■■謳歌様■■

砂上の奇跡〜戦いという現象〜






 錬が昂と接触した翌日、3人はアジアへ向けての進軍を開始した。進路は、適当なフライヤーを借りるために近くの街へと向けていた。
「ところで、以前日本からここへはどうやってきたの?」
 錬の問いかけに、昂が、
「ああ、別に元からここへ来ようという計画があったわけじゃないから、まず中国へ渡って、そこからロシア、カナダ、アメリカと、一年かけて陸路と海路を徒歩と船を使って旅をしていたら、結果としてここにたどり着いたんだ」
 壮大な旅だな、と思いながら、そういえば自分の知り合いにも世界中を回っている人がいるな、と奇妙な共通点を思い浮かべて、軽く笑みを浮かべた。
「そうなんだ。けど、流石に今回はそういうわけには行かないけど、良いよね?」
 むしろそれで断られたらどうしよう、という思いで問いかけてみると、それを察したのか、昂が安心させるような笑みを浮かべて答えた。
「もちろん。別に急がなきゃいけないわけではないけど、それでものんびりする気は無い」
 そんなことを話しながら、錬はあらかじめ月夜と打ち合わせておいた、フライヤーを待機させておいた場所へと二人を案内した。万が一のことを考えて少し離れた場所に用意したため、少し歩く必要があった。
 しかし、そこへと向かって歩き出してから数分後、突然希美が足を止めた。
「……どうしたの?」
 錬の問いかけに、しかし希美は答えず、そればかりか昂までもが手にした槍を油断無く構え始めた。
「気をつけて。近くに、いる」
 それだけで状況把握は十分だった。どうして希美が敵の存在を察知できたのかまでは分からないが、何度も襲撃を経験してきた二人が言うのだから間違いないだろう。錬もサバイバルナイフの柄に手を伸ばして身構える。
 まだゴーストタウンを出ておらず、そこかしこに家屋が並ぶお世辞にも視界が良いとは言えない場所なので、自然と緊張感が高まる。
 そのまま、数秒か、あるいは数分か、時間間隔があいまいになったままの沈黙の時間が続き――
(高密度情報制御を感知)
 突如、頭上から幾本もの氷で出来た槍が降り注いできた。
(『ラプラス』、『ラグランジュ』常駐。知覚速度を二十、運動速度を五に設定)
 横目で昂と希美の様子を窺いながら、錬は自身に当たる軌道にある氷槍を叩き落した。視線の先では、昂も同じように、自分と希美へと向かってくる氷槍を危なげなく叩き落している。
 それが確認できると同時に、錬は『ラプラス』の解析度を利用して、相手がどの位置から情報制御を行ったのかを逆算する。当然、相手がまだその場にとどまっている可能性は低いが、方向だけでも割り出せれば十分。
「――そっち!」
 言いながら、錬は左に建つ家屋の向こう側に意識を向け、瞬時に『アインシュタイン』を起動させてその家屋の屋根へと飛び乗る。
(攻撃感知)
 すると、屋根へと飛び乗った錬を目掛けて再度数本の氷槍が放たれる。だが、錬はそれを『アインシュタイン』によって歪めた空間で絡めとり、総てを外した。
 そして、再度『ラプラス』と『ラグランジュ』を起動させて相手を追う。追いつつも、心の中では舌打ちをしていた。
 ……炎使い。……少し厄介かな。
 誰かを守るという条件下で、炎使いに奇襲されることほど厄介なことは無い。離れて、しかも広範囲に攻撃可能な炎使いは、直接的な脅威となる相手以外の者をもまとめて攻撃することが可能だからだ。
 しかも、錬は『悪魔使い』としてありえないほどの選択肢を有してはいるが、その反面一つ一つの選択肢に必殺の勢いが欠けているからなおさらだ。普通の騎士なら、自己領域なり身体能力制御なりで短時間で追い込めばいい。普通の炎使いなら、相手と同じように反撃すればいい。普通の人形使いなら、ある程度接近して仮想精神体を制御して一気に相手を追い込めばいい。
 だが騎士剣を持たずに自己領域を形成できない錬では、依頼人に累が及ぶよりも早く相手を追い詰めることは出来ないし、相手よりも衰えていることが織り込み済みの分子運動制御では勝てる可能性など無いし、ゴーストハックも力不足だ。
 ……なんて、半端なのかな。
 歯噛みする。選択肢の多さは、時として『向き・不向き』ないくつかの対処法から任意のものを選択させてくれはするものの、その『向き・不向きが選択可能』をいう条件を有するにあたって付いてくる『不向き』までもは、流石にどうしようもない。
 だが、今はそんなことを嘆いていてもどうしようもない。それに、確かに希美一人だけを守るという依頼ならばこの状況はかなり深刻であっただろうが、幸い、昂がいてくれるのだからそうそう問題は無い。その辺りは昂も同意見なのだろう。相手を追い込む錬に続くのではなく、希美を守ることを優先させている。錬がこちらに気を取られないようにするために。
 ……なら、その期待に応えないとね。
