■■謳歌様■■

砂上の奇跡 〜そこに君がいるだけで

 

  

 

 運命とか、必然とか、果ては偶然と言うものでさえ、昂にとっても希美にとってもどうでも良かった。

 誰かの思惑も、何かの所業も、今有る結果も、どうでも良かった。

 

――「後悔は、してる?」

 思い直すことも、止めることも、出来るはずが無かったけど。


  

 この世に生まれた訳は?

 ――分からない。

 君達が出会った訳は?

 ――分からない。

 君が君である訳は?

 ――分からない。

 生き続ける訳は?

 ――分からない。

 

――「今更だな。僕は、君がそばにいればそれで良いよ。……違うか?」

 それが、死へと向かう道であったとしても。


  

 何もかもが分からなくても。

 分からないと言うことが分かっていても。

 それでも、分からないままでもいいと思った。思えた。

 分かる必要がないとか必要性を感じないとか、そういう訳ではなく。

 自分達の選択にはそのままでも良かったと。それだけのことだ。それ故のことだ。


  

――「うん……うん!そうだね!」

 誰も幸せになれないということが分かっていても。

 

 与えられたものだけの人生でも。

 他の誰かに用意された思考でも。

 得るものが制限された立場でも。

 その与えられたものを歓べる自分たちがいることは、紛れもない事実だったから。

 仮令その歓びでさえ、それらに歓びを感じるということさえ、定められていたものでしかなかったとしても。


  

――「なあ、希美……」

 怖いぐらい静かに。

 神聖なぐらい穏やかに。

 溢れるほどの感情を込めて。

 

 ある男の狂気によって、

 『ファイ』と名乗る、かつては『一宮 洸』という名だった男のクローンとしてある少年が生み出され、

 『一宮 洸』の妻の『一宮 望』という名だった女性のクローンとして、ある少女が生み出された。


  

――「何?」

 死ぬ覚悟も、生きる覚悟も、誰かを、何かを助ける覚悟でさえもかすんでしまうぐらいの激情を込めて。

 

 生まれたときから愛し合うことを求められ、決定されて生み出されたその二人は、

 しかし、その定めに因りつつも、その定めに因る、という決断を自分達で下して、互いを愛し、愛されることを、


  

――「愛しているよ」

 誰にも届かないように。誰かには、大切な誰かにだけは届くように。

 囁くように、呟くように、

 

 厳然と、宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、こんなところでいいのか?」

「うん。僕達までシティの中に入るわけには行かないからね。ヴィドさんも、僕達に構わずに早くここを離れて」

 日本よりフライヤーで一路シティ・モスクワを目指した錬、フィア、ヴィドの三人は、モスクワより数十キロ離れた平野に降り立った。そして、怪訝な顔をするヴィドを残して、錬は騎士剣を構えたままさっさとフライヤーから降りた。

「ヴィドさん。どうもありがとうございました」

 フィアも、ヴィドの疑問をそのままに、錬に続いて極寒の台地に降り立った。

「……分かった。済んだら連絡を入れてくれ。一日ぐらいならロシア領内にいるつもりだから」

 何も分からないままでも、ヴィドにもここに居続けることは邪魔にしかならないということは感じ取り、後ろ髪を引かれる思いをそのままに、元来た方向へとフライヤーを進めた。

「……」

「……」

 その場に降り立った錬とフィアは、あたかも凍りついたかのように黙ったまま、しばらく時間だけを進めた。

「錬さん……」

 その沈黙に負けた、というわけではなく、むしろ沈黙時以上に心を揺さぶられる思いをそのままに、フィアが錬に向けてそっと呟いた。

「……分かっている。分かっているよ……。けど、ダメだ」

「でも、私は――

「フィア!」

 何かを言い募ろうとしたフィアを強引に留め、錬は噛み切れそうなほど強く唇を噛み締めながら言った。

「フィアの気持ちは、よく分かるよ。僕だって同じ気持ちだよ。けど、それでも、ダメだ。ダメなんだよ……」

 涙が流れていないことの方が不思議なぐらい感情が荒ぶる中、何とか涙を見せないまま言うことのできた錬に、フィアは後ろからそっと抱きついた。

「……ごめんなさい、錬」

「フィアは悪くないよ。だから、謝らないでよ」

「それでも、ごめんなさい」

 錬は前を見据えながらでも、背後のフィアが流している涙をはっきりと感じ取り、後ろ手に優しく拭った。

 ここに来るまでの数時間の間に、細かな事情はヴィドから聞き及んでいた。

 昂と希美がそれぞれ、洸と望と呼ばれる二人の人間の細胞から生み出されたクローンであるということ。それを作ったのは、いずれ自分の代わりに互いを愛し合い、幸せな生活を作って欲しいと願った、一宮 ――『ファイ』である、ということ。

