、希美は黎へと放った拳銃を懐にしまい、昂と共に倒れ伏す黎の元へと歩み寄る。

「お疲れ様、昂」

「ああ……ありがとうな」

 互いを労いつつも、互いが少なからず罪悪感を覚えていることに気付き、どちらとも無く嘆息する。

「取り敢えず、間に合ったことを――

(高密度情報制御感知)

 昂が言い切るよりも前に、二人は瞬時に神威と拳銃を構えて周囲に警戒を向ける。

「誰だ?どこにいる?」

「これは……黎?」

 希美の返答と同時に二人は倒れ伏す黎へと視線を飛ばす。

「また能力を奪うつもりか?」

 しかし昂の予想は間違いで、今度の黎の能力は、他者の能力を奪うことが目的ではなかった。真っ先にそれに気付いた希美は、焦燥も顕に昂に叫ぶ。

「昂!黎を止めて!」

 

 


<作者様コメント>

 最終展開へと入りました。後はひたすら転げ落ちるがごとく進むのみです。その過程が、あるいは結末が善しか悪しかは別として、ですが。

 そういうわけで、19話「破滅へのきっかけ」でした。希美を上回る『魔法士使い』であり、止めねばならない存在でもある黎。けれど、その黎に対して全力で戦えない昂&希美の躊躇いと甘え。それ自体は悪い選択では無くとも、結果までもが悪いものでは無い、とは言い切れなくて。そこに、『後悔』の入り込む余地が出来るのですが……。

 

謳歌

 19BGMIN FLAME よりSCREAM

<作者様サイト>

◆とじる◆

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