 思い、さらに行動を加速させる。氷槍でけん制はしてくるものの、五倍速のこちらから逃げ切れるものではなく、徐々にその距離を詰めていた。
 そして、家屋が並ぶ団地の一角を曲がったところで、襲撃者の影を捉えた。
 白色のローブをかぶった、性別の区別を付けにくい中性的な顔立ちをした少年(あるいは少女)だった。年齢は錬と同じぐらいの14,5歳ほどで、紺色の男物のスーツを着ていた。だが、その姿はいかにも「大人ぶって無理やりスーツを着たお子様」のようで、良くて中学生徒が制服を着ているような出で立ちを連想させた。
 それは、このような状況下においてもどこか気の抜けたような笑みを浮かべていることでさらに強調されており、先ほどまでの攻撃が無ければ、相手のほうから気軽な挨拶が投げかけられてきても不思議ではないような雰囲気を醸し出していた。
「やあ、今日は」
 訂正。先ほどまでのこと如何は関係なく、挨拶が錬へと投げかけられた。その声は、若さが可能とするソプラノ声で、やはり性別を判断する材料にはなり得なかった。
「……あなたが、さっきの襲撃をしたの?」
 分かってはいたが、気軽に挨拶を返すのもどうかと思われたので、取り敢えず言っても変じゃなさそうなことを言ってみる。
「そうだよ。ちなみに、ぼくの目的はある二人の魔法士の身柄の拘束だから、あなたが積極的に関わらないというのならこちらも助かるのだけど……」
 無理だよね、と言下に加えて少年、あるいは少女がため息をついた。
 当然、錬に応じる気はまったく無い。この襲撃者を追って昂と希美から少し離れてしまったので、出来れば早いところ撃退して戻りたいとすら思う。
 だが、気になる点が二つだけあって、錬は即座に行動に移すことを躊躇った。
 ……身柄の拘束って、昂の話では、今までの襲撃では拘束されるようなことは無かったような気がしたけど……。
 しかし、そもそも総ての襲撃を撃退できているからこそ錬を雇うこが出来たのだから、たとえ襲撃が身柄拘束を目的としていても、殺害が目的であったとしても、何ら不思議なことではない。
 ……それよりも気になるのは……
「だから、君の相手はぼくがさせてもらうよ。一応言ってはおくけど……人殺しを楽しんだりとか、ことさら嫌ったりとかそういったことはまったく無いから、相対する以上命をかけるつもりでいてね」
 そう言って、錬が思考に没頭している間に仕掛けてきた。
 その瞬間、錬と少年――この際もう少年でいいや、と錬は相手の性別を探ることを放棄していた――の間にあった空間を埋め尽くさんばかりに氷槍が、いや、分子の数が足りなかったのだろう、銃弾程度の氷の塊が無数に形成される。劣化コピーである錬の『マクスウェル』では不可能な数ではあるが、それにしたところでこの数は並の炎使いでも実現不可能。おそらく、最高レベルの炎使いと見て間違いないだろう。
 これを避けるのも受けるのも、流石に錬には無理だ。ならば――
(『ラプラス』終了。『チューリング』常駐。『ゴーストハック』をオートスタート)
 起動状態を『ラグランジュ』と『チューリング』に変更する。避けきるのも受けきるのも無理なら、受けつつ、さらに回避するしかない。
 一瞬後、無数の氷弾が一斉に錬へと肉薄する。……と同時に地面から生成された腕がまっすぐに錬を狙ってくる氷弾の大半を受け止めた、しかし腕はあまりにもの数に打ち負け、あっさりと根元から千切られる。
 だが、錬にとってはそれだけで十分。それまでの間にゴーストハックして生成した腕を蹴って、直撃の軌道を持つ氷弾だけを弾きながら身体を近くの家屋の屋根へと移していた。さらに――
(『チューリング』終了。『マクスウェル』常駐。『炎神』起動)
 無数の氷弾の中、真ん中辺りにある数発の氷弾目掛けて、周囲からかき集めた熱を叩き込む。当然ながら少年がそれを阻害しようとするが、間に合うことは無い。
 次の瞬間、数本の氷弾が水蒸気爆発を起こし、辺りの氷弾をまとめて吹き飛ばす。それを見届けることなく錬は少年に向けて駆け寄る。
 少年が錬目掛けて、先ほど氷弾を生成するために集めた熱を何回かに分けて放ってくる。それをかわしながら錬は相手に肉薄し、五倍の速度差がありながらも避けようとする相手の背後に苦も無く回りこみ、右手に持ったサバイバルナイフの柄で少年の首筋を狙い――
 しかし、その一撃はかわされた。炎使いが常套手段として用いる氷盾で受け止めるのではなく、身体を動かして避けたのである。
 五倍の速度差をものともせずに。
 ……え、何で?
 直撃するか、あるいは受け止められることを想定していた錬は、その手ごたえ無しの成果に一瞬の戸惑いが生まれるのを止めることが出来なかった。
 その致命的な隙に、錬から数メートル距離を置いたところに立つ少年が、錬を取り囲むようにして氷槍を生成する。
「驚いた?これがぼく、『物質運動制御』能力を持つ、いわば『進化した炎使い』の能力だよ」
 少年が言い終えるよりも早く、数十本の氷槍が、一斉に錬向けて放たれた。
 