 ファイと名乗った男性が、純粋に望んだことを。

 怜治と静華が、本当に欲しかったものを。

 昂と希美が、二人で選んだ選択を。

 『黎』という少年のことを。

 そして、どんなに関っても、真実に近づいても、自分は徹頭徹尾、部外者でしかないのだということを。

 けれど、そうであったとしても――

「……僕達は、僕達が出来ることを、やろうよ。だって、僕達は――
 昂の、希美の、晶の、怜治の、静華の、
 友達なんだから」

 うん、と、同調能力を通してフィアの答えと、そこに込められた想いが届いた。

 その答えが得られたのなら、もう錬には何の迷いも無かった。覚悟を決めた瞳で、決意を込めた声で、前を見据えながらフィアに問いかける。

「フィア……良い?」

 何の、かは問わない。これからすることは、すでに同調能力によってプランだけは伝えて有る。

 だから、後はその問いかけで完成だった。仮令ここでフィアが否定しても、後悔は無いと言い切れるほどに。

 答えは、すぐに返ってきた。同調能力と、言葉で同時に。

「はい。私は、私も、それを選択します」

 その答えに言葉で応じる代わりに、錬はフィアの右手に騎士剣を握らせて、己のI-ブレインを全力で起動させた。

(『ラドヤード』起動――

 その二人の前に、時間稼ぎを終えて最後の特攻をシティに向けて行っている『暁の使者』と、それを追うモスクワ軍の船を合わせて何十、何百という数の航空艦隊が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはエゴだ、と思った。同時に、これは許されないことだ、と分かった。

 『暁の使者』を味方するのなら、モスクワ軍だけを打ち倒せば良い。

 モスクワに味方するのなら、『暁の使者』だけを打ち倒せば良い。

 けど、『暁の使者』を助けてモスクワが攻撃されるのは避けたかった。

 けど、モスクワ軍が帰還をして晶達が殺されるのは、もっと嫌だった。だから、

 晶達を助けたい、という己のわがままで――

 その二つの勢力と、そこに属する者達を――

 殺す

 という選択肢を取ることにした。

 それも、自分の最も大切な人を利用して。

 

 『情報制御制御能力者』と『同調能力者』に向けては情報制御制御能力を行使できない。それは他者のI-ブレインに対して圧倒的に優位なはずの『情報制御制御』が唯一の欠点とするものだ。

 しかし、錬の『他のI-ブレインの機能をコピーする』というのは錬の能力の一面に過ぎず、理論が通り、容量と演算速度さえ許せば、錬は自身の魔法士能力のプログラムを改善することも可能としている。

 よって、希美とファイから『リキ・ティキ・タビ』の能力を読み取りそれを改善した錬の『ラドヤード』は、軽い警告のメッセージを伝えてくるだけで実質上は何の問題も無くフィアのI-ブレインに入り込み、その能力を遺憾なく発揮した。

(『同調能力』起動)

 錬の『ラドヤード』によって操られたフィアのI-ブレインが、錬の意思の元で同調能力を行使する。同調の対象は、今まさに同調能力を操っている主である錬だ。

 ……こんなことができると思うこと自体が、おかしいのかもしれないけど……

 それでも、錬にも経験に基づく根拠があった。それは一ヶ月ほど前に起こった、フィアと知り合うきっかけとなった事件の結末、神戸シティの崩壊の最中のことだ。

 ……あのとき確かに、ゲシュタルトを起こした同調能力は、僕のI-ブレインと同調したことで僕の能力を盗んだ――

 それならば、フィアにも出来るはずだ。もちろん、それに必要なプログラムを持たないフィアだけでは不可能だろうが、機能だけは備わっているはず。

 そのプログラムの代わりを、錬が『ラドヤード』で代用すれば――

(プログラムの読み取りを開始)

 ……出来た!

 求める成果まではまだまだあるが、まず第一歩の成功に心中だけで安堵の息を漏らす。が、次の瞬間には気を引き締め、次の作業へと進む。いくらフィアの中に能力をコピーさせようと、それを留め置くことが出来ない以上錬の『ラドヤード』が終了すればコピーした能力は総て排除されてしまう。

 そんな一瞬の気の緩みも許されない、薄氷の上を歩くような中――

 その能力が、一時的にフィアのものとなった。

(読み取り完了。『ディラック』起動)

 

 


<作者様コメント>

 「あなたは何になれますか?」
 突然そう問われたとき。問われた人は、どういう質問の意図で問われたのだと思うのでしょうか?

「あなたは何になりたいのですか」?
「あなたの可能性を示しなさい」?
「今のあなたは何なのですか」?

 受け取り方は十人十色の千差万別でしょう。けれど、その問いに対する答えの言葉だけでなく「どういう意図で質問されたと思うのか」というところこそが、何よりも大切であるのかもしれません。

 

謳歌

 21BGMHelloweenより、「KINGS WILL BE KINGS

<作者様サイト>

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