 

「これは……」
「今までとは違うね」
 雨あられと降りしきる氷槍を防ぎ、錬が去った後、昂と希美は一歩も動かずに周囲への警戒を続けた。
 今までの襲撃は決まって並以上の魔法士が相手で、しかしその能力は『騎士』であったり『炎使い』であったりと、統一性が無かった。時には騎士が二人だったり、騎士と人形使いのペアだったり、見たことも無い特異な魔法士のペアだったりした。
 そのため、今回は炎使いのいる組み合わせなのだな、と今までの経験を活かしての判断をしたのだが、ある一点においてのみ、今回の襲撃は今までの襲撃とは違った点があった。それは――
「東に6人、南に4人……かな。あ、北側からも3……5人来たよ。魔法士は……9人。けど、あまり優秀じゃないみたい」
 今までの襲撃は、2人ないし3人が基本、というより絶対で、それ以上もそれ以下も無かった。それなのに、今回は雨後の竹の子のように次々に現れてきていた。しかも、何故かその中に魔法士はほんの数人しかいないというのだから、もうこれは今までの襲撃とは異質なものであるということは疑いようが無かった。
「まさかとは思うが、普通の人間もいるのは、希美の能力に気付かれてのことなのか?」
「そこまでは分からないよ。けど、相手がどんなつもりかはともかく、あまり良くない状況なのは……来るよ」
 言葉を途中でさえぎっての警告に導かれるかのように、北と南側、つまり通路の前後を挟み打つ形で二人ずつ、計四人が駆け込んできた。うち、二人は銃器を、一人は騎士剣を、最後の一人は素手だった。
「……迎え撃つ。万が一のことがあったら、遠慮なく僕の能力を使えよ」
 昂はそれだけを言い、愛用の槍型デバイス『神威』と同調させて自前のI-ブレインを起動させる。
(『数値情報制御』開始。思考速度を1500%、身体強度を1500%に設定)
 瞬間、世界の時間の流れが減速する。そのまま、自分より倍ほど早い動きをする騎士へ向けて肉薄し、剣と槍を一合打ち合わせる。
 セオリー通りならば、ここで敵は間違いなく『情報解体』を発動させてこちらの槍を破壊しようとするだろう。実際、昂のI-ブレインはその予兆を捉えた。しかし――
 ……甘い!
(調整機構発動。対象の物的強度を0.1%に設定)
 直接触れなければ起動できない『情報解体』とは違い、こちらはある程度距離があっても干渉が可能だ。そのため、こちらのI-ブレインの起動のほうが早かった。そして、強度を千分の一に引き下げられた相手の騎士剣は、発泡スチロールの塊を砕くよりも脆い手応えを残して砕け散った。
 相手が表情に驚愕を浮かべ、そしてそのまま右足の付け根を一突きにされ、絶叫と共に沈む。もう一人残った相手は、十数メートル離れたところで銃を構え、躊躇うことなく発砲する。だが――
(調整機構発動。対象の運動量を-200%に設定)
 倍の速度で、しかも同じ軌道を辿るようにして戻ってきた銃弾に、銃撃の反動で跳ね上がった両手とその先にあった右肩を打ち抜かれ、相手が吹き飛ぶ。
 それを確認することなく、昂は駆け込んできたほうとは逆のほうへと向き直り、さらに駆け出す。その視線の先には、希美へと銃口と魔法を向ける三人の敵の姿があった。
(高密度情報制御感知)
 そのI-ブレインからの合図の数秒後、何者かが倒れ伏す音が響いた。

<作者様コメント>
 わ〜わ〜わ…………。なんと言うか、なんて言うか、とにかく、そう、ほら!
 ……少し落ち着きます。落ち着こうと思います。え〜と、そう!兎にも角にも物語が動き出しました!ですが、まだまだ始まったばかりです。ここからようやく本格的なものになります(なるのではないでしょうか……)が、それは読んでくれる人がいればの話になりますので、是非是非、暇つぶしに一読してあげてください。まだまだ話も私の歴史も始まったばかりです!頑張りたいと思います!
謳歌

<作者様サイト>

◆とじる◆